海と空との間で   作:坂下郁@リハビリ中

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15. 心の距離

 榛名がボロボロの体を引きずる様に帰途に就いた頃、瑞鶴、翔鶴、神通、時雨の四名が那覇港に入港してきた。敵本隊殲滅の報はすでに泊地にも届いており、司令官を始め多くの艦娘が大歓声で皆を迎え入れる。損傷の激しい神通は那珂と川内に付き添われ工廠直行、時雨も「さすがの僕も疲れたよ、もう寝る」とそのまま部屋に戻ろうとするところを、村雨と白露に工廠へと連行される。

 

 そして瑞鶴に付き添われた翔鶴が司令官の前で立ち止まる。大破とは言え、何とか自力で歩けるようだ。不幸中の幸い、と安堵の表情を浮かべた司令官に、翔鶴は明らかに無理に作った笑顔を見せる。

 「司令官! 私、大破しちゃいました。まだまだ『被害担当艦』ですね」

 いたずらっぽく言うが、目にみるみる涙があふれてくる。

 「私…私、敵の急降下爆撃を受けて、避けられないと思った瞬間、気が付いたら胸当てにいれた写真を守ろうとしていて、それで……ごめんなさい、私、弱くなっちゃいました…」

 後は言葉にならず、顔を両手で覆い泣き続ける。写真…その言葉で司令官は全てを理解し、何とも言えない表情へと変わり、躊躇いがちに翔鶴へと手を伸ばそうとする。そんな二人の微妙な距離感を感じ取った瑞鶴は、怪訝そうな顔で二人を見ることしかできなかった。

 

 翔鶴は、司令官と一緒にとった写真…一日だけの仮初めの二人の思い出を守ることを戦闘中に優先し、その結果大破してしまった。練度で言えば急速かつ確実に向上している。だが、戦闘艦としての心持ちより、一人の少女としての思いが優っている。そして自分がそうさせたことを、司令官は思い知らされた。

 

 鈍い音がし、鋭い痛みが司令官の足に走る。

 「女の子をいじめるのはダメなのです!」

 「こんな時にお説教しなくても…」

 電に思いっきり足を踏まれ、祥鳳には幻滅されたような目で見られる司令官。確かに、大破した艦娘を入渠もさせず説教して泣かせた鬼司令官の図に見えないこともない。

 「いやそうじゃなくて…瑞鶴、何とか言ってくれっ」

 瑞鶴も、司令官と翔鶴の間にある『何か』、それが大破の遠因となったと知り、司令官を疑わしそうに見るだけで何も言わない。

 「もっとまともな人だと思ってたのに、みんな、行こう行こう」

 数人の艦娘が翔鶴と瑞鶴を守るかのように工廠へ向かい、司令官は静けさを取り戻した港に一人取り残された。

 

 

 「まだここにいるの?」

 

 唐突に背後から声がかかり司令官が振り返ると、曙が立っていた。綾波型駆逐艦八番艦の彼女は、那覇泊地では少し浮いた存在になっていて、司令官も気に掛けていた。普段からとにかく口が悪いこの子に苦手意識を持つ子もおり、曙も七駆以外の艦娘とは距離を取っていて、普段はめったなことでは艦隊の出迎えに現れない。榛名と夕立の帰投までここにいる、と司令官が告げると、少しだけ肩を竦めながら、隣までやってきた。

 「今回は特別よ。あれだけ激しい戦いでの勝利だし、指揮もまあ…悪くなかったしね、労いの一つも…わ、悪いっ?」

 

 きっとこういう風にしか感情をだせない子なんだな、と司令官は理解し、ふっと軽い笑みを浮かべると首を僅かに横に振り、そのまま海を眺めつづける。再び静けさが戻った港で、曙は突堤に腰掛ける。沈黙が二人の間に流れ、先に痺れを切らしたのは曙の方だった。

 

 「……………着任早々特警の連中とやらかしてたけど…。どんな手を使って追い払ったわけ? まぁ…いいけどさ。あいつら…ほんっとクソだったから…いい気味よ」

 訂正。きっと、じゃない。感情表現がド下手くそなんだ、と司令官は理解し思わず微笑んだ。曙の発言は、要するに自分にお礼を言いたかった、と解釈して間違いないだろう。実際に軍に圧力をかけたのは例の海運会社だが、その辺の事情を艦娘達は知る由もない。ただ、最後の言葉に載せられた重さに、司令官はひっかかりを覚えた。

 「なっ!! 何なの、何がおかしいのよっ! 他の連中とは違うかなって…少しは信用してもいいかも知れない…って思わない訳でもないだけだし……いやぁっ!!」

 

 ばしんっ。

 

 何の意図もなく、たまたま手が曙の方へと動いただけだったが、司令官の手は思い切り引っ叩かれた。びっくりして曙を見れば、自分を守る様に体を強張らせ、怯えとしか表現できない表情でこちらを見ている。曙自身も自分の行動に戸惑っているようで、途切れ途切れの言葉は消え入りそうになる。

 「あ、あの…そ、そんなつもりじゃ…そ、その…ごめん…」

 

 おそらくは暴力によるPTSD…思わず司令官は顔を歪め、その表情が曙をさらに怯えさせる。

 

 -曙のように気の強い子の心を折り服従させる、そういうのが好きなのが、あの連中(特警)の中にいたってことか…ほんとにクソ、まさにそうだな…。

 

 悲しそうな色を僅かに宿しつつ、いつものように眩しそうに目を細める笑顔を浮かべると、司令官は曙の背中側に回ると、脇の下に手を入れてひょいっと持ち上げ、そのまま胡坐をかいて座りその中に曙を収めた。

 「な、ちょ、ど、どういうつもり…」

 

 暴れて逃れようとする曙の眼前に大きな掌が差し出される。

 「なあ…。握ったままだと手は拳だけど、こうやって開けば何かを包むことだってできるんだ。俺は、君達に拳を向けるつもりはない。簡単じゃないだろうけど、手にも色々あるってことだけは、分かってくれると助かる」

 

 ぴくっと肩を震わせた曙はそのまま大人しくなり、そのまま何も言わず黙り込んだ。ただ、体の強張りは少しずつ解け、躊躇いがちに司令官に寄り掛かり始めた。しばらくそのままにしていた曙だが、おずおずと司令官の右手の小指をきゅっと掴む。

 「か、勘違いしないでよねっ。夜は冷えるから…そう、それだけなんだから…」

 

 

 「曙ちゃん、デレてますねぇ〜」

 突然後ろから声がかかり、飛び上がるほど驚く曙。振り返ると、艦娘達が勢ぞろいしていた。

 「い…いつからいたのよ……?」

 曙がわなわなしながら、恐る恐る聞き返す。

 「さっきですよ〜。『勘違いしないでよね』のあたりですね」

 青葉がうんうんと頷きながら答える。いやぁ〜!! と叫びながら司令官の胡坐から飛び出すと、曙は頭をかきむしる。その光景を生温かく見ていた司令官が立ち上がると、青葉が近寄ってきてこっそり耳打ちする。

 

 「ホントは、司令官が手の話をしたあたりから、みんなで聞いてました。青葉、ちょっとウルッてきちゃいました」

 今度は司令官が照れくさそうにする番だが、この時間に改めて多くの艦娘達が集まったことで、その理由がピンときた。

 

 「君達が改めて集まったって事は…」

 「はいっ! 榛名さんと夕立さん、そろそろ帰投するって連絡がありました~。あっ! 見えてきましたっ!!」

 綾波が声を上げる。ようやく榛名と夕立が帰ってきた、これで全員無事に帰還したな…と司令官は心の底から安堵のため息をつく。ほどなく港に現れた中破し乱れた衣装の榛名と夕立。

 

 榛名が駆け寄ってくる。スカートの裾が焼け焦げ、巫女服のような上着は大きく破れている。サラシで隠されてるとはいえ、豊かな胸元が目立つ。自分の恰好を気にすることなく、司令官のもとにまっすぐ進む榛名だが、司令官はまっすぐに見る事が出来ず目を逸らしてしまった。一瞬きょとんとした榛名だが、すぐに自分の今の姿が男性にどう映っているか理解し、夜目にも明らかなほど顔を真っ赤にして、くるりと背中をむける。司令官も慌てて背中を向け、顔を隠すように制帽を目深に被る。

 

 柔らかな重みが司令官の背中に掛かり、榛名が司令官の背中に寄りかかるようにして体重を預ける。背中越しに、ぎこちなく帰投の報告が始まる。

 

 「榛名、ただいま戻りました。敵の本隊は殲滅しました…けれど…司令官の忠告に従わず、部隊を危険に晒し、甚大な被害を受けてしまいました。ごめんなさい…」

「いいんだ榛名、よく…よく帰ってきてくれた。ほんとうにありがとう。君が…君たち全員が無事に帰って来てくれた、それだけ十分だよ」

 「当然のことをしたまでです。そんなお言葉…榛名には、もったいないです」

 頬を赤らめながら、嬉しそうに榛名は微笑む。それきり無言のまま背中合わせの二人だが、榛名の手が何かを探すように所在なく動く。すぐに司令官の手を見つけ、おずおずと指先が繋ぐ先を求めて動き出し―――。

 

 「ただいまーっ、ねーねー司令官、夕立頑張ったっぽい、褒めて褒めて~」

 

 駆け出した夕立は、にぱっと満面の笑みを浮かべてそのまま司令官に飛びつくようにして抱き付いた。反動で押された榛名はよろけて司令官の背中から離れる。榛名が背中に残る温もりが冷えてゆくのを惜しむ反対側では、夕立が司令官の胸に顔を埋め臭いをかぐように顔をすりすりしている。

 

 ストレートに感情をぶつけられ戸惑いながらも、夕立の頭に恐る恐る手を伸ばすが、さきほどの曙の反応を思い出し、その手は何となく宙を彷徨っていた。気配に気付いた夕立が顔を上げ視線を上に向ける。そして伸ばした右手で司令官の手を摑まえると、自分の頭へと導く。

 

 「遠慮することないっぽい。好きなだけ撫でるっぽい。えへへ~♪」

 

 司令官はわざと少し乱暴に、夕立の亜麻色の髪をかいぐりかいぐりする。わわ~と言いながら、嬉しそうな形に目を細める夕立。そして司令官は二つの視線に気づく。

 

 一つは指を咥えて羨ましそうにこちらを見つめる榛名。空いてる方の手で手招きすると、ぱぁっと笑顔を浮かべて駆け寄ってくる。司令官は苦笑いを浮かべ、ついっと頭を差し出してくる榛名に手を伸ばそうとして、痛みに顔を顰める。

 

 -痛っ…。さっき曙に…。

 

 もう一つの視線の送り主は…曙。三人を羨ましそうに、そして悲しそうに見ていたが、くるりと背を向けて立ち去った。

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