『1日目メ-38a あゆち文堂』にて配布予定となります。
どうぞよろしくお願いします。
『1日目メ-38a あゆち文堂』にて配布予定となります。
どうぞよろしくお願いします。
ケッコン記念日要素はありません。
「コンクリート」とは基礎のセメントと、骨材となる砂や砂利を混ぜ合わせた建築材料の事である。その高い強度性により、軍事基地や軍港の大部分を占める材料として重宝されている。またこのコンクリートは、内部に鉄筋を仕込む事により引張強度を高める事ができ、さらにはPC素材と呼ばれる緊張材を埋め込む事でより強力な外圧にも絶えうる耐久性を持たせる事が可能である。昨今では内密度をより圧縮し、長い時間をかけて水和反応による強度強化を施す事で、五百年建造と呼ばれる半永久的強度を実現したという記録も存在する。
日夜深海棲艦と戦い続ける我等が鎮守府も例に漏れず、その永久的強度によって堅く守られている。万が一敵の侵攻を許す事があっても、無敵の防壁が砲撃を弾き、高き壁があらゆる脅威から隊員を守るだろう。
巡洋艦「木曾」は粉々に破壊されたコンクリートの残骸を、かかとの裏で強引に外へ押し出した。転がった瓦礫は内側から飛び出した鉄筋でがりがりと地面を引っ搔きながら、山と積まれたコンクリート片にぶつかって粉塵を巻き上げた。
木曾は手に持った鏡を穴の外へ、周囲の安全を確認すると、瓦礫の下から這い出して埃まみれの服を払った。軍刀を腰に構え直し、叩いた帽子を目深にかぶる。廃墟と化した鎮守府の中に立ち、宵の深きに響く爆発音を遠くに聞いていた。
全身が擦り切れてぴりぴりと痛む。激しく打ちつけた左腕が熱を持って痺れている。腫れた指に、はめた指輪が冷たく噛みついていた。
「くそったれ」
戦況が見えない。俺はついさっきまで
けたたましいサイレンが部屋の外で響き渡った。
木曾が窓に駆け寄ると、夜空を切り裂く黒い爆撃機が建物の影に消えていくのが見えた。そして次の瞬間には半壊した部屋の中で目を回していたという訳だ。
「くそったれ」
再度悪態を重ねる。
建物の二階部分が、ふきぬけの如く崩れ落ちていた。
ここは誰かの私室だったのであろう。支給品の本棚が倒れ、足元にひしゃげた本たちが散乱している。色の無いベッドは縦に割られ、コンクリートの瓦礫の中へ埋もれている。
木曾は枠だけが残った窓に歩み寄り、周囲の状況を確認した。建造物の多くが倒壊し、周辺は焼けたセメントの臭いで溢れ返っている。そこらじゅうで墨をぶちまけたような黒煙が、辺り一面に広がっていた。そして濛々と広がるその闇間から、おぞましい単眼の異形がぬっと瘤を覗かせていた。
木曾は足元の砂を撒き散らしながら、壁に背を寄せて窓の下に身を隠した。
「上陸されてんのかよ…」
「深海棲艦」と呼ばれる海の怪物たちが、ついに固い大地を踏んだのだ。
べちゃべちゃと粘性を含んだ足音が瓦礫の山を這い回る。薄壁一枚隔てた反対側に、低い唸り声と不快な粘着音が反響していた。
背中で気配を感じながら、無意識に指先が軍刀の柄を這う。
バチンと指をはじく。木曾は勢いをつけて、座った姿勢から思い切り飛び上がった。
窓枠に足をかけ、深海棲艦の脇を抜け外へ飛び出す。コンクリートの地面をえぐり、着地と同時に素早く反転する。
窓の傍に立っていた軽巡ツ級は、窓枠を凝視したままガラ空きの背中をさらけ出していた。木曾に気付いて振り返るまで一秒弱。その初動を許す間もなく刀を横に払った。横断された巨体が傾き、その首が落ちるのと周囲の影が動き出すのが同時だった。木曾は身をかがめて素早く左右に目を動かす。左に今斬ったのと同じツ級が1隻、右手奥には艦種不明の黒い影が2隻。
「敵艦見ゆ…」
木曾は地面に左手を突いて、体制をより低く保った。そのまま左手一本と足のバネだけで左へ跳ぶ。空中で刀を逆手に持ち直し、胴を横にねじってツ級の肩を削いだ。照準を誤った5inch砲は大きく目標を失い、夜空に大輪を咲かせた。同時にツ級の体も、発射炎を纏いながら自壊していく。
亡骸が崩れ去る前に、木曾はその後ろに屈んで身を隠した。
背中越しに見える影は依然暗い闇の中に紛れている。だが、四つの燃える瞳が明らかな殺意を持って木曾に向けられていた。
一度に刻むには距離が遠すぎた。生憎この軍刀以外の陸兵装は持ち合わせていない。備え付けの単装砲は、
木曾はツ級の亡骸を背中で支え、咄嗟に周囲に身を隠せそうな場所を探した。右手に倒壊した建造物。左は海。
木曾が再びガラス片まみれの建物に飛び込む決意をした瞬間、その建物の奥から降りかかる声を聞いた。
「退いてな小僧」
声の先へ目を向けるより先に、木曾の横を影が
一呼吸のうちに二隻の深海棲艦を両断し、影は幅広の刀を肩に担いだ。薄闇の中に頭部の紫色の発光体のみが、淡く陽炎のように浮かび上がっていた。
「天さん」
軽巡洋艦「天龍」は駆け寄る木曾に気だるそう向き直ると、くわえタバコを吐き捨てて、それをかかとの縁でねじり潰した。
「生きてたのかよ」
「おかげさまで」
天龍は木曾の先輩で駆逐艦を牽引する水雷戦隊の隊長だ。そして対陸戦闘用に特殊改造された海軍式陸戦試作機のプロトタイプでもある。
掲げた大刀を地面に突き立てて、天龍は取り出したよれよれのタバコにイムコで火をつけた。
「状況はどうなってんだよ秘書艦」
「いや、こっちが聞きたいス」
紫煙を夜空に溶かす天龍に対し、木曾は肩をすくめた。
「提督、どこスか?」
この状況に対し、陸戦闘に秀でた天龍が動いていると言う事は提督の指示が働いている可能性が高い。緊急事態での単独行動権限を持つのは乙種権限以上の一部の艦娘だけだ。
天龍が眼帯越しに、右の目だけで木曾を睨みつけた。
「手前、今まで寝こけてたのかよ」
「いや、俺明日休みだったんスよ」
普段通りの木曾であれば、秘書艦として遅くまで提督の傍にいた事だろう。それがまさか丸一年ぶりの休暇願いの前日に本部襲撃に出くわすとは、自分の間の悪さにいっそ笑いがこみ上げてくる。
「天才野郎かよ。文字通り
「天さんは、
「ボーナスは期待できねぇけどな」
天龍は皮肉ったように、口の端を歪めた。
「殲滅部隊は俺と
「爆撃は?」
「一旦は治まってるが、
木曾が爆撃機を確認してから、既に二時間以上が経過している。これまで追撃が無い所を見ると、この宵闇と海上の濃い霧が第二次発艦の妨げになってるのかもしれない。
木曾は自分の置かれた状況のおおよそを把握し、改めて本題へと話を戻した。
「で、提督は?」
「一時間前から連絡なし」
「まったく…」
舌打ちとため息。苛立ちを込めて軍刀の柄頭を爪で引っかいた。しばし考慮した後、顔を上げて天龍を見返す。
「取り敢えず提督のツラぁ見てきます。詳しい状況も確認したいし」
そう言い残して、木曾は固い大地を蹴って黒煙立ち上る闇の中に姿を消した。
つづく