英雄伝説 花の軌跡   作:阿賀美 アクト

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日常回なので、そこまで長くする予定は無かったんですが、気づいたら結構な文量になってました…


第1章 初めての実習〜動き出す者たち〜
第6話 学院での1日


 

………眠い。

 

 4月17日土曜日、今日もまた俺は睡魔と格闘していた。

 

 入学式からおよそ2週間程度が経過し、学院での授業も本格的にスタートしていた。初回の授業はどの授業もおおよそ、担当教官の軽い自己紹介やこれからの授業の進め方などオリエンテーション形式(中にはハインリッヒ教頭のように初回からいきなり授業に入るものもあったが)のものが多かった。

 

 そして、現在受けている授業は《帝国史》、トマス・ライサンダー教官の授業である。

 

 トマス教官は丸眼鏡をかけ、いつも笑顔でいることが多い優しげな教師だ。

 しかし、彼の喋り方はそのマイペースな性格から来ているのか、ゆったりとした口調で、これが授業中に襲う睡魔に拍車をかけているのだ。

 

 さらに最悪なことに、今はちょうど第3限の授業つまり昼食後の授業であり、一番眠くなりやすい時間帯にトマス教官の授業というダブルパンチの状態であった。

 

 別に帝国史自体に興味がないわけではない。むしろ、小さい頃は家にあった帝国の伝承などを読んでいたことも多かった。

 だが、これが授業となると話は別だ。読書などは能動的に情報を取り入れる行為であるため退屈しづらいが、授業というのは、自分は静かに着席して教師から受動的に情報を取り入れる単調な行為のため、どうしても退屈しやすい。

 

 現に、隣の席に座るフィーは姿勢を崩さずに寝るという器用な寝方で眠っている。彼女も授業中に睡魔と戦っていることが多く、今回もトマス教官による意図しない催眠術にその意識を刈り取られていた。

 

 かく言う俺も、既に意識の半分くらいが夢の世界に行っているため、このままだとフィーと同じく夢の世界の住人になってしまうだろう。ノートに書いてある板書も文字が崩れてぐちゃぐちゃになっている。

 

 幸い《Ⅶ組》には親切な人物が多く、俺はリィンやエリオット、フィーはエマやアリサがノートを見せてくれるため、今のところ授業についていけないということはない。だが、彼らの好意にいつまでも甘えるわけにはいかないため、こうして睡魔と戦っているのだが、正直なところ、俺も限界に近い。

 意識の8割が夢の世界に旅立とうとした時、待ち望んでいた授業終了のチャイムが鳴った。

 

 フィーもチャイムの音に気づき、目を覚ます。

 

「おっと、どうやら今日はここまでのようですね〜。それでは皆さんまた来週」

 

 トマス教官も授業を延長することなく、俺たちに挨拶をして教室を出て行こうとする。

 

 なんとか乗り切ったか…と俺が心の中で安堵していると、トマス教官は不意に足を止める。

 

「…そうそう、イクスくんにフィーさん、次は頑張ってくださいね〜」

 

 そう言っていつも通りの笑顔を崩さず、トマス教官は教室を出て行った。

 

 気づいてるんなら、起こしてくれよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れさま。今日の授業も一通り終わりね♡」

 

 サラ教官が俺たちに労いの言葉を送る。本日の授業が終了し、HRの時間になっていた。

 

 午前中は春らしい陽気に包まれた青空だったが、日も沈んで窓からは夕陽が差し込んでいた。

 ぼんやりと窓の外を見ていると、いつもはテキトーにHRを終わらせるサラ教官が珍しく話を続ける。

 

「前にも伝えたと思うけど、明日は《自由行動日》になるわ」

 

 トールズ士官学院は士官学校であるため、休日というものは殆ど無い。その代わりという訳ではないが、こうして年に数回《自由行動日》が設けられている。

 厳密には休日ではないが、授業は無く、何をするのも生徒たちの自由に任されているのだそうだ。

 

「帝都に遊びに行ってもいいし、何だったらあたしみたいに一日中寝てても構わないわよ?」

 

 自由行動日について改めて説明したサラ教官は俺たちに自分の過ごし方を例に出すが、一日中寝るという教師らしからぬ過ごし方に俺たちは呆れてしまう。この2週間で改めて思ったが、何故こんな人がトールズ士官学院の、しかも今年度から創設された新クラスの担任教官を任されているのだろうか。

 

 俺たちが呆れる中、エマとマキアスが学院の施設が開放されているのかどうか質問する。ちなみに、この二人はそれぞれ《Ⅶ組》のクラス委員長と副委員長に任命されていた。

 

 サラ教官によれば、学院内の施設も一通り使えるらしく、また、クラブ活動もこの自由行動日にやっているところが多いそうだ。

 自由行動日について話し終えたサラ教官は、更に話を続ける。

 

「――それと来週なんだけど、水曜日に《実技テスト》があるから」

 

「《実技テスト》……」

 

「それは一体どういう……?」

 

 初めて聞く単語にリィンとアリサが反応する。普段やっている戦闘訓練の一環で評価対象にも入るらしいが詳しい事はわからない。

 疑問を浮かべる俺たちにサラ教官は微妙な返答ではぐらかした後、もう一つ重要なことを付け加える。

 

「そして――その実技テストの後なんだけど。改めて《Ⅶ組》ならではの重要なカリキュラムを説明するわ」

 

 入学式の際に俺たち《Ⅶ組》は他のクラスのカリキュラムよりもハードなものになっていると説明されたが、どうやらその内容がようやく明らかになるらしい。

 少し身構える俺たちにサラ教官は最後に意味深な言葉を残してHRを終了する。

 

「ま、そういう意味でも明日の自由行動日は有意義に過ごすことをお勧めするわ。HRは以上。副委員長、挨拶して」

 

「は、はい。起立――礼」

 

 そうしてHRが終了し、放課後になったのだった。

 

 

 

「へぇ、ガイウスって絵が描けるのか」

 

「ああ、故郷にいた頃にたまに趣味で描いていた。ほぼ我流だからきちんとした技術を習えるのはありがたいと思ってな」

 

 放課後になった後、俺とエリオットとガイウスはリィンの席の側に集まっていた。

 

 入学式のときにパーティを組んだこともあり、俺たちはこうして放課後に集まって話すことが多い。今日はエリオットが実技テストが不安だという話題から、それぞれどの部活に入るのかという話題になっていた。

 

 エリオットは吹奏楽部に入る予定のようで、彼は趣味でバイオリンをやっていたためそのままバイオリンを担当するそうだ。

 そして意外にもガイウスは美術部に入るようで、俺たちは彼の描く絵に興味をもっていた。

 

 二人の部活を聞いた後、エリオットが俺に尋ねる。

 

「じゃあ、イクスは何のクラブに入るの?」

 

「俺か?俺は園芸部に入る予定だ」

 

 俺の答えを聞いた瞬間、リィンたちはガイウスのときよりも驚いた表情をする。あまりに驚かれたため、俺は思わず彼らに抗議する。

 

「おい、なんだその顔は?いくらなんでも驚きすぎだろ」

 

「いや、なんていうか園芸ってイクスのイメージから掛け離れてるっていうか…」

 

「俺も運動系のクラブだと思ってたよ」

 

「ああ、正直予想していなかった」

 

 3人とも俺が園芸部に入るとは予想もしていなかったようで、俺は若干ショックを受けていた。そんなに似合っていないのだろうか…?

 

 俺がショックを受けていると、教室にサラ教官が入ってくる。

 

「よかった、まだ残ってたわね」

 

 再び教室に戻ってきたサラ教官に何事かと尋ねると、なにやら《生徒会》で受け取って欲しいものがあるとのことだった。相変わらず受け取って欲しいものの詳細は伝えてくれなかったが、学院生活において欠かせないアイテムらしい。

 

 トワさんが生徒会長であることは知っていたため、知り合いである俺が受け取ってこようと考えたが、リィンは自分はまだ部活を決めていないため見学がてらに受け取ってくると提案した。

 

 俺たちもこの後それぞれクラブ活動があるため、ここはリィンの好意に甘えることにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そもそも俺が園芸部に入ることになったきっかけは入学してから約1週間が過ぎた頃のことだった。

 

 トールズ士官学院の施設などの位置を把握しておこうと思い、俺はその日の放課後、一人で学院内を見て回っていたのだ。最初に本校舎の中を見て回り、その後他の施設を回っていた。

 グラウンドを見た後ギムナジウムの中を見学させてもらい、その隣にあった学生会館の方へ行こうとした時に、俺はその足を止めていた。

 

「…へぇ、綺麗に咲いてるな」

 

 ギムナジウムの隣には校舎の中庭の向かい側になる形で、花壇が設置されていた。その後ろには小さな池もあり、そこで一人釣りをしている生徒も見受けられる。

 

 俺はそのまま花壇の方に近寄り、腰を下ろして花壇の中に咲いてる花を観察していた。花壇には花の他にも野菜をいくつか栽培しているらしく、中々バラエティに富んだラインナップだ。

 

「…ん?これって…」

 

 そんな中、俺はある花に目を止める。

 

「これ、エーデルワイスか。こんな所で咲いてるなんて珍しいな」

 

「そうでしょう。つい先日花を咲かせたばかりなんですよ」

 

「そうなんですか……って、ええ!?」

 

 いつの間にそこにいたのか、隣に現れた人物に俺は驚いてしまう。

 

 そこにいたのは麦わら帽子を被った温厚そうな女子生徒だった。彼女の制服の色が白であるということは、彼女が貴族生徒であるということを示していた。

 

「去年から栽培していたんですけど、中々花を咲かせてくれなかったんですよ〜」

 

 俺が驚いたことを全く気にせず、その女子生徒は話を続ける。“去年から”ということは彼女は先輩なのだろう。

 

「えっと、先輩…でいいんですよね。俺はイクス・ライガストっていいます。これって全部先輩が?」

 

「ええ、そうですよ。ああ、そういえば自己紹介していませんでしたね。私はここの園芸部の部長を務めている2年のエーデルです」

 

 トールズではいくつかクラブがあるとは聞いていたが、園芸部まであるとは思っていなかった。てっきり運動系のクラブが主だと思っていたからだ。

 自己紹介したエーデル部長は俺に、ある質問をする。

 

「――花、お好きなんですか?」

 

「え――」

 

 エーデル部長の質問に、俺はすぐに返答できなかった。が、少し考えた後にエーデル部長の質問に答える。

 

「…好きっていうか、なんていうか身近な存在って感じですかね」

 

「――そうですか」

 

 エーデル部長は俺の答えにどこか満足げな表情をしながら頷き、話を続ける。

 

「良ければ、園芸部に入りませんか?貴方ならきっと綺麗な花を咲かせられると思います」

 

「………」

 

 突然の勧誘に俺はすぐに答えを出せなかった。しかし、エーデル部長はそれも考慮していたのか、迷っている俺に話しかける。

 

「すぐに答えを出さなくてもいいですよ。他に気になる部活があれば、そちらに入るといいでしょう。もしそれでもここが気になったら、その時は是非待っています」

 

 そう言ってエーデル部長は他の花壇の様子を見に行ったため、俺はその後、他の施設を回ることにしたのだった。

 

 

 

 そうして、他のクラブも見学したのだが、あまりピンとくるものがなかったため、こうして現在、放課後に花壇をいじることになっているのだが……

 

「…今考えるとあの時すでに、答えが出てたのかもな……」

 

「そうかもしれませんね〜」

 

「ええ、ホントに……って、うわあ!?」

 

 回想に浸っていた俺の隣には、またもやエーデル部長がにこにこしながら花の様子を見ていた。毎度毎度、この人はナチュラルに気配を消して近づいてくるのだ。

 

 そんなエーデル部長は思い出したように、俺にお願いをしてくる。

 

「そうだ、イクスくん。グラウンドの倉庫から土を取ってきてくれますか?あちらの花壇の土を入れ替えたいので」

 

「…了解です」

 

 部長のマイペースなノリにいちいちつっこむのも野暮なので、俺は素直に腰を上げる。そのままグラウンドに向かおうとすると、ばったりフィーと出くわした。

 

「よっ、フィーは何してるんだ?」

 

 いつも通り眠たげな表情で、フィーは俺の質問に答える。

 

「…別に何も。ヒマしてたから散歩してた」

 

 入学式の時も思ったが、その身体能力や気まぐれな性格といい猫みたいな子だ。俺たちよりも年下のようだし、一体どういう経緯でこの学院に来たのだろうか?

 彼女のことが少し気になった俺は、会話を広げようと再び質問してみる。

 

「えっと、フィーはクラブには入ったりしないのか?」

 

「めんどいからいい」

 

 しかし、あっさりとした返答で会話はそれ以上広がらなかった。他に共通の話題を探そうとしてみようと思ったが、彼女は会話すら億劫なのか欠伸をしながら中庭のベンチへ向かって行った。

 

「ん、ここでいいや」

 

 そう呟いた後、ベンチに横になり、そのまま眠ってしまった。

 

 すっかり熟睡してしまい起こすのも悪いと思ったため、俺は当初の目的であるグラウンドへ向かう。まあ、いずれ聞く機会もあるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 その夜、俺は夕食と風呂を済ませて部屋のベッドで横になっていた。

 俺たち《Ⅶ組》は他の生徒と違い身分を区別していないクラスであるため、第3学生寮という他の学生寮から少し離れたところにある建物に住んでいる。2階に男子、3階に女子とサラ教官というように部屋も一人一部屋ずつ与えられていた。ちなみに俺は206号室で、向かいの部屋がリィンの部屋だ。

 

 一週間の疲れが溜まっていたこともあり、ベッドで微睡んでいると部屋の扉がノックする音が聞こえたため、ベッドから起き上がり扉を開ける。

 

「あ、イクス。少しいいか?」

 

 扉の前にいたのはリィンだった。その手には何やら小さな冊子のようなものが何冊かある。

 

「構わないぜ。ところでそれってサラ教官に頼まれたヤツか?」

 

「ああ、《Ⅶ組》用の生徒手帳だ。えっと、イクスのはこれだな」

 

 リィンから受け取った生徒手帳は黒を基調としたもので、表紙にはトールズ士官学院のエンブレムである有角の獅子紋が刻まれていた。

 

「サンキュな。これからみんなの分も届けるのか?」

 

「ああ、そのつもりだ」

 

 生徒手帳を受け取り他に用も無かったため、扉を閉めようとすると、リィンはある事を思い出したようで、俺に話し掛ける。

 

「そういえば、イクスってトワ会長と知り合いだったんだな」

 

「あ、そういや話して無かったか。トワさんは帝都にいた頃のご近所さんなんだ」

 

「そうなのか。っと、もう遅いしみんなの所にも生徒手帳を配ってこないと。それじゃあおやすみ、イクス」

 

「おう、おやすみ」

 

 そう言うと、リィンは足早に3階の方に上がって行った。入学式にアリサを助けようとしたり、こうして生徒手帳を一人一人に配ったりと、彼は天性のお人好しのようだ。

 

 部屋に戻り、再びベッドに横になりながら明日の予定を頭の中で考える。

 入学式以降、トワさんにちゃんと挨拶出来てないし明日は生徒会室を訪ねてみようかな…

 

 そんなことを考えているうちに俺の意識は夢の世界に落ちていった。

 




題名の時点でおおかたの人が予想できたと思いますが、イクスの部活は園芸部ということになりました。
《エーデルワイス》は歌でも有名なスイスの国花で、本来なら夏頃に花を咲かせる高山植物です。ですがエーデル部長の名前の由来がおそらくこれだろうなと思い、無理矢理出しちゃいましたが、その辺はご了承ください。
それとそろそろストックの方が切れるので、これまで通り毎日更新という訳にはいかないかもしれないです。まあ、当初の目標が3日以内の更新なのでセーフセーフ。
そんなわけで次回は自由行動日です。イクスがどんな自由行動日を過ごすのかお楽しみに!


ちなみに、エーデルワイスはドイツ語で《高貴な白》ですね。
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