暑い夏の日。
「あー、あっつー。コーラ飲みてー...でも金がねー...」
人っ気のない路地裏で、だるそうに呟いているのは『
灰色のパーカーに黒のジャージという、至って普通のファッション。
若干天然パーマ気味の黒髪で、その眼はこの少年を象徴するかのように怠惰な印象を与える。
さて、この少年を説明するのに長い文章は全く必要ないのだが。今回は少しだけ詳しく説明させてもらおう。
そうなると、よくあるパターンで普通の少年と隼人を分けてみるのがいいだろうか。
では、こういうシチュエーションを貴方(貴女)は想像したことはあるだろうか。
学校の階段。上から女子が足を滑らせて落ちてしまい、下には自分がいる。
手を伸ばせば、おそらく助けられるだろう状況。男なら一度は思い描いたことは無いだろうか。
そんな状況で貴方(貴女)はどうするだろうか?当然助ける?手を伸ばそうとはしてみる?落ちてしまったのを見て、保健室の先生に助けを呼ぶ?まぁ、どんな形にしろ、心配したり最善を尽くそうということはするだろう。
この少年の場合―――
「あぶね」
「え、ちょ―――」
―――一歩引いて避ける。それだけ。
その後、助けを呼ぶこと無く、平然と日常に戻る。
何故か?私達には少し理解し難く、彼の中では当然の理屈であるのだが―――
―――いわゆる「めんどくさい」ということである。
下で助けるのも、保健室の先生に連絡するのもめんどくさい、とこういう理屈である。
彼はその両方の嫌な未来から『逃げた』わけである。
そう、彼を説明するのなんて、『よく逃げる少年です』だけで十分なのである。
ちなみに、さっきのシチュでは保健室の先生に手伝わされることからも『逃げた』と言える。
それが『静海隼人』であり、これ以上の言葉は不要なのである。
「ん...なんだ、あの子...」
さて、隼人が見た先には一人の白髪の少女。
白いワンピースを風にたなびかせ、俯いて立ち尽くしている。
何を思ったのか、隼人はその少女に近づいた。近づいてしまった。
隼人自身、何を思って近づいたのか分かっていなかった。まるで運命のように何も考えずに近づいたのである。
そういうのは一番やってはいけないことだと分かっていながら。
「おい、どうしたんだ?」
隼人は少女に向かって問いかけるも少女は無反応だ。
まるで石像であるかのように、ピクリとも動かない。
「...具合でも悪いのっ...か...?」
一歩―――たった一歩だけ隼人が前に足を踏み込んだ瞬間のことだ。
隼人は腹に重たい衝撃と眩むような激痛を覚える。
「は...?」
隼人は少女と同じように俯く。
当然、少女の方が身長が下なのだから、俯けば少女の頭頂が見える。
それと同時に自身の腹から滴り落ちる赤い液体の存在も。
「貴方は...ここで死ぬ」
「ッ!?」
ここで少女は初めて顔を上げた。
その眼は髪と同じく純白。どこも穢れてなどいない確かな白だ。
だがそれが、今の隼人にとってはとてつもなく恐ろしいものに見えた。
「貴方はこの世界と別れる」
そんな隼人の心情を無視し、少女は淡々と非日常のような事実を告げる。
「貴方は私と一緒に行くの―――」
「―――貴方は生き返って、世界を救うの」
壊れた機械のように。劇の操り人形のように。
何一つ映さない純白の瞳を隼人に向けながら少女は告げて行く。
「っくそ!」
隼人は痛みをこらえて、少女を引き離す。
少女の顔で見えなかった手に持っていたのは銀のナイフ。
だが、それは既に隼人自身の血で真っ赤に染まっている。
「はぁ...くそ...」
それを認識した瞬間、現実を理解したように意識が朦朧としてくる。
今までマヒしていたように感じていた激痛が、今頃になって津波のように押し寄せる。
息が荒くなる。眼の焦点が合わない。吐き気がこみあげてくる。
「さぁ...行きましょう?」
そんな中、少女はナイフを持ったまま、隼人に近づいていく。
「......」
それを隼人は、ただ見つめているだけだ。
痛みの元凶である腹に手を当て、気休め程度に止血もどきのようなことをしている。
「そして...この世界にさよならを」
少女がナイフを持った手を天に掲げ、それを振り下ろそうと―――
「あぁ...さよならぁ!!!」
―――した瞬間、隼人が動いた。
痛みなど忘れてしまったかのような疾風の如き速さで、少女の目の前で思いっきり手と手を合わせ、渾身の猫騙しを繰り出す。
「ッ」
爆音とは呼べないが、中々に人の神経に深く突き刺さる音。
それが少女の行動を幾分か遅らせる。
「ほらよ、プレゼントだ!」
その隙に隼人は赤く血に染まった地を蹴って少女から距離を取る。
それと同時にビリビリと何かが破れた音が響く。
「ッ、なんだこれは...」
その正体は、直後に分かった。
掛け声と共に隼人が破って少女の顔に向かって投げたのは、自身の服のパーカー部分だ。
絶妙な大きさの布切れが少女の視界を一時的に塞ぐ。
「こんな小細工を...」
だが少女がその布を振り払った時には、隼人は既にその場からいなくなっていた。
「......」
少女はそれを確認すると、無言で隼人を探すためか歩き出す。
その眼は虚ろのままに―――