16. 名も無き作戦
深海棲艦との戦争で、人類は敗北を重ねほとんどのシーレーンを喪失した。だがなぜ現代の空海軍は深海棲艦に無力だったのか?
正しく言えば完全に無力だった訳ではない。攻撃が命中すれば効果はあったが、超アウトレンジ攻撃を前提に高度な電子兵装と誘導兵器をシステム化した兵器群が機能せず命中させることができなかった。面制圧を主眼とする弾道ミサイルによる飽和攻撃でさえ、広大な太平洋全域に神出鬼没の深海棲艦相手では後手に回らざるを得ず、徒に海洋汚染を広げるだけの結果に終わった。
そう、深海棲艦との戦いで最大の障害となったのは、相手をレーダーやソナー、センサーで捕捉できない事である。
そんな相手との戦いを現代兵器は想定しておらず、水上戦闘では一方的に叩かれた。航空戦は、当初互角以上の敢闘を見せたが、もう一つの障害-数の暴力には抗しきれなかった。湧き出るように現れる深海棲艦、母艦から大量に吐き出される艦載機を相手に、一時的には勝利を収めても、加速度的に損害を増やし、人類は劣勢に陥った。
そして艦娘が現れた後、人類と深海棲艦との戦いの様相が変わった。
艦娘が深海棲艦と互角以上に戦えることが分かると、すぐさまその運用に合わせて海軍は再編、空軍と合わせ海軍の通常戦力部隊は艦娘部隊の支援任務に当たる事となった。当初、両部隊は合同作戦で戦場に臨んだが、すぐに中止された。少しの間は戦果を上げたが、深海棲艦側が真っ先に通常戦力部隊を狙うようになり、艦娘はその護衛や救援に戦力を割かざるを得ず被害が続出したからだ。艦娘部隊側は合同作戦の中止を強く主張し、最終的に深海棲艦との戦いは彼女達の手に委ねられた。
新設組織ながら艦娘部隊の発言力は圧倒的に高くなり、通常戦力部隊側にこれを面白く思わない者も当然いる。
―――空軍第八航空作戦団 ブリーフィングルーム。
「静粛にっ!! 作戦の説明に入るっ!! 我々の武威を示す時が来たのだっ!!」
甲高い声で叫ぶ作戦参謀。出世至上主義のこの男を皆嫌っていたが、軍は書類と建前、それと階級で動く組織だ、サルでも自分より上の階級章をつけていれば敬礼し命令を聞かねばならない。
「南西諸島海域における定期掃討任務、これを我々の独力で成し遂げる。出撃は明朝マルヨンマルマル!」
集まったパイロット達は騒然とする。総合性能に勝る現代の軍用機も、誘導兵器による攻撃ができない以上、航空戦では機体がはるかに小さく圧倒的な機動力の深海棲艦機とドッグファイトで対峙し、対艦攻撃では敵艦載機の直掩を抜け、敵艦隊の対空砲火を躱し、高機動で水上を駆け回る小さな移動目標に肉薄攻撃するしかない。パイロットの技量と運に全てを委ねた博打のような戦いで、戦果と犠牲の双方を等しく積み上げてきた。人命という替えの利かない費用を払って得られる効果の少なさから、空軍は本土防衛に徹するとの軍令が随分前に出ているのを、この参謀も知らないはずがない。
「だ、黙れっ!! この作戦はすでに『上』の許可を取っている、道具は黙って俺の作戦に従えばいいんだっ!! 俺の作戦に間違いはないっ!!」
一度解放した海域であっても、時間が経つと深海棲艦はまた湧き出てくる。そのため艦娘部隊が海域の定期的な掃討を行っているが、作戦参謀は南西諸島海域のカムラン半島沖を目標とし、この任務に割り込もうとしている。使用機材の航続距離を考えれば、ドロップタンクを装備してもギリギリの戦闘行動半径になる。
喧騒はさらに大きくなった。部隊全体から信頼の厚い第三小隊長から、艦娘たちとの合同作戦を主張する声が上がると、作戦参謀は理性を失い叫びだした。
「黙れ貴様らぁーーーーー!! 艦娘だとっ? あんな得体の知れない連中をのさばらせておくのかっ!! この作戦を成功させれば、軍で俺の発言力は増す、つべこべ言うなぁーーーーーっ!!」!
作戦参謀は自分を見る部隊の視線に気が付いた。明らかに自分を蔑むように見ている。怒りで目がくらみそうだ。
「これ以上話すことはないっ。命令する、天佑を確信し敵泊地に突撃せよっ!!」
◇
―――作戦当日。
第八航空戦団の一六機は予定より遅れて出撃、目標の敵泊地に到達する頃にはもう夜が明けているだろう。彼らの乗機は最優秀のレーダーやセンサーを備える準国産のF2戦闘爆撃機だが、その優れた
「敵機直上っーーー!!」
叫び声が通信機から飛び込む。待ち伏せされていたのだろう。太陽を背に急降下で迫るカブトガニのような形の深海棲艦機。一航過でこちらの四機が落とされ、さらに目標とする方角から、多数の深海棲艦機がこちらへ迎撃に上がってきている。部隊の残存機は編隊を解き散開し、目標地点のはるか手前で戦闘に突入する。
怒号や悲鳴が飛び交い錯綜混乱する通信の中、第三小隊長の指示が耳に入った少数の機が、一気に急上昇し上昇力と最高速度の優位を活かして敵を振り切ると雲間に隠れる。結局第三小隊長に付いてきたのは彼の部隊だけだった。ほどなく雲の切れ間に深海棲艦の艦隊を発見した第三小隊に緊張が走る。敵機が次々と自分たちに向かってきていた。目標の海域最奥部はまだ先だが、眼下の敵がこのまま自分たちを見逃してくれるとも思えない。ならば―――。
「敵艦隊発見!! 空母二を含む六隻編成! 第三小隊、対艦攻撃ミッション開始!!」
激しい対空砲火で、空のあちこちに黒煙でできた雲が増える。丸くて白い艦載機群が途切れることなく空母から吐き出される。炸裂する対空射撃の弾幕を抜けるたび、タコヤキの群れを抜けるたび、第三小隊は減ってゆく。小隊長機は敵空母を目標に定める。大きな帽子のようなものを頭に乗せ、黒いマントを羽織った白い女。青と黄色のオッドアイが燐光を放っている。艦載機を飛ばしてくるから「空母」と呼んでいるだけで、こいつらが何なのか、全く分からない。ただ、散って行った自分の部下のためにも、せめて一矢報いたい。
ついに小隊長機もタコヤキに捕捉され斉射を受けた。イジェクションレバーを引いたのと同時に、機体は制御を失いあさっての方向にバラバラになりながら落下する。風に流されながら落下傘で降下している小隊長。左目の視界は赤く染まりぼやけ、左肩からの出血もひどい。意識が遠くなる。
「全機信号途絶っ。作戦参謀、失敗ですっ!!」
第八航空戦団根拠地の作戦司令室を、重苦しい沈黙が支配する。個人の出世欲のため強行された、必要性さえ疑わしい作戦で部隊を全滅させたようなものだ。誰も口を開かず、批難の鋭い視線が作戦参謀に集中する。
「作戦は完ぺきだった、あ、あいつらがヘタクソなのが悪いんだっ!! 俺は悪くないっ!!」
震える足取りを隠すよう、傲然と胸を張り作戦司令室を退出する作戦参謀。当然この顛末は問題となったが、彼は逃げ去り、以後彼をこの基地で見かけることはなかった。
◇
時間は少し前にさかのぼる―――。
ある泊地から、六人の艦娘が抜錨した。目標海域に差し掛かるとすでに空戦が始まっていた。このまま進めば自分たちも航空攻撃に晒されると判断した旗艦は、近くの小島に上陸し様子を見ることに決めた。見れば深海棲艦機の大群に次々と落とされる空軍機。上空に逃れたものの結局補足された小隊は、一矢報いるべく最後の攻撃を加えようとしている。
「残り四機、全滅は時間の問題。気分が…滅入ってきます」
青い袴の弓道着を来た艦娘が、無表情のままつぶやく。
「知らない子たちですが…いい若鷲ですね」
赤い袴の弓道着を来た艦娘が、悲しげに答える。
「…だが長くは持つまい。多勢に無勢だ」
褐色の肌、逆立った白髪、大きな胸元にサラシを巻いた艦娘が言う。
「あんなのただのなぶり殺しよ。見てられないわ」
そう言い、目をそむける茶髪ショートの艦娘。
「……助太刀、してあげてもよいのでは?」
長い黒髪をポニーテールにまとめ、日傘をさす艦娘が三式弾を取り出す。
「止めろ。我々の任務に介入は含まれてはおらん」
武人然とした佇まいの艦娘が、ポニーテールの艦娘を制する。長門を筆頭に、陸奥、大和、武蔵の戦艦四人、一航戦の赤城、加賀で構成される那覇泊地の第一艦隊、いずれも高練度の艦娘が揃う。旗艦の長門は、提督の冷酷なまでの命令を思い返す―――。
『空軍が独力でカムラン半島沖の定期掃討任務に割り込んでくるそうだ。あそこはああ見えて存外厄介な海域でな、前衛の水雷戦隊に足止めを食う間に後方から次々と現れる航空戦力…縦深陣地の攻略と変わらぬ。連中は予算と装備と人命をよほど無駄にしたいらしい。…長門、第一艦隊を率いて行って来い。深海棲艦との戦闘は我々艦娘部隊の専権事項だ、友軍…と呼ぶのも憚られる阿呆どもだ、我々の攻撃中に巻き込まれてもいい道化役になろう。海と空の支配者は誰か、知らしめて来い」
ともかく友軍の作戦なら、後押しするのが人としての道理ではないのか? 挙句に、我々に仲間撃ちを行えとは…。もっとも、我々の仲間をオークションで売り飛ばすような提督だ、人の情を期待する私の方が愚かか…。
「あぁっ!!」
「搭乗員は落下傘で脱出っ。こちらの方角に向かっています」
最後の一機が撃墜されたのを見た大和が悲鳴を上げたのと、赤城が声を上げたのはほぼ同時だった。
「終わったな」
長門は帰投命令を発したが、みな納得のいかない顔をしている。往時の記憶-何度も見送った帰らぬ若鷲が、母艦である自分たちを失いむざむざ死なせた海鷲が、目の前の光景に重なるのだろう。長門自身も気分が晴れないが、命令は命令。
「あら、あらあら。第三砲塔が故障みたい、困ったわ。姉さん、少し様子をみてもいいかしら」
困った様子もなく、陸奥が故障を申告する。陸奥の意図を瞬時に他の全員も理解し、長門に注目する。
長門は一瞬虚を突かれたような表情をしたが、ニヤッと笑みを浮かべ指示を出す。
「ふん、なら仕方ない。故障から復旧するまでこの場で陸奥を護衛だ。赤城と加賀は索敵および艦隊直掩、大和と武蔵は第三種警戒態勢…一航戦、急げよ。間に合わなくなるかもしれん」
「搭乗員発見、意識不明」
偵察機からの報告を受け、急行した大和が血まみれの搭乗員を抱え戻ってくる。第三小隊の小隊長だが、無論、艦娘たちはそれを知る由もない。呼吸が止まっている彼に、大和は、意を決したように人工呼吸を行う。何度目かのそれで、小隊長が息を吹き返したのを確認し、長門が改めて全員に命じる。
「急ぎ泊地に帰投するっ! せっかく拾った命一つ、何としても死なせぬぞっ」
◇
那覇泊地に運ばれた小隊長は緊急手術の末に一命を取り留め、すぐさま内地の軍病院へと移送された。
「バイタル安定、峠は越えました。認識票があればもっと早く身元が特定できたんですがね」
「パイロットらしいが、復帰は無理だな。左目と左腕、完全には元通りにはならんだろう」
空軍第八航空戦団第三小隊長-現在の那覇泊地司令官は、最後に参加した作戦で二度と空に戻れない重傷を負った。その意味で作戦は、死亡十六名の結果に終わったともいえる。