お待たせしました。
世間では三連休だとかブラックフライデーだったようですが、自分には無関係なものでしたね、はい。
《皇族》―――古のアルノールの血を受け継ぐその者達は、いつの時代も巨大国家である帝国の象徴として存在してきた。250年前にあった獅子戦役を終結されたとされる皇帝ドライケルス・ライゼ・アルノールもまたその内の一人である。
帝国政府が成立し政治的立場が中世などに比べて弱まった現在でも、その存在は全国民の敬愛の対象に変わりはない。まさに帝国の象徴とも言うべきその存在は、帝国という国を語る上では絶対に外せないだろう。
そして当然ながら、一般人が皇族の方々に謁見する機会というのは殆ど無い。
四大名門や皇族に縁のある貴族であれば何かの式典などに参加する事を許されるかもしれないが、そのような特別な場以外では基本的にその姿を拝見する事は難しいのが基本だ。
が、どんなものにも例外というのは存在する。
それこそ今現在、聖アストライア女学院に招待されたⅦ組の前にいる人物のように。
「ふふっ、こうしてお会いするのは初めてですね、イクスさん。会長の方からお噂はかねがね聞いていますわ」
「こちらの方こそお会い出来て光栄です、殿下。……その、マシロと殿下は女学院でも交流が?」
「はい。私とエリゼはマシロ会長と学年は離れていますが、他の生徒に比べて交流はかなり深いと思いますよ。特にエリゼは私に黙って会長と士官学院に出向いてしまうほど仲が良いですし」
「そういえばそうでしたね……」
いつもとは違い、畏まった様子のイクスと話している鮮やかな金髪の女学生はアルフィン・ライゼ・アルノール。
その名前から分かるように彼女は紛れも無い皇族の一人であり、その天使のような愛らしさで国民からアイドル的な人気がある。相手が皇族というのに加えて整った容姿の持ち主と対面するともなれば、流石のイクスも背筋をピンと張ってしまうのも無理はなかった。
そんなリィンの妹エリゼの親友でもある彼女は、マシロやエリゼと同じく聖アストライア女学院に通う一女学生でもある。式典などの特別な場ではなくⅦ組だけが今こうしてアルフィンと話しているのも彼女が女学生としての立場も併せ持っているためだ。
そのアルフィンに招待されたⅦ組が今いるのは聖アストライア女学院にある薔薇園。ともに今日の分の依頼を完了させたA班B班はこの薔薇園で待っていたアルフィンと挨拶も兼ねて談笑していた。
「そして、リィン・シュバルツァーさん、貴方の事も妹さんから色々と聞いています。今日こうしてお会い出来て個人的にも嬉しいです♪」
「ひ、姫様……」
「はは……恐縮です」
元々面識があったラウラとユーシス、そして間接的な面識のあったイクスと挨拶を交わしたアルフィンはどこか小悪魔めいた笑顔でリィンに話しかけた。二人の間に挟まれる形で座るエリゼは自分の兄の話題になったことで少し恥ずかしそうにしていた。
「自分の方も、妹から大切な友人に恵まれたと伺っております。兄としてお礼を言わせてください」
「に、兄様……」
「ああ、聞いていた通り……いえ、もしくはそれ以上に素敵な方ですわね」
「え……」
兄として鑑のような受け答えを聞いたリィンを目にしたアルフィンはうっとりとした声でそう言った後、再びリィンの方へと顔を向けた。
「――リィンさん、よろしければ私も妹さんに倣ってリィン兄様とお呼びしても―――」
「姫様、いいかげんにしてください」
「もう、エリゼのケチ」
その整った容姿を存分に活かしてリィンに甘えるような目線を送っていたアルフィンだったが、そのお願いを言い終える前にエリゼがストップをかける。普段もこの調子なのか、軽いイタズラが失敗したアルフィンもエリゼが止めに入るのもある程度予測していたようだ。
(……ああ、なるほど。確かに殿下はマシロと気が合いそうだ……)
どこか既視感があるアルフィンとエリゼの一連のやり取りを見ていたイクスは、心の中でエリゼに軽く同情する。
彼の幼馴染であるマシロもよく彼を揶揄う事があるため、それに振り回される身としてエリゼに少し親近感を感じていた。
「――まあ、それはともかく。今日、皆さんをお呼びしたのは他でもありません。ある方と皆さんの会見の場を用意したかったからなのです」
「ある方、ですか……?」
エリゼへの軽いイタズラも終えて満足したアルフィンは話を本題へと移した。
そもそもイクス達Ⅶ組もなぜ自分達がこうして招待されたのかをまだ知らされていない。それも皇族であるアルフィン直々の招待というのには何かそれなりの理由があるはずだ。
アルフィンが話す“ある方”というのが一体誰なのかリィン達が尋ねようとした時、薔薇園に軽やかな弦楽器の音が響いた。
「これは……」
「ギター……ううん、リュートの音?」
突然聞こえてきた音に対し、さすがというべきかエリオットはそれがリュートの奏でる音色だとすぐに見破る。
「――フッ、待たせたようだね」
そしてその音色とともに新たな人物が薔薇園に姿を現した。
少し長めの金髪の男の手には先程の音色を奏でたのであろうリュート。白を基調とした衣装に身を包んだ男はそのままゆっくりとリィン達の座るテーブルに歩いてきた。
薔薇園に現れた謎の男にⅦ組一同が困惑する中、イクスはその正体に気づき口をあんぐりと開けていた。
「やぁ、久しぶりだねイクス君。それ以外は一応、初めましてだったかな?」
「で、殿下。まさか俺たちを呼び出したのも……」
「ああ、この僕さ」
「え。殿下ってことは……」
「ま、ま、まさか……!?」
驚愕の表情を浮かべるイクスが謎の男に対して言った呼称は“殿下”。皇族にしか用いないその呼び方を聞いた他のⅦ組メンバーもここでようやくその男の正体に気づく。
一見、リュートを持った音楽家にした見えない男の正体は彼らの予想通りの人物だった。
「オリヴァルト・ライゼ・アルノール――通称“放蕩皇子”さ。そして《トールズ士官学院》のお飾りの“理事長”でもある。よろしく頼むよ――《Ⅶ組》の諸君」
オリヴァルト・ライゼ・アルノール。
《放蕩皇子》というあまりよろしくない渾名の持ち主である彼は、現皇族家一室の長男であるものの庶子であるため皇位継承権からは遠い立場にある。放蕩皇子という不名誉な渾名が付いたのも、彼がその立場を上手く利用していたためでもあった。
そんな彼だったのだが実は一年前、とある事件が彼に大きな影響を及ぼしたのである。
《リベールの異変》―――かつて空の女神が与えたとされる七の至宝の一つ、《輝く環》の影響によりリベール全土で全ての導力が停止するという事件。
結果的にはとある遊撃士達とその協力者達の活躍によって無事解決したその事件には、旅行としてリベールに来ていたオリヴァルト皇子も事件解決に協力していたのである。
その事件を経験して心を入れ替えた彼は、今の帝国の舵を握っている《鉄血宰相》ギリアス・オズボーンに対抗すべく帰国後に様々な“悪あがき”を講じていた。その悪あがきの一つというのが《Ⅶ組》の設立でもあった。
「つまり、その《新たな風》というのが自分達《Ⅶ組》ということなんですね」
「元々、トールズの理事長職を務めさせてもらっていたからね。僕の恩師でもあるヴァンダイク学院長にも協力してもらって君たち《Ⅶ組》を創立したというわけさ」
「そういえば、殿下もトールズのご出身でしたか」
「改めて、自分達が通う学院が由緒あるところだというのを思い知らされるな」
Ⅶ組や皇子達が今話しているのは女学院の聖餐室。先程の服から皇族を象徴する紅の衣装に着替えたオリヴァルト皇子の話を聞くのと同時に昼食の時間も兼ねていた。
トールズ士官学院の理事長職は皇族家の人間が務めるというのが慣わしであり、オリヴァルト皇子も以前からその役目を務めていた。その立場を利用し、士官学院に《新たな風》を吹かせるため新たに設立したのがリィン達《Ⅶ組》というわけである。
そしてⅦ組というクラスを作った理由は彼自身のある狙いがあったためだ。
「君たちⅦ組という特殊なクラスの代名詞とも言える《特別実習》、実はそれも僕自身の提案でね。君たちには実習を通して現地に行き、そこで帝国に存在する様々な《壁》を知ってもらいたかった。この激動の時代において必ず現れるであろう《壁》から目を背けず、自ら考えて主体的に行動する―――そんな資質を若い世代に期待したいと思っているのだよ」
「……なるほど。それがⅦ組の“理念”というわけですか」
「正直、身に余る期待ですけど……」
「ですがようやく、色々なものに合点がいった心境です」
「たしかにこのⅦ組ならば、そんな視野も持てるかもしれない……」
「そういった手ごたえが自分たちの中にあるのも確かです」
「……だね」
「フフ、そうか……そう言ってくれただけでも私としては本望だ。《Ⅶ組》の発起人は私だが、既にその運用からは外れている。それでも一度君たちに会って今の話だけは伝えておきたかったからね」
Ⅶ組というクラスが色々な意図があって設立されたクラスだというのは、特別実習やサラ教官の言葉からもリィン達は感じ取っていた。よもやそのクラスを立ち上げるきっかけになった人物が皇族というのは流石に予想はしていなかったが。
「ですが殿下、今の話を聞く限りだとⅦ組に期待しているのはそれだけではないと思うのですが……」
「ほう……さすがに鋭いね、イクス君」
オリヴァルト皇子の話を聞いていたイクスが引っかかったのは皇子が既にⅦ組の運用から外れているということ。特別実習の他にもARCUSの試験運用といい、Ⅶ組というクラスは先程皇子が語った目的以外でも運用されているのが推測できる。
そして自分達に期待している人物というのには約三名ほどの心当たりがあった。
「士官学院の常任理事の三名……我が兄、ルーファス・アルバレアに帝都知事カール・レーグニッツ。そしてラインフォルト社会長、イリーナ・ラインフォルトですか」
「確かに、その三人は……」
「どう考えても皇子様とは違う考えを持ってそう」
トールズ士官学院の常任理事を務めている三人。その三人はいずれもⅦ組メンバーの身内であり、その立場からも彼らが偶然トールズの常任理事になったというのはあまりに不自然な話であった。
「フフ、その通り。先程も言ったが既に《Ⅶ組》の運用は私から離れ、彼ら三名の理事に委ねられている。そして――君たちの《特別実習》の行き先を決めているのは彼らなのさ」
「ええっ!?」
「驚いたな……」
常任理事の三人はそれぞれ異なる立場の人間であり、その中でもルーファスとレーグニッツ知事に関しては対立する立場にある。イリーナ会長に関しても企業を巨大化させたやり手の人物であるためARCUSの試験運用にも何かしらの意図があってもおかしくはない。
常任理事を引き受ける際にその条件が提示されたらしく、その三人が特別実習の行き先を決めているのにも、それぞれの思惑で何かしらの駆け引きが行われているようだった。
「まあ、Ⅶ組というクラスに色々な意図があるのは確かだ。だが、君たちは君たちであくまで士官学院の生徒として青春を謳歌すべきだろう。恋に、部活に、友情に……甘酸っぱい青春なんかをね♡」
「ええっと……」
「本当に相変わらずですね、殿下は……」
「はは……でもそう言っていただけると少しだけ気が楽になりました」
Ⅶ組というクラスが活動する中で様々な思惑が裏で動いていることを知り、少しだけ堅苦しくなった空気を和ませるようなオリヴァルト皇子の言葉に一同は苦笑いしながらもホッとする。
一通りの話が終わり、場の空気も少し和んだところでエマが思い出したようにイクスに尋ねた。
「そういえばずっと気になっていたんですが、イクスさんはオリヴァルト殿下と以前から面識があったんですか?」
「確かにそんな空気だったな」
「いや、まあ少しだけな。殿下の護衛を務めてるミュラーさんとも知り合いだからさ、ほんの数回だけ会う機会があったんだよ」
「確か最後に会ったのはリベールに行く前だったから、二、三年前くらいだったかな?」
「皇族の人と面識があるとは……つくづく君の人間関係は底が知れないな」
「ふふっ、実は私もマシロ会長と出会う前からお兄様にイクスさんの事は聞いていたんですよ」
「思えば、私や姫様が会長と交流するようになったのもそれがきっかけでしたね」
「本当、あなたってたまに規格外な部分があるわよね……」
「……まあ、褒め言葉として受け取っておく」
帝都へ実習に来てから次々と明らかになっていくイクスの人間関係に他のⅦ組メンバーはもはや驚きを通り越していた。
そのまま話の話題がイクスの話題になり、ここでオリヴァルト皇子はイクスの事に関してある重要な事を思い出した。
「おっと、そういえば今日はイクス君の誕生日だったね。誕生日おめでとう。すまない、何かプレゼントを用意しておけば良かった」
「いえ、お気になさらないでください、殿下。それに殿下からこうして直接祝いの言葉をいただけるだけでも光栄なことですから」
「って、イクス今日誕生日だったの!?」
「以前に夏生まれというのは聞いたことがあったが……」
「あはは……悪い悪い」
オリヴァルト皇子の発言でまさかの事実を知るⅦ組一同。
『7月25日』は紛れもなくイクスの誕生日であり、今日をもってイクス自身は18歳を迎えていた。
その後、次々とイクスはⅦ組メンバーやエリゼとアルフィンからも祝福の言葉をもらい、オリヴァルト皇子からは急遽リュートによる演奏が彼に贈られる事になっていた。
オリヴァルト皇子の見事な演奏が披露され、ちょっとしたパーティのような雰囲気になっている中、リィンは演奏を聴きながらふとイクスの方へと視線を向けてみた。
(イクス……?)
演奏を聴くイクスの表情は一見楽しそうに見える。しかし、リィンには彼の笑顔の陰に何か少しだけ無理をしているような空気が僅かに感じられた。
リィンはその小さな違和感が気になりはしたものの、せっかくの空気を壊すわけにもいかないため敢えてその事は尋ねはしなかった。
午後5時半。
聖アストライア女学院での皇族二人との会見の後、クレア大尉やサラ教官とともにヘイムダル駅に向かい、鉄道憲兵隊のブリーフィングルームで明日の夏至祭初日の行動を確認したⅦ組がヘイムダル駅から出る頃には既に空は茜色に染まっていた。
今日の実習の依頼は両班どちらも午前中に終了しているため、後は夕食を食べてからそれぞれの宿泊先に戻って明日に備えるはずなのだが、彼らは今全員でとある場所へと向かっていた。
「へぇ、ここがヴェスタ通りか。そういえば僕も西側の地区はあまり来たことがなかったな」
「ここがイクスが7年過ごした場所なのね」
「ああ。ちなみにあっちにある雑貨店がトワさんの実家だったりもするな」
「そうか、トワ会長の……」
Ⅶ組が来ていたのはB班の実習範囲である西側の地区《ヴェスタ通り》。
流石にこの実習中に何度も見ているB班は特に反応を示してはいなかったが、全員が初めて来るA班の面々はどこか暖かさを感じるその風景を楽しんでいた。
「それで、イクスの実家というのは一体……?」
「ああ、ここの通りじゃなくて裏の住宅地の方にあるんだ。付いて来てくれ」
「同じ住宅街だけど、マキアスの実家がある場所ともまた違う雰囲気だよねぇ」
「そちらの方の地区も行って見たかったな」
「はは、機会があれば君たちにも紹介するよ」
「ふむ、フィー達も初めて行くのだったな」
「ん。まさかタダでご飯を食べられるとは思ってなかった」
「フィーちゃん、その言い方はちょっと……」
「ま、実際その通りだからな。別に構わないさ」
夕暮れのヴェスタ通りを談笑しながら歩くイクス達。彼らが向かっているのはイクスの実家、正確には彼とマシロが住んでいるマシロの親戚の家だ。
実はこの日が実習二日目だと分かってから、イクスはこの日に他のメンバーを連れて来ようというのを決めていた。それは幼馴染のマシロも同様であり、彼女は一足先に実家に戻って夕食の準備をしている。この日の夕食はイクスの誕生日パーティーも兼ねていた。
「よし、着いた」
「ここがイクスの……」
「案外普通の家だね」
イクス達が到着したのはフィーが呟いたように、周りにある家ともあまり変わりない普通の一軒家だった。一応二階建てのようだが、特に広かったり何か特殊な構造をしているようにも見えない。
一同がその一軒家を眺める中、みんなを引き連れて来たイクスは来客を知らせるためのインターホンのボタンを押した。すると、家の中から聞いたことのある声が聞こえ、数秒後に玄関のドアが開かれた。
「ようこそ、皆さん。今日は来てくださってどうもありがとうございます。さぁ、どうぞ上がってください」
ドアから姿を現したのは綺麗なホワイトブロンドの髪を後ろでまとめたマシロだった。彼女の服装はいつもの聖アストライア女学院の制服ではなく、上品なお嬢様といった感じの私服だ。
いつもと違う私服姿のマシロはそれだけでもⅦ組に驚きを与えていたが、それ以上に彼らが驚いたのはその私服の上に更に着ているものだった。
「マシロさん、その格好は……」
「あ、ごめんなさい。今、料理中だったものですから」
「え……!?ということはマシロさんの……」
「そ、手料理。まあ、こんなところで話すのも何だしみんな上がれよ」
私服姿のマシロが更に着ていたのは薄いピンク色のエプロン。それはつまり彼女が料理をしていたことを意味し、自分達に振る舞われる料理が彼女の手料理だということである。
幼馴染であるイクスはさして気にしない様子で家に上がる中、青少年期真っ盛りであるⅦ組男子、主にマキアスとエリオットはその事実に胸を震わせていた。
彼らほどでは無いにしろリィンとユーシス、そして同じ女子であるフィー以外のⅦ組女子の一同もかなり興味を持っていた。
マシロもイクスも元々は貴族の生まれであり、マシロに至ってはかつて領地を管理していたという伯爵家の娘である。その身分になると基本的には食事などは使用人が用意するはずであり、本人が料理ができるというのは中々珍しいことだった。
マシロとイクスに続いて家の中にリィン達も続いて行く。リビングへと続く扉の向こうに広がっていたのは彼らの期待を裏切らないものだった。
「「おぉーー……!」」
大きめのテーブルの上にいっぱい並べられた料理の数々。彩りも豊かであるのもさることながら肉や野菜や魚など料理の種類も豊富である。これがもちろんパーティー用に準備していたというのもあるのだろうが、それでもマシロの料理の腕は見事と言うべきだった。
「ただいま、ヴィーナおばさん」
「お帰りなさい、イクス君。君たちがⅦ組の子たちね。私はヴィーナ、マシロの叔母よ」
「あ、どうも初めまして」
イクスとⅦ組を中で出迎えたのはヴィーナ・ガーデニア、マシロの髪よりもブロンドの色が濃い優しげな女性だった。
彼女はマシロの母の妹、つまりはマシロの叔母にあたる人物であり、十数年前に故郷であるロウフェルからここ帝都に移住していた。故郷を失ったマシロとイクスを引き取ってくれたのも他ならぬ彼女である。
「ごめんなさいね。これでも家にあったテーブルで一番大きなものを用意したのだけれど……」
「いえ、そんな!むしろ全員分の席を用意してくださっただけでも有難いですよ!」
「こちらの方こそ、こんな大人数で押しかけてしまって申し訳ありません」
「まあまあ、おばさんもみんなもその辺にしとけって。せっかくの料理が冷めるし、席に座ろうぜ」
「ええ、私とおばさんも腕によりをかけて作りましたから、どうぞ冷めないうちに召し上がってください」
「……では、お言葉に甘えさせてもらおう」
「……正直、お腹ぺこぺこ」
イクスとマシロに促され、リィン達も畏まった挨拶はほどほどにした方が良いと判断し、順々に席に着いていく。全員が席を着いたことを確認したマシロが代表して、乾杯の音頭を取った。
「それでは皆さん、イクスの18歳の誕生日を祝して―――」
「「「かんぱーい!」」」
「はぁ〜……お腹いっぱいだよ〜」
「うん、美味であった」
「それになんだか暖かさを感じる料理だったわね」
「ふふ、お粗末様でした♪」
テーブルいっぱいに並べられていた料理は既に無くなっており、用意されていたケーキもそれぞれ食べ終わったⅦ組一同はマシロの料理に大満足していた。作ったマシロ本人も皆が満足した表情を見て、嬉しそうに微笑んでいた。
「後片付けは私がやっておくから、マシロとイクス君はゆっくりしていて。……色々と話すこともあるでしょうから」
「……ありがとう、おばさん」
イクスとマシロに優しく言ってからヴィーナは台所の方へと向かっていった。後片付けを任せてしまうことにマシロは多少の気後れはしたものの、今回だけはその好意に甘える事にした。
Ⅶ組とマシロだけになったテーブルの上には先程イクスが淹れた紅茶が人数分並んでいる。それをイクスが一口飲んでから、彼はそのテーブルに座る者達全員に話しかけた。
「みんな、今日はありがとな。こんな大勢で誕生日を祝ってもらったのは随分と久しぶりだよ」
「えへへ、どういたしまして。といっても僕たちの方こそご馳走になった身だけどね」
「今日がイクスさんの誕生日だというのを事前に知っていれば、プレゼントも用意できたんでしょうけど……」
「だから気にするなって。それに、今日みんなをこうして呼んだのには別の理由があるからな」
「別の理由……?」
「…………」
改めてお礼を言ったイクスが今日ここにⅦ組全員を招いたのには、夕食をご馳走するという目的以外にもう一つ別の理由があった。いや、むしろ本来の目的はそちらの方で、夕食に招くというのはⅦ組一同を招待するための口実に過ぎないかもしれない。
それはイクスが帝都ヘイムダルが実習先に決まった時から自分の中で決意していたことであり、それ以前からも彼がいずれ全員に話さなければならないと考えていた内容だった。
「……イクス、それはもしかして8年前の事件のことか?」
「あ……」
「そう、なのか……?」
「――さすが、リィン。察しが良いな」
リィンが言った8年前の事件とはイクスとマシロの故郷《ロウフェル》が壊滅したという事件のことである。イクスから断片的な話は聞いてはいたものの、Ⅶ組のメンバーはその事件の真相を誰も彼から聞いてはいなかった。
その事を話すのをイクスが決意していたのも、今日が『7月25日』だったからである。
「先に言っておくとさ、その事件があったのがちょうど8年前の今日―――俺の10歳の誕生日だったからなんだ」
「な……!?」
「嘘……」
イクスにとって『7月25日』という日は色々な意味を持つ。
一つは彼の生まれた祝福すべき日。一つは彼が家族や故郷を失ってしまった日。一つは彼がマシロと忘れてはならない『約束』を交わした日。
そんな日に帝都での実習が重なり、午前中の実習では思いもかけず家族の墓参りにも行く事が出来た。女神の悪戯とさえ感じてしまうほどに。
イクスの隣に座っていたマシロが少しだけ心配そうな表情でイクスを見つめた。それに気づいたイクスはマシロに軽く頷き返して一つ深呼吸をする。
「―――さてと、それじゃあ話そうか。8年前の今日、俺とマシロにとっておそらく一生忘れられないであろう悪夢の日の事を」
というわけで次回は少し時計の針を戻し、花の軌跡におけるプロローグのお話になります。
これまで断片的に話に出てきたイクスとマシロの過去。8年前に彼らの故郷で何が起きたのか。物語のあらすじにもあるイクスとマシロが交わした『約束』についてもようやく判明します。
一応プロローグにあたるお話なので、ここから読んでも大丈夫なように書く予定です。この小説を書くのに当たってずっと書きたかった部分なので気合いを入れて書きます!どうぞお楽しみに。