海と空との間で   作:坂下郁@リハビリ中

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Phase 01
01. 再出発


 「…はい、確認が取れました、司令官。すぐに迎えの艦娘が来ますので、そちらでお待ちください」

 

 その日の午後遅く、一人の司令官が那覇泊地に着任した。直立不動で敬礼の姿勢を取った守衛を務める海軍特別警察隊(特警)たちに比べ、司令官と呼ばれた男の返礼は、彼らに比べると形は合っているがどこかぎこちない。指定された場所へ向かい歩く後ろで交わされる、明らかに悪意がある会話を、彼は聞こえないふりでやり過ごす。

 

 「えらく優男じゃないか、今度の指揮官は?」

 「艦娘どもも喜ぶんじゃねーか?」

 「今度は佐官だから司令官殿、か。()()教えて差し上げて、また()()()()を作らねーとな」

 

 艦娘の運用拠点は、規模に応じて基地、泊地、警備府、鎮守府と分類され、提督と呼ばれるのは拠点長かつ将官に限られ、それ以外の拠点長は司令や司令官と呼ばれる。特警達の会話は階級を敏感に反映したものだった。

 

 

 突然現れた敵対者、深海棲艦に対し速やかな反撃に移った人類だが、通常兵器による攻撃が通用せず、あまりにも多くの犠牲を払ったにも関わらず、人類はシーレーンを喪失した。

 

 各国は急速に窮乏し、そこに暮らす人々は困窮の度を深めていった。海軍と空軍が死に物狂いで戦い続け磨り潰される中、軍産官学に宗教までを加え日本の総力を挙げた『天鳥船(あめのとりふね)プロジェクト』の成果として、艦娘が登場した。

 

 それは『素体』と呼ばれる人工的に開発され人間を遥かに凌駕する能力を持つ強化生体に、油や鉄を依代にして、在りし日の戦争で沈んだ軍艦の船魂や共に戦い共に死んだ兵士の想念を(コア)として宿らせ、その軍艦の能力を顕現する生体兵器。最先端のバイオテクノロジーと最深淵のオカルトロジーを融合させ生まれた、女性の柔らかさに鋼鉄の暴力、そして濃やかな感情を持つ、人の現身にして人と異なる存在。

 

 艦娘の戦線投入以降、戦局は一進一退ながら深海棲艦と互角の戦いを繰り広げ、戦場の主役が艦娘に移行した時期の終わり頃、それがこの世界の現況である。

 

 ゆえに、得体の知れない物と毛嫌いする者もいれば、件の特警達のようにその美貌に邪な情欲を抱く者、海の女神として崇める者、兵器として扱う者、人間として接する者…対応は人により立場により大きく異なる。要するに、人間は彼女達を生み出しておきながら、誰も明確に存在を定義できずにいる、ということだ。それは艦娘にとって奇跡と地獄の双方を等しく生み出している。

 

 艦娘の登場で、自衛隊の後継組織となる日本軍はさらに改組を受け、海軍は艦娘部隊と通常戦力部隊に分かれ、後者と空軍は艦娘部隊の支援組織として在り方を変えるに至った。そして全軍共通の深刻な課題は長引く戦争と艦娘運用における特殊な条件-妖精さんという不可思議な存在と意思疎通できること-がもたらした人材不足。

 

 見込みのありそうな人材は優先的に艦娘部隊に配属され、足りない分は軍の垣根を超えた人事異動や予備役招集、さらには民間登用で不足を埋めようとしている。怪我で除隊し予備役登録されていた元空軍のパイロットを、わざわざ引っ張り出してきたのもこの背景がある。当時の最終階級は空軍大尉だった彼を海軍に転籍させ、速成訓練を受けさせて上で少佐待遇のもと司令官として赴任させたのである。

 

 

 

 

 「…司令官ですか?」

 

 これが迎えの艦娘のようだ。どうみてもセーラー服を着た女学生にしか見えない少女が敬礼の姿勢を取りこちらの返事を待っているので、司令官も同じように右手を上げながら、先ほど感じたぎこちなさを気にしつつ、敬礼の姿勢を取り応える。

 

 「ああ、本日付でこの泊地に着任となった。君は…?」

 「はじめましてなのです、暁型駆逐艦の電、なのです。司令官、着任おめでとうなのです」

 

 電…自分を迎えに来た艦娘は、堅い表情のままそう名乗った。駆逐艦という言葉と目の前の少女の姿が一致せず戸惑う司令官を気にすることなく、電は彼の荷物を軽々と運び、執務室へと向かう。

 

 

 

 「それではご用がありましたらお呼びくださいなのです」

 

 敬礼のあとぺこりと大きく一礼すると、電は執務室を後にした。あるいは、特段の説明もなく司令官は取り残された、とも言える。広い部屋にぽつりと一人、手持無沙汰だがぼんやりしていても仕方ない、司令官は自分用に与えられた執務席へと移動する。

 

 整頓されているが山積みにされた資料…司令官心得、艦船図鑑、装備図鑑、建造マニュアル、開発マニュアル、資材目録、etc…その多さに呆然としつつも、まずは艦船図鑑を繰り始める。しばらく読み進むうち、司令官の表情は不審げに変化する。いったん艦娘図鑑を見るのをやめ、着任前に渡されていた資料を引っ張り出し、双方を見比べる。

 

 艦隊本部から渡された資料の作成日は約一か月ほど前。今自分が現地で見ているこの資料の更新日は一週間前。この一ヵ月程度でここまで状況が変わるものなのか? 恐らく同じ基礎資料を基にしたと思われるが、艦隊本部版資料に掲載される多くの艦娘に現地版では×印がついている。×印=いない、ということだろう。何より、先ほど会ったばかりの電にも×印が付いている。

 

 装備や資材も同じで、誤差と呼ぶにはあまりにも大きな数字の乖離がある。これほどの犠牲を出し、資源を大量消費した大規模作戦がこの泊地で行われたとは聞いていないが―――?

 

 受話器を持ち上げ、館内通信で電を呼び出すと、慌てて司令官室に駆けつけてきた。

 

 「もうお仕事を始めていたのですか!? 申し訳ないのです、司令官」

 「いや、謝る必要はないよ。さて、早速だが、この机の上の資料は、誰がまとめてくれたのか知ってる?」

 「…何か不都合があった、のでしょう、か……?」

 

 電自身がまとめた資料で、内容は当然把握している。あぁ、いきなり怒られちゃうのかな…と緊張しながら電が答える。

 

 「いや、不都合とかではなく、とても分かりやすかった。君が用意してくれたのか、ありがとう」

 

 司令官は席から立ち上がり彼女に近づく。直立不動の姿勢を取る電の緊張をほぐそうと、眩しそうに目を細め微笑みながら語りかけ、自分のデスクに来るよう促す。瞬間だけ重なった視線を逸らし、電は俯きながら司令官について歩く。司令官は自席に座り、電は机を挟んだ正面に立ち指示を待つ。司令官は机に両肘をつき顔の前で手を組みながら数瞬考えこみ、電に話しかける。

 

 「…電さん」

 「はい、司令官。ご命令をお願いします」

 「初任務として、俺とお話しようか?」

 

 

 

 司令官と電はソファーに移動し、向かい合って座る。テーブルには彼女が用意してくれたお茶とお茶菓子が並ぶ。

 

 「話と言うのは、この泊地にいる艦娘の艦種についてなんだ。艦隊本部から受け取った資料と、君が用意してくれた資料との間に大きな差がある。なぜこうなったのか、理由や原因を知っているかい?」

 

 電は目を伏せ、司令官からの問いに答える言葉を探す。司令官はお茶をすすりながら、決して答えを急かさない。優しい人…だと思える。でももし、この優しさが表面だけで、今自分の目の前にいる司令官が、以前の提督と同じような反応をしたら、どうすればいいのか…。

 

 電からの返事が無い事を気にする様子もなく司令官が話を続ける。

 

 「知っているかも知れないが、俺は元空軍でパイロットだった。幾度となく空に上がり、幾度となく敵と戦い、幾度となく仲間を失った。つまり、現地版の資料で×印が付いていた艦娘に…この1ヵ月でそういうことが起きたのかい?」

 

 電は俯いたまま、僅かに肩を震わせるが何も答えない。

 

 「その沈黙は肯定とも否定とも受け取れるが…。あるいは、別の『何か』があるとか?」

 「あ、あの…私、ご質問には、その…あの…」

 「…というか現地版の艦娘図鑑の通りなら、君は戦没しているんだが」

 「あの、あのっ…いえ…私…うん…そう、なのです…」

 

 司令官は無言で現地版の艦娘図鑑の、電が掲載されたページを示す。

 「私、自分で抹消しちゃったのです…あはは…」

 

 間違えるにしても程があるだろう、と呆れ顔の司令官に向け、電は笑顔を見せる。輝くような表情だが、その目は笑っていない。司令官はごくりと唾を飲みこみ、やっとの思いで問い返した。電は再び俯いたまま沈黙を続けていたが、やがてぽつりと告げる。

 

 「抹消(それ)でもいいのかな、って。司令官…私、色々もういいのです」

 「…一体、どういうことなんだ…?」

 「……………………………………」

 

 しばらく電からの言葉を待っていた司令官だが、ふと小さなため息を吐く。それに反応するように、電がびくっと肩を震わせる。

 

 「答えにくいなら仕方ない。資料がどうであれ、少なくとも君が今俺の目の前にいるのは事実だ。気が向いたら君の知ってることを教えてほしい。今日会ったばかりの俺に言いにくいこともあるだろうし。新米司令官だが、何とか信頼してもらえるように、これから頑張るさ」

 

 司令官は挙動不審な電の様子を気にしながら、これ以上問い詰めるような話はすべきではないと判断し、話をまとめようとする。すると、電が反応し始めた。

 

 「…資料がおかしい、質問に答えろ、って叱らないのですか? それに『信頼してもらえるように』って、私からってことですよね? …そんなこと、考えたこともないのです。今まで、わ、私たちは…ただの…」

 

 電は見るからに泣くのを堪えている様子だ。司令官は断りを入れてから電の横に移動する。司令官が横に座るのと同時に、電は声を殺しながら涙を流し始めた。悲しい泣き方をする子だな、そんなことを思いながら、司令官は電に優しく伝える。

 

 「私たちはただの兵器とか道具、とか言わないでほしいんだ。電さん、俺は今日この泊地に来たばかりだから、分かったような事は言えない。でも…せめて、君がそんな事を言わずに済むよう、俺に努力させてくれないか?」

 

 どうしていいか分からなくなった電は、肩を震わせながら、それでも俯くしか出来ずにいた。

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