海と空との間で   作:坂下郁@リハビリ中

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19. 憧憬

 舞台は再び観艦式会場へ―――。

 

 観覧席は、天幕に覆われた広めのブースで、中はラウンジのような造りだ。ミニバーまである。司令官は他の5人にはくつろいでいるよう伝え、榛名を伴い他鎮守府のブースにあいさつ回りに出かけた。司令官はいくつかのブースを回り他の拠点長と挨拶を交わしながら、多くの艦娘を目にし、違和感を覚えた。表情が乏しく、発言も型通りな、機械のような感じ。あるいは妙に生々しく扇情的な振る舞いで自分の司令官や提督に媚を売る、娼婦のような感じ。

 

 違和感を覚えたのは相手も同様だった。豊かな表情を浮かべ、機知に富んだ会話をし、仕草や振る舞いもきわめて自然で女性らしい榛名の姿を見て、一様に驚き、羨望や嫉妬を露わにする者も含め、決まって聞かれたのが

 ―――「大した調()()だ、コツを教えてくれ」

 

 榛名を連れてきたことを後悔し詫びる司令官に、榛名は柔らかく微笑みかける。

 「榛名は大丈夫です、司令官。榛名の司令官は、あなた以外にいません。それがよく分かりましたから」

 榛名は言いながら顔を真っ赤にしてしまう。本当はあと数ブース回る予定だったが、司令官は時間の無駄と判断し、榛名と自分たちのブースに戻った。

 

 そこでは騒ぎが起きていた。

 

 見知らぬ泥酔した男がブース内のソファーに陣取り、五人に対し、酌を求めて怒鳴り散らしている。一人夕立が皆を守るように立ちはだかり、他の四人はその後ろで固まっている。本来、艤装を展開せずとも艦娘の力なら酔漢の一人や二人や十人くらいは軽く亡き物にできるが、人間への加害を禁じられている以上、ただの少女と何も変わらない。

 

 昨日以来不愉快なことが連続していた司令官は我慢の限界だった。無言でブースに駆け入り、有無を言わさず酔っ払いを引きずり出し、文字通り背負投げで外に放り投げた。

 

 「大丈夫か、みんな」

 「だ、だいじょうぶっぽい…けど、ほんとは怖かったっぽい…ぽいじゃない、怖かったよ…」

 夕立がみるみる涙目になり抱きついてくる。他の四人も安堵のあまり涙ぐみ、集まってくる。そこに白い制服を埃まみれにし、酔っ払いがよろよろ立ち上がると、叫びだす。

 「き、きさみぁー、少将である私に何をするかぁ〜!! 所属、階級、名をなにょれっ! そこをうごくなっ!」

 呂律は回らず、痛む箇所を押さえつつ、ふらふらした足取りでブースに近づいてくる少将。

 「今申し上げても覚えてないでしょう、もし恥を知らないなら酔いが醒めてからもう一度おいでください」

 ブースの入り口を塞ぐように立ち、皮肉で応える司令官。階級差をタテに、司令官を直立不動で立たせ説教し謝罪を求める少将。何の騒ぎかと人が集まってきた。司令官には、目の前にいる男が、これまで見た軍の汚さの全てを体現しているように見えた。

 

 ブースの中から司令官の背中を見つめていた六人は、やがて、司令官が足を肩幅くらいに開き、背を少しずつそらし始めたのに気が付いた。そして―――。

 

 「もうしわけありませんでしたぁーーーっ」

 

 バネ仕掛けのように一気に勢いよく、頭を上体ごと深々とさげる司令官。その勢いで制帽が後ろに飛ぶ。同時に、ゴンッという低く鈍い音が響き、少将がその場に崩れ落ちる。司令官のヘッドバットをまともに受け気絶した少将が担架で運ばれていった。

 

 

  

 「ああいうのもいるのねぇ…ちょっと人間を見直しちゃった。姉さんもそう思わない?」

 「面白いものを見せてもらったが、このままで終わらんだろうな」

 「…ふっ、痛快だな、ああいうのは………ん? あの男は…そうか、アイツも喜ぶだろうな」

 騒動を遠巻きに見物していた三人の艦娘、陸奥と長門、武蔵。彼女達のそばにいた一人の巨漢が、人波を圧しながら司令官のブースに向かい、三人はやれやれ、という顔でその後に遅れてついてゆく。

 

 ブースでは司令官は痛むおでこを押さえながら全員に言う。

 「いろいろ思う所はあるだろうが、あれで許してもらえないか」

 許すも許さないもない、艦娘のため上官にヘッドバットする司令官なんて聞いたことがない。

 「……司令官はバカだね。あんな攻撃的な謝罪、初めて見たよ。でも、あれを嬉しいと思う僕もバカだね」

 時雨が泣き笑いするような顔で司令官に言う。

 「やっぱり、バカかな」

 笑いながら答える司令官に、他の全員もつられて笑い合う。

 

 「面白いことをするものよの、そこな若き司令官」

 ブースに現れた巨漢は胴間声で呼びかける。遅れてやってきた男は副官だろうか。

 

 その姿に、その場にいる全員に緊張が走る。

 

 大将-海軍の最高位にして、名目ではなく実力の面で全鎮守府中最強を謳われる佐世保鎮守府を率いる百戦錬磨の提督で、綽名は『西の元帥』。元帥とはそもそも「陸海軍大将ノ中ニ於テ老功卓抜ナル者」に与えられる称号で、日本を象徴する大君への軍務顧問を務める存在である。綽名と雖も口にするのは憚られる異称が公然と囁かれるのが、大将の権勢実力を示している。同時に、前任地-つまり那覇泊地から、多くの艦娘を私物のように引き連れ転任し、かつ艦娘をオークションで売却し私腹を肥やした張本人。

 

 司令官に、大将の副官を務める中将は前後の説明を求めてきた。話を全部聞いた中将は、またあいつか、と言わんばかりの複雑な表情を浮かべた。一方で大将は顎を撫しながら加虐的な色を視線に宿し中将に何事かを命じる。

 「ほお…貴様が那覇を治める大佐か。よくもカムラン沖の戦いを切り抜けたものよ、()()()()()()()()()()()()()()()()。それにしても興味深い…艦娘のために体を張ったと申すか。やつの…少将の酒癖の悪さは今さらだ、捨て置け。…とはいえ中将、成り上がりの大佐には()()が必要と思われるが、どうか?」

 

 「…歯を食いしばれよ」

 大将の言葉が終わらないうちに、司令官の顔が右に左に弾ける。中将からの鉄拳制裁が始まり、五回まで数えていた司令官だが、さすがに頭がぼんやりとしてきた。そこに次の鉄拳が飛んできて左目に火花が散る。

 

 「やめてくださいっ!! どうして司令官がそんな目に合うのですかっ!!」

 耐えられなくなった翔鶴が叫ぶ。扶桑は怒りを必死に抑え努めて無表情を装い、榛名は血がにじむほど唇を噛み耐えている。神通は中将に殴りかかろうと暴れる夕立を何とか抑え込み、時雨は涙をこらえながら、それでも司令官から目をそらさない。

 

 司令官を殴る手をいったん止め、中将が翔鶴を見下すように言う。

 「艦娘ごときが口を挟むなっ!! この愚か者の教育してやってるのだ!!」

 再度()()を再開しようと、拳を振り上げた中将の手首を、ふいに司令官が掴む。

 

 「……艦娘ごとき、だと? 命がけで戦っている彼女達に、ごときだとっ!?」」

 「は、はなせっ! 何をするかっ!!」

  

 ふいに目に入った光景に、司令官がぎょっとした顔で驚き、中将に言う。

 「…なぜ、艦娘が艤装を展開している? 殴るだけじゃ足りないのか?」

 

 大将の横にはべる艦娘、長門、陸奥、そして武蔵がそれぞれ艤装を展開している。

 「…正当防衛準備、かしら。自分の艦娘をよくご覧になったら?」

 陸奥が言う。言いながら思う。あら、あらあら? この司令官って…?

 

 振り向くと、扶桑が怒りに満ちた赤い目で艤装を展開している。夕立も同様で、酸素魚雷を振り回している。神通と時雨はいつでも飛び出せる体勢を取り、翔鶴は弓を構え速射の準備をしている。

 「是非も無し、です。司令官…扶桑は最後の瞬間までお伴いたします」

 「これ以上ない悪夢、見せてあげる!」

 司令官の制止も聞かず、怒りに駆られている扶桑と夕立。だが他の四人が冷静という訳ではなく、ただ二人に先を越されたに過ぎない。

 「…艦娘同士、それもかつて同じ泊地に属した者を殲滅したくはない。司令官よ、彼女達に手を引くよう言ってくれないか」

 長門が苦しげな表情で司令官に那覇の艦娘を諭すように促すが、そんな苦慮をよそに、武蔵はからかうような調子で声をかける。

 「大先輩よ、やりあってもいいが、また真っ二つになっても私は知らんぞ」

 往時のスリガオ海峡突入戦時の最期を引合いにだし、扶桑を嘲笑する。

 「突撃用意…懐に飛び込んでみれば、その余裕が本物かどうかすぐ分かります」

 武蔵に狙いを定めた神通が、冷静な口調で腰を落とし、いつでも飛び出せるよう徐々に重心を前掛かりにしている。

 

 一触即発の空気の中、突然、周囲を圧する大音量で大将が叫ぶ。

 

 「面白いっ! 蟷螂の斧を構える弱き艦娘たちよ、死ぬ覚悟と見たっ! 大佐よ、よくぞこやつらの精神を鍛え上げた、見事なりっ!! それに免じ少将との件は不問に付す。だが、秩序は秩序、貴様は一階級降格、観艦式への参加は認めぬ、泊地へ帰るがよい。貴様の手腕自体は認めておる…今日の不始末は他日とり返せよ」

 

 あっけに取られる周囲をよそに、大将は一人納得している。毒気を抜かれた那覇の六人は、とりあえず艤装を格納し、崩れるように座り込んだ司令官のもとに駆け寄る。それを見届けてから長門と陸奥も同じように司令官の元に歩み寄る。

 

 武蔵だけはそれに加わらず、元帥の腰に手を回す。元帥がケッコンカッコカリの相手に選んだ一人であり、佐世保内では他の艦娘はおろか人間の将官以上の地位を与えられている。

 「ふっ、大将がそういうなら仕方ない。見逃してやるさ。…おお、今までどこに行ってた? まぁいい、長門の所へ行ってみろ、面白いものが見られるぞ」

 

 「……司令官、大丈夫ですかっ!?」

 翔鶴がほとんど転ぶような勢いで司令官に駆けより抱きしめる。他の五人は、近づいてくる長門と陸奥から司令官を守るように立ちはだかる。

 

 「久しぶりだな…我々を覚えているか?」

 「あら、姉さんも覚えていたの?」

 

 二人は司令官に話しかける。ぼんやりとした視線を向ける司令官だが、二人が何を言ってるのか見当がつかない。無論六人も。

 

 もう一人、和傘を差しかけた、長い茶髪をポニーテールにまとめた艦娘が近づいてくる。空軍時代の最後の作戦で、撃墜され意識不明の重体だった司令官を助けたのは、長門と陸奥、そして―――。

 

 「…あなたは、いつもケガをしていますね」

 

 大和型戦艦一番艦、大和が懐かしそうに言葉を紡ぐ。

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