英雄伝説 花の軌跡   作:阿賀美 アクト

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第34話 夜の海都

 

 

 

 海が近いからなのか通り抜けていく夜風は湿気を含んでいて6月の気温の割には冷たく、遠くに聞こえる潮騒は自然と心を穏やかにさせた。オルディスに来るのは今回が初めてのはずなのだが、この海から香る独特な匂いが俺を故郷に帰ったような気分にさせる。

 

 だが、それとは対照的に今歩いている街並みは今まで見たことのないもので、やはりここに訪れるのは間違いなく初めてであることを俺に思い出させた。

 

 ところどころに明るくオレンジ色に光る導力灯と青を基調とした建物はここに住む人間が作り出したもので、大自然の象徴である大海と人工的な風景は不思議と互いを邪魔することなく溶け合っている。

 

「お土産はこんなもんでいいかな」

 

 手には先程買ったA班や知り合いへのお土産と個人的に買った茶葉が入った紙袋が下がっている。あまり大きいものを買ってしまうと帰りに重い荷物を持つことになるため、欲張りすぎるのは良くない。俺は一旦買い物を終わらせてオルディスの街をぶらつくことにする。

 

「集合時間まではあと30分弱ってとこか。あと一軒くらい店を見る時間くらいはあるな」

 

 街を歩く俺の周りには他のB班のメンバーはいない。今日の課題の報告を済ませた俺たちは夕食を全員で食べたあと、せっかくだからオルディスの街で各自自由に行動することにしていた。おそらく他のみんなも今は思い思いにオルディスの街を楽しんでいる筈だ。

 

 これがアリサとかユーシスであれば洋服やアクセサリーなどの店を見て時間がかかりそうなのだが、あいにく俺は洋服とかにはそこまで興味はないため土産屋と特産品の販売店などを見た後は特に見たい場所というのもなかった。

 

 そんな感じでオルディスの街の風景を見ながらふらふらと歩いていると、俺はある店の前で足を止めた。

 

「骨董品店か……」

 

 そこにあったのは少し古い店構えの骨董品を扱う店だった。別にアンティークなものを集める趣味はないが、骨董品というのは偶に面白いものがあるため実は結構好きだったりする。店の中を見るくらいならそこまで時間もかからないので俺はその店に入ることにした。

 

 

 

 店の中は少し薄暗い感じだった。照明はついていたが、店の中に様々な種類のものが所狭しと並べられているため光が遮られてしまっているのだろう。店の奥にあるカウンターには白髪混じりの髪の男性が静かに新聞を読みながら一応の店番をしている。その様子は店の雰囲気も影響したのかトリスタにある質屋の店主・ミヒュトさんを思い起こさせた。

 

 そんな薄暗い店内を俺はゆっくりと歩き始める。棚に置かれている商品は一つ一つ手書きの値札が貼られていて、古い導力機器やらアクセサリー類やら様々な種類のものが無秩序に並べられていた。

 置かれている商品をたまに手に取りながら店を見て回っていると、俺はある人物に遭遇する。

 

「あれ、モナさん?」

 

「おや、奇遇ですね〜」

 

 俺以外に誰もいないと思っていた店内には、今回の実習で俺たちと共にブリオニア島で行動しているモナさんがいた。彼女もあの後俺たちと一度オルディスに戻って来ていたのだが、まさか彼女と二人きりになるとは思っていなかった。

 

 こちらに気づいたモナさんは下がっていた丸眼鏡をくいっと上げてから話す。

 

「キミも好きなんですか、アンティーク?」

 

「まあ、それなりに。といっても特に買い物をしに来たわけじゃないんですけど」

 

「そうでしたか」

 

 俺と話している間も彼女は棚にある商品を次々と手に取っては置いていく。見ていたのは主にアクセサリー類のようだ。

 

「アクセサリーを探してるんですか?」

 

「そうですよ〜。お、これなんか良さげですね〜」

 

「え、それですか……」

 

 持っているのはかなり古いペンダントだった。吊り下がっているのはよくわからない宝石のようなもので紐もけっこうぼろぼろだ。正直、あまり良いセンスだとは思えなかった俺は近くにあったペンダントを勧める。

 

「こっちの方が良くないですか?装飾もいい感じだし、そっちよりもまだ新しいですよ」

 

「んー、ダメですね。それよりもこっちの方が“素材”が良いんですよ」

 

「???」

 

 俺が見せたものよりもモナさんの持っているものの方が明らかに素材は悪い。現に俺の持っているものの方が値段も高い、モナさんの持っているのは若い女性が身に着けるものとしては正直センスが悪いような気がするのだ。

 

 まあ、本人が気に入っているのなら俺がわざわざ口出しする必要はないだろう。気に入ったものを見つけたモナさんは再び商品を物色し始める。真剣な表情で商品を見る彼女が気になった俺は自分の近くの品物を見ながら話しかけた。

 

「モナさんはこういう所、良く来るんですか?」

 

「ええ、なるべくチェックするようにしています。仕事柄、こういう所も一応チェックしないといけないので」

 

「……?フリーライターってそんな事もするんですか?」

 

「……あっ。そ、そうなんですよ〜。ほら、こういう場所に意外と取材のネタがあるかもしれないじゃないですか〜」

 

 俺はフリーライターの仕事がどんなものか詳しく知らないが、こういう場所を取材するというのはあまり考えにくい。モナさんが何か誤魔化したような気がしたが、俺がその事に言及する前に彼女は再び品物の物色を始めてしまった。

 

 俺も持っていたペンダントを元の位置に戻して他の場所に目を向ける。今いる場所には目新しいものも見つからなかったので、俺は左隣の棚に移動した。

 

 やはり先程までと同じく棚の上には様々な種類の商品がやや乱雑に置かれている。一見商品がバラバラに置かれていると思っていたが、どうやらここは子供向けのおもちゃなどが多く置いてあるらしい。中にはかなり価値のあるものもあるようでその見た目からは想像できないほどの値段が付いているものもあった。

 

 

 主に値段を気にしながら色々と見ていると俺の視線はあるもので止まる。

 

 

「…………」

 

 

 見つけたのは灰色っぽい猫の人形だった。人形は体を丸めて眠っているようなポーズを取っていて猫の瞼も少し重そうに見える。俺はその人形をゆっくりと手に取った。

 

 

「――それ、フィーさんに少し似ていますね」

 

 

「え……」

 

 

 横を見ると俺の隣にはモナさんがいた。彼女は俺の見ていた棚の商品を手に取りながら話を続ける。

 

「フィーさんのこと、怖いんですか?」

 

「……フィーは怖くはないんですけど。というか、そう見えますか?」

 

「なんとなくですが、キミがフィーさんを見る視線の中に、何かに怯えているような空気を感じたんです。……知ってますか?カメラのレンズを通して見ると、普段見えないものが見えたりするんですよ」

 

「怯えている、か……」

 

 手に取った人形をぼんやりと眺めているとその黄色い瞳と目が合ったような気がした。しかし、俺の思い違いだったか猫の瞳はすぐに俺から目を逸らす。もう一度目を合わせようとしてみたが、どれだけ見ても猫と目は合わなかった。

 

 

 

「――壁を登るのが怖いのなら、いっそのこと壁を壊して進めばいい」

 

 

 

「え――」

 

 

 隣から唐突に声が聞こえて、俺はその声の主を見る。

 

「ある本の一節に出てくる言葉です。その本の主人公の冒険家が彼の仲間と共に高い壁を登ろうとした時に壁を登るのが怖いと言う仲間に言ったセリフなんです。まあ、その言葉を聞いた仲間は、ぶ厚い壁を壊す方が難しいから結局登る事を決意するっていうオチなんですけどね」

 

 

 先の言葉の説明を聞いた俺は思わず声を失う。丸いレンズの奥に見える瞳は優しく笑っていた。

 

 

「でも、本当に行き詰まっているのなら、いっそのこと思い切りぶつかってみるのもアリだと思いますよ」

 

 

「…………」

 

 

「なーんて、ちょっと変なことを言っちゃいましたね〜。あ、店長さーん、お会計お願いしまーす」

 

 

 急に気恥ずかしくなったのかモナさんは先程のペンダントを持って男性のいるカウンターに向かう。店にある時計が示す時間は集合時間まで残り5分というところだった。

 

 

(いっそのこと壁を壊して進む、か……)

 

 

 俺は改めてなぜ昨日の夜にラウラが真剣勝負を仕掛けてきたのか分かった気がして、心の中であることを決意する。

 

 

 手に持っていた猫の人形を元の位置に戻す前にもう一度だけその顔を見てみる。

 

 

 俺は再び猫と目が合った感じがした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 骨董品店を出た俺とモナさんは急いで集合場所である港に向かった。夜の港は夕方に見た景色とはまた違った良さがあり、近くの店にはこの風景を楽しみながら酒を飲んでいる船乗りやカップルなどの姿も見える。

 

 やはり俺たちが最後だったようで、集合場所の船着場の近くには他のB班のメンバーが揃っている。だが、その中に一人見覚えのない男性の姿がみえた。

 

「それじゃあ、頼んだぜ。何かわかったら連絡してくれ」

 

「はい、任せて下さい」

 

「我らの方で何かしらの手がかりを見つけてみせよう」

 

 男性はB班のメンバーに何か頼みごとをするような事を言ってからオルディスの街に消えていった。その様子を見送った俺は遅れた事を謝罪しながらみんなに近寄る。

 

「悪い、店を見てたら遅くなっちまった」

 

「おお、イクスか」

 

「全く、集合時間に遅れるとは感心しないぞ」

 

「マキアスも遅れそうだったくせに」

 

「う、それは……」

 

「まあまあ、モナさんも一緒に連れてきてくれたんだしいいじゃない」

 

「いや〜、どうもすみません」

 

 他のメンバーも買い物は無事に済ませられたようでその手にはいくつか袋が握られていた。マキアスの手にあったのは書店の紙袋らしきものだったため、彼が遅れそうになったのは書店で色々と見ていたからだろう。

 

 一連のやりとりをした後、俺は先程から気になっていたことを尋ねる。

 

「そういえば、さっきの人は何だったんだ?何か頼みごとをされてたみたいだったけど」

 

「ああ、それなんだが……」

 

「実は数日前から先程の男性の導力ボートが行方不明になってしまったらしいのだ」

 

「行方不明……?」

 

「うん、捜索届けも出してるらしいんだけど未だに見つかってないんだって」

 

「沖の方に流されたわけでもないらしい」

 

 さらに詳しく話を聞くと、その導力ボートは繋いでいたロープが千切れてしまっていたらしい。ここ最近で海が荒れたことはなかったため、おそらく誰かによってロープが切られたと考えるのが自然だろう。

 

「つまり、そのボートの捜索の手伝いを引き受けたんだな?」

 

「うむ、その通りだ」

 

「もしかしたら、ブリオニア島にあるかもしれないしね」

 

「その場合、わたしたちの他にも誰かが上陸してることになるけどね」

 

「そ、そういえばそうだったな」

 

 確かに港周辺で見つかっていなくて誰かがボートを盗んだと考えればブリオニア島に上陸している可能性も十分にある。ただ、今日俺たちが見た限りではボートはおろか俺たち以外の人がいる痕跡は何も無かったためその可能性は正直低くははあるが。

 

「わかった、それじゃあ明日は課題の他にそのボートも探してみよう。それと島の方も細かいところまで探した方がいいかもしれない」

 

「では、明日は早朝から動いた方がよさそうだな」

 

「ううっ、早起きしないといけないのかぁ……」

 

 すでにカイエン候から明日の依頼は受け取っていた。明日の依頼はモナさんの取材の手伝いの他には一つしかないので、早朝から動けば島を探索し直すには十分時間があるはずだ。

 

 この特別実習では咄嗟に発生した問題にも柔軟に対応する能力が評価課題になっているため、こういったものも積極的に動くべきだ。俺たちは新たにもう一つ依頼を加えて島に戻ることにした。

 

「あ、そういえばレポートがあるんだった……」

 

「ふむ、すぐにベッドに倒れこむわけにはいかぬか」

 

「明日のためにも早く終わらせた方がよさそうだな」

 

「ひゃ〜、学生さんは大変ですね〜」

 

 乗ってきた導力ボートを停めてある場所に向かってエリオットたちは会話しながら先頭を歩いていく。その後ろをフィーが歩き、俺は最後尾をみんなの背中を見ながら歩く。

 

 海からは一定のリズムで波の音が聞こえ潮風が吹き続けている。夜の海は鮮やかな青から深い黒に変わっていて遠くに見える灯台の光と後ろの街からの光が水面を照らしていた。

 

 導力ボートの停めてある場所に先頭のエリオットたちが近づいた時、俺は後ろからみんなに声をかける。

 

「みんな、ちょっといいか?」

 

「どうしたの、イクス?」

 

「買い忘れた物でもあったのか?」

 

「いや、そうじゃない。島に戻ったあと、レポートを書く前にやる事が残ってるんだ」

 

 

 そう、まだやるべき事が残っていた。それはおそらく今じゃないといけない。

 

 

「――そうか」

 

「…………」

 

 俺がこれから言おうとしている言葉をエリオットとマキアスはピンときていない様子だがラウラは分かっているようで、小さく笑った。俺の前に立つフィーは黙ったまま、俺の言葉を待っている。

 

 俺はみんなのことを一瞥してから一度小さく深呼吸する。

 

 心が落ち着いたことを確認して、俺はフィーを真っ直ぐ見据えた。

 

 

 

「――フィー、俺と勝負してくれ」

 

 

 

 

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