英雄伝説 花の軌跡   作:阿賀美 アクト

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なんかまた長くなってしまった……二話続けて申し訳ない。

それと前回の話でリィンたちⅦ組の年齢についてご指摘があったので、自分も色々と考えた結果、第α層でみた記憶は9歳当時の記憶としました。
これによりイクスが生まれた年も一年前になるのでイクスのキャラ紹介の方も修正しておきました。
今後も何か気づいたことがあれば是非ご指摘くだされば幸いです。




第42話 白の来訪

 

 

 

「ご苦労じゃったな。また次も何かあれば頼むぞ」

 

「はい、分かりました」

 

「失礼します」

 

 旧校舎に新たに出現した第α層の攻略が終わる頃には外は夕方になっていた。俺たちは今回起きた異変や第α層がこれまでの階層と違う形式になっていることをヴァンダイク学院長に報告するべく学院長室を訪れていた。

 

「ふう、これで一通り終わったな」

 

「ああ、みんな改めてお疲れ様」

 

「一時はどうなることかと思ったけどね」

 

 学院長室から出た俺たちは報告が終わったことでようやく一息つく。リィンもこれでトワさんから受けていた依頼が全て完了して一安心といったところだ。

 

「だが、学院長もやはり新たな階層については何も分からないようだな」

 

「そりゃそうだ。俺たちだって未だに夢でも見ていたような気分だしな」

 

 俺たちが今回攻略した第α層のことについて学院長にも尋ねてみたものの、やはり学院長も何も分からない様子だった。ただ、一つだけ俺たちに忠告してくれたのは新たに出現した3つの階層が本来行くはずだった第4〜6層とは全く別物になっているだろうということだった。

 

 確かに今まで攻略した第1〜3層までは徘徊している魔獣や迷宮の構造こそ違ったものの、どの階層も奥にいる大型の魔獣を倒せば攻略完了という比較的単純な規則性があった。

 

 だが、今回攻略した第α層は入った瞬間に自分たちの体が子どもの頃になるばかりか、迷宮の謎を解かないとボスと思われる魔獣も倒せないという今までの階層よりも明らかに難易度が上がっていたのである。

 

 残りのβ、γの層がどんなものかはわからないが、第α層と同様、もしくはそれ以上に苦戦するかもしれない可能性は十分に考えられることだった。

 

「とにかく、残りのβ、γの階層を攻略するときは何が起きてもいいよう心構えをしておいた方が良さそうだ。みんな、その時はよろしく頼む」

 

「ああ、任せたまえ」

 

「また旧校舎に行くときはいつでも呼んでちょうだい」

 

「俺の方もいつでも読んで構わんぞ」

 

「私もその時は是非お願いします」

 

「ああ。俺も含めⅦ組全員同じ気持ちだぜ、リィン」

 

 リィンの頼みを断る訳もなく、俺たちはリィンに快く返事をする。こうして四度も旧校舎を探索している以上、この旧校舎で起きている異変を調べるのは俺たち《Ⅶ組》の役目だろう。多分、ここにいないメンバーも気持ちは一緒のはずだ。

 

「ありがとう、みんな。報告も終わったし、ひとまずここで解散にしよう。各自、自由行動日の続きを楽しんでくれ」

 

「ああ、そうさせてもらうよ。実はこの後、ステファン先輩と会わないといけなくてね」

 

「俺も一度馬舎を見に行くとするか」

 

 リィンの提案で一旦解散となり、マキアスとユーシスはそれぞれ学生会館とグラウンドの方に向かって行った。

 

「ねぇ、エマ、この後予定ある?よかったら食堂の新作スイーツ食べに行かない?」

 

「はい、いいですよ。あ、せっかくですしラウラさんとフィーちゃんも誘いましょうか」

 

「いいわね、そうしましょ。それじゃあ二人とも、また寮で」

 

「お先に失礼しますね」

 

 アリサとエマはラウラとフィーを誘って女子会を開くみたいだ。俺とリィンも甘い物が特別好きという訳でもないし、何より女子同士の集まりに入っていくのは無粋というものだろう。

 

 新作スイーツが楽しみなのか足早に去っていくアリサ達を見送った後、残される形になった俺とリィンはお互いの予定を聞く。

 

「リィンはこの後どうするんだ?」

 

「いや、俺も特に予定は無いからどうしようか迷ってたんだ。イクスはどうなんだ?」

 

「俺も決まってないんだよなぁ……夕方の水やりは部長がやってくれるから心配ないし」

 

「そうか……」

 

 どうやらお互いに予定が無く手持ち無沙汰になってしまった俺とリィンほそれぞれ今後の行動をどうするか考える。

 

 水やりの当番は部長であるためハーブの心配もいらないだろうから部活に顔を出す必要も無い。ギムナジウムの修練場で剣でも振ろうかとも考えたが、今日は確か他の生徒の予約で一杯になっているためそれも断念する。

 

「うーん、学院内の見回りでもしようかな……イクスも一緒にどうだ?」

 

「見回りか……」

 

 リィンがかなりのお人好しというのはこの3ヶ月半でイヤというほど分かってはいたが、せっかくの自由行動日の残り時間を学院内の見回りというボランティア活動でもしようかと提案してくるあたりやはりコイツは“超”が付くほどのお人好しだ。

 

 俺もそういう活動で時間を潰すというのも嫌というわけではないが、それよりもリィンの方が心配だ。自由行動日以外でも日頃から誰かの手助けをしたりするなど学院内を駆け回っている姿を良く見かけるし、こういう日くらいは彼も自分の体を休めるべきだ。

 

 リィンが好きそうなもので何か息抜き出来そうなものはないかと考えた時、俺の頭に良いアイデアが浮かぶ。

 

 

「――そうだ!リィン、“アレ”やろうぜ」

 

 

「“アレ”……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水面に浮かぶ赤と黄色の浮きは、時折吹くそよ風に揺られながらぷかぷかと沈むことなく浮かんでいる。それぞれの浮きのには当然ながら釣り糸が繋がっていてそれを辿った先には釣竿を垂らしている二人の男子の姿があった。

 

「何も釣れないな」

 

「そうだな」

 

 並んで釣竿を垂らしているのはリィンとイクスの二人。この二人は先程から並んで釣竿を池に垂らしていた。普段なら何も魚がかからない状況が続くと焦ったりぼーっとし始める頃だったが、今の二人は当たりがこないことをさして気にしていなかった。

 

「それにしても驚いたよ。まさかイクスの方から釣りに誘うなんて」

 

「まあな。釣りならこうして当たりがこなくてもゆっくり話ができるだろ?」

 

「はは、確かに」

 

 イクスがリィンを釣りに誘ったのは何も魚を釣ろうという目的ではなかった。魚が釣れるのは二の次であり、本当の目的はリィンとリラックスした形で話すことだったのである。

 

 手持ち無沙汰になった二人はイクスの提案で釣りをしようということになり、ギムナジウム横にある池で二人で釣りを楽しんでいた。といっても、提案者であるイクスの目的は先程も話した通り魚を釣るためではなく日頃から頑張っているリィンの休息を自然と取らせることだった。

 

「ここの池って何が釣れるんだ?」

 

「そうだな……よく釣れるのはザリーガとか小型の魚とかだけどたまに大物もかかるぞ。この前はオオザンショとかも釣ったな」

 

「魚以外にもオオザンショって……この池の生態系はどうなってんだよ……」

 

 未だ魚がかからないイクスとリィンは釣り糸を垂らしながら何気なく会話をしていた。最初はこの池で釣れるものの話題から始まり、そこから話はイクスに釣竿を貸してくれたケネスの話題になっていた。

 

「ケネスから借りたこの釣竿ってけっこういいヤツだよな。リィンのやつもけっこう高そうなロッドだけど……」

 

「ああ、これもケネスから貰ったものなんだ。よくわからないけど俺の釣りポイントが貯まったからって言ってプレゼントしてくれたんだよ」

 

「ふーん、さすがレイクロード社の御曹司だな」

 

 リィンと違いイクスは普段から釣りを嗜んでいるわけではないため、この学院唯一の《釣皇倶楽部》の部員であるケネス・レイクロードに釣竿を借りていた。ケネスは釣り具メーカーで有名な《レイクロード社》の御曹司であるため色々と釣り具を持っている。そしてリィンが持っている釣竿もケネスから貰ったものだった。

 

 イクスも以前リィンに釣りのやり方を教えてもらっていたため、初めて持つ竿の良し悪しもある程度判断できていた。リィンの話によるとイクスの持っているものは小型から大型まで対応できるかなりの性能のものであるらしい。

 

 だが、いくら釣竿が良くても魚がかかるかどうかは自分の運と水中に潜む魚たち次第である。釣りを始めてから15分は経とうとしているが二人の竿は未だピクリとも動く気配がなかった。

 

「それにしても、“あの扉”は一体なんなんだろうな?」

 

「ああ、“あれ”か……」

 

 リィンとイクスの会話の話題は釣りの話から今日探索した旧校舎の話題に移っていた。

 

「今までみたいに迷宮への入り口って訳でもなさそうだし、一応聞くけど以前にあんなことは起きてないよな?」

 

「ああ、今回が初めてだ。出現したのも第3層の場所だったし、俺たちが先月第3層を攻略した後もあんなものは無かった」

 

「てことはやっぱり俺たちが第α層を攻略した後に出現したってことか……」

 

 イクスたちが第α層を攻略した後、旧校舎地下には更なる変化が起こっていた。リィンたちが先月攻略した第3層の入り口が変化していたのである。

 

 迷宮への入り口と昇降機の停止場所しかなかったはずの空間に、新たに一つの扉が出現していた。その扉は迷宮の入り口となっている扉よりも何倍も大きく、その高さは約8アージュほど、横幅も10〜15アージュはあるかという巨大な扉であり扉自体も見たことの無い模様が刻まれた青一色の扉だった。

 

 しかし、その巨大な扉はリィン達が確認しても開く気配は無く、何か開けるための仕掛けも見当たらないという奇妙なものだった。リィンやイクス達はその扉が気になりはしたものの、その扉以外の異変も見つからなかったためひとまずその扉のことは保留ということになっていた。

 

「なんか今日入ったα層も含めて旧校舎がおかしくなってるよな」

 

「そうだな、あの扉もただの扉じゃないだろうし旧校舎も逐一確認した方がいいかもしれない」

 

 竿を持つイクスの両手はそれを握る力が少し強くなっていた。リィンの方も同じだったようでその手は先ほどよりも硬く握り締められている。それに気づいたイクスはリィンをリラックスさせるという目的を思い出し話題を切り替えた。

 

「そうそう、α層といえばまさかリィンとアリサが小さい頃に会ってたなんてな。いや〜、これこそ運命の再会ってやつじゃないのか?」

 

「はは、そうかもな。といっても俺の方はアリサに言われるまで全然思い出せなかったけど」

 

「そういやそうだったな」

 

 少し堅苦しいなっていた空気はイクスが振った話題によって明るい空気に一変する。第α層で各々の9歳の頃の記憶に触れたリィン達だったが、イクスはその中でも驚きの事実だったリィンとアリサの関係を掘り下げていた。

 

 入学式の旧校舎地下での一件といい何かと縁のある二人だったが、まさか小さい頃に会っていたという漫画のような展開があるとはイクスも思っていなかった。冗談混じりでリィンのことをからかってみると、リィンの方も当時のことを覚えていなかったのを少し自嘲気味に話していたが彼の方もアリサとの思い出が思い出せて悪い気分ではない様子だ。

 

 そんなリィンを揶揄いながら話すイクスはふと疑問に思ったことをリィンに尋ねてみる。

 

「でも、本当に覚えてなかったのか?リィンって記憶力が悪い訳じゃないし、9年前のことぐらいだったらうっすらとでも覚えているもんだと思うが」

 

「それは……」

 

 アリサもユミルの風景を見るまでハッキリと思い出してはいないようだったが、それでもリィンがアリサの事以外も含めて当時のことをほとんど覚えていないというのは少し不自然だった。

 

 イクスが言ったようにリィンは特別記憶力が悪いというわけではない、むしろⅦ組の中でも記憶力はいい方だ。その彼が9年前に自分の故郷であったことを覚えていないというのは少々違和感があったのである。

 

 イクスの問いにリィンは少し言葉が詰まったような様子を見せたが、イクスがそれを気遣う前に彼は自分の事を話し始めた。

 

「……実はアリサと会った翌年にちょっとした“事件”があってさ。その事件のせいでそれ以前の記憶が曖昧になって、それでアリサと会ったことも言われるまで思い出せなかったんだ」

 

「……そうか。じゃあその“事件”っていうのがお前が“剣の道”を志すことになったきっかけなんだな?」

 

「ああ、その通りだ。事件があった翌年に俺はユン老師に弟子入りして、そんな自分を見つめ直す為にトールズ士官学院に来たってところかな」

 

 以前リィンがラウラに“本気を出さない”という事を指摘されたが、ラウラの言ったように彼は自分の力をセーブしながら戦っている節が見られる。おそらくそれが彼の言う“事件”と関係があって、彼が《八葉一刀流》に弟子入りするようになったきっかけなのだろう。

 

 イクスもその“事件”というのが気にはなったが、それを自分が聞き出すのも悪いと思いそれ以上事件のことについて触れようとはしなかった。そしてイクスに自らの事を少し話したリィンはお返しにイクスに尋ねる。

 

「なぁ、俺もイクスのことでずっと気になってたことがあるんだけどさ」

 

「ん?何だ?」

 

「イクスの話に時折出てくる“幼馴染”ってどんな人なんだ?」

 

「え……」

 

 リィンの質問を聞いたイクスは一瞬固まる。予想外の質問をされた彼は動きを止めた後、数秒の間うんうんと唸ってからようやく質問の答えをひねり出した。

 

 

「う〜ん……一言で言うなら“色んな意味で敵わない相手”って感じだな」

 

「“色んな意味で敵わない相手”……?」

 

「ああ、アイツって色んな面で高スペックなやつでさ。勉強はもちろん運動神経も抜群に良いから剣とかも使えるんだよ。それ以外にも色々とできるし、俺が勝てるものって言ったら紅茶を淹れることぐらいだろうな」

 

「それは、すごいな……」

 

 

 イクスから聞いた限りではその“幼馴染”という人物はかなり万能な人物らしかった。リィンもイクスとは3ヶ月半の付き合いではあるものの彼があまり人をベタ褒めするような人物ではないという事は知っている。彼にそこまで言わせるほどであるという事はその“幼馴染”は相当な人物だということが推測できる。

 

「それと昔から行動力もかなりあってさ、俺も小さい頃から良く振り回されたっけ」

 

「はは、でもその言い方だと仲は良いみたいだな」

 

「まあな。何だかんだ言ってほとんど生まれた頃からの付き合いだし」

 

 若干遠い目をしながら“幼馴染”のことを語るイクスの口調は穏やかなものだった。イクスもあの第α層で故郷の景色を見たからなのか幼馴染を語る口調はやけに饒舌だった。

 

 この様子ならもっと話が聞けるかもしれないと踏んだリィンはイクスに更に質問をしてみようとするが、その前にイクスが持っていた竿が突然しなり始めた。

 

「うおっ!?」

 

「かかったのか!?」

 

「ああ!しかもかなりデカイ!」

 

 イクスの言葉通り彼の持つ竿のしなりはかなりのものだった。この池でも良く釣りをしているリィンだが、こんなに竿がしなるのは見たことが無い。

 

「いけそうか、イクス!?」

 

「ああ……!絶対釣り上げてやる……!」

 

 イクスがリールを巻くと同時に糸が繋がっている水中で何やら大きな影が動く。リィンはもしかしたら岩か何かに釣り針が引っかかったのかとも思ったが、影はイクスが引っ張るのに逆らう形で動いているのでその可能性はないだろうと確信する。そしてそれと同時にイクスの竿に今かかっているのは間違いなく自分も釣り上げたことのない大物だということだった。

 

 イクスと正体不明の大物が格闘すること数分、ついにその時が訪れる。

 

「おらああっ!」

 

 勝負を制したのはイクスだった。水中から巨大な水飛沫が上がり、イクスが格闘していたそれがついにリィンとイクスの前に姿を現わす。

 

 

「……これって……」

 

 

「……《ブリザリーガ》、だな……」

 

 

 イクスの少し後ろに釣り上げれたそれの正体は綺麗な青い甲殻が特徴の《ブリザリーガ》だった。釣り上げれたブリザリーガはイクスたちを威嚇するように通常のザリーガよりも巨大な爪を鳴らしている。

 

「ブリザリーガって言えば高級料理店で出てくる食材だよな?何でそんなもんがこの池にいるんだ……?」

 

「さぁ……?」

 

 《ブリザリーガ》は名前にザリーガという単語こそ入っているものの、実は別の種類の個体である。体は通常のザリーガよりも遥かに大きくその身もカニとエビを同時に味わっているかのような食感と味であるため、高級料理店で出される食材として有名なのだ。

 

 また、生息する環境もかなり限られているためもちろんながらその値段も高い。そのため、一般庶民はおろか爵位の低い貴族ですら滅多にお目にかかることが出来ない食材なのである。

 

 そんな希少食材を釣り上げた本人であるイクスはその顔が驚きの表情から悪い笑顔に変わる。

 

「……なぁ、せっかくこうして釣ったんだし食べないのは損だよな」

 

「え……?」

 

「シャロンさんならきっと調理も問題ないだろうし、寮に持って帰ろうぜ、リィン!」

 

「ほ、本気か!?」

 

「本気も本気。それにリィンだって食べたいだろ?」

 

「う、それは……」

 

 正直、リィンもブリザリーガを食べられるということに誘惑されていた。彼もその存在は知っていたが、釣り上げたことはもちろん食べたことがなかったため絶品と言われるその味を確かめてみたいという気持ちがある。

 

 だが、彼は何故か心のどこかで罪悪感のようなものを感じていた。これから食べられるかもしれないブリザリーガもそうだが、何よりここで良く釣りをしているはずのケネスに何だか悪いような気がしたのである。

 

 しかし、そんな彼の心中を察する事もなく、イクスの心は既にブリザリーガを食べるということに決まっていた。

 

「良し、それじゃあ決まり!俺は竿を返してくるついでにケネスからクーラーボックスを借りてくるから、リィンは先に戻ってシャロンさんに伝えておいてくれ」

 

「はあ……分かったよ」

 

 この様子だとこちらの話を聞きそうに無いなと諦めたリィンはイクスの指示通り先に寮に戻ることにする。学生会館の方にスキップ気味に走って行くイクスの後ろ姿はまるで子どものようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イクスがケネスの所に行った後、リィンは一人先に寮の方に歩いていた。今日の気温が高くもなく低くも無い気温であるためか学院を歩いていると遠くからヒグラシの鳴き声が聞こえる。

 

(でも、ブリザリーガかぁ……楽しみだな)

 

 先ほどまで罪悪感のようなものを感じていたリィンも既にその頭の中はこれから食べるであろう高級食材の未知の味がどのようなものなのかという事でいっぱいになっていた。

 

 彼も優しい性格ではあるがそれでも一人の食べ盛りの男の子だ。目の前に出された極上の食材を我慢できるはずもない。それも高級料理店のシェフ顔負けの腕を持つシャロンさんが調理すればその味は格別なものになるだろう。

 

 そんな事を考えながら歩いていると彼に声がかけられる。

 

「あれ、リィン?」

 

「そちらも今帰りか?」

 

 リィンが振り返った先にいたのは《Ⅶ組》の面々だった。先程旧校舎を攻略した四人の他にもエリオットやガイウス、そしてアリサ達と一緒に女子会をしていたラウラとフィーの姿もあり、イクスを除いてⅦ組全員が校舎の正門前に集結していた。

 

「はは、みんな揃って帰るなんて珍しいな。みんなも帰りなのか?」

 

「ええ、ついさっきマキアス達と一緒になってね」

 

「ケーキ、美味しかった」

 

「ふふ、フィーはおかわりもしていたからな」

 

「俺も部活の方が終わったエリオットと一緒に寮に戻るところだったんだ」

 

「ちょうど校舎から出るときにみんなと一緒になったんだ」

 

 なんの偶然かほとんど同じタイミングで寮に戻ろうとしていた他のメンバーはつい先程合流し、歩いていたリィンに声をかけたようだった。そして話をしていたマキアスはリィンにある事を尋ねる。

 

「そういえば、イクスだけいないな?リィンと一緒じゃなかったのか?」

 

「ああ、イクスなら今ケネスのところに行ってクーラーボックスを借りているはずだ」

 

「クーラーボックス……?」

 

「何か釣り上げたのか?」

 

「かなりの大物をな。何を釣ったのかは寮に着いてからのお楽しみだ。今日はご馳走になると思うぞ」

 

「ご馳走……」

 

「フィーちゃん、よだれが出てますよ」

 

 イクスが釣り上げたという大物にメンバーが各々期待を膨らませる中、正門の方から彼ら以外の声がかけられた。

 

 

「――兄様」

 

 

「え――」

 

 

 正門の裏で待っていたその人物はリィンたちよりも年下と見える黒髪の少女だった。背丈で言えばフィーが一番近いため、少女も彼女と同じくらいの年齢なのかもしれない。

 

 そして少女が言った“兄様”という言葉に反応したのはリィンだった。振り返って少女の姿を見たリィンの顔は驚きの色になって言葉を失っている。

 

「女の子……?」

 

「あの制服は……」

 

 マキアスは少女の着ている制服に心当たりがある様子だった。少女が身にまとっているのは黒を基調とした制服であり、リィンたちの着ている制服のような軍服に近いものではなく、その雰囲気はどちらかといえば教会のシスターの着る修道服に近い。

 

 そしてようやく話しかけられたリィンが少女の正体を明かす。

 

「エリゼ……!?どうしてここに……」

 

「えっ……?」

 

「ひょ、ひょっとしてリィンの妹さん!?」

 

「あ、ああ……」

 

 未だ動揺しているリィンはエリオットの問いに少し詰まりながら答える。そしてリィンはエリゼと呼ばれた少女に再び質問した。

 

「でもエリゼ、こんな時間にいったいどうして――」

 

「――ご自分の胸にお聞きになってください」

 

「え」

 

 リィンの質問が終わる前にエリゼはジト目を向けてからリィンに返答する。理由が全くわからないリィンはエリゼの回答に再び思考が止まった。そしてエリゼはそんなリィンを放って自己紹介を始める。

 

「――お初にお目にかかります。リィンの妹、エリゼと申します」

 

「この子が、リィンの妹さん……」

 

「ふふ、可愛らしいですね」

 

 突然現れたリィンの妹を見たⅦ組の面々はそれぞれ感想を抱く。そんな中、先程からマキアスが気になっていた質問をエリゼにぶつける。

 

「その、エリゼ君、君のその制服は《聖アストライア女学院》の制服だよな?まさか一人でここに?」

 

「ええ、そうです。……一人?」

 

 マキアスの質問に答えたエリゼは彼の言葉を聞いてある違和感を覚える。咄嗟に自分の周りを見た彼女は再び正門の方を見つめて少し恥ずかしそうに話しかけた。

 

 

「……“会長”、いつまでそこに隠れているおつもりですか?」

 

 

「――あらら、バレちゃった」

 

 

 エリゼが話しかけると正門の裏から彼女とは別の女性の声が聞こえた。エリゼの声よりもやや大人びたその声は声のトーンとは対照的に少しお茶目な雰囲気を感じさせる。

 

「これは……」

 

「……綺麗……」

 

 エリゼに続いて正門の裏から出てきた人物はエリゼと同じ《聖アストライア女学院》の制服を身にまとった女子生徒だった。

 

 身長はラウラと同じほどかその髪はほぼ白に近いホワイトブロンドのロングヘアーであり、それと同じく肌も透き通るほどの白さだ。聖アストライア女学院の黒い制服と全体的に白を思わせるその女子生徒はかなりの美人であり、Ⅶ組の男子だけでなく女子すらもその美しさに見惚れていた。

 

 そんな中、この場にまだ居なかったもう一人のⅦ組メンバーが鼻歌交じりに姿を現わす。

 

 

「――みんな、どうしたんだよこんな所で」

 

 

「……あ、イクス」

 

 

 ケネスから借りたと見られるクーラーボックスを肩に下げて歩いて来たイクスは正門前に集まっていた他の面々に声をかける。そしてイクスは少し呆けている彼らを不審に思い彼らの間を抜けて他の面々が何を見ていたのか確認しようとした。

 

「なんだよ?そこに誰かいるの、か――」

 

「イクス?」

 

「どうしたのだ?」

 

 そしてイクスがそのホワイトブロンドの女子生徒を見た途端、その動きが一時停止のボタンを押されたかのごとくピタリと止まる。その顔はまさに鳩が豆鉄砲を食ったような表情であり、信じられないものを見たといった感じだ。

 

 

 突然動きが止まったイクスを他の面々が不思議に思っていると、次の瞬間、彼らの目の前で衝撃的なことが起こる。

 

 

「―――!」

 

 

「へ……?」

 

 

「な……」

 

 

 イクス以外のⅦ組の面々とエリゼも含めて、その思考が停止する。

 

 

 

 彼らの目の前に広がっていたのは自分たちの仲間であるイクスとエリゼとともに現れたホワイトブロンドの女子が『キス』をしている場面だった。

 

 

 

 より正確に言えば動きの止まったイクスに女子生徒が駆け寄り、そのまま彼を自分のもとに引き寄せてからその唇を奪ったというところだろう。キスをされた本人であるイクスでさえも突然の出来事に思考回路がショートしてしまっているらしい。

 

 

 そしてイクスとその人物が唇を合わせること数秒、ここでようやくイクスの思考回路がもとに戻る。

 

 

「――って、いきなり何やってんだ!?」

 

 

「何って、キスよキス。久しぶりの再会の挨拶って感じかしら」

 

 

「だからって人前でいきなりやるなよ!」

 

 

 イクスの思考回路が戻ったことであり得ない光景を目にしていた他の面々もやっと思考が回復していく。

 

「イクス、その人ってもしかして……」

 

「そなたが以前に言っていた“幼馴染”という人物なのか……?」

 

「ああ、お察しの通りだ」

 

 Ⅶ組のメンバーは以前からイクスに幼馴染がいるという事を知っていた。今のイクスの会話から察するに二人は親しい仲のようであるため、その答えに辿り着くのは容易なことだった。

 

 そしてここでイクスの“幼馴染”だという人物は優雅に一礼をしてから未だ困惑するⅦ組の面々に自己紹介をする。

 

 

 

「それでは改めまして。――初めまして。私、聖アストライア女学院で《学生会長》を務めるマシロ・ガーデニアと言う者です。よろしくお願いしますね、《Ⅶ組》の皆さん」

 

 

 

 





お待たせしました!ようやく花の軌跡のヒロインが登場です!
閃Ⅳ発売までの自分の中の目標だったヒロイン登場回までなんとかこぎつけることができました。本当にお待たせして申し訳ない。
次回の更新ではヒロインのキャラ紹介など連載当初からずっとやりたかった事をやる予定なのでそちらの方をお楽しみに!
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