機動戦士ガンダムSEED ~ Fall in a Nightmare ~   作:クラウス・リッター

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第3話:開戦(3)

   --- 地球連合軍 第1機動艦隊旗艦「アガメムノン」 ---

 

 

 

 

 

 

 

 ザフト軍を撃破すべく、第2機動艦隊と共に大規模なMA(メビウス)部隊を出撃させた、第1機動艦隊。

 

 しかし、アガメムノン級宇宙母艦のネーム・シップにして、第1機動艦隊及びプラント攻撃部隊の総旗艦を務める「アガメムノン」の艦橋に舞い込んで来る通信は、悲惨なモノが大半であった。 

 

「スレイグ小隊全滅!レーンウォール小隊、2番機を残して、反応が消失しました!」 

 

「バラク小隊、及びニケーア、カナリス両小隊、全機反応消滅(シグナル・ロスト)。何れも全滅した模様!」 

 

「ああっ、そんな事は分かっているッ! だが、お前ん所の小隊が、一番近い位置にいるんだ! いいから早くレーンエイム小隊の救援に迎えッ!」 

 

 艦橋内にいるオペレーター達の怒声が木魂する中、艦橋中央に座る第1機動艦隊司令、ラドルフ・スターン大将は正面上方のモニターを睨みながら、彼の直ぐ傍らに立つ1人の幕僚に話し掛けた。 

 

「……どう思うかね、君は」

 

 目の前に叩きつけられた現実に対する狼狽と、指揮官として威厳を保たねばならないという気持ちとが綯い交ぜになった口調で言ったラドルフ大将に対し、声を掛けられた幕僚のルロイ・オーレンドルフ大佐は、慎重な口ぶりで、「よくないですね」と答えた。

 

「第1陣の攻撃隊の内、総隊長機を含めて半数が既に喰われました」

 

「……まさか、な。俄かには信じ難いが……」

 

 ルロイ大佐が告げた内容は、衝撃的なものであった。

 

 何せ、攻撃隊の第1陣は第1機動艦隊所属のMA部隊を中心に編成されており、その第1機動艦隊所属のMA部隊の中でも、最精鋭の部隊を中核としていた。

 

 そんな第1陣の部隊が、戦端が開かれてから然程時が経っていないにもかかわらず、既に半数を失ってしまったのである。

 

 しかも、迎え撃った敵ザフト敵軍の兵力は、MA部隊よりも数で劣っていたという事が、ラドルフ大将を余計に焦らせる。

 

「我が軍の先鋒は、1機艦の中でも最精鋭を集めているのだぞ。それにもかかわらず、半数以下の敵機を相手に劣勢を強いられている、だと?」

 

「ですが、これが現実です」

 

 思わず呻き声を上げてしまうラドルフ大将に、ルロイ大佐が現実を突き付ける。

 

「既に我が方は半数を失っており、部隊としての体を成しておりません」

 

「……どうするべきかな?」

 

 渋面を浮かべながら問い掛けてきた司令官に、ルロイは断言する。速やかに、第2次攻撃隊を送り込むべきだと。

 

「第1陣の部隊は既に半数を失ったとは言え、相応の戦果も挙げております。第2陣を送り込めば、現在我が方の正面に展開する敵部隊を、蹴散らす事は可能です」

 

 ルロイ大佐の言葉に、深く聞き入るラドルフ大将。

 

 彼は、正面に向き直ると、モニターに写し出される戦況の詳細を見詰めながら、先ほど告げられた内容を頭の中で反芻する。

 

(……第2陣として用意したMA部隊の総数は、およそ200機。第1陣よりも全体的に練度は劣るとは言え、数では……現在展開しているであろう敵総数よりも、恐らく勝っている)

 

 オペレーターの1人が、また1機、友軍機が撃墜された事を告げる。

 

(ルロイの言う通り、敵軍にも相応の打撃は与えている)

 

 モニターに、表示された友軍機の表示が消え、撃墜された事を示すマークが画面に写し出される。

 

(第2陣を送れば、打ち破れる可能性は高い)

 

 瞳を細め、モニターを見詰めながら、頭の中をフル回転させ、最適解を弾き出そうとするラドルフ大将。

 

(だが……敵軍の数が、嫌に少ない事が気に掛かる。事前の情報では、奴等の総兵力は艦艇数で60隻前後、MSが300機程度という話であった筈だ)

 

 モニターに写し出される敵軍の兵力に、疑念と警戒感を抱いた彼は、副官に尋ねる。別動隊がいる可能性はないか、と。

 

「敵軍の数が、思っていたよりも少ない。別動隊がいる可能性は、ないかね」

 

 先ほどの動揺や焦りが目に見えて伝わって来るような声音ではなく、何時も通りの冷静沈着な様子で問い掛けてきた自らの上官に、内心でホッと息を吐くルロイ大佐。

 

 しかし彼は、そんな内心をおくびに出す事もせず、淡々と自らが部下に確認させた状況を説明する。

 

「事前の情報と比較をすれば、別動隊のいる可能性は、非常に高いと言わざるを得ません」

 

 ルロイ大佐の言葉に、やはり、という表情を浮かべるラドルフ大将。

 

 だが、ルロイ大佐は別動隊の存在する可能性が非常に高いとしながらも、目の前の事態をより優先して対処するべきであると続ける。

 

「これまでの所、偵察機から別動隊を発見したとの報告はありません。無論、この先も見当たらない、見つけられないという事は無いでしょうし、警戒するに越した事はないでしょう」

 

 ルロイ大佐は自らの所見を述べた後、更に「ですが……」と続ける。

 

「ですが、より優先すべきは正面の戦線です。このままでは、まず間違いなく第1陣のMA部隊は全滅します。そうなっては、味方の士気低下は避けられません」

 

「……1度引かせる、という手もありますが」

 

 ルロイ大佐の言に、別の幕僚が1度部隊を後退させるという手もあると述べる。しかし、ルロイ大佐はそれも認めた上で、引かなかった。

 

「後退も1つの手ではあります。しかし、体勢を整えて再度攻勢に出たとしても、確実に打ち破れる保証は何処にもありません。それなら損害も承知の上で、攻撃部隊の第2、第3陣を投入し敵軍を強引にでも突破。そして」

 

 プラントに砲口を突き付け降伏を促すべきです。

 

 そう断言したルロイ大佐に、ラドルフ大将は静かに目を瞑る。

 

「……」

 

「閣下」

 

 ルロイ大佐の声に、力が籠る。

 

「現状は、チェスで例えるならばチェックを掛けたも同然です。後は目の前の敵勢を打ち破り、プラントに向けて艦隊の砲口を向け、奴等に城下の誓いをさせるだけ。プラントの眼前に展開する我が軍の砲口が我が家に向けられている中では、例え今姿を現さぬ敵勢が目の前に現れても、何も出来はしないでしょう」

 

 ルロイの言葉に、確かにと思ったラドルフ大将は無言のまま、静かに頷く。

 

「それに、これは閣下にとっても、最も望ましいことではないでしょうか?」

 

「……むっ?」

 

 思わせぶりなルロイ大佐の物言いに、モニターから目を離し、彼の方を向くラドルフ大将。

 

 その眼には、何が言いたい、という疑問の色が浮かんでいた。

 

 そして、何が言いたいのか、と続けて問うた自らの上官に対し、ルロイ大佐は平然とした様子で答える。

 

 閣下は、この戦争の長期化をお望みですか、と。

 

 ルロイ大佐が述べたこの一言に、ラドルフ大将は一度瞬きをすると小さく溜息を吐く。

 

「……知っていたのか。私の心の内を」

 

「……閣下の幕僚を務めて、既に1年以上。その程度、分からないでは幕僚は務まりませんよ。なぁ……?」

 

 ルロイ大佐の視線を追い、振り返りながら後ろを見れば、ラドルフ大将を補佐する他の幕僚達が皆、頷いた。

 

「お前達……」

 

 彼等の浮かべる表情に、一瞬、呆気にとられたラドルフ大将ではあったが、彼は内心で苦笑いしつつも1つ咳払いをし、正面のモニターの方へと身体を戻しながら自らの幕僚た達に向けて言った。

 

「4機艦は?」

 

 プラントを守る為に迎撃に出て来るであろう敵軍を、半包囲下に置く為、ラドルフ大将率いる第1機動艦隊から見て右翼の位置に展開する予定の、第4機動艦隊の事である。

 

「未だ、予定地点には到達していない状況です。通信を試みてはいますが……無線封鎖状態であると思われ、反応がありません」

 

「恐らく4機艦は、敵軍の動きを警戒してか予定のルートよりも遥かに遠方を迂回しているのでしょう」

 

「肝心な時に、一体何処で何をしているのだ、4機艦の連中はッ!」

 

 幕僚たちの報告に、ラドルフ大将は顔を顰め吐き捨てる。

 

 しかしルロイ大佐は、ラドルフ大将の顔をチラリと流し目に見ると、直ぐに正面を向き直り、モニターを見ながら言った。

 

「……来ない連中を頼りにしても、仕方ありません。それよりも……閣下」

 

 どれほどの被害を被ろうとも、と全く感情を込めずに事務的な口調で淡々と述べたルロイ大佐に、表情を歪めて小さく舌打ちをしたラドルフ大将は、「分かっている」と呟く。

 

 そして彼は、不意にルロイ大佐の方を見ると、1つの指示を出す。

 

「……第2次攻撃隊を出せ。第3次攻撃隊も、続けて出すぞ。それから、第4次、第5次攻撃隊も準備をさせろ」

 

 司令官の科白に、ハッ、と敬礼で応える幕僚達。

 

 だが、ラドルフ大将の指示は、これだけに留まらなかった。

 

「それから、周囲の警戒を、更に高めたい。偵察エリアを拡大させ、何処かに潜んでいるであろう、敵別動隊を早く見付けたい」

 

「閣下、仰る事は分かります。ですが、我が方の偵察部隊は、目下の所全力で警戒活動に努めており、警戒エリアを拡大させようにも、従事させる部隊が足りません」

 

 ラドルフ大将が指示した、警戒エリアの拡大。

 

 これは、前線に第2、第3陣と続けてMA部隊を送るに当たり、航宙兵力が手薄となった所を未だ見ぬ大規模な敵勢に急襲されることを警戒してのもの。

 

 だが、幕僚の1人が、その指示に対し異を唱える。

 

 偵察機やレーダー・ピケット艦の数が足りない、と。

 

「迂闊でした……我々としては、敵軍は本拠地たるプラント周辺に全軍を終結させるもの、という認識と、この度の我が軍の戦略目的であるコーディネーター達を屈服させ、二度と反抗する気概を与えないためには、圧倒的な戦力差でもって勝つ事との結論でから打撃力を重視した部隊編成を行ったのですが……」

 

 本拠地を攻めてくる敵軍がいる。それも、自らよりも圧倒的な戦力差を有している。

 

 普通ならば、本拠地を死守するために全軍を終結させるべき、と考えるであろう。

 

 だが、敵勢はそれを行わなかった。敵勢が圧倒的な兵力を持って本拠地に迫りつつある、という状況にも拘わらず、プラントの者達は、自らが擁する戦力の大半を何処かへとやってしまった。

 

 それだけでも異常な事態なのに、それに加えて自軍の戦略目的達成の為に艦隊の打撃、攻撃力強化を優先して編成した結果、艦隊の目と耳となる偵察機やピケット艦の数が不足していた。

 

 だが、そんな現実を前にしても、ラドルフ大将は動じなかった。

 

 彼は、言った。無い物ねだりをしても仕方がない、と。それよりも、今、有るものを活用するべきであると。

 

 具体的には、直掩のMA部隊から一部を割き、偵察に充てるというものだ。 

 

「直掩部隊から割いて、ですか……?」

 

 ラドルフ大将の言に、今度はルロイ大佐が表情を顰める。だが、ラドルフ大将はそれを無視し正面上部のモニターを見詰めながら言葉を続けた。

 

「私は……敵の有する“モビルスーツ”という名の機動兵器を、甘く見過ぎていた様だ。それも、“1年前の手痛い敗北”があったにも拘らず、だ。」 

 

 自身の上官の科白を聞き、一瞬、反論しようと口を開き掛けたルロイ大佐は、しかし何も言葉を発する事無く、上官の顔を見詰めたまま、沈黙する。 

 

 彼の上官が口にした、“1年前の手痛い敗北”。 

 

 それは、大西洋連邦を始めとした、現在の地球連合を構成する上での中心国家である旧プラント理事国(宗主国)側と、当時は未だ旧理事国の影響下にあったプラントが、そのプラント本国及び本国近海の宙域にて武力衝突をした、所謂「L5宙域事変」と呼ばれる戦闘である。 

 

 約1年前、プラントと地球連合――――――――当時は、旧プラント理事国と呼称――――――――の双方が武力衝突する事となった「L5宙域事変」。この武力衝突が起きる事となった直接の原因は、シーゲル・クラインとパトリック・ザラの両巨頭が中心となって進めていた、プラントの分離独立をも視野に入れたプラント側の様々な動きにあった。

 

 当時のプラントでは、プラントの自治権獲得乃至分離独立を求める人々のデモ活動や、旧プラント理事国向けの工業製品の生産プラントにおける従業員の大規模サボタージュが各地で連日実施されていた。

 

 そして、その見た目に派手で目が行き易いデモやサボタージュ活動の陰で、同時に理事国側が禁止していたプラント国内向けの食糧生産がシーゲル・クラインの指示により、一部コロニーを大規模食糧生産プラントへと改装されて開始され、また自己防衛の為の軍事力についてもパトリック・ザラの指導の下、密かに増強が進められていた。

 

 しかし、幾ら密かに、慎重に事を進めていたとしても、食糧生産の開始や軍備力の増強を完全に隠し果せるものでは無い。

 

 プラント側のこの動きは、程無く理事国側の知る所となった。

 

 派手な活動の陰に隠れて進められていた、プラント側の密かな動き。これをプラント側が分離独立に向けて本格的に動き出したものと捉え、事態を重く見た理事国側は、プラントに駐留する部隊に警戒態勢を取らせると共に、月のプトレマイオス基地より第1特務艦隊を増援として派遣した。

 

 彼等を含む増援部隊はプラント近海まで進出すると現地の駐留艦隊と合流し、その砲口をコロニーへと向けて定める。プラントの分離独立を防ぎ、再び自らの強い統制下に戻さんと物理的な圧力を掛けたのである。 

 

 巡洋艦や駆逐艦が艦隊の主力を成しているとは言え、多数の戦艦やMA母艦を有する艦隊の総数は、合流したプラント駐留の現地艦隊を加えて200隻を優に超えていた。

 

 その上、プラントの各コロニーには、平時の治安維持を担当する警察戦力とは別に、暴動や反乱といった事態が勃発した際の対処用として規模的には少数とは言え、強力な火力と分厚い装甲を有する機甲戦力を中核とした陸上戦力も有していた。

 

 その為、幾ら身体能力にコーディネーターが優れているとは言え、その多くが正式な訓練を受けた事の無い唯の民間人に過ぎないコーディネーター達に太刀打ち出来る相手では無いと考えられていた。

 

 その為、特に現地に応援として進出した宇宙艦隊の将兵を中心に、『コーディネーターなど恐れるに足らず』といった慢心が生まれており、警戒を怠っていた。

 

 しかしながら、この一連の理事国側の動きに対し、プラント側は座して屈する事など無く、それ所か対理事国用として密かに開発を進めていた新型の機動兵器を用い、対抗する構えにすら出る。

 

 このプラント側の“抵抗”という名の動きに、“異変”という形でに気が付いたのは艦隊の中で最もコロニー本体に近い位置に存在していた、小型フリゲート艦のクルーの1人であった。

 

 索敵兼観測班の務めを果たしていたクルーの1人は、コロニーより次々と飛び出してきた光点の存在を認めると艦長へと報告し、報告を受けた艦長は艦隊司令部が置かれていた旗艦へと報告を上げる。

 

 突然舞い込んで来たフリゲート艦からの報告に、驚き困惑したのは報告を受けた艦隊司令部の面々だ。

 

 コロニー内部での抵抗運動は、そこに住むコーディネーター達の圧倒的な数や日々漏れ聞こえて来る理事国側への不満の数々もあり、多少なりとも予想はしていた。

 

 しかしながら、宇宙空間で抵抗を受ける可能性を露とも想定していなかった艦隊司令官及び総参謀長以下の司令部要員達は、このプラント側の動きに大きく困惑した。

 

 それだけでは無い。彼等の困惑をより大きくさせたのは、続けて映像と共に報告された、コロニーより飛び出して来た光点の正体であった。

 

 彼等が目にしたそれは、人間と同じ様に胴体とそこから延びる四肢を持っていた。

 

 その為、彼等は当初、推進装置を取り付けた作業用の宇宙服乃至パワードスーツを身に纏ったコーディネーター達が自棄になって飛び出して来たのかと考えた。

 

 しかしながら、その光点が徐々に自らに近付いて来ると、光学装置によって捉えられた光点の正体がモニターにハッキリと映し出される様になる。

 

 そして、そのハッキリと映像で捉えられる様になった光点の正体に、徐々に理事国側将兵達の間に驚きと混乱が広がり始める。

 

 何しろ、人と同じ様な胴体に四肢を有していながら、その実頭部には鶏の鶏冠のような巨大な構造物を有し、一つ目。背部には推進装置と思しき巨大な羽の様な物体を有しており、何より理事国側の将兵達が想像していたものよりも遥かに巨大であり――――――――事実、その人型をした未知の兵器モビルスーツの全長は20mを超えていた――――――――それは彼等が知っている既存のどのような兵器とも違っていた。

 

 そんな未知の巨大兵器が、これまた既存の兵器に無い様な機動を見せ付けつつ、高速で自らに迫って来る。このような現実を前にしては、幾ら訓練を積んだ将兵であったとしても、動揺するなと言う方が無茶である。

 

 未知の巨大兵器に対し、当初理事国側将兵が抱いていた“驚き”や“混乱”といった感情。これが“恐怖”へと変わる事に、然程の時間は掛らなかった。

 

 そして、その迫り来る“恐怖”に耐え切れず、1人の兵が上官の命令を無視して砲火を撃ち上げ、それによって双方の間で戦端が突如開かれる事もまた、然程の時間を必要としなかったのである。

 

 後に『L5宙域事変』と呼ばれる事となる武力衝突は、こうして幕を開けたのだが、しかしながら実際の戦闘自体は、呆気無い程の短時間の内に終結してしまった。

 

 結果は、理事国側の敗北。それも、派遣した艦隊を含む総勢200隻を上回る数の艦隊戦力の凡そ3分の2近くを失った上、プラント側のその後の軍事行動によって100以上あったコロニー全ての実質的な支配力を損失するという、正に決定的な敗北である。

 

 今戦闘における僅かな救いは、少なくない数の将兵を救助する事が出来た事により、戦死者の数が失った戦力に比して意外な程抑えられた事と、生還した彼等によって貴重な戦訓を持ちかえる事が出来た事であった。

 

 これは、プラント側が投入した機動兵器の数自体が少なく、また搭載出来る兵装や武器弾薬に限りがあった事に加え、理事国側の宇宙艦隊の“殲滅”ではなく、少しでも多くの艦に損傷を与えて撤退させる事にプラント側が作戦の主眼を置いた為であった。

 

 しかしながら、そうは言っても現実には理事国側は敗北し、コロニーへの影響力も失ったも同然であるという事実は如何ともし難い。

 

 元々プラントに配備されていた陸上戦力並びに駐留艦隊に加え、増援として派遣された大部隊の第1特務艦隊。

 

 双方を合わせた総合的な戦力は、その当時対抗しうる真面な戦力をプラント側が有している事を察知していなかった理事国各国の指導者や政治家、軍人、そして国民に戦わずして勝利を得られると錯覚を覚えさせる程であった。

 

 ところが、いざ蓋を開けてみればどうであったか。

 

 圧倒的な規模の大軍は、未知とは言え少数の敵部隊に翻弄・蹂躙されて壊滅した。

 

 守り手を失ったL5宙域に存在するほぼ全てのコロニーは、コーディネーター達の影響下に置かれてしまった。

 

 その為、理事国側は之までに投じた莫大な額の投資の回収がほぼ不可能となっただけではなく、国民の生活に必要な物資、生活必需品等の多くをコロニーで生産していたが故に、それ等に依存していた理事国各国並びに理事国と経済的繋がりの強い国々に、多大なる混乱を与える事となった。

 

 この2つの事実だけでも理事国側にとっては大き過ぎる痛手であったが、間の悪い事にこの一連の武力衝突は理事国各国が送り込んだ従軍記者達の手により、世界各国へ報道されていた。

 

 当然、理事国側の部隊が敗北、後退した事実は隠し様も無く世界各国の人々に知られる事となり、多くの人々が驚愕しコーディネーターに対し恐怖と怒りの感情を顕わにした。

 

 これは特に理事国各国の市民に於いてより顕著であり、理事国各国の市民の間で反コーディネーターの気運は一気に高まりを見せたのだが、事態はそれだけに止まらなかった。

 

 理事国各国の市民達は、多大な血税を払って軍備を整えておきながらいざ実戦で醜態を晒した軍と政府に対し「役立たず」や「金食い虫」、「無能」といった辛辣な非難を浴びせ掛けたのである。

 

 この事態に大いに憤ったのは、軍の出撃を容認し命じた当の者達、即ち政府の役人・政治家達であり、軍の人間であった。

 

 彼等は、己が歩を弁えずに愚かにも自らに楯突く小生意気なコーディネーター達を自らの強い統制下に押し戻すべく宇宙艦隊、即ち第1特務艦隊を派遣したのだが、その第1特務艦隊が思わぬ形で敗北を喫した。

 

 そしてその敗北が、地球上に存在する大半の国の経済を混乱に陥れ、国家国民に多大な影響を与えたのみならず、世界中の人々から後ろ指を指され、罵詈雑言を浴びせ掛けられる事へと繋がった。

 

 結果的に彼等は、自らの意思で引いた引き鉄によって国家の威信と軍の権威に傷を付け、政府や軍の人間達みずからの面目を潰す事となったのである。

 

 しかし、政府や軍の高官、出撃しなかった他の将兵達は――――――――

 

『全ては、出撃した部隊の連中が負けなければ、今の様な立場には立たされる事は無かった』

 

 ――――――――と大いに憤り、自らが描いていた当初の青写真とは全く違う今の現実を、素直に受け入れる事は出来ず、それ故に戦闘に破れ命辛々といった有様で基地へと戻って来た将兵に対する彼等の見方は、非常に厳しいものであった。

 

 帰還した将兵は、帰還早々に政府や軍の高官に罵詈雑言を浴びせられ、他の兵達からは侮蔑や怨嗟の言葉が投げ掛けられた。

 

 そして満足な休養すら与えられず、艦隊司令や参謀といった地位にいた者達は弁明の機会が与えられぬまま退役乃至は閉職へと左遷させられた。

 

 それだけではない。主だった地位・階級の者達が続々と処分されるのとほぼ同時に、それ以外の将兵達もまた、軒並み花形の艦隊勤務から外されて補給部隊や基地の守備隊――――――――それも、歩兵部隊等――――――――へ容赦無く転属させられた。

 

 月の基地へと命辛々帰還した将兵にしてみれば、自らが無様に破れてしまったという負い目があるにせよ、彼等の為した仕打ちは自らに対する裏切りとしか映らない。

 

 帰還した将兵達は、処分を決めた者達を憎み、彼らに同調する他の将兵や政治家、悪し様に自分達を報じるメディア、それらに簡単に踊らされる市民を恨んだが、しかしそれでどうにかなるものではなかった。

 

 募る国民の不満や批判の矛先をずらし、解消する為には目に見える分かり易い贄が必要であった。そして、その哀れな贄に命辛々戦場より帰還した派遣部隊の将兵やコロニー駐留部隊に属した者達が選ばれたのは、ある意味必然であったのだ。

 

 生き残った将兵達は、無為無策を舌鋒鋭く、時に暴力的な手段さえ用いて政府を非難する各国の市民に対する、都合の良い生贄スケープ・ゴートであったのである。

 

 当然と言うべきか、旧理事国側将兵全体のザフト軍の有する人型機動兵器(モビルスーツ)に対する楽観的な認識は、全くと言っていい程に変わらなかった。

 

 何せ軍の上層部にいる人間は、唯只管に指揮官及び参謀の用兵・采配ミスを声高に叫び、圧倒的な“数”を擁していながら負けた愚か者共と蔑み、嘲笑するだけで戦闘経過等の分析とこれからの対策を立てる事を殆どしなかった。

 

 他の士官や兵達についても、上官に倣えとばかりに多くの者達が帰還した将兵へ心無い事を言う者ばかりで、生き残り帰還した者達から何か教えを請こうと考える殊勝な将兵は皆無に等しかった。

 

 MSに対する具体的な対策においても、極一部の水面下での動きを除きMSの開発は疎か、対MS戦を想定しての訓練ですらプラントとの開戦の1、2ヶ月前まで真面に行われる事は無かった。

 

 ザフト軍の有するMS、延いてはザフト軍、そしてプラントに対する“過大な迄の過小評価”の認識が地球軍全体に蔓延し、そしてそれを払拭出来ぬままプラントとの戦争が始まった訳だが、この余りに大き過ぎる認識の齟齬の“ツケ”は今、このプラント本国の目と鼻の先と言える宙域での戦闘において勇躍出撃したMA部隊の第1陣の内、その凡そ3分の1が戦闘開始から僅か数十分の内に反応を消失させたるという形で払う事となった。

 

 そして、この時点になって漸く最前線で戦うMAのパイロットを含め、この戦場に居る地球軍将兵の誰もが皆、眼前で繰り広げられる現実と突き付けられる結果に、自身の抱いていた認識が大きく誤っている事を悟った。

 

 尤もそれは、今更な事であったが。

 

「“1年前の手痛い敗北”から目を逸らし、意見具申をする生き残りの将兵達の言葉に耳を傾けず、戦訓を生かす事すら怠った“ツケ”が今、目の前に存在している。その様な“空気”を作り出す一端を担った私が言うのも何だが、目の前に突き付けられた現実は、完全に我々の怠慢が招いた結果だよ、大佐」

 

 純白の手袋に包まれた両手をきつく握りしめ、鋭い眼光で正面上方のモニターを睨みながら声を発したルドルフ大将は、言葉を続けた。

 

「自分で蒔いた種は、自分の手で、刈り取らねばならん。蒔いた種が害悪でしかないならば、尚更だ」

 

 上官の言葉に、ジッと耳を傾けていたルロイ大佐は、分かりました、と小さく頷くと、他の幕僚達と共に、麾下の艦艇や第2、第3陣として出撃するMA部隊。それから、直掩のMA部隊に司令官の指示を伝えるべく、クルーに指示を出し始める。

 

 ラドルフ大将は、その後ろ姿を視界の一部に捉えながら、隣に立つ従兵に念のため、自分と幕僚達の分のノーマル・スーツを持って来るように命じる。

 

 そして、指示に従ってノーマルスーツを取りに向かった従兵を見送った彼は、厳しい表情を変えぬまま、誰に聞かせるでもなく小さく独り言ちた。

 

「しかし、だ。古来、敵を侮り、慢心した軍が勝利を得た例は無い。それならば、我が軍は……」

 

 

 


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