40話まで書いておいてなんですが、そういえばイクスの容姿についてあんまり描写してないなぁと思い出しました。
なので今回はちょっとだけイクスの容姿に関する情報を描写しています。
7月18日、今日は多くの生徒が待ち望んでいたであろう《自由行動日》だ。今日の天気もまた雲ひとつない快晴であり、トリスタほ夏らしい日が続いている。生徒たちはこの絶好の日和に外へ足を向ける者が多かった。
トールズ士官学院にも多くの生徒がおり、その目的は主に部活動である。室内のクラブも活動しているところがほとんどでグラウンドでは外で活動するクラブの生徒たちが汗を流している。
そして俺もまた自らの所属する園芸部でクラブ活動に勤しんでいた。
「お、だいぶ芽が出てきたな、フィー」
「ん、どんな花が咲くのか楽しみ」
順調に成長している芽を見ているフィーは一見いつもの無表情のように見えるがよく見るとわずかに笑みが浮かんでいる。おそらく彼女は内心でとても喜んでいる筈だ。
この三ヶ月《Ⅶ組》で一緒に過ごしたことでフィーの感情の起伏もある程度分かるようになっていた。もともと感情表現の少ない彼女だが注意して見ればその表情にもわずかな変化がある。この頃は彼女の考えていることもなんとなく察しがつくようになっていた。
「あらあら、フィーちゃんのお花もようやく芽が出てきましたか〜」
「ん、部長のおかげ」
「いえいえ、フィーちゃんが根気強く育てたからですよ。これからも大切に育ててあげてくださいね」
「……がんばる」
俺がフィーの表情を読み取るのに約三ヶ月かけている中、エーデル部長はなぜか初対面の時からフィーの感情をほぼ完璧に読み取っていた。俺を園芸部に誘ってくれた時もそうだったがエーデル部長には人の心の内に自然と溶け込むようなあたたかさがある。これも彼女がいつも出している母性がそうさせるのか。というか本当にこの人は何者なのだろうか。
そんなことを考えているうちにエーデル部長は再びほかの花壇の様子を見に行ってしまう。ぼーっと考えていた俺にフィーが話しかけてきた。
「イクスのもけっこう成長したね」
「ん?ああ。といっても、気を抜いたらすぐに枯れるからまだまだこれからだけどな」
話しかけられた俺はフィーの花壇から目を移し自分の育てている植物が植えてある花壇の方に目を向ける。そこには緑の葉を広げて太陽の光を目一杯取り込もうとしている植物の姿があった。
「“ハーブ”ってそんなに気を使わなきゃいけないの?」
「そうだな、水をやり過ぎてもダメだし気温の変化にも敏感なやつが多いんだ」
「ふーん、大変だね」
俺が育てているのは何種類かの“ハーブ”だった。俺も育てるのはこれが初めてであるためちゃんと育ってくれるか心配だったが、今のところは順調に育ってくれているらしい。
「でも、なんでハーブを育ててるの?」
「いや、寮でユーシスがたまにハーブティーを飲んでるだろ?俺も紅茶以外の新地開拓としてハーブティーの淹れ方の勉強をしててさ。それでせっかくだからハーブも自分で育てようと思ったんだ」
第三学生寮のキッチンにはそれぞれが持ち込んでいるものが色々と置いてある。俺も茶葉をいくつか置いてあるしマキアスなんかはコーヒー豆を置いてたりする。それ以外にもアリサの好物であるジャムやリィンが持ち込んだ東方のお茶なんかもあったりするのだ。
その中でユーシスは実家でたまに飲んでいたというハーブティーを飲んでいるところを見かけることがある。彼も貴族であるため基本的には紅茶を飲むのだが、それがたまにハーブティーに変わることがあるのだ。
そんな場面を時折目にしていた俺はこの機会にハーブティーの淹れ方もマスターしようと思い、現在はユーシスに味見を頼みながら修行中である。
まあ、ある程度は予想はしていたがユーシスはかなり辛口の採点をするため俺は未だに彼に60点以上の点数を貰えていなかったりする。俺も彼の辛口評価を受けそれをいつか覆そうと日々研究に明け暮れている。
そしてハーブティーに使うハーブも自分で育てればより理解が深まるだろうと思い、こうしてハーブを栽培しているというわけだ。
「二人のも中々いいカンジみたいね♪」
「あ、ヴィヴィ」
フィーと俺がお互いの花壇の様子を見ていると、もう一人の一年生部員であるヴィヴィが声をかけてきた。イタズラ好きで不真面目そうに思われがちな彼女だが意外と部活動には熱心で水やりの当番も欠かさずにやっている。
そんなヴィヴィを見た俺はあることを思い出した。
「そういえば、ヴィヴィは何を育てているんだ?」
「ちょっと気になる」
「フフーン♪私が育てているのはコレよ!」
俺とフィーはヴィヴィの育てているものを知らなかったため、彼女が一体どんな植物を育てているのか興味を持った。俺たちが興味を示したことでヴィヴィは得意げに鼻を鳴らして自らの花壇の方に俺たちを連れて行く。
「って、お前これ……」
「……食虫植物」
「どう?カワイイでしょ」
ヴィヴィが育てていたのは主に飛んでいる蝿などを食べる食虫植物だった。まさかの植物に俺は絶句する。
彼女は可愛いと言っているが、どう見てもこの植物に可愛さなどカケラも感じられない。というか一体どこでこんなものを手に入れてきたのだろうか。
「まあ、ヴィヴィちゃんのも可愛らしく成長していますね〜」
「……よく見ればちょっとカワイイかも」
「え」
「でしょ〜♪」
そんな食虫植物は意外にも俺以外の部員には好評だった。俺ももう一度それをよく観察してみるが、やはり不気味さを感じるだけでちっとも可愛くない。
(これは俺の感性の方が間違っているのか……?)
ヴィヴィの食虫植物に女子3人が集まってそれを愛でている。俺はよく理解できない乙女心に頭を悩ませるのであった。
午前中の行動が終わった後、俺はリィンの招集を受けて約一ヶ月ぶりに旧校舎に足を踏み入れていた。
実は園芸部の活動の後になぜか男子全員がプールに集められてナイトハルト教官の特別授業を受けることになりそこで“限界修練法”という地獄のような訓練を受けて俺も含めてⅦ組男子が一度死にかけたのだが、まあそれはいいだろう。
そんな訓練で若干重くなっていた体を気分転換させるために俺もリィンの招集を快く受けていた。ちなみに今回の探索メンバーはリィン、俺、アリサ、エマ、マキアス、ユーシスの6人である。
「相変わらず不気味だな、ここは」
「フッ、怖いのなら逃げても構わんぞ」
「だ、誰が逃げ出すものか!」
「まあまあ、お二人とも」
(こっちも相変わらずだな……)
もはや日常茶飯事となっているマキアスとユーシスのやり取りを俺は呆れながら見る。2ヶ月前までは顔を合わせればいつ殴り合いに発展してもおかしくないほどピリついた空気が流れていたが、今はこうして口げんかをすることはあるものの本気でケンカをしているわけではなさそうだった。
二人の間に立っていたエマを見ていたリィンはいつもの笑顔で彼女に話しかける。
「それしても驚いたよ。まさか委員長があそこまで必死に頼み込んでくるなんて」
「へえ、そうなんだ」
「あはは……私も次の《実技テスト》に向けて鍛えておきたかったというか……」
エマはどうやらリィンの招集を受けてここにきたのではなく、自分から頼み込んで来たようだ。おそらく今月も先月までと同様に来週の水曜日に《実技テスト》が控えている。
座学で優秀な成績を収める彼女はⅦ組の中ではあまり武闘派とは言えないため、座学に比べれば実技系の科目が少々苦手らしい。今回もまたサラ教官が何を企んでいるかわからないし彼女も万全を期しておきたいのだろう。
そんな会話を繰り広げていたリィンたちに俺は声をかける。
「ま、ここで立ち止まっているのもなんだし、そろそろ下に行こうぜ」
「ああ、そうだな」
正直なところ、俺は早く旧校舎の地下に行きたくて先程からウズウズしていた。先月は参加できなかったし俺もこの旧校舎で実践経験を積んでおきたいため早く攻略を始めたかったのである。
リィンたちの話だと先月は第3層を攻略したそうだから今までの規則通りにいけば今回攻略するのは第4層ということになる。下に行くたびに迷宮の仕掛けやボスの難易度も上がっているみたいだし、今回は一体どんな迷宮が待ち受けているのか楽しみだ。
旧校舎の奥にある扉を開けるとやはりそこには地下へと続く昇降機が俺たちを待ち構えていた。早速俺たちは昇降機に乗り、アリサが行き先を決めるパネルを操作しようとする。
「あら……?」
「どうした、アリサ?」
「昇降機が動かないのか?」
「ううん、多分、昇降機自体は問題なく動くはずなんだけど……」
動きを止めたアリサが気になった俺たちは彼女が操作しようとしていたパネルの方に近づく。
「これ見て、新しい階層が増えてるの」
「本当だ……」
「どういうことだ……?」
「…………」
昇降機を動かすパネルにはこれまで無かったはずの階層が追加されていた。
本来行くはずの第4層から第6層までの階層には×印がついており、それに代わって新たに出現したα、β、γの層へと道が分岐している。
「これを見る限り、本来の階層には行けないようだな」
「い、一体何が起きてるんだ……」
「それに今点灯しているのは第α層だけ。多分ここにしか進めなさそうね」
新たに出現したα、β、γのうち現在点灯しているのは第α層だけだった。それ以外に点灯しているのは第1層から第3層までであるため今新たに行けるのはここだけなのだろう。
これまでの法則が崩れ、α、β、γの層も何が起きるかわからない。俺はリーダーであるリィンにここからの行動をどうするか尋ねる。
「どうする、リィン?」
俺の質問にリィンは少し考えてから決断を下した。
「――行こう。旧校舎にこれまでと違う異変が起きているのは間違いない。みんな、何が起きてもいいよう心構えをしておいてくれ」
「はい、私も気になります」
「フン、臨むところだ」
「ここまで来て引き下がるわけにも行かないからな」
「ええ、それじゃあ行くわよ」
リィンの決断を聞いて、俺たちもそれぞれ覚悟を決める。アリサがパネルを操作すると昇降機が下に動き出した。
第1層から第3層を超え、昇降機はさらに下へ下へと降りていく。全く止まる気配がしないため、もしかしたらこの先に階層など存在しないのではないかと不安に駆られていると、ようやく昇降機がその動きを止めた。
「ここが、第α層……」
「パッと見た感じでは他の階層と違うところはないみたいだが……」
「……いや、どうやらそうでもないみたいだぜ」
昇降機から降りてたどり着いた未知の階層を見回す。そこは今までの階層の入り口と同じようなつくりで迷宮へ続く一つの扉とその近くに回復装置が設置されていた。一見これまでの階層と同じかと思われたが、一つだけ今までと明らかに違う箇所があった。
「真っ黒ね……」
「ああ、やっぱりこの先は間違いなく今までの階層とは違うんだろうな」
「フン……」
迷宮への入り口と思われる扉は今までと同じ石造りのようだったが、その色は吸い込まれそうになるほど深い漆黒だった。この黒い色が何を表しているのかは定かではないが、この先が未知の領域であることは間違いないだろう。
あまりにも異様な雰囲気を放つその扉に俺たちは一瞬息を飲む。そして覚悟を決めたリィンが扉に触れた。
「みんな、この先は何が起こるかわからない。いきなり戦闘になる可能性も0ではないから十分に気をつけてくれ」
「ああ、了解だ……!」
「行きましょう……!」
先頭に立つリィンが黒い扉を開けてその奥に進んでいく。俺たちもその後に続くが扉の奥に広がっていたのは底知れないほどの暗闇であり、その先に何があるのかも分からなかった。
俺も扉の奥に進んでいく。自分の体が完全に扉の奥に広がる闇に入ったかと思った途端、黒一色だった景色が白一色に変わり、そのあまりの眩しさに目を閉じる。
「きゃあっ……!?」
「な、何だ……!?」
「くっ、みんな……!」
それはリィンたちも同様だったようで俺の周りで眩しさに驚いた他のメンバーの悲鳴が上がる。
――ゴーン、ゴーン
(鐘の音……?)
そして俺たちの視界が白く染まる中、どこからともなく綺麗な鐘の音が鳴り響いた。その音はどこかで鳴っている筈なのだが、空間全体に響き渡るような音であるためそれがどこから聞こえてくるのかわからない。
鐘の音が止んだかと思うと徐々に視界が戻っていく。まだ視界はハッキリとせずに若干ぼんやりとしていたが、時間が経つにつれて目の前に広がる光景が何なのか分かってくる。
最初に目についたのは時計だった。しかもそれは一つではなく目の前に広がる空間の至る所に大小さまざまな時計がある。その種類も2本の針で動くオーソドックスなものもあれば振り子時計や導力式の時計などあらゆる種類の時計がそれぞれ違う時刻を示しながら時を刻んでいた。
「なんだ、これ……?」
そのあまりに異様な光景に思わず声がでた。だがここで周囲の光景に気を取られていた俺は自らの異変にも気づく。
自分の声がいつもより高いのだ。声が自分の喉から出ているのは間違いないのだが、その声はまるで声変わりする前の時のように高い。それにおかしいのは声だけじゃない。自分の目線も普段より低い気がする。
一体何が起きたのかを確認しようとすると、不意に俺の後ろから何者かの声が聞こえた。
「みんな、大丈夫か?」
「え……?」
聞こえてきた声は俺と同様少し高めの少年の声だったが、不思議と聞き覚えのある声だった。俺は恐る恐るその声が聞こえてきた方向に振り向く。
「あれ、お前……」
「え、その紺色の髪はもしかして……」
俺の前にいたのは優しげな雰囲気を感じる黒髪の少年だった。だが俺はその少年の顔を見て自分と少年が初対面でないことに気づく。そしてそれは黒髪の少年も同様で俺の顔や髪の毛に心当たりがあったようで目を丸くしている。
「もう、何なのよ……」
「え、誰かいるのか……?」
「む、これは……」
「あれ、どうなって……」
そして俺たち二人以外に新たに4つの少年少女の声が聞こえる。その声の方向を見た俺と黒髪の少年の目の前には金髪の少女と少年と緑髪のメガネをかけた少年、そして紫色の髪の少女の姿があった。
そしてその場にいる6人の少年少女たちはお互いの顔を見合わせて、自分たちに起きている現象を理解した。
「馬鹿な……」
「……(パクパク)」
「……こんなことって」
「なあ、これって間違いなく……」
「……ああ、にわかには信じられないけど」
「わ、私たち、“子ども”になってる〜〜!?」
はい、そんなわけでとうとう旧校舎自体も本来のルートから分岐しました。次の回では新たに出現した第α層を子どもの姿になってしまったイクスたちが攻略します。
残りのβ、γについてもご期待ください。