機動戦士ガンダムSEED ~ Fall in a Nightmare ~ 作:クラウス・リッター
本日より、機動戦士ガンダムSEED ~ Fall in a Nightmare ~の連載を始めます。
よろしくお願いいたします。
第1話:開戦(1)
≪第1話≫ 地のバレンタイン(1) 開戦
--- 地球連合軍 第2機動艦隊旗艦「エンリケ」 ---
C.E.70年、2月13日。
月に存在する連合最大の拠点「プトレマイオス」にて、プラントを攻撃せよ、という指令を受け、月面に存在する連合最大の軍事基地である「プトレマイオス」より出撃してから、早2日。
艦隊旗艦としての優れた通信能力を持ち、また地球連合軍の一角を占める大西洋連邦宇宙軍初のリニアカタパルト搭載宇宙艦艇として、その艦体サイズの巨大さと相まってかなりの数の航宙戦力たるMAの運用能力を持った、アガメムノン級宇宙母艦。
そのアガメムノン級宇宙母艦の5番艦として、嘗ての大航海時代の偉人の1人である「エンリケ」の名を与えられたこの艦の艦橋で、ノーマルスーツ姿の1人の男が艦橋内を一望出来る位置に設けられたシートにゆったりと腰掛け、艦橋から見える
既に彼の座乗する艦は、月とL5宙域の間の、大凡3分の2の地点を過ぎた所に存在した大規模なデブリベルトを通り過ぎ、地球連合が宣戦布告し交戦状態へと突入した、遺伝子調整を受けて誕生した「コーディネーター」と呼ばれる人種の人々が作り上げたスペース・コロニー群の国家である「プラント」の、目と鼻の先と言える位置の宙域にまで進出している。
だが、彼の艦の艦橋から望む宇宙空間に浮かんだプラントの全景は、そうは言っても肉眼で捉えるには未だ多少なりとも距離があり、またそのプラントを構成する、“砂時計”と揶揄される程の特徴的な外観をした優に100基を超える数のスペース・コロニーの大部分が、艦隊とスペース・コロニーの間に割って入るデブリの帯の存在により、ハッキリとは映らない。
暗夜の世界に光り輝く星々と同じ様に、薄ぼんやりと宇宙空間に浮かんでいたプラントのコロニーと、そのコロニーの群を守るかの如くに少し手前に存在しているデブリの帯を暫しの間無言のまま見詰めていた男は、徐にその光景から視線を逸らすと向かって右斜め前方の位置に座り、目の前のディスプレイと睨めっこをしながらコンソールを叩いていた男に、声を掛ける。
「中佐、そろそろかな?」
紳士然とした、落ち着いた口調で艦橋内に響いた声に、中佐と呼ばれた男、レイモンド・スミスはコンソールを叩くのを止めて振り返る。
「……そう、ですね。予定進出ラインまで来ましたし……如何しますか、マッキャバン中将?」
質問を質問で返された第2艦隊総司令のエリン・マッキャバン中将は、「ふむ…」と考える仕草をするも、次の瞬間にはレイモンド中佐から視線を逸らして「艦長」と呼び、更に続けた。
「艦長、何も連絡は無いのかね?」
何処か威厳すら見える程に落ち着いた口調で告げられた科白に、「エンリケ」の艦長であるラング・ファーキン大佐は素早く反応し、艦橋内の部下に指示を出す。
すると、殆どと時を経ない内に、その結果が、彼等の下に届けられた。
「プトレマイオスより入電!第1、第2機動艦隊は、予定通りプラントを攻撃。迎撃に出るであろうザフト軍を殲滅せよ、です。総司令部が置かれている『ワシントン』からも、同様の指示が」
オペレーターの張り上げた声に、艦長であるラング大佐は頷きつつ、エリン中将の方を向く。
エリン中将はその報を聞いて俄かに顔を顰めたが、しかし彼の幕僚足るレイモンド中佐は、致し方ありません、という表情を浮かべ、小さく首を振った。
エリン中将は、暫しの間無言を保っていたが、やがてレイモンド中佐、そして艦長であるラング大佐の顔を見て小さく頷くと、正面へと向き直り、艦橋にいるクルーの全てへと向けて言葉を発した。
「……諸君、愈々(いよいよ)だ。私にとっては甚だ不本意ではあるが、事ここに至っては、致し方あるまい。此れより、“戦争”を始めるぞ。麾下の艦艇全てに、作戦の開始を伝達せよ!」
上官の発した科白に、今現在艦橋に存在する全てのクルーを代表し、短く、しかしハッキリとした口調で「ハッ」と返事を返したレイモンド中佐は、正面へと向き直ると、自身の方へと向き直るクルー達に対し、指示を飛ばした。
「僚艦全てに、作戦の開始を打電しろ。急げ!」
「総員に第1戦闘配備を発令。MA部隊は、順次発進させろ!」
レイモンド中佐、そして、次いで響いた艦長のラング大佐の声に、艦橋のクルーが、一斉に応える中、エリン中将は沈鬱な表情を浮かべながら、再び艦橋の外に広がる、広大な暗夜の世界に瞳を向けていた。
--- 「エンリケ」艦内 パイロット待機室 ---
アガメムノン級宇宙母艦の、格納庫を見下ろす位置に存在する、MAパイロット専用の待機室。
利便性の為、男女其々がパイロットスーツへの着替えを行うロッカールームを、ドア1つで行き交い出来る様な形で両隣りに併設した構造の待機室。
今、その待機室の中には、20人以上のMAのパイロット達が、其々にパイロットスーツを身に着け、各々ソファーに腰掛けたり、或いは壁に寄っ掛かったまま、室内の中央で次々と言葉を発し続ける男へと視線を向け、耳を澄ましている。
男は5分程話し続けた後、一息つくと部屋の中をゆっくりと見渡し、何か質問は、と訊ねた。
すると、壁に寄り掛かって話を聞いていた男の1人が、スッと右手を上げ、口を開いた。
「1つ質問があるんですが、良いっすか?」
「……何だ、エミリオ少尉」
またコイツか、という様な表情を浮かべた中央の男に対し、エミリオ少尉と呼ばれた男は、気難しい表情を浮かべたまま、言った。
「……詰り、俺達がプラントに攻撃を仕掛けるのは、奴等の抱える軍事組織……ザフトの戦力を壊滅させる為、って事で良いんですよね?」
「あぁ、そうだ。先程も言ったが、我々の標的、攻撃目標は、飽く迄も敵の軍事戦力のみ。作戦の骨子は、奴等から“ザフト”という名の軍事組織の戦力を叩き潰し、再び奴等を連合の影響下に置く為の下地を作る事だ」
罷り間違っても、コロニー本体に攻撃を仕掛け、そこに住む連中を虐殺しろという訳では無い、と言葉を続けた男に対し、
「それを聞いて、改めて安心しましたよ」
質問をしたエミリオ少尉は、次の瞬間隣で隠れる様に立っていた、華奢な体付きに女の子を思わせる様な顔立ちをした少年の方を向き、肩に手を置いて言った。
「上の連中は、俺やコイツみたいな年若く清純な青少年に、“非戦闘員の虐殺”なんて事をさせたいのかって、内心でビクビクしていましたから」
何処か戯けた様な口調で言った青年に対し、直ぐ様別のパイロットから揶揄が飛んだ。
「オイオイ、嘘を吐くな嘘を。レンダちゃんは兎も角、お前が清純だって?」
待機室の中が、当たり前の様に、笑い声に包まれる。
この室内にいる誰もが皆、この青年の隣に立つ、この場に似つかわしくない少女の様な少年の存在を、当然の様に受け入れている。
からかわれたエミリオは、助けを求める様に「レンダ」と呼ばれた隣の少年の方を向くが、少年は面倒臭そうに外方を向く。
恨めしそうな表情を浮かべて少年を見るエミリオ少尉に対し、先程からかいの言葉を投げた男とは別の男が、「オッ、振られたな?」と、別のからかいの言葉を投げ掛けた。
先程以上に大きな笑い声が木霊する中、不意に、待機室内に備え付けられたスピーカーから、けたたましい音が鳴り出し、次いで第1戦闘配備を告げる声が響く。
刹那、先程までの和気藹藹とした空気は吹き飛び、待機室にいた全てのパイロットの表情が、クッと引き締まったものへと変わる。
部屋の中央にいた男は、小さく何事か呟くと、周りを見渡し、腹の底から絞り出す様なハッキリとした声で、声を掛けた。
「各員、MAへの搭乗を開始!出撃だッ!!」
「「「「「ハッ!」」」」」
威勢の良い声と共に、壁に寄り掛かっていた者やソファーに腰を下ろしていた者など、この待機室の室内にいた者全員が背筋を伸ばして立ち、見事なまでの敬礼を、部屋の中央に立つ男へと向ける。
敬礼を向けられた男は、引き締まった表情のまま、自身の後ろに立つ者の顔までゆっくりと見渡すと、サッと正面を向き直って答礼をし、右手を下ろした。
それを合図に、これまで敬礼の姿勢を保ち続けた全てのパイロットは一斉に右手を下ろすと、次の瞬間には待機室から格納庫へと直接出る事の出来る2つの扉から、我先にと其々の愛機の下へと飛び出して行く。
「行くぞ、レンダ」
比較的扉に近い位置に立っていたレンダは、先程自身の存在を笑いの種にされてしまったエミリオ・ダナップ少尉の声に従い、足元に置いていたヘルメットを手に取り、待機室を出る。
刹那、彼の目に飛び込んで来たのは、“アメフトが2試合同時に行える”と兵士達に揶揄される程の、母艦の広大な格納庫。
アガメムノン級宇宙母艦は、現在の地球連合が有する宇宙艦艇の中で、最も多くのMAを運用出来る能力を持っているが、それはこの広大な格納庫を有しているからに他ならない。
レンダは、その広大な格納庫へと足を踏み入れると、格納庫内の壁際に設けられたキャットウォークの手摺に足を掛け、愛機の下へと飛ぶ。
無重力状態の格納庫の中を、一直線に突っ切って愛機の下へと向かうレンダの瞳には、青地に白いラインが機首部から機体後方へと流れる様に引かれた、1機のMAの姿が映る。
コックピットと火器管制用のレーダーを除いた各種の電子兵装が内装された高速鉄道の先頭車両の先端部分を叩き伸ばした様な中央モジュールを中核とし、その中央モジュール下部に設置された火器管制用レーダーが内包された2つの球体を介して2基のメイン・スラスターユニットが左右其々から中央モジュール部分を挿み込む、という独特な構造、外観をしたこの機体の名は、「メビウス」。
先代の主力量産型MAである「ミストラル」に換わり、僅か2、3年程前から第一線部隊である機動艦隊の艦載機部隊等へと配備が開始されたばかりの最新鋭機であり、地球連合宇宙軍における航空戦力の中核を成す機体である。
長らく先代の主力量産型MAの地位にあったミストラルは、機関砲や着脱式の簡易ミサイルポッドを装備していたとは言え、元はコロニー建設等に使用された作業用のポッドを戦闘に耐えうるよう改良を施した物に過ぎず、その性能は所詮“作業用ポッドに毛の生えた”程度の性能しか有していなかった。
その為、今現在従事している様な軍事拠点における哨戒任務や船外作業といった所謂“裏方”の任務ならば兎も角、最前線での戦闘運用には明らかに性能が不足していた。
それに対し、プラントとの開戦の僅か2、3年程前に実戦部隊へと配備が開始された
また、武装面においても固定装備自体は中央モジュールの機首前面に1対のバルカン砲を備えるのみと少々貧弱ではあるが、この機体には後付け式の多種多様な兵装が用意されていた。最も一般的な「ノーマル・タイプ」の兵装においても単装の対装甲用リニアガン1門と合計で4基もの対艦ミサイルを搭載するなど重武装であり、総合的な火力は「ミストラル」を遥かに凌ぐ強力なものとなった。
作業用ポッドに改良を施しただけの低性能な旧式MA(ミストラル)に比べ、特に機動性や運動性、攻撃力に勝る本機(メビウス)は、今や宇宙戦力の中核を成す存在として各機動部隊や月のプトレマイオス基地の他、重要度の高い軍事拠点を中心に既に2千機前後の機体が配備されている。
愛機の下を目指して無重力空間の中を突き進む少年の、その両の瞳に映る1機のMAの姿は、膨大な数が配備されている機体の内の1機なのである。
待機室から飛び出したパイロット達が、各々の愛機の下に辿り着き、コックピットへと姿を消す中、同様に愛機の下へと辿り着いたレンダは、ヘルメットを握ったままコックピットハッチの淵に手を掛けると、そのままコックピットの中へと潜り込んだ。
そして、計器類の大半が休眠状態の為、真っ暗と言って良い程に明かりが無いにも拘らず、彼は慣れた手付きで正面のメインモニター下に設置されたパネルや、メインモニターの上に設けられたスイッチの群を操り、愛機を活動状態へと覚醒させる作業を始める。
正面左右のモニターに光が灯り、外の光景がコックピット内に映し出される中、レンダはOSを起動させ、メインモニター下の小型パネル及びディスプレイに次々と映し出されては消えるウィンドウを目で追う。
火器管制システムを始めとした各種の電子兵装の他、機体の各部に異常が無いかをチェックし全て問題が無い事を確認したレンダは、コックピットのハッチを閉じ、背後へと手を伸ばしてシートベルトを掴み身体を固定させる。
ヘルメットを被り、首に隙間が無いかどうかを確認したレンダは、次にバイザーを1回だけ上げ下げし、しっかりと気密性が保たれるかを確かめる。
刹那、通信機から彼の所属する小隊、“シュライク小隊”の小隊長、シド・レインズ大尉の声が響いた。
『こちらシュライク1。各機、状況知らせ』
理知的な人を想像させる低い落ち着いた声が、コックピット内に木霊する。
通信機からは、続け様に2番機、及び3番機に搭乗する小隊のメンバーの声が聞こえた。
レンダは、先程の隊長よりも更に低く、下手をすると聞き取れないのでは無いか、と思える様な口調で、3番機のパイロットに続き、答えた。
「……こちらシュライク4。同じく、出撃準備、完了した」
幸いにして、聞き取れたのであろう。
レンダが言い終わるのと殆ど同時に、後から続く様にして同様の旨を告げた5番機のパイロット、エミリオ少尉の言を聞いた大尉は、通信機越しに『シュライク1、了解』と短く答えた。
出撃前にやるべき事を、終わらせるべき事を全て終えた彼は、小さく息を吐き、不意に視線を左側のサブモニターへと向ける。
光り輝く液晶モニターには、今彼が乗っている機体の同型機が、1機、また1機と、後方にあるリニアカタパルトへと向け、次々に彼の機体の傍を通過し移動して行く光景が、ハッキリと映し出されていた。
無言のまま、その光景を見詰めていたレンダだが、やがて暫くすると、再び小隊長であるレインズ大尉の声が、通信機を通してコックピット内に響いた。
『シュライク1より各機へ。俺達の出撃は、“イーグレット小隊”の後。つまり、この後直ぐだ。分かったな?』
隊長の声に、レンダは両の閉じながらも、他の小隊所属メンバーと同じ様に、「了解」と、掠れる様な声で応答する。
刹那、殆ど間を置かず、愛機が振動に包まれ、リニアカタパルトへの移動を始めた。
だが、幾ら揶揄される程に広大な格納庫とは言え、艦の全長程に格納庫が長い訳では無い。
レンダが、閉じていた目をゆっくりと開けた時、レンダの機体は、既にリニアカタパルトへの移動を終えていた。
コックピットのモニターに映るのは、これから愛機を弾丸の様に撃ち出すリニアカタパルトと、その更に先に存在する、漆黒の、宇宙空間。
パイロットスーツ(或いはノーマルスーツ)が無ければ、人が生きていく事など絶対に不可能な暗黒の世界をモニター越しに見たレンダは、彼にとって大切な存在であり、また存在であった2人の女性の名を呟き、今一度両の瞳を閉じる。
何処か暗さと冷たさが印象に残る声で、彼がその2人の名を口にしたのは、心の高ぶりを冷ます為でも無ければ、恐怖を無理矢理に抑え込もうする為でも無い。
敢えて言うならば、それは彼が彼女達を大切に、そして愛おしく想ったのと同じ様に、彼の事を大切に想ってくれていた2人の女性の、その抱いた思いと願いを裏切り、戦場で“人殺し”を行った果てに“死”という禁断の果実を求める事に対する、“懺悔”。
閉じていた瞳を、ゆっくりとした動作で開けたレンダは、その瞳の奥に暗く冷たい光を宿したまま、操縦桿を握る両手の力を、僅かに強める。
既にメインモニターの端に別枠で映し出されていたウィンドウには、カウントをする数字は「0」を表示しており、「発進可」を示すグリーンの丸が点灯していた。
正面モニターに映る宇宙空間を見詰めるレンダは、小さく息を吸い込みつつ、スッと目を細め、誰に聞かせるでもなく、言った。
「……シュライク4、レンダ・ラザフォード……『メビウス』、出撃する」
口を噤むと同時に、身体の全身、特に腹部に力を込める。
刹那、彼の乗る機体が、静止状態から急加速し、何処までも広大な宇宙空間へと撃ち出された。
地球連合軍の艦隊に動きが見られた頃とほぼ同時刻、プラントにおいても今プラント防衛作戦における実戦部隊の指揮を執るパトリック・ザラが、宙域に展開している全てのザフト軍兵士達に向けて、演説を行っていた。
そして、その演説の最後、「諸君の奮戦に期待する。ザフトの、プラントの為に!」という言葉と共に、ザフト軍の間で歓声が起こり、士気は最高潮に高まった。
そして、その歓声が収まらぬ中、パトリック・ザラは全軍に対し力強く、コンディション・レッドを発令した。
--- ナスカ級高速戦闘艦「トラヤヌス」 ---
「敵艦隊より、敵MAの出撃を確認!」
オペレーターの告げた科白に、艦橋の中央のシートに腰を下ろしていたリボニー・スコットランドは、小さく溜息を吐いた。
「やれやれ、宣戦布告を受けた時から覚悟はしていたが……いよいよ始まるのか」
艦橋にいる他のクルーに聞かれないよう、小さく独り言ちたスコットランド。
パトリック・ザラの演説は終わったのも束の間。他の艦と同様に熱気に包まれたトラヤヌスの艦橋には、プラント本国にあるザフト軍の司令部からの作戦指示が、引っ切り無しに飛び込んで来た。
司令部からの指示に対応する部下を見やって今一度溜息を吐いたスコットランドは、2、3回両の掌で顔を叩くと、次の瞬間にはキッと顔を引き締めて武人の表情を浮かべ、指示を下した。
「諸君。奴等を迎え撃つぞ。コンディション・レッド! MS隊は全機、速やかに発進せよッ!」
--- 「トラヤヌス」艦内 ロッカールーム ---
空調の利いた居心地の良い空間に、1人の女性がいる。
スッキリとした細い体付きに、形の良い、バランスの取れた大きさの、胸の膨らみ。
腰骨の辺りまで伸びる、宝石の様な黒く艶やかな黒髪に、はっと息を呑む様な、美しい顔立ち。
若い女性向けのファッション雑誌のモデルの様な、女性なら誰もが羨み憧れる容姿容貌をした彼女の名は、ルーチェ・ベルナドット。
ザフト軍において、士官学校卒業時の成績が上位10名以内に入った者にしか着用を許可されない、“赤”を基調としたカラーの軍服・パイロットスーツに袖を通す事を許された、数少ない女性パイロットの内の1人。
そんな彼女は今、このロッカールームにて、落ち着き払ったゆっくりとした動作で、パイロットスーツへの着替えを行っている。
自身の体形にピッタリと合ったスーツに両足を突っ込み、両腕をふわふわと漂う袖へと通す。
そして、下腹部から首元へと、三重構造になっているファスナーを引き上げる。
素肌に纏う吸水性に優れたインナーが、ファスナーを首元まで引き上げる事で完全に見えなくなり、最上部のフック部分まで完全に閉じられた直後、耳を塞ぎたくなる程の大音量で“コンディション・レッド”を告げるアラートが、ロッカールーム内に鳴り響く。
一瞬、僅かにその表情を歪めたルーチェは、しかし何事も無かったかのように辺りに漂っていたヘルメットを掴むと、右手に存在する金属製の扉の方へと歩を進め、その下を潜り、格納庫へと足を踏み入れる。
そこに漂うのは、今までいたロッカールーム内とは明らかに違う、緊張感に満ちた空気。
格納庫内の壁際に設置されたキャットウォークに立った彼女は、格納庫の端の方へと歩を進めつつも、専用の整備用ハンガーに固定された、この格納庫の主とも言うべき異形の存在へと、その視線を向ける。
彼女の瞳に映るのは、人と同様に五体五指を有しながらも、人とは違う、1つ眼の単眼(モノアイ)カメラと鶏冠(とさか)状の多機能センサーを有する頭部に、翼の様な形状をした、機体背部のスラスターユニットが特徴的な鋼鉄の巨人。
スマートさとは懸け離れた、威圧感を他者へと与える様な、武骨なシルエット。
何処かの国の古い神話にでも登場する、“魔神”の様な姿形をした“ソレ”の名は、MS(モビルスーツ)「ジン」。
国力において、連合を相手に圧倒的に劣るプラントの事実上の国軍組織「ザフト」が生み出した対連合用の切札にして、全長20mにも達する人型をした機動兵器。
格納庫内に皇帝の如く居並ぶ、この鋼鉄の巨人達の姿を見ながらキャットウォークを歩いていたルーチェは、不意にその進めていた歩を止めると、床を軽く蹴って手摺を乗り越え、態勢を変えてキャットウォークの壁を蹴る。
ザフト軍では、士気高揚等の目的の為、“赤”を纏う者や多大な戦果を挙げた者を中心に、自機のカスタマイズが許可されているが、無重力空間の格納庫を、ライフルの弾丸の如くに真っ直ぐ突き進む彼女の、その視線の先に存在する1機のジンは、正にソレであった。
両肩の装甲を左右非対称の物へとカスタムされたこの機体は、グレーを基調とした色で塗装された、「トラヤヌス」の格納庫内に存在する、他の通常(一般兵)仕様の機体とは違い、鮮血を想像させる様な鮮やか真紅を基調とした色で、その全身を染められている。
格納庫内でも、その一際目立つ存在感を放つこの機体の下へと辿り着いた彼女は、無言のまま、開け放たれたままコックピットへと潜り込むと、正面左右のモニター下にある計器類に触れた。
モニターに火が灯り、暗かったコックピット内が明るくなる中、OSが起動し、機体の各部に異常が無い事を知らせるウィンドウが、モニターに比べて小さなサイズのパネルに表示されては消えて行き、僅か十数秒後には、「システム・オールグリーン」の表示がパネルの表面に現れる。
彼女が、機体が何ら問題なく、正常に稼働した事を確認した直後、コックピット内に、彼女が所属する小隊の小隊長、ルドルフ・ワイセンベルガーの理知的で落ち着いた印象を与える声が、響く。
『こちらルドルフ。ルーチェ、エリック、出撃準備は完了したか?』
「……こちらルーチェ。出撃準備完了……」
正面モニターの上部にある、メインモニターに比べて遥かに小さな3つの液晶画面の内の、その1つに映る年上の男の顔に向け、彼女は言葉少なげに返す。
3番機からも彼女と同様の旨を返された、画面に映るルドルフ小隊長は、了解した、と言うと、その理知的で落ち着いた印象を全く変える事無く、通信画面越しに『出撃する』と告げた。
了解、と再び言葉少なげに、呟く様に答えたルーチェは、右手を操縦桿から外すと、パネルへと手を伸ばし、機体を整備用ハンガーの固定アームから外す。
軽い衝撃と共に自由に動ける様になった機体は、両腕をゆっくりと左右に伸ばすと、ハンガーの脇に備え付けられたウェポンラックから、火器を手に取る。
セミオート時の精密射撃と、フルオート時の掃射能力を兼ね備えた、ジンのメイン火器である「重突撃機銃」を、予備のマガジン3つと共に機体背部のリア・スカートにマウントし、左右の腰部には西洋の両刃剣を模した巨大な実剣である重斬刀を其々1振り、マウントする。
更に、背面に重突撃機銃の弾装よりも1回りも大きいサイズのボックスマガジンを2つ抱えた、ジンの脚部程の大きさもある楕円状の盾を機体の左手に握らせると、もう片方の右手で、ウェポンラックの最上段に置かれていた、「キャットゥス」と呼ばれる巨大な無反動砲を掴み、前へと機体を進ませる。
足を1歩前へと出す度に襲い掛かる衝撃と重低音を感じながら、先を進む小隊長機に続き、開け放たれた隔壁の下を潜る。
『ルドルフ小隊各機、聞こえるか?発進は30秒間隔で行う』
通信機越しに聞えたオペレーターの声に、ルーチェは小さく、了解と答える。
すると、次の瞬間、左右のモニターの端っこに映っていたランプが点灯しながら回転し、数秒と経たず、正面モニターに映る小隊長機の奥に見えた隔壁が、ゆっくりと左右に開かれる。
『こちらルドルフ。先に行くぞ』
通信画面越しに、小隊長が言った。
正面のモニターに映る、エネルギー充電用のコードが接続されたままのグレーの機体が、僅かに両足を浮かせ、僅かに重心を前へと倒す。
刹那、彼女の目の前にいた機体が、展開されたリニアカタパルトの中を加速し、途中で機体背部に接続されていたコードを切り離すと、宇宙空間へと飛び出して行った。
『2番機、準備を』
コックピット内に響くオペレーターの声に、ルーチェは機体を前へと、リニアカタパルトが展開された空間へと進ませる事で答える。
小隊長機と同じ様に、床を軽く蹴って機体を宙に浮かせると、僅かに前傾姿勢を取った。
モニターに映る、艦内の天井部分に設置されたパネルのカウントダウンは瞬く間に進んでいく。
「………姉さん」
消え去りそうな程に小さな声で、彼女が呟いた直後、パネルに表示されたカウントが途切れ、「発進可」を示すグリーンの文字が表示される。
彼女は、操縦桿を握る両手に、そして、腹部を中心とした、身体全体に力を込める。
「……ルーチェ・ベルナドット、『ジン』、出撃するッ!」
口を噤んだ直後、真紅の機体が、急加速を始める。
小隊長機と同様、リニアカタパルト内の半ばでコードを切り離した彼女の機体は、これから凄惨な戦いが始まる漆黒の空間へと、その身を解き放たれた。
如何でしたでしょうか。次話の投稿は何時になるか不明ですが、なるべく早い時期に投稿したいと考えております。
これからも本作、機動戦士ガンダムSEED ~ Fall in a Nightmare ~ を宜しくお願い致します。