海と空との間で   作:坂下郁@リハビリ中

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02. ぎこちない一歩

 -バタンッ

 

 ふいに執務室のドアが大きく開き、駆け込んでくる影。

 「どうした電!? お前…この部屋にいるって事は新任の司令官だな。ほぉ…で、早速電に何しやがった?」

 「見ちゃいました…セクハラですね! 決定的場面を押さえちゃいました!!!」

 

 電の声に反応し、執務室のドアをけ破るかの勢いで飛び込んできたのは、軽巡洋艦の天龍と重巡洋艦の青葉。怒りを露わにして艤装を展開し主砲を向けてくる天龍と、電を司令官から引き離しかばうように自分の背後に隠しながら、鋭い目でにらんでくる青葉。司令官は、唯一事情を知る電に助けを求める。

 

 

 

 「司令官、ほんっっっっっっとうに申し訳ないっ。この通り謝る!」

 「スクープじゃなくて心からホッとしてます、司令官。私も早とちりで恐縮です」

 

 電が二人に対し、ここまでの経緯を説明してくれたおかげで事なきを得た。ほうっと大きなため息をついた司令官は、改めて三人に着席を促し、話は深部へと向かい始める。

 

 「…なるほどね、ここの過去、か。あんまり楽しい話はねーぞ、司令官…」

 「そういうお話…気になるんですかぁ? そりゃ情報はありますけど…」

 三人の話を総合すると、過去…というか比較的最近までこの泊地は、犠牲を厭わず、限度を超えた出撃や艦娘への心身への暴行など、手段を選ばず艦娘を酷使する過酷な環境、そう呼ぶより他にない状況だった。遠くない未来、これら劣悪な環境の基地は『ブラック鎮守府』という不名誉極まりない名称で呼ばれる事になるが、それは先の話として。

 

 戦力は今に比べるとはるかに充実していた。強力な艦娘を保有することは戦果に直結し、先任提督が抜群の武功を上げ中将から大将に昇進、四大鎮守府の一つの佐世保鎮守府へ栄転した事でも明らかだ。着任したての艦娘を、訓練と演習と実戦を通して厳しく育て上げ、第一次改装、第二次改装へと時を置かず導く。そして戦い、勝つ。先任提督は優れた手腕の指揮官だったようだ。

 

 ここまでなら厳しくも優れた提督の話だが、司令官が不快感を露わにしたのは、それに続く話。

 

 先任提督は、超弩級戦艦や往時の戦争で赫奕たる武勲を持つ艦娘、あるいは入手方法が限られている艦娘を除けば、同型艦を常に複数在籍させ余念のなく練度向上に勤しんでいた。そして、高練度の艦娘ほど、裏で行われているオークションで秘密裏に売却されていた。その利益は全て先任提督の懐へ。売却された艦娘は、様々な理由や名目で徐々にこの泊地から記録を抹消し、艦隊本部の記録と辻褄を合わせていたらしい。落札先は、艦娘の育成にかかる時間と手間を惜しむ軍関係、艦娘を情欲の対象としてしか見ない民間資産家、生体実験サンプルとして内外の医療系や工業系の企業や研究機関など多種多様。共通しているのは、どこをとっても碌な所がないという事。

 

 「なるほどな。ここの立地条件を考えれば、やりやすかっただろうな」

 軍関係同士なら普通に落札先へ転属させる事もできる。だが民間への不法転売となれば話は別だ。その点では、この那覇泊地という立地が利いてくる。那覇港は本土と南方と繋ぐ中継基地の役割を果たし、軍民問わず多くの船舶が出入りし往来が盛んな場所であり、貨物として積み込むには最適な場所だ。後はいずれかのタイミングで戦没したことにして那覇から除籍すればいい。想像は容易にできるが、軍人として想像したい内容ではない…同時に、先ほどの電との会話で彼女が()()()()自分を登録抹消した理由に見当が付いた。

 

 「電さん、ひょっとして君は…?」

 「はい、司令官の想像の通りなのです。私のように見た目が幼くて小柄なのがいい、っていう民間の方がいたみたいなのです。前の提督さんの転属で、お話が流れるかなってちょっとだけ期待してましたが、特警さん達からは予定通りだ、って言われたのです。だから…先に登録抹消しておいてもいいかなって」

 

 天龍が悔しそうに顔をそむけ、司令官は一層苦い表情になり、怒りを露わにする。当の本人の電は、不思議そうな表情で司令官を見ていた。どうして無関係の私のために、この人は怒っているのだろう…? 微妙な空気に支配された執務室で、青葉がさらに話を続ける。彼女はこの泊地の広報担当として、表に出ない情報もいろいろ持っているようだ。

 

 この手の事はいずれ露見するものだが、先任提督は、儲けた裏金と艦娘を与える事で特警を買収していたらしい。海軍内の犯罪を取り締まるのが海軍の憲兵にあたる特別警察隊の役目だが、取り締まる側と取り締まられる側が一体では、証拠隠滅など思いのままだっただろう。特警隊を抱き込んだ先任提督は、拠点運営の模範的存在という噴飯ものの評価を特警本部から強く受け、お気に入りの艦娘たちとあらかたの有力な装備品や資源とともに佐世保鎮守府への栄転を果たした。当初、艦娘の異動は、転属先の戦力が揃うまでの期間限定移籍という位置づけらしかった。しかし、その再異動には先任提督の同意が必要、となれば艦隊の私有と何も違わない。

 

 『指名された艦娘は、私と共に転属するのだ、光栄に思え。無論所要の装備品、資源、資材も移動する。なに? 私たちはどうすれば? 次の司令官が近々着任するらしいぞ。その者とともに、特警隊の指示に諸事従うように。有象無象同士ちょうどよかろう』

 

 その言葉と抜け殻のような泊地と今いる艦娘達を残して、先任提督は去っていった。

 

 

 

 執務室に沈黙が訪れる。あまりの内容に、黙って聞いていた司令官も不愉快になる。

 「…つまり、その『次の司令官』が、俺というわけだ」

 

 もう一つ、司令官は先ほどから気にかかっていることを天龍に尋ね始めた。

 

 「今回は不問に付すが、上官に砲を向ける行為は、解体を含めた厳しい処罰の対象となる。君もそれは分かっているはずだ。…これは推測だが、以前に()()()()()()があり、実際に被害者も出た。だから条件反射的に体が動いてしまった、違うかい?」

 「特警の連中を許せるわけねーだろっ! あいつら…」

 激昂した天龍が立ち上がり、司令官に食って掛かろうとする。司令官は天龍を手で制しながら、正門前で出会った連中を思い出していた。なるほどね…妙にガラが悪い連中だと思ったら、そういう事か…濡れた雑巾で顔を拭われた様な不愉快さを覚えながらも、これだけはハッキリさせたい、と司令官は姿勢を正して話を続ける。

 

 「…君たちが来る前に電さんにも言ったことだが、今日着任したばかりの自分を無条件で信用することは、難しいと思う。でも、俺の言動で誰かが悲しむようなことは、俺も嫌だ。それは断言する。頼むから、それだけは分かってほしい。ああそれと電さん、君は那覇泊地の艦娘だ、どこにも行く必要はない」

 

 電はきょとんとして自分を指さし、それを見た司令官がうんうんと頷く。電の瞳が大粒の涙で濡れるのに時間は掛からず、顔を両手で覆い、肩を大きく震わせ、それでも声を殺して泣き出した。

 「電さん、泣きたければ思い切り泣いていいんだ、我慢することはない」

 それこそ子供がするように、電はこれまで抑えに抑えていた感情を爆発させ大声を上げ泣き始めた。

 

 一方で天龍と青葉は困惑している。自分たちが知っている()()の意味は、達成困難な命令を婉曲に強要する、それだけだ。だが目の前にいるこの新任司令官のそれは、全く違う。形のない、けれどとても大切なものを、分かってもらいたいという願い―――。

 「そんな風に()()()たらしょうがねぇな…分かったよ、司令官…。ありがとう」

 場を和ますよう、少し茶化すように天龍が答える。

 「…もう夕方か、全員解散していいぞ。また明日。あぁ、電さん、明日はこの泊地に所属しているみんなに会えるんだよな?」

 「はい、司令官。あの…私もお願いがあるのです。『さん』づけじゃなくて…電、って呼んでほしいのです」

 憑き物が落ちたようにすっきりとした表情で、でも泣き腫らして真っ赤な目をした電がそう告げ、逃げるように立ち去るのを、ニヤニヤしながら青葉と天龍が追いかける。

 

 

 

 その頃食堂では、泊地に所属する全艦娘が集まっていた。

 電がさっそく司令官に呼び出されたことも、帰りの遅い彼女を心配して天龍が探しに行き、それを青葉が追いかけて行ったことも、皆知っている。三人は食堂に戻り、電を中心に青葉と天龍が執務室での話を全て伝え、全員その話に耳を傾けていた。

 「新しい司令官さんは、きっと信じられる人なのです! 電は、少しでも司令官の力になるのに頑張るのです!! みんなも、先入観を持たずに司令官と話してください、きっと分かるのです!」

 

 食堂の空気はやっと…という安ど感と、それでも…という抜きがたい不信感が入り混じった複雑な物に変わったが、皆が明日の顔合わせの段取りを話し合っているとき、司令官が夕食を取ろうと食堂に現れた。

 

 「あ…司令官さん…」

 

 電がつぶやくと、全員の目の色が変わり、一瞬の静寂のあと声が上がる。

 

 「ほぉ、これが新しい司令官か。思ったよりは若かったな…」

 木曾が何とも言い難い声を上げたのを皮切りに、挨拶を一斉に受けた司令官は食堂の入り口で完全に固まっている。

 「ヘーイみなさーん、テートクが困ってマース。Be quiteネー」

 おそらくはリーダー格なのであろう、怪しげなイントネーションの日本語をしゃべる少女-金剛のひと声で、全員が静まり返り、再び視線が司令官に集中する。

 

 「あぁ…えっと、本日付でこの泊地に着任した司令官だ。これから、この泊地の一員として、君たちの仲間として、一緒に頑張りたいと思う。よろしく頼む。…まぁ、細かいことは、明日からゆっくり話そう」

 

 そう言いながら、内心司令官は困っていた。自分としてどうふるまえばよいのか、まったく分かっていなかった。だが、司令官としての一歩を踏み出したこと、目の前にいるこの少女たちと戦ってゆくこと、それだけは事実だ。

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