英雄伝説 花の軌跡   作:阿賀美 アクト

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お待たせしました。

気づいたらもう60話に到達してましたよ。まあ、0話とかも合わせるとまた話数は増えるんですが。予想通り、4章は20話超えになっちゃいましたね。





第60話 ターニングポイント

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――」

 

 

 

 

 気がつくと、自分は其所にいた。

 

 

 

 

 いつからこの場所にいたのかは思い出せない。もしかしたら今さっき到着したばかりなのかもしれないし、逆にもうずっと長い間ここにいたのかもしれない。だが不思議と自分の中で今それは問題ではないという確信があった。

 

 

 

 辺りは真っ暗とはいかないまでも薄い闇が果てしなく続いている。目を凝らせば見えそうであると同時に、目を凝らしても何も情報は得られないような不思議な闇。狭いかもしれないし広いかもしれないその場所にいた自分に、その暗闇の先を歩いて行こうという気持ちは起きなかった。

 

 

 

 

「――――――」

 

 

 

 

 さっと後ろを振り返る。

 

 

 

 

 その音は空気を伝って耳に振動を伝えたというよりは脳に直接伝わったような気がした。音なのかどうかも実は定かではない、ただそれは自分の背後から聞こえた確信だけはあった。

 

 

 

 体が硬直する。いつからそこにいたのか、自分の後ろに“ソレ”はいた。

 

 

 

 全身を覆う堅固な『深紅』の鱗。その鱗に覆われた体は自分よりも遥かに大きく、こちらを見下ろす形で佇んでいる。

 

 

 自分を一撃で潰してしまいそうな巨きな手には太い爪が、人間であれば臀部に当たる部分からは大蛇のように太く長い尾が、そして今は折りたたまれてはいるが広げればその巨体と同じかそれ以上はありそうな翼がある。

 

 

 自分を見下ろす瞳は燦然と輝く『琥珀色』の瞳。雄々しくも美しい威圧感を放つソレは、様々な童話や伝承で語られる伝説の存在―――『竜』に違いなかった。

 

 

 

 

 

「――――――」

 

 

 

 

 赤い竜が自分に何かを言った。

 

 

 

 いや、実際には竜は口を開けてすらいないし竜が人の言葉を語るかどうかもわからない。だが、聞こえてくるコレは間違いなくこの竜のものだ。そして間違いなく竜は自分に対して言っている。

 

 

 音が小さくて聞こえない訳じゃない、聞こえているようで何も聞こえないのだ。おそらく自分が理解していないだけ、“今の自分”では理解できないのだろう。

 

 

 

 

「――――――」

 

 

 

 

 竜もそれを理解したのか、相変わらず理解できない言葉を自分に言ってこちらを鋭く睨んだ。吸い込まれそうな琥珀色の瞳と目が合ったと思った瞬間、竜は突然その巨きな顎門を開く。そして抗う暇もなく、自分の体は幾多の鋭い牙に貫かれた。

 

 

 

 いとも簡単に竜の牙は自分の体に風穴を開けた。本来ならこの時点で絶命しているところだが、奇妙なことに意識は残っている。体に走るはずの激痛も、大量に溢れてくるであろう血も感じない。あるのはただ自分の体が噛み砕かれたという感覚と、竜の牙から伝わる尋常ではない熱のみ。

 

 

 

 一撃で自分の意識を刈り取れなかった竜は再度その口を大きく開ける。もはや自分の意志で体を動かせないため、風穴だらけの体は竜によって位置を変えられた。上には巨大な牙。今度こそ赤い竜は自分の意識を刈り取るつもりなのだろう。

 

 

 

 

 竜の口の中にいる自分には抵抗する権利など最初からありはしない。自分とこの竜の関係は獲物と捕食者という絶対的な力の関係にある。

 

 

 

 眼前に再び凶悪な牙が猛スピードで迫ってくる。避けることなど不可能。コンマ一秒もしないうちに自分の意識は無くなっているに違いない。

 

 

 

 風穴に残った竜の熱を感じながら、最後の時をじっと待つ。

 

 

 

 

 意識が暗闇に閉ざされる直前まで考えていたのは、竜が自分に伝えようとしていた言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ぅ――あ――――」

 

 

 

 

 

 いつの間にか閉じていた瞼が持ち上がっていた。自分の目が覚めた事を認識した途端、ずっと感じていなかった大量の光が目を通じて脳に流れ込んでくる。一瞬、流れ込んでくる情報量の多さに目を閉じそうになったが何とかそれは踏みとどまった。

 

 

 

「……………夢、か………」

 

 

 

 変な夢を見ていた。今まで一度も見たことのない夢だ。

 

 

 

 “あの日”のことを悪夢として夢に見たことは度々あったが、ついさっきまで見ていた夢は少なくとも記憶にない。あれは一体何だったのだろう。

 

 

「………そうだ、ここは一体……?」

 

 

 夢のことについて考えたからか、俺の脳は自分が眠りから覚醒したという事を完全に認識した。眠っていた思考回路も通常運転を再開したようで、ゆっくりと現在の状況を把握しようとする。

 

 

 

 

 まず最初に目についたのは知らない天井。赤を基調とした壁には美しい金の模様が所々に見られ、部屋についた照明は柔らかなオレンジ色の光で部屋の照度を上げている。

 

 さらに、自分はどうやら寝かせられているらしいことも分かった。天井同様、全く身に覚えのないベッドには自分が横たわっていて、頭以外をすっぽりと掛け布団で覆われている。布団から漂ってくる匂いはほぼ無臭でこちらも嗅いだことのない匂いだ。

 

 知らない部屋の知らないベッドで寝る自分。まだ少しはっきりとしない意識で記憶を探っていた俺は、さらに詳細な情報を得ようと今度は体を起き上がらせようとする。

 

 

 

 

 その瞬間、全身に鋭い痛みが走った。

 

 

 

 

「―――い、っ――?!」

 

 

 

 

 声にならない悲鳴があがる。上半身を起こそうと少しだけ浮き上がっていた体はその痛みで再びベッドに沈み込んだ。

 

 

 

 予想外の痛みで顔から脂汗が吹き出し、息を整えてから今度は慎重に体を動かして布団の下にある自分の体を確認した。そこにあったのは包帯でぐるぐる巻きになった自分の体。信じられないことにほぼ全身が怪我を負っているらしい。

 

 

 自分の体が包帯だらけになっているのを確認してから、俺はもう一度ベッドから上半身を起こすことにチャレンジした。なるべくゆっくりと体を起き上がらせたはずなのだが、それでも度々電流が走るような痛みが起きる。

 

 

 

 

「…………ふぅ」

 

 

 

 

 なんとか上半身を起き上がらせ、改めて今の状況を把握しようと寝ていた時点までの記憶を辿る。

 

 

 覚えていたのはⅦ組のみんなと一緒にバルフレイム宮に乗り込んだ事。城に入った後、A班・B班に分かれて俺たちB班は城の左翼を進んだ事。そこでテロリストの足止めをしていたマシロを助け、テロリストと戦闘になろうとしていた時に“奴ら”が現れて―――

 

 

 

「………そして《隻眼の狼》のメンバーと戦って、俺は………」

 

 

 

 思い出すのはコルンと名乗った男に敗北し、血の水たまりに沈んだ自分。その後の記憶は思い出せない。記憶が間違いなければ、あそこで自分は確実に死んでいたはずだ。

 

 しかしながら、自分は未だに生きている。全身に怪我こそ負っているものの、心臓の鼓動も脈もちゃんと感じる。先ほど感じた痛みもこれが夢ではない事を後押ししていた。

 

 

 

 

 一体なぜ自分がまだ生きているのか。ここはどこなのか。自分が意識を失ってからどれくらいの時間が経っているのか。

 

 

 

 次々と浮かんでくる疑問を解消しようとした時、ガチャリ、という音とともに部屋のドアが開いた。

 

 

 

 

「―――イクス――?」

 

 

 

「え―――」

 

 

 

 

 それは、誰よりも耳に聞き慣れた声。

 

 自分の名前を呼んだ声の主は美しいホワイトブロンドの長髪をかすかに揺らす。よく見ると目の下に赤く泣き腫らした跡がある。声をかけようとしたが、その前に彼女の方が俺の胸に飛び込んできた。

 

 

 

 

「って、ちょ、マシロ――!?」

 

「………良かった。生きてる、ちゃんと生きてる………」

 

 

 

 

 心臓の鼓動を確かめるようにマシロは強く、強く俺の体を抱きしめる。彼女が体を抱きしめると同時にまた鋭い痛みが俺を襲う。しかしそれ以上に、包帯越しに伝わってくる自分以外の命が生み出す柔らかな温もりが心地よかった。

 

 

「マシロ、あんまり強く抱きしめられると痛いってば」

 

「………うるさい。我慢しなさい、ばか」

 

「……了解」

 

 

 少しいじわるをしてみたがマシロはそれを受け入れることなく、逆により一層の力で俺を抱きしめる。しかし、不思議と体を走る痛みは先程よりも和らいでいて、俺も腕を回して彼女の頭を優しく撫でた。

 

 

 

 胸のあたりに巻かれた包帯がじんわりと濡れる。二人しかいない部屋には、子どものように泣きじゃくる少女の声が静かに響く。そして泣き声の少女は、少年の胸に顔を埋めたまま少しずつ弱音を吐き出した。

 

 

 

「……怖かった。今度は、イクスもいなくなっちゃうんじゃないかって思って………このままもう目覚めないんじゃないかって………」

 

「っ……!」

 

 

 

『今度は』というフレーズに思わず言葉を失う。

 

 

 

 彼女の目には自分と同様“あの日”の光景が今も焼き付いている。いつもは女学院の学生会長として、いたずら好きな乙女として振舞っている彼女もその地獄に囚われ続けているのだ。

 

 もし運命の歯車が少し違っていたら、自分が彼女と同じ立場に立っていたかもしれない。その時の自分はようやく目を覚ました恋人の姿を見て泣かずにいられるだろうか。きっと無理だ。自分も彼女と同じ、もしくはそれ以上に無様に泣いてしまうに違いない。

 

 

 

 

 

「マシロ」

 

 

 

 

 

 撫でていた手を止めて彼女に優しく声をかける。すると彼女はピクリと体を震わせてから答えた。

 

 

 

 

「何………?」

 

「顔、見せてくれるか?」

 

「………うん」

 

 

 

 

 マシロはゆっくりと顔を上げた。上目遣いでこちらを見つめる瞳はまだ涙で潤んで、目の周りも赤くなっている。そのせいか少し大人びた顔立ちはいつもよりも子供っぽく見えた。

 

 だが、今はその表情が何よりも美しく愛らしく思える。乱れていた前髪をそっと整えてあげてから話しかけた。

 

 

 

「ごめん、心配かけた」

 

「うん。すっごい心配した」

 

「今後はこんなことにならないように気をつける」

 

「本当に?」

 

「ああ、約束する」

 

「わかった。破ったらお仕置きするからね」

 

「了解」

 

 

 

 

 

 いつものやり取り。

 

 

 

 

 何かあった時は昔からこうやって二人で約束してきた。小さい頃からいつも約束を破ってしまうのは大体俺の方で、その度にまたこうして約束をして、破ったらお仕置きを食らう。小さい頃からずっと、そのやり取りの繰り返し。

 

 

 だが互いに性別の違いがはっきりしてきた頃からは、新たにもう一つのやり取りが追加されていた。約束を破った方は損ねてしまった相手の機嫌を直さなければならない。

 

 

 

 

 マシロの顔をさらに自分の方へ近づけた。俺の手が顔に触れた時にもう察したらしく、彼女は静かに目を閉じてその時を待つ。

 

 

 

 そして間も無く二人の唇が重なる。それは一瞬のようで永遠のような時間。今この瞬間だけは世界に自分とマシロしか存在しない。

 

 

 

 オレンジ色の照明に柔らかく照らされた部屋には静寂が訪れ、二人分の小さな吐息だけが泡のように溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イクスが目を覚ましてから約二時間後、彼が眠っていた部屋にはマシロの他にⅦ組の面々とサラ教官、そしてシャロンの姿があった。ただし、イクスはベッドから上半身のみを起き上がらせたままの状態である。

 

 

 目を覚ましたイクスが聞いた現在の日付は7月29日。Ⅶ組が今集まっている部屋はイクスが眠っていたバルフレイム宮のとある一室。3日に渡る夏至祭は昨日で終了し、今はもう帝都各地が片付け作業に入っている状況だ。

 

 

 

 自分の知らない間に夏至祭が終了していたこともショックだったが、イクスはそれよりも自分が3日も眠り続けていたということの方が驚きだった。

 

 しかし、イクスが眠り続けていた事に自身で驚いたのも束の間、更に驚きの事実がある人物の口から語られていた。

 

 

 

 

「―――えっと、要するにエマは魔女でセリーヌがその使い魔。そして二人?は旧校舎に封印されている《騎神》っていうのを目覚めさせるために入学してきて、それでその騎神の《起動者》候補がリィンだった………と」

 

「はい。この間の試練も近くにリィンさんがいたから起動したと思われますし、あの旧校舎の探索にはいつもリィンさんが行っているので、リィンさんが起動者候補なのは間違いないかと」

 

「それと一つ言っておくけど、どちらかといえばアタシの方がエマのお目付け役よ。この子は魔女って言ってもまだまだ新米なんだから」

 

「はぁ〜………何というか、お伽話の世界だな」

 

「あはは……僕たちも2日前に委員長たちから聞いた時はびっくりしたよ」

 

「騎神や魔女の話もそうだが、猫が喋っているということもかなりの異常だがな」

 

 

 

 

 

 帝国に古くから残る伝承の一つに《魔女》というものがある。

 

 

 

 その土地や伝承ごとに伝わっている内容は様々だが、そのおおよそは導力魔法とは別の《魔術》と呼ばれる不思議な術を操る者たちの総称とされている。しかしながら現代では、半ばお伽話のように伝説上の存在とされており、ほとんどの人は実際には存在しないと考えていた。

 

 

 

 だが、本当に魔女は存在した。

 

 

 

 Ⅶ組の学級委員長を務め、その面倒見の良さからⅦ組の良心とも言われているエマ。彼女こそ帝国に伝わる魔女の正体――《魔女の眷属》と呼ばれる一族の末裔であり、トリスタで度々その姿が目撃されていた黒猫が彼女の使い魔であるセリーヌだった。

 

 そして彼女達が士官学院に来た目的が、帝国に伝わる《巨いなる騎士》の伝説の真実である《騎神》を目覚めさせること。その《起動者》として選ばれたリィンを導くことであった。

 

 彼女達曰く、実際にはまだリィンは《起動者》として認められたわけではないらしく、以前から度々訪れている旧校舎地下の試練を全て乗り越えれば《騎神》の《起動者》になるのだそうだ。

 

 

 

 目覚めてから数時間で、自分が想像していた以上の衝撃の真実が明らかになり、流石のイクスもこれには飲み込むのに苦労していたが、彼は混乱する頭をなんとか冷静にした。彼には先にやるべきことが残っていた。

 

 

 

「まあでも、まずは改めてお礼を言うよ、エマ。助けてくれてありがとう」

 

「私からもお礼を言わせてください。エマさんがいなかったら、今頃イクスもこの世にいなかったでしょうから………。本当に、ありがとうございます」

 

「あ、いえ、そんなに頭を下げないでください、イクスさんにマシロさんも……!」

 

 

 

 コルンとの戦闘で瀕死のダメージを負い、死んでしまうはずのイクスを救ったのがエマだった。魔女の眷属のみが使える特殊な魔術と秘伝の薬などを用いたため、本来であれば死んでいたはずのイクスの一命を取り留める事に成功していたのである。

 

 

 その後の輸血など本格的な治療が出来たのも、彼女の魔術による治療が無ければあり得なかった。

 

 

「いや、俺からすればむしろお礼を言っても言い足りないくらいだよ。命を救ってくれたのももちろんだけど、結果的に俺を助けたせいでエマ達が秘密を明かすことにもなったんだし」

 

「それは―――」

 

 

 エマが止めてもなお彼女に頭を下げ続けるイクス。

 

 

 

 エマ達の秘密や騎神の話をⅦ組全員に話すことになったのは、彼のせいといっても過言ではない。それに加えてこうして自分の命まで助けてくれたこともあり、イクスはエマに対して顔向けができなかった。

 

 

 イクスの言っていることが決して間違いではないため、他のメンバー達もフォローの言葉に困ってその場に数秒の沈黙が流れる。が、その沈黙を破ったのは頭を下げられていたエマ本人の言葉だった。

 

 

 

「―――いいえ、それは違います。イクスさん」

 

 

「え………?」

 

 

「私は“仲間”として当然のことをしたまでです。魔女ではなく、Ⅶ組の一員として。だから、同じⅦ組であるイクスさんに謝られることなんて何一つないんです」

 

 

「エマ………」

 

 

 

 

 穏やかな笑みを浮かべて話すエマにイクスは何も言わずにその言葉を聞いていた。“仲間”という言葉を強調した彼女は更にイクスに話を続ける。

 

 

 

 

「それに、私達の事情を話したのもイクスさんのせいじゃありません。私なりに“皆さんに心を開いてみた”だけですよ」

 

 

「それって………!」

 

 

 

 

 それはいつかイクスがエマに言った言葉。

 

 

 

 その時はセリーヌと話していたエマを、彼女に友達がいないとイクスが勘違いしたためにかけた言葉だったが、その言葉はエマの心に残っていた。

 まさか自分が言ったことを使われるとは思っていなかったイクスは完全に一本取られていた。

 

 

 

「―――わかった。じゃあ“仲間”として改めて言わせてもらうよ。ありがとう、エマ」

 

「はい。どういたしまして」

 

「ふふ……」

 

「いいところに落ち着いたようだな」

 

 

 

 改めて感謝を述べたイクスとそれをすっきりとして笑顔で受け止めたエマを見て、彼ら以外のⅦ組メンバーも自然と笑みがこぼれた。春にクラスが結成されてから約4ヶ月、本当の意味でⅦ組が一つになった瞬間だった。

 

 

 

「ちょっと、エマだけじゃなくてアタシも手伝ってあげたんだけど。緊急用の霊薬まで使う羽目になったんだからね!」

 

「ああ、セリーヌもありがとう。助かった」

 

「……別にアンタのためじゃないわよ。エマがどうしてもっていうから仕方なくよ、仕方なく」

 

 

 

 そして、この空気にむず痒くなって話しかけてきたセリーヌにもイクスは感謝を述べる。素直に感謝が受け止められなかったセリーヌはブツブツと文句を言っていたものの、近くにいたフィーが顎の下を撫でるとゴロゴロと喉を鳴らしていた。

 

 

 

 エマの話が一通り終わって和やかな空気が流れる中、ある事が3日前からずっと気になっていたユーシスはイクスに尋ねた。

 

 

「イクス、お前からも話すことは無いのか?」

 

「え?話すことって……」

 

「決まっているだろう。あの時、再び立ち上がったお前が見せた謎の力についてだ」

 

「それは………」

 

「ユーシス達が言っていた赤髪になったイクスの力か……」

 

「それに、目の色も金色っぽくなってたかな」

 

 

 

 イクスがエマの治療を受ける直前、一度はコルンに倒されたイクスが再び立ち上がった際に見せた謎の力。それまで手も足も出なかった敵を圧倒する程の戦闘能力を見せたイクスの姿をB班のメンバーとマシロ、そしてセリーヌも目撃していた。

 

 

 

 《隻眼の狼》が立ち去った後、すぐにイクスも倒れてしまったことで真相がうやむやになってしまったため、結局あの力が何だったのかはこの3日間謎のままだった。

 

 

 リィンの件もあるため、もしかしたらイクスにもまだ自分達に隠している事があるのではないかと思ったユーシスは思い切って彼自身に尋ねてみたが、イクスから出た返答は意外なものだった。

 

 

 

「えっと、それがさ……俺も正直なところ良く分からないんだ」

 

「何……?」

 

「その、コルンって奴に倒された後の記憶がほとんど無くてさ。話を聞いた限りでも思い当たる節は無いし、俺自身そんな力があるっていうのは初耳なんだよ」

 

「ということは、リィンみたいに過去にその力を出したことは無いということか?」

 

「ああ、少なくとも俺は記憶にないし、人からも聞いたことがない」

 

「私もイクスとは小さい頃からずっと一緒にいますけど、あんな姿のイクスはあの時初めて見ました」

 

「なるほどね。正真正銘、謎の力ってわけか」

 

 

 

 実はイクス自身にもその力について心当たりが全く無かった。それを知ったのもつい先程B班のメンバーから聞いた話が初めてであり、彼自身も未だに自分がそんな力を出したことが信じられていないのである。

 

 もちろん、今の彼の髪はいつもと同じ紺色の髪であり、目の色も灰色に戻っている。赤い雷のような闘気も出していなければ、深紅の色の髪でも琥珀色の瞳でもなかった。

 

 

 

「リィンの力とは何か関係はないのか?僕たちも直接見たわけじゃないからアレだが、リィンの場合は銀髪に赤目になるんだろう?」

 

「うーん、俺も正直何とも。そもそも俺の力自体も良く分からないからな」

 

「エマは何か分からない?」

 

「いえ、私もどちらの力も分からないです。セリーヌは?」

 

「ま、アタシも詳しいことは何にも分からないわ。見た感じ、コイツらの力自体の性質は似てるみたいだけど根っこの部分が違う感じがしたってくらいね」

 

「根っこの部分……?」

 

「それって一体どういう?」

 

「だから、あくまでアタシの感覚での話よ。大体、そこの起動者候補はともかく、アタシだってこの青髪に関しては完全に予想外だったんだから」

 

 

 

 その後もイクスだけでなくリィンに関しても色々な質問が飛び交ったが、二人とも力に直接関係がありそうな手がかりは見つからなかったため、結局この話は今後の課題として保留になった。

 

 リィン達もテロの時の話について鉄道憲兵隊の調書のための取り調べや各地見回りの協力。マシロもこの3日間イクスに付きっ切りだったためやる事があり、話し合いは一旦終了してそれぞれその部屋を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………暇だな」

 

 

 

 

 話し合いが終わりⅦ組やマシロが出て行ったことで、再びイクスは部屋で一人になっていた。ずっと眠っていたからか横になっても眠気はなく、かといって起き上がって動くと怒られるため、ベッドで大人しく天井や窓から見える青空をぼーっと眺めていた。

 

 窓から見える青空には白い雲がゆっくりと動いている。雲が一つ窓から消えたかと思えばまた次の雲が姿を現わし、それが幾度となく繰り返される。

 

 もしかしたら永遠に続くのではないかとイクスが思っていると、不意に扉をノックする音が彼の意識を引き戻した。

 

 

 

「イクス様、包帯をお取り替えに参りました」

 

「あ、どうぞ、シャロンさん」

 

 

 

 部屋のドアから現れたのは替えの包帯などを持ってきたシャロンだった。エマの魔術のお陰で傷はある程度塞がってはいるものの、そのままにしておいていいというわけではない。傷口から菌が入らないためにも適度に新しい包帯に替える必要がある。

 

 

 部屋に入ったシャロンはベッドから起き上がったイクスの身体に巻かれた古い包帯を丁寧にとっていく。かなり美人の部類であるシャロンが接近することで少し恥ずかしくなったイクスは気を紛らわせるために彼女と話をしていた。

 

 

 

「それじゃあ、シャロンさんはまだ結社を抜けたわけじゃないんですね?」

 

「はい。ですが、今の私の行動の優先順位はラインフォルト家のメイドとして、そして第三学生寮の管理人としての行動が第一。皆さまに危害を加える心配は全くございません」

 

「なるほど、アリサいるところにシャロンさんありって感じですね」

 

「ええ、その通りでございます♪」

 

 

 

 イクスがシャロンと話しているのは彼女の立場について。

 

 

 夏至祭のテロの際に怪盗紳士と戦闘になりそうだったところを助けてくれたシャロンは、怪盗紳士と同じ結社《身喰らう蛇》に所属する《執行者》と呼ばれるエージェントの一人だった。

 

 

 彼女の話によれば彼女は現在も結社に所属する身であるが、《執行者》の特権としてあらゆる自由が許されるため、彼女は自らが仕えているラインフォルト家のメイドとして活動をしているらしい。さらに言えば、その雇い主であるアリサの母からの命令によりⅦ組の住む第三学生寮の管理人としての行動を優先しているとのことだった。

 

 

 イクスもバルフレイム宮に向かう途中で彼女の技量を少しばかり見たが、彼女がかなりの戦闘能力の持ち主であることは十分にわかっていた。

 

 

 

「それで、アリサはどうだったんですか?さっきの感じだと、怒ってる様子には見えなかったですけど」

 

「………2日前に初めてわたくしの事情を申し上げた際はお嬢様も驚いていましたが、他の皆さまも含めていくつか質問を受けた後、お嬢様からこう言われたのです。『今のあなたは“ただの”シャロンなのよね?』と」

 

「……………」

 

「それにわたくしが『はい』と答えると、アリサお嬢様は『なら、いいわ。たとえ執行者だったとしてもシャロンはシャロンだもの』と言ってくださいました」

 

「……アリサらしいですね」

 

「はい、わたくしにはもったいないほど素晴らしいお方です」

 

 

 

 古い包帯はすでにイクスの身体から離れ、シャロンはエマから渡された特製の塗り薬を傷口に塗ってから今度は真新しい包帯を慣れた手つきでイクスの身体に巻いていく。シャロンの丁寧な処置を受けながら、イクスは彼女とアリサの信頼関係を改めて認識していた。

 

 

 

「シャロンさん、聞きたいことがあるんですけど」

 

「ええ、どうぞ。わたくしに答えられる範囲であればお答えしますわ」

 

 

 

 シャロンから執行者の話を聞いたイクスにはまだ尋ねたいことがいくつかあった。士官学院に入学し、特別実習で結社の関係者とも関わってくる中で色々と気になることが出てきていたのだ。

 

 

 

「シャロンさんが来てくれる前に怪盗紳士が言っていたんです、俺が思ってる以上に俺自身に興味を持っている奴は多いって。もしかしてなんですけど、シャロンさんも以前から俺のことを知っていたりするんですか?」

 

「………ええ。イクス様の言う通り、存じ上げていました」

 

「やっぱりですか。ということは結社の連中は俺のことを知っているんですね?」

 

「全員が全員というわけではございません。イクス様のことを知っているのもわたくしを含めた一部の執行者や他の一部の方々だけです」

 

「そうなんですか……」

 

 

 

 バルフレイム宮に向かう際に遭遇した怪盗紳士がイクスに言った意味深な発言は彼の頭の中でも引っかかっていた。その時はなぜ自分なのかはイクスは分からなかったが、今はなんとなくその理由が分かるような気がした。

 

 

 

「一応聞くんですけど、なんで俺なのかは教えてくれませんよね?」

 

「そうでございますね。話せるのであればお話したいのですが、わたくしの口からは申し上げられません」

 

「ですよね」

 

 

 

 ダメ元で聞いてはみたものの、やはりシャロンはその理由についてイクスに教えることはなかった。そうしている間に包帯の取り替えは終わってしまい、イクスの身体には真っ白な包帯が綺麗に巻かれていた。

 

 

 

 

 シャロンがそう簡単に情報を提供する人物ではないことはイクスも承知しているため、これ以上の情報は彼女の口からは得られないだろうと彼は諦める。彼が包帯の取り替えをしてくれたお礼を言おうとした時、シャロンがポツリと呟いた。

 

 

 

 

「………《鉄機隊》」

 

「え?」

 

「結社にはわたくし達《執行者》と呼ばれる実働部隊の他に、計画そのものを進める役割を担う《使徒》と呼ばれる方々がいます。その中でも個人の戦闘能力が結社でもトップクラスと言われているのが《使徒》第七柱―――《鋼の聖女》というお方です」

 

「《鋼の聖女》………」

 

 

 

 

 シャロンの口から突然語られた《使徒》という存在と、その中の一人である《鋼の聖女》という名前。その名前を聞いたイクスはなぜか、今からシャロンが話す内容が自分にとって聞き逃してはならないことである確信があった。

 

 

 

 

「その第七柱直属の部隊が《鉄機隊》と呼ばれる部隊です。彼女たちは執行者とは異なりますが、その戦闘能力は執行者にも引けを取らないレベル。人数は第七柱を除いて6名と少数ですが、その戦闘能力の高さから“結社最強の部隊”と言われています」

 

 

 

 

 結社最強の部隊という言葉にイクスも思わずつばを飲み込む。《鋼の聖女》やそれに仕える《鉄機隊》といい、かの《槍の聖女》と《鉄騎隊》を連想させるが、その真実はイクスにはわからない。

 

 

 

 そしてイクスの脳裏には一瞬“あの日”彼とマシロを助けてくれた《銀色の騎士》もちらついたが、それを深く考える前にシャロンの話が続いた。

 

 

 

 

「正直に申し上げますと、わたくしもイクス様の力については知りません。ですが、第七柱と《鉄騎隊》。その二つがイクス様の“過去”と“力”についての手がかりになるかもしれません」

 

「………………」

 

 

 

 

 

 イクスの“過去”と“力”。

 

 

 

 力についても謎が多いが、イクスの故郷であった《ロウフェル》が襲撃された事件についても謎に包まれたままである。シャロンの話でもまだ手がかりになるかどうかは半々だが、追う価値は十分にあった。

 

 

 

 

「それではこれで。わたくしに力になれることがあればいつでも頼ってくださいませ」

 

「ありがとうございます、シャロンさん」

 

「どういたしまして。それでは失礼致します、イクス様」

 

 

 扉が閉まり、再び部屋の中にはイクスのみになる。誰もいなくなった部屋の窓から青空を眺め、イクスは一人シャロンから得た手がかりについて考えていた。

 

 

 

 

(《鋼の聖女》に《鉄機隊》……。まだまだ先は長そうだけど、一歩くらいは前進したかな)

 

 

 

 

 窓から見える青空にはやはり先程と同じく白い雲がゆっくりと通り過ぎている。窓から見える空は地上よりも少し高い城の中の部屋から見ても遠く感じる。

 

 

 

 

 先程と一つだけ違ったのは一筋の日光が窓の外から差し込み始めていたことだった。

 

 

 

 

 





イクスも無事?生きてたということで長かった第4章もいよいよ次で終わりになります。


謎の力を覚醒させたり、変な夢を見たり、シャロンさんに鉄機隊を追えと言われたり、色々と大変なことになってきたイクス。


ですが彼にとっての本番はここから。更なる試練が彼を襲うでしょうが、Ⅶ組、そしてリィンとともに乗り越えていけるはず。読者の皆さんも彼の成長を見守っていただければと思います。


それではまた次回。



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