扶桑の瑞雲が発見したのは、まさにその秘匿滑走路。それゆえ、扶桑たちは秘中の秘を漏らさないため執拗な攻撃を受けた。この海域の本質は艦隊戦ではない、縦深陣地の攻略だ。前衛艦隊との交戦位置は徐々に海域奥部にシフトしている。そして今回戦わずに逃げた前衛艦隊を第一艦隊は迷わずこれを追撃した。前衛艦隊の目的は、第一艦隊を本隊と群島の間まで引きずり込むこと。そして今、榛名率いる第一艦隊は完全に挟まれた。
「俺こそが真っ先に気付かなきゃならなかった!! 第一艦隊、大至急撤退っ!!」
突然叫んだ司令官に、作戦司令室の空気が凍りつく。一体何が起きたのか…敵の前衛艦隊を蹴散らし、今から敵主力を発見し叩こうとしているのに…。今までに見た事のない険しい、青ざめた表情の司令官に、由良が話しかけるべきかどうか逡巡していた時、翔鶴の彩雲が敵艦隊を発見し、規模も判明した。
◇
「南西に敵本隊発見。戦艦一、空母二、重巡一、駆逐艦二」
総合戦力はほぼ互角、ならば瑞鶴と翔鶴の攻撃隊を発進させ、先手を取って敵の航空戦力を叩き、残存部隊を砲雷撃戦で沈める…榛名は余裕の表情を浮かべている。
「司令官、ご心配なくっ! 必ず勝利と一緒に泊地に帰りますっ! それとも、この榛名を、信用していただけませんか?」
一方、時雨の対空電探は、敵編隊の接近を捉えることで、それが正常に機能していることと、すでに先手を取られていることを明らかにした。
「敵の方が先に動いていたようだね。艦隊まで、あと…一〇分もないくらいだ」
「司令官、お話はまた後で! 今は一刻を争いますので!」
榛名の表情に緊張の色が浮かび、瑞鶴と翔鶴に発艦を急がせると同時に、残りの全艦に対空戦闘の準備を指示する。
「第一次攻撃隊。発艦始め!」
「全航空隊、発艦始め!」
一刻の猶予もない。瑞鶴と翔鶴は指矢の射法で矢を速射する。放たれた矢は光を放ち零戦二一型へと変わる。零戦を艦隊直援にあたらせ、続いて九十九式艦爆と九十七式艦攻から成る攻撃隊を、敵艦隊に向かわせるため発艦させる。攻撃隊の約半数を発艦させたところで、時雨が鋭く叫ぶ。
「来るよっ!!」
時雨を前衛に、神通を左翼、夕立を右翼、中央に瑞鶴と翔鶴、後衛に榛名が陣取る輪形陣。陣の外側には、直掩の零戦が舞い、一機たりとも敵を通さない構えを取る。敵編隊の多数は艦戦で構成され、少数の艦爆を伴う構成だが、その動きは奇妙とも言えるものだった。敵の戦闘機はこちらの直掩機を落とすことに躍起になっている。まるで、自軍の攻撃隊を守るのではなく、こちらの零戦隊を減らすことが目的であるかのように。零戦隊は敵の攻撃隊に近づけず苦戦を強いられたが、敵の直掩機をほぼ全滅した。それでも少数の敵艦爆隊が味方の直掩隊を突破し接近してくる。瑞鶴と翔鶴に緊張が走ったが、敵は輪形陣外縁の時雨に集中し、時雨は至近弾で対空電探を損傷。水上戦闘に支障はないが、対空戦闘力は大きく減殺されることとなった。
辛くも敵の攻撃隊を退けることに第一艦隊が成功した同時刻・敵艦隊上空
すでに敵は瑞鶴と翔鶴の攻撃隊を待ち構えていた。急降下で迫る敵機と攻撃隊を守ろうとする零戦隊の間で激闘が始まる。優位から行われた敵の初撃で、瑞鶴と翔鶴の攻撃隊は、その数を減らしはしたが、まだ攻撃力は維持できている。
何とか体勢を立て直し、敵艦隊へと迫る攻撃隊。猛烈な対空砲火を抜け、敵空母への攻撃を続ける。結果、撃沈空母一と駆逐艦一、中破空母一。第一艦隊直上での艦隊防空戦の結果と合わせると、敵の航空戦力の無力化に成功したといえる。その代償は大きく、攻撃隊に参加した瑞鶴と翔鶴の航空隊のうち、艦隊まで戻れたのは僅かだった。
第一艦隊はさらなる攻勢を取るため、輪形陣から、ほぼ無傷の榛名を先頭とする単縦陣へと移行を始める。
「榛名っ、撤退だっ!! 敵の狙いは陸海共同の挟撃作戦だ! 輪形陣維持、対空見張り厳としろっ!!」
司令官の必死の呼びかけに、榛名は珍しく不満そうな声で返事をする。
「ここまで来て撤退なんて…! 大丈夫です、敵の機動部隊は無力化しました。お願いです、司令官のために、榛名は…絶対に勝ちますっ!」
そして…第一艦隊が砲雷撃戦に備え陣形遷移を行っている途中で、北の空に敵の第二次攻撃隊が現れた。敵本隊は第一艦隊の艦隊防空を無力化することが役割で、そしてこの第二波こそが、敵本隊から分派された主力部隊であり、扶桑が発見した群島の秘匿飛行場を発進した本命。その狙いはもちろん、瑞鶴と翔鶴だろう。
「そんな…」
「いったいどこからあんな大群が…」
おそらくは綿密な罠。そこに自分たちは飛び込んでしまった。重ねて司令官が撤退を命じ榛名が我に返ったのと、敵の大編隊が攻撃態勢に入ったのは同時だった。
「水雷戦隊、機動部隊の前にっ!! 榛名が三式弾で牽制している間に、防御陣形へ移行してくださいっ!! ………主砲、全門斉射っ!!」
榛名から敵編隊めがけ放たれる対空弾の三式弾。敵編隊の眼前で炸裂し、大量の子弾が爆散、敵編隊の一角を葬り去った。だが、敵は損害をものともせず、瑞鶴と翔鶴に襲い掛かる。
「勝手は! 榛名が! 許しません!」
瑞鶴と翔鶴を後衛に下げつつ、榛名が、時雨が、夕立が、神通が、自らの被弾も顧みず対空戦闘を繰り広げ、辛うじて敵の第二波を退けた第一艦隊だが、大きな損害を受けていた。
大破:翔鶴、神通、中破:時雨、小破:瑞鶴、夕立、損害軽微:榛名。
全員疲労困憊の中、多数の轟音と水柱が遠くに立ち上がる。敵戦艦と重巡、駆逐艦が水平線から姿を現した。敵の第二次攻撃隊との戦闘中に、水上打撃部隊の接近を砲雷撃戦の距離まで許してしまった。執拗で巧みな連携攻撃に抗する力がどこまで残っているのか―――。
「…っ! 全艦に命じますっ。榛名が敵を引きつけている間に戦線離脱、全速で泊地を目指してください」
榛名は命令を下すと、三式弾を九一式徹甲弾に換装し、砲撃戦に備える。
-榛名の判断ミスで艦隊を危機に陥れてしまうなんて…。司令官、榛名の命に代えてでも、他の五人は必ず帰投させます。これで少しは償いになるでしょうか…。
大破した翔鶴に肩を貸す瑞鶴は空を見上げ悔しそうに唇を噛む。自分自身は小破で艦爆と艦攻はまだ残っており、あと一戦挑むことはできる。だが艦戦がほとんど残っていない。退避せざるを得ない神通と翔鶴の直掩にそれを回すと、攻撃隊は丸裸で敵に向かうことになり、攻撃の成功はおぼつかない。つまり、自分は健在だが無力だ。
一方翔鶴も、瑞鶴に肩を貸されながら使い物にならなくなった飛行甲板に目をやる。甲板だけではなく矢筒も破壊され、胸当てにもひびが入っている。何発敵弾を躱したか覚えていない。我ながらよく動いたと思う。でも、死角から飛び込んできた一機を躱しきれない、と思った瞬間、咄嗟に庇ったのは飛行甲板ではなく、胸。胸当ての中にいつも忍ばせている一枚の写真を無意識にかばってしまった。…艦娘失格ね、これじゃ。
◇
「んふふ〜♪ これはもう♪ ステキなパーティするしかないっぽ〜い♪ 榛名さんには夕立が付き添うっぽい。ここからは水上戦闘、夕立がパーティの主役っぽい〜」
赤い目がらんらんと輝く。並の駆逐艦を凌駕する攻撃力を手に入れ、早くそれを試したい、そういう風にも聞こえる。
榛名は夕立の進言を受け入れ、二人で敵艦にあたることを泊地に連絡し、残りの艦隊を離脱させる。
「榛名っ、聞こえているかっ? ここは引けっ!! 敵がここまで周到な罠をしかけていたのに気付けなかった俺の責任だ。お前が一人で責任を負う事じゃないっ!」
司令官は何度も撤退を命じていた。でも、この人に勝利を…その思いだけで榛名は周囲が見えていなかった。もう二度と会えないかもしれない…せめて戦闘に入る前に、返事はしておこう。
「司令官は優しいのですね。榛名にまで気を遣ってくれて。ですが、ここで引けば撤退部隊は追いつかれます。榛名は…大丈夫です」
きっと司令官は自分の強がりに気づくだろう。これ以上、彼の声を聞くと決意が揺らぎかねない…榛名は通信を切る。水柱は徐々に自分たちに近づいてきている。敵が距離と方角を確実に修正している証左だ。榛名と夕立は眦を決し、同時に叫ぶ。
「主砲! 砲撃開始!!」
「夕立、突撃するっぽい」
榛名と敵戦艦が遠距離で撃ち合う最中、夕立はまさに本領発揮といった戦いを繰り広げる。
水面を高速で疾走しながら、緻密に計算された角度で酸素魚雷を斉射する。雷撃をを躱そうと単調な動きになった駆逐艦の懐深くまで飛び込むと、至近距離から一二.七cm連装砲B型改二と、一〇cm高角砲での水平射撃を繰り返す。
「あと一撃で轟沈っぽい!」
刹那、砲弾が飛来し駆逐艦に直撃し炎があがる。自分の顔の横を何かの破片が通過し、裂けた肌から血が流れる。駆逐艦にすでに救援の必要なしと見た重巡洋艦が、味方もろとも夕立に砲撃をしてきた。駆逐艦が爆発する爆風を利用して飛びのき、いったん体勢を整える。次の目標は重巡洋艦だ。赤く燃える目を敵に向け、夕立は力をため込むように体をかがめ、様子をうかがう。敵重巡からの発砲煙が見えた瞬間、一気にダッシュし射点に付く。
「とびっきりの悪夢、見せてあげる!」
夕立が占めた位置は、左必中射点と呼ばれる位置。直進か取舵なら左腹に、面舵なら右腹に、必ず魚雷が命中する。敵重巡は絶望的な悲鳴を上げ増速しながら左に急速転舵し必死に酸素魚雷を躱そうとするが徒労に終わり、左腹に三発の酸素魚雷を受け、真っ二つになりながら沈んでゆく。
「こっちは終わったっぽい、榛名さんっ!?」
榛名のすでに主砲は一基潰され、艤装もあちこち損傷が目立つ。疲れと損傷で敵弾を躱せなくなってきている。残弾数を考えても、そろそろ決着をつけないと敵の旗艦を取り逃がすか、最悪自分がやられることとなり、作戦は失敗に終わる。次で必ず決める―――。
「主砲、全門斉射っ」
残存の主砲が一斉に火を噴き、敵戦艦が水柱と炎に包まれ、完全に沈黙する。戦いは終わった。想定もしてなかった挟撃作戦で、艦隊は大きなダメージを負ったが、何とか敵本隊を殲滅し勝つことができた。
「勝った…の?」
力なく海面に女の子座りでへたり込み、涙ぐむ榛名の元に、夕立が満面の笑みを浮かべ駆け戻ってきた。