英雄伝説 花の軌跡   作:阿賀美 アクト

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もうお気づきになっている方もいると思いますが、前回ようやくヒロインが登場し物語も本番である4章に入ったため、あらすじやタグなどを一斉にリニューアルしました。
実はこれが本来の花の軌跡のあらすじなどであり、今までのはネタバレを避けるためにぼかした表現にしていました。連載当初からこれがやりたくてここまで進めていたのでなんとか閃Ⅳの発売日まで辿り着く事が出来て一安心です。





第43話 Exceed!

 リィンの妹であるエリゼとイクスの幼馴染のマシロが突如《Ⅶ組》の前に姿を現してから15分後、来訪者の二人を含めたイクス達は話す場所を正門前から学院の校舎に移していた。

 

「初めまして、ユーシスさん、ラウラさん。お二人のことはイクスからの手紙以外にも色々な方からお話を聞いています」

 

「こちらこそお初にお目にかかる。《ロウフェル》という名前に聞き覚えはあったが、まさかそなたが《ガーデニア家》の一人娘だとは」

 

「俺もその家名は以前兄上から聞かされたことがある。子爵家ながら四大名門に匹敵するほどの権力を有していた名家だったと。まぁ、その後継ぎとこのような形で会うとは思わなかったがな」

 

「ふふ、本当ですね」

 

 エリゼとマシロはそれぞれリィンとイクスに話があったため、お互いに異なる場所で話をしている。エリゼとリィンは学院の屋上で、そしてイクスとマシロは学院二階のソファーが並べてあるスペースに移動し、それぞれの所に他のⅦ組のメンバーがそれを見守っていた。

 

 イクスとマシロがいる二階には二人以外にユーシス、ラウラ、マキアス、フィーが同席していた。イクスとマシロが隣同士に座り、その正面のソファーに向かい合う形で他の四人が腰をかけている。

 

 マシロとラウラ、ユーシスが貴族同士の会話をする中、突然訪問してきた幼馴染の隣に座るイクスは先程から胃がキリキリしていた。

 

(……絶対、何か怒ってるよな……)

 

 実はイクスが正門前でマシロにキスされた後、彼は会話はおろかマシロと一度も目を合わせて貰えていなかった。

 

 イクスはマシロと長い付き合いであるため一発で彼女が自分に何か怒っていることがわかったが、初対面であるマキアスたちもマシロがイクスに対して何か怒りの感情を抱いているというのは察していた。

 

 自分たちもいる中、再会の挨拶に『キス』をするというイクスへの熱烈な愛情表現を見せたマシロが、そのイクスと意図的に目を合わせようとしていないというのはどう考えても不自然だったのである。

 

「マキアス・レーグニッツさん、ですよね?」

 

「え、あ、はい」

 

「あなたのお父上とも一度お話をさせて頂く機会がありまして。その時にも息子さんの話を聞きましたが、やはりお父上と似ていらっしゃいますね」

 

「そうだったんですか……!まあ、僕も良く父に似ているとは言われます」

 

 イクスのことを心配していたマキアスがマシロに話しかけられ、彼女の話を聞いたマキアスは少し驚く。帝都知事である彼の父とも話をしているあたり、彼の目の前に座る美少女はユーシスとラウラの事も含めてかなり広い交友関係を持っているようだ。

 

「それとフィー・クラウゼルさん、でしたよね?イクスと同じ園芸部に所属しているそうで、イクスがいつもお世話になっています」

 

「ん、それほどでも」

 

 そして三人の横に座っていたフィーの名前もマシロは把握していたようで、そんなフィーにも丁寧に挨拶する。それを受けたフィーはまるで自分がイクスに世話を焼いているかのような返事をしたが、同じソファーに座っていた三人はどちらかといえばフィーの方がイクスに世話を焼かされているとは思ったものの敢えてそれには触れなかった。

 

 そしてここで遂にイクスが痺れを切らし、隣にいるマシロに話しかけた。

 

「世間話はその辺でいいだろ。それで、今日は一体どうしたんだよ?」

 

「……本当に心当たりが無いの?」

 

「え……」

 

 イクスが尋ねた途端、先程までにこやかだったマシロの表情は一変してその顔から笑みが消えた。ジト目で睨まれるイクスはその言葉で動きが止まる。

 

 どうやら彼女が今日来たのは自分に原因があるらしい。逆に問われたイクスは必死に頭を回転させて自らの行いに何か彼女の機嫌を損ねるようなことをしただろうかと考えるが、いつもよりも焦っているせいか脳が正常に働かない。

 

 

「……その、ごめんなさい。わからないです……」

 

 

 脳の記憶処理機能が正常に作動しないことを悟ったイクスは自らで思い出すのを諦め、申し訳ない表情でマシロにその解答を尋ねた。

 

 

 

「………へぇ」

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

 ゆらり、とマシロの背後に炎が見えたような気がした。

 

 イクスだけでなく他の四人もその静かな怒りの炎を感じ取る。先程までとはまるで別人のような迫力を放つマシロにその場にいた全員が息を呑んだ。

 

 

「はぁ……。“6月7日”、これで分かる?」

 

 

「………あっ!?」

 

 

 殺されると思ったイクスにかけられた言葉は死刑宣告ではなく何かの日付を指す言葉だった。そしてその日付を聞いたイクスはすぐに思い出す。

 

「そうか、誕生日……!」

 

「……その様子だと本当に忘れてたみたいね」

 

 イクスのハッとした表情を見たマシロは怒りの感情が呆れの感情に変わっていた。

 

 そう、マシロが言った“6月7日”は他でもない彼女の誕生日だったのである。

 

「毎年プレゼントをくれるのに、今年はいつまで経ってもプレゼントどころか祝いの言葉すら贈られてこなかったから、こうして直接会いに来たのよ」

 

「あー………」

 

 確かに今回は完全に自分に非があったとイクスは反省する。

 

 イクスは幼馴染であるマシロの誕生日には毎年欠かさず誕生日プレゼントを渡していた。だが、今年はまだ彼女に恒例のプレゼントを贈っていなかった。それどころか彼女の誕生日はすでに一ヶ月を優に過ぎている。

 

 といってもイクスがただ単純に彼女の誕生日を忘れていた訳ではなかった。先月の始めあたりはフィーとの関係がギクシャクしたり、その他にも中間試験があったりと彼にもいろと余裕が無かった時期だったのである。

 

 しかし、彼はそれを言い訳にする気もなかった。どんな理由があったとはいえ自分が大切な幼馴染の誕生日を忘れていたのは事実。それをうだうだと言い訳して誤魔化すつもりは彼にはさらさら無かったのだ。

 

 ここは潔く彼女の処罰を待とう、ビンタの一つや二つは覚悟した方が良いかもしれない。そう思いながら黙って目を閉じていたイクスにかけられた言葉は予想外のものだった。

 

 

 

「――でも良かった」

 

 

 

 

「え――」

 

 

 

 

 何故かビンタでもなければ自分を叱責するような言葉でもなく、安堵するマシロの言葉を聞いたイクスはぽかんとする。

 

 

「だって、イクスが私の誕生日を忘れるってことは何か大変なことがあったんじゃないかって思ったの。でもこうしてあなたの元気な姿が見れて安心したわ」

 

 

「マシロ……」

 

 

 イクスは以前トワやナオミに言われた言葉を思い出していた。

 

 マシロは自分の誕生日を忘れてしまっていたイクスを怒りはしていたものの、それ以上に彼の身に何かあったのではないかと心配していたのだ。トワやナオミも言っていたようにイクスの幼馴染であるマシロほ誰よりも彼のことを気にかけていたのである。

 

 イクスはマシロに対して改めて申し訳なく思いながらもその胸には温かいものが溢れていた。

 

「……その、ごめんな。ちゃんと埋め合わせはするから」

 

「……待たせた分、上乗せしないとダメだからね?」

 

「……分かってるよ」

 

「なら、よろしい」

 

 イクスの言葉を聞いたマシロは満足そうに頷く。先程までと違いその雰囲気もいつもの明るい空気に戻っていた。

 

「ふふ、一件落着といったところか」

 

「フッ、せいぜい利子分も返せる贈り物を考えておくことだな」

 

 イクスとマシロの件が落ち着いたところで二人を見守っていたラウラたちがイクスに話しかける。彼らのやり取りを見ていたラウラたちの顔にも自然と笑みがこぼれていた。

 

「お見苦しいところを見せて失礼しました、みなさん」

 

「いや、そんなことは。それにしても、やはりというか二人はかなり仲が良いみたいですね?」

 

「正直、途中から二人だけの世界になってた」

 

「……うるさいぞ、フィー」

 

 いつものお淑やかな口調に戻ったマシロにマキアスとフィーが二人の仲がかなり良いことを指摘する。それを横で聞いていたイクスは若干拗ねながらフィーにツッコむ。

 

 

 そして少し揶揄う目的で言ったマキアスとフィーの発言を聞いたマシロはとんでもない爆弾を投下した。

 

 

 

「いえいえ、それほどでも。――それに一応“婚約者”同士ですから♪」

 

 

 

「え」

 

 

「な――!?」

 

 

 マシロの発言でその場が一瞬凍りつく。爆弾を落とした張本人であるマシロは、まるでイタズラが成功した子どものような無邪気な笑顔を見せている。

 

「ば――お前、何言ってんだ!?それは子どもの頃の話だろ!?しかも口約束の!」

 

「あら、でも約束は約束よ?それに、自分の発言に責任も持てないのかしら?」

 

「ぐっ……それは……」

 

 マシロの爆弾発言を聞いたイクスは思わずその場に立ち上がる。そしてマシロに抗議するが、どうやら彼女の方が一枚上手なようでイクスの抗議を完璧に受け流し、さらなるカウンターを仕掛ける。

 

「イクス、そなた……」

 

「ほ、本当なのか……?」

 

「ええ、事実ですよ」

 

 そして固まっていた他の四人も動揺しながら先程の言葉の真偽を確かめる。だが、イクスが答えようとする前にマシロが満面の笑みを浮かべなからそれにイエスと答えた。

 

 一連の流れで他のメンバーの心はマシロの方に味方しているため、最早イクスの味方をしようとする者は誰一人いなかった。そしてⅦ組の中でもこういった事を揶揄うのが好きなユーシスとフィーはさらにイクスに追い討ちをかけたわ

 

「……なるほど、道理で再会した直後にあのような熱烈なキスをするわけだ」

 

「ひゅーひゅー」

 

「だから、人の話を聞いてくれよ!」

 

 自分の味方が一人もいないことを悟ったイクスはこうなったら原因であるマシロにもう一度話しかけようとする。しかしその前にマシロは視界の隅に何かを捉えた。

 

「……あら?」

 

「どうした?」

 

「今、エリゼさんが階段を駆け下りていくのが見えたのだけれど……」

 

 イクスとマシロの座るソファーはちょうど階段が見える位置であるため、座っていたマシロは階段を走り降りていくエリゼに気づいたようだった。

 

 だが彼女は今リィンと話をしている筈だった。学院の構造もわからない彼女が一人で階段を降りていくというのは少し不自然だ。イクスが見間違いではないかとマシロに尋ねようとした時、彼もその視界に新たに階段を駆け下りていく者を捉えた。

 

「リィン……?」

 

「あ、ホントだ」

 

「何やら血相を変えて走っていたようだが……」

 

 マシロがエリゼの姿を見てから数十秒後、今度はリィンが階段を駆け下りていった。今度はマシロだけでなくイクスたちもその姿をしっかりと見ていたが、階段を降りるリィンは血相を変えて走っておりイクスたちの方を気にかける余裕もないようだった。

 

 ここでイクスたちⅦ組はおそらくリィンがエリゼと何かトラブルが起きたのではないかと考えた。彼は気遣いのできる性格ではあるが、何かと不用意な発言をすることが多い。おそらく今回もその例に漏れずエリゼの機嫌を損ねるようなことを言ってしまったのだろう。

 

 イクスたちがリィンがまた何かやらかしたなと予想していると階段から複数の足音がこちらに近づいてきた。

 

「アリサ、何かあったのか?」

 

「あ、イクスたち!ええ、ちょっと面倒なことになったみたい」

 

「リィンがまた何かやらかしたの?」

 

「はい、実は―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 階段を駆け下りていったエリゼの後をリィンが追ってから10分、学院内ではⅦ組の面々がエリゼの捜索を開始していた。

 

 イクスたちの予想通り、屋上でエリゼと話していたリィンは自らの事を心配して訪問したエリゼに自分を軽んじるような不用意な発言をしてしまい、それに怒ったエリゼが屋上を出て学院内に消えてしまったということだった。

 

 話を聞いたイクスたちはリィンだけでは捜索範囲が広すぎると考え、彼らも手分けしてエリゼの居所を必死に探している。

 

 

「どこいっちゃったのかしら、エリゼちゃん」

 

 

 そんな中、グラウンド方面を探していたアリサはその捜索場所を中庭あたりに切り替えていた。

 

 屋上でリィンとエリゼの会話を聞いていた彼女はエリゼに親近感を感じていた。リィンに好意を寄せる彼女はエリゼも自分と同じくリィンのことを考えているのだとその直感で感じ取っていたのだ。

 

 無論、彼女にも確信があるわけではない。だが仮にエリゼがリィンに特別な感情を抱いていなかったとしてもリィンが言った言葉はもし自分が彼の妹だったら許せない発言だったのである。

 

(全く、自信がないというか、自分を必要以上に下げすぎてるというか……)

 

 リィンは謙虚な性格が良いところではあるが、それがたまに行きすぎて卑屈に感じるところがある。アリサは彼の謙虚な姿勢も好きだったが、同時にその謙虚さが心配になることもあった。自信満々なリィンというのもあまり想像したくはないが、彼の場合はそのぐらいの姿勢になっても十分なのではないかと思うこともある。

 

 それ故にリィンが今困っているのなら彼女は少しでも力になってあげたかった。例えそれが自分のライバルになるかもしれない人物の捜索だとしても。

 

 そして懸命に探す中アリサが中庭のあたりを超えると、とある人物と遭遇する。

 

「あ……Ⅰ組の……」

 

「ん……?君は、ラインフォルトの」

 

 アリサの目の前にいたのはⅠ組のリーダー的存在であるパトリックだった。彼は先月の実技テストでリィンたちにボコボコにされた後、自分たち《Ⅶ組》のメンバーの身分を蔑むような発言をしていたため、アリサにとっても彼にはあまりいい印象が無かった。

 

 だが、それとこれとは話が別だ。アリサはすぐに頭を切り替えてパトリックに話しかける。

 

「……ねぇ、この辺で女の子を見なかった?黒い制服を着たこれくらいの背丈の」

 

「え、ああ、それなら今……」

 

 なるべく簡潔にわかりやすくエリゼの特徴を言ったアリサにパトリックは少し動揺しながらその視線を彼が立っていた道の先にある旧校舎の方に向ける。

 

「まさか、旧校舎の方に行ったの!?」

 

「あ、ああ、そうだが……なんだ?知り合いなのか?なら是非ともこの僕を紹介して――」

 

「ありがと!それじゃあ!」

 

 思わぬ人物からエリゼの目撃情報を聞いたアリサは何やら話をしようとしていたパトリックを無視して旧校舎の方に走っていった。

 

 息を切らせながら旧校舎の前に到着したアリサは辺りを見回してみるが、どこにもエリゼらしき姿は見当たらない。この旧校舎の裏手には木が邪魔で行けないしすれ違ったというのは無い。一体彼女はどこに消えたのか、そこまで考えたアリサはここであることに気付いた。

 

「あれ……?鍵が……」

 

 旧校舎の扉の鍵が開いていたのである。

 

 彼女は今日の昼からリィンたちと共に第α層を攻略していたため、リィンが旧校舎から出るときにしっかりと戸締りをしていたことを確認している。あの鍵も自分たち以外の人間には渡されないため、他のクラスの生徒が鍵を開けられるはずもないのだ。

 

 だが、ここで不審に思っていても仕方がない。一人で行くのは少し躊躇われるもののエリゼがこの奥にいるかもしれないためアリサは単身旧校舎に入っていく。

 

 旧校舎の扉を開けた先にある広間にはエリゼの姿はなかった。それを確認した彼女は下の階層に降りるときに使う昇降機のある部屋に向かった。

 

「――あ!エリゼちゃん!」

 

「あ……えっと……」

 

 アリサはようやくエリゼを発見する。彼女は昇降機の上で何かを探すように立っていた。

 

「アリサよ、アリサ・ラインフォルト。でも良かったわ無事に見つかって」

 

「すみません、アリサさん。その、こっちの方に猫が入っていくのが見えたのでつい追いかけて来てしまったんです」

 

「猫……?」

 

 エリゼの無事を確かめたアリサは改めて自己紹介をしてからエリゼがなぜこの旧校舎に入ったのかを聞く。どうやらこの旧校舎はエリゼが来る前から開いていたらしく、彼女はその奥に一匹の猫が迷い込んでいたのを見て連れ戻そうとこの部屋まで来てしまったそうだ。

 

 アリサもなぜ鍵を閉めたはずの旧校舎が開いているのかそしてエリゼが見たという猫が気にはなったが、今は彼女をリィンのもとに連れて行って早く仲直りさせてあげることが先決であるためひとまずこの旧校舎から出ることにした。

 

 しかし、アリサがエリゼを連れて旧校舎を出ようとした瞬間、予想外の事態が起きる。

 

 

「え――!?」

 

 

「な、何ですか!?」

 

 

 二人の乗っていた昇降機が勝手に動き出したのである。もちろんアリサもエリゼも昇降機を動かすパネルには指一本触れていない。昇降機は文字通りひとりでに動き出したのだ。

 

「大丈夫よ、エリゼちゃん!私がついてるから!」

 

「は、はい……!」

 

 アリサは突然の出来事に驚いているエリゼを抱きしめながら昇降機が止まるのを待つ。二人を乗せて動き出した昇降機は第3層に至ったところでその動きをようやく停止した。

 

「こ、ここは一体……?」

 

「ここは旧校舎の地下よ。……でも変ね、昇降機も勝手に動いたみたいだし、今も昇降機が反応してくれないし」

 

 アリサは昇降機が停止してから元の場所に戻ろうとパネルを操作してみるが、パネルは一向に反応してくれなかった。このままでは自分たちが二人ともこの階層に閉じ込められてしまう。

 

「すごい、大きな扉……」

 

「え?ああ、それね」

 

 アリサがパネルの前であれこれと考えていると自分の側にいたエリゼはその階層にあった巨大な扉に気づいたようだった。この第3層には突然この青い巨大な扉が出現しており、アリサたちもそれが一体何なのかわからなかったため一旦保留としていたのだ。

 

「こんなものが他のところにもあるんですか?」

 

「ううん、これはほんの数時間前に現れたばかりでね、残念ながらこんな大きな扉は私たちも知らないわ」

 

「そうなんですか……」

 

 アリサとエリゼは二人ともその巨大な青い扉の前に来ていた。アリサも改めてそれを凝視してみるが、意味不明な模様や構造で出来ているため導力関係に詳しい彼女でもその扉の仕組みがわからなかった。

 

「まあ、一つだけ確かなことはこの扉が出口じゃないってことね。もう一回昇降機に戻りましょうか」

 

「あ、はい」

 

 アリサは気を取り直してもう一度昇降機のパネルを見てみようとエリゼと一緒にその扉の前から離れようとする。だが、彼女たちが離れようとした瞬間、カチリという音とともに信じられないことが起こり始めた。

 

 

 

 ――起動者候補、並ビニ準起動者候補ノ波形ヲ感知。コレヨリ《第一ノ試シ・改》ヲ開始スル――

 

 

 

「え――」

 

 アリサの脳内に無機質な声が響く。そしてその声が聞こえたと同時に青い巨大な扉が開いた。

 

「え……」

 

「何……!?」

 

 

 アリサたちの前に“ソレ”は扉の奥から姿を現す。今、《第一の試し・改》が起動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リィン!そっちは見つかったか!?」

 

「イクス!いや、まだだ!」

 

 アリサがエリゼを探しに旧校舎に向かった頃、同じくエリゼを探すリィンとイクスが合流した。そしてリィンと情報を交換したイクスはリィンの傍にいた人物に気づく。

 

「って、何でクロウ先輩が?」

 

「おう、俺もたまたま正門前でリィンと会ってな。というかイクスよ、お前こそ後ろの美少女はどうしたんだよ?」

 

「ああ、えっと……」

 

「初めましてクロウさん。私、イクスの幼馴染のマシロ・ガーデニアです。トワさんとお知り合いなんですよね?」

 

「ん?おお、そうか。その子がトワが言ってたイクスの幼馴染って奴か。俺はクロウ・アームブラスト、よろしくな」

 

「はい、こちらこそ」

 

 リィンとたまたま遭遇したクロウはリィンとともにエリゼの捜索を手伝っていた。イクスはマシロとともに行動しており、彼らはちょうど学生会館の手前で合流していた。

 

 マシロとクロウが軽く自己紹介をした後、彼らは共にまだ行ってないギムナジウムの方に足を向ける。

 

「リィンはエリゼちゃんが行きそうな場所に心当たりはないのか?」

 

「いや、正直わからない。そもそもエリゼはこの学院に来るのは初めてだからな」

 

「つまり、しらみつぶしに当たるしかねーってこったな」

 

「どうしましょうか、中庭のあたりでもう一度別れますか?」

 

「そうだな……」

 

 少し小走りでエリゼを探す彼らは固まって動くよりもう一度分担して探した方が良いのではないかと相談する。手がかりが無い以上、やはりもう一度別れるべきだろうかとリィンが考えようとした時、イクスが何かに気づいた。

 

「あれは……」

 

「パトリック……!」

 

 リィンたちの数アージュ先に立っていたのは先月の実技テスト以来何かと因縁のあるパトリックだった。彼もリィンたちに気づいたようで彼らを見て少し動揺しながら話しかける。

 

「パトリック!」

 

「な、なんだ次は君たちか……」

 

「次……?」

 

 リィンたちを見たパトリックは少し疲れた表情でリィンたちを見つめる。そして彼の発言が少し気になったイクスは一旦パトリックへの悪感情を忘れて彼に話しかけた。

 

「おい、今の“次は君たち”っていうのはどういう意味だ?ここに誰か来たのか?」

 

「……ああ、ついさっき君たちと同じⅦ組の女子が女の子を追っていったところだ」

 

「女の子……!?」

 

 パトリックの言葉を聞いたリィンはエリゼが見つからないことで焦っていたのかパトリックに摑みかかる勢いで彼に詰め寄る。

 

「おい、まさかとは思うがエリゼに何かしてないだろうな!」

 

「な、何もしてない!……というか、やはり彼女は君の妹だったのか……」

 

「落ち着け、リィン」

 

「ええ、焦ってもいい事はありませんよ」

 

「ま、今はその坊ちゃんに構ってる場合じゃねえだろ」

 

「……はい」

 

 イクスたちに声をかけられたリィンはその言葉で頭を冷やす。すぐにいつもどおりに戻った彼はそのままイクスたちに次の行動を提案した。

 

「みんな、このまま旧校舎の方に向かおう。多分エリゼもそこにいる筈だ」

 

「ああ、言われるまでもないぜ」

 

「早く探しに行きましょう……!」

 

 リィンたちはパトリックの目撃情報を信じて旧校舎の方に向かっていく。そしてリィンたち四人の他にもなぜかパトリックも付いて来ており、総勢五名で旧校舎に向かっていた。

 

 そしてリィンたちが旧校舎に着くと、リィンとイクスが旧校舎の異変に気づく。

 

「……戸締りはしたよな、リィン」

 

「ああ、間違い無い筈だ」

 

 鍵をかけていたはずの旧校舎の扉は鍵が開いているだけでなく、その扉自体も開けっ放しになっていた。リィンとイクスも今日の探索で旧校舎の鍵を締めるのは確認済みであるため、この扉がついさっき誰かに開けられたというのは明らかなことだった。

 

「ここが、旧校舎ですか……」

 

「な、なんだか不気味だな……」

 

「…………」

 

 マシロとパトリックは初めて見る旧校舎の雰囲気に少し気圧される。そして最後尾に立つクロウは珍しくその口を閉じて旧校舎を睨んでいた。

 

 リィンたちは旧校舎にエリゼとそれを追いかけたⅦ組の誰かがこの奥に入ったと確信し、彼らもその後を追った。旧校舎の広間は薄暗くその空気もリィンとイクスはいつもよりヒンヤリと感じる気がしていた。

 

 そしてリィンたちが広間に誰もいないことを確かめた時、昇降機へと通じる扉の奥からナニカの叫び声が響き渡った。

 

 

 

『Wooooooo!』

 

 

 

「何だ……!?」

 

「これは……!」

 

 獣の叫び声とも違う雄叫びを聞いたリィンはその正体が何なのかわからなかったが、イクスはその声を聞いた瞬間にその正体がわかった。

 

「間違い無い、あの巨人の叫び声だ……!」

 

「巨人……?もしかしてイクスたちが先月の実習で戦ったっていう?」

 

「ああ、この腹に響くような低いうなり声。間違い無く“アイツ”だ……!」

 

 旧校舎地下から聞こえて来たその声はイクスたちが先月のブリオニア島の実習で戦ったあの巨大な人型の兵士の声だった。そして彼らからその巨人の恐ろしさと強さを聞いていたリィンは最悪の事態を想定してすぐに声が聞こえて来た昇降機のある部屋に向かった。

 

 イクスたちもその後に続き五人は昇降機のある部屋まで辿り着く。

 

「昇降機が……!」

 

「やっぱ下に誰かいるみてーだな」

 

 彼らが昇降機のある部屋に着くとほぼ同時に昇降機が下から彼らの前に姿を現していた。この昇降機は普段はこの部屋で止まっているはずであるため下からリィンたちを迎え入れるなどということは無い。

 

 その昇降機がひとりでに下から上がってきた。何が起きているのかは定かではなかったが、下から聞こえてくる音から考えてリィンたち以外の人間がこの下にいてあの巨人と対峙している可能性が高い。そしてそれはリィンの妹であるエリゼもその場にいるかもしれないということだった。

 

 リィンたちが昇降機に乗ると昇降機を動かすパネルを操作する前にリィンたちを下へと運び始めた。リィンとイクスはこの旧校舎の調査をしているためこの昇降機のことも含めて異常が起きていることを確信していた。

 

 下へ下へと降りていくと巨人の声だけでなく地面を鳴らす音や硬いものに何かがぶつかるような音も聞こえ始め、それは下にいくごとに大きくなっていく。何者かが戦闘中であるらしいその音を聞いてリィンたちはより一層不安を煽られた。

 

(早く、早く……!)

 

 降りるスピードすら遅いと感じ始めていたリィンを乗せた昇降機はここでようやく目的地へと到着しようとする。

 

 

「あれは……!」

 

 

「エリゼ、それにアリサ……!」

 

 

 停止しようとする昇降機から目的地であった第3層の光景が目の前に現れる。そこにいたのは先程エリゼを発見し彼女と一緒に第3層に降りてきてしまっていたアリサだった。だが、そこにいたのは彼女たちだけでは無い。

 

「な、なんだアレは……!?」

 

「なんて大きさ……!」

 

 彼女たちと共にいたのはやはりイクスたちがブリオニア島で戦ったあの巨人――《魔煌兵》だった。

 

「アリサさん……!!」

 

「来ちゃダメ!エリゼちゃんはそこに隠れて!」

 

 そして当然のことながら魔煌兵がただ大人しくアリサたちといるわけではなかった。雄叫びをあげながら攻撃してくる魔煌兵をアリサはたった一人で立ち向かい離れた場所にエリゼを隠れさせている。

 

 もう既に戦闘が数分ほど行われているのか導力弓で牽制するアリサの制服は少し汚れておりその頰や足などにも何かに擦り付けたような痕がある。

 

 アリサは懸命に魔煌兵と戦っているが彼女はもともとリィンやイクスのように前衛で戦うようなタイプではなく、弓やアーツで味方をサポートするのが基本的なスタイルだ。その彼女が一人で敵と対峙しなければならないだけでなく、その相手がイクスたちが5人がかりで倒した魔煌兵というのが最悪だった。

 

 昇降機が停止する。戦闘しているアリサは余裕がないためまだリィンたちの方に気づいていなかったが、リィンたちは彼女に助太刀しようとそれぞれ武器を抜こうとしていた。

 

 だが、一足遅い。

 

 

「きゃあっ――!?」

 

 

「アリサ!!」

 

 

 攻撃を避け続けていたアリサをついに魔煌兵の攻撃が捉える。横薙ぎに振られた巨大なブレードをアリサは咄嗟に導力弓でガードして直撃こそ避けたものの、そのパワーと剣風で吹き飛ばされ数アージュ離れたところの壁に激突する。

 

「ぁ……」

 

 壁にぶつかった衝撃でアリサの意識は朦朧とし始めた。そのアリサに魔煌兵は情けをかけるわけもなくとどめを刺そうと無慈悲にブレードを振り下ろそうとする。

 

「くそっ!」

 

「チッ!」

 

 そうはさせまいとイクスとクロウが動く。だがもう遅い、二人のスピードでは数アージュ離れた場所にいるアリサと魔煌兵の場所までの距離を一瞬で縮めるのは不可能だ。

 

 

(ダメだ、間に合わない……!)

 

 

 駆け出そうとしたイクスにもそれは分かっていた。いくらスピードに自信のある自分でもこの距離をブレードが振り下ろされるわずか一秒にも満たない時間で詰めるのは無理だ。

 

 

 そして魔煌兵のブレードがアリサに振り下ろされた。もはやイクスとクロウにそれを止める術はない。

 

 

 そう、“ヒト”である彼らであれば。

 

 

(え―――)

 

 

 刹那、イクスの横を“ナニカ”が通り過ぎていく。尋常ではないスピードで飛び出した“ナニカ”は一瞬で魔煌兵との距離を詰め、その攻撃を弾き返した。

 

 

(リ、ィン……?)

 

 

 薄れゆく意識の中、自分への攻撃を弾き返したそれをアリサは見る。髪は白く染まり体から何か赤黒い気を放っているが、その後ろ姿は彼女が思いを寄せる黒髪の男子によく似ていた。

 

 

 

「オオオオオオッ!!」

 

 

 

 魔煌兵と対峙したそれは威嚇するように雄叫びをあげる。

 

 

 

 今、長い間リィンの中で眠っていた“ナニカ”が再び目覚めようとしていた。

 

 

 

 




すいません、前回に引き続きまた長くなっちゃいましたね。第4章から本番ということで自分の中でも色々と書きたい描写が多くなるので必然的に今までよりも長くなってしまうんです。
そんなわけでリィンの“鬼の力”の覚醒イベントはリィンがアリサを守る形での覚醒となり、試練自体も魔煌兵という原作よりもレベルアップした試練になりました。
果たしてリィンとイクスは無事魔煌兵を倒せるのか、次回をお楽しみに。


それとキャラ紹介①の方にはマシロのプロフィールも載せておきました。良ければそちらもどうぞ。

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