英雄伝説 花の軌跡   作:阿賀美 アクト

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今時期だと北海道では初雪がとっくに降ってる頃なんですが今年はやけに遅いんですよね。まぁ、暖房代節約できるので良いんですけど。




第50話 帝都地下道

 

「イクス、合わせてくれ!」

 

「任せろ!」

 

 短いやり取りを交わしてからイクスとガイウスの二人は地面を蹴る。

 

 彼らの向かう先には連続攻撃で怯んでいた魔獣が二体。二人は戦術リンクで繋がっているため具体的な指示が無くても瞬時に連携に移ることができる。

 

 低い姿勢で飛び込んだイクスの双刃が魔獣達を切り裂き、続けてガイウスの槍か薙ぎ払われる。二人の速攻がとどめとなり、魔獣達は力尽きていった。

 

 

「今の、いい感じだったな」

 

「ああ、これもイクスのおかげだ」

 

 

 魔獣の消滅を確認した二人は武器を収めて互いの拳を軽くぶつけ合う。イクスとマシロのレベルほどでは無いにしろ、入学式の時以来の仲である二人のリンクレベルは中々高かった。

 

 

「ふぅ、お疲れ様でした」

 

「エマもナイスサポート」

 

「フン、造作もない連中だ」

 

 

 本日10回目となる魔獣との戦闘を終えたB班が現在いる場所は帝都地下道。中世の建造物の意匠が見られるそれは暗黒時代から帝都にあるとされ、一般人には分からないような場所に今もなおひっそりと帝都各所に残っている。

 

 彼らがいるのは帝都競馬場の地下に隠されていた場所で、残っていた今日最後の依頼というのがそこにいる手配魔獣を退治して欲しいというものだった。

 

 

「しかし競馬場の地下にこんな場所があったとはなぁ」

 

「何だ、お前も知らなかったのか」

 

「地下道が残ってるって話は聞いたことあったけど入ったことはさすがに無いな。何しろ入り口自体が隠されてる訳だし」

 

「A班の方も今頃はどこかの地下道にいるんでしょうか?」

 

「あちらの依頼も魔獣退治のようだからおそらくそうなのだろう」

 

「ここ、ラウラとかはいい修練場になるかもとか言ってそう」

 

「あー……ラウラなら言いかねないな」

 

 

 薄暗くジメッとした地下道をイクス達は雑談しながら進んでいく。

 

 この4ヶ月で様々な困難を乗り越えて成長したⅦ組には強敵でもない魔獣との戦闘で息を切らす者などいなかった。加えてA班と昼食を取った後である彼らは気力も十分である。

 

 

 もちろん彼らが油断して進んでいるというわけではない。

 

 気配を感じる能力に長けているガイウスとイクスは周囲の気配に気をつけているし、戦闘時にもそれぞれがベストを尽くしている。その上で道中に雑談できる余裕があるほど今のⅦ組全員の練度は向上していた。

 

 

 ぼんやりとオレンジ色に光る旧式の導力灯で照らされた地下道を歩くこと数分、分かれ道を右に曲がったところでとうとうイクス達は自分達の目標を確認した。

 

「……あれだな」

 

「ああ、体格も徘徊していた魔獣よりも大きいし間違いないだろう」

 

 曲がり角を曲がった先の少し広めの空間にいた大型の魔獣は《イシュリエントシャーク》―――巨大な口を持つサメに似た頭部の後ろには真っ赤な胴体。その体には鳥類の翼のように大きく発達したヒレがあり、なによりも異常なのは一見魚類に見えるその魔獣は水中にいるのでは無くふわふわと空中を浮遊していることだった。

 

 ここで幸いだったのがその魔獣がまだイクス達に気づいていないことである。

 

 曲がり角の陰で様子を見ているイクス達と魔獣との距離はおよそ7アージュ、上手くやればイクス達の方から奇襲をかけられる。

 

 

「よし、まずはフィーの閃光手榴弾で魔獣の視界を奪う。その隙に俺、フィー、ガイウスで速攻。エマとユーシスはアーツの準備をしておいてくれ」

 

「わかりました」

 

「任せておけ」

 

「突入組のリンクはどうする?」

 

「わたしはいい。イクスとガイウスでリンクを繋いで」

 

「了解だ」

 

 

 手早く作戦を決め、B班はそれぞれ位置についた。タイミングを任されたフィーは静かに魔獣の挙動を確認しながらその時を待つ。

 

 

 そして魔獣の視線がイクス達の隠れている方から完全に離れた瞬間、フィーは手榴弾のピンを抜いて放り投げた。

 

 

「――Go!」

 

 

 閃光が辺りを白く染め上げると同時にイクス、フィー、ガイウスの三人が一斉に飛び出す。魔獣の方は彼らの狙い通り視界を奪われた上、聴覚があまり発達していないせいか迫ってくる敵に気づけていなかった。

 

 

「シッ――」

 

 

 空中を駆けるように疾走するフィーはそのまま一直線に魔獣の首元を狙って突進する。

 

 彼女の俊敏性を存分に活かした直線攻撃の戦技《スカッドリッパー》は見事に奇襲を成功させて魔獣の首元を切り裂いた。

 

「シャアア!?」

 

 視界を奪われた矢先の突然の攻撃で驚くイシュリエントシャーク。だが、奇襲はまだ終わっていない。

 

「ハアッ!」

 

「そこだ!」

 

 無防備になっていた胴体にイクスとガイウスの追撃がヒットする。奇襲を成功させた二人は敵からの反撃を喰らわないように素早くその場を離れてフィーと合流する。

 

「結構硬いな。鱗のせいか」

 

「みたいだね。鱗自体も魚っていうより蛇っぽい」

 

 三人の奇襲は完璧だったが、敵に思ったほどのダメージは無かった。イシュリエントシャークの体を覆っている鱗は、外敵から身を守るための爬虫類のものに近い形であるためイクス達の刃を簡単には通していなかったのである。

 

 奇襲をかけられた魔獣はここでようやくイクス達の方へと視線を向ける。が、そのままイクス達に反撃とはいかなかった。

 

「やぁ!」

 

 突如、魔獣めがけてごうごうと燃え盛る炎が雨のように降り注いだ。

 

 炎属性中級アーツ《ヴォルカンレイン》、イクス達の奇襲の間に準備していたエマのアーツがここで魔獣を襲う。

 

「受け取るがいい――」

 

 それに続いて今度はイクスに金色の輝きが降り注ぐ。

 

 エマと同じくアーツを準備していたユーシスが使用したのは《シャイニング》。エマの使用した攻撃系のアーツとは違い味方を補助する効果を持つその空属性のアーツは、相手の挙動を予測するなどのいわゆる第六感を強化する“心眼”と呼ばれる状態を付与するものであった。

 

「シャアアアッ!!」

 

 どうやら火属性のアーツはそれほど効かないらしいイシュリエントシャークは業火の雨から抜け出し、目の前にいたイクスを喰らおうとその大口を開けて突進する。だが、ユーシスのアーツで心眼状態が付与されているイクスにとってそのような単純な攻撃を避けるのは造作も無い事だった。

 

「ふっ!」

 

 散開した前衛三人はそれぞれバラバラの方向に飛んでいた。その中で魔獣の頭上に飛び上がっていたイクスは天井の低い空間であるのを利用して勢いよく天井を蹴る。

 

「ギャァア!」

 

 今度は肉を斬るのではなく硬い鱗ごと貫く狙いでイクスは双剣の片方を魔獣の背中に突き立てた。天井を蹴ったことで勢いもつけたこともありイクスの剣は彼の狙い通り鱗を貫いてその肉まで届く。

 

 そしてイクスの突きが決まるのとほぼ同時に今度は側面からフィーとガイウスの攻撃も加えられる。刃が通りにくいと判断したフィーは銃に切り替え、ガイウスはイクス同様槍の本領ともいえる突きを放った。

 

「行くぞ――斬ッ!」

 

 剣と導力魔法のどちらにも長けたユーシスはARCUSから騎士剣に持ち替えて、魔法属性を持った斬撃である彼の戦技《ルーンブレイド》を放つ。

 三日月を描くように薙ぎ払われたユーシスの剣はただの斬撃ではなく魔法属性も加わっているため、刃が通りにくくてもダメージを通しやすかった。

 

「みなさん、行きますっ!」

 

 後方に控えていたエマの合図でイクス達は再び散開した。すると次の瞬間、上から7本の白銀の剣が地面へと突き刺さり地面から衝撃を纏った白光が魔獣を襲う。

 

 エマが放ったのは幻属性のアーツ《シルバーソーン》、彼女の得意とする属性の魔法はイクス達の連続攻撃に苦しんでいたイシュリエントシャークに更なるダメージを与えていた。

 

「流石にまだ倒れないか」

 

「けど攻略法は見えてきたな」

 

「ん。このまま前衛が引きつけながらアーツ主体で攻撃した方が良いね」

 

 イクスやガイウスのように突きであれば鱗の下の肉に届きはするものの、それでもやはり傷は浅い。それよりもアーツが得意なエマやユーシスをフォローしながらアーツで着実にダメージを与えていく方が効率が良い。

 

 エマとユーシスの負担は増えるのは仕方ないが、その分をイクス達前衛が引き付ければ問題ない。この魔獣を倒す方針を改めて決めて行動を再開しようとした時だった。

 

 

「グルアアアッ!!ガァッ!」

 

「何だ……!?」

 

「鱗が……!」

 

 

 イシュリエントシャークが咆哮すると同時にその体に変化が起こる。今まで蛇のようだった鱗はみるみるうちに硬質化していき、ガラスのような光沢まで持ち始める。そしてそれは針のように鋭くなり、イシュリエントシャークの全身は真っ赤な硬い棘で覆われてしまった。

 

 

「グルルルル……!」

 

「……なるほど、こっからが本気モードってわけか」

 

 

 怒りを露わにして喉を鳴らす魔獣を見てイクス達も気合いを入れ直す。目の前にいる魔獣から目を逸らさずにイクスは全員に指示を飛ばした。

 

「手順はさっきまでと同じだ!エマとユーシスは引き続きアーツで攻撃してくれ!」

 

「「了解!」」

 

「シャアアアッ!」

 

 イクスの号令を合図に再び魔獣との戦闘が開始する。今度は突進してくるわけではなく、魔獣は翼のように大きなヒレを横に振り払った。

 

「っ!?」

 

 振り払われたヒレから無数の赤い棘がイクス達に飛ばされる。硬質化した鱗は防御の役割に加えて飛び道具として機能する攻撃手段にもなっていた。

 

 前衛三人は魔獣との距離が近かったため予想外の攻撃を完全には避けきれずいくつかの棘がその肌を掠めていった。幸い直撃はしなかったものの彼らの肌やシャツには細く線が刻まれ、そこから少し血が滲んでいる。

 

 そして動きの止まっていた彼らを狙ってイシュリエントシャークは本命である噛みつき攻撃をしようと大きく口を開けていた。

 

(だったら――!)

 

 その動きを見た瞬間、イクスはイシュリエントシャークの正面にダッシュする。自分の方から獲物がやって来たという状況になったイシュリエントシャークは迷わずその大口でダッシュしてくるイクスにかぶりつこうとした。

 

 だが、イクスは喰われる前にそのまま宙に浮いているイシュリエントシャークの下を抜けていった。そして背後に上手く回り込んだ彼は目の前にあった壁を蹴って再び頭上を取る。

 

 狙い通りに頭上を取ることに成功したとイクスが思った瞬間だった。

 

「うぇ!?」

 

 ぐりん、と魔獣の頭がイクスのいる頭上の方に向けられる。完全に死角を取っていたはずのイクスに再び狙いを定めて魔獣の口が大きく開けられた。

 

「オオオオッ!」

 

「やっ!」

 

 空中で姿勢を変えられないイクスが魔獣に喰われるかと思ったその時、間一髪でフィーとガイウスの攻撃が魔獣に加えられイクスの落下していく軌道から魔獣の口を逸らした。

 

 着地したイクスはそのままゴロゴロと転がって魔獣から離れていき体勢を立て直した。魔獣もそれを追撃しようとしたが、その前に今度はユーシスのアーツが直撃したためそれで動きを止めた。

 

 

「あー、びっくりしたー……」

 

「大丈夫か?」

 

「ああ、二人ともサンキューな」

 

「サメっぽいし、イクスの血に反応したのかもね」

 

 

 サメの嗅覚には血の匂いを特に強く感じる能力がある。この魔獣が本当にサメなのかどうかは定かでは無いが、フィーの推測が正しければ死角を取っていたイクスの位置を瞬時に把握したのにも一応の説明はついた。

 

 

「シャアアア」

 

 

 ユーシスに続いて放ったエマの風属性アーツがこれまで使って来たアーツの中でも効き目がありそうな反応を魔獣が見せたことで、この魔獣の弱点が風属性であることをイクス達も察する。

 

「ガイウスもアーツを!フィーは俺とリンクを繋いでくれ!」

 

「承知した!」

 

「ラジャ」

 

 風属性のアーツが効くと分かったことでイクスはすぐに前衛のガイウスにもアーツを駆動するように指示する。彼もあまりアーツが得意という訳では無かったが、イクスとフィーがアーツが苦手というのと風属性のアーツはガイウスの得意な属性だったためだ。

 

「フィー!」

 

「わかってる!」

 

 イクスとともに敵を引きつける役目を担ったフィーがまず銃撃をイシュリエントシャークに叩き込んでいく。彼女の双銃剣はそれほど火力が出るわけではなかったがその速射性は魔獣の意識を引きつけるのには十分だった。

 

「烈風刃!」

 

 そしてフィーの銃撃が魔獣に撃ち込まれた後、間髪入れずにイクスの《烈風刃》が放たれる。

 

 風を纏った刃は硬質化した鱗を切り裂いてそのまま肉も抉る。大ダメージとまではいかなかったものの肉を裂かれた魔獣は堪らずに悲鳴を上げた。

 

「下がれ、二人とも!」

 

 ガイウスの指示が後ろから飛び、魔獣を引きつけていたイクスとフィーはその場から離れて姿勢を低くした。イクスの一撃で動きを一瞬止めていた魔獣にとどめの攻撃が放たれる。

 

 

「「「ジャッジメントボルト!」」」

 

 

「シャアアアーーー………!」

 

 

 ガイウス、ユーシス、エマの三人が同時に放った風属性上級アーツ《ジャッジメントボルト》は雷の槍となって三方向から魔獣を貫く。弱点属性のアーツを同時に三つ喰らったイシュリエントシャークはあまりの威力にその命を瞬く間に散らしていった。

 

 

「V、だね」

 

「ああ、なんとかなったようだ」

 

「フン、思いのほか手こずらせられたな」

 

「イクスさん達の傷は大丈夫ですか?」

 

「いや、これくらい大したことないって」

 

 

 途中、姿を変えたイシュリエントシャークに驚きはしたもののイクス達は危なげなく勝利を収めていた。棘攻撃などで細かい傷を負ったイクス達はなんとも無いと言ったが、エマが念のために回復魔法で前衛三人の傷を癒す。

 

 

 手配魔獣を倒し依頼も一応終了し、傷を癒されたイクスがB班のメンバーにこれからどうしようかと考えていた時だった。

 

 

 

 

「いやぁ、お見事お見事」

 

 

 

 

「!?」

 

 

 パチパチと手を叩く乾いた音がイクス達のいた場所で響く。慌てて振り返るイクス達に拍手と称賛の言葉を送っていたその人物は見覚えの無い40代程度の男だった。

 

 

 ここで敢えて言っておくが、ガイウスやイクスは決して戦闘が終了して周囲への警戒を解いていたわけではなかった。その上で新たに現れたその人物の気配に気づけなかっただけである。

 

 

「……あんた何者だ?いつからそこにいた?」

 

「オイオイ、そんなに警戒するなって。オジサンは少し前から君たちを見てただけだよ」

 

 突然現れた男に対してイクスだけでなくメンバー全員が警戒心を高める。鋭い目で睨まれた男は自分に敵意が無いことを示すかのように軽く両手を上げて飄々と話す。

 

「さて、オジサンが何者かっていう話だけど。何の事はない、オジサンはただの“掃除屋”さ」

 

「掃除屋……?」

 

「そうそう。いやね、さっきまでお仕事してたら君たちがあの魔獣と戦ってるから今しがたここで見てたってわけ。……あ、タバコ良いかい?」

 

「……お好きにどうぞ」

 

 

 イクスに許可を貰った男は懐から白い箱を取り出し、そこから一本タバコを抜き取って咥える。灰白色の煙を一度ふかしてから男は話を続けた。

 

 

「いやぁ正直助かるよ、見たところ君たちここで魔獣を退治してたんだろう?オジサンも仕事が減って嬉しかったからつい声をかけちゃったんだ」

 

「その言い振りだと貴様もここで魔獣を退治していたという風に聞こえるが?」

 

「“掃除”っていうのも“魔獣の掃除”ってこと?」

 

「そういう事」

 

 

 タバコを咥えながら話す男の言う“掃除”というのはどうやら普通の掃除ではなく、イクス達と同じく魔獣を倒す事を意味するらしい。イクス達以外に人がいるとは彼らも考えていなかったが、男の言う事が真実ならここにいることも不自然ではない。

 

 しかしながらその男が以前として怪しい人物であるというのは変わらなかった。

 

「いやね、オジサンも好き好んでこんな仕事してるわけじゃないのよ。でもね、オジサンの職場ってさなんていうかあんまり真面目な人がいなくてね、オジサン真面目だからこういうめんどくさーい仕事を押し付けられちゃうんだ」

 

「は、はぁ……」

 

「ホント嫌になるよねぇ、中間管理職は辛いっていうか。損な仕事ばっかり回されちゃうからさぁ……」

 

「……この御仁も色々あるようだな」

 

「みたいですね……」

 

 咥えたタバコをふかしながらイクス達に愚痴を語り始めた男は遠い目をしていた。なんだか哀愁を漂わせたその雰囲気に先ほどまで警戒していたイクス達も同情してしまう。

 

 咥えていたタバコが短くなったことで男の方もいつの間にか自分が若者相手に愚痴を聞かせていたことに気づき、灰を床に落としてからイクス達に話しかけた。

 

 

「年をとるとダメだね、どうにも愚痴が多くなる。悪いなボウズたち、オジサンの愚痴に付き合わせて」

 

「いや、それはいいですけど」

 

「そりゃ良かった。―――それじゃオジサンはそろそろ行こうかな。今のうちに青春を謳歌しとけよ少年少女たち」

 

 

 如何にもなオッサン臭いセリフを残してその男は煙をふかしながらその場を立ち去っていく。男が立ち去った後の地下道には男の吸っていたタバコの残り香だけが漂っていた。

 

「何だったんでしょうか……?」

 

「さあな。ただあの男が只者ではないというのは確かだろう」

 

「ガイウスも全然気づいていなかったしね」

 

「……面目ない」

 

「ま、とりあえずは保留にしておこう。フィーのシューズの方の報告もしないといけないし、そろそろ引き上げるとしようぜ」

 

 

 最後の最後に気になる人物と遭遇したイクス達だったが、男の正体の手がかりもこれといって掴めなかったため一先ず保留にして地下道を出ることにした。

 

 

 その後、ヴァンクール大通りの店にフィーのシューズの履き心地を報告し、依頼のお礼としてその靴を貰ってからB班の実習一日目の依頼は全て終了したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜――人口80万人を誇る帝都でも人々が寝静まる時間帯ともなれば昼間の喧騒も嘘のように感じられるほど静寂に包まれていた。辺りを照らす街灯の光も頼りなく思えてしまうくらいの闇が街全体を覆っている。

 

 

 夜でもわずかに人通りのあるヴァンクール大通りならともかく、住宅の多い地区では歩いている人影などカケラも無い。僅かばかりにある生物の気配も野良猫などの夜行性の生き物だけであった。

 

 

 まさに闇の世界。そしてその世界で動くのは必然的に闇の世界に生きる者たちである。

 

 

 

「あ、おかえり姐さん。打ち合わせ終わった?」

 

「終わったで。あんたが居ったら話が進まんさかい、うちが仕方なく行ったんや。感謝しいや」

 

「はいはい、わかってま〜す」

 

 

 

 静寂の中、話しているのは若い男女二人。

 

 

 一人は目深にフードを被り、もう一人は東方風の衣装に身を包んだ女性だ。ただ一つ普通ではなかったのがその二人の話している場所が建物の上ということだった。

 

 

 建物の上に来た女性は持っていた東方風の赤い傘を広げて街を見下ろす。闇の中で佇む二人の姿は当然ながら誰も見ていなかった。

 

 

「にしても疲れるわぁ。これが仕事やなかったら放り投げてるとこや」

 

「アハハ、慎重だからね〜《戦線》のヒトたちは」

 

「特にあの《G》とかいう男、堅苦しくてやってられへんわぁ」

 

 

 心底嫌そうな表情で文句を言う女性に対し、フードの男の方はどこからか取り出したトランプをいじりながらてきとうな返事を返していた。自分の話を真面目に聞いていないように見える男の姿に慣れているのか、女性の方は特にその態度を咎めることもない。

 

 そうしながら主に女性の方が話していると、ここでフードの男は思い出したように手を止めて自分の方から話題を提供した。

 

 

「でもさでもさ、今回は結構面白くなりそうじゃない?リーダーから聞いてた“あの力”を持ってる奴がいるかもしれないんでしょ?」

 

「みたいやなぁ。といっても、うちらの所に来るかどうかは別やけど」

 

「楽しみだなあ〜、どうやって殺そっかな〜」

 

 

 “殺す”という物騒な言葉とは裏腹にフードの男の表情は子どものように無邪気な笑顔が浮かんでいた。女性の方も口には出していなかったが、常闇を眺めるその横顔には妖しげな笑みがこぼれている。

 

 

 男のいじっていたトランプから一枚のカードが宙に投げられる。重力を受けてひらひらと落ちてくるそのカードに向けて男はどこからか取り出したナイフを投げる。刃はトランプの中央を見事に貫き、ナイフが刺さったトランプはそのままナイフの重みで落下した。

 

 

「さ、そろそろ戻るで。《かかし男》に見つかったら厄介やさかい」

 

「へーい」

 

 

 

 建物の上から月を望んでいた二頭の狼は再び闇が満ちる帝都に紛れていく。

 

 

 

 不意に冷たい風が強く吹いた。先ほどまで狼たちがいた場所にはトランプの束が残されていたが、その風で次々と帝都の真っ黒な夜空に吹き飛んでしまう。

 

 

 

 その中で一枚、ナイフの刺さったトランプだけはその重みで飛ばされずに残っている。

 

 

 

 貫かれたトランプはスペードの10のカードだった。

 

 

 

 

 




やっと実習一日目が終わった……
結構時間がかかっているので、二日目とかはやりたいイベント以外はカットするかもです。

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