『盗賊』に見つかったあの後、隼人はあっさりと捕まった。
あのままがむしゃらに逃げれば逃げきれはしただろうが、既に道に迷っている状態でそれは自殺行為だろうということでやめた。
幸いにも、血に塗れて腹部に穴が開いていてフード部分が破れているような服なんて売れたりしないということで身ぐるみをはがされることはなかった。
あとポケットにスマホが入っていたがよく分からないということで、これも奪われなかった。
だが奴隷として売られるというんで今は目隠しされて腕を縛られて牢屋に突っ込まれそうになっているところだ。
「あのー、トイレ行きたいんですけどー」
「知るか」
「あのー、腹が減ったんですけどー」
「知るか」
「あのー、小腹がすいたんですけどー」
「知るかっつてるだろ!?ぶっ殺されたいのか!?」
「すいませんー」
まぁ、せっかく捕まったんだから煽っていこうという余裕あるスタイルである。
そんなやりとりをしてる間も、視覚以外で情報を得て行く。
歩いてきた道順。聞こえてくる喧噪。吹き抜けてくる風。
色んな情報が何も見えない隼人の感覚を刺激していく。
「ほら、早く入れ」
いつの間にか牢屋についたらしい。盗賊の下っ端らしき者は隼人を蹴り飛ばして牢屋に突っ込んだ。
「いって、もう少し優しく入れてくれん?」
とか言ってると、目隠しそのままで牢屋に鍵を掛けられる。
「え?あれ?目隠し取ってくれんの?」
「知るか」
「ちょ」
完全にキレられてしまったらしい。怒ったような声音でそう言い残すと戻っていってしまった。
「...どうしよ、これ」
この世界に来てからやってることがことごとく裏目に出てる気がする。
盗賊に捕まるなんてこと初めてだからしょうがない...しょうがないよね?と隼人は思い始めていた。
「あの...」
そんな時、不意に隣から声が聞こえた。どうやら隣の牢屋に人がいたらしい。
その声は一回聞いただけで分かる。女性の声だ。さっきのキドエルのこともあり隼人は少し身構えてしまう。
「新しい奴隷さん...ですか?」
「...どうやらそのようだ」
それでも二回目の声を聞いてみると本気で心配しているような声音だったので少し警戒を解く。
「あんたも奴隷ってやつか?」
「...はい」
「全くひでぇ話だなぁ。森で道に迷ってたら捕まっちまうなんてよぉ」
「...そうですね」
隼人の緊張感のないセリフを片っ端からちゃんと聞いてるのか分からない返事で叩き落していく女性。見ていて若干滑稽である。
「元気ねぇな。少しぐらいテンション上げてもさぁ?」
「...貴方はポジティブなんですね」
「そうかぁ?普通だと思うけど」
なんとなく噛み合わない会話が続く。この状況―――どちらがこの状況で正常なのか分からない。きっと大多数は女性の方が正常なのではないかと思うだろう。
「......」
「......」
その後はどちらも話題を切り出すことも無く、その日は何事もなく過ぎていった。
そのまま数日経つ。どうやら今もどこかの奴隷商人に売り渡す算段をつけている途中らしい。
「...暇だな」
その間、一回も目隠しを取ってもらってないが。
腕も食事の時以外縛られっぱなしで、自分で取ることもできない。
「......」
久しぶりに隼人の方から話題を振ってみるが、女性の方は無言だ。
「なぁ、久しぶりに話し相手になってくれよ」
「......」
変わらず女性の方は無言のままだ。それでも隼人は何かが違うような気がしていた。
「...なんかあったのか」
「...貴方には関係のない話です」
隼人の言葉が抱えてる悩み事にかすったのか、ようやく女性が口を開く。
「なんかあるなら聞いてやるけど?」
「関係ないと言ったはずです」
女性は突っ張った態度を崩さない。こうなっては隼人も黙るしかない。
「...なーんかネガティブだよな」
「なんですか、いきなり」
「そう思ったからさ。人生楽しくなさそうだな、と思った」
「...貴方、誰かからよく怒られたりしませんか?」
デリカシーガン無視というより若干煽り気味のセリフに女性はそう感じずにはいられない。
「よく分かったな。身内からも他人からもよく怒られる」
「...直そうと思わなかったんですか?」
自分には関係ないと言わんばかりの軽い言葉にちょっと食い気味に女性は質問する。
「なんで直さにゃいけねーんだよ」
「......なんでって...それは...」
何も見えない隼人には、今女性がどんな表情なのか分からない。
それでも女性が何を言いたいのかなんとなく分かる気がした。
「...自分が自分を直せるなんて、そりゃ『傲慢』ってもんだぞ」
だから隼人は先読みで自分の考えを話すことにした。
「自分が自分を全力で殴ることが難しいように、自分で自分の悪いところを直すなんて出来やしねぇんだよ」
「......」
「だから俺は自分の悪いところを直そうとは思わん。そんな『無駄な努力』するぐらいだったら俺は『逃げる努力』を選ぶね」
「『逃げる努力』...?」
「おう...嫌なことから『逃げる』。めんどくさいことから『逃げる』...それを続けてたらこうなってたよ」
なんかネガティブなようなことを話しながら隼人の声音は実に誇らしげだ。
「なんで...そんな...?」
それが女性にはとても不思議なことに思えてしょうがない。
「なんで、そんなに...『自分に自信を持っていられる』んですか...?」
「...なんでってそりゃあ―――」
隼人の考えを聞いたからか、女性から少しだけ漏れた『本音』。
なんでこんなカウンセリング染みたことをしているのか、ちょっと隼人は自分で自分に疑問を持った。
「―――自分の『やりたいこと』やってんのに、不安がってるのはなんか損だろ?」
それでも隼人は即刻そんな疑問を捨てた。
「『やりたい...こと』...?」
「あぁ、人を煽って逃げて何もお咎め無しってのも...嫌いなことから逃げて寝て一日過ごすってのもさ...」
何故ならきっと―――
「なんかある意味『人生謳歌』してるみたいで、かっこいいだろ?」
―――きっとそれは自分が『やりたいこと』だから。
「......」
女性は再び押し黙る。
今度こそ隼人は表情だけでなく、女性が何を考えているのかも分からなくなってしまった。
今の話から何を考えたのか―――隼人には分からない。それは女性が話してくれるのを待つしかない。
「......貴方は今も『やりたいこと』をやってると言えるんですか...?」
「そうだな...まぁ、そうなんじゃねぇの?」
再び女性の質問。隼人の真意を女性も図ろうとしている。
「...捕まって...もう未来もないのに...?」
きっとそれは敵意ではなく不安から来るもの。同じ境遇にいる人への遠回しなサイン。
「それはちょっと違うな」
「何が違うって言うんですか...?」
分かってはいるが隼人も隼人でこういう時どんな言葉をかければいいのかなんて分からない。なんだか前にも同じようなことがあったような気がするが、その時もベタな励ましはしなかった。
「未来が無いってとこだよ。だってさ―――」
あの時かけた言葉はもう忘れてしまったが、今思いついた言葉は―――
「―――逃げ場がないなんてことはないんだから『いつだって逃げれる』。だからネガティブに考える必要もない」
「......」
見えないが、きっと女性は唖然としているのだろう。
この状況から逃げるなど普通に考えて現実的ではない。逃げ道も分からないのに、腕だって縛られてるのに、目隠しだってされているのに。
絶体絶命としか思えないのに、この少年は何と言ったのか。
「ハハ、バカらしいか?それでもあるんだよ。考えてりゃ意外と見つかるんだ。これが」
「...そんなの...あるわけ...」
例えどんなに隼人が自信ありげに笑っても、女性は重苦しい声で否定する。
今の状況から逃げ出すなんて現実的ではない、と女性が考えたその時―――
―――ボキッと何かが折れる音が響いた。
「...え?」
「だから俺は...今から『逃げよう』と思う」
隼人がすっと立ち上がると、隼人の腕を縛っていた縄がするりと落ちた。
そして縛られていた腕の内、左腕の関節が変な方向に曲がっていた。
「ほ...骨を...折って...?」
それを見た女性は怯えるしかない。
縛られていた腕を折って縄をほどくなんて。
「逃げるためならこれぐらいなぁ?俺にとっちゃ『痛く』はあるが『苦痛』ではないね」
隼人は軽々とそう言ってのけた。まるで何でもないかのように。
だけど女性にも一つだけ隼人のことが分かった。
「...『痛い』んですね......その腕」
「...そりゃな。折れてるんだから」
例えどんなにおかしい理論を持って、おかしい行動を取ろうと、その歯は食いしばり、その肌は汗が滲んでいる。
どんなに痛くても、この少年は我慢しているのだということを女性は理解した。そしてそれは―――彼の『やりたいこと』のため。『逃げる』ということのため。
確かにこの少年は何かがおかしい。それでも―――自分のために怯えずにそんな手段にまで出れる彼のことが―――女性は少し羨ましくなった。
「なぁ、ちょっと頼みを聞いてくれんか?」
「...え?」
そう言いながら、隼人は女性の方に近づいて行って、部屋を分ける格子に背を預け床に腰かけた。
「この目隠し取ってくれ。片方の腕じゃ取りづらいんだよ」
「...は、はい」
眼は隠れていたが、苦々しく『やっちまった』と言う感じの表情の隼人を見て、割と間抜けなのかな?と女性は思ってしまった。
格子は人の腕なら少し余裕で通るぐらいの大きさで、女性はなんなく目隠しを取ることが出来た。
「ありがと。ふー、やっと色々見えるぜ...」
隼人は解放された視覚で初めに見たのは、石の壁に木の格子の牢屋だった。そして次に見たのは―――
「...あんた、それは......」
「......」
猫の耳に猫の尻尾を生やした女性の姿。一番目を引くのはその銀髪だった。
キドエルの純粋な白髪とは違って、薄汚れてはいるが鈍く光を反射するその銀髪は隼人にはこの女性の髪の方が数段綺麗なものに見えた。
「あんたみたいなのって本当にいるんだな」
人の容姿に感想を言ったりしない隼人にもこのぐらいの言葉は出て来たらしい。
「...こんなもの...要らなかったのに」
「......」
今隼人はこの女性―――いや猫耳少女の心の奥の歪みの元が見えた気がした。
「...いや、大切にしときな。どうせ持っちまったんだからな」
「......持ってても...今更...」
「...あー分かった。そうやって言うなら分かった」
「......?」
ヤケクソ気味に分かった分かったと言うは隼人を少女は不思議そうに見上げる。
「お前、俺と一緒に逃げろ」
「...え?」
「今更っていうなら、俺がてめぇに未来をくれてやる。その後は知らん。だが時間かけてその耳や尻尾の価値を探してろ。目隠し取ってくれた礼だ」
「......」
少女は隼人を見つめるしかなかった。
少女が隼人を見て分かったのは、その眼は『本気』だということだけだった。