「第一艦隊より入電。また…空振りだったそうです。これより帰投するとのこと」
今日の秘書艦を務める由良が告げる言葉に、司令官が軽く唇を噛む。
艦隊本部の強い要望で、司令官は南西方面諸島海域での作戦を展開している。同海域での深海棲艦の活動が急速に活性化しているとの偵察結果を踏まえ、日本本土の拠点としては最南端に位置し、すなわち南西方面に最も距離の近い那覇泊地に、南西諸島方面諸島海域のさらなる縦深偵察と防御的攻勢の指示が出た。簡単に言えば、後に続く部隊のために偵察をしっかりやってこい、さらにできる範囲で敵を減らしてこい、ということである。
指示内容そのものに不審な点はなく、近いうちに進出を企図していた海域でもあり、司令官はこの指示を受諾した。一連の経緯があった艦隊本部にしては珍しく協力的で、索敵結果や敵の出現予想位置等の情報が提供され、その情報を活用してカムラン半島海域に進出し、敵の前衛艦隊と何度も交戦しているが、肝心の敵本隊とはいまだに会敵できない。出だしからこれでは先が思いやられる。
「お偉いさんのやることなんて、昔からそんなもんだよ。相変わらずだなー」
重巡の摩耶が明るく皮肉を言い、多くの艦娘が同意し頷く。彼女は今回の作戦遂行の途中で新たに艦隊に加わった。明るく元気で勝気な彼女は泊地のムードメーカーになっている。そこに再び由良の声が響き、状況が動き出す。
「再度入電!! 帰投中に敵艦載機の空襲を受け、交戦中!」
「またちょっかい出してきたね」
「そろそろ止めを刺しちゃう?」
と敵を見下すような声がささやかれる。敵がこちらの帰投中を狙って空襲を仕掛けてくる。おそらくは敵の本隊。群島が多い南西方面諸島海域は隠れる場所に事欠かない。徹底して姿を隠し、僅かでもこちらが隙を見せたら、小規模な空襲を仕掛け即離脱。決して深追いはしてこない。これまでは軽微な損害で済んでいるが、損傷した艦娘は入渠や整備休息などのため一定期間作戦から離脱する。もともと航空戦力の脆弱なこの泊地では、投入できる戦力にばらつきが出始め、膠着状態に陥っている。
敵を見下す雰囲気と、増え始めた速戦即決の主張…司令官は泊地全体に漂う危うい雰囲気を危惧していた。
「扶桑さん、扶桑さんっ! ………司令官、旗艦の扶桑さんと通信途絶っ」
敵の攻撃が、いつものヒット&ランではなく、本格的な空襲であることが判明し、敵を侮り始めていた艦娘たちに冷や水が浴びせられた。その後何とか敵の空襲を振り切った、との連絡が入り、司令官は安堵した。だが、予定時刻を大幅に過ぎても帰投しない第一艦隊を、司令官と出迎えの艦娘達、工廠の妖精さんも損傷を受けた者のために待ち続ける。やっと、第一艦隊が帰投する姿が水平線に見えた。
「ふ、扶桑姉様っ!!」
山城が絶句し、出迎えの一群のざわめきが大きくなる。
大きくひしゃげた艤装、ぼろぼろの衣装、特に左背中から脇腹にかけての傷や出血がひどい。意識はあるのか無いのか…。左右から筑摩と利根が途切れそうな扶桑の意識を引き留めようと、必死に呼びかけながら支えている。その二人も、大破すれすれの中破は確実だ。帯同させた祥鳳も中破状態。村雨、白露は、他の四人ほどではない、というだけで無傷とは程遠い。
山城が司令官の胸にしがみ付き、悔しさや悲しさを叩きつけるように、両方の拳で胸元を叩く。
「なんで正規空母を出さなかったのよっ!! 扶桑姉様をこんな目に合わせて……」
扶桑は他の艦娘の助けを拒み、駆け寄る山城を制し、よろめきながらも自力で司令官の前までやってきた。乱れた髪が隠す顔を上げ、何か言おうと口を動かすが、そのたびに血泡が湧き出るだけで、言葉にならない。そのまま司令官の胸に、頭を預けるよう倒れる扶桑。司令官の白い制服に赤いしみが広がる。
◇
「司令官、全員揃いました」
秘書艦の榛名が司令官に知らせる。食堂には先日の戦闘で大損害を被り入渠や休養中の艦娘と山城を除く全ての艦娘が集合している。
「現在進行中のカムラン半島沖海域の攻略作戦だが、今日の出撃で決着をつけようと思う」
司令官の言葉を聞き、集まった艦娘に緊張が走る。昨日の第一艦隊の惨状は皆の目に焼き付いている。
「瑞鶴、翔鶴、神通、時雨、夕立、そして旗艦に榛名。やってくれるな?」
泊地の全力を注ぎこんだと言える布陣に、集まった艦娘達にざわめきが広がり、司令官の強い意志が伝わってきた。金剛や鈴谷はあからさまに頬を膨らませつまらなさそうな表情を浮かべているが、泊地防衛にも戦力は必要で、残る艦娘達を束ね万が一の際には要となる、との説明にしぶしぶ納得していた。こほん、と咳払いすると、旗艦に選ばれた榛名が、声も高らかに宣言する。
「この戦い、絶対に勝利します!」
その一方で、山城は扶桑に付き添って医務室にいる。扶桑は緊急入渠で事なきを得たが、いまだ意識は戻らない。扶桑の血で汚れた制服のまま、司令官は高速修復剤や医務室の手配などで必死に駆け回っていた。ついさっきまで、扶桑のそばに一緒にいた。ほとんど寝てないだろうが、今日の作戦指揮を取っている。
報告によれば、敵の艦載機が突然現れ、折悪しく索敵に出していた瑞雲の収容作業中だった扶桑は、成すすべもなく直撃弾を複数受けた。祥鳳の必死の防空戦で、何とか敵襲から逃れることに成功したが、被害は甚大だ。食堂で上がる歓声を遠くに聞きながら、姉の目が覚めた時に、司令官がそばにいてくれたら、と考える山城。悔しいが自分だけでは足りない…不幸だわ…。
◇
勇躍してカムラン沖を進む榛名率いる第一艦隊は、波穏やかな海を切り裂くように進んでゆく。
普段なら敵の前衛艦隊が現れるポイントでは何も起こらず、第一艦隊は敵を求めて進軍している。瑞鶴と翔鶴は彩雲を放つが、何も発見できないまま、艦隊は群島が散らばる海域中奥部へと到着した。偵察機が二人の空母に知らせる光景は、巨大な樹木が生い茂る緑の島々、海の青、波の白、島々の緑。
「なんだか絵みたいだね、翔鶴姉。日本の海と景色が違うってゆーか」
「確かに綺麗ね…。でも瑞鶴、私達の役目は索敵、それこそが最大の武器、って」
「『司令官が仰ってる』、でしょ? 翔鶴姉?」
イヒヒ、という感じで笑みを浮かべ、姉をからかうように言う瑞鶴のもとに、彩雲から連絡が入る。敵艦隊発見の報告に、第一艦隊に緊張が走る。
「榛名さん、瑞鶴の彩雲から入電。重巡一、軽巡二、駆逐艦三を南西方面に発見。指示をお願いっ!!」
「分かりました。瑞鶴さん、翔鶴さん、航空隊全機発艦させてください。同時に、水雷戦隊前へ。第一艦隊、全力で参りますっ!! 」
旗艦の榛名から、戦闘開始の号令がかかり、艦隊が動き出す。
弓を引き絞り、次々と航空隊を発艦させる瑞鶴と翔鶴の横を抜け、神通・時雨・夕立からなる水雷戦隊が前に出る。だが、敵艦隊は、瑞鶴の航空隊に発見されたことを察知した時点で、逃走を開始した。瑞鶴と翔鶴の航空隊からの攻撃を必死に躱し、ひたすら逃げ続ける。
決着をつける、そう宣言した司令官に勝利を届ける…その思いに付き動かされる榛名には、一隻たりとも敵を逃す選択肢はあり得ず、激しく敵を追撃する。やがて至近弾や命中弾を浴びる敵艦が増え、行き足が鈍る。瑞鶴と翔鶴は共同戦果で、撃沈駆逐艦二と軽巡一、中破軽巡一、小破重巡一の戦果を上げた。そこに現れた神通率いる水雷戦隊。左舷後方から急速に敵艦隊に迫り同航戦を仕掛ける。魚雷斉射後、速度を落とさず大きく回り込むようにして敵の反撃に備えつつ、左舷からの第二撃。
「油断しましたね。次発装填済みです」
水柱と轟音、火柱。大破炎上している重巡一を残し、敵艦隊は姿を消していた。海に静けさが戻る頃、空が再び騒がしくなる。瑞鶴と翔鶴による第二次攻撃隊が接近している。前衛艦隊との交戦は、瑞鶴と翔鶴による集中攻撃で幕を閉じた。
「第一艦隊、敵前衛部隊を殲滅、損害軽微。敵本隊を求めて進軍します」
◇
第1艦隊は敵本隊を求めカムラン半島沖の最奥部へ到達した。初めての海域であり、索敵を重視する司令官の強い意向により、時雨は一三号対空電探を、榛名は二二号水上電探をそれぞれ装備している。だが、榛名の水上電探は、多数の群島が散らばるこの海域では、島影が電波の邪魔をしてゴーストを多発、あまり有効に機能せず、今の所敵艦隊を発見するには至っていない。
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ズキズキと響くように痛む左眼の奥、その痛みが司令官に当時の事を嫌でも思い出させる。圧倒的な数の深海棲艦の艦載機に襲われ、逃げまどい一機また一機と撃墜されてゆく仲間達。自分も撃墜され、二度と空へと戻れない重傷を負った。
それは深海棲艦との開戦からしばらく経った頃の話。試験運用を兼ねて前線投入された、初期艦と呼ばれる五人の艦娘が戦果を上げていると報じられ、艦娘の開発はいよいよ加速した。初期艦に並行して増加試作艦の扱いで様々な種類の艦娘が続々と戦場に投入された。磨り潰される様に護衛艦は撃沈され、航空戦力は撃墜され、入れ替わる様に艦娘の数は増えていった。
当時の司令官の乗機はF-2支援戦闘機。政治用語を使わずに言えば戦闘爆撃機である。一方的に叩かれた水上戦闘と異なり、航空戦ではまだそれなりに戦えた。総合性能で深海棲艦の艦載機を上回る現用軍用機も、レーダーやセンサーを利したスタンドオフ攻撃が機能せず、絶対的優位の速度差を捨てた巴戦で戦うより他なかった。加速に優れ小回りの利く敵機と機関砲で撃ち合う-自分の利点を捨て相手の土俵に登った殺し合い。戦技と勇気と、そして運、それらが支配する海と空の間で、数多くのパイロットが空に散っていった。
そしてあの時、カムラン半島沖で何が起きた? 敵は群島に隠すように作られた