17. 観艦式への招待状
司令官が那覇泊地に着任し、約二年が経った。
新たな艦娘も多く増え装備も充実、海域解放は西方海域までを完全解放する戦果を上げた。司令官の階級も大佐まで昇格し、何度か大海営から感状を下賜されることもあった。現在は、北方海域に部隊を展開するための準備を余念なく進めている段階である。予備役招集、しかも海軍以外の出身者としては異例の昇進スピードといえるが、長引く戦争の結果で空きポストが多い事、さらに海軍の公平性と透明性-戦果を挙げれば出自を問わない-を内外に示すロールモデルに利用されている側面は否定できない。司令官自身もそれは理解していたが、泊地運営にマイナス面はないので、特段の感慨は持たずにいた。そんなある日のこと。
「司令官、こちらが艦隊本部から届いております。何でしょう、いつものよりずいぶん豪華な封筒ですね」
秘書艦の翔鶴が手紙を差し出す。以前は日替わりだった秘書艦も、ここ最近は、翔鶴、扶桑、榛名でだいたい固定されている。
「ありがとう、翔鶴」
手紙を受け取り、ペーパーナイフで封を切る司令官。翔鶴も興味津々の面持ちで司令官を見つめている。書類を読み終えた司令官は、自分のデスクの脇に控える翔鶴に向かい、椅子を回して彼女の方を向く。
「艦隊本部主催の観艦式への招待状だ。観艦式への参加は戦績抜群の拠点からの選抜。我々はその次のランク、戦績優秀だったから見学が許されるそうだ。司令官以下六名の艦娘を選抜し参加するように、とのことだ」
「大変な栄誉ですっ!! 司令官の活躍が認められたんですねっ!! おめでとうございます!! ひょっとして…将官への道さえも? ああっ、今から提督とお呼びする練習をしておいた方がいいかしら」
「いや、俺はどうでもいい。上がどう言おうと、この栄誉は君たちのものだ」
そう言いながら、眩しそうに目を細めて翔鶴にほほ笑む司令官。その笑顔に安心ながらも、この人はいつもこうだ…と翔鶴は苦笑する。上手くいったら艦娘のおかげ、失敗したら自分のせい、ご自身への欲はないのかしら。だからこそ、この泊地の艦娘達は、司令官のために戦えるんですけど。
「それで司令官、観艦式の予定はどうなってますか?」
「ああ、来週末だな。土曜は予行、日曜が観艦式本番。俺達は見学組だから、土曜の午後に迎えが来て、その日は本土宿泊。日曜の本番終了後にこっちに戻ってくることになる」
「………それで司令官、お連れになる艦娘は、その…もうお決めになられたのでしょうか?」
翔鶴が真剣な顔で司令官に迫る。翔鶴が迫った分司令官は背もたれを倒すように体をそらす。司令官は翔鶴の意気込みに押されながら答える。
「い、いや。決めるも何も、今受け取った招待だし、これから考えるよ。選抜と言われてるから練度は考慮にいれるべきだろうな。あとは…」
「……あとは?」
翔鶴がさらに身を乗り出し、司令官はさらに体をそらす。練度で上位六人、と言われると自分は当落線上にいる。でも、もし他の基準があるのなら、チャンスがあるかも知れない。その思いが翔鶴を駆り立てる。あとは外出先で問題を起こさない艦娘、と司令官は言おうとしたが、その前に椅子が二人分の体重を支えられず、そのまま大きな音を立てて後ろに倒れる。
「いててて………」
翔鶴に押し倒されるような格好で、司令官は床に伸びてしまった。
「ご、ごめんなさい、司令官っ! 大丈夫ですかっ!?」
「すごい音がしたのです! 司令官、大丈夫ですか?」
「なになに、何ですか? 事件ですか〜?」
床に横たわる司令官にまたがるような格好の翔鶴。執務室の入口で固まる電と青葉。四人の視線が交錯し、沈黙が執務室に流れる。
「は…はわわわっ! ごめんなさいなのですっ。司令官と翔鶴さんが、絶賛情事中だなんて知らなかったのですっ」
「これは大スクープですねっ!! 青葉、じっとしてられないな〜、これは」
慌てて司令官と翔鶴は事情を説明したが、その代わりに観艦式の話はあっという間に泊地に広がった。色めき立った艦娘たちは六席を巡り、静かな、時には熱い戦いを繰り広げ始めた。
◇
土曜の午後、埠頭で迎えを待つ司令官と六人の選抜組と見送りの艦娘。紆余曲折の末、メンバーには扶桑、榛名、翔鶴、時雨、神通、夕立が選抜された。当初、練度優先で瑞鶴を連れて行くつもりだったが、瑞鶴は「ぎそうのちょうしがわるくなっちゃったー(棒読み)」と言いながら、姉の翔鶴を自分の代わりとして必死に訴えた。思う所はあるが、妹心を酌んで、翔鶴に同行してもらうことにした。
やがて到着した迎えの大型飛行艇に、一行は皆に見送られながら乗り込んでゆく。それぞれ着席しシートベルトを締めると、ほどなくエンジン音が響き、するすると飛行艇は動きだし、本土への空の旅が始まった。安定した天候の下、飛行艇が巡航飛行に入ると、揺れが心地よく眠気を誘い、司令官はそのまま眠りに落ちた。
司令官はふと右肩の重みで目が覚めた。一枚の毛布を分け合いながら、扶桑が自分にもたれて眠っている。おそらく自分に毛布を掛けにきて隣に座り、そのまま眠ってしまったのだろう。安心しきった寝顔を見ると、起こすのがためらわれ、そのままにしておいた。結構な時間眠っていたのかもしれない、目を覚ますとすぐ機長から着水体勢に入るアナウンスが流れ、扶桑も目をさました。寝顔を司令官に見られたことに気づき、真っ赤になり、司令官は悪趣味です、などとぶつぶつ言いながらシートベルトを締めはじめる。
本土への短い空の旅が終わり、目的地に到着した一行。指定された大型ホテルは艦隊本部が貸し切り、今日の利用者は軍の関係者と艦娘しかいない。チェックインを済ませ、夕食までは自由時間として、それぞれが指定された部屋へと向かった。
ドンドンドンッ
ドアが激しくノックされ、司令官が慌ててドアスコープから外を見ると、六人が周囲を警戒するように立っている。ドアを開けると、全員がなだれ込むように入ってきて素早くドアを閉める。
「司令官さんっ、このホテル、超気持ち悪いっぽいっ!!」
夕立が涙目になりながら大きな声で訴える。他の五人も、嫌悪感や恐怖感、侮蔑感をむき出しにした表情をしている。
ホテル内の見学に出かけた六人が目にしたものは、悲惨な光景…司令官や提督、あるいはその取り巻きたちが、艦娘と見れば場所も相手も構わず不埒な振る舞いをしている。六人は、しつこく追いかけてくる男たちから、ここまで逃げてきたのだという。
ホテル内で目にした艦娘達は、諦め、悔しさ、悲しさ、怒り…様々な負の感情をまとった目で苦痛に耐えていた。自分たちも那覇泊地で特別警察隊の暴力に晒されていたが、司令官がその恐怖から泊地を救い、特警を追い払ってくれた。もし司令官が着任していなければ…目の当りにした光景は自分たちにもありえた将来だったかも知れない…。六人はそれぞれに不安そうな顔で、司令官を見つめる。
「……泊地に今すぐ帰ろう。君たちにそんな思いをさせてまで、観艦式など参加する価値はないっ!!」
司令官は心の底からの不快感を示し、皆にそう言い切る。自分の栄誉よりも、私たちの身を案じてくれる…司令官のその言葉に態度に、全員が目を潤ませる。同時に、自分たちの泊地がどれだけ幸せな場所なのか、そしてその外側でどれだけの艦娘が涙を流す世界が広がっているのかに気づき愕然とした。
そしてそのどちらもが、人間たちにより作られたものだ。
◇
その夜は司令官のセミスイートの部屋に全員で泊まった。
ホテルの中は依然として猥雑な喧騒と艦娘の涙で満たされているが、この部屋だけは違う。泊地と同じ、誰にも邪魔されない小さな楽園。他拠点との懇親も兼ねた大広間での夕食はキャンセルし、ルームサービスを頼む。パーティメニューを皆で囲んで大騒ぎ。明るいがうるさいタイプではない司令官も、罰ゲームありのカードゲームに参加して大いに盛り上がった。
自分たちだけが良ければいい、という訳ではない。艦娘を慰み物にする状況を容認している海軍への怒りもある。だが、今の自分たちには誰かを助ける力はない。司令官と六人は、無力な自分たちへのやり切れなさを振り払うように、努めて明るく振舞った。そうしなければ、自分たちが保たなくなるから。
さんざん騒いで疲れた後はキングサイズのベッドで全員雑魚寝。皆にベッドを明け渡しソファで寝ていた司令官は、知らないうちに榛名によりベッドまで運ばれていた。夜更けに目を覚ました司令官は、みんなの抱き枕になっている自分に気付いた。
司令官は改めて泊地へ戻ることを強く主張したが、六人がそれを押しとどめた。海軍の公式行事をドタキャンしたら司令官にどれだけの不利益をもたらすのか、自分の身は自分で守れるから安心してほしい、そう司令官を説き伏せた。それでもここにはもういたくない、と夜明け前にホテルを出て、観艦式が行われる港へと向かう。階段状に作られた、水平線が見渡せる特設の観覧席があり、割り当てられたブースに陣取る。やがて太陽が昇り始め、全てのものが照らされ輝き始める。
水平線に昇る朝日を見つめる司令官と六人の艦娘。
榛名が朝日に向かい手を合わせ、目を閉じて祈る。それを見た他の五人もそれに倣う。朝の空気の中、昇る朝日に祈りをささげる六人の戦乙女-絵になる光景だな、と司令官は全員を誇らしげに眺め、自らも目を閉じ祈り始める。
-誰一人欠けることなく、この戦争を乗り切れますように。
司令官に思いを寄せる榛名、扶桑、翔鶴、時雨の四人。それぞれに司令官と心がつながっている自負と、何かが満たされない不安の両方がある。前日のホテルでの一件は、この上なく不快な出来事だった。だが、それによって分かったこともある。
司令官と過ごした約二年の時間は、想いをそこまで育てるのに十分な時間だったともいえる。ケッコンカッコカリというシステム…戦力強化の機能はともかく、指輪という装備品とその名称がどうしても艦娘達の少女性に敏感な影響を与えてしまう。それでも、司令官が誰かを選ぶなら、その相手は、願わくは自分であってほしい、それが四人の祈るような、本当の気持ち。