機動戦士ガンダムSEED ~ Fall in a Nightmare ~   作:クラウス・リッター

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第2話:開戦(2)

 プラント本国を攻撃する為、月のプトレマイオス基地より出撃した、地球連合軍の第1及び第2、第4機動艦隊の総勢3個機動艦隊。

 

 その中の2つ、プラント側から見て月を正面に捉える位置に大規模に展開した第1及び第2艦隊から大挙出撃した、総勢で200機をも上回る数の第一波攻撃隊。

 

 彼等は各々の小隊毎に、「デルタ」と呼ばれる三角形を模した隊形や「アブレスト」と呼称される横一列の編隊を組みつつ、宇宙空間を突き進んで行く。

 

 彼等が目指すのは、彼等地球連合軍将兵や政府の役人達が“砂時計”と揶揄する、プラントのコロニー郡。

 

 しかし、一糸乱れず見事なまでの綺麗な編隊を組んで飛翔するMA部隊の進む方向には、生まれ育った故郷を、同胞を、そして愛する者を守らんが為、ザフト軍の精鋭部隊が放つ数々の光点が立ちはだかっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 --- シュライク小隊 side ---

 

 

 

 小隊の4番機として、先頭を進む小隊長機の左斜め後方に付いた2番機の、その左後方に位置するレンダ機のコックピット内に、“シュライク小隊”の小隊長であるレインズ大尉の声が響く。

 

『前方に敵機を確認した。各機、安全装置《セイフティ》を解除しろ』

 

 了解、と低い声で応答したレンダは、正面のメインモニター下にある小型ディスプレイの脇のスイッチ群へと手を伸ばし、その中にあった兵装の安全装置のロック、解除を行うマスターアーム・スイッチを「SAFE」から「ARM」へと切り替える。

 

 スイッチの切り替えが終わるのと同時に、メインモニター下の小型ディスプレイに映し出されていた兵装の表示も「SAFE」の文字から「ARM」へと切り替わり、機体に装備された全兵装が使用可能な状態になった。

 

 安全装置の解除作業を完了させたレンダは、その旨を小隊長へと告げる。

 

 すると、小隊長であるレインズの、了解した、という声が聞えた直後、小隊の2番機を務めるニコラス・ブルーゲル中尉の粗暴な声がコックピット内に響いた。

 

『オイ坊主、聞いてるか?』

 

「……何か」

 

 何か、と言葉少なげ返事をしたレンダに対し、話し掛けて来たニコライ中尉は鼻で笑った。

 

『フンッ。何か、か。コイツは傑作だな。今正に初陣を迎えたばかりの坊主が、一端のベテランパイロットの様な生意気な口を利きやがる』

 

「……」

 

 中尉の言葉に何も返さず、沈黙するレンダ。しかし中尉は、構う事無く続けた。

 

『いい機会だ。この際、ハッキリ教えてやるよ坊主。俺はな、テメェの存在が気に食わねぇ。戦場(ここ)はな、テメェみたいな餓鬼が存在していいような場所じゃねぇ! テメエみたいなガキは、他のガキ共と一緒にハイスクールで仲良く学生ごっこをしてりゃ良いんだよ!』

 

 荒々しい口調でハッキリと、レンダの存在を気に入らないと告げた中尉。

 

 中尉のレンダに対するこの口調と言動の中身は何時もの事であり、これは彼が所属するシュライク隊は勿論の事、彼らの母艦であるアガメムノン級宇宙母艦「エンリケ」のクルー達にも認知されていた。

 

 異動、転属等で「エンリケ」へと移って来た、クルーになってから日が浅い者の中には中尉の言動に眉を顰め、諫言する者もいた。

 

 しかし、艦長以下クルーの大半は、余程中尉の言動が悪質且つ暴力行為にでも及ばない限り基本的には黙認しており、それには中尉の過去の経歴、経験が深く関わっていた。 

 

 ニコラス中尉には、歳の離れた仲の良い弟がいた。しかし、15年以上前に起きた、中東のとある国に拠点を持つイスラム過激派集団の手の者によって引き起こされた大規模テロにより、その弟を殺された。

 

 その当時、大西洋連邦空軍のパイロットであった彼は、弟を殺された事に対する復讐の為、事件を引き起こしたイスラム過激派集団と、その過激派集団を影で支援する中東のとある国に対する軍事作戦に従軍する。

 

 生まれ持った才能と長年磨き続けた技術に加え、家族を殺された恨み、怒りを最大の力とした中尉は、連日連夜の過酷な任務をこなし、愛機の戦闘爆撃機を以て幾つもの敵戦闘機や爆撃機を撃墜し、戦車やトラックを破壊した。

 

 しかしある日、敵重要拠点の空爆作戦に従事していた際、地対空ミサイルを被弾した彼は敵勢力圏下でのベイルアウトを余儀なくされた。そしてこれが、彼にとっての転機となった。

 

 味方の救出部隊と合流すべく敵勢力圏下の荒れ果てた大地を駆ける中尉の前に立ちはだかったのは、テロによって殺された自身の弟と同じか、それより更に若い年頃の銃を手にした少年少女達であった。

 

 中尉は生き残る為、味方の下へと逃げる為に彼等を撃ち、殺した。1人や2人では無い。5人10人と、あらゆる手段を尽くして、殺して殺して、そして彼は生き残った。彼を救出するべく、敵勢力圏下にも拘らず捜索を続けていた部隊の手により救出されて。

 

 丸2日に亘った脱出劇の末、味方の基地へと生還した彼を戦友やメディア、国民は挙って“英雄”と称賛し持て囃したが、当の“英雄”たる本人は、称賛の言葉を耳にする度に顔を顰め、口調はぶっきら棒になり、不機嫌さを隠そうともしなかった。

 

 そんな彼に対し、生還を喜んだ戦友が尋ねた。何で不機嫌なのか、と。英雄と呼ばれて、何故怒っているのかと。

 

 それに対し、中尉は一言、こう呟いた。

 

「俺は、弟を殺す為に戦場(ここ)に来たんじゃねぇ」

 

 その一言が、当時の中尉の心情の全てを物語っていた。

 

 中尉にとって、弟はまだまだ子供であり、その弟と対して歳の違わない少年少女達は守るべき対象であった。

 

 中尉にとって、戦争とは大人が行うべきものであり、軍服を着て軍事教練をしっかりと受けた者だけが戦う資格があるものであった。

 

 しかし、中東での戦争は、中尉の抱いていた価値観を一変させた。生き残る為とは言え、満足に訓練を受けたとは思えない、幼い子供達を殺したのだ。しかも、その殺された少年少女達が武器を手にしたのは、自身の所属する強大な軍隊がテロ組織、そしてそのテロ組織を支援する中東の国の軍隊に大打撃を与えた事で生じた兵力消失に伴う補充の為であった事を知った時、彼は苦しむと同時に強い怒りを抱いた。

 

 彼は少年少女達に銃を持たせ、自らは後ろで指示だけをだして生き永らえている敵国の司令官やテロ組織の指導者達に、痛みや苦しみが霞んでしまう程に凄まじい憎しみと怒りを覚えた。そして、彼等を根絶やしにしてやると胸に誓い、戦争を最後まで戦い抜いた。 

 

 そして戦争の終結後、彼は静かに、何も語らずに、大西洋連邦宇宙軍への転属命令を受け入れた。

 

 この宇宙軍への転属は、周囲の声やメディアによる勝手気ままな報道に惑わされる事無く、彼が心に深い傷を抱えている事を理解し様子を見守っていた彼の上官が、知り合いの宇宙軍将官に掛け合い引き抜かせた結果であった。

 

 そしてそれから、早15年。時が経つのは早いもので、この15年の間に彼は中尉へと昇進した。

 

 配属当初こそ周囲全てが敵の様な雰囲気を纏っていた中尉であったが、それも1年経つ毎に徐々に落ち着き、今では所属する艦のクルーや隊の隊員、他部隊のメンバーからの信頼も厚く、また今やベテランパイロットの1人として新人パイロットの教育係も務めるまでになっていた。

 

 新人パイロットや配属されて間もないクルーの中には、髭を生やした厳つい顔立ちや“ドス”の利いた声、口調から恐れられていた。しかし、オフになれば後輩や同僚を食事や飲みに誘うなど面倒見もよく後輩や同僚からも慕われており、彼をよく知る長年の同僚からも雰囲気や性格が落ち着き、大分穏やかになったとその変化を驚かれもした。

 

 しかし、中東での紛争終結、そしてその後の宇宙軍への転属から15年が過ぎようとしたある日、突然ニコラス中尉の目の前に現れた軍服を纏った少年に、彼の心を否応なく掻き乱された。

 

 レンダと名乗った少年の存在は、その肌の色や口にする言語、身に纏う服装こそ違えど、彼にとって15年前に自らが体感した悪夢が蘇ったようなものであり、その少年が欠員がいたとは言え、自らが所属する隊に配属される事が分かった日には、周りの同僚が彼を羽交い絞めにしなければならない程に大暴れをした。

 

 そしてそれ以来、中尉は少年の姿を見る度に、クソガキだの役立たずだの、ドスノ利いた口調で罵詈雑言を叩きつけた。

 

 尤も、彼の怒りや憤りは寧ろ、祖国である大西洋連邦へと向かっていたと言っていい。何故なら、彼が嫌い憎んだ中東の敵国やテロ組織と同じように、彼の祖国もレンダ・ラザフォードという幼い少年を兵士という駒として扱う事を決めたからだ。

 

 先の紛争での体験によって、「戦争は大人が行うもの」という考えをより強くした中尉にとって、レンダの軍への入隊を認め、且つ一瞬の油断が即“死”に繋がるMAの搭乗員として最前線に配属し、戦場にて命の奪い合いを行わせようとする軍上層部の人間の行動は、中尉にとっては裏切りに等しいものであった。

 

 そしてそれだけに、そんな軍の上層部、延いてはそれを許す祖国に対して彼は強い怒りと憤り、遣る瀬無さを感じており、レンダに対する態度はある意味で屈託した愛情表現とも言えた。

 

『坊主、俺は戦場(ここ)にいるテメェを認めねぇ。いいかッ!? どんな理由があろうと、此処にいるテメェの存在を俺は絶対に認めねぇ! 認める訳にはいかねぇんだよッ!』

 

「……」

 

 中尉の言葉に、レンダは無言で答える。

 

 すると、通信機の先で「フンッ!」と荒い鼻息を吐いたニコライ中尉は、しかし先程よりも幾分落ち着いた口調で、言葉を続けた。

 

『……だがまぁ、テメェが此処にいる以上、今更俺がコックピットの中で好き勝手に喚いたって仕方がねぇ。精々俺達のスコア稼ぎの邪魔にならねぇ様に、後ろで逃げ回ってろ。絶対に、俺の……俺達の手を煩わせんじゃねぇぞ!?』

 

「…………了解した」

 

 了解した、と落ち着いた様子で返事を返したレンダに対し、ニコライ中尉は此見よがしに大きな舌打ちをしたが、これ以上言っても時間の無駄と踏んだのかそれ以上何かを言う事は無かった。

 

 すると、まるでタイミングを見計らっていたかのように、今度はそれまで2人の会話を聞きに徹していた小隊長のレインズが、こちらも落ち着いた口調で中尉に向けて言った。

 

『満足か、中尉?』

 

『……小隊長』

 

『まだまだ言いたい事はあるだろうが、ここは既に作戦宙域だ。余計な御喋りは控えろ、いいな?』

 

 落ち着き払った、しかし有無を言わせない力強さを秘めた声に対し、ニコライ中尉は一瞬何か口にしかけるも、結局了解の旨を伝えた。

 

 すると、やれやれといった具合で小さな溜息を吐いたレインズ大尉が、今度はレンダに向かって口を開く。

 

『それから4番機。俺は部隊を預かる立場の者として、中尉の様に「後ろに逃げ回っていろ」とは言えない。どんな理由があって、お前がその歳で軍に志願したのかを俺は知らんが、戦場(ここ)にお前がいる以上、そしてお前がこの俺の率いる隊にいる以上、泣こうが喚こうが嫌でも戦って貰う。だが……』

 

 だが、と言って一旦言葉を切ったレインズ大尉は、これは独り言だと前置きした上で、先程迄とは打って変わり、何処か親が息子に語り掛ける様な声音で、レンダに対して言葉を続けた。

 

『だからと言って、敵に撃墜スコアを稼がせる為に、馬鹿みたいに突っ込む必要は無い。お前には未来があるんだ。戦場(こんな所)で、命を無駄に散らせる必要は無い。最悪の時は……直ぐに逃げろ。これは命令だ。分かったな、レンダ?』

 

 コックピット内に存在する、通信機器を介して聞こえた、レインズ小隊長の言葉。

 

 正面のモニターを見詰め続けながらその言葉を聞いたレンダは、浮べていた表情を、今まで小隊内の誰にも見せた事が無い、暗い面持ちへと変える。

 

「……未来、か」

 

 消え去りそうな程に小さく、か細い声音で呟かれた短い言葉には、聞いた者が思わず耳を塞ぎたくなる程の痛々しさと、どんな光も届く事の無い、深淵の様な暗さを含んでいる。

 

 それは全て、過去に起こった忌むべき“ある事件”の所為に他ならない。

 

 この、15になるかならないか、という幼い少年にとっての全ては、過去に起こった忌むべき“ある事件”の、それより以前にしか存在していない。

 

 そんな彼にとって、“今”を生き、そして“未来”を見る事は、苦痛であり、絶望でしかなかった。

 

「…………咎人でしかない俺に、未来など…………」

 

 コックピット内に木霊した彼の独り言。

 

 だが、小さな声で呟かれた彼の独り言は、ハッキリとはいかないまでも、小隊長であるレインズ大尉の耳に届いていたらしく、『何か言ったか?』と、通信機越しにレンダへと訊ねてきた。

 

 レンダは、一瞬の間を置いた後に短く「いえ」と答えるが、小隊長は尚も訝しみ、声を掛けようとする。

 

 しかし、レインズ大尉が口を開こうとした刹那、自軍の侵攻ルート上に存在する敵部隊が目の前に迫ったからであろう。

 

 レンダは通信機を通して、攻撃部隊の総隊長から各MA部隊を率いる隊長達へと告げられた、全軍突撃という勇ましい言葉を耳にする。

 

 一瞬の間を置いて、息を吸い、そして吐き出す深呼吸の小さな音が通信機から漏れた直後、レンダだけでなく、“シュライク小隊”に所属する全員へと向けて、レインズ小隊長は言った。

 

『これより、戦闘を開始する。各機、編隊を崩すな。私に続け』

 

 僚機である小隊メンバーと同じく、了解、と短い言葉で小隊長に応答したレンダは、モニターに映る2番機の、そのメインスラスターの輝きが増すのを視角の隅に捉えながら、2番機に続く形で、愛機を加速させる。

 

 一瞬離れた2番機との間隔が、僅かな時間で、元に戻った。

 

 再び綺麗な三角形状の隊形へと戻った“シュライク小隊”は、小隊長機を先頭に、周囲に展開している他のMA部隊と同じく眼前へと迫ったザフト軍へと向け、一糸乱れぬ隊形を維持したまま、突撃する。

 

『各機、攻撃開始ッ!』

 

 一本の芯が通った、小隊長の力強く明瞭な声が響く。

 

 了解、と先程と殆ど同じ口調で応答したレンダは、正面のモニターに映り込んだ敵機へと照準を合せると、右手に握られた操縦桿の、その引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 プラント本国から見て、まるで月の脅威からプラントを守る為に存在するかの如く、月を正面に捉えた方角に広がる、小さな、しかし歴としたデブリベルト。

 

 小惑星の破片同士が激突して生まれた大小様々な大きさの岩石の他、遺棄されたロケットのパーツや人工衛星、或いはコロニー建造時に生まれた資材屑など、宇宙開発の負の側面である開発時に生じた膨大なゴミによって構成されていたデブリの帯も、地球連合がプラントに対して宣戦布告を行い、何十、或いは何百といった戦闘艦艇や機動兵器を互いに進出・展開させた事で、今や連合とプラント双方が砲火を交わし激突する、戦場へとその姿を変えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

   --- ルーチェ side ---

 

 大小様々な大きさの岩石の破片や、或いは宇宙開発の際に生じた膨大な量の宇宙ゴミが、まるで帯の様に、ある程度纏まった形で宇宙空間を漂う事によって構成される、デブリベルト。

 

 そのデブリベルトという空間に存在していた、真紅に染められた1機のジンの単眼(モノアイ)が、自機を狙って正面から迫る1機の薄紫色に塗装されたMA(メビウス)の姿を捉え、コックピット内のモニターに映し出す。

 

 辺りに漂う小惑星の破片の中を掻い潜り、機首の面々部分に設置された、1対のガトリング砲を乱射しながら接近する1機の敵機。

 

 その敵機の姿を、真紅のジンを操るルーチェ・ベルナドットは一瞥すると、素早く愛機を敵機の射線軸の上へと移動させて敵弾を躱し、つい先程まで自機が存在した空間を通り抜けた敵機に対し、右手に握られた無反動砲「キャットゥス」の照準を合わせる。

 

 レティクルが敵機の機体上面に重なり、色が緑から赤へと変わった。

 

 刹那、引き金を引いた彼女の機体からキャットゥスの砲弾が撃ち出され、逃げる敵機の上面に直撃し破壊する。

 

 しかし、敵機を撃破しても息つく間もなく、次の瞬間にはコックピット内に敵機の接近を知らせる警報音(アラート)が鳴り響く。

 

 背部のスラスターを噴射しつつ、辺りに漂っていた小惑星の破片を蹴り、愛機を反転させてレーダーが捉えた方向へと単眼(モノアイ)を向ける。

 

 すると、今さっき撃墜した機体と同型同色のMAが更に3機、自機を目指して密集しながら突っ込んで来る光景を捉えた。

 

 ルーチェは、素早くキャットゥスの砲口を向けると、先頭を進む敵機に照準を合わせ、引き金を引いた。

 

 発射された砲弾は、尾を引きながら宇宙空間を突き進み、先頭を進んでいた敵機の前面に突き刺さる。

 

 直ぐ傍を飛んでいた僚機の1機を巻き込みながら、盛大な爆発を起こした敵機は、特異な形状をしたその姿を、宇宙に漂う塵の1つへと変化させた。

 

 だが、ルーチェは撃墜した敵機に然したる興味を示す事無く生き残っていた1機へと視線を移すと、敵機がデブリの只中を弧を描く様にして旋回し、後方から自機へと向かって突撃して来るのが見えた。

 

 チラリと視線を正面モニターの下のパネルへと向けると、愛機の右手に握られたキャットゥスの残弾の表示が、0となっている。

 

「……」

 

 パネルから視線を外したルーチェは、素早く愛機を反転させると同時に右手に握られたキャットゥスを手放すと、左腰に手を伸ばしつつ機体を加速させる。

 

 スピードを落とす事無く、必要最小限の動きで敵機が撃ち放った砲弾と、付近に漂う大小様々な大きさの岩石の塊を躱しながら突き進む真紅の機体は、次の瞬間、敵機と正面から交錯した。

 

 真紅の機体と交錯した敵機は、そのまま真っ直ぐに進み続けるも、やがて小さなスパークを生じさせつつ2つに分かれ、閃光と共に消滅した。

 

『見事な腕前だな、ルーチェ』

 

 敵機を撃墜したのも束の間、突如としてコックピット内に響いた、落ち着きのある理知的な声。

 

 レーダー画面を覗き込むと、愛機の後方に、友軍機を示す青い小さな光点が2つ、点滅していた。

 

 愛機を反転させたルーチェは、機体色と細部が違う事を除けば愛機と殆ど同じ2機の同型機(ジン)が映し出された正面のモニター、そしてその正面モニターの上部に別枠で設置されている、通信用の小さな画面へと視線を向ける。

 

 正面モニターの上に2つ存在する通信用画面の中の1つに、端整で理知的な印象を他者に与える表情を、頭部を丸々と覆ったヘルメットの透明なバイザー部分越しに覗かせる、1人の壮年の男が映し出される。

 

 ザフト軍のMSパイロットの大半が身に付ける、極々スタンダードな深緑色を基調としたカラーのパイロットスーツを着た彼の名は、ルドルフ・ワイセンベルガー。

 

 彼はリボニー・スコットランド隊長が率いる「スコットランド隊」の旗艦、ナスカ級高速戦闘艦「トラヤヌス」を母艦とした2個MS小隊の内の1つを率いており、ルーチェも彼が率いる小隊に所属していた。

 

 画面に映る小隊長の顔を見詰めたルーチェは、先程自身に向かって投げ掛けられた科白に対し、「いえ」と短く答える。

 

 彼女の簡潔な返答を聞いたルドルフ小隊長は、僅かに相好を崩し言った。

 

『皮肉を込めた訳では無いのだから、謙遜する必要は無いのだが…………まぁ、いいか。エリック!』

 

『分かっていますよ、小隊長殿。ほらよルーチェ、お前さんのだ』

 

 ルドルフ小隊長に「エリック」と名を呼ばれた若い男は、やれやれといった口調で返事を返すと、ルーチェの機体に通信を繋ぎ、機体の左腕に抱えられていたキャットゥスをルーチェへと向けて差し出した。

 

「……」

 

 差し出されたキャットゥスを無言で受け取ったルーチェは、空となったマガジンをイジェクトすると、左手に握られていた楕円形の盾の背部から予備のマガジンを取り出し、装填した。

 

『態々持って来てやったのに、感謝の言葉は一言も無し、か。あんまりじゃないか、ルーチェ?』

 

 何処か相手を小馬鹿にした様な口調で言ったエリックに対し、ルーチェは冷やかな口調で、言葉を返した。

 

「……」

 

『フンッ。だんまりかよ、愛想がねぇ女だな、テメェは』

 

「……あなたに取って貰わずとも、自分で取りに行けたわ。それなのに、これは貸しだと言わんばかりに感謝の言葉を求めるの、あなたは……?」

 

 ルーチェの挑発的な科白に、彼は僅かだが表情を強張らせる。

 

 しかし、エリックが再び口を開くよりも早くに、彼等2人を率いる小隊長が間に割って入った。

 

『2人共、其処までにしておけ。新手が来るぞ!』

 

 言うや否や、ルーチェ機の正面モニターに映り込んだルドルフ小隊長の機体が反転し、右手に握られたキャットゥスを発射した。

 

『各機散開ッ!』

 

 再びコックピット内に響いた小隊長の科白を受け、ルーチェは小さく了解の旨を返すと、小隊長の指示に従って僚機から距離を取りつつ、しかし接近する敵機へと向け、再装填が成されたキャットゥスの砲口を向けた。

 

「……」

 

 正面モニターに映り込んだ敵機(メビウス)に、緑色のレティクルが重なり、色が赤色に変化する。

 

 敵機をロックしたルーチェは、無言のまま、キャットゥスの引き金を引いた。

 

 発射された砲弾が、勢いよく敵機に突き刺さり、爆発する。

 

 しかし、味方が撃墜されたにも拘らず、敵機は尚も彼女の機体を目掛け、突っ込んで来る。

 

「……まだ、来る」

 

 小さく呟いた彼女は、敵機から放たれたリニアガンの砲弾を射線軸の上方へと愛機を逃す事で躱すと、躱した時の余勢を駆って前方宙返りの要領で愛機を反転させ、頭部の直ぐ傍を通り過ぎた敵機に向かってキャットゥスの砲弾を叩き付けた。

 

 爆発四散する敵機の残骸に一瞥を向けたルーチェは、再び愛機を反転させると、更に自機へと向かってリニアガンやガトリング砲といった火器を乱射しながら接近する、2機の敵機へと視線を向ける。

 

 フットバーを踏み込み、愛機を加速させたルーチェは、迫り来る2機の内の1機へとキャットゥスの照準を合わせると、引き金を引く。

 

 MS(ジン)の装甲すら貫通出来る程の威力を有した、主砲足るリニアガンを乱射しながら接近して来た敵機に命中したキャットゥスの砲弾は、連合の主力MA足る「メビウス」を粉々に爆砕し、広大な宇宙空間に漂うデブリの1つへと変える。

 

 友軍機の爆発から辛くも逃れ、生き残って1機は、まるで彼女の駆る真紅の機体を悪魔か死神に見えたのであろう。

 

 大慌てで機首の向きを変え、遁走を図ったが、しかし彼の敵機は、失念していた。

 

 彼の敵機と対峙していたMSは、彼女の機体だけでは無かった事を。

 

『不意打ちして直ぐサヨナラ、か。随分な挨拶だな、ナチュラル共は!』

 

 コックピット内に響いた、若い男の声。

 

 彼女と同じ、ルドルフ小隊に所属するエリック・マンスフィールドが、声を張り上げながら、逃げる敵機へと向け重突撃機銃の銃口を向け、貫通力に優れた弾丸を雨霰と叩き込んだ。

 

 機体上部に何十発という数の弾丸を浴びせられた敵機は、本の一瞬、小さなスパークを生じさせた後、閃光の中に消える。

 

『フンッ。俺の手を煩わせやがって。詰めが甘いんだよ、ルーチェ』

 

 弾切れのマガジンを捨て、予備のマガジンを重突撃機銃へと装填したエリックが、侮蔑の笑みを浮かべながら、ルーチェに対して通信を繋いで来た。

 

『“赤(ザフトレッド)”何だから、もっとしっかり戦って欲しいものだな。なぁ……ルーチェ?』

 

 クククッ、と声を漏らしながらルーチェの事を嘲笑ったエリックに対し、ルドルフ小隊長が今迄に比べて幾分厳し口調で、いい加減にしろ、と2人の間に割って入った。

 

『いい加減にしろ、エリック!貴様が“赤”を纏えないのは、自分の技量が足らなかったからだ。彼女は関係ない』

 

 小隊長の科白に対し、フンッ、と息を漏らしたエリックは、親指だけ立てた右手で自身のパイロットスーツを指し、言った。

 

『同じ負け犬の癖に、一々五月蠅いですね、小隊長殿?』

 

『……ッ!?エリック、貴様ッ!』

 

 一瞬、通信モニター越しに小隊長の表情を見ていたルーチェにも、小隊長の瞳に黒い憎悪の塊が宿ったのが感じられた。

 

 しかし画面の先にいたルドルフ小隊長は、グッと歯を噛み締めると、鋭い眼光を閃かせ、言った。

 

『…………レイモンド隊、及びガリソン隊の空域が膠着状態に陥っている。我々は、キルギス隊と合流

し、援護に向かう!2人共、付いて来い!』

 

 通信がプツリと切れ、ルーチェ機のモニターに映っていた小隊長の駆る機体が、背部のスラスターを輝かせ、飛び去って行った。

 

『フンッ、面白みの無い奴だな』

 

 心底不機嫌そうな口調で吐き捨てたエリックは、次いで機体の背後をルーチェの機体に向けると、口調を一切変えぬまま、先に行くぞと言って通信を切り、小隊長の後を追った。

 

 小さく深呼吸をしたルーチェは、操縦桿を握る両手の力を僅かに強めると、フットバーを踏み、愛機を加速させ、2機の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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