海と空との間で   作:坂下郁@リハビリ中

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20. 非理法権天恋

 大和は、まっすぐ司令官に向かっていき、彼の前で目線を合わせるようにしゃがむ。司令官の顔を懐かしそうに眺め、待っててくださいね、と、柔らかく微笑みながら立ち上がり、他の艦娘とは一線を画す威圧感を誇る艤装を展開する。

 

 「やっと…やっと貴方を守れるのですね」

 目の前で彼が撃墜されたのに何もできなかったあの日とは違う。

 

 大和の左脚のサイハイソックスに記された「非理法権天」の言葉。大将の鎮守府では強者が〝天〞であり、既存の権威や階級を超越する。中でも中核戦力を成す第一艦隊所属の艦娘には、人間の将官を上回る権限が与えられ、大将の片腕的存在の武蔵と、大将を父と呼ぶ〝箱入り娘〞の大和は、いわば治外法権の存在。中将は天の逆鱗に触れたことに気づき青ざめ、助けを求めるように大将を見る。

 

 大和は司令官に相対していたのとは対照的な冷ややかな表情で中将へ近づいたかと思うと、その顔を掴み、片手でそのまま高く持ち上げる。必死に中空で手足をばたつかせていた中将を、つまらない物を放り捨てるように大和が手を離す。どさりと地面に崩れるように横たわる中将は、顎関節を粉砕され変形した顔で悶絶している。

 

 一転、足元に転がる中将には目もくれず、艤装を仕舞うと、華やかな笑顔を浮かべ大和は司令官の元に戻ってきた。当の司令官はさっきから長門、陸奥、大和の言動がまるで理解できない。戻ってきた大和が、首元から古ぼけた認識票を取り出し差し出してきた。

 

 「それは…」

 空軍時代の自分の認識票だ。やっと理解した。なぜ大和たちが自分を知っている素振りをするのか。なぜ撃墜され意識不明の重体だった自分が助かったのか。

 「き、君たちが、あの時、俺を…」

 ぎこちない言葉を返す司令官。それに答える代わりに、大和は司令官を抱きしめる。

 

 「いつかまたお会いできると信じていました」

 

 話の成り行きにまったく付いていけず、呆然と大和の一連の行動を見ていた六人が、これは緊急事態、とようやく事態を飲み込んだ。

 

 「さぁ()()司令官、大将にも命令されちゃったし、那覇に…僕たちのおうちに帰ろうよ」

 時雨は臆さない。僕の、を強調し大和をけん制しようとするが、小首をかしげ、大和が初めてまともに六人に視線を向ける。

 

 「いいえ、この方は大和のものです」

 

 そして、最大火力で薙ぎ払う。

 

 「大和が初めて口づけを交わした方ですから」

 

 頬を桜色に染め恥ずかしそうにする大和と、記憶にない口づけで運命の人認定され蒼白の司令官。当時意識不明だった司令官は、大和の懸命の人工呼吸で息を吹き返したことを知る由もない。

 

 「はぁ…空が青いわ…」

 現実逃避をし空を見上げる扶桑。

 

 「司令官、君には失望したよ。僕の胸まで触っておいて…」

 憮然として頬を膨らませる時雨。

 

 「司令官にそんな人が…。私…もて遊ばれていたのかしら…」

 落ち込みしょんぼりと項垂れる翔鶴。

 

 「は、榛名ならいつでもお相手します! 何なら今からでもっ」

 焦るあまり暴走気味の榛名。

 

 「ぽい?」

 「何でしょう…聞いてるこちらの頬が熱くなってしまいます」

 首をかしげる夕立とドギマギしながら成り行きを眺める神通は、もはや観客と化していた。

 

 

 「戯れるのはそこまでだ、大和。観艦式の準備だ。位置に付け」

 

 騒がしい艦娘たちを一喝するように、大将が胴間声で大和を呼ぶが、手当てのため大和は司令官のそばを離れようとしない。重ねて、先ほどより厳しい声で大将は大和に命じる。司令官には観艦式の参加取りやめと泊地への帰投を命じてある。すっと立ち上がった大和は、大将の厳しい視線に一歩も引かず、凛とした声で断固として引き下がらない。

 

 「……お父様、大和の邪魔をするのですか? …分かりました、この方が出席しないのなら、大和も観艦式には出ませんっ! この方のお側にいますっ」

 武蔵は心底楽しそうに笑い、大将の肩をバンバン叩く。

 「ははははっ! 大将よ、ああなると大和はもうダメだ。頭が冷えるまで放っておくしかあるまいよ」

 

 

 

 行きは七名帰りは八名のフライトとなった飛行艇の中。三列シートを区切る可動式の肘掛けをすべて上げた簡易的なベッドに司令官は横たわる。痛み止めと麻酔でよく眠っている。七名の艦娘は、最初こそ話をしていたが、何となくそれぞれ離れた席に座っている。榛名、扶桑、時雨、特に翔鶴はそれぞれに複雑な表情を浮かべていた。

 

 那覇泊地に到着するや否や司令官は医務室に運びこまれ、面会謝絶となった。頭や顔を何度も強く殴られているため、万が一に備え、医療妖精さん達が集中看護で様子を見ることにしたのだ。

 

 -だれがあいてでもにゅうしつはみとめません

 -まんがいちがあってはいけません、ぜんりょくでかんごします

 -かんむすのみなさんにつきそわせるのは、ちがういみできけんです

 

 すでに観艦式での騒動は泊地にも知れ渡り、特に司令官と大和のキス問題で騒ぎが起きている。もともとこの泊地にいた大和の顔を知る者は多いが、交流は多くない。大将の秘蔵っ子として、他の艦娘とは明らかに違う優遇を受けていたためだ。

 

 「雰囲気が明るくなりましたね。何が変わったのでしょう?」

 久しぶりに訪れた泊地を珍しそうに見て回り、談話室も兼ねた食堂にやってきた大和のこの発言に、少なくない艦娘が固まる。木曽や天龍は大和に食って掛かろうとして、周りの艦娘達に抑えられていたほどだ。お前が父親と呼ぶ大将がこの鎮守府で何をしたのか知らないのか-純粋に強さだけを追求し、他とは隔絶されていた大和は、そんな空気にまったく気づかない。一方、この泊地に着任間もない艦娘たちには過去のしがらみはなく、ここに大和がいるだけでわくわくしている。

 

 「ねーねー大和ぉ、司令官がファーストキスの相手なんだって? なになに、どんなシチュで、どんな味だったわけ?」

 鈴谷がみなが気になってることをズバリ切り込むと、その場にいる全員の注目が集まる。突然の質問に頬を染めながら、大和はたどたどしく答える。

 

 「えぇっ……その……ファーストキスは……血の味がしました♡」

 

 全力で突っ込みたい気持ちを抑えながら、話の続きを待つ。まさかそれが重傷を負った司令官への人工呼吸とは誰もが思わなかった。

 

 -それ以上はやめて。

 

 翔鶴の顔色が変わる。帰りの飛行艇の中で、大和の口から語られた司令官との出会い。それは二人だけの時間に、自分が司令官の口から聞かされた、彼のパイロットとしての最後の瞬間でありながら、自分が知らなかった部分。

 

 -私の思い出を、あなたの思い出で上書きしないで

 

 「や、大和さん? ちょ、ちょっといいかしら?」

 

 続きを期待していた艦娘たちにブーブー言われながらも、翔鶴は話の腰を折り、強引に大和を食堂から連れ出していった。

 

 

 

 司令官は、医療妖精さんの完全看護のもと、強い眠気を伴う痛み止めで強制的に三日間寝かされていた。四日目の昨日、精密検査が行われ、その結果は妖精さん達から司令官に伝えられた。

 

 -むりをしなければいまはだいじょうぶです。

 ―けんこうしんだんにていきてきにきてください。

 -かんむすのみんなにもしらせたほうがよいのでは。

 

 心配そうに司令官の周りには、妖精さん達がふよふよと浮かんでいる。司令官は眩しそうに目を細めながら微笑みかけるが、最後の問いかけにだけは首を横に振ることで答えるだけだった。

 

 -あのほほえみはききますね。

 -もととうじょういん…えーすきゅうです。

 -でもほんとうにいいんでしょうか。

 

 

 とにかく司令官は様子見で一日休息し、今朝から無事執務に戻れる。夜明け前には医療妖精さんの手で「面会謝絶」のプレートが外されていた。早朝の医務室の前では、司令官が出てくるのを多くの艦娘が今か今と待ちわびている。静かな金属音とともにノブが回ると全員の視線がドアに集中する。白い制服に身を包んだ司令官が出てくると、歓声を上げる者、涙ぐむ者、それぞれに司令官の復帰に喜びを爆発させている。全員が司令官に近づこうとしたが、誰より先に胸に飛び込むように司令官に抱き着いたのは夕立だった。

 

 「おかえりっぽいっ!! もうどこも痛くないっぽい?」

 司令官の胸に顔をすりすりとして無邪気な笑顔を浮かべる夕立。一瞬先を超された、的な顔をした四人-榛名、扶桑、翔鶴、時雨を含め他の艦娘も、余計なことは考えず、提督をもみくちゃにするように集まり、笑顔と笑い声の輪ができる。

 

 

 観艦式からすでに四日が経ち、司令官の知らない所でいろいろな状況が変わり始めていた。

 

 観艦式で騒ぎを起した司令官とこの泊地は良くも悪くも一躍有名になった。そのため、公式非公式問わず司令官への連絡や面会希望も急増していた。

 

 ―――那覇泊地・埠頭。

 

 那覇港の埠頭に立つ司令官の脳裏に繰り返し浮かぶ『情報は役に立ったようだな』との大将の言葉。それはカムラン半島沖攻略時に艦隊本部から齎された情報が最初から正しくなかった、そう理解していいだろう。兵糧攻めが利かないとなると、深海棲艦を利用して那覇泊地の力を削ぐ…そこまでしなければならない理由は何だというのか―――?

 

 そこに気軽そうな挨拶とともに現れたのは輸送船団の団長。かつて司令官の作戦で救出した輸送船団。その団長と親会社のCEOは、水面下で大将と戦う司令官の支援を続けている。

 

 「軍関係者の間で、どんな話になってるか知ってるか? 『艦娘を率いて観艦式に乗り込み、大将の第一艦隊と対決、大和と駆け落ちした男』がいるんだと。いやぁ、ほんとに有名になったぜ、司令官」

 

 にやにやしながら司令官の肩を叩く団長。司令官は唖然として声も出ない。

 「…大将を揶揄するのに海軍内の反大将派が意図的に流している作り話だがな」

 団長は司令官をからかうように言い、話を続ける。海軍はいくつかの統括部門…艦隊本部、技術本部、兵站本部、特別警察本部、監査本部等で構成されるが一枚岩ではなく、部門内の派閥争いを含め不穏な動きがあること、中でも大将が大きな影響力を持つ艦隊本部と特別警察本部と、監査本部と兵站本部の対立は深刻な状態で、それが大将が狙う元帥の座に手を伸ばす上で大きな障害となっていること―――。

 

 「…司令官よ、お前さんはこれからどうする? 今までみたいに艦娘のことだけ考えていればいい、ってわけにはいかなくなるぞ。じゃぁ、俺は行くよ。…ところで、向こうを見てみろよ? そろそろ誰かに絞った方がいいんじゃねーの? それとも噂の大和に乗り換えか?」

 

 あいさつ代わりにひらひらと手を振り、カッターに乗り込み輸送船に向かう団長。埠頭から港を見ると、扶桑、榛名、翔鶴、時雨の四人がこちらを見守っている。

 

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