正午前のサンクト地区。ヴァンクール大通りなどに比べれば人通りもまばらであり、帝都にいくつかある地区の中でも比較的静かな場所である。この日は明後日から始まる夏至祭に向けての準備をしている店などもあったが、それも昼時となれば幾分落ち着いていた。
そんな穏やかな空気が流れているサンクト地区で少しだけピリついた雰囲気を出している者たちがいた。
「こちらエマ、今のところ動きはありません。どうぞ」
「こちらガイウス。俺たちの方も異常無しだ」
「こちらフィー。こっちも大丈夫」
周囲に気づかれないレベルの声で通信越しに会話しているのは聖アストライア女学院からの依頼でサンクト地区を訪れているⅦ組だった。その彼らはなぜか全員で行動せずに、3チームに分かれてそれぞれが別々の場所で行動している。
そして彼らの他にもう一人。B班に依頼を出したマシロは大聖堂から出て今はその前にある噴水近くで共に行動しているエマとおしゃべりをしている。その二人からある程度距離を置いた場所で他のB班のメンバーが周囲を見ながら歩いているという様子だ。
一体なぜ彼らはこんな事をしているのか。それは今から20分程前にB班が受けた依頼が原因であった。
「―――つまり、そのストーカーとやらの正体を確かめて、可能であれば捕まえて欲しいという訳か」
聖アストライア女学院の学生会室、そこに来ていたB班の一人であるユーシスが今までの話をまとめる。先程まで予想外の依頼内容に驚いていた他のメンバーも既に平静さを取り戻して話を聞いていた。
B班への依頼というのは、イクスの幼馴染であり女学院の学生会長を務めているマシロのストーカー被害を解決して欲しいというものだった。
副学生会長であるレイカの話によれば、マシロは約二週間前から誰かの視線を感じるようになったそうで最近では精神的な疲労も感じ始めてきているらしい。相手の正体も未だに突き止める事が出来ておらず、それも相まって彼女の不安を煽っていた。
そして視線を感じる時はきまって彼女が女学院にいる時以外、つまりマシロの外出中に感じるものであることから女学院以外の者である可能性が高かった。
「一応確認なんですけど、ストーカーというのは間違いないんでしょうか?もしかしたら気のせいという可能性も……」
「いえ、私も会長と一緒に外出する際に何者かの視線を感じたので間違いないかと。それに会長の容姿であれば、そのような輩がいたとしても不思議ではないので」
「ふむ、そういうものか」
「ま、かなり美人だしね」
聖アストライア女学院は貴族の令嬢が通う学校であるためか、帝都に住む男性にとっては一種の憧れのような感情を抱く者も多い。
マシロはその中でもトップクラスの美貌の持ち主であるばかりか、様々な分野で実力を発揮する才女でもある。女学院の後輩達からも絶大な人気を持つ彼女であれば、学院外にも彼女に魅了されてしまう者がいてもおかしくなかった。
改めてこの事件がストーカー被害である事を確認したB班の面々は解決を図るべく作戦を考えようとするが、ここで彼らはあることに気づく。
「あの、どうかしましたか?イクスさん」
「先程からずっと黙っているが……」
どういうわけかイクスは先程から一言も喋っていなかった。いつもであれば班のリーダーとして率先して話を進めていく事の多い彼が今回は珍しく黙って話を聞いていたのである。
そんな彼の様子が気になった他のメンバーやマシロ達は、何か良い作戦を思いついたのかと若干の期待も込めて彼の方を見る。
「ん?ああいや、ちょっと気になった事があってさ」
「気になった事?」
「ほう?」
口元に手を当てて何かを考えていたイクスは自分に集まった視線に気づいてそれに答える。ここまでの話を聞いていた彼は少しだけ違和感を感じるところがあった。
「話を聞いた限りだと、マシロが外出中の時はいつもその視線を感じるんだよな?」
「ええ、そうだけど……」
「つまり犯人はマシロの外出する時はいつもストーキングしてるって事だろ?それってかなり難しくないか?」
「ふむ、言われてみれば……」
相手の正体は不明だが、マシロ達の話通りであれば犯人はほぼ四六時中マシロをストーキングしているということになる。それが一日ならまだしも二週間ずっとバレずに続いているというのは少々無理があった。
「もしかしたら犯人は複数なのかもね。それなら交代でやればいいし」
「あー、なるほど。その手があるか」
「もしくは別の方法でマシロ嬢の行動を把握しているか、だな」
「どちらにせよ厄介な事には変わりないですね……」
犯人が複数である場合、その内の一人を捕まえても何とかして全員を捕まえなければ犯行が続く可能性もある。また、ユーシスが言ったように犯人がマシロの行動を予め知っていた上でストーカー行為をしているとすれば、ストーカー行為以外にも厄介な犯罪につながる場合もある。
イクスの指摘で新たに2つの可能性が出てきたことも踏まえて、B班のメンバーはこの依頼が一筋縄では行かなそうなことを予感していた。
「…………」
「レイカ、どうかした?」
イクス達が話を進める中、マシロの隣に立っていたレイカは一人何かを考え込んでいた。近くにいたマシロがそれに気づいて話しかけたが、レイカは小さくかぶりを振って答える。
「大丈夫です。ただ、少し調べておきたい事が出来たので、犯人捜索の方はⅦ組の方々にお任せしようと思います」
「……分かったわ。じゃあ私のARCUSを渡しておくから、何かあったらイクスに連絡してちょうだい」
「はい」
ARCUSを受け取ったレイカはそのまま学生会室を後にする。イクス達もそれを見送ってから改めて犯人を捕まえるための作戦を考えるのだった。
そんなわけで、現在イクス達B班はマシロのストーカーを探すためにサンクト地区である作戦を実行している。
その大まかな作戦内容としては、マシロに女学院の制服で変装したエマと一緒に囮として行動してもらい、その二人の周辺に怪しい人物がいないかイクス達が探るというものだ。ちなみにB班のそれぞれの配置は、マシロと行動しながら全体に指示を出すエマ、そして離れたところでそれらしき人物を探す役割を担うイクスとフィー、ガイウスとユーシスの合計3チームに分かれている。
また、先程からしている通信もARCUSを使うと目立つため、フィーが持っていた小型の無線通信機を使っていた。
「にしても一向に見つからないな。もっとこうあからさまに怪しい奴がいると良いんだけど」
「一般人に紛れて行動するのは隠密行動の基本だからね。多分今回のストーカーもそうなのかも」
「……そう言われると周りにいる奴らが全員怪しく見えてくるな」
エマ以外は流石に変装する時間が無かったため、イクス達はあくまでサンクト地区を観光しに来た士官学院生という設定で周辺を歩いている。それとエマがなぜ変装しているのかという理由だが、マシロが一人で歩いているというのが少々不自然に見えると考えたからである。
そしてイクスもなるべく不自然さを出さないように気をつけて周囲に目を光らせていると、不意にフィーが彼の隣で「あっ」と声を上げる。
「どうした?怪しい奴がいたのか?」
「ううん、あれ」
「あれ?」
イクスはフィーが犯人を見つけたのかと小声で彼女に尋ねるが、どうやらそうではなかったらしく彼女が指差している方向を見る。少し小さな人差し指が差している方にあったのは移動販売車であり、その看板にはポップな字で『ICE CREAM』と書かれている。
「イクス、あれ食べたい」
「おい、今俺たちが何してるか分かってるよな」
「一般人に紛れるのは隠密行動の基本」
「……はぁ、分かったよ」
昼食をまだとっていないこともあってお腹が空いていたのだろう、感情をあまり表に出さないフィーは珍しくその目を輝かせていたためイクスは諦めてフィーとともにアイスの屋台に向かう。もちろんながら代金はイクス持ちである。
「チョコミントひとつ。イクスは?」
「俺はいいよ。アイス食いたい気分じゃないし」
「はは、そりゃ残念。それじゃ、チョコミント1つだね」
屋台の店主は20代後半〜30代前半といったぐらいの男性だった。イクスがアイスの注文をしてくれなかった事を軽く笑いながら店主はフィーの注文であるチョコミントアイスを用意し始める。
(ここからだと噴水のところまで見えるんだな)
店主がアイスを準備している間、イクスは少し振り返って噴水の方へ目を向けていた。彼の視線の先には絶え間なく水を出し続ける噴水と、その近くでエマと談笑しながら歩くマシロの姿がある。
「結構いい場所だろう?ここからだと噴水も見えるから、客が来ない時はあれを見てると少し気が紛れるんだよ」
「へぇ、そうなんですか」
「ま、客が来ない時はさっさと場所を変えるのも大事なんだけどな、ついついここに居座っちゃうんだよ。――ほい、お嬢ちゃん」
「サンクス」
出来上がったアイスをフィーが受け取り、早速それを一口食べる。イクスはポケットから財布を取り出してアイスの代金である300ミラを店主に渡しながら一つ質問をしてみる。
「あの、ここ最近この辺でよく見かける男の人っていませんか?」
「ここ最近かい?そうだなぁ……あそこのベンチに座っている二人はよく見かけるかもしれないな」
「ベンチに座ってる二人……」
店主が指差した方向の別々のベンチにはそれぞれ一人の男が座っていた。片方は帝国時報を読んでいる男性であり、もう片方は何やらノートらしきものを持っている。
「どうもありがとうございます。何か手がかりになるかもしれないです」
「おう、なんだか良くわからんが頑張れよ」
有力な情報を得たイクスは隣でアイスを食べるフィーを連れて早速その二人に少し聞き込み調査を開始する事にした。まず近くにいた帝国時報を読んでいる男性の方から声をかける。
「あの、すいません。ちょっと聞きたい事があるんですけど」
「……何だ」
読んでいた紙面から目を離した男性は髭を少し生やした中年の男性だった。声をかけられた男性は不機嫌な様子を露わにしながらイクス達を睨む。
「実はこの辺で少しインタビューをしてて、良ければ少し話を聞かせていただけないかなぁと」
「知らん、帰れ」
「む……」
こちらの話に耳を傾けようともしない男性にイクスは少し疑いを持つ。頑なに話をしようとしないのは話すとまずい事があるからなのではないか。
もう少し話を聞いた方がいいと判断したイクスは、男性の気を引けるような話題を探そうとしたがその必要は無かった。
「何見てるの?」
「どわああ!?な、何だおまえは!?」
いつの間にかイクスの隣からいなくなっていたフィーは男性の背後に回り込んでいた。突然後ろから少女が現れたことに驚いた男性は、読んでいた帝国時報を一瞬離してしまう。
「何だこれ?」
「あ、それは……!」
男性が帝国時報を離したはずみでその裏から何かが出てくる。自分の前に落ちてきたそれをイクスが拾い上げる。
「……求人誌?」
イクスの手にあったのは帝都で出版されている求人広告を集めた雑誌だった。その大きさは帝国時報の見開きページよりも一回り小さく、それの裏で読んでいれば周りからは帝国時報の方を見ていると思われるだろう。
つまりこの男性は帝国時報を読んでいたわけではなく、それをカモフラージュにして職を探していたという事だ。おそらく男性が不機嫌そうにイクス達を追い払おうとしていたのもこれを知られたくなかったからだと推測できる。
「数日前にリストラされたんだ!求人誌を読んでいて悪いか!」
「い、いえ。……その、お返しします」
「フン!」
イクスから乱暴に雑誌を奪い取った男性は鼻を鳴らして元の体勢に戻り、これ以上構うなという無言の圧力を放っていた。イクスとフィーもそれ以上話を聞くのは不可能だと判断し、気まずそうな空間から離れた。
「あの人は無さそうだな」
「そだね。完全にシロとは断定できないけど」
「仕方ない、次行くか」
中年の男性は一先ず保留として、イクス達はもう一人の座っているベンチへと向かう。もう一方は先ほどの男性よりも若い20代くらいの人物だった。
「あの、すいません」
「おや、何かな?紅き衣を身にまとった青き果実達よ」
「は?」
「何言ってるの?」
「やぁ、これは失敬。ついつい頭に詩が浮かんでしまったものでね」
(これまた変な奴だな……)
開口一番妙な事を言い出したその男性にイクスとフィーも思わず訝しげな視線を送る。第一印象がかなり怪しかったためか、イクスも丁寧な口調ではなくいつもどおりの口調で質問を投げかけた。
「で、あなたはここで何をしてるんだ?」
「ふむ、私かい?見ての通り私は詩人。作っているのさ、『愛の詩』を」
「愛の詩?」
「そうさ。あちらを見たまえ」
そう言って自称詩人の男は噴水近くの方へと視線を向ける。彼の視線の先にいたのはマシロ達ではなく、その近くにいたつばのひろいの帽子を被る一人の女性だった。
「彼女こそ我が生涯を捧げるにふさわしい人。その為に私は彼女に送る詩を紡いでいたというところさ」
「知り合いなのか?」
「いや、恋とは突然訪れるもの。数日前にここで彼女を見つけてからは毎日ここに通うばかりさ」
「要は一目惚れしたってわけだな……」
「……ふーん」
そう言って彼は何やら色々な詩が書かれたノートを自慢げに見せてくる。自分に酔っているとしか思えない男の言葉を聞いて、イクスもフィーも心底どうでもいいという思いを込めた生返事をする。しかし、完全に自分の世界に入っている男は白い目で見るイクス達を気にする様子もなかった。
この男性と話していてもただ疲れるだけで時間の無駄だと感じた二人は、なおも自分の詩を披露しようとする男性を適当にあしらってその場を去る。
「どっちも空振りっぽいな」
「ん」
どちらも犯人ではないと断定は出来ないものの、どちらかが犯人である可能性は低かった。彼らの発言が本当であれば彼らがここに良く来るようになったのは数日前からであり、二週間前という情報とも合致しない。また、彼らがここから移動しているような発言も特には無かった。
イクス達が二人に聞き込みをして空振りに終わった後、エマからの指示で一旦場所を変えて犯人をおびき出すということになり、B班は全員合流してマシロ達と一緒にトラムで移動することになった。
「それで、そっちの方は?」
「こちらも収穫は無しだ」
「思った以上に難航しているようだな」
イクス達はマシロとエマが座っている席から離れたところで会話をしていた。なるべく小声で話すのはもちろん、犯人も同じトラムに乗っている可能性もあるため会話の内容も具体的な言葉を使うのは避けている。
「このままでは埒があかんな。次はどうするつもりなんだ?」
「エマからの指示だと、このままトラムでドライケルス広場の方に行くってさ」
「なるほど、確かにあそこは周りも見渡しやすいからな」
エマが次の作戦場所として選んだのはドライケルス広場だった。ここであれば他の場所に比べて全体が見渡しやすいためイクス達の2チームでも広場全体をカバーできると判断したのだ。
そしてトラムに乗ること15分、イクス達は目的地であるドライケルス広場前の停留所でトラムを降りた。
「さてと、俺たちはこの辺でいいか」
「ん。大丈夫だと思う」
トラムを降りたイクス達は早速先程のチームに分かれて広場に散らばる。現在マシロとエマは時間稼ぎとして広場の中央辺りで喋っているという状況だ。
「どうだ?フィー?」
「……それっぽいのはいないね」
「そうか」
ドライケルス広場は動かなくてもある程度見渡せるため、イクスとフィーは広場の右手奥に止まって辺りを観察していた。しかしながら、やはりあからさまに怪しい動きをしている人物の姿は見えない。
イクス達のところから見える人達も観光客がほとんどであり、それほど不審な行動を取っているような人物も見当たらない。広場には隠れられるような場所もほとんどないため、もし犯人がこの場所にいるのなら観光客の中に紛れているということになる。
「どうする?もう少し人がいる方に近寄ってみる?」
「そうだな……」
フィーから少し場所を変えようと提案され、イクスはもう一度辺りを見回しながら移動することを考える。
そんな時、ふとイクスの視線がある人物に止まった。
(あ、さっきの人だ……)
イクスが視線を止めた先にいたのは先程の自称詩人が一目惚れしたという女性だった。女性は一人で来ているのか、広場の中央辺りを静かに歩いている。帽子で顔が良く見えないためはっきりとはわからないが、その視線は他の観光客が見ているバルフレイム宮やドライケルス帝の銅像には向けられていないようである。
その姿を目で捉えたイクスの脳は急速に思考が加速し始める。加速した彼の思考回路は数秒で一つの仮説を導き出した。
「―――そうか、そう考えれば……」
「イクス?」
急に足を止めてブツブツと呟き始めたイクスに気づいたフィーは彼の方に目を向ける。何か分かったらしいイクスは自らの仮説を検証するべく、フィーにいくつかの確認をとる。
「フィー、エマ達に今も視線を感じるかどうか確認してくれるか?」
「了解」
指示を聞いたフィーは素早く小型通信機を取り出す。通信越しに短いやり取りが行われた後、その結果がイクスに伝えられた。
「誰かに見られてるような感じは今もあるって」
「やっぱりか」
「わざわざ確認したってことは犯人に目星がついてるんだよね?」
「まあな。俺の予想が正しければ、犯人はあの女の人だ」
「え――」
イクスが犯人だと推測した人物を見て、フィーは意外そうな表情を浮かべる。彼の視線の先にいたのは、帽子を被ったあの女性だった。
「マシロのストーカーだって言うから俺も自然に犯人が男だと思い込んでたけど、その先入観がそもそも間違いだったんだ。それに、相手が女性ならマシロ自身も犯人だと考えにくいだろうしな」
「そっか、確かに周りから見ても怪しまれにくいかも。でも、どうして分かったの?」
「まあ色々あるんだけど、一番はここがドライケルス広場だってことかな」
「どういうこと?」
「ここにいる人って城の警備だとか店を構えてたりする人以外はほとんど観光客なんだよ。で、その目当てがあそこにあるバルフレイム宮かドライケルス帝の像。だけどあの人、さっきから一度もそれに目を向けようとしてないんだ」
ここドライケルス広場は他の地区と違って、住宅もなければそもそも広場の面積自体が小さい。そんな場所に多くの人が集まる理由は一つ。そこにある観光スポットが目的だった。逆に言えばそれ以外に人が来る理由があまり無い。
そんな場所でイクス達を除いて観光スポットに目を向けていないというのは少々不自然である。
他にもイクス達と同じタイミングでサンクト地区から移動しているなどの理由もあったが、フィーはそれを聞くまでもなくイクスと共にその女性の下へ向かっていた。
「すいません、ちょっといいですか?」
「あら、何でしょう?」
イクスに声をかけられた女性は被っている帽子を片手で軽く抑えながら振り向く。穏やかな声で微笑みかける女性に対し、ほぼ確信を持っているイクスは一切の躊躇もせずに本題に入る。
「単刀直入に聞く。ここ二週間、彼女―――マシロにストーカー行為を働いていたのはあんただな?」
「な、何を……?」
「とぼけてもムダだよ。今の質問に反応した時点で、知ってるって言ってるようなものだから」
「……っ!……」
女性の表情が突如険しくなる。
フィーの指摘通り、もし彼女が一般人であれば先程のイクスの質問はただ意味不明なだけだろう。だが、彼女はイクスに尋ねられた瞬間少しだけ動揺した様子を見せた。つまり彼女はその質問に何らかの心当たりがあるということになる。
「それも含めて色々と聞きたいことがある。一緒に来てもらおうか」
「…………」
警察さながらのセリフで女性に迫るイクス。もはや女性に逃げ場はない、そう思った時だった。
「シッ……!」
「なっ……!?」
女性は被っていた帽子を突然上に放り投げる。イクスとフィーは一瞬それに視線を誘導され、次の瞬間、彼らめがけて女性の鋭い蹴りが繰り出された。
二人は咄嗟にそれを防ぐが、予想外の事態であったため完全にガードしきれずにそのまま2アージュほど後退させられる。その隙に女性は素早く彼らの間を抜けてその場から走り去った。
「っ!待て!」
「速い……!」
逃げ出した女性の後をイクス達も慌てて追いかける。が、そのスピードは予想以上に速く、Ⅶ組の中でもスピードに自信があるイクスとフィーにも負けていない。
「止まるがいい!」
「逃がさん……!」
イクス達の動きを見ていたユーシスとガイウスが先回りし、その女性の行く手を阻もうとする。後ろから追うイクス達と挟み討ちにするという作戦だったが、女性は彼らの予想も上回っていた。
「ふっ……!」
「馬鹿な!?」
「上だと……!?」
全くスピードを落とさずにユーシス達の方へ突っ込んでいった女性は、それを助走にして彼らの頭上を軽々と跳び越えていく。あざやかにユーシス達を躱した女性は、そのまま広場の出口に向かって再び走り出した。
当然イクス達もそれをみすみす逃すわけもなく、通行人を避けながらその後を追う。イクスとフィーが先行し、ユーシスとガイウスが彼らの後ろにつくという形になっていた。
あっという間に女性とイクス達は広場を出て、ヴァンクール大通りの方へと続く道を走っていく。
「ちっ、路地に……!」
通りを100アージュほど走ったところで女性はイクス達を撒くために大通りの横にある細い路地の方へと曲がる。この場所まで来ると建物もかなり密集しているためこういった裏道も多いのである。
曲がり角や分かれ道の多い裏道を駆使されて逃げられれば追跡するのが困難になるためイクスは若干の焦りを感じ始めるが、そんな彼の不安を打ち消すように隣から頼もしい少女の声が彼にかけられた。
「――任せて」
少し長めの一本道に入った瞬間、フィーはそう言って地面を強く蹴る。
そして彼女は犯人の女性に負けない程の軽やかな動きで両脇の建物を利用して前を走る女性の前方に着地した。
「なっ……!?」
「ここなら人もいないし、多少の戦闘はできると思うけど」
「今度こそ、逃げ場はないぜ」
双銃剣で威嚇するフィーに加えて背後でいつでも武器を取り出せる状態のイクス達3人。状況が圧倒的に不利だと理解した女性は諦めの表情を浮かべてイクス達に話しかけた。
「……どうやらここまでのようですね。それにあなた方が来たという事は“あちら”の方もそろそろ限界でしょう」
「“あちら”……?」
「一体何を言って――」
意味深な発言をする女性にイクスがその言葉の意味を問おうとすると、彼のポケットから電子音が鳴り始めた。女性の逃げようとする素ぶりがないことを確認してから、彼はARCUSを取り出して通信に出る。
「もしもし」
『もしもし、レイカです。イクスさんですね?』
「レイカさん?どうしたんですか?今こっちは犯人らしき女性を捕まえたところなんですけど……」
『そうですか、丁度良かった。では、その女性を連れてもう一度サンクト地区に戻って来ていただけますか?』
レイカからの連絡で犯人の女性を連れてサンクト地区に戻ってきたイクス達は、そのまま聖アストライア女学院の学生会室に戻っていた。
「お疲れ様です、皆さん。お手柄ですね」
「ま、それほどでも」
「フン、この女の正体も含めて聞きたいことは山々だがな」
イクス達を出迎えたレイカは微笑みながら彼らに称賛の言葉を送る。レイカの称賛の言葉に対し、フィーは素直に受け止め、ユーシスは苦戦させられた女性の方を見ながら言った。
「って、その人は?」
「学生会の方でしょうか……?」
そんな中、レイカの後ろに一人イクス達と面識のない女生徒が立っていた。エマがマシロやレイカと同じく学生会のメンバーなのかと推測すると、イクス達の後ろにいたマシロがその女生徒に気づいて前に出る。
「――シェーネさん?どうしてここに?」
「知り合いなのか?」
「ええ、知り合いというか私の同級生なのだけど……」
「彼女がここにいる理由は単純です。彼女がこの事件のもう一人の犯人、いえ、黒幕だからと言った方が適当でしょうか」
「ええっ!?」
「黒幕って……」
「………(ギリッ)」
シェーネという女生徒は、レイカから彼女がこの事件の黒幕だと告げられ憎々しげな表情で目を細める。しかし、その視線の先はレイカではなくマシロの方だった。
彼女はマシロやレイカと同じ学年の生徒であり、同時にマシロとは同じクラスでもある。彼女の家はサザーラント州のとある伯爵家で、彼女自身はその家の一人娘。そしてこの事件のきっかけとなったのはマシロと彼女のとある因縁だった。
「実は、会長と彼女は学生会長の座を争った者同士でもあるんです」
「会長の座を争った……」
「……なるほど、そういう事か」
聖アストライア女学院の学生会長は前会長からの引き継ぎで就任する。そしてマシロの代はマシロが前会長から認められその座を任されていた。
しかし、その代にはマシロの他にもう一人、前々から会長になる事を期待されていた生徒がいた。それが他ならないシェーネである。
シェーネ自身も自らが会長の座に就くことが相応しいと思っていた節があったため、マシロが会長の座に就いてからもその結果に納得がいっていなかった。そして今回、そのマシロの弱みを握るために彼女の家のメイドを使ってマシロをストーカーさせていたのである。
「そうか。同じ女学院の生徒であれば、会長であるマシロの行動予定がある程度分かる。だからいつも外出時にストーカーすることができたのか」
「はい。皆さんの会話からその可能性を感じて、事を起こしそうな人物を探していたんです」
「で、でも、どうしてそんなことを……」
「どうしてですって……!」
いくら何でもやりすぎではないのかというエマの疑問に、シェーネは肩を震わせながら答える。
「決まってるじゃありませんか!わたくしはこの女が認められないのです!わたくしよりも身分の低い立場であるこの女が!」
マシロの家名である《ガーデニア家》は子爵の位であるのに対し、シェーネの実家はそれよりも位が高い伯爵家。シェーネは自分がマシロに負けたというのも悔しかったのだが、それと同時に自分よりも身分の低い人間が自分の上に立つというのが認められなかったのである。
帝国に未だ深く根付いている身分制度。それがこんな形でも影響していたことをイクス達は実感する。
「大体、子爵家と言っても没落した家系の出身だそうじゃないですか!そんな者が由緒正しき聖アストライア女学院の学生会長を名乗るなどあり得ませんわ!」
「お嬢様……」
「…………」
「おい、あんた……!」
声を荒げながらマシロを罵倒するシェーネに、ガイウスやエマ達はいつかのパトリックの姿を重ねていた。大切な幼馴染を貶すようなセリフを聞いたイクスは抑えきれずにシェーネにかかっていこうとしたが、彼の横からシェーネを哀れむようなセリフが吐き捨てられた。
「――フン、くだらんな」
「ユーシス……」
「あ、あなたはもしや……!?」
「ユーシス・アルバレア。ただの公爵家次男だ。まぁ、貴様に覚えられずとも構わんが」
「や、やはり四大名門の……!?」
流石にユーシスの名前と顔を知っていたシェーネは、くだらないの一言で一蹴したユーシスを見て少し怯えたような表情を見せる。自分の身分が分かった瞬間に弱気になった彼女を見たユーシスはその様子を鼻で笑いながら続けた。
「俺の家名を聞いただけで物怖じする程度では底が知れるな。少なくともそこにいる会長殿は俺にも物怖じせずに話しかける程の気概はあるぞ」
「っ!」
「俺から言わせてみれば、貴様のやった事はただの負け惜しみだろう。潔く自分の負けを認められないようでは、子供の我儘と変わらんな」
「あぅ……」
ユーシスの言葉にぐうの音も出ないと言った様子のシェーネは口をパクパクさせてその場に崩れ落ちる。完全に論破されてしまった彼女に今まで黙っていたマシロが近づいた。
「シェーネさん」
「……無様ですわよね。わかっていましたわ、わたくしも……あなたの方が会長にふさわしい器を持っていると」
俯いたシェーネは自分に言い聞かせるように呟く。そんな彼女の言葉を聞いたマシロはゆっくりと彼女に手を差し伸べた。
「――シェーネさん。ううん、シェーネ。改めて私と友達になってくれませんか?」
「え―――?」
「今回の件、確かにあまり気持ちのいいものではなかったのですけど、自分の未熟さを知るいいきっかけになりました」
「未熟さ……?何を言って……」
「私はきっとあなたから逃げてしまっていたんです。そしてあなた以外にもいるであろう私のことを認められていない人達の気持ちから」
「ぁ……」
シェーネの前にいたのは自分が恥ずかしいように微笑を浮かべている彼女と同い年の女生徒の姿だった。そしてその女生徒はなおも手を差し伸べながら彼女に笑いかける。
「だから、きちんとした形でその人達と向き合いたいんです。その第一歩としてあなたと友達になることが最善の道だと思ったのですが、どうでしょうか?」
シェーネは差し伸べられた手を取るかどうか戸惑うように、手を小さく震わせながらゆっくりと自分の手を上げていく。雪のように綺麗なマシロの両手は恐る恐る出された手を優しく包み込んだ。
「本当にいいんですの?わたくし、あなたに酷いことをしたというのに」
「まぁ、全く気にしていないというと嘘にはなります。悪いと感じているのなら、それを謝る意味も含めて私の友達になってください、シェーネ」
「……ふふっ、敵いませんわね」
立ち上がったシェーネはいたずらっぽい笑みを浮かべるマシロを見て、自然と顔が綻び彼女たちの周りの空気も明るくなっていく。
「一件落着ってとこか」
「だね」
「ああ、いい風が流れている」
イクス達もその様子を見て安心し、彼女たちにつられて笑みが浮かぶ。マシロをストーキングしていたシェーネのメイドも、主の笑顔を見て一安心といったところだ。
その後、シェーネと彼女のメイドはイクス達にも迷惑をかけた事を謝罪して学生会室を立ち去った。マシロとも和解できたため、今後はこのような事は起こらないだろう。
「改めて、今回はありがとうございました。私も今回の件で少しは成長できたと思います」
「私からもお礼を言わせてください。会長のストーカーを捕まえただけでなく、学院のいざこざの一つも解決してくださってありがとうございます」
「いえ、こちらとしてもお力になれて良かったです」
「ああ、それに万事解決したのはレイカ殿のサポートもあったからだろう」
「ふふ、ありがとうございます」
お互いにそれぞれを称賛し合った一同は無事に事件が解決したことを喜ぶ。事件の捜査でそれなりに時間がかかってしまったこともあり、時計の針はすでに午後一時になろうとしていた。
B班はこれからA班と一緒にランチをとる約束があるため、待っているであろうA班の下に急ぐため学生会室をあとにしようとする。部屋から出る前に、イクスは彼らを見送るマシロに振り返って少し照れ臭そうに言った。
「まあ、こんな事でよかったらいつでも言えよ。その、“恋人”が困ってたら助けるのは彼氏として当たり前だからな」
「イクス……」
珍しく自分がマシロの彼氏だということを強調したイクスにマシロは目を丸くする。イクスも言った後で恥ずかしくなったのか、その顔が少し赤かった。
「フッ、俺たちの前でやるとは。随分と大胆だな」
「ひゅーひゅー」
「るせ!ほら、行くぞ!」
ここぞとばかりにイクスをからかうユーシスとフィーを引っ張ってイクス達は学生会室から立ち去って行く。部屋に残されたのはマシロとレイカの二人だけである。
「良かったわね、マシロ?」
「……ふぇっ?何が?」
二人だけになったことでレイカの口調も友達と話す時の崩れたものになっていた。話しかけられたマシロは何のことかわからないといった表情を見せたが、そんな彼女の顔を見たレイカは面白がるように一言忠告する。
「顔、にやけてるわよ」
実を言うと、今回の話は三回書き直してたりするんですよね。最初に書いていたものとは話の中身も別物だったり。そのせいもあって前回からかなり時間が空いちゃいました。