いつもなら2話ぐらいに分ける文量を無理やり一話にまとめたのでかなり長くなりました。どうしても2話かけるわけにはいかなかったのでご了承ください。
小さい頃に読んだ絵本の中にこんな話があった。
国一番の剣士だった主人公がある日宮廷に仕える魔女に呪いをかけられ、子どもの姿になってしまうという話だ。実はその魔女は主人公のことを妬んでいた宮廷の騎士に脅されて主人公を子どもの姿に変えてしまったのである。
結果的には呪いをかけてしまったことを悔やんでいた魔女が主人公に謝罪して力を貸し、元の姿に戻して宮廷の騎士を一緒に倒すことに成功、そしてハッピーエンドを迎えるというよくある内容の絵本だった。
その当時は自分もまだ子どもだったからその主人公の身に起きた現象の大変さが良く分かっていなかったが、今の自分なら事の重大さがハッキリと分かる。
「逃げろ、みんな!!」
「あっちの壁の方まで走るぞ!」
「お、置いていかないでくれ!」
「もう嫌〜〜!!」
全速力で走る俺たちの後ろには、大きな鎌を光らせながら追いかけてくるカマキリ型の魔獣がキシャーッという鳴き声をあげながら近づいて来ていた。普段よりも歩幅が狭いため俺たちはその分必死に足を回転させて奥に見える壁の方に逃げ込む。
「はあっ、はあっ……」
「し、死ぬかと思った……」
「……フン、のろまだな」
「そういうユーシスさんも息が上がっていますよ……」
何とか振り切れたようで魔獣はもといた場所に戻っていったらしい。脅威が去っていったことを確認した俺たちは壁の裏に隠れて息を整える。
壁の至る所に設置されている様々な時計たちは違う時刻を示しながら一定のリズムで時を刻んでいる。バラバラに動く針の音は気にすれば気にするほど煩わしく感じ、先程から続いているイライラを加速させた。
旧校舎地下に新たに出現した第α層の攻略を始めて約15分、“子ども”の姿になった俺たちは未だにこの迷宮の攻略法が掴めないまま迷宮を突破できずにいた。
自分たちが子どもになってしまったことに気づいた俺たちは、まず自分たちが通って来た扉の方に戻ろうとした。しかし、俺たちの後方にあったは扉ではなく代わりに俺たちの背丈よりも大きな振り子時計が置かれていた。
それ以外に出入り口らしきものが見当たらなかったため、俺たちはそこで自分たちがこの迷宮に閉じ込められたことを察して迷宮の奥に進むことになっていたのである。
「くそ、子どもの姿じゃなかったらあんな奴ら余裕なのに……」
「リィンとイクスがほぼ機能してないというのが本当に痛いわね」
「面目無い……」
徘徊する魔獣を避けるように隠れながら進む俺は奥に見える魔獣を睨みつける。俺たち全員が子どもになったことで戦闘にも大きな支障が生じていた。
体が小さくなったことで当然ながら腕力などの筋力諸々が子ども相当のものになってしまい、剣を主体に前衛で行動する俺とリィンはその戦闘力のほとんどを削られていた。武器が使えないのは俺たちだけでなく他のメンバーも同様であり俺たちは全員武器が使えない状態でこの迷宮を歩いている。
不幸中の幸いだったのはARCUSが機能していることでセットされているマスタークオーツの恩恵も得られているということだ。これによって俺たちの身体能力が実際よりも向上はしていたが、それでもやはり元の姿に比べれば戦闘力は低いため素手で魔獣を倒すというわけにもいかなかった。
ARCUSが使えるということでアーツの方も問題なく使えるようだったが、俺たちが子どもの状態だからなのかその威力も落ちている。それに戦闘中に後衛がアーツの駆動をするには俺たち前衛組が敵を引きつける必要があり、そもそも前衛が機能しない今の状況では他のメンバーがアーツを駆動するのもままならない状態だった。
そのため、こうして先ほどから敵を避けて迷宮を進んでいるのである。
「どうにかして元に戻る方法はないのか……?」
「そうですね……やっぱり入り口の近くにあった“アレ”がヒントだとは思うんですが」
「まあ、そうだろうな……」
気配を探ることがある程度できる俺とリィンが周囲の気配に気をつけながら迷宮を進んでいく。近くに魔獣の気配がないことを確かめながら会話を続けた。
「えっと確か、“定められし時を動かせ、さすれば道は開かれん”だったか」
「改めて聞いても意味がわからないわね……」
「“定められし時”というのがなんらかのヒントであるのは間違いないがな」
スタート地点であった入り口付近から少し歩いたところで俺たちは奇妙な石碑を発見していた。そこに書かれていたのはたった一言だけ『定められし時を動かせ、さすれば道は開かれん』という意味深な言葉だった。
ユーシスが言ったように“定められし時”というのが何かを表していて、それを動かせばこの迷宮から出られるということなのだろう。だが肝心の“定められし時”というのが何なのかわからないため俺たちはこうして当てもなくただ迷宮を彷徨っている。
石碑に書かれていたのが一体何なのかあれこれ考えていると、先頭を歩いていたリィンがあるものに気づいた。
「あれは……」
「どうした、リィン?」
「何かあったの?」
「ああ、みんなあれを見てくれ」
リィンが指差した先にあったのは奥の壁にある一つの扉だった。その扉は旧校舎にあるような古めかしい扉ではなくドアノブがついた比較的新しいデザインで、周りが様々な時計に囲まれた空間の中でそれは明らかに目立っている。
近くに魔獣の気配もないため俺たちはその扉の前に向かう。一応、近寄って見てみてるがやはり何の変哲もないただの扉だ。
「何でこんなところに扉があるんだ?もしかして出口とか?」
「どうでしょう?こんなにあっさりと出口が見つかるとは思えないですけど……」
「まぁ、入ってみるしかあるまい」
「そうだな。よし、とにかく中に入ってみよう」
扉の前でいくら考えても仕方ないので、俺たちはその扉の奥に進むことを決意する。リィンがドアノブを回して中が見えるかと思ったが、やはりその先に広がっていたのは入り口の時と同じ暗闇だけだった。
意を決して俺たちは次々と扉の奥に進んでいく。全員が扉の中に進むとやはり先程と同じく暗闇が一瞬で白に変わった。
流石に2回目ともなれば驚きもないため、俺たちは静かに自分の視界が元に戻るのを待つ。白に染まってから数秒で周りの景色がぼんやりと見えてきた。
「あれ、ここは……?」
「家の中……?」
俺たちの目の前に現れたのは先ほど俺たちがいた迷宮とは似ても似つかない木造の壁の空間だった。そこはどうやら住宅の中のようで周りには少し大きめのソファやテーブル、キッチンなどの家具が置いてある。この家の家主は几帳面な性格なのか家具の配置やデザインなどかなり考えて揃えているらしかった。
空間が変わったことで自分の体も元に戻ったかと期待したが、やはり体は子どもの姿のままだ。それぞれのメンバーが家の中を見回しているとマキアスが呟く。
「……間違いない。ここは僕の家だ」
「えっ!?」
「本当なのか?」
「ああ、この家具の配置や家の雰囲気……どうやら少し昔のもののようだが僕の自宅であることは間違いない」
「へぇ、ここがマキアスの家の中なのか……」
思いがけず訪れることになったマキアスの自宅を俺たちは興味深く見回す。決して豪邸というわけではないがマキアスの家は普通の家より少し広くゆとりのある空間だ。キッチンなどがあるということはここはその一階なのだろう。
当のマキアスは久しぶりの自宅を少し懐かしそうに眺めていた。ふと壁に目をやるとそこには時計が置いてあった。しかしその時計は壊れているのか針が8時30分を少し回ったところで止まっている。
俺がその時計を見ているとマキアスたちは家の中のものを色々と手に取りながら見ていた。俺も時計から目を離してマキアスの家を見ているとあるものを発見する。
「あ、これ……」
「どうした?」
「何か見つけたのか?」
「ああ、マキアスがさっき言ってたみたいにここは今の家じゃないみたいだ」
俺が見つけたのは日めくりカレンダーだった。そのカレンダーが示している日付は七耀暦1195年10月1日、今から約9年前の日付を示している。
「1195年、か……ということは俺たちの今の姿も9歳当時のものなのかもな」
「なるほど、たしかにあながち間違いではないかもしれん」
リィンが言ったように今の俺たちの肉体年齢は9歳の時のものなのかもしれない。俺も正確に覚えているわけではないが、当時の自分の背丈も大体今と同じくらいだった気もする。
俺が発見したカレンダーで新たに一つ情報が得られたところで、カレンダーの日付を見たマキアスが何か驚いているのにリィンが気づく。
「マキアス、どうしたんだ?」
「ああ、いや……この日は僕の誕生日なんだ……」
「そうだったんだ……!」
「おめでとうございます、というのは変ですね」
「フン、つまり今俺たちがいるのはお前の9歳の誕生日の時の家というわけか」
「あれ、でもそれにしては変じゃないか?」
この日がマキアスの誕生日だとわかった俺はここである違和感に気づく。それは彼の家の中の雰囲気だった。
「マキアスの家って誕生日を祝ったりしないのか?テーブルにもご馳走とかケーキもないし……」
「あ、そういえば……」
「たしかにそうですね」
マキアスの家の中はどうも誕生日を祝っているような雰囲気には見えなかった。テーブルの上にはご馳走はおろかケーキもない。彼の誕生日プレゼントらしきものもどこにも見当たらない。
「……いや、そうじゃない。僕の家でもちゃんと誕生日を祝うよ」
「じゃあどうして……」
「実はこの日は父さんの仕事が長引いてね、僕の誕生日パーティーが始まる頃には夜遅くになってたんだ」
「そっか、マキアスのお父さんって……」
「帝都知事、だったな」
マキアスは少し苦笑いを浮かべながら当時のことを思い出す。彼の父親、カール・レーグニッツは帝都知事を務める人物であり、彼の話を聞いて俺たちも納得した。
「この当時はまだ帝都知事ではなかったんだけど、それでも忙しくてね。懐かしいな、僕も夜遅くまで姉さんと一緒に父さんの帰りを待ってたっけ」
「あれ、マキアスって姉がいたのか?」
「いや、父方の従姉さ。僕の家は父さんと二人きりだったから姉さんがよく顔を出していたんだ」
「へぇ、そうなんだ」
「確かに、この写真に写っている女性はお前とは似ても似つかないな」
「う、うるさいな!」
「あはは……」
ユーシスにからかわれたマキアスは当時を思い出しながら家の中を歩き始める。彼の話によれば当時のマキアスは夜遅くまで起きてずっと父の帰りを待っていたのだそうだ。そして彼の従姉も料理の準備をしながら一緒に待っていたらしい。
「そうそう、僕はここでずっとチェス盤を動かしながら父さんを待っていたんだっけ」
「はは、やっぱり昔からマキアスはチェスをやってたんだな」
「ああ、このチェス盤も父に買ってもらったものでね――」
マキアスはソファの近くにあったテーブルに近寄りそこに置いてあるチェス盤に触れる。そして彼が盤上にあったポーンを動かした瞬間、チェス盤を中心に白い光が空間に広がり始めた。
「ええっ!?」
「な、なんだ……!?」
白い光はみるみるうちに俺たちを包み込んで空間全体を覆う。光に飲み込まれたと思った瞬間、信じられないことが起こった。
「あ、あれ……?」
「迷宮に戻った、のか……?」
「どういうことだ……?」
光が収まった後、俺たちの目の前に広がっていたのはあの迷宮の中だった。どうやら俺たちが扉を開けた地点のようだが、後ろには先程まであったはずの扉がない。
「マキアスがチェスを動かしたことで俺たちは強制的にここに戻されたってわけか」
「みたいだな」
あの白い光が出たのはマキアスが触れていたチェス盤からだった。それに気づいたおれはある仮説を立てる。
「もしかして、これが“定められし時を動かせ”って言うことなのか……?」
「ああ、そうかもしれない。あの光が出始めたのもマキアスがチェス盤に触れた瞬間だったし、間違いないだろう」
「え、でも待って。マキアスも含めて私たちもチェス盤以外に色々触ってたわよ?」
「そういえば、そうだな……」
俺の仮説にアリサが言及する。確かに彼女が言ったようにマキアスがチェス盤に触れる前にも俺たちは色々なものに触れていた。だとしたらなぜマキアスがチェス盤に触れた瞬間に白い光が出たのか。
「もしかしたら、その時に本人が触っていたものだったからなのかもしれませんね……」
「つまり、あの時間に僕が触っていたのがチェス盤だったから、ということか?エマ君?」
「じゃあ家にあった時計も壊れていたわけじゃなくて空間自体がその時間で止まっていたって考えれば……」
「なるほど、それで“定められし時を動かせ”というわけか」
エマが新たに立てた仮説で俺たちは納得がいく。彼女が言ったようにその時間、つまり“定められし時”にマキアスがチェス盤を触っていたのならそれをマキアスが動かせば良いということになる。おそらくそれで何らかの仕掛けが起動するのだろう。
「だが、迷宮には特に変化したところはなさそうだぞ……?」
「……ううん、そうでもないわ。あれを見て」
「さっきと同じ扉……!」
アリサが指差した方向にあったのはさっきと同じドアノブのついた扉だった。今俺たちがいるところから少し離れた壁のところにそれは出現していた。
「ようやくこの迷宮の攻略法がわかってきたみたいだな」
「ああ、とにかくまずはあの扉のある場所まで行こう」
「また、魔獣から逃げながら行かないといけないのね……」
「あはは……頑張りましょう、アリサさん」
俺たちはエマが立てた仮説を信じてまた出現した扉を目指す。場合によってはまた全力疾走しないといけないと分かったアリサとエマは少々落ち込んでいた。
「これで3つ目だな」
「まだ何も変化は起きないか……」
三度目となる扉から出てきた俺たちはまだ迷宮自体に変化がないことに少し落胆する。あたりを見回すとまた離れたところの壁にあの扉が出現していた。
「でもこれで規則性があるのはわかったんじゃないか?」
「ええ、おそらく扉はあと三つはあるんでしょうね」
同じことを三回繰り返したことでエマの仮説はどうやら当たっているということがわかってきた。二回目と三回目に現れた扉の奥に広がっていたのはユーシスとエマが9歳の時の記憶の中だった。
ユーシスの方は当時兄に稽古をつけてもらっていたアルバレア家の練武場であり、そこのキーになっていたのは彼の使っていた木剣だった。そしてエマの方は彼女の故郷にある自分の部屋の中で、キーとなっていたのは彼女が当時好きだったという一冊の小説であった。
マキアスの家の中のように時計がなかったため時期や時刻は定かではなかったが、彼らの記憶の中でこれを触っていたというものが反応したため、やはりエマが立てた仮説がこの迷宮の攻略法ということなのだろう。
「残りはおそらくリィンとアリサとイクスに関係あるものか……」
「規則通りに行けばな……」
そしてまだ見ていないのは俺とリィンとアリサの記憶に関係あるものだ。今俺たちが向かっている扉の奥にはこの3人のうちの誰かの記憶の中の光景が広がっているのだろう。
(9歳か、この時はまだロウフェルにいたんだっけ……)
4つ目の扉を目指して進みながら俺は当時の自分のことを思い出していた。
ロウフェルが襲撃されたのは今から約8年前、つまり俺の記憶の場合はまだロウフェルが残っている頃というわけだ。
「ふう、やっと着いたな」
「これで4つ目ですね」
俺が少し昔のことを考えているうちに俺たちは4つ目の扉の前に到着していた。ここまできて扉に入るのを躊躇するわけもなく、俺たちは早速4つ目の扉を開けて奥に進んだ。
視界が黒から白に染まっていき、時間が経つと徐々にその視界が元に戻っていく。今度は一体誰の記憶の中なのか。そう思いながらあたりを確認しようとすると、俺はある異常に気づく。
「寒っ!?」
「こ、これは雪か……!?」
俺たちの目の前に広がっていたのはあたり一面雪に覆われた小さな村だった。時は止まっていても寒さは感じるようで俺はあまりの寒さに歯をガチガチと鳴らす。そんな中、景色を見ていたリィンが懐かしむように呟いた。
「ここは温泉郷《ユミル》――俺の故郷だ」
「あ……」
「ということは次はリィンの記憶ってわけか」
「なるほど、道理で一面雪景色というわけだ」
「ふふ、ちょっと寒いですけど綺麗ですね」
4つ目の扉の先にあったのはリィンの故郷である《ユミル》の街だった。ここは《アイゼンガルド連峰》に近い高地であるためこうして雪が降るらしい。そして雪が積もっているということは今俺たちがいるのはリィンが8歳の時の冬というわけだ。
「…………」
「? どうした、アリサ?」
「あ、ううん、なんでもない」
「そうか……?」
俺たちが雪景色を眺めている中、アリサは口を開けてぼーっとしていた。それに気づいたリィンが彼女に話しかけてみたが、彼女はなんでもないと言ってあたりを見回していた。
「寒いし、とにかく中に入ろうぜ。リィンの記憶ってことはキーになるものがあるのはリィンの家の中だろ?」
「ああ、多分。それと俺の家はこの後ろだ」
「後ろ……?」
リィンに続いて後ろを振り返るとそこには屋敷が立っていた。四大名門の屋敷のような大きさではなかったが、リィンの実家である《シュバルツァー男爵家》はやはり貴族であることは間違いないらしい。
そして彼の家が後ろにあるのがわかったところで俺たちは早速中に入ろうとする。だが、扉を開けようしたリィンはその動きを止めた。
「あれ……?」
「どうした、リィン?」
「いや、扉が開かないんだ」
「鍵がかかっているのか?」
「そうじゃない、なんというか開かないようになっているというか……」
リィンは力を入れながら扉を押したりしてみたがやはり扉はビクともしない。シュバルツァー邸にはどうやら入れないらしい。
「てことはつまり、ユミルの街の中にキーになるものがあるってことか」
「ああ、そうみたいだ」
「こ、この雪景色の中を探すのか……」
リィンの家が開かないということは俺たちの目の前に現れたユミルの街の中に何かがあるということだ。正直、この寒さの中で動きたくはなかったが建物の中に入れないのであれば仕方ない。
「リィンさん、何か覚えてませんか?」
「その、すまない。俺はこの頃の記憶がちょっと曖昧になっていて、悪いけど思い出せそうにない」
「マジかよ……」
「……どうやらしらみつぶしに当たっていくしかなさそうだな」
「…………」
リィンのまさかの発言を聞いた俺たちは若干気を落としながらユミルの街を散策し始める。色々とリィンに聞きながら街を見ていたが、キーになりそうなものは見つからなかった。
雪の広がるユミルの街を歩いていると、俺はあるものを見つけた。
「リィン、あの真ん中にあるのってなんだ?」
「ああ、あれは足湯だよ。ユミルには温泉もあるけど街の真ん中にああやって足湯も置かれているんだ」
「おお、じゃあちょっと行こうぜ」
耳寄りな情報を入手した俺は一度探すのを忘れて足湯に向かう。たどり着いた足湯は浅めの湯船から温かそうな湯気を出していた。
「あったけ〜……」
「って、もう入っているのか!?」
寒さの限界だった俺はすでに靴を脱いで足を湯に浸けていた。足から伝わる熱が冷えていた体をじんわりと温めていく。俺はその心地よさに顔が緩んでしまっていた。
「みんなも入れよ、気持ちいいぞ」
「イクスさん……」
「全く、お前は……」
みんなも体が冷えていると思った俺は自分のように足湯に浸かってみてはどうかと提案する。そんな俺をみんなは少し呆れたような表情で見ている中、俺が足湯でゆっくりしているとマキアスはあることに気づく。
「あれ?そこに何かあるな」
「雪で出来たうさぎ、ですね」
「ああ、それは“幸せの雪うさぎ”だよ。郷の縁起物みたいなものなんだ」
「へぇ〜」
俺が腰を下ろしているところから少し離れたところに雪玉と葉っぱなどでできた小さなうさぎがいた。幸せの雪うさぎというらしいそれの近くにいた俺が少し触ってみようと手を伸ばそうとした瞬間、先程からずっと黙っていたアリサが突然叫び声を上げる。
「――あああああっ!?」
「ど、どうした!?何か俺マズイことしたか!?」
「ううん、そうじゃなくて、やっと思い出したの!」
「思い出した……?」
何かを思い出したらしいアリサはそのまま隣にいたリィンに迫るように話しかける。
「ねぇ、リィン。覚えてない?9年前のこと」
「え、えっと……ごめんなさい、覚えてないです」
何かを問い詰めるかのように迫るアリサに気圧されたのかリィンはなぜか敬語でアリサに謝る。
「9年前、私が家族旅行でユミルに来たって話はしたわよね。多分、その時に出会っているのよ、私たち」
「え……」
「本当なんですか?アリサさん」
「ええ、間違いないわ。私がユミルに来た時に間違って一人で渓谷の方に行っちゃってね、それで帰り道がわからなくなったことがあったの。その時に一人の男の子が助けてくれて、その時にこの“幸せの雪うさぎ”を渡してくれたのよ」
「なるほど、つまりその男の子というのが……」
「リィンってわけか」
アリサは9年前にまだシャロンさんが家に来ていない頃に一度家族旅行でユミルを訪れたことがあったらしい。そして彼女はユミルの郷の裏にある渓谷に一人で足を踏み入れてしまったらしく、土地勘のない彼女は雪の中で帰り道がわからなくなってしまったそうだ。
そんな時、彼女を助けてくれてくれたのが同い年くらいの男の子であり、それがリィンだということだ。
「その後、ユミルから帰る日にもう一度その男の子とこの足湯で会って私にもう一度“幸せの雪うさぎ”を作ってくれたの。確かその男の子も黒髪だったし絶対あなたよ、リィン」
「……言われてみればそんなこともあったような……」
アリサの話を聞いたリィンはどうやらその当時のことをうっすらと思い出していたようだった。おそらく今俺たちがいるのも9年前のユミルであるからアリサの言っている話は間違いではなさそうだ。
「フッ、お前はその時から相当なお人好しだったようだな」
「ええ、確かにリィンさんなら納得がいきます」
「ということは今僕たちがいるのはリィンがアリサに幸せの雪うさぎを作った時間か」
「つまりこの記憶はリィンだけじゃなくてアリサのも入ってるわけだな」
「ああ、そしてそのキーになっているのが……」
「“幸せの雪うさぎ”ね」
良く良く考えてみればこんな暖かい場所に雪で出来たうさぎがあればその熱で溶けている筈だ。俺たちがここにくるまで少し時間はあったし雪うさぎが全く溶けていないということはこの記憶のキーがこれであることは間違いないだろう。
9年前の記憶を思い出したアリサは嬉しそうな表情を浮かべながらそっと雪うさぎに触れる。すると俺たちの視界は再び白に染まり、気がつけば元の迷宮に戻っていた。
「む、戻ってきたか」
「ああ、そしてあれが……」
「おそらく最後の扉だろうな」
再び広がる時計ばかりの空間を見て未だ迷宮に変化が生じていないことに気づく。そしてリィンがいち早くおそらく最後であろう扉の場所を見つけた。
「あと残っているのは――」
「――ああ、どうやらあの奥は俺の記憶の場所みたいだ」
リィンとアリサの記憶の中から抜け出した俺たちは最後の扉と思われる扉の前に辿り着いていた。先頭に立つ俺はゆっくりとドアノブに手をかける。
「……それじゃあ、行くぞ」
「ああ、イクスから入ってくれ」
意を決して扉を開ける。やはり扉の奥には深い闇が広がっている。俺に続いて全員が扉に入るとその景色が変わっていった。
「……綺麗……」
「……本当ですね」
目の前に広がっていたのは一つの村の風景だった。その村には至る所に色とりどりの花が咲いており、その花たちの香りがふんわりと風に乗って運ばれてくる。家は木造の建物で統一されていて村中に咲く花と相まってまるで絵本の中に入ったような感覚を覚えさせる。
「イクス、もしかしてここが――」
「――ああ、ここが俺の生まれ故郷《ロウフェル》だ」
「そうか、ここが……」
俺も扉の奥に入るまで自分のどの記憶が選ばれるのかわからなかったが、まさかもう一度この景色を見られるとは思っていなかった。思いがけず今はない故郷の風景を俺は目に焼き付けるように懐かしむ。
これが俺の9年前の記憶だとするならこの時のロウフェルはちょうど壊滅する一年前の景色ということだ。そして俺は村の風景を見てこの景色が一体いつのものなのかすぐにわかった。
「多分、今いるのはちょうど春だろうな」
「そうなのか?」
「ああ、村に咲いている花はみんな春に咲く花だ。ほら、あっちの方にはライノの花もあるだろ?」
「あ、ほんとだ」
村に咲いている色とりどりの花たちは全て春に開花するものだ。トリスタにも咲く春の風物詩であるライノの花も見えるということは今はちょうど3月中旬という頃である。
「それに、花がいつ咲くものかわからなくても村の風景がその季節を物語ってるからな」
「? どういうことだ?」
「なるほど、この祭りのような雰囲気がそうだというわけか」
「そういえば、なんだか街の至る所に飾りがあるわね」
ロウフェルにある住宅や店にはどこも花飾りなどの装飾が施されていて村全体が少し賑やかな雰囲気になっている。
「ロウフェルには年に一度春にやる《花祭り》っていうのがあるんだ。今は多分その祭りの真っ最中、だからこの空間のキーになっているのはアレだな」
ロウフェルではこの季節に一度村中を挙げて開かれる祭りがある。主に女神に一年の豊作を願う目的で開かれる祭りで《花祭り》の名前にふさわしくこの時期は村の至る所に花で飾り付けをするのだ。
そして9年前のその季節にあった出来事は今でも覚えている。俺はみんなを連れて村の中央にある女神の像の近くにやって来た。
「これは、空の女神の石像か?」
「ああ、この日は女神の像にも花で飾りつけをするんだ」
「へぇ、そうなんだ」
「それで、キーになっているのはこの像なのか?」
「いや、正確にはこの像の頭にかけられている花飾りだな」
女神像の頭には白い野花で出来た少し不恰好な花飾りがあった。
「この年は俺がこの花飾りを作ることになってさ、俺はあんまりこういうのは得意じゃなかったから結構苦労したんだよ」
「なるほど、道理で形が少し崩れているわけだ」
「確かに、イクスはこういう細かい作業苦手そうだもんな」
花祭りでは毎年村の子供が一人選ばれて女神像を飾る花飾りを作るのが恒例なのだが、この年は俺が選ばれてしまい幼馴染に手伝ってもらいながらなんとかこの花飾りを仕上げたのだ。
記憶の隅に置いてあった出来事を思い出し、俺は花飾りに手を伸ばす。俺がそれに触れた途端、ロウフェルの風景が白に呑まれていきあの鐘の音が鳴り響いた。
――ゴーン、ゴーン……
鐘が鳴り終わると同時に視界が元に戻っていく。俺たちはまたあの迷宮に戻って来ていた。
「今の鐘の音は……」
「ああ、俺たちが入ってくる時にも聞こえた音だ」
やはりあの音は俺だけに聞こえたものではなかったようでメンバー全員がその音を聞いていたようだ。しかし、今回もその音がどこから聞こえているのかはよくわからなかった。
「あ!見て、みんな!」
「あれは……!」
そして俺たちが彷徨っていた迷宮には今までにない変化が生じていた。
俺たちが入ってきた場所と思われるところには入ってきた扉の代わりに大きな時計が置かれていた。だが、その場所には時計はなく、代わりに大きな扉が出現している。
「もしかして、あれが出口なのか?」
「わからない。けど、あの先に何かがあるのは間違いない。――行こう、みんな」
「はい……!」
俺たちが扉を出現させたからなのか迷宮に徘徊していた魔獣も姿を消していた。阻むものがなくなった俺たちは急いでその扉に向かう。
「はあ、はあ……あと少しね……」
「ようやくここから出られそうだな……」
扉のある場所まで残り数十アージュに迫ったところでアリサとマキアスほ安堵の声を漏らす。俺たちが扉のある場所から少し離れた広めの場所に到着した時だった。
「――!みんな、気をつけろ!」
「え……!?」
気配にいち早く気づいたリィンはその足を止めてみんなに指示する。俺もリィンが察知した気配に気づいた。
「……おいおい、マジかよ……」
「なあああっ!?」
「チッ、こんな時に……」
俺たちの目の前に現れたのはこれまで徘徊していた魔獣よりも大きい四足歩行の竜型の魔獣だった。本来の姿の俺たちならこの魔獣も倒せるかもしれないが、今は子どもの姿であるためまともな戦闘ができない。
「ガアアアッ!」
俺たちの通路を塞ぐように立ちはだかる魔獣は大きな叫び声を上げる。どうやらここを通してくれるつもりはないらしい。
「どうする、リィン!」
「くっ……みんな、何とかこの魔獣の隙をついて扉まで行くぞ!」
「で、でもどうやって……!?」
リィンはこの魔獣の隙をついて扉の前まで走るように指示するがそれは正直絶望的だ。魔獣の大きさはちょうど通路を塞ぐぐらいの大きさであるため道の隙間もほとんどない。魔獣もそれが分かっているのかそこから動くような気配は見せない。
「ガアアアッ!」
「避けろ!」
何とか突破口を探そうとする俺たちに魔獣は攻撃を仕掛けてきた。空中にどこからともなく巨大な氷柱が現れそれが俺たちに向けて撃ちだされる。
「だああああ!?」
「っぶね!?」
「きゃあああっ!?」
逃げ惑う俺たちに魔獣は次々と氷柱を撃ち出す。俺たちはバラバラに走りながらそれをかろうじて避け続ける。そんな中、一瞬の隙を見つけたユーシスは懐からARCUSを取り出した。
「《ダークマター》!」
アーツも使うことができるユーシスは攻撃の隙にアーツを駆動させてわずかな時間でそれを放つ。彼が放ったのは空属性の中級アーツ《ダークマター》、普段の彼が放てば魔獣にかなりのダメージを与えられるはずの攻撃だった。
「チッ……」
「ぜ、全然効いてないじゃないか!?」
「やっぱり子どもの姿のままじゃアーツの威力も落ちてるんだ!」
ユーシスの放った攻撃は魔獣にはあまり効いていない様子だった。ユーシスの攻撃を受けた魔獣は少し動きを止めたと思いきや再び攻撃をしたユーシスに対して氷柱を撃ち込む。撃ち込まれた氷柱をユーシスは近くにあった壁を活かして何とか避ける。
「リィンさん、このままだと……!」
「ああ、わかってる!」
魔獣は氷柱だけでなくブレスも交えながら攻撃の手を緩めない。俺たちも何とか直撃は避けているがこのままじゃ全滅するのも時間の問題だ。
(くそっ、元の姿に戻りさえすれば……!)
俺は迫り来る氷柱を避けながら必死に頭を回転させる。もしこれが今までと同じ何かの試練のようなものなら何かしらの解決策があるはずだ。つまり俺たちの姿が元に戻る方法が。
「うわっ!?」
「イクス!」
「いや、大丈夫だ!」
ブレスの衝撃で俺は横の壁に激突する。このまま倒れていればまた攻撃が来るためすぐに立ち上がろうとした時、俺は横の壁にあった時計に気づく。
――定められし時を動かせ、さすれば道は開かれん――
時計が目に入った瞬間、俺の脳裏にあの言葉がよぎる。
(定められし時……道……)
思考が加速する。俺は立ち上がることを忘れてその言葉を頭の中で反芻し、ある解答に辿り着いた。
「――そうか!そういうことか!」
「イクス、来てるぞ!」
マキアスの注意で俺は再び現実世界に意識が戻ってくる。間一髪のところで攻撃を避け、俺はみんなにあることを伝える。
「みんな、止まっている時計を探してくれ!多分俺の読みが正しければ9時で止まっているはずだ!」
「と、止まっている時計ですか……?」
「……!そうか!」
「……なるほどな」
俺の言葉を聞いたリィンとユーシスは俺の言葉の意味を理解したようだった。俺の指示が飛んだあと、俺たちは魔獣の攻撃を避けながら壁一面にある時計に一つ一つ目をやる。
「――あった!あそこ!」
そしてアリサがついにそれを発見する。バラバラの時間で動く時計の中に一つだけ止まっている時計があった。やはり読み通りその時刻は9時を示している。
アリサが指差した方向にある時計に向かって俺は今出せる最大速度で走る。壁の少し高いところにある時計に俺は飛びついた。
「これで、どうだ――!」
時計に飛びついた俺はその針を動かして時刻を5時まで進める。そして針が5時ちょうどを指し示した瞬間、あの鐘の音が響き渡った。
――ゴーン、ゴーン……
鐘が鳴ると同時に俺たちの体が淡い光に包まれる。その光が消えると、俺たちの体に大きな変化が訪れていた。
「あ……体が……!」
「元に戻った……!」
子どもの姿だった俺たちの体は元の17歳の時の体に戻っていた。
入り口の近くの石碑のヒントにあった“定められし時”というのはこの迷宮内の中で唯一止まっていた時計のことを指していて、それを俺たちの年齢である17歳、つまり5時まで針を進めれば体が元に戻り俺たちの行く手を阻んでいる魔獣が倒せて“道が開かれる”ということだったのだ。
体が元に戻った俺たちは自らの得物を抜き、魔獣に向き直る。体が元に戻ってしまいさえすればこちらのものだ。
「ガアアアッ!」
「ユーシス!」
「任せるがいい」
元に戻った俺たちに魔獣はブレス攻撃を仕掛けようとする。そうはさせまいとアリサとユーシスがリンクを繋いで瞬時に魔獣の動きを止めに入る。
「はあっ!」
「喰らいなさい……ファイア!」
ユーシスの《クイックスラスト》とアリサの《フランベルジュ》が魔獣に命中し、ブレス攻撃の溜めの最中だった魔獣は二人の連続攻撃で動きを止める。
「《ユグドラシル》!」
「《ファントムフォビア》!」
「ガアアア!?」
そしてアーツを同時に準備していたエマとマキアスがそれぞれ上級アーツを魔獣に叩き込んだ。子どもだった時とは違い、その威力は格段に上昇しているためアーツを喰らった魔獣にはかなりのダメージが入っている。
「イクス!」
「任せろ!」
そして悲鳴をあげる魔獣に俺とリィンが向かっていく。4人が稼いだ時間は俺たちが大技の用意をするには十分すぎるほどだった。
「はあああっ――斬!」
「これで、終わりだ――!」
「ギャアアア……!」
リィンの《焔の太刀》と俺の《双翼雷光破》は魔獣の両方向から繰り出され、俺たちの同時攻撃がとどめとなりで魔獣は消滅していく。
「はあ、はあ……」
「これで“道は開けた”な」
魔獣が消滅したことで俺たちの行く手には扉へと続く一本道が拓かれていた。俺たちは武器を収めて扉の方に向かう。
「よし、開けるぞ」
「ええ、いつでもどうぞ」
「やっと出られるな……」
黒い扉の先にはやはり闇が広がっていた。俺たちはその奥に進んでいくと扉が閉まり視界が白くなっていく。
「あ……」
「ここは……」
視界が晴れるとそこは俺たちが入ってきた第α層の入り口だった。部屋の奥には昇降機もある。
「どうやら、攻略完了みたいだな」
俺たちが入っていたはずの迷宮へと続く黒い扉はいつのまにか消えていた。それもあってかなんだか夢の中にいたような気分だ。
攻略開始から約45分といったところで俺たちは無事、第α層から抜け出すことに成功したのだった。
というわけでオリジナルの階層シリーズ第一弾となる第α層クリアです。タイトルの時点で察しているとは思いますが残りのβ、γの層はそれぞれ空と幻を司る階層になっています。そちらの方もお楽しみに。
そして今回マキアスの誕生日がわからなかったのでねつ造しました。なんで10月1日にしたのかはその日が何の日なのか調べれば分かると思います。