「埼玉にヌードルを茹でる余裕はない。それでも私はヌードル触手を伸ばし続けます」とFlying Spaghetti Monsterは言った。 作:にえる
神話の御世にあって、神とは即ち力のことである。
ヒトは力無き集まりでしかなかった。
力無きヒトは歩み続け、やがて知恵を育んだ。
獣を狩り、牙を得て、毛皮を被った。
知恵の果てに
神を祭り上げ、奇跡として崇め、血を捧げ続けた。
やがて神を火で再び照らした。
照らし出された陰を望むが儘に切り刻んだ。
神は無力の徒となった。
盲人がすり寄る火種だけを残して。
時が過ぎようとも、ヒトは火を燃やし続け、近づき続けた。
その末路は、当然のようにその身が照らされ、燃え移り、灰となって燻り続けた。
命も、文明も、祈りも。
何もかもが灰燼に帰すだろう。
そうして砂塵だけが舞う大地へと至ることがわかっていても、火を灯し続けた。
―― 再び力こそが神の証となったとき、無力であることこそが人をヒト足らしめる唯一なのではないか ――
--1
私は遺伝子を組み替えて作られた、そう教えられたのは何歳のときだったか。遺伝子を組み換えたためなのか、転生して生まれたがためなのか、経過年数を意識することを忘れてしまった。資料を見るに、後天的に天才を作りたかったのだろう。
生み出す『天才』が定まっていなかったのが失敗に繋がっていたのだと予想ができた。記憶力の良い人間や運動能力の高い人間など、才ある男女の精子と卵子を交配すればいずれは生み出せる。育児のついでに、その努力を褒めるだけで一点特化の『秀才』を生み出せる。だが、この研究は違った。行き詰る世界を救う、万能な人間を求めていた。何処にも妥協点の無い完璧を求める『天才』。多岐に亘る手段によって生み出した天才を、最も効率の良い方法でさらに掛け合わせ続けるという単純で愚かな実験だった。そんな愚かさに縋った結果が、私だというのだから冗談にしても面白くない。そして、奇跡とも言える過程を経て『完成』した私は、後述するがあまりにも『未完成』だった。
結局のところ、実験は私という個体の経過観察のみを独立させて、半永久的に凍結されてしまった。他にも多くのサンプルを抱えていたが、期待以上の結果を示すことは叶わなかった。そればかりか、短命や病弱など遺伝操作によって脆弱さを強く示す者ばかりだった。
溢れるばかりに居た他のサンプルたちは、私が人間として安定したと認められるまでには残っていなかった。共に過ごし、学ぶはずだった者が、物となって処分される続けるのを横目に見続けた。まるで水棲生物のように培養されるサンプルや、沢山の管を繋げて延命を図られるサンプル、機械によって臓器を代替させるサンプルなど、延命に延命を重ねたサンプルですらあまりに虚弱だった。必要な『部位』だけを回収されて、焼却処分されたようだった。
私自身も健康とは程遠いサンプルだったが、打ち込まれた極小機械群と共存に成功し、それらが強い免疫や抗体、果ては代謝や神経活動などにも作用したらしかった。それが功を奏して『丈夫な生きているサンプル』から、『大事な実験結果』となった。私を元にしたサンプルも種類別に作られ、処分されていった。しかし、私だけでは意味を成さなかった。予算と時間を使った実験は珍しい部位とチャンピオンデータ、そして燃えにくい『燃料』だけ。最も良い結果にしても、遺伝子操作後に機械を投与して共存しなければならない『未完成』ともなれば、失敗の証明実験と烙印を押されてしまうのも仕方なかった。
私を、人為的な『天才』だと未だに信じて止まない者が未だに存在していることに、呆れを上回り怒りを抱きつつある。私は『天才』などでもなければ、『万能』とも程遠い。良くて究極的な『秀才』、もしくは人造の『雑魚』だろう。
身体は弱く、機械が無ければ歩くことすら儘ならない。寝食を忘れるだけで風邪を引き、躓くだけで骨を折る。ペンより重い物など、冗談でなく持てない。好き嫌いは多く、アレルギーも数多に上る。思考深く集中するだけ、或いは感情を高ぶらせただけで、金色に発光する。歩く情けない間接照明だ。
頭脳にしてもそう。記憶力は頗る良く、計算も凄まじく速い。が、それだけだ。独自性を持たず、創造性も発展性も無い。断言するが、何かを生み出すことはできず、新しく思いつくことができない。記憶など、メモや記録媒体で代替できる。計算など、そもそもコンピュータが仕事する。
対人能力は地を這う虫けらのごとく。興味のない他人の顔や名前は思い出せない。覚えているが、思い出そうとしない。会話だってする必要すら感じない。下手をすると、不快な羽ばたきや毒で自身をアピールする虫のほうがまともやもしれない。
容姿は優れているが、ここまで好き勝手されて不細工だったら自殺していただろう。こんなにも美しい私を襲おうとしなかった研究員どもは、もっと人間としての尊厳や感情を持って生きるべきだったと、私は思う。劣情を抱かれたら、それはそれで気持ち悪いが。ただ、もっと胸は大きくできなかったのかと問いたい。完璧を目指しているくせに、貧しい胸というのはいかがな物か。
さて、私に期待した愚かさに敬意を表し、ここに記そう。実験の過程で生み出した物の数々、絶賛された物事は、全て他人が生み出した物だということを。素晴らしいアーキテクト、あれは芸術家気取りのアブ・マーシュが考えた物だ、ありがとう。あのおぞましいコジマ粒子の技術研究は、諸君らに資金提供した企業どもが将来的に作り上げる物だ、ありがとう。それ以外の技術も、大体他人が思いついた物だが、未来を先取りとも言える知識で集めることに成功した、ありがとう。そして、私の趣味のため、まだ形となっていない技術を教えてくれた人々に多大な感謝を、ありがとう。
本当に……本当に……ありがとう。それしか言う言葉がみつからない……。
最後に、この記録媒体を見ている諸君らに未来からの贈り物を用意した。言葉は尽くしたので、目に見える美しい物で私の気持ちを伝えたかった。凍結したゴミみたいな研究を発掘しようとする盗掘者どもや、強欲者、何をしようとしているか理解していない知恵無き馬鹿どもに贈る。
「まあ、私は天才なので何でもできちゃうわけですよ。最高難易度の白栗だってフラジールで、いや、無理です。まあ、そんなわけで、奥が一、生き残っても遺伝子から何からずたずたですよ。あ、遺伝子が無い人間になる研究ってどうでしょうか。あー、私ってやっぱり天才ですね。素晴らしい研究を他人に与えるなんて、私以外には簡単にできることじゃないですよ。え? 何の話だって? 勘のいい人なら走り出してるかもしれませんね。こんなこともあろうかと美しい緑の花火を作りました。あと7秒で爆発します」
--2
私は天才ではない。
しかし、能力を与えられて生まれた。なんて半端なのだろうと感じる時がある。
生きているだけで、劣等感に苛まれるだけだ。
凡人にすら劣る瞬間がある。
私にはない独自性を魅せられる一瞬だけ、私は負ける。
『天才』には何もかもが劣る。
私は負け続け、敵うことは無い。歯牙にも掛からない。
閉塞感が嫌で飛び出したのに、世界はあまりにも窮屈だ。
退屈で苦しい。
叫びたくなるのに、何を叫べばいいのかわからない。
どうでもいいと切って捨てたいのに、私にはどうしたらいいのかわからない。
だから憎悪ばかりが育つ。
私は好きで生まれたわけではないのに、どうして『天才』どもと比べられなければならないのか。
携帯端末が、私の育った研究施設で爆発が起きたことを知らせた。
試作品の爆弾だけで終わらせるつもりは無かった。
衛星を通して施設の外観を見れば、コジマ爆発による影響の大きさに笑みが浮かぶ。
不安定な重粒子の爆発は人間にはあまりにも効きすぎる。
輸送機や輸送ヘリは地に墜ち、あらゆる電子機器が死んでいるのだろう。
全部消えればいいのだと、私はスイッチを押した。
大気圏外から投射される金属の棒、それが落下して、全部吹っ飛ばす。
無かったことにしたからか、少しばかりすっきりした。
ああ、そうか。
そうだったんだ。
私が我慢する必要は無かった。
だって間違ってるのは私じゃないから。
世界に蓋をして、逃げられないようにして。
ゆりかごを用意して、心を麻痺させる。
全部吹っ飛ばせばいい。
『天才』も、凡人も。
荒廃した大地を飛ぶヘリに揺られ、私は戦場から僅かに離れた場所を目指す。
以前から目を付けていたモルモットの一匹が、巣穴から投げ出されたのを確認したからだ。
コジマ粒子は地下深くから採掘され、大地を汚染する。
汚れきった大地は、ついでとばかりに試作兵器の実験場として使われていた。
まるで玩具を使ったゲームのような、そんな遊びが遠くで行われている。
そこには『天才』が居て、凡人もいる。
今はまだ駄目だ。
どうせなら全てを吹っ飛ばせいいのに、とぼやく。
核はダメ、生物兵器はダメ、化学兵器はダメ。
こんなにも汚しきってよく言えたものだ、もっと大量に破壊して心を折れば、争う気にはならなかったろうに。
とはいえ、争うからこそ研究が進むのだから、そういった面もきっと大きい。
携帯端末に映し出されているマーカーが点滅していた。
たぶん近くに転がって……右腕が吹っ飛んだアーマード・コアの傍に這い蹲っている人間を見つけた。
そこらじゅうに血をばら撒いていて、機体にもべったりで、縄張りをアピールしているのだろうか。
ヘリが降下を始めた。
それにしても古い型の機体だ。
骨董品のコアに、接いで剥いでまた接いでを繰り返したような歪な機体。
元を元の儘にして、新しく作り直したような歪なそれは、どうにも気になる。
私だったらもっといいのを用意できると変な対抗意識すら湧いてくる。
半端な仕事だから気になるのか。
着陸したヘリから降りる。
モルモットは……血の道を作りながら転がっていた。
風にやられたのか、その脆弱さに親近感を抱いてしまうね。
まあ、沢山いるうちの一匹にそんなに感傷を抱いてもしょうがないのだけど。
でも他よりも顔を覚えられそうだ、つまり私のお気に入りとか特別なのかもしれない。
さて、拾って帰ろう。
あ、でも許可をもらわないといけないんだっけ、面倒だ。
「もしもーし、聞こえますかー。私と来てくれますかー。怪我とか治しますよ、ほら、私って天才ですし。治ったらまた戦場送りですけどね」
返事が無い。ただのボロクズのようだ。まあ体液と砂埃、汚染された土壌まみれでボロクズそのものって感じだけども。
「伝説、伊達ではなかったか」
したり顔で言ってみる。やっぱり言える場面でそれっぽいこと言うのって気分がいい。僅かばかりだけど。
伝説という言葉に反応したのか、ピクリと動いた。
んー?
あっ!
前世の残骸は私に、相手をその気にさせるワードを与えてくれる。
前世の気分になるですよー。
「伝説に挑みたいですか?」
サンプルは「当たり前だ!」と血を吐きながら叫んだ。どん!!! って効果音が付きそうだった。
これはあれだろうか、私も「仲間だろうがっ!」どんっ!!! ってやるのかな。
冗談はさておき、これはきっと悪くない拾い物だ。
雨に濡れた子犬どころか、AIBOに違いない。
良くわからないけど。
興味がほんの僅かに湧いた気がする。
こいつを特別扱いにしてあげよう。
そうとなれば帰って治さないと処分しないといけなくなる。
途中で死んだら捨ててけばいいか。
「途中で死んだら当たり前ですけど諦めてください。私は天才ですから、ちゃんと生きてたら治りますよ。じゃあ行きましょうか、コロニー・アスピナに」
帰ったら治して、治るまでの間に準備を終える。
ナニカしないで普通に治そう。
適応して『天才』にでもなられたら処分しないといけなくなる。
忙しくなってきた。
ちょっと楽しくもなってきた。
そうだ、N-WGⅠ/fに乗せよう。
アレサなんて目じゃないって証明しよう。
天才じゃなくても、私は私なんだ。
--3
戦場を共にした駆け抜けた愛機は、俺の腹にひん曲がったフレームを突き刺さしていた。道連れにするかのように。目を開けるのがひどく億劫だった。俺の機体が落ちてすぐに戦線が移り変わり、壊れた玩具のように置いて行かれた。だが、ここはどうだ。すでに戦場としては死んでいる、死に場所には遠すぎる。
半ばまで死んだ空間の中で、弱弱しく心臓が動いている。生きているように血が流れ出ている。俺を残して、俺の一部だった物が戦場へと向かっているのだ。もしかすると外へと出ているのかもしれない。羨ましい、俺も連れて行け。
座して朽ち果てるなど誰が望む物か。焦げた大地が、破壊された建物が、爆ぜた火薬の臭いが、人が焼けた脂を含んだ空気が、何もかもが遠い昔のようだ。俺の魂が軋んでいる。
目を見開いて、無理やり動く。吹き出すように血が流れ出た。赤い川で作られた流路を視線で追うと、機体の右腕があった部位へと流れていた。俺の血によって作られた水たまりは出来ていない。滴り落ちているのがわかる。敵からの攻撃を受け、消し飛ばされたのを明確に覚えている。すでにそこには腕だった物は無く、爆裂したために剥き出しとなって強制的に作り出された歪な窓が見えた。窓の外は荒廃した大地だった。
民族紛争から始まり、今となっては企業が開発した兵器の試作実験を繰り返し、水すらも口にするのが困難な死んだ大地となった。争いでもなければ、殺し合いが起きなければ、ずっと凪いだまま。そんな場所だ、血液は直接飲むことは叶わなくとも水分を含んでいる、ちょっとしたぜいたく品だ。買い取れるものならクレジットを叩きつけて回収したいくらいだ。こんな場所で捨てるには、あまりにも勿体ない。動けるのなら、もう一度俺は駆け抜けることができる。死ぬのならば、生きた戦場でしか考えられない。
風に乗って俺の魂が戦場へと運ばれるのならば望外の喜びを覚えるだろう。だがこの機体のように、外に転がる死んだ機体のように、凪いだままだ。
血液に乗って流れ出ることができたのならば喜んで戦場へと奔るだろう。だが血は滴り、きっと渇いた砂塵に吸われて消えるだけだ。
己を縫いとめる憎い楔から解き放たれるのなら、歓喜に打ち震えるだろう。未練たらしく戦場への思いだけが、消えかけの火種のように燻っている。
死とは眠るだけだと思っていたが、それだけではないようだった。
死ぬには早すぎる。
眠るには早すぎる。
俺は戦える。
獣のように咆哮する。
戦場しか知らないケダモノでしかない俺の叫びは、きっと後悔に満たされているのだろう。ぶちぶちと繊維や筋が断絶する音がする。痛みはただの覚醒を促す要素でしかない。
俺ならばもっと殺せる。
赤黒い血を吐きながら、朱い血を噴きだしながら、裂けて鮮やかなピンクの肉を露出させながら、吠え続けた。戦場で座して死ぬ男など、どこにも居ないのだから。
俺の未練に呼応したのか、半ば死んでいた空間に光が灯る。薄い記憶に生きる肉親よりも、遥かに長く伴に歩んだ戦闘システムがノイズ混じりに何かを呟いていた。負けた俺への呪詛か、最後のあいさつか。言葉は聞こえず、無理やりコアが動いた。がくん、と身体が強く揺れる。戦場に向かう前に乗り込む、あの時のように。戦場から帰還して基地で降りる、あの時のように。
絡み合った互いを引き千切るかのような、酷く重い金属音が響いた。コアが揺れている。合わせる様に、血が噴き出した。無理に動こうとするコアによって荷重が掛かったのか、右腕部の窓が拡がっていた。そして、内部が小さく火花を上げ始めた。視界が白く染まり、全身に熱と痛み、強い衝撃が走った。俺の背を押すような、奇妙な爆発だった。
剥き出しになっていた機体の右腕部から転がり落ちていた。俺の相棒が遠退いていく。掠った弾痕や刺さった破片で刺々しくなった装甲に肉を抉られ、瓦礫に頭を砕かれ、落下の衝撃で片目が潰れようとも、俺は戦場だった場所に至った。
俺が転がり出た愛機の外装には、は肉がへばりつき、赤く黒い線が引かれている。致命傷となった一撃に奪われた右腕。その部位に、元の面影はない。表面が融解し、焦げて吹き飛んで塞がった跡と俺の体だった組織だけが残っている。愛機の内部は俺の中身で塗られているだろう。
痛みが俺を生かし続ける。意識は途切れない。俺は生きている。
ノイズ混じりの音が響いて、そして消えた。死にゆく機体の叫びのようだった。俺の居場所だったそこは、小さく爆ぜたようだった。
また俺は家族を失った。初めてよりもずっと強い喪失感だった。
あとは這うだけだ。
戦場を求めて。
戦場が俺を待っている。
朦朧としていた意識が、轟音を捉えた。戦いの音ではない、が、戦場で聞く音でもあった。
霞む視界は大型の航空機が降下する様子を捉えた。垂直離着陸が可能なタイプだ、もっと安い旧型に世話になったこともある。
強い風に耐え切れず、俺の体は転がっていく。俺に気づいていないのだろう。あまりに近くに着陸しすぎている。ハイエナに来たのだろうか、ずいぶんと金持ちのようだが。
タラップが下りると、それを滑るように車いすに乗った少女の姿が現れた。車いすは地面から僅かに浮いている。少女は顔をしかめた後真っ直ぐに、俺の元へと向かってきた。
目的はなんだろうか、思いつかない。血が流れ過ぎていた。意識が遠退いていく。
何か一言二言、少女と会話したのを覚えている。そして、機嫌良さそうな表情と、その髪が金色に輝く姿も。
--7
守護スパゲッティに協力する旨を伝えて既に二週間ほど経ったが、未だに俺は悪魔と戦っていない。話を聞くに、悪魔は形式に囚われやすいという。特に人間が語り継いできた物語を元にした悪魔は姿かたちのみならず、持っている特性も引きずられてしまうようだ。力が弱い悪魔ほど出没する時間や儀式、対処法などにも縛られ、ちょっとした噂の影響も受けて変質しまう可能性が高いらしい。高位の悪魔は噂など後付の影響によって変質し難い代わりに、やはり紡がれてきた伝承などに強く縛られるそうだ。
悪魔と戦っていない理由としてはシンプルに怖いためだ。未知への恐怖というのも大きく、行動を阻害する見えない圧力となっているようだった。知識の浅さが行動に移させない不安にも似た神経質な慎重さを抱かせていた。わからないまま危険物に触れる間抜けにはなりたいとは思わない。どうにしかして克服、または許容できる程度まで恐怖を抑制するには、やはり理解を深める必要があるのだろう。
知っているということは大きな武器になるはずだ。『幽霊の 正体見たり 枯れ尾花』という言葉もあるように、理解の範疇に収めてしまえば未知への脅威は幾らかは和らぐだろう。それと同時に、俺が戦うであろう悪魔は人間の影響を受けやすいほどに繊細だという。人のうわさ次第で簡単に変質する可能性も考慮しなければならない。すでに形となっている物語と人々の間で流れる物語、その共通項を見極めるとなると、どれだけ時間があっても足りない気がした。だが、目に見えない物への漠然とした恐怖は、俺に僅かばかりの疲労を蓄積させるのと同時に、奇妙な集中力を与えていた。
肩凝りと目の奥に疲れを感じ、ディスプレイから目を離す。思っていた以上に疲れていたのか、後頭部に鈍い痛みを感じた。目を閉じて、片手で目頭を揉みながら、ゆっくりと首を回す。腕を軽く回すと、ごりごりと重い音がした。数分ほど固まっていた部位を解し、ゆっくりと目を開く。ぼんやりとしていた視界が徐々に明瞭になっていく。ディスプレイには、掲示板で語られた都市伝説を綴ったサイトが映っている。こういったオカルトについてまとめているサイトを巡るのが日課となりつつあった。寝る前には更新されていないか一通り見て周る程度には。
初めは命が懸かっているため、ある種の義務感に似た感情を持って調べていた。しかし、調べ始めると意外と面白い話が多く、読むのが趣味になるまでにそう時間はかからなかった。恐怖を煽る呪いの話もあれば、それだけでなく人間らしさに溢れた間抜けな幽霊の話、オチもヤマもなくただ川を流れる幽霊の話、亡くなった親族が最後に会いに来るしんみりする話などバリエーションも様々だ。すぐに身近に有り得そうな有名どころの話はほとんど目を通し終えて、霊感のある人の話や田舎のホラーなどを読み漁ったが、神話関係については表面を齧った程度だ。
最初は口裂け女や人面犬を知っている程度の知識が、今となってはアンダーグラウンドな掲示板でも語れるほどに詳しくなった。もしかすると、オカルトについて誰かしらと話すときには早口になってしまうかもしれない。好きな話をするときは早口になる人が多いと聞いたことがある。それはなんだか恥ずかしいので、なるべくわかりやすく早口にならないよう日頃から気を付けることも意識しておこう。
俺は夢の中を歩いていた。幾度となく経験したことだ、まずは光がより強く輝いている方向を目指す。白い空間ではあるが、上下左右は存在している。試行錯誤を繰り返しているが、夢の中だからといって空を飛べるわけでもないらしい。
慣れてきたためか、守護スパゲッティと合流するのも段々と早くなってきていた。俺の感覚だが、明らかに要した時間も短い。
それとも近くで待っていたのだろうか。
「麺を茹でるのです」
……それは言わないといけない聖句か何かなのか?
最初から傍にいれば俺も歩いて探す手間も、光に視界を潰される苦労もなくなるのだが。
「足を運んでいただいて申し訳なく。ただ、私も活動できるマグネタイトが足りていないのです」
守護スパゲッティが言うには、悪魔のエネルギーはマグネタイトという物質らしい。感情の変動によって生み出され、その起伏が大きい程により多く生成できるため、人間や悪魔が多く持っていることになるようだ。
そして高位の悪魔ほど量が多く、質も良いマグネタイトが必要になるとのことだ。マグネタイトが多量にあれば自身をより強い存在へと昇華できるのだろう、単純に他の悪魔を倒す理由へと繋がるのも分かる。
ここで疑問が湧く。俺は二週間ほどほったらかしにしていたのだが、その間はマグネタイトをどうしていたのだろうか。また、それ以前はどうしていたのか。そもそもここは夢で合っているのだろうか。
「その疑問についてお話を。まずここは貴方が思っている通り、夢の中です。そして貴方は現在、精神と魂のみの存在となっています」
俺の肉体はベッドで眠っていて、精神と魂のみの状態となっている。それが夢の中らしい。
脳が無いのにこうやって思考するのは何故か、答えは単純に精神と魂が脳の代わりをマグネタイトで作り出しているらしい。ただし、必要性を認識しないとそういった”代わり”を作らないようだ。そして肉体と脳で理性を形作る。そのため、夢の中ではほとんどの人間が発露した精神の思うが儘に動くのだとか。脳が無いのに思うが儘という違和感。
また、物質と精神では互換性を持つ物と持たない物があるため、見える物や見えない物、感じる物、出来る物事が大きく変化すると言った。
「夢は意識から離れた状態、つまり無意識ですね。理性を司る肉体と離れているので精神と肉体が剥き出しとなっているといってもいいでしょう。感情の発露は現実より強いです。そのため、夢にはマグネタイトが漂っています。過ごすだけなら問題ありません」
夢の中は、守護スパゲッティが存在しているだけならば問題のない量が人間から生成されているという。ただし、夢は広いので薄く広がってしまっているとも。
人間でいうところの酸素と水は十分だが、腹は膨れない状態らしい。二週間もそのような状態では耐えられないのではないかと思ったが、人間と悪魔では感覚が違うようだ。とはいえ、人間にも個性があるように、悪魔にも個性があるので一概に言いきれないようだ。
「あちらは物質世界である現実へと続いています。今の状態では互換性がないので詳細はわからないでしょう」
俺が来た方向、つまり後方を麺で出来た触手が指し示した。振り返れば無限にも思えるその果ては、徐々に暗くなっていて、輪郭がなく不安定だった。まるで夜空のように、小さな光がところどころ瞬いていた。
見ていると吸い込まれそうだった。きっと身を委ねれば、俺は目覚めるのだろう。
「こちらは無意識です。より遠くへ進むには、より強い精神性が必要になります。先へ進む理由となる強い目的意識が必要、ということです」
守護スパゲッティが自身の後ろへと触手を指す。白い世界が無限に続いているように見えるが、奥へと向かうほどに眩い光に包まれているように思えた。遠くへと目を凝らすが、何も見えない。強い目的意識という物が無い俺の限界なのかもしれない。
「無意識ですが、無限です。実際は有限ですが、人類規模の無意識が接続されている空間のため、人間の一生分を彷徨うだけなら無限とも言えるほどに広がっています。集合的無意識と呼ばれていますね」
ここは集合的無意識のようだ。無意識の領域が接続されている空間だったか。人類規模もあり得るとされていたが、実際そうだと言われてもピンと来ないものだ。
「現実である意識側に近づくほどに物質的な距離を必要としません。自分の肉体と精神、魂に距離を感じる人間はほとんどいませんから。無意識は逆に物質的な距離に支配されます。この空間は共有している人類によって構成されているので、根底にある事実がより強く反映されるためです。意識は個々人で管理されますが、無意識は共有している事実を元に規定しているのでしょう」
意識へと向かうほど、現実に近づくほど、意識は自身の物だけになる。他人の感覚や意識などによって左右されないのだろう。
逆に無意識は、人類が共有する場であるため、無意識の根底に持つ常識などに支配されているということだろうか。『奥』とやらに進むほどに、物理法則に強く支配されるのかもしれない。しかし、正しい物理法則を人類のすべてが認識しているのだろうか。現在では世界の法則は数値化されているが、誰もが知っているわけではない。知ろうと思わなければ知識として根を張ることは無いし、全体から見れば事細かに学習できる環境にいる人間は少ない。そうなると、ある一点を境に劇的な変化をもたらすかもしれない。例えば自身の意識から十分に離れてしまった距離だとか。そこはもしかすると、無意識に刷り込まれている感覚的な物事のみが残る、いわゆる濾過されてしまった原始的な感覚だけの空間になっている可能性も考えられる。
ここで守護スパゲッティはどこから来たのだろうかという疑問が一つ。こんな存在がごろごろ居たらぶっちゃけ怖い。
「私はステイツ出身です。そしてこの空間をスーッと横移動して日本の意識が固まっている場所まで来たのです」
触手が横を指す。横移動で国や民族単位で構成された意識クラスターへと分け入ることができ、上下の階層で細かく調整が効き、最下層で個々人へと至るようだ。
巨大なクラスターでの移動は物理的な距離から大きく解法されるが、個々人へ近づくには物理的な距離が生じるとも。
つまるところ……。
「まあ、追々話しましょう。攻略本を読んでもゲームは上手になりません。貴方が踏み込んだらもっと詳しく調べるのもいいと思います。提案なのですがそろそろ悪魔と戦ってみませんか……」
「ここらへんですかね……」と呟くとともに、触手が上へと伸びていく。十メートルほど伸びただろうか、空間の揺らぎと言えばいいのか、蜃気楼のように揺らいでいる場所に触手が飲み込まれた。途切れずに先へ先へと続いているのか、守護スパゲッティは何かを探すように伸ばした触手を元からくねくねと動かしている。
「あ、居ました。……で、これはその前準備です」
戻ってきた触手は、モザイクのような何かを絡めて戻ってきた。身をよじっているのか忙しなく動いていて、ノイズのような奇声を発している。
話からすると、これが悪魔なのだろうか。
もっと生物的な姿をしていると思っていたのだが。
「悪魔を見る機能は退化していますが、防衛本能で見ようとしている齟齬が生じているためです。『霊感』や『第三の目』と呼ばれる感覚が目覚めないと人間には悪魔の姿は見えません。しかしそれらは物質世界で生きる現代の人間には不要となった感覚器官なのです。でも、貴方の意識が届く圏内にいて、悪魔も姿を現そうとしているから、強制的に他の器官が補っています。物質世界だったら感覚を同化させなければなりませんが、ここは唯識空間。触ってみれば徐々にわかります」
差し出されたモザイクに、恐る恐る触れる。緊張と恐怖で頭が真っ白になり、思考が固まっていいはずなのに、自然と受け入れられそうだ。モザイクを差し出している守護スパゲッティは「生体マグネタイトおいしーです。おかわりください」ととぼけたことを呟いている。なんで俺のマグネタイト食っとんねん。
手がモフモフとした毛と暖かさを感じる。ゆっくりと撫でた毛並はあまりに心地良かった。つい撫でるのを繰り返してしまう。呼吸しているのか、僅かに上下していた。
弱弱しく何かが腕に巻き付いた。指先にざりざりとした棘付いた感覚と、生暖かい粘つき。
そしてゴロゴロと音を立てた。
モザイクが晴れていく。ノイズが奔っていた鳴き声は嘘のように澄んでいた。
俺はアッシュグレイの仔猫を抱いていた。
猫じゃん。悪魔じゃないじゃん。
「ええ、猫です。同時に悪魔でもあります。夢の国に住む猫」
少し調べたことがある。なんだったか。夢の国の猫は決して……。
「殺してはならない、ですね。しかし夢の国から連れてきたわけではありません。迷い込んでいたのです」
国から抜け出したのだろうか、守護スパゲッティはそれも追々と流してしまった。スパゲッティのくせしてまるで流しそうめんのようだ(うまいこと言った)
「この猫のように、悪魔にだって体はあります。マグネタイトを基礎として構成しています。しかし、人間の想像とはかけ離れた姿をしています。美しい姿、醜い姿」
異なる生き物なのだから、身体の構造も異なっている。目の前の守護スパゲッティが最たる例だ。奇怪で、興味深い生き物。
姿を捉えることは可能となった。
知識は得た。
そうなると、怖いのは力だ。
同時に気になるのも、その力。
「まだ怖いですか。でも気になりませんか。悪魔はどんな姿なのかって」
未知が恐怖心を煽り、好奇心で誘い込む。
俺の常識では存在しなかった悪魔、その形を見ることができるようになったのだ。
知識の中にだけ存在していた怪談を紐解く権利を得たのだ。
オカルトに傾倒しつつある俺が、この好奇心を振り払えるわけもなく。
腕の中に居た猫がにゃあと鳴いた。
デスザウラー
ZAC2044年の中央大陸戦争時に、ゼネバス帝国が国力の全てを傾けて開発し、多くの帝国ゾイドを創り上げてきたドン・ホバート博士によって生み出された最強無敵の恐竜型超巨大ゾイド。ヘリック共和国側から「死を呼ぶ恐竜」と恐れられ、誕生時には両軍軍事バランスを、一気に帝国側優勢に傾けた程の圧倒的戦闘力を誇った。
当時のいかなるゾイドの火砲や攻撃も弾き返す超重装甲を持ち、全身に装備した重火器で粉砕する。また、巨体ながらセイバータイガーやライガーゼロシュナイダー等の高速ゾイドを捉えるほどの機敏さを併せ持つ。格闘戦では、ゴジュラス級ゾイドを一撃で倒す加重力衝撃テイルと、両腕の電磁爪ハイパーキラークローであらゆる敵ゾイドを紙切れのように引き裂く。
最大の武器は口腔内に装備された大口径荷電粒子砲で、背部オーロラインテークファン(荷電粒子強制吸入ファン)から空気中の静電気を強制的に大量に取り込み、体内でエネルギー変換し首にあるシンクロトロンジェネレーターで光速まで加速させ粒子ビーム砲として発射。他の荷電粒子砲搭載機とは桁違いのエネルギー量を誇り、対象物を原子レベルで分解する威力は直撃すれば巨大ゾイドを一撃で蒸発させ、中・小型ゾイドを部隊ごと全滅させる程。ただし、エネルギー消費量が激しく連射は不可能。
エネルギー源である背部吸入ファン部が弱点で、ここを破壊されると荷電粒子砲が使用できず、その他の性能もダウンするため、周辺部に各種ビーム砲4門と16連装ミサイルランチャーを装備して防衛。超重装甲で覆われていない口腔内と装甲間接の隙間も一応のウィークポイントになっている。
多くの超巨大ゾイドと同様に、惑星Zi大異変によって絶滅状態となってしまうが、新シリーズではガイロス帝国が古代文明の遺産オーガノイドシステム(OS)を用いての復活計画を進め、第二次大陸間戦争終盤において完全復活を果たし、特に荷電粒子砲は旧大戦より劇的なパワーアップを遂げたが、フルパワー連続照射は20秒が限界で、吸入ファンの焼き付きでオーバーヒートを起こし、以降使用不能となる両刃の剣となった。
『俺』
そこそこ名の知れたレイヴン。巷を騒がせていた『伝説』に撃墜されるも未練たらしく生き足掻く。
ゴミみたいなAMS適性に目を付けた物好きによって次世代の人型起動兵器『アーマードコア・ネクスト』に搭乗することになる。
『伝説』に挑む日はまだ遠い。
『私』
は? 煽りに負けませんけど? ま、まあ私は天才ですから目隠しで全クリだって……無理でした! あれです! ロケラン! ロケランだけで……いや、白栗だってフラジールで、あ、待ってむりむり無理です! アセン! ちょっと弄らせてください! 相手だって再起動するんだからアセンも再起動です! ブレオン! ブレオンでぶおんぶおんずばーびゅーんみいたに華麗に戦って勝つんです! それでみんなからきゃーすごーい天才ってちやほやされるんです! ね? いいでしょ?
『共有異界唯識空間』
共有している集合的無意識のこと。現実とは夢を介して繋がっている。
前書きの文字数が1千字かと思ってました。まさかの2万字対応。AC4は書き終わってないので頭の7千字だけ載せました。意味は無いです。メガテンは5千5百文字です。
ちなみにAC4とFSMは全く関係ないです。飛ばしていいです。