「埼玉にヌードルを茹でる余裕はない。それでも私はヌードル触手を伸ばし続けます」とFlying Spaghetti Monsterは言った。 作:にえる
--8
十本の麺によって構成された触手、二つのミートボール、そしてつぶらな瞳。
そう、やつだ。
「麺を茹でるのです」
目覚めの開幕一発目に守護スパゲッティが漂っていた。知らない天井どころか知ってるパスタ。
まだ夢の中かと思い、確認しようとして気づく。夢と現実の違いがわからない。白だけの空間とは別に、確か自室に酷似した空間があったはずだ、そこでジュースを飲んでテレビを見たから覚えている。
そうなると俺は今寝てるのか、起きてるのか。
そうだ猫だ。猫が居なければ……どうなのだという話だ。あの猫は別の場所から引っ張ってきていた。守護スパゲッティの話ならば、別の単位クラスターとやらから来ているのだ。となると自力で移動できるのかもしれないし、そもそも最初はノイズのような姿だった。認識できるとも限らない。
「困惑していますね、悪くない感情です。ゲートパワーが貯蓄できるというものです。ただ、話にならないのは困りますので、ここは現実だと教えておきましょう」
現実だと言われたら現実だと思えてきた。
確かに夢で目覚めるとか有り得ない。
落ち着いたー^^
「あ、吸いすぎました。……せっかくなのでこのマグネタイトも有難く。さて、夢と現実ですが、ぶっちゃけると違いはあまりありません」
えぇ……無いのか……。
夢と現実の違いがわからない地獄である『胡蝶の夢』状態になる可能性も出てきて、夢の中で感じなかった鼓動を強く感じた。そうだ、鼓動だ。
俺が生きている証は心臓にあったんだ……。
「臓器は証左にはなりませんよ。夢でも現実でも必要とあらば補う器官や現象をマグネタイトで生成しますから」
マグネタイトってなんやねん……。
悪魔に餌付けするためのエネルギーじゃないんかおらぁん……。
「悪魔に身体を与えるエネルギーですからね。情報に沿って形になる性質もあります。慣れれば夢と現実の認識を切り替えられるようになりますよ」
なんか君、詳しくない?
悪魔ってそんなに自身の周りの物事を解明したりするのか?
怪しくない???
「私の出身国ステイツでは研究が盛んです。論文件数はなんと世界一」
そんな例文みたいなこと言って誤魔化せると思ったのだろうか。俺は見た、触手のうちの一本を後ろに隠す挙動を。
国際社会の協調性を唱える前に米の国は単位を揃えろさっさと見せろおらぁん!
「しょうがないですね、でも覚えておいてください。強引な彼ピッピは彼女ピッピに嫌われますよ。逆に普段は強引だけど二人になると優しくするDVギャップによって依存させる手段もありますが」
渋々といった雰囲気で差し出された本を受け取りながら思う。彼ピッピと彼女ピッピってなんなの……。
本を読もうとして首を傾げる。守護スパゲッティが持っていた本には『ゆめにっき』と題されていたのはいい。捲って中を確認するも、文字が書かれているのはわかるが読むことは出来ないのが問題だ。
これはあれだろうか、夢の中で聞いたあれだろうか。俺の本能が読もうとしてないという、あれ。
ページを開くたびにモザイクがかかっていたり、文字が揺らめいているように感じる。
「あれではありません。残念ながらレベルが足りない、というやつです。レベルが足りたら読めるようになります。なので今の貴方では読めないのです。たぶん本が読まれて噂されたら恥ずかしいって思っているのでしょう」
さっきからキミなんなの……。
レベルとは、と疑問を浮かべると守護スパゲッティは「存在の強さのトータルです」と言った。能力面をわかりやすく数値化した平均とも言えるようだ。人間のみならず悪魔にもレベルは存在していて、脅威の判定に専ら利用されているとも教えてくれた。
「貴方に倒してもらいたい悪魔は1より下のレベルですね。そして人間もレベルは基本的に1です。レベル1が世界に存在していると約束される基準値なので、1より下となればふわふわとしたクラムボンのような存在ですよ。ぶち殺してかぷかぷ笑ってやりましょう」
生きている人間というのはそれだけで霊よりも強いのだという。笑っているのか、絡まっている麺とスパゲッティの触手が揺れていた。笑いどころはわからないが、命を賭けるほどでもないことは理解できた。
「そろそろ悪魔と戦ってみませんか。オカルトの勉強したのでしょう? 降霊術の一つや二つ、やってみたくありませんか?」
守護スパゲッティの言葉に乗せられるわけではないが、確かに試してみたいと思っていた知識もいくつかある。一般人が検証した結果、体調を崩すか何かしらに憑りつかれる程度だ。守護スパゲッティよりも奇妙な存在が降霊できるとは思えない。
やってみようか、と軽く決めて必要な道具を出力するためにパソコンで検索する。目当ての物を見つけたので、プリンターで印刷して準備完了。
「どんな降霊術を行うのですか」
こっくりさんだ。文字が羅列されたプリント用紙に硬貨を置く。
民俗学などで妖怪を研究する際の触りとしてぶち殺された悲しき降霊術であり、井上円了にネガティブに、そして柳田國男にポジティブに存在を承認されて原理を解体された。目に見えない怪奇で処理されるはずだったそれは事細かに切り刻まれることで要素を抽出された。心理状態、姿勢、不安定な道具……。最終的には科学的に証明できるとされたが、同時に降霊術としても活用できるのではないかという期待も現代まで生き残っている。
つまり、初心者の俺には半端でちょうどいいというわけだ。
「なるほど、最初にはちょうどいい。……あの、ところでこれ、日本語じゃないでしょう。いいのでしょうか」
印刷した紙にはアラビア語が書かれている。それを丈夫な机の上に置き、お土産で貰った使い道のない外国の硬貨を配置。こっくりさんは挨拶をして呼び出し、疑問を答えさせ、術者が認識し、帰ってもらうまでが儀式のプロセスとなる。儀式が正しければ正しいほど、思っている通りのこっくりさんとなるし、手順通りやった状態でこちらの認識以上に逸れると強くなる。逆を言えばこちらが最初から逸らすほどに、こっくりさんを呼べる正しい儀式から外れていくのだ。
守護スパゲッティから悪魔の話を聞いた際に、認識が強く影響することが全ての基礎となっていることがわかる。悪魔の元となるマグネタイトは情報を形にするうえに、弱い悪魔は噂にすら左右される。また、観測者である人間による認識が強く左右するようだ。そうなると、弱い悪魔よりもか弱いであろう降霊する悪魔未満の存在は、弱ければ弱いほど個々人に影響されやすいことになる。
「逆に降霊できない可能性も出てきませんか、それ」
そう、そこでパソコンを使うことにする。
一時期ほんのりと流行ったらしい『一人鬼ごっこ』と呼ばれる降霊術があるのだが、コアなファンによって学会が形成されていた。その報告によるとパソコンを繋いだまま同時に儀式を行うと降霊できる霊が強くなるという物だ。どうやらパソコンが疑似的な霊道の役目を果たすらしい。
今回は同時に儀式を行うのではなく、パソコンを掲示板で繋いでおくことで、霊道を繋げてそれぞれから霊現象を引き寄せることにした。掲示板の記事ごとで人気の格差も当然あり、常駐している人数で調整する。三人寄らば文殊の知恵、幾人寄らば霊現象、ということで。流石に全く霊的な存在はいないってこともないだろうし、いくらかは集まるはずだ。
部屋の四隅に盛り塩をすることで、簡易的な結界を生み出す。崩した儀式によって悪魔もどきが留まれずに拡散しないとも限らないので、その際に外に出て行かないように閉じ込めるためだ。除霊などに盛り塩は適していないのはもちろんのこと、変質した際には交換することも考慮する。
ということを思考したら守護スパゲッティは納得したようだった。失敗したら徐々に正規のこっくりさんへと近づければいいので問題はないはずだ。
「さあ、始めましょうか。真昼間に行う闇のゲームを!」
謎のテンションのままドヤ顔(表情はわからないが伝わってくる)で机に座った、というか浮いた守護スパゲッティの対面に俺も座る。パソコンはほどほどに会話が流れている掲示板の話題を選ぶ。そして、互いの指(片方はスパゲッティの触手だが)を硬貨に乗せて、こっくりさんの儀式を行う。
薄めたカルピスのような儀式ではあるが、俺という人間がこっくりさんを認識して呼ぼうとしているうえに、本物の悪魔である守護スパゲッティが補助している。最低限は集まるだろう。
硬貨が動こうとして、途中で止まる。文字に困ったのか、それとも鳥居の絵の両側にあるYES/NO枕の写真に混乱したのか。何処か生臭い。確か見えない物を見る必要あるのだったか。夢の中で掴んだコツを通じて視界を切り替えると、靄や霞のような物がふんわりと漂っているのが見える。僅かながら何らかの存在も感じられる。どうやら失敗ではないらしい。
「弱いですね。パソコンを通ってるのはわかりますけど、マグネタイトも上手く連結できてないのか途中で構成が途切れてます」
触手で漂っている靄をかき混ぜながら守護スパゲッティ「私は仙人ではないので霞を食べるつもりはありません」と付け加えた。パソコンの画面に目を凝らせば、ほんのりと緑色をした靄というか霞が放出されている。守護スパゲッティの言葉からすれば質は悪く、量も悪いようだ。とはいえ霊道になっているようだし、そこから小数点程度のレベルを持った悪魔もどきを降霊することには成功した。ここから徐々に本物の儀式へと近づけることで、調整を効かせつつ弱い悪魔を降霊させるようにする。
時間帯は深夜やそれに近い光量、現実から認識が減っている環境、不安定な感情によって生成されるマグネタイト……。考えられる条件は多々あるが、紙に書かれた文字は最後に調整する部分だ。文字が理解できるほどに悪魔を認識してしまう。段階を踏んでステップアップし、任意の悪魔を降霊させるまでを目標としよう。
「デビルスタリオン? デビルメーカー? デビルファーム? まあなんでもいいので環境を変えて理想の悪魔にしましょう!」
守護スパゲッティのよくわからない言葉は無視し、儀式を繰り返す。徐々にこっくりさんらしさを取り戻しつつある謎儀式。靄だった物も集まってくれば緑の粘つく何かが机にへばりついていた。異臭がひどい。
「スライムですね。これはマグネタイトが足りない悪魔の姿なのですよ。見た目が悪いのは情報が揃っていないから。異臭がするのは正しい情報が欠落しているから。知能が低いのは情報が壊れているからです」
器も正しく構成されていないので、全身弱点という脆い状態のようだ。逆にマグネタイトを与えて姿を見てみたいという好奇心に駆られるのは俺だけだろうか。
「また拾ってきたのですか。ペットを飼うのは大変なんですよ。生き物だから感情だってあるし。元居た場所に捨ててきなさい」
大事に育てるから、と言えばいいのだろうか。最初のペット枠は守護スパゲッティなんだが。そもそも最初に居た場所はここだ。確かにパソコンを霊道にして色々な場所から掻き集めたが、さすがに送り返したら問題になりそうだ。
スライムに冷蔵庫から期限が近い卵を与えてみる。中身のみならず殻まで食べるとは中々の逸材だ。肉や魚、野菜をバランスよく食べさせると全てを一口で飲み込んだ。凄い食欲だ。納豆にチーズもいけるのか。生米まで……。
「楽しんでいるようですが、おそらく際限は無いと思いますよ? 足りないマグネタイトを補おうとしていますが、この部屋にある食材では心もとないのです」
スライムに見れば、奇声を上げながらパソコンを通じて集まっている緑の霧を一生懸命集めているようだった。やはり現状ではマグネタイトが足りていないようだ。
そうなると守護スパゲッティもマグネタイトが足りていない気がするのだが。
「確かに足りていません。夢から持ってきているのを使っているので赤字ですね。とはいえ死なれても困るので初回は顕現していないと不安なのです。ゲートパワーも使い切ってしまっているし、手際は良いので次回から居なくてもいいでしょうけど。うごご……」
触手で頭を抱える守護スパゲッティ。やはりマグネタイトが足りていない様子だった。悪魔は存在しているだけでマグネタイトが必要だというし。さらにゲートパワーにも使っているという話だ。現世と異界を繋ぐ力をゲートパワーと呼び、マグネタイトを使ったり、悪魔が現実を捻じ曲げることで高まるらしい。守護スパゲッティは夢と現実を繋ぐことでこちらに顔を出している状態だという。以前ジュースを飲んで、テレビを見た空間は俺の意識を介していたらしく、現実と異界の中間のようで、現実への干渉が弱い代わりに低燃費だったとか。
なるほど、そうなるとマグネタイトを集めるのが大事だな。フォアグラ式マグネタイト牧場とかどうだろうか。
「……なんです、語感からでもわかるその邪悪なマグネタイト収集方式は」
スライムを配置してマグネタイトを集めさせる。存在が不安定なので限界まで取り零すことなく集めてくれるだろう。そして頃合いを見計らって捌いて、マグネタイトを取り出すのだ。徐々に数を増やすことで収穫量も増えていくマグネタイトをベースにした第一次産業だ。
どうだ?
自信有り気にチラッと視線を送りながら提案する。
「見よ、悪魔よ。これが人間の悪意です」
守護スパゲッティからそんな言葉とともに、とんでもねぇ邪悪が居たものだ、という雰囲気が漂ってきた。言葉をかけられたスライムも、マグネタイトバキュームを中断してマジかよ、という意味合いを含んだ奇声を発していた。
冗談でも酔狂でもない、軽く思いついた大真面目な案だ。パソコンの画面とスライムを増やすことで収穫量をアップさせ、なおかつ外出や就寝中も収集できる。考えるだけで利点だらけだ。なんと家で出たゴミとかも食べさせて処分できる。
「いや、全然良くないのですよ。悪魔は強さに拘りますから、マグネタイトを奪われて弱くされた恨みとか想像したくありません。スライムたちの憎悪によって磨かれた異界とかできそうです。負のスパイラルから生まれる悪魔とかどれほど性格の悪い悪魔が来るかもわかりませんし。しかもこのスライムたちはパソコンを通して色々な場所から送られた思念の集合体ですので、容易く混ざり合えるので何が起きるかわかりませんよ。ということで却下です」
良い案だと思ったのだが、かなり不評だった。しょうがないな、と諦めるとスライムも安心したのかパソコン前に戻っていった。
他にも思いつくが、スライム側の感情を考慮すると没にせざるを得ない物ばかりなので諦めた。我がままは良くないと思う。
仕方なく地道な方法を選ぶ。こっくりさんの儀式を正しく行うことにする。
「だがアラビア語にYES/NO枕です」
それな。
降霊するとスライムに吸い込まれ、それに耐えてこっくりさんとして俺たちの傍までたどり着いた悪魔もどきを待っているのがアラビア語が書かれた紙とYES/NO枕である。そして待ち受ける質問が「宇宙には地球上の存在以外に知的生命体はいるのか」「四文字はどこにいるのか」「人類は悪魔を殺して平気なのか」「なぜ戦うのか」「五万で水着BBちゃんは出るのか」など邪悪なる守護スパゲッティ問題が待ち受けているのだ。そして詰まっている間にラーメンを食べるかの如くスライムに啜られて吸収される。どんな気分か三十文字程度で教えてもらいたい物だ。
「とうとう普通のこっくりさんになりましたね」
目の前には正式なこっくりさん用の道具、日が暮れて夕焼けが差し込む逢魔が時の薄暗い部屋、不安定な机、そして守護スパゲッティとスライム、俺という術者。本格的なこっくりさんができるようになるとは感無量だ。アラビア文字やヘブライ、象形文字、楔文字、漢字、アルファベットなどが書かれた紙束は見なかったことにした。
段階を踏んだことで降霊のさじ加減もわかってきた。その副産物として現れた悪魔もどきも、スライムが美味しく食べたことで異臭が無くなり、体も緑から透明になりつつあった。確かパソコンを通じて集まった思念の集合体という話だったので、決まった形は無いのかもしれない。
正しい手順で儀式を行うと、スパゲッティの触手とスライムの触手、そして俺の指によって支えられた硬貨が動き始めた。正式なこっくりさんによって浮遊霊のような下級霊がパソコン画面から飛び込んできた。そして玄関や窓からも弱い霊が集まり、複合体となった。動きが速く、空中を飛び回っている。見た感じでは動物霊のようだが、耳と尾があるくらいしか特徴が無い。
守護スパゲッティの触手が伸びると、宙を飛び回っていた動物霊は引裂かれた。半分はスパゲッティで出来た胴体へと取り込まれ、半分はスライムがむしゃぶりついていた。
「レベル1ですね。繰り返せば悪くないマグネタイトになりそうですが」
それでもいいが、予想以上に守護スパゲッティが強かった。もっと格闘ゲーム的な苦戦を強いられるのか思ったが、レベル1でも触手で一撃とは。小数点のレベルでもスライムに吸い込まれる程度だったので問題はないと理解していたが、これほどまで差があるならもっとステップアップしてもいいのかもしれない。
「いいですね、その調子です。私も下級の降霊術で召喚された悪魔には負けるつもりはないのです」
よし、それならルール違反だ。シンプルな話だが、降霊中にルール違反を犯しまくる。それだけでこっくりさんの儀式によって呼び出した悪魔は強くなる。儀式中に硬貨から手を放すだとか、立ち上がるだとか、大声を出すだとか、そういう下地が全国的に出来ている。
「うおおおおお、私たちの戦いはこれからだ」
若干強くなった動物霊を空中で引裂きながら、守護スパゲッティが棒読みで言った。いや、おまえホントつえーわ。
これならあれをやるしかない。
スーパー悪魔対戦を。
「見ィツケタ」と衣装箪笥を開いてきた調子に乗ったぬいぐるみの頭を掴み、床に叩きつける。俺が隠れていたのは単に儀式のためだ、途中で塩水は飲んだりうがいしたりした。ぬいぐるみが動こうともがくので、何度も繰り返す。
漸く止まったので少し上がった息を整えながら連れて行く。
手間をかけさせやがって雑魚が。
「えぇ……」
困惑した様子の守護スパゲッティを引き連れて居間へと向かう。守護スパゲッティの触手にも、当然ぬいぐるみの姿。今行っていたのは一人鬼ごっこ、または一人かくれんぼという儀式だ。ぬいぐるみを鬼に見立て、手順を踏むことで降霊させる。実はこれ、かなり簡略化された呪術だ。ぬいぐるみを人間に見立て、呪いをかけるのだが、その際に呪わせる悪魔を降霊しているようだ。使う道具を生物の生に近づけることで、より強い呪いが発現する。さらに人間の髪や爪、血を使うことでさらに強くなる。段階を踏んで強化した呪いのぬいぐるみは、今まさに俺の手によって捕獲されていた。
居間は盛り塩結界によって有象無象の悪魔が閉じ込められている。その部屋に通ずる廊下では、スライムから透明の思念体へとランクアップしたペットがこっくりさんを行い、現れた動物霊を結界内へと放り込んでいた。ちなみにペットの名前は守護スパゲッティがユニコーンと名付けた。名前とは一体……。
さて、何をやっているのかと言うと、悪魔同士を一か所に閉じ込め、戦わせたり混ぜたりしている。マグネタイト量や感情の高まりによって悪魔はより強くなる。蠱毒とでも表現すればいいのか、盛り塩結界に閉じ込められた悪魔は互いを食らい合い、混ざり合っている。互いをよきライバルとして高め合うって素敵だな。
俺が掴んで離さないぬいぐるみと、守護スパゲッティに捕まっているぬいぐるみから恐怖の感情を薄らと感じた。悪魔も感情があるのだな、と思った。守護スパゲッティは感情豊かだから今更そんなことを考えるのもおかしいが。
「素晴らしいッ!!」やら「ハッピバァァァァァァスデイ!!」と叫びながら、守護スパゲッティがぬいぐるみや浮遊霊を放り込む。結界内では食らい合い、混ざり合った悪魔が生まれようとしていた。盛り塩の色が凄まじい早さで黒くなっていく。
盛り塩が変質し、結界が溶けたことで顔や体が複数ある悪魔が飛び出してきた。醜悪な見た目だ。これではペットには向かないだろう。
「新しい悪魔の誕生ですよぉ!!」
そう守護スパゲッティは叫びながら、いや口は無いのだが、新しい悪魔を同じように引き千切った。悲鳴とともにばら撒かれる悪魔の肉片。踊り食いとばかりに貪る姿なきユニコーン(思念体)。
この悪魔たちには情緒というものが無いのだろうか……。
「え? ペットにしたかったんですか? 強さがまちまちのレギオンですけど、その中でも下級ですから意識も混ざってて統合されていません。飼うには向いてませんよ?」
そうじゃなくて、手間暇かけたのだから戦闘の果てに倒したいというか。強敵を倒して覚醒とか夢がある。
「大した相手ではないですから、そんな期待しても意味ありませんでしたよ」
守護スパゲッティは俺ががっかりするようなことを呟いた。触手で引き千切ってばかりなので、基本的に俺は悪魔との対戦経験が不足している。精々が飛び回る動物霊を叩き落とし、憑依したぬいぐるみをアイアンクローで戦意喪失させた程度だ。
警戒していた自分が馬鹿みたいに思えるというか、次から緊張感がなくなる可能性が出てくる。僅かな恐怖も知っておきたい。
「一応強い悪魔も用意できます。やりますか?」
僅かな恐怖なので、ほんのり強い程度が望ましい。
「いいでしょう。深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのを忘れないでください」
いや、そういう危険な香りがするときは深淵から離れていきたいというのが本音だ。まだ悪魔と戦闘して一日目だ、優しく経験値を積ませてくれ。
守護スパゲッティは俺の考えを聞いているのかいないのか、反応はない。そのまま触手が本を取り出した。あれは朝見た『ゆめにっき』だ。
「夢の最奥から撒かれた種は根を張って意識を支配しています。この『ゆめにっき』は現実への小窓、夢との扉。夢から現実へと支配の根を引き剥がすことのできるフォルマです」
強い威圧感を本から感じる。ユニコーンも何かを感じたのか、俺にすり寄ってきていた。背を撫でて落ち着変えるのと同時に、自身も落ち着かせる。
これはあれだろう、ちょっと強い悪魔ではない。絶対に違う。
辞めたいが、守護スパゲッティには思いも言葉も届かない。もういい、盾になりそうな机を構え、他にも机や大き目の鍋を転がしておく。
「ちなみに、私はあまり手伝えません」
本が黒い影を吐きだしたのと同時に、守護スパゲッティが言った。本当にあまり手伝えないのか、触手だけが俺の背後から姿を見せている。
好き勝手しやがって、おまえぶち殺すぞ。
『我が汝だったはじまりの心。汝が我だったゆめのシヘン。我々の可能性の始まり。しかし今は我の物だ。取り返せば良い……できるものなら』
守護スパゲッティの触手に似た黒い触手が絡み合った何かがそう言った。『ゆめにっき』が浮いていて、そこから黒い触手が伸びていた。見たことのある懐かしい姿だ。おぼろげで、不明瞭。記憶の底に沈む、今は忘れた夢の形のようだった。
ゆっくりと本が閉じる。奥には真っ白な空間が見える。
それが開始の合図だった。黒い触手が千切れ、何かが動き出した。