英雄伝説 花の軌跡   作:阿賀美 アクト

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それでは第3章突入です!
それと前回ナオミちゃんによって、アリサの気になっている人物が明らかになったのでタグを追加しました。






第3章 最果ての島〜交わり始める運命〜
第28話 止まない雨


 

 

 

 

 ――熱い。

 

 

 眼前だけでなく左右、そして背後にも広がっている炎は残っているもの全てを灰に変えようと容赦なくその力を振るい続けている。ヒトは女神からその力を与えられ、それを制御してきたと思っているのだろうが、本来“炎”というのはヒトを含む全ての生命を破壊するためのものに過ぎないことを今更になって理解した。

 

 既に木でできた住宅は全てその炎に呑まれており、時々後ろから燃える木材が崩れ落ちる音も聞こえる。

 

 

 ――見るな、聞くな、走れ。

 

 

 視界に飛び込んでくるのは炎だけではなかった。かつてはヒトの形をしていたモノやヒトの形をとどめながら炎に焼かれるモノ。そのいずれもおそらく自分が知っている者たちの筈だ。

 

 それらを見る度に目からは涙が溢れて視界が滲み、喉の奥からは幾度となく酸っぱいものがせり上がってくる。むせ返るような煙の匂いの他にも血と肉が中途半端に焼ける悪臭が鼻にこびりつく。

 

 あまりに凄惨な死を迎えたモノたちを生者である自分はわざわざ見る必要はないはずだ。しかし、なぜか目を離せなかった。自分の心の中でそれをせめて目に焼き付けなければならないと、もう一人の自分が叫んでいたのだ。

 

 

 ――走れ、走れ、走れ。

 

 

 それでも自分は一度も足を止めることだけはしなかった。息は途切れ途切れで脇腹にも痛みを感じていたが、それでも振り返らずに走り続ける。自分が手を引く少女もその可愛らしい顔は涙でぐしょぐしょになっていたが、自分の手を強く握り返して走り続けている。

 

 一体どれだけ走ったのだろう、気がつけば自分の手からは少女の手が消えていた。いや、消えるなんてことはありえない、自分はこの少女の手だけはずっと握りしめていたはずだ。

 

 自分がそのことに気づいた瞬間、辺りは先程とは違うものに変わっていた。

 

 目の前に広がるのは走っている途中に見てきたモノとは違う大量の死体の数々。やはりどれもかつて自分が知っていたヒトばかりだ。いつの間にそこにいたのか手を握っていた少女は自分の背後で泣きながら震えている。

 

 そして、自分たちと死体の他にもう一人、いやもう一つ動く影があった。それが自分の作り出す幻想かはもはや考えようとはしていないが、それはヒトの形をした真っ黒なナニカだった。もしかしたらヒトなのかもしれないし、ヒトじゃないのかもしれない。

 

 

 ――戦え、守れ。

 

 

 足が震える。影が近づいてくる度に震えは大きくなり止まらない。

 

 

 ――逃げろ、逃げろ、逃げろ。

 

 

 震える自分の前には真っ黒なナニカが迫っていた。“それ”は真っ黒な物体だというのが分かっているのになぜか“それ”は笑っているということが理解できる。

 

 

 ――逃げろ、逃げろ、死にたくない。

 

 

 影が迫る。まるで金縛りにあってしまったかのように身体は指一本動かせない。

 

 

 ――嫌だ、やめろ、やめろ。

 

 

 影に呑み込まれる。視界が完全に闇に包まれ、音も匂いも感じなくなっていく。

 

 

 消え行く意識の中、少年は最後に知らない女性の声を聞いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――っ!」

 

 掛け布団を飛ばす勢いでイクスはベッドから起き上がった。

 

 ひどい悪夢を見ていたのだろうか、顔面は蒼白になり息も荒い。寝汗もひどかったようで起き上がった彼のベッドのシーツはぐっしょりと濡れていた。

 

「……くそ、久しぶりに見たな……」

 

 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、イクスは少し震える右手で額の汗を拭う。剣を振った後や走った後の汗と違って拭った汗は嫌にべっとりとしていて、思わず膝にある掛け布団にそれを擦り付けた。

 

 イクスはふとベッドの横に置いてある目覚まし時計に目をやる。時計の長針は12を少し過ぎた辺りで短針は4の数字のところで止まり、秒針だけは一定のリズムでカチカチと音を立てて動いていた。

 

 イクスは朝の稽古をするためいつもは5時半には起きるのだが、流石の彼でも4時は早すぎる。しかし、さっき見た夢のせいか時間まで二度寝をする気分にもなれなかったイクスは、ベッドから出てカーテンを開けた。

 

「……また今日も雨か」

 

 窓にはいくつもの水滴がついていて、今もまた新たな水滴が付いたり落ちたりしている。雨で濡れた窓から見える空は重い灰色だった。これでは朝の稽古もできないだろう。

 

 仕方なくイクスは汗で濡れた寝巻きを着替えて、柄にもなく中間テストの勉強をすることを決意する。

 

 

 イクスはトリスタで迎えた朝の中でも最悪と言える朝を迎えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 6月某日、トリスタは珍しく雨が続き近頃はパッとしない空が広がっていた。今日もまた空には重く雲がのしかかっっており、空から降り注ぐ雫で地面は常に濡れている。

 

 トールズ士官学院では来週から中間テストの時期になっていて、授業もこの空模様もあって戦闘訓練の授業の代わりに座学の授業が増えている。クラブ活動も外で活動するものに限らずこの時期はどのクラブも活動を休止しているところが多かった。

 

「――起立、礼」

 

 そんな中、2回目の特別実習を終えた《Ⅶ組》も最近は各自で集まってテスト勉強をする光景が多く見られるようになっていた。今日のHRを終えたメンバーはそれぞれ動き始める。

 

「リィン、今日も一緒にテスト勉強しない?」

 

「ああ、俺もそう言おうと思ってたところだ」

 

 入学式からの縁もあるエリオットとリィンはやはりテスト勉強も一緒にやることが多かった。

 

「リィン、今日は俺たちも一緒に良いか?」

 

「ガイウス、それにマキアスとユーシスも。もちろん構わないぞ」

 

 リィンの席の周りにはエリオットだけでなくガイウスたちも集まっていた。

 先月の特別実習で同じA班にいたマキアスとユーシスの関係は以前より改善していた。ともに実習を乗り越えてお互いの心の内を少しずつ理解したことで、仲良しとまでは行かなくともお互いを認めるライバルのような関係になっていたのだ。

 

「リィン、この人数だしどうせなら図書館に移動しないか?」

 

「まあ、あそこならお前とも喋らなくても良いからな」

 

「な、何おう!?」

 

「まあまあ、二人とも」

 

「はは、マキアスの言う通り図書館に移動するか」

 

 その中でリィンもなんとかマキアスとの関係を回復することができ、Ⅶ組男子は以前よりも集団で行動することが増えていた、ある一人を除いて。

 

「――イクスも一緒にどうだ?」

 

「……あー、悪い。今日もトワさんたちのところに行くから俺は遠慮するわ。それじゃ」

 

「そうか、分かった……」

 

 イクスはそう言い残した後、足早に教室を出て行く。廊下を歩く足音が遠くなってから、エリオットが喋り出した。

 

「やっぱり、イクスって最近元気ないよね……」

 

「ああ、それに以前よりも一人でいることが多い気がする」

 

 リィンたちは最近のイクスがどこか元気がないことに気づいていた。彼も普段はいつも通りの態度をとろうとしているが、その笑顔も何か無理をしているようにも感じさせている。さらに、最近では仲のいいリィンたちと行動する機会も心なしか減少していたのである。

 

「やはり、“あの事”が原因なのだろうか?」

 

「まあ、タイミング的にもそれしかあるまい」

 

 《Ⅶ組》では特別実習が終わった後、A班・B班それぞれで起きた事を報告し合うことが通例になっていた。その中で4月の時のようにそれぞれの抱えている事情についても実習中に分かることが多く、2回目の実習が終わった後にも何人かの事情が明らかになっている。

 

 その中で厄介なことになった原因はフィーの出身についてだった。

 

 彼女はなんと元々猟兵団に所属していたようで、訳あって団から離れてしまったところをサラ教官に拾われてこの学院に来たということだった。

 

 リィンたちも自分たちの中で最も年下であるフィーが元猟兵だということに驚きはしたものの、これまでの学院生活で彼女が悪い人物ではないということは分かっていた。そのため、フィーの事情を含めてある程度受け入れることができていた。

 

 そんな中、フィーの口から猟兵という単語聞いた瞬間、イクスは顔を真っ青にしていた。本人は何でもないと言っていたが、その様子は明らかにおかしかったのである。

 

「イクスもそうだけど、なんだかラウラもちょっとおかしいよね」

 

「ああ、あの話を聞いてから少しフィーを気にしているような気がする」

 

 そしてイクスだけでなくラウラとフィーも少しギクシャクし始めていた。原因はイクス同様にわからないが、なぜかお互いを避けあっているように感じる。今日もフィーはエマとラウラはアリサとテスト勉強をしていて、最近は女子4人が集まっているところをあまり見ていない。

 

 リィンとアリサ、そしてマキアスとユーシスの関係が改善し、これでようやくクラスとしてのまとまりが出るだろうと思った矢先に今度は新たに3人の関係が危うくなってしまっていた。

 

「こうなるとサラ教官なら、今月の特別実習であの3人を同じ班にしかねないな」

 

「あー、サラ教官ならあり得るかも……」

 

「またお前の出番かもな、リィン」

 

「勘弁してくれ……」

 

 当然、サラ教官もこの状況は知っているはずである。今までのことを考えればマキアスの言う通り3人を同じ班にするのも十分にあり得るだろう。ガイウスにからかわれたリィンは若干胃が痛くなる。

 

 しかし、リィンとしてもあの3人を放っておくわけにはいかない。同じⅦ組の仲間としてというのもあるが、あの3人は現状前衛の最大戦力であるためマキアスとユーシスのように戦術リンクが途切れるレベルになると今後の戦闘が危ぶまれる。そういった意味でもあの3人の関係は何とか改善しなくてはならなかった。

 

「僕たちの方でもあの3人のことはフォローしていこう。それより、もうそろそろ図書館に向かわないか?」

 

「あ、そうだね」

 

「まずは中間テストを乗り越えてからだな」

 

 マキアスの提案でリィンたちは教室を後にしようとする。マキアスたちが教室を出ていった後、それに続こうとしていたリィンをユーシスが呼び止めた。

 

「――リィン、少しいいか」

 

「どうした、ユーシス?」

 

「お前はあいつの家名――《ライガスト》に聞き覚えはあるか?」

 

「え――」

 

 ユーシスの言う“あいつ”というのは間違いなくイクスのことだろう。突然の質問にリィンは少し戸惑う。

 

 確かにリィンは《ライガスト》という名前は知っている。だが、それはあくまでイクスの家が双剣術の流派である《ライガスト流》を扱っていたということだけだ。

 

 ユーシスが聞きたいのは“貴族としての《ライガスト》という名前”を聞いたことがあるかということだった。

 

「……いや、正直のところ分からない」

 

「そうか……」

 

 リィンはユーシスの質問に答えられなかった。イクスが貴族だと嘘をついていることはあり得ないが《ライガスト》という家名には正直聞き覚えがなかったのである。

 

「ユーシスはイクスの家について何か心当たりがあるのか?」

 

 今度はリィンがユーシスに尋ねる。こんな質問をしてきた以上ユーシスには何か心当たりがあるのではないかとリィンは踏んだのだ。

 

「正直、俺も分からん。……変なことを聞いた、今のはあまり気にするな」

 

 ユーシスから返ってきた答えはリィンの期待に応えるものではなかった。ユーシスはそれ以上の詮索は無用だと思ったのか、リィンに詫びを入れてから図書館へ向かっていく。リィンもみんなを待たせるわけにもいかないため、教室を後にすることにした。

 

「……止まないな」

 

 廊下の窓から見える空は朝から変わらない曇天だった。

 

 

 

 

 

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