「埼玉にヌードルを茹でる余裕はない。それでも私はヌードル触手を伸ばし続けます」とFlying Spaghetti Monsterは言った。 作:にえる
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俺は夢の中を自由に歩いていた。いわゆる明晰夢というやつだろう。体はふわふわとしながらも形を保っている。
どこまで行けばいいのか、いつ目覚めるのか。疑問に思いながらも、非日常を楽しむかのように歩き回る。
歩くたびに、ゴムでできた床を踏んでいるかのような鈍い感覚を覚えた。不安定な足場だったが、歩いているうちに慣れてくると、違和感も忘れていった。
ふと、遠くに眩い光が灯っていることに気づいた。
「■を■■■のです」
その光は俺に何かを語りかけている。なんだ、なんと言っているのか。語りかけているのか。
非日常を楽む気分に釣られてか、俺はその光と言葉が気になりだしていた。
目覚める気配も、夢が終わる予兆も無い。それならば、と俺は光へと歩むことにした。
「■を■でるのです」
近づくにつれて光が徐々に大きくなり、再び声が聞こえた頃には視界いっぱいに広がっていた。
それは眩く、そして実に神々しかった。
俺はそれにどうしても近づきたくなっていた。声をきちんと聴きたくなっていた。
不意に脳裏へと奇妙な映像が浮かんで立ち止まった。それは光に魅了された自身の姿で、まるで火に吸い寄せられる虫のようでもあった。
今なら戻ることもできますよ、そんな言葉を耳元でささやかれた気がした。穏やかで優しい、慈愛溢れる声だった。
立ち止まって気づいたが、眩い光は俺の姿を影ごと掻き消していた。
進むか、戻るか。
ここまで来て戻るのか、ここまで来てしまったから進むのか。
見えない何かに強い決断を求められている、そんな予感がした。途中まで行ってやめるのならば、今戻るのと変わらないことも何故か理解できた。半端は求められていない。今すぐに全てが決まるわけではないが、強い意志が歓迎されることも。
馬鹿らしい。結局はただの夢だ。俺の脳が見せているただの夢。
自分の夢から逃げて、どこへ進めるというのだろう。
俺は決めた。このまま進もう。俺が決めたことだ、夢の中で、俺だけの意志で決めたことだ。
足があるのかわからない。感覚は消えていた。光で見ることも出来ない。それでも進む。
俺にはわかる。進めばいい、間違っていない。この先だ。
すぐ傍だ。
だが、触れられるほどに近く、どこにいるのかわからないほどに遠い。
その時、より強い光が灯された。
なんと神々しいことか。
無意識に天使か神に近づいたのではないかと思ったほどだった。
そうして、光が弱くなり徐々に消えていくと、僅かずつ姿を現した。
幾本にも絡まった黄を帯びた麺、二つの茶褐色の玉、カタツムリが持つつぶらな瞳。
形容しがたき化け物だった。
「麺を茹でるのです」
何が天使だ、パスタじゃねーか!
「守護スパゲッティです」
スパゲッティかよ!
「太さにこだわりがあります」
知らんがな。
そこから視界が白んでいく。
この無駄な夢はどうやら時間切れを迎えたらしい。
無駄に歩き続け、ゴールはスパゲッティの集合体とは誰が予想できただろうか。
俺が無意識に求めているのはスパゲッティなのだろうか。
朝の陽ざしととも目が覚めると、凄いよく寝れた気がした。
この日から毎日、化け物が夢に現れては見つめ合い、快適な寝起きを迎えることとなる(未来を知っている者特有のそれっぽい文言)
--2
夢で再び化け物と出会った。
絡まった麺、二つの茶褐色の玉、カタツムリが持つつぶらな瞳。かわいい瞳をしているような、そうでもないような。
俺の貧困な語彙では化け物としか表現できないが、もっと正しい名称があるのかもしれない。
「私です」
化け物がそう告げる。耳心地の良い美しい女性の声だ。穏やかで落ち着いている。
「お前だったのか。いつも栗をくれたのは」
「違います」
「なんと」
狐じゃないから違うだろうなって思ってたが、実際違ったようだ。
そうして視界が白んでいく。
以前よりも短い時間の接触だった。
やはり俺が無意識に求めているのはスパゲッティなのだろうか。
--3
一日の疲れを癒すために早めに寝たのだが、すぐに夢を見ている感覚に陥った。
今いるのは夢の世界だと理解できる。明晰夢というやつだろうか。
化け物が近すぎず、遠すぎず、絶妙にちょうどいい距離で浮いていた。
「私です」
語りかけてきた化け物に、どこで発声しているのかとくだらない疑問が浮かんだ。
「お前だったのか。こだまは」
「こだまでしょうか。いいえ、私です」
「お前だったのか、私は」
「私でしょうか。いいえ、こだまです」
「やはりこだま……」
視界が白んでいく。どうやらタイムアップが訪れたようだ。
名残惜しそうな雰囲気の化け物を残し、俺は深い眠りへと入っていく。
経験上、ここからぐっすり眠れるのだ。
朝の陽ざしととも目が覚めると、凄いよく寝れた気がした。
朝食代わりにインスタントラーメンを食べたが、ちょっと胃が変になった。
--4
明晰夢だ(慣れたので端折り)
「私です」
なんかまた化け物がいた(知り合いのためフランク)
「お前だったのか。魔王の支配によって闇の帳で覆われし天空を光射す道を生み出すことで勇者を導き、遍く悪鬼による混沌の大地をノアなる者とその縁者と様々な種類の雌雄で選別された動物のみを残して神聖なる洪水で清め、灼熱の業火彩る風を涼やかな新緑で癒し、新たなる世界を創造しようとした今俺が考えた僕が考えた最強の神様は」
「違います」
そう。じゃあ飽きたので私寝るね(飽きた人間特有の冷たさ)
朝の陽ざしととも目が覚めると、凄いよく寝れた気がした。
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夢の中で化け物がテレビを見ながら待っていた。見回してみると、なるほど俺の部屋だった。冷蔵庫からジュースを二本取り出し、一本を投げると、麺で構成された触手で受け取っていた。段々と互いに慣れを感じる。
化け物はジュース片手に(といっても触手は複数あってそのうちの一本だけなのだが)ゆっくりと立ち上がる(麺を足に見立ててその体を持ち上げたため立ち上がったと感じた。もしかすると浮いているのかもしれない)と、真剣な瞳(おもちゃのような丸い瞳だが何故か真剣だと理解できた)で俺を見つめている。いつもとは違う、明晰夢特有のオーラ(なんかそんな感じの空気感)でわかる。
化け物はこのチャンスを物に出来るのか(他人事)
「ごめーん待ったー?」と俺。
「いいえ。今きたところだから大丈夫です」と化け物。
「そう。じゃあ俺、テレビ見たら寝るわ」と俺。
深夜にやっていたラーメン特番を一緒に見て寝た。
朝の陽ざしととも目が覚めると、凄いよく寝れた気がした。
居間の机に空き缶が二本置いてあった。
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帰宅すると、何かの気配を感じた。いつもと違う。だが慣れ親しんだ気配だ。実家に帰省したときに似ているかもしれない。
居間の扉を開ける。あの化け物がいた。俺に気づくとその化け物は律儀に身体(?)をこちらへと向けた。だが、テレビに強く興味を持っているのか片眼は流れているラーメン特番を、もう一方の眼は俺を捉えていた。
改めて見るとなんと奇天烈なのだろうか、よく誰しもが一度は迎える心霊現象や幽霊との邂逅とやらかと思案してみる。
「私は貴方の守護天使です」
守護天使! なんと、彼奴はその見た目で天使だという。天使というのはもっと神々しいのではなかろうか。両性だとか、姿は後光で見えないだとか聞いたことがある。そういえば天使というのは眼が沢山あったり、羽根がいっぱいあったり、そもそも人型が少なかったかもしれない。
もしくは一般的に知られている羽根の生えている、それっぽい姿をしている可能性もある。
ここまで外れた姿では、信じるにも難しい。
「嘘をつきました。スパゲッティジョークです。実は守護スパゲッティです。なんとこれはミートボール」
守護スパゲッティ! そんな存在がいるとは思わなかったし、きっと他人から言われたら信じなかっただろう。頬袋のように存在していた茶褐色の球体は、なるほどよく見ればミートボールだった。
しかし、スパゲッティ本人(人という表現はおかしいが本スパゲッティだと語呂が悪いため人を採用)から言われると成程、そういうのもアリだなと納得してしまうから不思議である。
そういえば守護霊がコクワガタで、本人よりも弱いため守ってあげなければいけないという与太話をネットで見たことがある。そう考えると、守護するのは人や動物どころか虫や食べ物でも問題ないのかもしれない。
そうなると普段は見えなかったり居なかったりするという守護霊的なサムシングが夢や現実で接触してきたということは、俺の身に何か起きるという先触れなのだろうか。
「いえ、違います。守護スパゲッティとしてキャリアアップしていきたいと思っておりまして、ご協力をお願いしたく」
キャリアアップ! 守護霊としてキャリアを積み重ね、今後に生かしたいのだろうか。勤勉な守護霊である。俺はどうもぐうたらというか、自分で言うのもなんだが向上心があまり見られない人間だ。なんというか、前向きな発言とか姿勢をちょっと見せられるだけで、どうもこのスパゲッティが何か立派な守護霊に見えてきてしまったのだから、俺は単純なのだろう。
しかし、簡単に肯定するには至らない。これで悪霊だったりしたら「お前を呪い殺すのさ!」だなんてベタな展開が待っているのだろう。そうでなくても生贄などを求められたら堪らない。霊的な存在に約束事をするのはなるべく控えるべきだとネットで見たことがあった。祟られては困るという物。
とはいえ協力を願い出てくる守護霊という面白さと興味深さ、向上心は俺の心を擽ってくる。物によって協力を惜しまないかもしれないと思わせる旨味(スパゲッティなので旨味としたが、もしかすると凄みかもしれない)を持っている。
「ちょっと危ないかもしれません」
危ないのか。そうなると対価や目的によっては協力できない可能性も出てくる。
俺が協力できないとなると他の協力者を探す必要も出てくるかもしれない。段ボールに入れて、捨てスパゲッティとして放置するのはどうだろうか。
ママ、ボクこの捨てスパゲッティに協力したいよ。ダメよ、元の場所に捨てスパゲッティしてきなさい。なんて会話が路上で交わされる未来もあり得る。
「キャリアアップの目標ですが、他の幽霊などを倒して今よりも高位のスパゲッティとなります。最終的にはヌードル神を目指します」
スパゲッティが神! あまりのスケールのでかさにブルりと来た。だが、スパゲッティの神とはいったい何なのだろうか。ヌードル神というのが正式の名称だったり、位階だったりするのかもしれない。人間とは異なる文化構造もしているのだろうし、近い単語を当てはめているだけで実際は全く異なる事実もあり得る。そもそも自律行動している時点で高位のスパゲッティなのではないか。神とは、スパゲッティとは、うごご……。
絡まる思考はまるでスパゲッティのようだ。なぜ日本人の俺なのかというシンプルな疑問が浮かぶ。スパゲッティならイタリアとか、そういう場所で神になってもいいのではないか。
次はイタリア抜きでやろうぜ。
「疑問に思っているイタリアですが、あれは私を食べ物としか思っていないので。それに故郷はすでに偉いヌードル神がいます。偉い人の近くで頑張るのって嫌なのです。ほら、わかるでしょう?」
イタリアはこんなスパゲッティもどきまでスパゲッティ認定しているのか、やっぱ本場は頭やべーな(偏見)
それはそれとして、スパゲッティの主張もわかる気がする。地方でそれなりに好きにやれるのに、わざわざ本社のお膝元で働くのは嫌と。わかる(わかる) 心身が疲弊しそうだ。
だがキャリアアップなら近道になるのではないだろうか。本社の方が給料とか待遇が良いかもしれない。
「四文字フィーバーが過激な場所で、大して給料も良くないお仕事はちょっと……」
聞くところによると、地盤はあるとはいえ、一番偉いヌードル神や、それに準ずるスパゲッティに搾取されて中抜きされてしまうらしい。さらに四文字しか認めない狭まった視界を持つ人間に弾劾されて焼きそばにされる可能性も高いという。
「それに比べると独立独歩とはいえ日本は良いです」とミートボールに疲れを浮かばせながらスパゲッティは言った。ナチュラルに疲れを読み取ったが、ミートボールに疲れを浮かばせるとは一体どんな状況なのだろうか。
「さて、協力していただく内容ですが、あまり難しくありません。悪魔を倒してもらえるだけで結構です」
あまり難しくないと言ってからの、悪魔を倒すという無茶振り。やはり相互理解など不可能ではないだろうか。それとも悪魔を倒すのは実際のところ簡単だとでも言うのか。
テレビで苦労しながらエクソシストが祓ったり、陰陽師が鬼に食わせたりしているのを見たことはある。実際はそういう霊的なモノが見えたわけではないので、本音を言えば眉唾でもあったのだけれど。目の前のスパゲッティを見ていると、現実というものも案外あやふやなのだなと考えさせられるものだ。
「悪魔を倒せるのか、そんな疑問を抱いたのでしょう。問題ありません。こっくりさんとか一人鬼ごっこを半端に行うことで弱い霊を呼び出してしばき倒せば良いのです」
俺のイメージしている悪魔というのは、七十二柱くらいいる連中なのだが、どうもそれだけではないようだ。聖書に出てくるような天使も悪魔、もっともらしい悪魔は当然の権利のように悪魔、悪霊も悪魔。
超自然的な存在は強弱に関わらず総じて悪魔だという。利害によって味方になることも敵になることもある流動的な存在は、人間にとって悪魔的であるということなのだとも。
「なので私も悪魔です。守護スパゲッティでもあります」
「いかがでしょう。ちょっとした非日常という甘美な誘惑に身を委ねてみませんか」
最初はファブリーズや塩、米で対応できる悪魔を退治することから始めるらしい。危険度で言えば、酔っ払いに絡まれたり、街中の素行不良者に襲われるより遥かに安全のようだ。wizに出てくるようなとんでもないスライムとの戦いがあったりしたら、全力で拒否するところだった。液体生物に呼吸を止められて陸上で溺死する俺、なんて不幸は受け入れられない現実なのだ。
話を聞いていると、有利なところからマウントを取って悪霊を退治する、ちょっと薄暗い趣味っぽいが悪くない。安全圏から勝利する喜びを得続けられるのは、どうしてなかなか魅力的だ。
しかし、俺はまだ大事なことを聞いていない。対価だ。悪魔という非現実的な存在と戦うのなら、何か生きるのに有利な物が欲しい。
例えば……税の免除だとかIQ500だとか。いや、税の免除は欲しいがIQはほどほどでいいかもしれん。
「悪魔を倒すと換金する手間は必要ですが、お金が手に入ります。あと宝石」
なんか予想以上に生々しい対価だった。
ファブリーズ程度で除霊できる悪魔ははした金にしかならないが、もっとステップアップすると街単位でヌードル茹で放題を実施できるくらいだとか。いくらだよ、それ。
「あなたの魅力次第で悪魔にモテます。悪魔というのは見目麗しい者も多いのです。怪異に魅了される者は溢れるほどに物語として伝わっているでしょう」
男も女も溺れるくらいには容姿が整っていて、下半身に都合の良い悪魔というのは多いようだ。悪魔ハーレムを作る男だけでなく、悪魔逆ハーレムを作る女もいるらしい。
悪魔逆ハーレムってパンチが効いてるな。傍から見たら事件性が増すというか。乙女ゲーで逆ハーエンドを迎えた女性の主人公って夜の役割やばそうだな、というのが感想だ。俺様系とか王子様系とか、断っても夜の役割を強いてくるに違いない。二人とか三人なら耐えられ……いや、無理なのでは。というか、下手すると五人とか六人だろう。一種の事件なのではないだろうか。夜の役割を果たす際には上の口と下の口、両手などを使って、男たちの下半身を満足させるわけで。そうなると、女性主人公は懸け橋みたいな役割が必要になるのではなかろうか。気づけば男たちが互いの快楽を求めるために群がり、上と下に突っ込んでいたら男同士で目が合ったりする可能性もある。これはもうホモじゃないだろうか。女性主人公という懸け橋を使って仲立ちを得ることで、同性という垣根すら超えるのだ。しかもこいつらが精神的に満足するまでバブって来る可能性も高い。そうなると求められているのは伴侶としての立ち位置ではなくなり、親としての包容力だけかもしれない。逆ハーレムエンドというのは、実は母親エンドなのかもしれない。私がお前らのママになるんだよ、みたいな。
「バニーガールみたいな女性悪魔もいますよ」
!!
「その胸は実に豊満だった、という可能性も高いですね」
!!!
「では協力をありがたく。今後ともよろしくお願いします」
現実だけでなく夢でも交流した親友のスパゲッティに協力を求められたら断れるわけがなかった。
ただ、今のところ一つだけ俺から要望があるのだ。
「なんでしょうか。私にできることなら善処します」
思考を先読みするのは止めてもらえないだろうか。俺は未だに一言も発していないのだが。
「……今宵も良き夢を」
おい。
……おい。
白い霧とともに消えやがった^q^
24歳、主人公です。
天中殺で見守っていた神が留守だったので、守護霊が空飛ぶスパゲッティ・モンスターになってしまった。
空飛ぶスパゲッティ・モンスター
本社で仕事するのはきついから、遠い島国でバカンスついでにキャリアアップしに来た。
真面目な話、宗教メタ的な存在のため歴史は浅いがかなりのポテンシャルを秘めてるに違いない。
Q. メガテンの日本って多種多様な悪魔が多いですね。でもなんでサンダーバードとかヘケトちゃんとかもいるのでしょう。
A. アニミズムで特定の神様とかにパワーをメテオにできてないために違いないです。あとお土産とかで超自然的なサムシングをみなさん持ち込み過ぎなのではないでしょうか。また、ゲゲゲな御大が世界中からかき集めたり形のないものに形を与えたりしたせいかもしれませんね(テキトー)