機動戦士ガンダムSEED ~ Fall in a Nightmare ~ 作:クラウス・リッター
作者のクラウスです。
前話の投稿より、大分日が経ちまして申し訳御座いません。大変遅くなりましたが、第3話を投稿いたします。宜しくお願い致します。
----- レンダ side -----
「……堕ちろ」
コックピットの中で、レンダは正面のモニターに映し出された
刹那、機体にホンの僅かな衝撃が走る。
機体中央のモジュール下部に装備された、対装甲リニアガンから1発の砲弾が放たれた。
漆黒の空間を切り裂き突き進む砲弾は、寸刻も置かず、標的である巨大な人型の機動兵器の胸部を貫いた。
砲弾が貫いた胸部付近で小さなスパークを数回発した敵機は、次の瞬間には眩い閃光、次いで爆発がその巨体を包み込む。
しかし、今のレンダにその事を、敵機が爆散する光景を悠長に眺めている余裕は無かった。
敵機の胸部を対装甲用リニアガンから放たれた砲弾が貫いた直後、ハッと何かの気配を察したレンダは、足元のフット・ペダルを操りつつ、同時にコントロール・スティックを左斜め前の方へと押し倒す。
刹那、コックピット内に、けたたましい警報音が鳴り響く。レンダ機の後方に、新手のジンが現れたのだ。
レンダ機の背後に迫ったジンは、その右手に握られたジンの主兵装の1つである、口径76mmの重突撃機銃の銃口をレンダ機へと向け、引き金を引いた。
銃口から放たれた銃弾は、しかし直前にレンダがとった回避行動により、彼の機体に命中する事は無かった。それどころか、回避行動からそのまま機体を反転させたレンダは、対装甲用リニアガンの砲口を敵機へと向けて照準を合わせると引き金を引いた。
回避行動は兎も角、まさか反撃に打って出る等予想していなかったのは、ジンのパイロットだ。
彼は満足な回避運動を行う時間も与えられず、直撃を受けた。
先ほど撃墜した敵機と同様、胸部のコックピット付近に3発の砲弾を命中させたレンダは、力を失い惰性で愛機の右脇を掠め通った敵機に一瞬視線を向けるも、直ぐに正面のモニターに視線を戻す。
周囲全てが敵と言える様な現状の中、何時までも敵機撃墜の余韻に浸っている余裕は無い。
レンダは知らぬ事ではあったが、この時既に、地球連合宇宙軍プラント侵攻艦隊より出撃したMA部隊の第1陣は、その投入戦力の8割弱を損失していたのだ。
正に壊滅的な損害。
撃墜された友軍機の中には、敵機を撃墜する所か1発の砲弾もミサイルも撃てず、自分が今どういった状況なのかが分からぬまま死んでいった者達も、決して少なくはなかった。
「周囲に友軍機は、ない……」
レンダはモニターを通じて周囲の状況を読み取り、言葉短く呟いた。
しかしながら、その表情には焦りや恐怖、絶望の色は全くと言っていい程浮かんではいない。
コックピット内には、先ほどから止む事無く、引っ切り無しに敵機の発見や接近、或いは愛機がロックされた事を告げる警報音が鳴り響いている。
今この瞬間もまた、新たに接近する敵機の事を知らせる警報音が、新たにコックピット内に鳴り響く。
彼は、正面のメインモニター下にある丸型をしたレーダー・ディスプレイに視線を向ける。
ディスプレイには、自機の正面より3機の敵機が近づいて来るのが映されていた。
視線をメインモニターへと戻した彼は、先手を打つべく接近する3機の敵機の内、先頭を行く敵機に照準を合わせようとする。
しかし、レティクルが敵機に重なる直前に、敵機が動いた。
「……包囲してからの集中攻撃、か」
先頭を進む隊長機と思しき機体と、その左右後方に2番機と3番機が続くデルタ隊形でレンダ機へと向かって来る敵部隊。
隊長機と思しき機体が後続の2機に
それに対し、態々半包囲されるのを待っているつもりなど毛頭無いレンダは、半包囲が完成される前に敵を崩すべく打って出る。
最初の
隊長機はレンダ機を仕留める為、右手に握られた重突撃機銃を撃って来たが、レンダはそれをメインスラスター・ユニットや姿勢制御用バーニアを巧みに扱る事で、ギリギリの所で躱していた。
そして暫くすると、不意に火線が途切れた。弾切れであった。
敵機は空になったマガジンをイジェクトすると、慌ててリア・スカートにマウントされていた予備のマガジンへ、盾を手放し左手を向かわせる。
しかしその瞬間、これまで盾によって隠されていた敵機の胸部が、無防備にもレンダの眼前に曝け出された。
レンダは躊躇う事無く、引き金を引く。
敵機は慌てて回避運動を試み、初弾こそ躱したものの次弾を左肩に被弾。立て続けに2発、更に胸部付近に被弾した。
敵機は爆散こそしなかったものの、胸部付近に命中した2発の内のどちらかがコックピットに命中したのであろう。敵機はそれ以後、力無く宇宙空間を漂う鉄の塊と化した。
「……残り、2機」
メインモニター下のレーダー・ディスプレイにちらりと視線を向けたレンダは、そう小さく呟くとフット・バーを力一杯踏みしめ、愛機を下方へと勢いよく加速させる。
操る機体の性能でも、それを操るパイロットとしての能力に於いても、彼等はまさか自らが劣っているであろう等と考えた事も無かったのであろう。
自身が搭乗する機体とそれを操る己自身の能力に根拠無き自信を抱き、
そんな彼等は、しかし自らの隊長があっという間に撃墜された事、そしてそれによって自らの優位を信じて疑いもしなかった根拠無き自信の根源、根底をあっさりと覆された事により大きく動揺してしまっていた。そしてそれ故に、彼等はレンダのこの急な動きに対して対応できなかった。
数では未だ2対1と勝り、しかも半包囲は隊長機が撃墜された事で崩されたものの、今少しの時さえあればレンダ機を左右から挟み撃ちに出来る絶好の位置に2機は付けていた。
それにも拘らず、彼等は動揺によってこの好機を活かす事が出来なかったばかりか、瞬く間に追い詰められていく。
2機のジンは、レンダ機を撃墜しようと其々が手に握られた重突撃機銃や無反動砲「キャットゥス」、脚部に装着された3連装ミサイル・ポッド「パルドュス」を撃ち放つ。
しかしレンダは、それを軽々と躱すと2機の内の1機の背後に付け、リニア・ガンを撃ち撃墜した。
残る敵機は、1機。この時、完全に戦意を喪失しており、レンダに背を向けて全速力で離脱を図っていた。
「……残りは、1機。逃がしは……ッ!」
冷静に狙いを定めて引き金を引こうとした刹那、レンダは背後から迫る敵機の存在を、敏感に感じ取った。
兵士となるには幼く、また同年代の少年よりも背丈体格が若干小柄なレンダは、年頃の一少年としては問題無くとも1人の兵士として見た場合、明らかに問題があった。
兵士として絶対に必要な基礎体力的な部分や、近接戦闘乃至ゼロ距離での徒手格闘戦などに必要な身体能力の面で普通の兵士と比べて、明らかに劣っていたのである。
しかしレンダには、それらを補って余り得る程の常人には無い絶対的な武器があった。
それは、他人よりも遥かに優れた空間認識能力と、所謂“第六感”と呼ばれる力である。
これ等の能力は体力や腕力といったものとは違い、心身の成長や訓練によって後天的に得られるものでも無ければ、パイロット・スーツや高性能レーダー等の装備や機器によって補えるものでも無い。
事実、
正しく人が持って生まれた類稀なる才能、或いは天賦の才というべきそのような力を、今戦いに於いてレンダは如何無く発揮し敵機を撃墜、または自身の危機の回避に繋げて来た。
そしてその力が、新たにレンダに告げた。この敵機は、敵部隊は“危険”であると。
背を向けて逃げる敵機を仕留める事を止め、迫る敵機を迎え撃つ事を決めたレンダは、機体を反転させて迫る敵機に照準を合わせようとする。しかし―――――
「ッ! こいつ、早いッ!」
―――――レンダが照準を合わせるよりも早く、敵部隊が突っ込んで来る。
3機の敵機の内、先頭を進む両肩を純白で染めた敵機は後続の2機よりも倍近いスピードで迫って来た。
威嚇の為に機首の連装ガトリング砲を放ちつつ、咄嗟に回避行動に移るレンダであるが、弾幕に臆する事無く接近した敵機は、右手に握られた巨大な実剣――――――――マイウス・アーセナリー社製MA-M3重斬刀――――――――を交錯する瞬間に振り下ろす。
「ッ!」
咄嗟に機体を90度左へ傾けた事で、間一髪のタイミングで振り下ろされた巨大な実剣を躱したレンダであるが、敵機は素早く機体を反転させると左手に握られた重突撃機銃を構え、引き金を引く。
「……ッ! 正確な狙い……ッ、こいつッ!」
レンダは敵機から放たれる銃弾を躱す為に回避行動を続けるが、敵機の狙いは正確で、回避行動を行っているにも拘らず敵機から放たれた弾丸はレンダの愛機を掠め、そして捉える。
全身を揺さぶる振動に、コックピット内に響く警報音。正面モニター下のメインディスプレイを見れば、2連装式の噴射口を持つ左のメインスラスター・ユニットの下部スラスターが赤く点滅している。
レンダは素早く、被弾した下部スラスターのメインエンジンを停止させた。
レンダの決断の速さに加え、被弾した数が4発と少なかった事やその被弾した個所が推進剤が入った燃料タンクでは無かった事、比較的装甲が厚い部分であった事等により、スラスターの爆発という最悪の事態は回避する事は出来た。
しかし、エンジンを1つ停止させた事で機体の推進力は低下し、
それだけでは無い。レーダーを見れば、更に3機の敵機が自身へと迫っている事を示していた。
態勢の不利を認めたレンダは、直ぐにコントロール・スティックを倒す。
機首を向けた先にあるのは、大小様々な大きさや形をした岩石や宇宙ゴミが漂うデブリ・ベルト。レンダはそこへ、危険を承知で突っ込んだ。
大小幾つもの岩石や宇宙ゴミが漂う中を、レンダは恐怖の色一つ表情に浮かべる事無く、現在愛機が出せる全速に近い速度で駆け抜ける。
ハッキリ言って、正気の沙汰ではない。
事実、コックピット内では正常に作動している障害物探知・回避レーダーによって危険を知らせる警報音《アラーム》が途切れる事無く、けたたましく鳴り響いている。
モニターに視線を向ければ、それを証明するかの如く、機体の正面からアッという間に迫り、後方へと抜けていくデブリの姿形が絶え間なく映し出されている。
それでもレンダは、表情に恐怖の色一つ浮かべる事無く愛機を操り続け、デブリの大群を躱しつつ突き進む。
しかし、レンダを追撃する敵部隊も相当な手練であった。3機の敵機は機体に装備された姿勢制御用バーニアや時に周囲に漂うデブリすら利用して巧みにデブリを避けつつ追撃を掛けている。
視線を、左右のサブ・モニターに向ければ、後からやって来た3機の敵機が、デブリ・ベルトの外を囲う様にレンダ機と並走をしているのが見て取れた。
「デブリの中から出さないつもり、か」
レンダの予想を裏付ける様に、後からやって来た3機はデブリの中に飛び込む事は無く、レンダをデブリの中から出させない様デブリと並走し、時折牽制に銃撃を仕掛けて来ていた。
(……これで、は)
内心で呟いたレンダだが、コックピット内に響くこれまでとは違う
「両肩の白い機体……ッ!」
後方から飛来する重突撃機銃の弾丸が、レンダの機体を僅かに逸れて正面より迫る巨大な岩石へと突き刺さる。
状況は最悪であった。
敵機の狙いは、初弾からレンダ機を僅かに逸れる程度の正確さを誇り、そしてその精度は1発放つ毎に益々正確さを増していく。
飛来する死から逃れる為に敵機を振り切りたくとも、エンジンを1基止めた状態では推力バランスが崩れ操縦が困難になる。その為に推力を落とさざるを得ず、結果速度が落ちて敵機を振り切る事が不可能となってしまう。
かと言って反撃を試みようにも、後方への攻撃方法を有さない
しかし、デブリ・ベルトの中で無理に方向転換を試みようものなら、デブリに衝突して自分自身がデブリに新たに加わる事になるでろう予想が、容易に想像出来てしまう。
デブリの外に出られれば自由に動く事も出来るが、手練の6機を相手にたった1機、しかもスラスターユニットに被弾して全力を出せない状況で一か八かの勝負に出るには、余りに分が悪い。
勝負に出ようとも、或いは逃げに徹しようとも、どちらも共に高いリスクを抱えている。
正しく進むも地獄、引くも地獄な状況だが、結局レンダは無理をせず逃げに徹する事を選んだ。未だ勝負に出るタイミングでは無いと。
無論、敵機に隙があれば逆転を賭けて一気に勝負に出る腹積もりであったが、しかし何度も言う様に、敵部隊はそれを許す程容易な相手では無かった。
デブリの間隙を縫う様に四方八方から降り注ぐ弾丸の嵐を前に、自然と回避運動に意識を囚われていたレンダ。彼は、自身が致命的なミスを犯していた事に気が付かなかった。
「チッ! コイツ、しつこい……ッ!?」
一瞬にして、開ける視界。レンダがハッと気が付いた時には、乗機はデブリの切れ目から飛び出していた。
好機とばかりに、嵩にかかって攻め寄せる敵部隊。四方八方より迫る敵弾の激しさは勢いを増し、
必死に回避運動を続けるレンダを嘲笑うかの様に装甲を掠め、削り落す。
それでも、並みの搭乗員であったならば数秒と持たずに宇宙の塵と化していたであろう激しい攻撃に耐え、未だ飛び続けていられたのは、単にレンダ自身の持つ優れた空間認識能力とパイロットとしての優れた技量に他ならなかった。
しかし、如何に優れた技量を以てしても多勢に無勢では、何れ限界が訪れる。
「クッ!」
コックピット内に伝わる、激しい衝撃。警報音がけたたましく鳴り響き続け、メインモニター下のパネルに視線を向ければ、赤く激しく点滅している。
被弾個所は、右のメインスラスター・ユニットの上部エンジンへの被弾。
レンダは素早く被弾したエンジンを停止させたが、時を置かずに敵機からロックオンされた事を知らせる警報音が鳴り響き、レンダは回避するべく咄嗟に下方へと機首を向ける。
だが、その機首を向けた先に、突撃銃の銃口をレンダへと向けて構える一つ目の巨人の姿が映った。
「ッ!? しまったッ!」
回避行動を取るには、余りにも距離が近過ぎた。
(やられる……のか、俺は……)
敵機に囲まれ、追い込められ。今正に“死”が彼を包み込もうとしている中、レンダの心は先程までの荒い鼓動が嘘の様に、一瞬で鎮まっていた。
(あぁ、俺は……俺は今、この瞬間、死のうとしている……)
敵機がゆっくりと銃の引き金に指を掛ける中、凪の様に酷く落ち着いた心境で何処か他人事である化の様に、レンダは自らを待ち受ける運命、即ち“死”を受け入れる。
(済まなかった……お前が命を擲って救った、こんな俺の命も、結局……少し、少しだけ死ぬのが遅れただけ、に……なってしまったな)
ゆっくりと、静かに両の瞳を閉じるレンダは、何処か自虐的な笑みを浮かべると独り語ちる。
「……フンッ。あぁ、本当に滑稽だ……兄貴にもなれず、越えられず……」
(本当に……済まなかった、ユリア。そして……済まなかった――――――――ッ、俺は……)
両の瞳を閉じた彼の脳裏に過るのは、過去。
「……マリア」
左手を胸の前で握り占め、1人の女性の名を口にした刹那、何かの気配が急速に近づいて来る事を察したレンダは、気配を感じた方向へ視線を向ける。刹那――――――――――
『この、バァッカヤロォーがッ! 手間掛けさせんじゃねーと、あれ程言ったろーがこのクソガキがッ!』
耳に飛び込んで来るのは、耳障りで不快な濁声。
しかし、今日この時、この場に限ってはかつて無い程の心地良さすら覚える程の、頼もしき援軍の到来を告げる福音であった。
如何でしたでしょうか。
今回は正直、レンダ君の描写に力を入れ過ぎてしまったと、少々反省している次第であります。
尤も、次話以降に今回の反省点を活かしていけるかは、未知数ですが……
さて、次話についてのお話ですが、次話ではザフト軍が話題の中心になると思います。
尤も、誰が話題の中心にいるかは、残念ながらお話しする事は出来ませんが……。
では、今回はこれにて失礼いたします。なるべく早い投稿を心掛けますので、これからも本作を宜しくお願い申し上げます。