司令官と選抜組の六名は観艦式へと旅立った。本来なら自分も選ばれていた。素直に嬉しかったが、誰が聞いても嘘丸分かりの口実で、司令官を強く慕う姉に機会を譲った。
今、誰もいない司令官の執務室で、デスクの上にうつぶせているのが、私-瑞鶴。
最初のころは、司令官さんはやけに翔鶴姉と仲がいいし、翔鶴姉を取られたような気分だった。でも今は、誰よりも司令官さんのことを知ってると思う。翔鶴姉が、司令官さんのことを、何でも話してくれるから。二人でするどんな話題も、最後は必ず司令官の話になるよね。司令官さんの好きな、色、食べ物、口ぐせ、仕草、機嫌、笑顔の微妙な違いなんて、翔鶴姉に言われるまで気付かなかったよ。
そして、司令官さんの過去と現在。
どうして司令官さんが私たち艦娘を大事にしてくれるのか、どうして翔鶴姉が司令官さんを好きになったのか、すごくよく分かった。私の知ってる司令官さんは、全部翔鶴姉の目を、耳を、心を通して知ったことばかり。あまりにもいろんなことを知ったから、まるで自分の心まで翔鶴姉の心と重なっているみたい。それに、司令官さんは見た目も…か、かっこいいし…。うん、やっぱり姉妹だから、好みって似るのかな?…ハッ、私ったら、何を言ってるの!?
でもね。
私は翔鶴姉に言ってないことがあるんだ。
私が秘書艦になった日、司令官さんの私物の整理を手伝っていたら、昔の写真が出てきたの。日本じゃない景色。高い空と砂漠、赤茶けた岩山。司令官さんはその時の思い出を、懐かしそうな顔で教えてくれた。深海棲艦との戦争になる前は、自由にいろんな国に行けたんだって。
-いつか戦争が終わったら、君たちも自由に色んな所へ行けるようになるさ
そう言って司令官さんは、どこか行きたい所はある?、って聞いてきた。意外と私たち、昔はいろんな所行ったじゃない? ハワイ沖とか南太平洋とかマリアナ諸島とか…海の上ばっかりだし、いつも命がけだったけど。だから、えーと、えーと、行きたい所は―――。
「い、一緒に行ってくれるかな? も、もちろん翔鶴姉と三人でね?」
司令官は何も言わずに、眩しそうに目を細めて笑ってた。翔鶴姉が大好きだって言ってるあの笑顔。私も、いつの間にか大好きになってた。こんな些細な事、司令官さんは覚えていないと思う。でもこれは、翔鶴姉の、じゃなく、私の目で、耳で、心で感じた司令官さん。
ごめんね、翔鶴姉、私にも一つくらい私だけが知っている司令官さんが欲しかったの。
その代わり、言えないって辛い、って初めて知った。翔鶴姉、いつも隠さず全部教えてくれてありがとう。だからお礼に、司令官さんと観艦式に行ってきてよ。二人きりじゃないから、いまいちかも知れないけど。司令官さんも翔鶴姉のことを好きであってほしいし、そうだと思いたい…もしかして、そのうちお義兄さん、と呼ぶようになるのかな? でも…私は…ううん、きっとそれが一番いいんだよ。
-あれ〜瑞鶴、こんなところで何してるの? 昼寝?
呼びかける声に曖昧な返事をして、執務室を後にする。部屋を出る前に、目の端の涙はちゃんと拭った。
「うん、大丈夫っ! 瑞鶴には幸運の女神が付いていてくれるんだからっ!」
◇
「はぁ…」
つい深いため息をもらす。中庭のベンチに一人座り、物思いにふけるのは-祥鳳。
はっきり言って、暇だ。
司令官着任時には、この鎮守府特有の事情もあり、瑞鶴とニ人で第一線を支えた。けれど今は、翔鶴の成長も著しく、さらに何人かの軽空母が着任し、その育成が優先されている。あおりを受けて、とまでは言わないが、前線に立つことが減っているのは事実だ。
ある日、気分転換に、自身の前身である潜水艦母艦・剣崎時代に好評だった料理を作ってみた。思いのほか評判も良く、自分としても楽しかったので、いつしか厨房にいることが多くなった。だがそれも、「叶うなら自分の店を持ちたい、夢ですけど…」という鳳翔の申出を司令官が許可したこともあり、自然と鳳翔がほぼ厨房専属、自分はその手伝いということになんとなく落ち着いた。
「どうしたんですか? 」
飛び上るほど驚いた。見れば鳳翔がいつの間にか横に座っている。盛大なため息を聞かれ気恥ずかしいものの、祥鳳は迷いつつ自分の思いを口にしてみる。
「〜〜〜…最近、出撃や遠征の機会が減っちゃったし、お料理も…その、鳳翔さんがいればいいのかな、って…」
それをきっかけに思いの丈を鳳翔に打ち明ける祥鳳-自分はもう司令官のお役に立てないのかな?
「私には任務のことはよく分かりませんが、司令官には深いお考えがあると思いますよ。お料理のことは…祥鳳さん、本当に気づいてないのかしら?」
いたずらな表情を浮かべ、鳳翔が問いかえす。頭の中が疑問符でいっぱいの祥鳳。日持ちする根菜類を扱うことが多かった潜水艦母艦時代の名残で、自分が得意なのはじゃがいもを使った料理、でもそれが?
「司令官は、肉じゃがをお出しすると、祥鳳さんが作った日は、必ず『今日は祥鳳だな』と、嬉しそうにされますよ? 私もこっそりお味を真似ようとしましたが、どうしても司令官には見破られます。…もしかして、本当に気づいてなかったのですか?」
司令官は業務の都合もあり、自室まで出前を頼むことが多い。お互い手の空いている方が届けるのだが、司令官は自分にそんなことを言ったことはなかったと祥鳳は反駁する。
「クスッ それは殿方ですもの、面と向かって褒めるのは照れくさいのでは?…司令官は、祥鳳さんが思う以上に、祥鳳さんのことを気にかけていらっしゃいますよ?」
みるみる赤くなりながらうつむく祥鳳。知らない所でそんな会話がされていたなんて。
「観艦式から司令官がお戻りになられたら、作って差し上げてはいかがですか? 食べ慣れた味は、きっとほっとされると思いますよ」
◇
―――夜・青葉の部屋。
青葉は、冷蔵庫からビールを取り出し、夕張の分のグラスも用意する。乾杯、と軽くグラスを合わせる二人。この二人、何かと馬が合うようで、よくつるんでいる。
「泊地の雰囲気、最近変わりましたね〜」
青葉がビールを舐めながら言う。彼女だけではない、それはこの泊地にいる多くの艦娘が思っていることだ。もちろんその中心にいるのは司令官である。広報担当とは名ばかりで、泊地内の情報収集を強いられていた青葉は、かつて艦隊新聞を作っていた。その頃『壁に耳あり障子に目あり・あなたの後ろに青葉あり』と言われ恐れられ取材の鬼から見ても、皆の変化は好ましいものに思える。いつかまた艦隊新聞を復活させたいなぁ…今ならみんな喜んでくれるかな…。
「なんかこう、
夕張がビールをぐいっと呷り、意味ありげない表情を浮かべる。アレっぽい…艦“娘”と言うくらいなので、精神生理は完全に若い女性のそれである。その女性がアレっぽいと言えば、色恋沙汰となる。夕張自分自身も司令官には好感を持っているが、それが愛や恋かというと、違う自覚がはっきりある。だがその一方で、司令官に思いを寄せる艦娘は増えている。工廠の妖精さんは、もはや恋愛相談のエキスパートというくらい相談を持ちかけられており、工廠にいることが多い夕張も、自然と情報通になる。
「ねぇ青葉、お互い知ってる情報出し合ってさ、ちょっとまとめてみない?」
「あ、いいですね〜。そういうの、青葉、じっとしてられないな」
◇
現時点で何らかの形で司令官と深くかかわり、明らかにLoveっぽい空気を出しているのは、扶桑、翔鶴、榛名、時雨。この四人は、自他ともに認めているので間違いない。
次いで、金剛と鈴谷。金剛は、積極的な言葉と裏腹に今の所行動は控えめだ。先に妹の榛名がはっきり態度を示したのが影響しているかも知れない。鈴谷の場合、司令官を気に入ってるのは明らかだが、他の艦娘とは張り合おうとせず、今のところ一歩引いたポジションをキープしているようだ。
祥鳳や神通も分かりやすいが、憧れの域を出ていないようにも見える。駆逐艦勢にも司令官に憧れている娘は多いが、こちらは年の離れたお兄さんへの憧れ的な感じで、夕立がそれに該当しそうだ。恋愛感情に近いのは、なぜか口を開けば悪態をつくツンデレ勢、司令官に会うたびに顔を赤くしている曙とか霞とか。
他の艦娘たちも、司令官を上官として素直に敬い、好感を持っているので、任務によい影響を与える好循環にいる。この中には夕張も含まれる。中には、姉妹艦の姉を取られた、取られまい、と司令官に競争意識を抱いたり反抗的な態度を取っていた艦娘もいる。これには瑞鶴、山城、千代田が該当する。瑞鶴や山城はそれでもだいぶん冷静になってきている様子だ。
「データはばっちりね! …といいたいところだけど、青葉、あなたはどうなのさ」
夕張は目元がほんのり赤くなっている。酔い始めたようだ。
「青葉ですか〜? …
キャスター付きの椅子の上で膝をかかえ、少しぼんやりした目で手にしたグラスを眺めている青葉もすでに頬が赤らみ、こちらも酔いが回っている。
青葉と司令官は、オークションで売却された艦娘たちの行方を極秘裏に調べている。事が事なので、二人だけの秘密として、誰にも明かしていない。それだけの信頼を置かれていることが青葉にとって誇りであり喜びである。そりゃぁ翔鶴さんとか扶桑さんにはかなわないけど…って、あれ? もしかして私も…?
「ふぅん…信頼ね…まぁ、そういうことにしておくよ」
「はい、そういうことにしておいてください」
夕張はもう一杯グラスを空ける。今日は泊まってくけどいいよね、と言い終わらないうちに、夕張は青葉のベッドに横になってしまった。
招待された観艦式の会場で、艦娘達と司令官が外の世界の現実に直面していた事など想像できず、泊地の艦娘達もそれぞれの時間を過ごしていた。