本日2度目の更新です。
なんとか他の章と同じくらいの話数で終わらせられるといいなぁ。
モッシャモッシャとパンを齧りながら窓の景色を眺める。トリスタからかれこれ4時間は列車に乗っているが、未だに海らしきものは見えない。広がっているのは変わりばえしない山と森だけだ。
あまりに退屈な風景が続くため俺は痺れを切らしてマキアスに尋ねる。
「なあ、マキアス。俺たちってあとどれくらい列車に乗ってればいいんだ?」
「え、ああ。そうだな、あと2、3時間はかかるだろうな」
「そうか」
話題を振られるとは思っていなかったマキアスは俺の質問に少し慌てながら答える。質問した俺の視線は外の景色に向けられていたが、他の意識は次に始まるであろう会話に向けられていた。
「そ、そういえば僕って海を見たことないんだよね。みんなはどう?」
案の定、エリオットがやや強引に話題を振った。彼はこういう気まずい空気を解消するために色々と話題を見つけようとするのだ。これで何度目のやり取りかは数えていないが、今回もエリオットの話題からマキアスが話を広げようとする。
「僕は残念ながら見たことはないな、君たちはどうだ?」
「私もないな」
「左に同じく」
マキアスの隣に座っていたラウラが答えたあと、俺も彼女の後に続いた。そして俺たちが答えた後、俺の正面の席に座りながらあまり美味しくなさそうな栄養バーを頬張る少女は何気なく答えた。
「わたしはあるよ」
「ほう、そうなのか?」
いつもの無表情で淡々と話すフィーの答えににラウラが反応する。マキアスとエリオットは今度こそ話題が広がると期待した表情でフィーの話の続きを待ったが、やはり今回もそう簡単にはいかなかった。
「ん、団の上陸作戦に付いて行ったときに」
「…………」
「そ、そうか……」
「あ、あはは……」
(団の上陸作戦、か)
フィーの答えはラウラや俺をわざと逆撫でするようなものだった。俺とラウラも声には出さなかったが、再び俺たちの席に気まずい空気が流れる。エリオットとマキアスはもはや笑うしかなかった。
今日は6月26日土曜日、三度目となる《特別実習》の初日目だ。といっても初日はほとんど移動時間で終わってしまうため、本格的な行動は明日以降になる。移動時間が長くなっているのは俺たちB班の実習地にあった。
《ブリオニア島》――帝国西部ラマール州にあるバルレアス海沖に浮かぶ無人島。古代の遺跡が残っている観光地である他、島独自の進化を遂げた生物たちが多く生息する生物研究においても重要な場所でもある。
そのブリオニア島にはまずは列車でトリスタからラマール州の州都《海都オルディス》まで7時間かかり、その後オルディスから船でブリオニア島に向かわなくてはならない。移動時間だけでも少なく見積もっても8時間はかかる場所なのだ。
俺たちも早朝の列車に乗ってトリスタを出発したが、それでもブリオニア島に着く頃にはもう夕方になっているだろう。現在は帝都から乗り換えた列車に乗りながら駅で買った昼食を食べているが、俺たちの微妙な空気のせいで決して楽しい食事タイムとはいかなかった。
「えっと、オルディスに着いたら一度カイエン候の屋敷に行かなきゃならないんだよね?」
「ああ、そのはずだ。サラ教官からもらった紙にはそこで実習の課題を受け取るらしい」
「まあ、ブリオニア島は無人島だからな。我らに課題を渡すのもそのタイミングしかなかろう」
「ま、無人島であるブリオニア島で何をするのか検討もつかないけどな」
「……それは確かにそうかも」
自然と会話が繋がったが、誰もそのことは気にしていなかった。全員の意識はこれから行われる実習の内容に気がとらわれていたからだ。
これまでの特別実習で行った場所はA班・B班共に少なくとも人の住んでいる土地だった。A班の方はノルド高原での実習だが、あそこはガイウスの故郷であるため人が住んでいない土地であるということはない。対してこちらのブリオニア島は完全なる無人、正直どんな実習になるのか想像もつかなかった。
その後もエリオットとマキアスを中心に会話をしようと頑張ったが、話題となるものもネタ切れになって結局気まずい空気に戻ってしまう。
(頭では分かってるんだけどな……)
会話もこれ以上期待できないため、俺は再び窓の外に目を向ける。
窓から見える風景はやはり変わりばえしない山々だけだった。
「うわぁ、なんか独特な匂いがするね!」
「ああ、これが潮の香りというやつなんだろうな」
「海からの風もなんか湿ってる感じだな」
「ふむ、レグラムも湿気の多い場所だがこれはまた別だな」
「……揺れる」
俺たちの辺りは見渡す限り水しかなく、後ろに遠くなったオルディスの街が見える。前方には高い岩山が見える孤島が近づいており、時折カモメの鳴き声も聞こえる。空は茜色に染まっていて、その色が目の前に広がる一面の水に反射していた。
俺たちB班は長時間の列車移動を終えて海都オルディスから導力ボートで実習地である《ブリオニア島》に向かっていた。フィー以外は導力ボートで海を渡るのはもちろん海そのものが初めてであるため、俺も含めて初めて見る海に感動していた。
「それにしても、あのカイエン候という人物、僕にはどうにも気に入らないな」
「あはは、マキアスってああいうのは特に苦手そうだもんね」
「というか、ラウラはカイエン候と知り合いだったんだな」
「まあ、多少はな」
俺たちはボートでブリオニア島に向かう前にラマール州の領主であるカイエン候のもとを訪れていた。
俺はカイエン候と直接会うのは初めてだったが、マキアスが嫌うのも無理はないだろう。カイエン候はあのパトリックを悪い方向に成長させたような人物で、その人柄を一言で表すのなら“小物くさい”と言ったところだ。
ラウラはカイエン候と以前から交流があったようで、その成長ぶりを確かめられていたようだったが、彼女もカイエン候はあまり得意ではないらしい。正直、俺もあの人はあまり好きな部類ではなかった。
そんなことを思い出していると、ボートに揺られながら前方を見ていたフィーが俺たちに目的地が近づいてきたことを告げた。
「ん、あとちょっとで着きそう」
「……みたいだな」
「この課題内容に書いてある依頼主が待ってるって話だけど……」
「正直、ここからでは人影は見えぬな」
「ま、着いてからのお楽しみってところか」
俺たちがカイエン候から受け取った特別実習の課題はこれまでとは少し異なるものだった。
封筒には明日の課題内容が記されていて、その内の二つはオルディスの職人からの依頼と島にいる魔獣の討伐という今までの実習と同じようなものだ。しかし、肝心なのはもう一つの依頼だった。
依頼内容はとある取材の手伝いをしてほしいということだけ。カイエン候に聞いたところによればこの依頼だけは明日中ではなく、実習の終わる三日目までにこなす依頼らしい。
そして、その依頼主は俺たちよりも先にブリオニア島にいるため、詳しくはその人物に聞いてほしいということだったのだ。
“取材”といっても様々な種類がある。流石に俺たちⅦ組もしくはトールズ士官学院の取材というのは考えにくい。そのどちらかなら直接学院に来れば良いだけだし、そもそも特別実習のことは一般人には知られていないはずだ。
ならば、一体何の取材だというのか。そもそもどうして俺たちに頼んだんだ?そこまで考えたところで、マキアスが俺に声をかけた。
「おい、イクス。そろそろ上陸するぞ」
「え、ああ、わかった」
マキアスの言った通り島まではあと20アージュ程度のところまで来ていた。俺が慌てて準備をしていると、船の前方にいたフィーが何かに気づく。
「……誰かいる」
「あ、ほんとだ!」
「もの凄い勢いでこちらに手を振っているな……」
「ふむ、遠目では女性のように見えるが……」
他のみんなが気づいた人物が気になり、俺も荷物を準備しながら島の方を確認する。そこには確かにもの凄い勢いで手を振る女性らしき人影があった。
そして、俺たちのボートは島の正面にあった船着場に停止し、いよいよブリオニア島に上陸した。
「いや〜、長旅お疲れ様です〜!」
「そなたは……」
「さっきから手を振っていた……」
上陸した俺たちに駆け寄ってきたのは一人の女性だった。淡いライトグリーンの髪を後ろでまとめて、丸い眼鏡をかけている。そしてストラップに付けられた導力カメラが首から下げらていた。
そして、その人物が件の依頼主であることがすぐに判明する。
「や〜、どうもはじめまして!わたし、フリーライターのモナ・エイテンドっていいます。あ、せっかくですし上陸記念に一枚どうですか?」
「ふっ、はあっ!」
暗闇に一筋の剣閃が走る。振られた右手の剣は風を切る音を鳴らして自分の視界の隅に消えていく。その剣が視界から外れる前に今度は左手の剣が振られ、またその剣閃が闇に溶けていく。
そんなことを数度繰り返してから俺は動きを止めて息を整えた。
「はぁ、はぁ……」
剣を振り始めてからまだ少しさか経っていないのに、もう息が上がっている。今も基本の型を振りはしたが、なんとなく満足感がない。
俺は仕方なく剣を置いてその場に座り込み、一度剣とは違うことを考える。
「まさか島そのものの取材とはな……」
俺が考え始めたのは今日の夕方に出会ったフリーライター、モナ・エイテンドのことについてだった。
彼女の依頼は至極単純。このブリオニア島の記事を書くために俺たちに島全体の取材を手伝ってほしいというものだった。より具体的に言えば、この島にある遺跡や固有生物の写真などを撮ってきてほしいというものだ。
彼女だけでは魔獣もいるこのブリオニア島を周りきれないらしく、魔獣の多い場所や危険なところを俺たちに任せたいということだそうだ。俺たちも他の依頼で島を周らなければならないため、彼女の依頼も受けることになっていた。
俺たちも泊まる小屋に彼女も寝泊まりしていて、完全に寝静まった今は他のみんなと一緒に眠っているはずだ。
そんな中、俺はどうしても寝付けずにこっそりと外に出て小屋から少し離れた遺跡跡で剣を振っている。が、今ひとつ集中できていなかった。
こんな遅くまで起きていれば、明日の実習に支障をきたしてしまう可能性もある。あまり手ごたえを感じないのなら無理矢理にでもベッドに入るべきだろう。正直、眠れる気はしなかったが、これ以上やってもあまり成果が出ないと思った俺は小屋に戻ろうと立ち上がろうとした。
「……ふむ、剣を振らないのか?」
「……ラウラ、いつの間に」
俺の後ろにはラウラが立っていた。その手には彼女の得物である大剣が握られている。
「つい今しがたな。ベッドからそなたが出て行くのに気づいたから追ってみた」
「そうか……」
俺に気づいたということは彼女も寝付けなかったのだろうか。その手には剣が握られているし俺のように少し汗を流すつもりだったのかもしれない。
ラウラと少し話した俺はここに用もないため、ラウラに場所を空けようとする。
「ラウラも剣を振りに来たんだろ?俺はもう小屋に戻るから、この場所好きに使ってくれ」
そう言って俺が立ち去ろうとした時、不意にラウラが声をかけて来た。
「――待つが良い、イクス」
「……?どうした?」
「良い機会だ。私と“勝負”してもらおう」
「え――」
ラウラの言った言葉に俺は一瞬戸惑う。突然の提案に驚く俺にラウラは剣を構えた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!どうしたんだよ急に、それに“勝負”ってことは……」
「うむ、もちろん“試合”ではなく“真剣勝負”という意味だ」
狼狽える俺に対してラウラは堂々としていた。彼女の言っていることは冗談ではない。ラウラは真剣に俺と“勝負”をしろと言っているのだ。
ラウラの急な提案がどうしても気になった俺は彼女に少し尋ねてみる。
「……何が目的なんだ?」
「目的、か……それはそなた自身が一番分かっているのではないのか?」
「……っ!」
ラウラの真っ直ぐな瞳が俺に刺さる。俺の心を見抜いているような目に俺は視線を外せなかった。
そう、俺も本当は分かっている筈だ。ラウラがこんな時に気分で勝負を申し込んでくるような相手ではないということを。そして、なぜ彼女が“今”勝負を申し込んできたのかも。
ラウラの射抜くような視線から目を離せなかった俺は、少し考えてから彼女の申し出に答える。
「――わかった、やろう」
「そうか」
覚悟を決める。俺も双剣を構えてラウラに向き直った。
夜空の下、遺跡跡にいるのは俺とラウラだけ。互いに剣を構えて数秒、どちらの合図もなしに勝負が開始された。
「ふっ――!」
「はあっ!」
先に動いたのは意外にもラウラだった。彼女は剣を腰辺りに構えながら突進してくる。彼女の剣では小回りが利かないためどうしても一撃の隙が大きくなる。そんな彼女が相手にカウンターの隙を与えられる先制攻撃を選ぶのは少し予想外だった。
突進してくるラウラを迎え撃つため俺も双剣を構えながら距離を詰めていく。俺の狙いは彼女の構えからくるであろう水平斬りをいなすための防御寄りの姿勢だった。
そして、俺とラウラの間の距離が残り2アージュに迫ったところでラウラはある行動に出る。
「だあっ!」
「なっ!?」
彼女は自らの剣の射程距離に近づく直前にダッシュから切り替えてその場で跳んだのだ。完全に虚を突かれた俺は一瞬反応が遅れて、ラウラの攻撃をそのままガードする。
「ぐっ……!」
空中で剣を構え直したラウラから放たれたのは得意の斬りおろしだった。剣の重さに加えてラウラの力が乗ったそれは防御の姿勢を取らざるを得なくなった俺の体勢を崩す。
「ぜやぁ!」
着地したラウラは俺に立て直す時間を与えずに追撃を仕掛けてくる。ラウラの剣をまともに受け続けるためにもいかないため、俺は後退しながらその攻撃を躱し続けた。
「はあああ!」
「くっ!」
ラウラが剣を上段に大きく構えた隙に、俺は彼女の横を転がりながら体勢を立て直す。先ほどまで俺がいた場所に剣が振り下ろされ、後ろに回り込んだ俺はラウラに斬りかかった。
「もらった――!」
後ろ向きのラウラに向かって右手の剣が振り下ろされる。この体勢ならガードはできない。そう確信した俺はそのまま剣を振り下ろした。
「勝負あり、だな」
しかし、俺の剣がラウラを捉えることは無かった。ラウラの大剣は俺の首元に当てられ、振り下ろされるはずの右手の剣は俺たちから離れた場所に落ちている。
ラウラはあの瞬間、自身の奥義である《洸刃乱舞》の要領で振り下ろした体勢から回転斬りに移行していた。その攻撃によって俺の剣は弾かれ、気づけばラウラの大剣が俺の首元に当てられていたのである。
いつか自分が言ったセリフをそのまま返され、俺は負けを認めた。ラウラも剣を収めて、俺に話しかける。
「――やはりな。今のそなたの剣、以前よりも圧倒的にキレがない」
「…………」
ラウラの指摘は最もだった。俺自身も気づいていたことを、剣を交えたラウラにそれが隠しきれるわけがない。今の俺の剣を知ったラウラはなおも続ける。
「本来のそなたであれば、まず私に先制攻撃など許すはずもないし、あのような防戦一方の展開にはしない筈だ。私の今回の動きもそなたのものを参考にしたものだから余計にな」
ラウラの言う通りだ。ダッシュからの急な跳び上がり攻撃も元々は俺が良く使っていた技だし、相手を誘い込むような動きも俺の得意とするものだ。それを相手にまんまと使わせた挙句、自分はそれに引っかかって敗北した。
俺に一通りの指摘をしたラウラは少し自嘲気味に話す。
「やはり今のそなたの剣には“迷い”がある。同じく迷って剣がブレている私よりも、な」
「あ――」
ラウラの言葉に俺は何も言えなかった。俺も彼女の剣を受けて感づいてはいたが、彼女の剣もどこかブレがあった。そもそも、最初の攻撃も彼女が本調子なら俺もガードしきれずに体勢を大きく崩して、次の追撃で終わっていただろう。
ラウラは俺に言葉を送って満足したのか、少しすっきりした表情で先に戻ろうとする。
「あ、ちょっと待ってくれラウラ。やっぱりラウラも悩んでいるのはフィーとのことについてなんだよな?」
「うん、恥ずかしながらな。――だが、私は今の勝負で決めた」
「え、何を?」
ラウラの言葉が良く理解できなかった俺は思わず聞き返す。ラウラはその真っ直ぐな瞳で再び俺を見た。
「フィーのこと、そなたに預けようと思う」
「は……?」
「私が勝負に勝ったのだ、敗者は勝者の言うことを聞いてもらう。とにかく私はそなたにフィーを見極めてもらうことにした。では、頼んだぞ」
「え、あ、おい!」
ラウラは決定を曲げるつもりはないようで俺にフィーのことを任せると言った後、俺の引き止めも聞かずにすぐに小屋に戻ってしまった。
一人遺跡跡に取り残された俺は思わず呟く。
「……帰るか」
俺の呟きは誰に届く事もなく闇に溶けていく。
三度目の特別実習はまだ始まったばかりだった。