そういえば先日、Fate/stay night HFの第2章を見てきました。
いやぁ、凄かった。色んな意味で。
第3章は『是・射殺す百頭』のシーンや、トゥルーエンドならイリヤや言峰の所など見所満載になると思うので今から楽しみです。
西ゼムリア大陸には《猟兵》と呼ばれる集団が数多く存在する。
彼らは依頼主からミラを貰い、それに見合った働きを“戦闘”で示す。時には政治家や大貴族などの権力者から裏で莫大なミラを契約金に雇われる場合もある。
報酬であるミラと引き換えに己の身をもって戦場を次々と渡り歩く―――仮に猟兵の存在を定義しろという命題があれば、これくらいで十分な説明になるだろう。硝煙の匂いが充満する戦場を渡り歩き、場合によってはターゲットに死をもたらすその姿から彼らは時に《死神》とも呼ばれていた。
そして、その数ある猟兵団の中でも“異端”とされる猟兵団がかつて存在した。
野盗まがいの者達や低ランクの猟兵団はともかく、中〜高ランクの猟兵団の間には彼らなりの流儀やルールがある。その一つが、彼らは余程のことがなければ『関係の無い者達を自分達の戦闘に巻き込まない』というものだ。
実際、《西風の旅団》《赤い星座》《ニーズヘッグ》などの高ランクの猟兵団において、確かに戦闘そのものを楽しむ“戦闘中毒者”こそいれど無抵抗の一般人を見境なく殺すということは極めて少ない。
だが、その枠に外れた猟兵団が存在したのだ。それこそが“異端”とされた猟兵団、同業者である他の猟兵からは『最悪の猟兵団』と称されたほどの。
その猟兵団の規模はそれこそ《西風の旅団》や《赤い星座》ほどではないものの、団員の実力、特に幹部連中は高ランクの猟兵団にも劣らないとされ、こと『殺戮』においては引けを取らなかった。それもそのはず、団員全員が共通して『殺し』を楽しんでおり、むしろそれを第一優先にもしていたためだ。
故に彼らは可能な限りそこにいる者達を殺す。それがたとえ依頼の範囲を超えていても。人が食事や睡眠、その他の娯楽を楽しむのと同じように彼らは『殺し』を楽しんでいた。
まさしく《死神》そのものと言ってもいい存在。同業者の猟兵達にも危険視され、各国の軍隊にすら警戒された猟兵団。その猟兵団を示すのは“眼帯をつけた狼”のエンブレム、そしてその名前は――――
「《隻眼の狼》………!!」
イクスの口から彼自身も驚くほど低い声が出た。
その名前を知ったのはつい一ヶ月前のことだが、存在自体は8年前から嫌というほど知っていた。8年前のあの日、彼の故郷《ロウフェル》が襲撃されたその日から。
突如イクス達の前に現れたのは《隻眼の狼》のメンバーと思われる二人の男女。片方は4月の実習先であるケルディックで遭遇していたピエロと同じ甲高い声で笑っている真っ赤な髪の男、もう一方は5月と6月の実習で出会った青い着物姿の女。
それまで気配のかけらも感じなかったはずの彼らはいきなりそこに姿を現したのだが、その仕掛けのタネはその場にいた者達にとってはどうでもいいことだった。
「貴様ら、何故ここにいる!大聖堂の方を担当している筈だろう!」
イクスに続いて怒鳴り声を上げたのはテロリストの幹部の一人《G》。今回の騒動はテロリスト達の参謀役としての役割も担っている彼と“とある協力者”が立案した作戦であり、その作戦では《隻眼の狼》のメンバー二人はヘイムダル大聖堂で作戦完了までの時間稼ぎの役割のはずだった。
「まぁまぁ、そんなに怒んないでくださいよ〜。ちょっと作戦内容が変わっただけじゃないっすか〜」
「巫山戯るな!そもそも今回の作戦についても“あの男”が促してきた事、貴様らもこの作戦ならと了解した筈だろう!」
「えぇ〜、そんな事言われてもなぁ〜。やっぱりこっちの方が面白そうだったんですよ〜」
「な………!?」
「ま、そういう事で堪忍してや。どの道、大聖堂の方も時間稼ぎだけなら人形兵器辺りで十分でっしゃろ」
「……ハァ、なるほどね。《C》があなた達を信用するなって言っていたのに納得したわ」
「………なんか仲間割れしてるっぽいね」
「みたいだな。まあ、奴らが両方とも敵である事に変わりはないけど」
揉め合うテロリスト達と《隻眼の狼》の様子を伺いながらイクス達は周囲の状況も確認していた。イクス達4人のやや後方ではエマがマシロの治療をしている最中で、通路からは自分達の方も含めて援軍の姿は見当たらない。どうやら本当に狼のメンバーは二人だけでここに来たらしい。
数的にはこれで互角となり、少なくともイクス達の優勢は崩れている。狼のメンバーも含め敵の戦闘能力がまだ未知数な以上自分達の方から先制攻撃を仕掛けるのが最も良い。
最低でもエマが合流するまでの時間は稼ごうとイクス達がアイコンタクトで作戦を決めて相手の隙を伺おうとした瞬間、不意に着物姿の女がイクス達の方に目を向けた。
「――なんや、もう作戦は決まったんか?」
「……っ!?」
そんなものでいいのかと言わんばかりにに女はイクス達に笑いかける。薄い笑いを浮かべる女の瞳と目が合ったイクスは金縛りにあったかのように動けなかった。
「まぁ、うちらの我儘でGはんのお怒りを買ってもろたし。お詫びっちゅうわけやないけどそこの小僧たちの相手はうちらでしたるわ」
「アハハ、こういうのって『ここは俺に任せて先に行けっ!』とかって言うんだけっけ〜?」
「……フン、最初からその気だった癖によく言うものだ」
「でも丁度良いじゃない、G。私たちはC達の方に合流させてもらいましょう」
Gの言った通り《隻眼の狼》の二人がここに来た時点で彼らの目的は決まっていた。それはここに来るであろうイクス達の相手をすること。より正確に言うのならば、彼らを“殺し”に来たのだ。
この段階で唯一の猟兵出身であるフィーは目の前の狼のメンバー二人が幹部、もしくはそれに近いレベルの実力がある事に気づいていた。勿論ながら彼女は彼らと面識はない。だが、猟兵との戦闘経験がある彼女はその異様な気配を感じ取っていた。
故に彼女は真っ先に動いた。
他の仲間に合図する事もなく、ポーチから手榴弾を素早く取り出してピンを抜く。それを前方へと放り、瞬時に仲間達にも次の動作に移れるように合図する。仲間をも欺く完全なる不意打ちだった。
爆発。
他の仲間の視界を奪うわけにはいかないため敢えて普通の手榴弾を選んだ。フィーもこれで仕留められるとは思ってはいなかったが、せめてある程度のダメージは与えられたと思っていた。
「そないに急がんでもええやろ、妖精。もっと余裕もってやろうや」
「………嘘……!?」
「馬鹿な……!?」
結果として、フィーの放った手榴弾は敵に擦り傷さえ与えられてはいなかった。爆煙の中から出てきたのはそこから一歩も動いた様子の無いテロリスト達と《隻眼の狼》の二人。その光景にフィーだけでなくイクス達も目を見開いていた。
「では、この場は任せるぞ」
「それじゃあね、坊やたち」
「くそっ、待て!」
「………っ!下がれ、イクス!」
フィーの不意打ちを免れた《G》と《S》はそのまま右翼へと繋がっている通路へと走り去っていく。それをイクスが追いかけようとした時、何かに気づいたガイウスが彼を止めた。ガイウスに止められたイクスの足元には数本のナイフが突き立っていた。
「あー、惜っしいなあ〜。もうちょっとで足に刺さってたのに〜」
「てめえ………!」
「ヒヒッ、怖い顔だねぇ」
ナイフを放った赤髪の男のわざとらしい悔しがり方を見てイクスはその男を睨みつける。先ほどからまるで緊張感の無い喋り方や、今の攻撃が当たらなかったことをゲーム感覚で楽しんでいるような素振りがイクスを逆撫でていた。
「ねぇねぇ、姐さん。自分、あの双剣の奴がいいんだけど」
「しゃあないなぁ。ええで、残りはうちがやるから好きにしいや」
「さっすが姐さん、話が分かるぅ!―――ってな訳で……!」
「っ……!!」
イクスを指名した男の体がゆらりと揺れ、どこからか取り出したナイフをイクスへと投げた。ほとんど予備動作の無かった攻撃をイクスは辛うじていなしたと思われたが、次の瞬間、彼の体は宙を舞っていた。
「このっ……!」
イクスとの間合いをいつの間にか詰めていた男はそのまま彼を蹴り上げ、イクスを仲間たちから孤立させる。何とか着地したイクスの元には既に男が迫っており、彼らはそのまま戦闘を開始していた。
「イクス!」
「はいはい、余所見してるヒマあらへんで」
残ったフィー、ガイウス、ユーシスの前には着物姿の女が立っていた。フィー達も武器を構えて彼女に向き直る。
「フッ、貴様が俺たちの相手をするのは構わんが、よもやそのまま戦うつもりでは無いだろうな」
「はぁ……?何言うとりはりますのや?金髪の小僧」
「武器も持たずに俺たち三人の相手をするつもりなのかと言っている」
ユーシスの忠告に女は小首を傾げる。挑発するようなユーシスの忠告には、自らの頭をいつも通り冷静に働かせるための役割も担っていた。
着物姿の女の手にあるのは赤い東方風の傘のみ。それ以外は何も持っている気配は無く、およそ武器と呼べそうなものを彼女は所持していない。
だが、女はユーシスの指摘を嘲るように答えた。
「……あぁ、そういう事な。それなら何も問題あらへん、武器なら“最初からずぅっと”持ってるさかい」
「何……?」
「まさかその傘で戦うつもりなのか……?」
「ふふ、ほな見せたるわ―――!」
そう言うと女は持っていた傘の柄をするりと引っ張った。一つだったはずの傘は二つに分かれ、女の武器が明らかになる。
「それってリィンと同じ……!?」
「《太刀》……!」
引き抜いた持ち手の先に伸びていたのは僅かに湾曲した片刃の剣。
傘を鞘としていたその剣はリィンの扱う東方風の武器である《刀》だった。
「これは《仕込み刀》言うて、正確には《太刀》やないんやけどな。ま、それはどうでもええやろ」
やや細身の刀が一度空気を切り裂く。白銀に光る刃は照明の光を妖しく反射した。
「そうそう、自己紹介がまだやったなぁ。――あっちの赤い髪のがコルン、そしてうちはラン。簡単に首跳ねてもうたらつまらんさかい、せいぜいうちを愉しませておくれやす」
バルフレイム宮、右翼通路。奥へ進めば更に上の階へと行けるその場所でもまた戦闘の音が響いていた。
といってもその場所に流れている血は全て城にいる衛士隊のもの。中には人形兵器の残骸もあるが、衛士達をやったのはたった二人の男達だった。
「ハッ、衛士隊といってもこんなもんかよ」
「仕方あるまい、手練れの者は他の場所で足止めされ、唯一城に残っていた《雷神》――マテウス・ヴァンダールも“彼女たち”の相手をしているのだからな」
「気に食わねえが、“あの野郎”の思惑通りに事が進んでるってこったな」
「フフ、確かに」
衛士隊を次々と倒しながら話すのは重ガトリング砲を持つ巨漢の男と、全身を黒い衣装で身を包んだ仮面の男。二人の周りには既に生き絶えた兵士とまだ辛うじて息のある兵士達が転がっている。
やや消化不良気味の巨漢の男はもはや戦闘不能になった兵士にとどめを刺すのも面倒だった。中には立ち上がればまだ戦えるかもしれない者もいたが、その者達は既に戦意そのものを喪失している。生粋の戦士である男にとって戦意を失った者は敵ですらなかった。
「さて、どうする《C》?このまま先に進むか?」
「ああ、私としてもそうしたいところなのだが………フフ、どうやらご到着のようだ」
「―――そこまでだ!!」
二人の男が先に進もうとした時、一人の声が通路に響いた。すると次は男達に向けて矢が数本打ち込まれる。男達はひらりとそれを躱してからそこに現れた者達に目を向けた。
「お前たちがテロの首謀者だな。その先には進ませない、覚悟してもらうぞ!」
「くっ……!これは酷いな……」
「へ、兵士の人たちがこんなに……!?」
「許せないわね……!」
「このような非道な行い、アルゼイドの名にかけて断じて許さぬ!」
そこにいたのは右翼へと行っていたⅦ組A班の面々だった。彼らもB班と同じく通路の先に進み、奥へと向かっていたテロリストの首謀者を追っていた。
「初めましてだな、Ⅶ組の諸君。この場にいない者達もいるようだが、おそらくそちらは左翼の方にいるのだろう?」
「……俺たちのことを知っているみたいだな」
「先月は《G》が世話になったのでね、君たちの情報は既にこちらの耳に入っているというわけだ」
「《G》って確か、ノルドの実習の時に戦った……」
「ふむ、ならばアリサ達が言っていた監視塔の騒動もテロリスト達の仕業ということか」
「フフ、その通りだ」
リィンやアリサが先月の実習で行ったノルドの地。そこで彼らは監視塔を襲撃した犯人達を捕まえるために奮闘していた。その時に《石切り場》の奥で戦ったのが猟兵くずれの野盗を従えていた《G》――ギデオンと名乗る人物だった。
彼らの目的は未だ不明だが、こうして今帝都でテロを起こしている以上放っておくわけにはいかない。リィンの太刀握る両手に自然と力が入っていた。
「アリサ、マキアス、エリオット、三人は怪我人の治療を。今ならまだ助かる人もいると思う」
「だ、だが、リィン………」
熱くなりそうになっていた頭を冷やすためにも、リィンは極めて冷静にアリサ達に指示を出した。周囲にはまだ息のある者達がいる、それの治療を回復系のアーツをセットしている三人に頼んだ。
そしてその指示を聞いたマキアスは少し狼狽する。それも当然、リィンの出した指示は同時に目の前のテロリスト二人をリィンとラウラだけで相手をするということにもなるからだ。
だが、同じくリィンとラウラを心配していたエリオットの隣で唯一アリサがリィンの指示に即答した。
「分かったわ、私たちも出来る限り早く治療を終わらせて二人の援護に加わるから」
「ア、アリサ!?」
「本気なのか!?」
「リィン、ラウラ、あんまり無茶はしないでね」
「ああ、善処する」
「任せるがよい」
いつもであれば、今のリィンの指示を真っ先に突っぱねるはずのアリサが素直に指示に従ったのにエリオットとマキアスは思わず素っ頓狂な声を出した。
勿論、アリサもこの指示に文句が無いわけではなかった。ただ、それ以上に彼女は理解していたのだ。この状況でリィンの出した指示が最善であることを。
リィンの言葉通り周囲にいる怪我人はすぐに治療すればまだ助かる見込みのある者が十分いる。ならば治療の出来るアリサ達が一人でも多く命を救うのは当然の行為だ。
そしてもう一つ、今いる場所は通路でありあまり広いスペースとは言えない。前衛であるリィンとラウラは剣による接近戦のためあまり影響は無いが、アリサの導力弓やマキアスのショットガンはある程度の射線を通さなければならない。アーツによる攻撃もできるが、こう狭い場所では使えるアーツも限られている。
援軍の到着までの時間を稼ぐだけならば下手に五人で戦うよりも連携の取りやすいリィンとラウラのみで戦った方が良い。悔しくはあるが、今の自分の実力ではリィンやラウラの邪魔にならずに矢を射るのは難しいのもアリサは分かっていた。
「さぁ、行くわよ二人とも……!」
「り、了解だ!」
「二人とも、気をつけてね!」
本当なら誰よりも彼の隣に立ちたい、背中を守ってあげたい。
しかし、今の自分では役不足、足手まといになるだけ。
自分の恋心を知ってくれている友人の一人であるラウラに思いを託して、アリサはエリオットとマキアスを連れて怪我人の元へと向かった。
「そういうわけだ。お前たちの相手は俺たちがする」
「クク、随分強気な小僧だ。嫌いじゃねえぜ」
「私たちとしては全員を相手にしても良かったのだが、まあ良かろう。そちらが代表者を出すというのであれば、ここは組織のリーダーである私が相手をするというのが筋というもの。二人同時に相手をしてやろう」
「望むところ……!」
巨漢の男を後ろに下げ、仮面の男がリィンとラウラの前に立った。そして彼はおもむろに自らの武器を取り出す。
「その武器は……!」
「暗黒時代の遺物……《双刃剣》か……!?」
仮面の男が取り出した武器は長い持ち手の両端に刃が付けられた暗黒時代の武器《双刃剣》。予想外の武器に驚くリィンとラウラに向けて仮面の男は高らかに自らの名を宣言した。
「我が名は《C》!《帝国解放戦線》のリーダーを務める者。相手になってもらおうか、トールズ士官学院《Ⅶ組》!」
「はあっ、はあっ、はあっ………」
「あれれ〜、もう終わり〜?」
荒く息を吐くイクスに赤髪の男――コルンがおちょくるように声をかける。ナイフをくるくると回しまだまだ余裕のあるコルンに対し、息を切らしているイクスは所々に傷を負って膝をついていた。
戦闘開始から数分、フィー達から孤立してコルンと対峙していたイクスはわずかな時間で敵に膝をつかされていた。着ているYシャツの所々には血が滲み、浅い切り傷がその奥から見える。他にも爆発の攻撃を受けたのか、焦げ跡のような部分も見て取れる。
「ほらほら、頑張って立ち上がれ〜。今なら攻撃のチャンスだぞ〜」
「黙れっ!!」
「よっと……!アハハ、元気になった」
近寄ってきた赤髪の道化の笑い声を搔き消すようにイクスは持っていた剣を横薙ぎに振るった。だが、それを道化はひらりとかわす。もはや何度目かわからない、イクスの攻撃は未だ一撃もまともに当たってはいない。
先ほどもコルンはイクスにとどめを刺す機会は何度もあった。だが、彼はこうしてイクスの心を逆撫でしては着々とダメージを与えている。
その攻撃の種類も様々。イクスが双剣での接近戦を挑めば、それを巧みなナイフ捌きて攻撃をいなして反撃を加える。イクスが距離を取ろうとすれば投げナイフや爆弾、中にはジャグリングで使うようなボーリングのピンまでもが次々とイクスに襲いかかっていた。
ダメージを蓄積しながら体力をどんどん消耗していくイクスに対して、イクスをおもちゃにして楽しむコルン。全く手応えを感じない敵にイクスは焦りを感じていた。
(クソ、こんなはずじゃない……!俺は……!)
何のためにこの8年間腕を磨いてきたというのか。
もう二度と何も失わないためだ。あんな悲劇は繰り返させない、今度こそ大切な人を守るために強くなった筈だ。
傷の痛みなど今のイクスはほとんど感じていなかった。体から溢れ出るアドレナリンと闘争心がそれを忘れさせ、双剣を振るわせ続ける。冷静さなど湧き上がる熱が全てを掻き消していた。
「あああっ!」
熱を吐き出すかのような雄叫びを上げ、イクスは強く地面を蹴った。両手の剣には風が渦巻き、イクス自身も烈風の如くコルンに迫る。
《烈風刃》―――イクスが最も得意とする《ライガスト流》の技。
初伝だった頃にその流派を教えてくれる人は全て失ったが、この技はイクスにも伝わっていた。
「ほいっと」
だがそれをコルンはまたも簡単に対処してみせた。二連撃技であるイクスの風を纏った刃を器用にナイフでいなし、そのまま一本を技を打ち終わった彼の肩に突き立てる。
「ぐうっ……!?」
これには流石にイクスの体も痛みを誤魔化しきれず、コルンの追撃を避けるために彼は急いで後ろに跳んだ。
「このっ……!!」
左肩に刺さっていたナイフを無理やり引き抜いてイクスはコルンを睨む。ムキになって今度はそのまま《嵐霆斬》の構えに入ろうとした時、イクスに声がかけられた。
「イクスさん……!」
「エマ…!」
声がした方向からこちらに走り寄って来ていたのはマシロの治療を終えたエマだった。イクスが危険だと判断した彼女は急いで治療を終わらせて加勢に向かっていた。
エマの声でハッとなったイクスは少し冷静さを取り戻した。このままムキになって戦っても勝てない、ここはエマと協力してなんとかコルンを倒すべきだと。
自分の血が滴っていたナイフを投げ捨ててイクスはエマの到着を待とうとした。だが、エマとイクスの距離が残り10アージュ程度になろうとした瞬間、突然エマの悲鳴が上がる。
「きゃあああ!?」
「エマ!?」
突如エマの足元に不可思議な紋様が現れたと思うと、薄い紫色の光が彼女を包んだ。妖しげな光はそのままエマのいた場所の空間を包み込んで彼女はそこで足を止める。苦しそうな表情を浮かべるエマはその空間に縛り付けられているようにも見える。
「―――あかんなぁ。こっちに来るならともかく、そっちの邪魔は」
遠くからの声、その声の主はフィー達の相手をしているはずのランだった。
「フィー、ガイウス、ユーシス!!」
「くっ……!」
「ここまでとは……!」
「ちょっと不味い、かな……」
ここで初めてイクスはフィー達の方へと視線を向けた。
そこにあった光景は自分と同様傷ついた仲間達の姿。ランはフィー達三人を相手に余裕の表情で戦っている。特に傷が酷いガイウスに関しては誰かを庇ったのか、肩から胸にかけてを大きな傷が刻まれていた。
「体が、動かない……これって……!」
「あぁ、無理やり動こうとしても無駄やで。東方に伝わる術の一つでなぁ、『妖術』言うもんや」
「妖術……!?」
「せやで。うちが得意なんは呪術の類いでなぁ、その空間にいるもんはみぃんな身動き一つ取れなくなるさかい」
ランが使ったのは古くから東方に伝わる魔術の一種である『妖術』。導力魔法とは全く別のものであるそれは様々なものにある『霊力』を用いた術であり、それを解くには同じ『霊力』を用いた解呪が必要になる。
援護に向かおうとしていたエマの動きも封じられ、自分も含め仲間達は全員ボロボロになっている。絶望的な状況に追い込まれたイクスに声をかけたのはあの耳障りな甲高い声であった。
「んー、期待はずれだったなぁ。こんなに弱いんならすぐに殺しちゃえば良かったな〜」
「……何だと」
「だーかーらー、弱いって言ったんだよ。お前やお前のお仲間も含めて、ぜーんぶ弱いってさ。あ、そうだ!それじゃあ、せめて派手に殺してやるよ。ねぇねぇ、どんなのが良い?」
プツン、とイクスの中で何かが切れた音がした。
「…………ふざけんな」
イクスの体から青い闘気が迸る。その闘気は空気を裂く雷となって彼の持つ双剣へと集中していき、それは青く輝く刃に変わっていった。
灰色の瞳がコルンを捉える。
刹那、翼となった剣を携えてイクスは飛び出した。
「命は、お前らのおもちゃじゃないんだーーーー!!」
弾丸の如く飛び出したイクスは真っ直ぐにコルンの方に突き進んでいく。
イクスの持てる最大の大技である《双翼雷光破》。本来であれば双剣に雷を纏わせるために少し時間がかかるのだが、内から溢れ出た怒りがかつてないほどのスピードでその準備を整えていた。
激しい雷を纏った剣は高速で振られ、4撃目で迎撃しようとしていたコルンのナイフを全て弾いた。
残る連撃は3回。この時点でコルンの手元にはイクスを迎え撃つための武器は無くなっている。当然ながらイクスは攻撃の手を緩めることはない。それどころか、彼の動きは加速していた。
5撃目がコルンの服の肩口を裂いた。敵もイクスの動きに反応しているため直撃こそしなかったが、完全に避けきれてはいない。
6撃目。今度は腕を少し掠めた。後ろへのステップよりもイクスの動きの方が速い。その距離はみるみるうちに縮まっていく。
「はああああっ!!」
射程圏内に収めたイクスは最後の7撃目の体勢に入る。
その前にコルンは一本のナイフをイクスへと放ったが、狙いが甘かったのかそれはイクスに当たることなく彼の後ろへと消えた。
(もらった――――!)
阻むものなど何も無い。イクスの渾身の一撃が振り下ろされる。雷を纏った刃はコルンへと迫ってその距離がゼロになる寸前、赤い髪の道化はニタリと笑った。
「なーんちゃって」
それは嘘のような光景。
直撃するはずだった剣はピタリと止まり、それどころかイクス自身もその場で一時停止のボタンを押されたかのように止まっている。
「何、が―――!」
何が起きているのかピタリとその動きを止めたイクスは驚愕の表情を浮かべていた。それを見たコルンはイクスの背後を指差す。辛うじて動く首を回すと、そこには先程投げたナイフが地面に突き刺さっていた。
かの執行者《怪盗紳士》も得意とする奇術の一つに『影縫い』というものがある。
それは地面に移る影に杭となるものを打ち込んで、まるで影が縫われたかのようにその人物本人も動けなくする技術だった。
コルンが使ったのもそれと同じ。最後に投げたナイフは最初からイクスに当てる為のものではなく『影縫い』のためのもの。イクスはまんまとその罠に嵌ったに過ぎなかったのである。
「いやぁ〜、惜しかったね〜。うんうん、ホントーに惜しかった。でもまぁ、これで底が知れたし、最後は憐れに踊らせてあげるよ〜」
赤い髪の死神が嗤う。死神は戦慄するイクスの横を通り過ぎて少し離れたところでその足を止めた。
突如、イクスを取り囲むように何処からともなく無数の剣が空中に現れる。鈍く光る刃は全て中心にいるイクスへと向いていた。
「それでは皆さんご注目〜、イッツ・ショータイム!」
死神がそれまでイクスを縛っていたナイフを引き抜き、指を鳴らす。
イクスが身動きが取れるようになった瞬間、空中に浮かんでいた剣が次々と彼に襲いかかった。
「くっ……!はあっ……!」
四方八方から襲いかかってくる剣をイクスは必死に双剣で弾き、躱そうとする。だが、あらゆる方向から来る剣全てに対処するのは不可能。最初は辛うじて避けていた剣も次第に彼の体を切り裂いていく。
肩、腰、腕、足、背中。
避けきれない剣が増え、どんどん体を切り裂いていく数が多くなる。なんとか直撃こそ避けているものの、イクスの体にはナイフの時とは比べ物にならない深い傷が増えていた。
「ぅ……あ……イク、ス……?」
そして不幸なことに、ここで気を失っていたマシロが目を覚ました。
聞こえて来るのは剣がぶつかる音と肉を切り裂く音。そして距離が離れていたにもかかわらず、真っ先に視界に飛び込んできたのはイクスが今なお傷ついていく姿だった。
マシロが目を覚ましたのも束の間、とうとう終わりの時が訪れる。イクスを取り囲んでいた最後の剣がイクスの方へと放たれた。
「ぐ、あ―――」
ザクリ、と鈍い音。最後の剣はイクスの背中へと突き刺さり、イクスはスローモーションのようにゆっくりと膝から崩れ落ちる。音自体はそこまで大きくないはずなのにマシロの耳にははっきりと届いた。
「イクスーーーーーー!!」
絶叫。
悲痛なマシロの叫びが響いた。聞こえるのは赤い髪の死神の愉快な笑い声。うつ伏せに倒れたイクスの周りには徐々に紅い水たまりが広がっていっている。名前を呼ばれたイクスはピクリとも動かない。
「ほら、動かんときや。しっかり目に焼き付けんといかんからなぁ」
「何、これ……!?体、動かない………」
イクスの元に向かおうとしたマシロもエマ同様動きを止められた。妖術で彼女の動きを止めたランは同じくイクスの助けに向かおうとしているフィー達をあしらっている。
「くそ、そこを退け!」
「力づくでも……!」
「っ……!!」
「イクス、さん……!」
仲間の救援は届かない。彼らの視線の先にあるイクスは動かず、刻一刻と紅い水たまりが広がっていくだけだ。
「いや、いや、やめて………」
イクスの背中に突き立っていた剣が死神の手によって乱暴に引き抜かれた。とどめを刺すべく、死神はそのまま引き抜いた剣を振りかざす。
「やめてーーーーーー!!」
仲間達の救援も必死に伸ばしたマシロの手も届く事はない。
右翼に行ったリィン達は未だ交戦中、同じくサラ達も今頃はほかの場所で戦闘中。
死神の振り下ろした剣を止められる者はいない。
大切な幼馴染の悲痛な叫びが響く中、一人の双剣士の命がバルフレイム宮で儚く散った。
―――――はずだった。
「え―――?」
それは誰の呟きだったのか、気がつけば振り下ろされるはずの剣は遠くへと飛ばされていた。
それをやったのはフィー達でもマシロでもそれ以外の者でもない。
再び立ち上がった“イクス本人”によるものであった。
「なんだ、あれは………」
「赤い、雷……?」
血を流していた全身から迸っているのは赤い雷の如き凄まじいオーラ。
深い海のような紺色の髪はそれとは正反対の『真紅』の髪に。髪と同じく父から受け継いだ灰色の瞳は煌々と輝く『琥珀色』の瞳へと変わっている。
「イク、ス………?」
困惑したマシロが彼の名前を呼ぶ。
そこにいたのは幼馴染のマシロですら知らないイクスの姿だった。
キャラ紹介①、イクスの人物ノート③が更新されました。