それでは第3章ラストの話です!
今回も結構伏線を色々と張っているので情報量が多くなっちゃいました。
「おめでとさん、まさか本当に倒してまうとはなぁ。うちもちょっと驚いたわ」
パチパチと手を叩く乾いた音が遺跡内に響く。その音を出していたのはあの巨人を俺たちにけしかけた青い着物の女性だった。
「動くな!今からあんたを拘束させてもらう、あの巨人についても全部話してもらうぞ!」
「まぁ。怖いなぁ」
この遺跡に潜んでいたことやあの巨人のことといいこの女性が明らかに普通の人間ではないことは間違いなかった。それに俺はこの女性とセントアークでの実習の時にも遭遇していた。もしかしたらあの時の一連の出来事にも何か関係があるかもしれない。
唯一の出入り口である俺たちの後ろの扉は現状俺たちの方が近い。合図するまでもなく万が一の場合に備えてラウラとマキアスとエリオットがその退路を塞いでいる。そしてこちらは五人全員が武器を持っているのに対しあちらは何も武器らしきものは持っていない。だというのに女性はその余裕そうな表情を全く崩していなかった。
(何か武器を隠し持ってる可能性もある。だったら……!)
逃げる素振りすら見せない女性を警戒して俺は瞬時に作戦を立てる。リンクを繋いでいたフィーが隣で小さく頷いた。
「――ッ!」
瞬間、フィーが勢いよく飛び出す。この中で最も瞬発力のある彼女は飛び出してすぐにトップスピードに達し、猛然と女性に迫っていく。だが、女性はフィーの突然の行動にさして驚いた様子は見せなかった。
「こっちは囮、本命はあんたの方やろ?」
女性ほフィーに一瞬遅れてスタートを切っていた俺に気づいていた。彼女は俺たちの先ほどの戦闘を見ている。すでに俺とフィーがB班の中でスピードに自信があることは分かっていたようだ。
が、その読みは少し外れていた。
「――甘いよ」
女性に残り数アージュのところまで迫っていたフィーは双銃剣を手放しその手を腰の後ろあたりにやる。次の瞬間、強烈な閃光が周囲を白く染め上げた。
フィーと俺のダッシュは二重の囮だった。フィーの持っている閃光手榴弾はこういう場面では最初に使って相手の視界を奪うのに有効な武器である。だが、この女性が只者でないことが分かっている以上それが不発に終わる可能性もあった。
そこで、俺たちはそれぞれが二重に囮役を務めるという作戦をとった。二人が少しズレたタイミングで距離を詰めようとすれば基本的に相手はどちらかが囮か二人掛かりで自分を拘束すると判断する。その判断を逆手に取り本命である閃光手榴弾を最後にとっておいたのだ。
(今だ――!)
フィーが手榴弾を投げた瞬間に俺は双剣を手放し女性がいるであろう場所に向かっていく。剣を持ったまま走っていては相手に視界が回復する時間を与えたしまうからだった。
「ふっ!」
徐々に俺の視界も回復する。青い影を確認してから俺はダッシュしながら左足を強く踏み出した。助走の勢いもつけた左足のエネルギーを余すことなく地面が受け止めて俺に返し、そのエネルギーを返された俺は前方に跳び上がる。前方に跳ぶ俺の体はコマのように鋭く回転しながら相手に迫っていった。
《円月》――《螺旋掌》と同じく俺がナオミちゃんとの修行で編み出した技の一つだ。この技はいわゆる回転蹴りであり、決まれば相手を吹っ飛ばせるぐらいの威力はある。この技の利点はその汎用性にあり、ある程度の溜めが必要な螺旋掌と違い円月は空中でも地上からでもどこからでも即座に撃てる。また、螺旋掌は点の攻撃に対してこちらは線での攻撃であるためなにかと使い勝手がいいのだ。
そして女性との距離がほんの僅かまで縮まった瞬間、俺の右足は回転のエネルギーを受けながら鎌のように振られる。自分でも完璧だと思うほど《円月》は上手く決まるはずだった。
(な……!?)
俺の放った右足は女性を捉えることなく虚しく空を切る。俺の攻撃を躱した女性の顔にはあの余裕そうな笑みが変わることなく浮かんでいる。まさかこちらの攻撃がここまで全部読まれていたというのか。
だが、攻撃が躱されたからといって落ち込んでいる暇はない。すぐさま次の攻撃に移るべく俺は着地してすぐに女性の方に向き直った。
「――え」
刹那、時間がまるでスローモーションのように引き延ばされたような感覚が襲う。
俺の放った《円月》は女性に当たることはなかったが、その衝撃で小規模な風が起きていた。その風は女性の長い黒髪を巻き上げ、先ほどまで隠れていた首元のあたりを露わにする。
女性の首元にあったのは東方風の装いとはまるで関係性が感じられない『眼帯をつけた狼』の刺青が刻まれていた。それを見た瞬間、俺は体が硬直し次の攻撃に移ることを忘れてしまう。
「イクス!」
一瞬動きが止まった俺にフィーが声をかける。その声で意識が呼び戻された俺は動き出そうとしたが、その僅かな時間でも動きを止めるのは戦闘において命取りだった。
「ぐうっ!?」
凄まじい勢いで振られた傘が俺を吹き飛ばし、傘が当たった胸のあたりに鈍い痛みが走る。
「これで、二人や」
「っ!?」
フォローに来ていたフィーにも続けて傘が横薙ぎに振り払われ、俺から少し離れたところにフィーも転がっていく。
「イクス、フィー!!」
「大丈夫か!?」
転がっていく俺たちをラウラたちが受け止めてくれた。だが、俺とフィーはみんなに礼を言う前に自分たちを飛ばした女性の方を確認する。
「ま、今日はこの辺で終いにしよか。うちもそろそろお暇せなあかんしなぁ」
「ぐっ……待て!」
まだ痛む体を必死に起き上がらせて叫ぶ。しかし俺の言葉など聞くはずもなく、女性は再びどこからともなく何匹かの蝶を呼び出していた。
「ほなな、妖精にそこの双剣使いの坊主と後ろの3人も。今度はちゃんと殺したるさかい、せいぜい腕を磨いときや」
女性から放たれた蝶たちがその周りを踊るように飛び、女性の体が青い光に包まれていく。その光が全身を覆った瞬間、女性は姿を消していた。
「取り逃がしたか……」
「フィーとイクスの連携が完全に読まれていたようだな……」
「二人ともケガは大丈夫?」
「ん、これくらいならなんともない」
「俺も大丈夫だ」
まだ多少の痛みはあったが骨が折れている感じでもないしすぐに痛みも引くだろう。俺とフィーもエリオットたちを心配させないためにすぐに立ち上がる。
あたりを見回してみたが女性の姿はどこにもなく俺たち以外の気配は何も感じられない。結果、俺たちはボート自体の回収は出来たが、ボートを盗んだ犯人を捕らえることに失敗してしまいブリオニア島での実習は多くの謎を抱えたまま終了となった。
6月28日夕方、謎の遺跡での一件が終了した俺たちはブリオニア島を出発し、導力ボートのことも含めてカイエン候の屋敷で実習最終日の報告を終えていた。あの女性のことについて心当たりがないかカイエン候にも聞いてみたが彼にも心当たりが無く、結局女性や俺たちが巨人と戦った遺跡についてもわからずじまいだった。
「何だかどっと疲れたな……」
「うむ、滞在時間よりも長くあの島にいたような気分だ」
「色んなことがあったからね……」
俺も含めB班のメンバーの顔には実習の疲れが出ていた。肉体的な疲労もそうだが今回は色々な意味で精神的に疲れた気がする。もし目の前にベッドがあったら数秒で眠りにつけるかもしれない。
各々が今回の実習を振り返りながら歩いているとすでに屋敷の玄関まで来ていた。天井には幾らするのか分からないきらびやかなシャンデリアがいくつもあり、玄関口であるにもかかわらず内装が美しい。先月の実習でA班が行ったというユーシスの実家である《アルバレア家》の屋敷はこれ以上に豪華なのだろうか。
そんなことを考えながら歩いていると不意に俺たちに声がかけられる。
「――久しいな、ラウラ嬢」
疲労困憊の俺たちの前に二人の人物が立っていた。一人は白髪の似合う20代後半ぐらいの女性、そしてもう一人はガイウスと同じ褐色の肌が特徴的な若い男性で、どちらも将校クラスのものと思われる軍服を身にまとっている。
「ご無沙汰しております。オーレリア伯爵閣下。それと……ウォレス男爵閣下でしたか」
「フフ、まさかこんな場所で会うとは思っていなかった。また一段と麗しくなったな」
「ご冗談を。オーレリア伯爵閣下の方こそ以前よりお美しくなられました」
「フッ、それこそ世辞というものだろう」
ラウラたちが軽い世間話を交わす中、後ろにいた俺たちは小声でその二人のことについて会話していた。
「まさか、こんな大物に会えるとはな……」
「イクス、知ってるの?」
「どちらも貴族のようだが……」
「それにどっちも軍人っぽい」
マキアスたちは俺たちの前に立つ人物を知らなかったが、俺はこの二人のことを知っていた。
「ラウラが話している二人はそれぞれ《黄金の羅刹》と《黒旋風》という異名を持っている武の世界では知らない人がいないほどの有名人なんだ」
「そ、そうなの?」
オーレリア・ルグィン将軍――《黄金の羅刹》の異名を持つ《ルグィン家》の当主であり、女性ながらラマール州領邦軍の将軍を務める帝国でも最強格の剣士。信じがたいことに帝国の二代剣術と呼ばれる《アルゼイド流》と《ヴァンダール流》の二つを修めているという間違いなく武の頂点に近い人物だ。
そしてウォレス・バルディアス准将はサザーラント州領邦軍の司令を務める人物であり、《黒旋風》の異名を持つほど凄腕の槍使いだと言われている。聞いた話ではガイウスと同じくノルドの民の血を引いているらしい。
まさかの場所でこのような有名人と巡り合ったことで俺は少し緊張していた。そしてラウラたちと話していたオーレリア将軍はこちらに目を向ける。
「さて、そちらはラウラ嬢のご学友か?」
「はい、私が所属しているトールズ士官学院《Ⅶ組》の級友たちです」
「そうか、ではこちらも改めて自己紹介しておこう。オーレリア・ルグィンだ。このラマール州の領邦軍の指揮を執っている。以後お見知り置き願おうか」
「俺はウォレス・バルディアス、同じくサザーラント州領邦軍の司令を務めている。よろしく頼むぞ、《Ⅶ組》の諸君」
「エ、エリオット・クレイグです」
「マキアス・レーグニッツです。よ、よろしくお願いします」
「フィー・クラウゼル。よろしく」
二人の放つ武人独特のプレッシャーにエリオットとマキアスは気圧されていた。フィーはいつも通りだったが彼女もそのプレッシャーを確実に感じ取っているようだ。
そしてみんなに続いて俺も自己紹介をする。
「イクス・ライガストです。よろしくお願いします、オーレリア将軍、ウォレス准将」
「“ライガスト”、だと……?」
「? はい、そうですけど……」
俺が名乗った瞬間、俺たちに向けられていた視線の圧力がほんの僅かに弱まる。一体どうしたのかと俺が頭を上げた瞬間、先程とは比べ物にならないほどの圧力が俺にぶつけられた。
「……なるほど、今日の私はかなり幸運らしい。まさかこんな所で出会えるとは」
「っ!?」
放たれる圧は俺だけでなく近くにいた他のB班のメンバーをも圧倒する。
その目は鋭く見えない刃が首に突きつけられているような感覚さえ感じるほどで、俺の頰を冷や汗が伝っていく。だが同時にその目には獲物を見つけた野獣のような、あるいは新しいおもちゃを見つけた子供のような期待と好奇心のような感情も混じっていた。
「――将軍、お気持ちは分かりますがその辺にしておいた方がいいかと。彼らだけでなく屋敷の者達も怯えています」
「フフ、わかっている」
隣にいたウォレス准将が声をかけると俺に向けられていた凄まじい剣気は弱まる。その剣気に圧倒されていた俺は、数秒の間息をするのを忘れていたようで剣気が収められた瞬間に大量の空気を肺に取り入れた。
かつてないほどの圧力に俺はこの人物が自分よりも遥か上にいることを実感する。一体どれほどの研鑽を積めばこれだけの剣気を放てるというのだろうか。
「さて、我らもこれからカイエン候に用があるのでな。また機会があればその時はゆっくりと話すとしよう。それではな」
「失礼したな、Ⅶ組の諸君」
一通りの挨拶を済ませたオーレリア将軍とウォレス准将は未だ緊張する俺たちの横を通り過ぎていく。その背中が遠ざかっていこうとした時、不意にオーレリア将軍が振り返った。
「――イクス・ライガスト、だったな。そなたともう一度会うのを楽しみにしているぞ」
満足そうな笑みを浮かべてからオーレリア将軍は颯爽と立ち去っていく。
俺の心臓はまるで激しい運動をした後のように早鐘を打っていた。
オーレリア将軍とウォレス准将との邂逅から数時間、俺たちは無事トリスタへ向かう列車に乗っていた。外はすっかり日も落ちてしまい、車窓からは暗い緑色の山々やところどころに導力灯の光が見える。
「それにしてもあのオーレリア将軍っていう人、すごく怖かったよ……」
「ああ、凄まじいプレッシャーだったな」
「なんかイクスに反応してたみたいだったけど」
「うん、正確にはそなたの家名の方だったようだが……」
「そうなんだよな……」
俺たちは車内で軽く夕食を済ませた後、改めて今回の実習中にあったことを振り返っていた。その中で今話しているのはつい数時間前に出会ったオーレリア将軍についての話題である。
「何か心当たりはないのか?例えば、君の家がルグィン家と親交があったとか」
「う〜ん、正直全くわからん。俺の家はラマール州からはかなり離れていたから親交があったとも思えないし。俺自身もオーレリア将軍に会うのは初めてだし……」
「それもそうか……」
なぜあのオーレリア将軍が自分に興味を示したのか、正直自分にも分からなかった。
自分で言うのもなんだが今の俺の実力があの人のお眼鏡に適うとは到底思えない。やはりラウラが言ったように俺の家名の方に反応したのだとは思うが、《ライガスト流》自体が帝国でもかなりマイナーな流派であり俺自身もその流派をちゃんと継承しているわけではないため謎は深まるばかりだ。
「ま、今度会った時にでも聞いてみればいいさ。何だかあの人とはもう一度会いそうな気もするし」
「そなたがそう言うのなら、この話題は一旦保留だな」
「そだね」
「むう、少しスッキリしないが……」
「まあまあ、マキアス」
現状答えが出なさそうな問題をいくら考えてもどの道正解は分からない。とりあえずこの件は保留にして俺たちは次の話題に移る。
「モナ殿はオルディスの取材もするのだったか」
「あの人か……正直、今回の実習が大変だったのはあの人のせいでもあると思うぞ……」
「あはは、マキアスは特に使いっ走りにされてたからね」
次の話題はあのフリーライター、モナ・エイテンドについてだった。彼女はオルディスで引き続き取材をするとのことでブリオニア島を出てからそのままお別れということになっていた。
約二日間一緒に行動していたが確かに彼女のフリーダムさには苦労させられたと思う。渡された報酬はかなりのものだったが、それでもあのような依頼はもうやりたくない。
「でも、なんだかんだであの人がいなかったらあの遺跡にも入れなかっただろうしなぁ……」
「ん、結局あのペンダントが反応した理由もよく分からなかったけどね」
「遺跡、か……アレも僕たちが出た途端に元の祭壇に戻っていたし、謎だらけだったな」
俺たちが巨人と戦ったあの遺跡は俺たちが地上に出た途端に綺麗さっぱり無くなっていた。確かに俺たちはあの奥で巨人と戦ったはずなのだが、まるで最初からなかったかのように跡形も無くなっていたのである。
そしてモナさんがあの骨董品店で買っていたペンダントがなぜ石碑と反応したのかもよく分からなかった。モナさんに一応確認してみたが、あのペンダントはやはりただの古いペンダントだった。
そして謎だらけといえばもう一つ、今回の実習で最も謎だった人物がいる。
「あの女性、本当に何者なのだ……?」
「フィーたちの攻撃も軽くあしらっていたようだったが……」
「ん、わたしもイクスも完全に弄ばれてた」
そう、俺たちが最後に取り押さえようとしたあの着物姿の女性。彼女が操ったあの巨人も含めて謎だらけの人物だ。俺とフィーの連携も全く通じていなかったし、本気ですらなかったように思える。彼女が只者でないことは間違いない。
「――そういえば、あの人に攻撃を避けられた後動きが止まってたけど、なにかあったの?」
「え――」
色々な憶測をみんなが飛ばす中、フィーが俺に尋ねる。その質問に俺はすぐに答えられなかった。
「イクス?」
「どうしたのだ?やはり、何かあったのか?」
「…………」
急に押し黙ってしまった俺を他のメンバーが心配する。俺は覚悟を決めてフィーにとある質問をする。
「……フィー、猟兵団ってそれぞれエンブレムがあるんだよな?」
「ん、そうだよ。わたしがいた《西風の旅団》は緑色っぽい鳥のエンブレムで、《赤い星座》は赤い色のサソリのエンブレムだった」
「そうか。それじゃあさ、『眼帯をつけた狼』のエンブレムの猟兵団に心当たりはあるか?」
「え……」
今度は俺の質問にフィーが黙り込んでしまう。その表情も信じられないものを見たときのような彼女が普段あまり見せない表情だった。
「フィー?」
「その、イクスの言っていたエンブレムに心当たりがあるのか?」
「……うん、あるけど」
普段ははっきりと物事を言うフィーが珍しく歯切れの悪い返事をする。明らかに彼女は動揺していた。
「――頼む。教えてくれないか、フィー」
「………わかった」
フィーは小さく頷いてから口を開く。その真剣そうな表情に俺たちは黙って彼女の話に聞き入った。
「まず、わたしがいた猟兵団が《赤い星座》と並んで大陸でも最強格の猟兵団っていうのは話したよね。その事は本当で《西風》と《赤い星座》は猟兵の中でも“最強”の猟兵団って言われてた」
「改めて、すごいところにいたんだな……」
「ん、でもそんな数ある猟兵団の中でもその二つに負けないくらい恐れられてた猟兵団があった」
フィーの口から出たのは驚きの事実だった。その二つの猟兵団と同じくらい有名な猟兵団がかつて存在していたのだ。そしてとうとうフィーの口からその名前が語られる。
「その猟兵団の名前は《隻眼の狼》、団長から聞いた話だと《西風》や《赤い星座》が“最強”の猟兵団だとしたら、《隻眼の狼》は“最悪”の猟兵団だったって」
《隻眼の狼》――その名前を聞いた途端に俺はあの日の光景が一瞬フラッシュバックする。ロウフェルが炎に包まれたあの日のことを。
「えっと、なんで“最悪”の猟兵団なの?」
「そこまで言われるということはかなり危険だと想像はできるが……」
「猟兵はミラをもらってどんな仕事でもする家業だけど、それでも猟兵の中でも最低限のルールはある。戦闘狂が多い《赤い星座》でもそんな最低限のルールは弁えていたと思う。――けど、《隻眼の狼》だけは例外だった」
「例外……?」
「ん、猟兵の中には戦闘が好きな連中も多かったけど、その猟兵団だけは違った。《隻眼の狼》の一番の特徴はその構成員全員が“殺し”を楽しんでいること。それはたとえ相手が猟兵じゃなくて罪のない人でも関係ない。依頼の内容に関係なく《隻眼の狼》が関わった村なんかは徹底的に殺され尽くして、しかもあらゆる方法で皆殺しにされる。それを楽しむのが“最悪”って言われる所以だったらしい」
「人殺しを楽しむ、だと……」
「なんと非道な……」
「…………」
フィーの口から語られた《隻眼の狼》は確かに“最悪”という忌み名がついてもおかしくない連中だった。その話を聞いた俺は無意識のうちに奥歯を噛み締める。
「ということはまさか、イクスの故郷を襲ったのは……」
「――ああ、間違いない。俺が8年前に見たエンブレム、あれは間違いなく《隻眼の狼》のエンブレムだ」
イクスたちが列車に乗り込んだ後、海都オルディスにもまた夜が訪れていた。オルディスの特徴である海に面した綺麗な街並みには穏やかな潮騒と人々の生活する音がこだましている。
そんな中、オルディスの港から遠くに見えるブリオニア島を眺めるものがいた。
「――どうやら霊脈の揺らぎは収まったみたいですね」
淡いライトグリーンの髪を後ろでまとめ、その首には導力カメラがぶら下げられている。その人物はイクスたちが実習で行動を共にしていた女性、モナ・エイテンドだった。だが、彼女の目には眼鏡がかけられておらず、眼鏡を外した彼女は鋭い目つきでブリオニア島を見つめている。
「なんとかバレずに誘導できたみたいで一安心ってところですかね。まあ、あのイクスという子にはちょっとだけ勘付かれたかもですが」
眼鏡を外していた彼女は一度目を閉じてからまた眼鏡をかけ直す。その表情はイクスたちといた時には一度も見せていないような真剣な面持ちである。そして彼女は首にかけていたカメラに収められている写真データを見ながら話し始める。
「それにしても、不完全な状態とはいえ《魔煌兵》まで起動するとは……あの女性もおそらく《深淵》あたりの差し金でしょうね」
何やら意味深な言葉を言いながら喋っているが、彼女の周りには人がいないためその独り言は誰にも届かない。
「それにしても、《Ⅶ組》でしたか。“あの御方”から聞いていた子はいなかったようですが、まあまた会う機会もあるでしょうし次に期待しましょう」
写真を見ていた彼女はもう一度首にカメラをかけて、再び眼鏡を外した。
「“あの御方”の言った通り、帝国で何かが起ころうとしているのは間違いない。こちらも早めに対策をする必要がありそうですね……」
その紫色の瞳でオルディスの夜景を見た後、彼女は何事もなかったように再び“フリーライター、モナ・エイテンド”に戻る。
誰もいなくなった港には変わらず潮騒の音が響いていた。
というわけで第3章も終了です!
相変わらず最後の話に情報を詰め込めるだけ詰め込んですいません。正直、これでもカットした方なんですよ……
そして次回からはいよいよ第4章です!この章から物語が大きく展開するのでご期待ください!