海と空との間で   作:坂下郁@リハビリ中

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10. 司令官の過去

 「それでは行ってくる。扶桑を司令官代理、秘書艦に榛名、秘書艦補佐として由良、神通の体制で泊地を運営するように」

 

 夜明け間近の突堤に立つ、司令官と見送りの艦娘達。司令官の斜め後には、私服に着替えた翔鶴が控える。彼女は司令官の護衛として、今回の出張に同行する。

 

 前回の作戦から約一ヵ月。件の輸送船団の親会社から招待され、司令官は九州南部のとある都市まで出向くことになった。民間接触規制の例外の一つ、司令官の用務の補佐外出。しかも今回は二人きり…榛名、扶桑、時雨は自分が同行すると言い張り、それに鈴谷や金剛、青葉や祥鳳が騒ぎに拍車をかけ、果ては多くの駆逐艦たちまでも巻き込む大騒動に発展した。そんな騒ぎを遠巻きに見ていた艦娘も少数だがおり、結局、そのバカ騒ぎがアダとなり、司令官の同行者は傍観していた艦娘の中から翔鶴が選ばれる結果となった。

 

 

 

 目的地の港では迎えの車が待っていた。そのまま会場となるホテルに向かい、指定された部屋へ向かう。そこでは輸送船団の団長が待っていた。

 「おう、司令官っ。久しぶりだな。今日はまたドえらい別嬪さんを連れてきな、おい。コレか?」

 気さくな団長は、ざっくばらんで遠慮のない口調で、小指を立てながら司令官に尋ねる。翔鶴は顔を真っ赤にして、顔の前で手を激しく横に振る。

 「残念ながら違います。彼女も艦娘で、私の護衛です」

 司令官の言葉に目を丸くする団長。

 

 「ずいぶん打ち解けている様子ですな、何より何より」

 老齢の紳士が三人に近づいてくる。

 「先日は私たちの輸送船団を助けていただいたこと、心よりお礼申し上げたく、無理を言ってご足労願った次第です。のちほど、昼時にはささやかな饗応の席を設けさせてもらいます。お口に合えばよいのですが」

 丁寧に礼を述べるこの老紳士こそ、世界有数の海運会社のCEOだ。深海棲艦との戦争勃発以来、海運業は壊滅的な打撃を受けた。だが今でもごく少数だが危険を顧みず海に乗り出し物資を運ぶ海運会社は存在する。ハイリスクハイリターン、命を賭け金にした危険なビジネス(ギャンブル)の結果、この海運会社は急成長を遂げた。さすがの艦娘も補給無しでは戦えず、この会社は今では軍部にも強い影響力を持つほどの存在となった。

 

 司令官と翔鶴は席に付くよう促され、コーヒーやフルーツなどでもてなされた。飛行艇内でも軽い朝食が用意されたが、早朝からの旅だったので正直小腹は空いているのでありがたい。当たり障りのない話題が済み、CEOが話し始める。

 「団長から話を聞いたときには、正直耳を疑いました。あの泊地が民間船団を助けたとは、にわかに信じることができませんでしたから」

 

 逆に司令官も耳を疑った。民間人を助けない軍があるというのか?

 

 「あの時も輸送船団が襲撃され、船長を務める息子は船と運命をともにした。救援要請は拒絶され、船団はなす術もなく沈んだんです。ここにいる団長は息子の息子、つまり私の孫です。もう一人いた孫は数年前に亡くなってますので、司令官殿がこれを助けてくれなければ、妻に先立たれた私は家族をすべて失う所でした。改めて御礼申し上げます、司令官殿」

 

 その一件は、翔鶴の着任以前に起きたことだが、自分の責任であるかのようにうなだれている。司令官は、励ますように翔鶴の手に自分の手を重ね、驚き自分を見る翔鶴に、眩しそうに目を細め微笑み返す。そして、はっきりとした口調でCEOに告げる。

 

 「私の力ではありません、ここにいる翔鶴をはじめとする艦娘の皆の力があってのことです」

 

 その言葉を聞き、翔鶴は胸に熱いものがこみ上げてくるのが分かった。

 「なるほど、部下を正当に評価する、いい上司ですね。第八航空作戦団第三飛行小隊の面々も、さぞやりがいがあったことでしょうね」

 司令官が固まる。第八航空作戦団、それは司令官が空軍時代小隊長として所属した部隊であり、彼が指揮を執った第三飛行小隊を含め、最終的に司令官以外全員が戦死した部隊だ。

 

 「失礼とは思いましたが少し調べさせてもらいました、司令官殿。戦技指揮ともにかなり優秀だったようですね」

 

 翔鶴も団長も驚いたように司令官を見る。司令官の表情が険しくなるが、CEOは気にすることなく言葉を続ける。

 

 「当時、司令官殿の小隊にいた少尉を覚えておいますか? あれは、私のもう一人の孫です。カムラン半島沖強襲作戦、あれは悲惨でしたね。司令官殿が参加した最後の作戦、あれで孫は戦死した。司令官殿は助かったが、パイロットを辞めざるを得ない重傷を負った…今はご健勝ですか?」

 翔鶴は全く予想していなかった話の展開に混乱している。噂程度で司令官が元パイロットということは知っていた。だが、過去にそんなことがあったとは…。

 「少尉は…いいパイロットでした。改めてお悔やみ申し上げます。でも………悲惨、ですか。人の過去を勝手に調べ、分かったような顔でペラペラ語るのは、あまりいい趣味とは思えません」

 

 司令官は口調こそ丁寧だが、怒気をはらんでいる。今度は翔鶴が、司令官を抑えるようにそっと手を重ねる。

 「おお、これは失礼した。そこの御嬢さんには寝物語でとっくに話しているものだと。年寄りは口が軽くていけませんな」

 「じいちゃん、何のために司令官に来てもらったんだよ」

 慌てて団長が口を挟む。

 「言った通り御礼がしたいんですよ。司令官殿、大将…那覇泊地先任提督の残した負の遺産にてこずっているようですね。挙句に最近では味方に兵糧攻めを受けているとか」

 司令官と翔鶴が固まる。泊地内部のことは完全な軍事機密だ。外側からどうやって知り得たのか…。司令官の疑問に先回りするように、CEOが答える。

 「こういう仕事を長くしておりますと、軍部にも()()()()鼻が利くようになりましてね、ええ」

 いくらか…ね。こりゃ相当な曲者だ…と司令官は警戒を強める。その気配を感じたかのように、好々爺然した表情を一転させたCEOが真剣な眼差しで、司令官に決断を突きつけた。

 「司令官殿…よく聞いていただきたい。私は息子と孫を失った。君自身は未来を失った。君の艦娘たちは希望を失った。全て誰のせいか?君が艦娘達を守るため大将と戦うというなら、私はグループをあげての援助を惜しみません。これが、私に唯一残された肉親を助けてくれた司令官殿への御礼ですが、お受けいただけますでしょうか?」

 

 

 「………………大将と戦い失脚させろと焚き付けられているようなものですね」

 

 

 長い長い沈黙のあと、司令官はそれだけをやっと絞り出した。翔鶴は、いつの間にか司令官と自分が手を握りあっていることに気が付いたが、そのままにしておいた。泊地は水面下で激動にさらされている…翔鶴は、知らなかった自分を恥じると同時に、知らされなかったことへの寂しさを覚えた。自分が死ぬまでには決心してください、とCEOはひとしきり高笑いした後、突然翔鶴に話しかける。

 

 「ときに、御嬢さん、司令官殿とはハートインチなのかね?」

 ハートインチとは旧軍用語でプラトニックラブを意味する隠語だ。

 「な、なにをおっしゃりゅのでしょか!? わ、私は上官として司令官を尊敬申し上げ―――」

 真っ赤になり噛みまくる翔鶴。旧軍用語が分からずポカンとした顔をしている司令官。

 「初々しいのも可愛らしいですが、少々じれったいですな。少しお節介を焼かせてもらいましょうか」

 わざとらしいため息をつくと団長を呼び、二言三言何かを言いつけるCEO。団長もニヤッと頷き、部屋から出る。

 「この後の予定はキャンセルし、お二人の帰りの便は、明朝に変更しました。宿泊も手配してあります、心配せずゆっくり楽しんでください」

 

 

 

 この街に一泊。

 

 言いたいことは山ほどあるが、帰りの足がない。『この街の交通機関は全て我々の関連企業でしてね。後は…もう分かるでしょう?』とまで言われてはどうしようもない。諦めて司令官と翔鶴はCEOの目論見に乗らざるを得ない。

 

 そして駅前に放り出された司令官と翔鶴。

 

 司令官は、会談中に無意識とはいえ手を握り続けていたことを翔鶴に詫びた。翔鶴も、私こそ…と同様に詫びる。そしてこれからのことを考える。どう言われようと現実に艦娘を制約する規制があり、かつ翔鶴も自分といても気詰まりだろう、と翔鶴にホテル内の施設で過ごすよう提案する司令官。翔鶴の顔がみるみる曇り、小さな声で答える。

 「ご命令でしたらそう…します。でも、私は、司令官と一緒にいて気詰まりなんて思ったことはありません…」

 その表情を見て罪悪感を覚えた司令官は、気持ちを切り替え、翔鶴はどうしたい、と彼女の意見を尋ねる。翔鶴の表情が、パアッと輝き、私ガイドブックを持ってますっ! と嬉しそうに取り出す。いつの間に…。そして二人は、この街にいる今日一日だけのルールを作った。

 

 翔とショウ。

 

 翔鶴の「翔」と少佐の「ショウ」。翔鶴が艦娘と知れれば、無用なトラブルが起きかねない。それを避けるため、司令官と艦娘の身分を隠し、お互いをそう呼ぶことにした。

 

 「私、こんな大きな街に来たの、生まれて初めてです」

 

 この街は、幸い深海棲艦の空襲を受けておらず、地域の中核として、いまも多くの人が行き交い、都会特有の喧騒に包まれている。戦場以外で泊地の外に出る機会が滅多にない艦娘にとって全てが目新しく、翔鶴は周りをきょろきょろと見回している。

 「しれいか…あ、ショウさん、私のこの格好、変でしょうか? みんなにジロジロ見られるのは落ち着きません…」

 バスを待つ間、多くの人の、特に男性の視線にさらされ、翔鶴は自分の私服のセンスがおかしいのだろうか、と見当違いな不安を感じている

 「そうじゃない、翔。その…とてもよく似合っている、と思う」

 司令官自身もお世辞ではなくそう思ったが、面と向かっては言いにくく、少し目を逸らしながらぎこちなく言葉にする。

 「あ、ありがとうございます…」

 翔鶴は恥ずかしさ半分嬉しさ半分で固まり、真っ赤になったまま微動だにしない。

 

 -遊園地行き、遊園地行き。ご利用のお客様は、順にお乗りください。

 

 「バスが来た。さぁ行こう、翔」

 「はい、ショウさん」

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