英雄伝説 花の軌跡   作:阿賀美 アクト

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第59話 戦士万紅④ 〜覚醒〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――寒い

 

 

 

 

 

 赤い水が目の前に広がっていく。鉄みたいな匂いのするその水はどうやら自分自身から漏れ出しているらしい。

 

 うつ伏せになった体を立ち上げようとしても、冷たく凍りついてしまった体は全く言うことを聞いてくれない。情け無いことに指の一本すら動かすことができないようだ。

 

 頭も体と同じで凍りついてしまったのか、少しぼーっとする頭はまるで他人事のように自分の状態を確認していた。

 

 

 

 

 

 ―――寒い

 

 

 

 

 

 うっすらと感覚の残っていた背中から何かが引き抜かれる感じがした。もはや痛覚も麻痺しているのだろう、凍った体からは赤い水が流れていくだけで、つい先程まで感じていたはずの痛みすら徐々に感じられなくなっている。

 

 

 

 だが時折、色んな声が聞こえてくる。

 

 

 

 近くには愉快に笑う死神の声。少し離れたところからは苦しそうな仲間の声。そして一番良く聞こえるのは一番遠くから聞こえる女の子の声。

 

 

 不意に、暗くなり始めていた視界の隅に一つの物が映った。

 

 

 それは自分の首から下げられていたペンダント。羽をイメージとした金属のアクセサリーの中には青く輝く宝石が一つ入っていて、そのペンダントは周りに広がっていた赤い水たまりに少し浸かってしまっている。

 

 

 

 

 

 

 

『うん、じゃあ約束。絶対に破ったらダメだからね』

 

 

 

 

 

 

 

 約束。

 

 

 その言葉が頭の中で反響する。

 

 

 そうだ、約束した。絶対に死なないと、Ⅶ組のみんなと一緒に“道”を見出してみせると、二人で一緒にいつか『あの場所』に戻るのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 約束は守らなければならない。あの子との約束だけは絶対守る。だから―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――熱い

 

 

 

 

 

 凍っていた体に“火”が灯った。

 

 

 ピクリとも動かなかった体は電池を交換されたかのように失っていた機能を取り戻す。目の前に迫っていた死神の鎌は、再び握られていた双剣の片方で呆気なくどこかへ飛んでいく。

 

 

 

 

 

 ―――熱い

 

 

 

 

 全身が煮え滾るマグマのように熱い。己が身を焼き尽くさんとする勢いでグツグツと血が滾っている。このままでは自分の方がこのマグマに焼き尽くされてしまうだろう。

 

 

 この熱を体の外に逃がさなければ死ぬ。自分自身が自分を殺す。その危険を理解していながらも内から燃える炎に逆らえずどんどん呑み込まれていく。

 

 

 

 

 そしてとうとう、最後に残っていた意識すら呆気なく炎に呑まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあああっ!」

 

 

 閃く刃が風を切って振り下ろされる。

 

 

 帝国で一般的な騎士剣に比べてその切れ味が自慢であるリィンの太刀は重力の力も受けて目標へと迫っていく。だが、振り下ろされた刃は目標に到達することなく、斜め下から振り上げられた凶刃によって急停止を余儀なくされた。

 

 

「くっ……!」

 

 

 リィンの太刀と相手の刃はそのまま鍔迫り合いに移行する。リィンは太刀を握る力をより一層強くして刃を押し込もうとするが、彼の太刀が沈み込むことはない。上を取っているのはリィンのはずだが、刃はそれ以上先へは進んでくれなかった。

 

 

「ぜやああ!」

 

 

 そこにもう一人の剣士が駆け込んだ。リィンの太刀を受け止め続ける人物の背後を取る形でラウラは身の丈ほどはあろうかという大剣を振り下ろす。戦術リンクで繋がるリィンとラウラは完璧に連携が取れていた。

 

 

 

「フッ―――」

 

 

 

 しかし、ラウラに背後を取られたその人物は二人の連携を一笑に付す。

 

 

 次の瞬間、その人物の身体がその場で回転し始め、膠着状態にあったリィンの太刀が急激に押し返される。そのままリィンを吹き飛ばした刃は回転の勢いで背後に迫っていたラウラをも簡単に弾き返した。

 

 

 

「っ……!」

 

「ぐうっ……!」

 

「どうした、その程度か?」

 

 

 吹き飛ばされたリィンとラウラに話しかける仮面の男。《C》と名乗ったその男は素顔だけでなく、被っている仮面に内蔵された変声機のせいで本来の声もわからない。いや、リィン達は体格で男と判断しているが、そもそも男ですらない可能性もゼロではない。

 

 しかし仮にCが女だったとしても、変声機越しの声にはリィンを挑発するような余裕の色が伺える。現に戦闘を開始してから数分が経過しているものの、リィンとラウラは未だCに対して一撃も与えられてはいなかった。

 

 

 

(完全に遊ばれている……!)

 

 

 

 仮面越しにこちらを見るCを睨みながらリィンは奥歯を噛み締めていた。

 

 

 今も体勢を崩していたリィンやラウラに対して追撃を仕掛けるチャンスは十分にあった。だがCの取った行動は追撃ではなく、リィンとラウラが立ち上がるのを待っていただけ。その前にもわざと自分達の彼らの攻撃を待つような仕草を何度も見せていた。

 

 

 暗黒時代の遺物である《双刃剣》の遣い手はただのテロリストではなく、Ⅶ組の中でも戦闘能力がトップクラスのリィンとラウラよりも遥かに実力が上であることをこの上なく示していた。

 

 

 

「終わりか?来ないのであればこちらから行かせてもらうが」

 

 

 

 飛び込めないリィンとラウラに対してCは挑発的に話しかける。このままでは勝てないと判断したリィンはARCUSを介してラウラとアイコンタクトを取った。

 

 

 

 

「ARCUS駆動―――」

 

「そう来たか……!」

 

 

 

 ホルダーからARCUSを外し、リィンは即座にアーツの駆動に入る。それを見たCは少し意外そうに笑った後、駆動中で身動きの取れないリィンへ猛追した。

 

 しかしながら、Cの突進をラウラは許さない。

 

 

 

「我が渾身の一撃、喰らうが良い―――!」

 

 

 

 ラウラの青い闘気が彼女の大剣へと集まり、光り輝く刃へと変わっていく。尋常ではないプレッシャーを背後に感じたCは動きを止め、ラウラの方に注意を向けた。そしてそれとほぼ同時にラウラも地面を蹴った。

 

 瞬時にCとの間合いを詰めたラウラはXの字を描くようにその光刃を二度振った。Cもその攻撃を双刃剣でいなし、ラウラに攻撃を仕掛ける。

 

 

 

 

「奥義・光刃乱舞!!」

 

「クリミナルエッジ!」

 

 

 

 奇しくも両者の放った技は回転の勢いを生かした一撃であり、全く同じタイミングでラウラの大剣とCの双刃剣が交錯した。激突した二つの刃は、一瞬、閃光にも似た火花を散らして互いに自身の持っていたエネルギーを余すことなく相手に伝える。その結果で起きることは明らかだった。

 

 

 

 

「くっ……!」

 

「ああっ……!」

 

 

 

 両者の握っていた武器はそれぞれ持ち主の手から離れて空中に舞い上がった。激突の余波を受けたラウラは後ろへ吹き飛ばされ、Cは後退しつつもなんとか持ち堪える。が、この時点でラウラの狙いは成功していた。

 

 

 

「はあっ――!」

 

 

 リィンのアーツが起動した。青白く光る魔法陣が彼のARCUSに収束し、対象に指定していたCへとそのアーツが放たれる。Cは咄嗟に防御の姿勢を取ったが、リィンの放ったアーツに対してそれは無意味な行動であった。

 

 

 

「何っ――!?」

 

 

 

 突如、リィンのアーツに身構えていたCの身体が急激に重くなる。身体が鉛のように重くなったことを感じたCはすぐにリィンが使ったアーツを理解した。

 

 

 

 

(成る程、《クロノブレイク》か――)

 

 

 

 リィンが使ったのは時属性の補助アーツ《クロノブレイク》

 

 直接的な攻撃ではなく、対象に遅延効果を与えるそのアーツは見事にCの裏をかいてその動きを封じていた。

 

 

 

 

 

「焔よ、我が剣に集え―――!」

 

 

 

 

 動きの鈍ったCの隙をリィンは逃すことはなく自身の持ち得る最大威力の技で追撃に出る。ゆるく湾曲した刃はあっという間に燃え盛る炎に包まれ、リィンは一気に攻撃に転じた。

 

 

「チッ……!」

 

 

 Cは小さく舌打ちし、リィンの初撃をギリギリでかわす。続いて二撃目、一連の流れで振るわれた焔の太刀は動きの遅くなったCの身体を掠めた。しかしリィンの攻撃は三連撃、最後の一撃が彼には残されていた。

 

 

「はあああ、斬―――!!」

 

「ぐうっ!?」

 

 

 上段の斬りおろしが今度こそCに命中する。

 

 

 リィンの太刀はCの仮面と彼の左手を浅く切り裂き、そのまま胴体にも届く。最後の一撃も後退しながら受けられたため傷自体は浅いものの、接近していたリィンの耳にはCの苦悶の声とパキリという何かが割れた音が聞こえていた。

 

 

 

(何だ……?黒い、布……?)

 

 

 

 パキリという音に反応したリィンが顔を上げると、その一瞬だけ今の攻撃でわずかに割れたCの仮面の奥に黒い布のようなものが見えた。位置的にはCと名乗る男の額の部分にそれはある。

 

 何故かは分からなかったがリィンはその布にどこか覚えがあるような気がした。一体どこで―――それを考えようとした時、彼の後ろから声がかけられる。

 

 

 

「リィン、避けて!!」

 

「え―――」

 

 

 

 その声にリィンが反応する間もなく、動きの止まっていたリィンにCの一撃が命中する。Cの仮面の奥に気を取られていたリィンは既にCが攻撃に移っていたことに気づいていなかった。

 

 

 

「がはっ……!」

 

 

 

 リィンの胸に一文字が走り、その衝撃で彼自身も吹き飛ばれる。受け身も取れずに背中から着地したリィンは自分の胸に熱いものが流れているのを感じた。

 

 

 

「リィン……!!」

 

 

 

 アリサが駆け寄ってきた。いつもの癖で大丈夫だと返事をしようとしたが、胸に走る痛みでそれは出来ない。思わず胸に手を当てると、その手には真っ赤な血がべっとりと付いていた。

 

 

「待ってて、今治療を……!」

 

 

 心配そうな表情でアリサは治癒系のアーツを駆動し始める。必死にリィンを治療するアリサの顔は少し泣いているようにも見えた。

 

 

「くそっ、これでも喰らえ……!」

 

「当たって!」

 

 

 倒れるリィンの視線の先では、アリサと同じく兵士達の治療を終わらせたマキアスとエリオットがラウラと共にCに攻撃を放っていた。だが実力差は歴然、新たに加わったマキアスとエリオットの攻撃もCは難なく躱している。

 

 

「くっ……!」

 

「リィン、動いちゃ駄目!」

 

 

 

 アリサの制止を振り切ってリィンは再び戦線へと戻ろうとする。彼の視界の奥にはCの後ろで重ガトリング砲を準備しようとしている《V》の姿が見えていた。今、戦線に戻らなければ三人がCとVの相手を両方することになる。

 

 それは流石に危険すぎる。今は痛みを堪えてでも前線に戻らなければならない。A班のリーダーであり、この行動をみんなに提案した者として真っ先に倒れる訳にはいかなかった。

 

 

 

 痛みを堪えてリィンが立ち上がろうとした時、突然ラウラの声が響いた。

 

 

 

「下がれ!マキアス、エリオット!!」

 

「なあああ!?」

 

「うわあああ!?」

 

 

 

 ラウラの警告虚しくマキアスとエリオットは迫り来る脅威に反応するのが遅れた。咄嗟の判断でラウラが二人のフォローに向かったが、その代償として二人に迫っていた攻撃を彼女が一身に引き受けることになり、ラウラはそのまま壁に激突する。

 

 

「ラウラ!」

 

「あら、残念。当たったのは一人だけみたいね」

 

「おう、来たか」

 

「お前達は……!」

 

 

 

 リィン達の前に新たに姿を現したのはラウラを攻撃した特殊な剣を持つ女とメガネをつけた男。メガネをかけた男の方はリィンとアリサが知っている人物だった。

 

 

 

「来たか《G》、そして《S》」

 

「少々予定外の事態が起きてな。こちらに合流させてもらった」

 

「フフ、予定外の事態か。大方、あの狼達が獲物を横取りに来たと言ったところか?」

 

「……フン。まあ、その通りだ」

 

 

 

 イクス達B班を《隻眼の狼》の二人に任せてきた《G》と《S》は通路を通って反対側まで来ていた。そしてこの二人の登場は、リィン達にとって最悪の状況であることに変わりなかった。

 

 

 

 リィンとアリサから離れた場所には先程の攻撃で気を失っているラウラが、そしてそのすぐ近くにはテロリスト達と睨み合うマキアスとエリオットがいる。

 

 この状況でたとえラウラが目覚めたとしても、リィンとラウラを一人で圧倒していたCに加えて三人を相手にするのはほぼ不可能。相手が自分達をみすみす逃してくれるという保証などカケラもありはしなかった。

 

 

 

 

(……いや、一つだけある。全員を相手に出来るかもしれない方法が……)

 

 

 

 

 小さく息を吐き、リィンは自分の胸の心臓辺りに手を当てた。胸に当てた手からドクンドクンと心臓が血を送る鼓動が伝わってくる。正真正銘リィンの奥の手、彼は覚悟を決めた。

 

 

 

「……アリサ、ここは俺が何とかするからみんなを連れて逃げてくれ」

 

「あの力を使う気なの!?そんなの駄目よ!貴方だってどうなるか分からないわ!」

 

「もう、これしか無いんだ」

 

「リィン!」

 

 

 

 

 リィンの内に眠る忌まわしき力、つい最近旧校舎でそれを解放したばかりであり、アリサもおぼろげではあるがその力の強大さと危険さを知っていた。

 

 

 

 アリサとリィンの会話が聞こえたマキアスとエリオットもリィンが何をしようとしているのかに気づいた。彼らは直接見た訳ではないが、その場に居合わせたイクス達からリィンの力については聞いている。だがリィンにはアリサの制止もマキアスとエリオットの制止も聞く耳を持たなかった。

 

 

 

 

 制御出来るかどうかはわからない。下手をすればまた自分を見失って暴走する可能性だって大いにある。しかし、このまま全滅するくらいなら―――

 

 

 

 ドクンドクンと心臓の鼓動が高鳴っていく。内側から得体の知れない何かが湧き上がる。

 

 

 

 リィンの身体から赤黒い闘気が放たれようとしたその時、聞き覚えの無い電子音が響き渡った。

 

 

 

「―――おや、どうやら時間のようだな」

 

「何……?」

 

 

 

 

 電子音の発信源はCの懐からだった。彼はそのまま通信機らしきものを取り出してその電子音を止める。力を解き放とうとしていたリィンが尋ねようとすると、どこから現れたのか“青い鳥”がC達の元に飛んできた。

 

 

 

「な、何だあの鳥は……?」

 

「命拾いしたな、Ⅶ組の諸君。私個人としてもそちらの少年の更なる力を試したくはあったが、生憎こちらの目的は達成されたのでね、この辺りで撤収させてもらう」

 

「目的ですって……?」

 

「それは一体……?」

 

「くそっ、逃すか!」

 

 

 

 

 青い鳥はC達の周りを囲むように飛ぶと、青い光が彼らを包み、見たことのない魔方陣がその足元に現れた。

 

 リィンは彼らを逃すまいと足を踏み出したが時既に遅し。最後にCは高らかにリィン達に自らの正体を宣言した。

 

 

 

 

「では改めて名乗っておこう。我々は《帝国解放戦線》―――静かなる怒りの焔をたたえ、度し難き独裁者に鉄槌を下す………それが我等の目的であり使命。特科クラスⅦ組、君達が今後我々の前に立ちはだかるというのなら、その時は覚悟しておくといい―――」

 

「それじゃあね、可愛い子犬ちゃんたち」

 

「フン……」

 

「ま、ちょいと消化不足だが、また次にやり合うとしようや」

 

 

 

 四人がそれぞれ言い残すと、魔方陣が完全に起動し青白い光が彼らの姿を隠す。光が消えると、そこには嘘のように誰一人残ってはいなかった。

 

 

 

「《帝国解放戦線》……」

 

「そ、それに独裁者って……」

 

「っ……!」

 

「リィン!」

 

 

 

 《帝国解放戦線》が完全にその場から消え去ったことで気が抜けたリィンに再びケガの痛みが蘇った。それに気づいたアリサはまた治癒系のアーツを駆動し始め、マキアスとエリオットもひとまず気を失ってケガをしているラウラの元へと駆け寄っていく。

 

 

 

 

(くそ……結局何も出来なかった。あの力に頼っているようじゃ、俺は………!)

 

 

 

 

 アリサの治療を受けながらリィンは己の無力さを痛感していた。心の中の悔しさは決して口には出さなかったが、彼の視界は少しだけ歪んで見える。

 

 

 

 

 

 手についた血のまだ乾き切っていない感触がやけに感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは如何なる奇跡なのか、先程まで死の淵にあったはずのイクスがそこに立っている。

 

 

 トレードマークである紺色の髪は深紅に染まり、灰色だった目は爛々と輝く琥珀色の瞳に変わり、その身体からは尋常ではない赤い雷の如き闘気が彼を包んでいた。

 

 

 その姿は幼い頃から彼を知るマシロですら見たことがない。もちろんながらそこにいるB班のメンバーにも。異様な姿になったイクスに彼らは言葉を失っていたが、彼の命を断とうとしていた道化は違った。

 

 

 

 

「アハハハハハ!やっぱ当たりだったじゃん!面白くなってきた〜!」

 

 

 

 

 心底楽しそうに笑うコルンは懐から新たなナイフを取り出した。再び立ち上がった獲物に向かってコルンは戦闘を再開しようとする。

 

 

 そしてそれはイクスも同じようだった。

 

 

 

 

「シャアッ―――!」

 

 

 

 

 コルンがナイフを取り出したのを見た瞬間、それまで立ったままだったイクスが急に動き出した。赤雷の闘気を纏ったイクスは一瞬でコルンとの距離を詰めて双剣を振るう。コルンもその攻撃を先程までと同じようにナイフで受け止めたが、結果は同じではなかった。

 

 

 

「うおっとぉ!?」

 

 

 

 イクスの攻撃を完璧に受け止めたはずのコルンは弾丸のように後ろへ吹き飛ばされる。コルンが思わず変な声を上げるのも無理はない。イクスの力が今までとはまるで別物になってコルンを襲ったからである。

 

 

 

 再び立ち上がったイクスは、たった一振りで今まで苦戦を強いられていたコルンに立場が逆転していることを思い知らせた。そして戦闘はそのまま終わることはなく、後退したコルンへイクスが追撃に向かう。

 

 

 

 

「……すごい」

 

「あれは本当にイクスなのか……?」

 

 

 

 

 暴風雨の如くイクスの攻撃が次々にコルンへと襲いかかる。

 

 

 

 剣筋は普段のイクスと比べればめちゃくちゃなものだが、その分パワーとスピードは圧倒的であるため攻撃性は確実に今の状態の方が上。コルンも巧みなナイフ捌きと身のこなしで何とか致命傷になる一撃は躱してはいるものの、避けきれない攻撃の方が多くなりつつある。加えて、距離を取ろうとしてもイクスの圧倒的な敏捷性のために一瞬でその距離を詰められてしまう。

 

 

 

 

 その戦いぶりは災害そのもの。近づくだけで触れたものを切り刻むだろう。

 

 

 

 

 

 

「――ッハハ、いいねぇ!けどさ―――!」

 

 

 

 

 

 嵐に切り刻まれようとしているコルンがまた一瞬距離を取った。すかさずイクスもその距離を詰めようと地面を蹴ろうとしたが、それはコルンの仕掛けた罠である。

 

 

 また手品のようにどこからともなくコルンの両手に火薬式の爆弾が現れた。向かってくるイクスにコルンはそれを投げつける。一秒もする間も無く爆炎がイクスを包んだ。

 

 

 

「イクス!!」

 

 

 

 コルン特製の爆弾は大きさに反して巨大な爆炎を生み出した。如何にイクスが強力な力を得た状態であろうとこの爆炎をモロに受ければタダでは済まない。マシロの悲鳴に続いて爆弾が命中したことを確信したコルンは楽しげに笑った。

 

 

 

 

「アハハハ、いい線いってるけどこれは結構効くって―――」

 

「―――アホ、後ろや!」

 

 

 

 コルンの笑い声をランが遮る。

 

 

 

 

 その声で咄嗟に振り向いたコルンの背後には、爆炎を浴びた様子などカケラも見られないイクスが背後を取っていた。

 

 

 

 

 

 一閃。

 

 

 

 

 

 赤雷を纏った刃がコルンを切り飛ばした。イクスの一撃はクリーンヒットし、攻撃を受けたコルンは赤い血を撒き散らしながら数アージュ先へと飛ばされる。この戦闘で初めてイクスの攻撃が相手に決定的な傷を負わせた瞬間だった。

 

 

 

 

 そしてなおもイクスは追撃の手を弛めようとはしない。

 

 

 吹っ飛んでいったコルンに更なる攻撃を加えるためにイクスは姿勢を低くする。しかし、彼が地面を蹴ろうとした瞬間、紫色の鎖のようなものが地面から這い出て身体を搦め捕った。

 

 

 

「ガアッ……!」

 

「はいはい、そこまでや」

 

 

 

 イクスを止めたのは戦いを観戦していたランの《妖術》、エマとマシロを縛り付けている呪術よりももう一段階上の術で暴走するイクスを足止めする。ここまでイクスとコルンの戦いを黙って観戦していた彼女だが、イクスの力が想像以上のものであったため手出しをせざるを得なかった。

 

 

 

「あー……痛って〜。ちょっち油断した〜」

 

「何しとるん、いくら何でも油断し過ぎやわ」

 

 

 

 イクスの動きを止めた後、ランはコルンの方に声をかけていた。最も、それは彼を心配するようなものではなくいくらか嘲笑しているようだったが。

 

 

 コルンを一度嘲笑ってからランも己の得物である仕込み刀を一振りした。動けないフィー達を置き去りにして彼女もイクスとの戦いに参加しようと薄い笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 が、その薄い笑みはすぐに彼女の顔から消え去った。

 

 

 

 

「ガア、アアアアッ――!」

 

 

「……こら驚いた。まさかうちの呪術を“力任せ”に破るとはなぁ」

 

 

 

 

 

 ブチブチッと鎖が千切れる音と共に獣にも似た咆哮が響く。

 

 

 

 その音の主は呪術によって縛り付けられていたはずのイクス。彼はあろうことか“ただ力任せに”自らを縛っている鎖を引きちぎっていた。

 

 

 ランが驚くのも束の間、イクスはものの数秒で呪術から脱出する。今の彼はその程度の術では止めることなど不可能な状態にあった。

 

 

 

 

(……しゃあないなぁ。ちょっとばかし大人気ない気もしはるけど、うちも少し本気で―――)

 

 

 

 

 呪術を抜けたイクスを見たランから笑みが消え、彼女の目が少し細くなる。再び戦闘を再開しようと立ち上がるコルンを横目に、猟兵としてのスイッチに切り替えて暴走するイクスにターゲットを定める―――その寸前、白く輝く刃が彼女を襲った。

 

 

 

 

「――っと。あらら、危ない危ない」

 

 

「セリーヌ、みなさんをお願い!」

 

「ああもう、仕方ないわね!」

 

 

 

 

 ランを攻撃しようとしていた幻の刃は避けられた後すぐに消滅する。間髪いれずに今度は魔力のこもった火球が放たれ、ランはそれを躱すべく一旦距離を取る。

 

 

 

「あぁ、なるほど。そっちにも“同業者”がおったんか」

 

 

 

 何かに納得したように意味深な言葉を呟いたランの視線の先にいたのは妖術で身動きが取れなかったはずのエマ。さらに彼女の側には彼女と会話をする黒猫の姿があった。

 

 

 

「猫が喋ってる……」

 

「一体何がどうなっている……」

 

「話は後よ!いいからさっさと立ちなさい!」

 

 

 

「何ですぐに解呪しなかったのかは知らんけど、それは噂の《魔術》って事でええんやな。眼鏡のお嬢ちゃん?」

 

「……ええ、私たちのものはあなたの使っている《妖術》とは少々異なりますが、おおよその原理は一緒かと」

 

「ふふ、ええわぁ。そこの双剣の小僧といい、俄然面白くなってきはったわ」

 

 

 

 

 予想外の展開により、戦況は混沌を極めていた。

 

 赤雷を全身から迸らせるイクス、それを相手取るコルン。呪術から抜け出しランと向き合うエマと突然現れたセリーヌと呼ばれた黒猫。セリーヌの手によってマシロ達も自由に動けるようになり、状況はこれで振り出しに。また再び戦闘が開始されようかと思われたが、ここで意外にも《隻眼の狼》の方が身を引いた。

 

 

 

 

「こなた達としてはこのまま第2ラウンド、と行きたいとこなんやけど時間が来てもうたみたいやわ。―――そういう訳やし帰るで、コルン」

 

「ちぇー、仕方ないかぁ〜」

 

 

 

 イクスにもらった傷をそこまで痛がる様子を見せずにコルンはランの指示に大人しく従った。青い蝶が飛んだと思った途端、ランとコルンの周りを蝶と同じ青い光が包み込んでいく。

 

 

 

「……逃げる気?」

 

「そう思ってもらってもええで。今回はそっちの眼鏡のお嬢ちゃんと双剣の小僧のおかげ言う事で」

 

「アハハ、この傷の借りもあるし、今度はちゃんと本気で相手してあげるよ〜」

 

「ま、そういう事で。ほなな―――」

 

 

 

「あっ……」

 

「……行ったか」

 

 

 

 

 青い光が小さく広がったと思われると、光の中にいたランとコルンは手品のようにその場から姿を消していた。敵の姿が消えた事を確認したB班のメンバーたちは嘆息し、嵐が過ぎ去った後のような静けさが辺りに流れる。

 

 

 

 

 

 しかし彼らが安心したのも一瞬、少し離れたところでドサリ、と何かが崩れ落ちる音が聞こえた。

 

 

 

 

「イクスッ―――!!」

 

「っ…!不味いぞ!」

 

 

 

 まるで電池が切れてしまったかのようにその場に倒れたイクス。いち早くそれに気づいたマシロが彼の元に駆け寄っていくと、そこには髪や目の色が元に戻ったイクスがぶり返したように血を流し始めていた。

 

 

 

「セリーヌ、手伝って!」

 

「言われなくても分かってるわよ!」

 

 

 

 エマとセリーヌも駆け寄り、すぐにアーツとは違う不思議な魔術でイクスの治療を開始する。なぜ彼女が妖術から抜け出せたのか、セリーヌがなぜ喋っているのか、通常であればそこにツッコミを入れるところだがその場にいる者達の注意は血塗れで倒れるイクスにしか注がれていない。

 

 

 

「イクス、しっかりしろ!」

 

「出血が多すぎます、このままじゃ……」

 

「私も止血を手伝う。ガイウス、手伝って」

 

「分かった……!」

 

 

 

 エマの魔術による治療と並行して、フィーは緊急用に常備している包帯でイクスの治療の手伝いを開始した。ガイウスとユーシスも時折イクスに声をかけながらフィーの作業を手伝う。

 

 

 

「イクス……ダメだよ、死んじゃダメ……!」

 

 

 

 

 悲痛な声でマシロはイクスに声を掛け続ける。

 

 

 

 意識を少しでも繋げ止めようと両手でイクスの手を握りしめるが、マシロの両手から伝わってくる熱は徐々に冷たくなっていく。

 

 

 

 

「お願いします、女神様………!」

 

 

 

 

 一粒の雫がマシロの頰を伝って落ちた。

 

 

 今の彼女に出来るのはイクスの手を握りしめて女神に祈ることぐらいしか無い。自分の無力さを痛感しながら、それでも彼女は泣き声で女神に祈りを捧げ続ける。

 

 

 

 

 

 戦場となってしまった緋き城に少女の祈りが虚しく木霊した。

 

 

 

 

 





そんなわけで帝都でのテロ事件もここで一旦終了。

イクスが果たして無事なのか、そして前回から彼が覚醒させた謎の力は一体何なのか。

結果的には敗北を喫したⅦ組がこれからどう動くのかにもご注目下さい。それではまた次回。
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