英雄伝説 花の軌跡   作:阿賀美 アクト

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というわけで今回から第4章突入です!
先に言っておくと第4章は色々な意味で“ターニングポイント”になる章であるためこれまでよりもかなり長くなると思います。具体的に言うと大体20話以上使うと思われます。
ここから物語も大きな展開を迎えるのでご期待くださいね。





第4章 帝都繚乱〜分岐する物語〜
第39話 夏だ! プールだ! 水着回だ!


 

 

 

 

 夏――それは人々の心が開放的になる季節。

 

 

 

 長い間寒さが続いていた冬とまだ少し肌寒さを感じることもある春、そしてパッとしない天気の続く梅雨の時期を乗り越えてやって来るその季節は色々な意味で人の心を軽くするものだ。

 

 気温が上がることで人々の服装も春まで羽織っていた上着も必要無くなり肌の露出が多くなる。着ていたものが一枚なくなったことで人々の心もまた自然と軽くなり、連日照りつける太陽の陽射しもそれを後押ししていた。

 

 そしてトールズ士官学院にもまた夏が到来しており、今月の始めから俺たちの制服も夏服に衣替えしている。教官たちもまた腕まくりをしたり薄着で授業をする姿が見られるようになり、それ以外にも夏らしいものを多く感じられるようになっていた。

 

 そして夏といえばやはり誰もが思い浮かべるのは“海”だ。

 

 ギラギラと照りつける太陽、真っ白な砂浜、一面に広がるコバルトブルーの海。そして男として一番の楽しみはそこに集まる水着の美女たち。俺も美しいビーチでそんな光景を目にする―――とはいかなかった。

 

「――さてと、準備運動も終わったし早速《水練》の授業を始めるわよ」

 

 そう、今俺が通っているのは帝都近郊にあるトールズ士官学院。近くにビーチも無ければそもそも夏季休暇の季節ですらない。今いるのはギムナジウムにあるプールであり、室内であるため太陽の陽射しも窓からしかなく砂浜などありはしない。プールサイドにいるのも俺たち《Ⅶ組》とサラ教官だけで水着も学院指定の競泳水着である。

 

 7月に入ったことで士官学院では《水練》の授業が始まっていた。といってもこの授業はあくまで《軍事水練》、溺れないことや溺れた人間の救助や蘇生法、そして泳力を養うという色気のかけらもない内容だ。

 

「人命救助の定番としては人工呼吸よね。リィンとアリサあたりに実演してもらいながら説明しようかしら♡」

 

「サ、サラ教官……!?」

 

「あのですね……」

 

「冗談よ、冗談」

 

 そんな中、俺たちの前に立つサラ教官は早速授業を始めようとリィンとアリサに人工呼吸を実演してもらおうかと言う。その言葉にアリサは顔を真っ赤にしてリィンも困った表情を見せたが、もちろんサラ教官の冗談である。軽いジョークで俺たちを和ませたサラ教官は再び真剣な表情に戻る。

 

「でも、いざという時は躊躇っちゃダメよ。たとえそれが異性が相手でも同性同士でもね♡」

 

「むむっ……」

 

「……当然」

 

「まあ、命に関わることですからね」

 

 確かに本当に一刻を争う事態であればそんな躊躇をしている暇はないだろう。どうしても人工呼吸というと相手とのキスという邪な考えが浮かびやすいが、立派な人命救助の行為である。そもそも恥ずかしがるのが間違いというものだ。

 

「ま、その辺の講義が一通り終わったら全員のタイムを一度測らせてもらうわ。ラウラ、その時は手伝ってちょうだい」

 

「承知した」

 

 そしてやはり講義のためにわざわざプールに来たわけではなく、本命である泳力の訓練もある。どうやらタイムも測るらしくこれも授業の一環であるためそれなりに良いタイムを出した方が成績も良くなりそうだ。

 

 また、サラ教官もプールで早く泳ぎたいらしく早速講義の方を開始する。そして一通りの講義を終えてからいよいよ水泳らしい授業が始まった。

 

「位置について――始め!」

 

 ストップウォッチを持つサラ教官の合図で飛び込み台から勢いよく水面に飛び込む。バシャンと水しぶきが上がり、俺の視界は水中の中の景色に変わった。

 

 そのまま潜水しながら距離を稼ぎある程度息が苦しくなったところで水面に顔を出し、俺はクロールを開始した。先にあるもう一方の壁を目指してぐんぐんと進んでいく。水の抵抗を受けながら泳ぐ俺はなるべく息継ぎをしないよう必要最小限の空気で水をかく。

 

「ぷはぁっ!」

 

 手が壁に付いたのを確認してから俺は顔を上げて一気に空気を吸い込む。息を整えてプールから上がると心地よい疲労感を感じた。自分の中でもなかなかの好タイムが出た筈だ。

 

「お疲れ、イクス。やっぱり水泳も得意なんだね」

 

「ああ、エリオットもお疲れ。まあこういう実技系は数少ない内申点の上げどころだからな」

 

 俺の少し前に泳いでいたエリオットが話しかけてきた。Ⅶ組の中で武闘派ではない彼は水泳もあまり得意ではないらしく俺を羨ましそうに見ながら話す。

 

「リィンもそうだけどイクスも結構引き締まった身体だよね。う〜ん、やっぱり僕ももう少し筋肉をつけた方がいいのかなぁ……」

 

「俺とリィンとかは日頃から鍛えてるから自然と筋肉がついてるだけだよ。ま、エリオットは筋肉をつける前にもう少し身長を伸ばした方がいいかもな」

 

「ううっ、やっぱりそうだよね……」

 

 エリオットはⅦ組男子の中では最も身長が低い。今のまま俺たちのように筋肉をつけるよりも前にまずは身長を伸ばした方が体のバランスも良いだろう。

 

「あら、あなたたちも泳ぎ終わったのね」

 

「お疲れ、二人とも」

 

「あ、リィンにアリサ」

 

「おう、そっちこそお疲れ」

 

 俺とエリオットがプールサイドで話していると同じく泳ぎ終わったリィンとアリサも合流する。プールの方ではちょうどガイウスとエマが泳ごうとしていたところだった。

 

「エマも意外と泳ぎが上手なのよね。色んな意味で羨ましくなっちゃうわ」

 

「色んな意味……?ああ、なるほど」

 

「って、理解しなくていいの!というかあんまり女子の水着姿をジロジロと見るんじゃないわよっ!」

 

「いや、凝視していたわけじゃ……」

 

「あはは……」

 

「相変わらず夫婦漫才かましてんな」

 

「ふ、夫婦じゃないったら!!」

 

 現在泳いでいるエマを見たアリサは泳ぎの上手さだけでなくそのスタイルも少々羨ましいようで、その言葉の意味に気づいたリィンはアリサに怒られる。この二人の相変わらずのやり取りに俺とエリオットは若干呆れながらその様子を見ていた。

 

 アリサはエマのスタイルを羨ましがっているがそういう彼女も実はかなりのものを持っている。多分この場にフィーがいたら若干落ち込んでいたかもしれない。

 

「あれっ……?リィン、左胸のところ何かケガでもしたの?」

 

 そんな会話をしているとリィンの体を見ていたエリオットがリィンの体にある痣に気づいた。確かにうっすらとだがエリオットの言った左胸のあたり、さらに言えばちょうど心臓のある場所あたりに何か痣があった。

 

「……ああ。これは昔からあるアザさ。ずいぶん昔のものみたいでいつ出来たかは覚えてないんだ」

 

「そうなんだ……」

 

(いつ出来たのか覚えてない、か……)

 

 普通あんな場所にアザが残るくらいのケガをしたのなら命の危険に関わるケガであってもおかしくない。そんなケガをリィン自身が覚えていないというのは少し違和感を感じたがエリオットとアリサはさして気に留めなかったようなので俺も敢えて言及しなかった。

 

「位置について――始め!」

 

 そんな話をしていると再びスタート地点からサラ教官の合図が響く。勢いよくプールに飛び込んだのはラウラだった。

 

「さすが水泳部だな……」

 

「は、速い……」

 

 プールに飛び込んだラウラはぐんぐんと水を掻き分けて進んでいく。水の抵抗を感じさせずに泳ぐその様はまさに魚のような泳ぎだった。そしてすぐに向こう側の壁にタッチし、水を振るってからプールサイドに上がる。

 そんなラウラの姿を見ているとプールサイドで話していた俺たちにサラ教官が注意する。

 

「こら、あんたたち。まだタイムを測るんだからさっさとこっちに戻って来なさい」

 

「あ、そうだった」

 

「ちょっと話しすぎたわね」

 

 注意された俺たちはいそいそとスタート位置に戻り、また数回タイムを計測した。

 

 その後、タイムも測り終わりサラ教官の提案で二人一組でペアを組んで競争することになった。

 

 Ⅶ組の中では最も泳ぐのが早いラウラとフィーがタイムを競い合い、ユーシスとマキアスがこちらも恒例となって水泳で勝負をする。俺もリィンとペアを組んで競い合ったりとⅦ組の水練の授業はそれなりに楽しみながら終わったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして午前中の水練もあったその日の放課後、この日も授業を終えた生徒たちがそれぞれの放課後を過ごしていた。クラブに所属する者はその活動に勤しみ、クラブに入っていない者も自習したり友と過ごしたりと生徒たちは思い思いの時間を過ごしている。

 

 グラウンドでも馬術部やラクロス部などが活動しておりそれぞれのクラブに所属する生徒たちは皆真剣に部活動に励んでいた。そんな中、グラウンドの隅にある物置の裏で話をする者たちがいた。

 

「で、どうだったの?」

 

「わからない。ノルドの地では“資質”を見せることはなかったけど……」

 

「……ああもう、アタシも付いていけばよかったわ」

 

 話す声の主は二つ。一つは《Ⅶ組》の一員であるエマのものであり、彼女のほかに女性らしき者の声も聞こえる。二人の会話の内容の意味するところは不明だが何やら揉めているようだ。

 

「いい?時間もそれほど多く残ってないのよ。それに“試練”の方も変化しちゃってるみたいだし」

 

「変化……?どういうこと?」

 

「アタシにも理由はわからないけど試練の内容が本来のものから逸脱し始めてるのよ。このままだと試練を乗り越えるのも厳しくなるわよ」

 

「そんな……!?」

 

 会話する相手の口から出た内容にエマは驚く。試練というのが何を指すのかはわからないが会話している二人にも予想外の事態が生じているらしい。

 

 

「とにかく、時間もないんだからさっさと見極めなさい。《起動者》が“アイツ”なのは間違いないハズよ」

 

 

「……わかってる。でも――」

 

 

 何やら結果を急かす相手にエマは抗議しようとする。だが、そんな二人のもとにある人物が姿を現した。

 

 

 

 

「――あれ?こんなところで何やってるんだ、エマ?」

 

 

 

 

「イ、イクスさん……!?」

 

 

 

 

 そこに現れたのはイクスだった。彼は園芸部で使っていた道具を倉庫にしまうため偶然倉庫の裏にいたエマたちに気づいたのである。

 

「なんか誰かと話してたみたいだけど……ってあれ?誰もいない……」

 

「あ、ええと、その……」

 

 会話の内容は聞いていなかったが、イクスはエマが何者かと会話をしていることには気づいていた。だが、エマのもとに近寄った彼の目の前にはエマ以外に人影はなく、それ以外にいたのはトリスタで度々姿を見かける黒猫だけだった。

 

 まさかの事態にエマは焦る。彼はまだ黒猫の正体に気づいてはいないようだが、彼はかなり勘のいい部分があるため気づかれてもおかしくない。エマが必死に言い訳を考えようとした時、イクスは何かに気づいた。

 

「……あっ!そうか、そういうことだったのか……」

 

「ええっ!?」

 

「ニャッ……!?」

 

 何かに気づいたイクスを見てエマだけでなくなぜか近くにいた黒猫も驚きながら鳴き声をあげる。

 

「え、ええとですね、イクスさん。これはその、なんというか……」

 

「いや、言わなくていいよ。俺もわかったから」

 

 エマが誤魔化そうとする前にイクスがその言葉を遮る。エマは絶体絶命の窮地に立たされていた。

 

 

「いや、俺もびっくりしたよ。まさかエマが―――」

 

 

「っ……!」

 

 

 エマは思わず目を閉じてイクスの言葉を待つ。万事休すかと思われたエマにかけられたイクスの言葉は衝撃的なものだった。

 

 

 

「――まさかエマが、“友達が少なかった”なんて……」

 

 

 

 

「――へ?」

 

 

 

 イクスの口から出た言葉にエマは一瞬思考が停止する。今自分の目の前に立つイクスは一体何を言っているのか、彼は自分の“秘密”を察したはずなのでは。

 

 思考回路がショートしたエマにイクスは申し訳ない表情を浮かべながらエマに慰めの言葉を送る。

 

「いや、俺も予想外だったよ。エマは人当たりも良いから友達も多いと思ってたんだけど、まさか“一人で会話シミュレート”をするくらい人間関係に悩んでいたなんて……」

 

「かいわ、シミュレート……?」

 

 イクスの言葉を聞いたエマは思わず片言になりながらそのワードを自分の中で反復する。その意味をようやく理解したエマはあらぬ誤解をされたことをイクスに抗議しようとした。

 

「ち、違うんです、イクスさん!これはですね……!」

 

「大丈夫、心配しないでくれ。もちろん誰にも話さないから」

 

「いや、そうじゃなくて……!」

 

 もはやエマは自分の秘密を隠しておくということすら頭になかった。それよりもイクス自分のことを勘違いしていることを訂正する方が今の彼女にとっては最優先事項になっている。

 

 だが、そんなエマの抗議をイクスは一人納得した様子で聞く耳を持たない状態だった。こちらの話を聞いてくれないイクスにエマが慌てていると、彼がエマに対して話しかける。

 

「でもさ、俺たちはエマのこと“仲間”だと思ってるぜ」

 

「え……」

 

「この3ヶ月過ごしてきて俺も含め色々と人間関係の問題もあったけど今はそれも全部解決したし、みんなある程度はお互いに心を開いていると思う。そしてそれはエマに対しても一緒だ。俺たちはエマを“頼りになるⅦ組の委員長”として“仲間”だと思っていると思うから」

 

「――あ」

 

 イクスからかけられた言葉にエマは言葉を失う。まだ《Ⅶ組》のメンバーに対し“秘密”を隠している彼女にとって“仲間”という言葉は心に響いていた。

 

「だからさ、エマももうちょっと俺たちに心を開いてくれると嬉しい。まだみんな抱えているものはあると思うけど多分話したら楽になると思うから」

 

「…………」

 

 イクスの口調は優しかった。彼もまた悩みを抱える身でありながら秘密を隠している自分のことを心配してくれている。エマは急に自分が恥ずかしくなる。

 

 そんなエマの表情を察したのかイクスは少し照れくさそうにしながらエマに声をかけた。

 

「まあ、その、なんだ。俺で良かったら悩みも聞くし、会話の練習も手伝うから。……それじゃあな、あんまり遅くならない内に寮に戻れよ」

 

「あ、はい……」

 

 声をかけたイクスは倉庫を去っていく。残されたのはエマと黒猫だけだった。

 

「……ま、良かったんじゃない?アタシのこともバレてないみたいだし」

 

「私は変な誤解を受けたけどね……」

 

 会話していた相手がひとまず自分たちの秘密がバレなかったことを慰める。だが秘密を守れたエマは同時に何か失った気分だった。

 

(“仲間”、ですか……)

 

 エマはイクスからかけられた言葉を思い出す。“仲間”という言葉が彼女の心の中に強く残っていた。

 

 

 

 

 

 




水着回と言ったな、あれは嘘だ。……すいません、タイトル詐欺ですね。
閃Ⅳの発売日まで残り一週間になりました。何とかあるところまでは進めていきたいので、今日の夜にもまた更新すると思います。

それと、キャラ紹介②のところにモナの情報も追加しときました。良ければ見ておいてください。

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