12. 波立つ心
「…これ、どうすればよろしいでしょう?」
ある晴れた日の朝。突堤の入り口に呆然として立ちつくす司令官と今日の秘書艦の綾波。司令官と翔鶴が出張から帰ってきた一週間後、大量の資源が例の海運会社から搬入され、資源四種各三万トンと食料品一〇コンテナが港に山積みにされている。司令官宛ての納品書には『ささやかだが、先般のお土産として』とだけ書いてあった。公式の名目は民間の篤志家による寄付。
「『ささやか』でこれって、金持ちが本気だすと一体どうなるんだろうな?」
「さぁ〜綾波には見当もつきません。とりあえず、天気も良いですしお茶にいたしましょうか」
綾波は、司令官を見上げてニヘラッと笑い、司令官もつられてニヘラッと笑い返す。朝の潮風は心地よく顔をなでてゆき、綾波のサイドで束ねた長い髪が風に踊る。綾波は手提げの籠から、敷物、魔法瓶、湯呑み、茶葉、御茶請け、と取り出し、手際よくお茶の準備をする。
「はぁ…癒されます…感謝ですね…」
二人並んで突堤の入り口に腰掛け、海側に足を投げ出す。差し出されたお茶を一口飲み、両手で湯呑みを持ちひと心地着く。縁側に座る老夫婦のように、二人同時に同じ動作をする。
「このクソ司令官っ、何もしてないのに癒されてるんじゃないわよっ!! 和んでないでさっさと指示出しなさいよっ!!」
一緒に港までついてきた曙が司令官に文句を言う。どんな時でもクソ司令官呼ばわりだ。その割には、頬を赤くしながら色々手伝ってくれたりする。お茶も悪くないが、確かにこの大量の物品に港を占拠されたままだと、他の港湾作業に支障が出る。さっさと片付けてしまおう。司令官は手の空いている艦娘全員と妖精さん達に、搬入作業を手伝うよう指示する。妖精さんたちの活躍もあり、港を埋め尽くした大量の物資は、最終的になんとか倉庫に収納することができた。コンテナの上では、汗をぬぐうような素振りをしながら妖精さん達が話に花を咲かせている。
-いきなりゆうふくになりました
-なりきんです
-しゅっちょうのせいかはじょうじょうです
これで放置していた『もう一つの特務』にも方針が立つ。例のCEOの思惑通りに事が進んでいるようで悔しいが、今は現実に対処しよう、と司令官は考えを巡らせる。
「クソ司令官、さぼるなっ!! そこのコンテナくらい運びなさいよっ!!」
「無茶言うな、できる訳ないだろっ!!」
◇
―――執務室。
大量の物品搬入はなんとか午後までに終えることができた。昼休みがつぶれた艦娘達に遅い昼休みを取らせたが、司令官は執務室で書類作業を続け、秘書艦の綾波も遅い昼休みに行かせた。この一人きりの時間にやりたいことがある。
二つの特務-大本営から脱走した時雨の撃沈とこの泊地の行方不明の艦娘捜索の取り下げ。前者はすでに問題ではなく、時雨はこの鎮守府で元気に暮らしている。後者の回答をまだ大本営にしていない。その返事を今から準備する司令官。
「今回、民間の篤志家からの匿名の寄付により、当泊地財政は好転し、大本営から貴重な資源を融通いただくことは謹んで辞退いたしたく」
補給を盾に取ることでは、那覇泊地の口を塞ぐことはできないぞ-この反論にどれだけの効果があるのか、あるいはさらなる圧力を招くか、それは分からない。そもそも正体不明の深海棲艦と戦争しているのに、軍の内部で足を引っ張り合うなぞ馬鹿げている。まして那覇には何の非もない。圧力を躱しつつ状況が許せば反撃に出る、司令官はそう腹を括った。
一方、戦時下における
この頃、海軍の兵站本部は恐慌に陥っていた。納入されるべき物資量が突如激減したからだ。理由は艦隊本部が那覇泊地に告げたのと同じ―――『深海棲艦の襲撃』。このままでは戦線を維持できなくなる拠点が出かねない、と慌てて軍の高官が海運会社へ向かい協議を重ねた結果、那覇泊地の特警小隊は全員罷免され、基地の警護は沖縄本島の東側、中城湾を拠点とする海軍の通常戦力部隊が担当、基地監査は巡回式へと変更となった。その決定と同時に、何故か深海棲艦の跳梁は収まり、物資の納入も再開されたのは不思議な物である。
以後那覇泊地への定期補給は再開されたものの、所要量に遥かに満たない物量であり、依然としてハラスメントは続いている。だがすでに民間からの寄付で支えられる那覇泊地はビクともせず、資源資材で困ることは無くなり、結果、司令官への圧力は目に見えて軽くなっていった。
◇
たまっていた書類作業や、資源の使い道について計画を立てる司令官。今日は風を通すため執務室のドアを開け放している。そこに扶桑がやってきた。手にはおにぎりと沢庵の載った皿がある。扶桑の手作りで、遅い昼休みに、司令官が食堂に現れなかったことに気付き用意したものだ。
「司令官…あの、これ、良かったらどうぞ」
「助かるよ、扶桑。お腹が空いていたんだ。でも、多くないか、それ?」
「ご一緒させていただこうかと…ご迷惑でしたか?」
瞳のハイライトが消え背後に軽く陰を背負う扶桑を慌てて宥める司令官。いったん業務を中断し、ソファに移動する。二人向かい合いながら簡単な昼食を食べる。扶桑は食後のお茶を淹れている。
「司令官、失礼します。間宮羊羹が手に入りましたので、ご一緒にいかがかと」
今度は翔鶴が入室してくる。瞬間見つめ合い、司令官はさりげなく翔鶴を手招きする。出張以来、どうしても翔鶴を意識してしまう司令官だが、努めて表に出さないようにしている。そんな二人を見ていた扶桑は、瞳のハイライトが消え背後に闇を背負いながらお茶を持ってやってきた。やや乱暴に湯呑みが二つ載ったお盆をテーブルにおき、司令官の隣に座る。
「あら、お茶のお時間だったんですね、ちょうどよかったかしら。私、羊羹を切ってきますね」
そんな扶桑の様子を気にすることもなく、軽く鼻歌を歌いながら、嬉しそうに羊羹を準備する翔鶴。羊羹が数切れ載った小皿が3つ載ったお盆をテーブルに置き、司令官の正面に座る。
扶桑は何も言わず立ち上がり、もう一つお茶を用意して戻ってくると、密着するように司令官の隣に座る。
-なんだ、この扶桑から押し寄せる緊迫感は? というか、俺今日朝からお茶何杯目かな。
(負けたくないの…)
扶桑は、司令官と翔鶴が出張から帰ってきて以来、二人の間の空気が今までと違うのを感じており、焦っていた。何かは分からないが何かが違う。妙に二人が『しっくり』きているような…。自分はというと、いつも間が悪く空回りしているような気がしてならない。今だってそうだ。
張り合うように司令官の隣に密着して座っても、翔鶴は何の反応もない。笑顔を絶やさずにゆったりと司令官の前に座っている。余裕すら感じられる。司令官の小さな仕草で一喜一憂している自分がみじめになる。はぁ…空はあんなに青いのに…。
ちらっと翔鶴を見てみる。羊羹を食べ、嬉しそうに「ん〜っ美味しいっ」と司令官に微笑みかけ、そのまま愛おしそうに眺めている。彼女が自分の気持ちを隠しているつもりなら下手すぎるし、隠す気がないならそのままの意味なのだろう。
「扶桑さん?」
「はぃ?」
突然話かけられ声が裏返ってしまった。顔を赤くしながら翔鶴をまっすぐに見る。
「あの…羊羹、大きく切り過ぎたでしょうか?」
一瞬何のことか、と思ったが、手元を見ると、無意識に切り刻んでしまったサイコロ状の羊羹がお皿の上に積まれている。
「そ、そんなことはっ! た、ただ、司令官のお隣に座っていたので、司令官のことを考えていたのかしら」
明らかに自分はどうかしている。が、そんなことを翔鶴に認めたくない。しどろもどろになり、半分本当のことをポロっとこぼす扶桑。
「え…。俺のことを考えると、切り刻んでしまうのか?」
「ち、ちがいますっ!!」
つい大きな声を出してしまった。あぁ、私ったら…。
翔鶴は、変な事を言ってごめんなさい、気にしないで、とまるで意に介さないようだ。その態度が、扶桑を微かに苛立たせる。
(…負けたくないの!)
扶桑が言い募ろうとしたとき―――。
「綾波、ただ今戻りましたぁ〜。そろそろデイリー任務を片付けてしまいましょうか。あっ、やぁ〜りましたぁ〜! 間宮羊羹発見ですっ。」
重くなり始めた空気を吹き飛ばす、天然の明るさと一緒に、綾波が執務室に戻ってきた。
◇
扶桑はお盆やお皿を戻すため食堂に向かっていた。任務が無ければみな自由に過ごしているが、多くの艦娘は食堂でくつろぐことが多い。翔鶴と瑞鶴の姉妹も、談笑している。扶桑はお盆やお皿を片づけながら、つい二人の会話を聞くとはなしに聞いてしまう。
「翔鶴姉は最近雰囲気変わったよ。柔らかくなったっていうか…ますます綺麗になったよね」
「瑞鶴ったら、何を言っているの。恥ずかしいわ。そんなこと司令官に聞かれたら-」
「…翔鶴姉、気づいてる? どんな話題でも、翔鶴姉の話は、最後は司令官の話になるんだよ?」
「えぇっ!? えっ、そう? そうかしら…?」
「ねえ…聞いていい? こないだ二人で出張にいったとき、何かあったの?」
どうしても気になる話題だ。日帰りのはずが突然一泊になった出張。戻ってきたあとの翔鶴の様子。他の艦娘達も、聞かないふりや他のことをしたりしながら、つい聞き耳を立ててしまう。艦娘とはいえ年頃の女子、興味を持つな、と言う方が無理だ。
「私も気になります。翔鶴、あの時、司令官と出張に行った日、何があったの…?」
扶桑が翔鶴と瑞鶴の座るテーブルの横に立ち、思いつめたような顔で翔鶴を見る。
「なっ、何よ扶桑さんっ! 急に話に割り込んできて!」
翔鶴が瑞鶴を手で制し、翔鶴も立ち上がる。
「扶桑さん
「…負けたくないの!」
扶桑は、やっと本心を声に出す。そんな扶桑の本心に触れ、翔鶴も『あの日』のことを話し始める。
「みなさんが想像しているようなことはありませんが、あの日は、司令官のことを深く知ることができた日だと、私が自分自身の気持ちに気づくことができた日だと、そう思っています」
皆の想像している事は、紙一重で起きなかった。それでも何も無かった、と言い切ると嘘かも知れない。『翔』として過ごした一日は、翔鶴だけの大切な思い出、瑞鶴にさえ話していない。
食堂にいる艦娘たちは、もはや聞き耳ではなく、扶桑と翔鶴の話にくぎ付けになっている。
扶桑は、翔鶴の告白を聞きながら、自分は司令官の何を知っているのか、と自分に問いかけ、俯くしかできずにいた。