海と空との間で   作:坂下郁@リハビリ中

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Phase 06
22. 彼と彼女達の壁


 二年間というのは普通に暮らしていても長い時間である。閉ざされた泊地という世界で、生と死と実用主義が支配する時間は、普通の時間に比べれば比較にならないくらい濃密で精神的な繋がりも深く強くなる。鋼鉄の暴力と狂気に身を委ね戦場で戦い続ける生体兵器の艦娘も、女性としての精神性と肉体を持つ存在である。そんな環境下で自分たちと真っすぐに向き合い、自分たちのために理不尽と戦う男性-司令官がいれば…概ねオチる、むしろ日常での出会いよりも強烈に。那覇泊地も例外ではなく、今日も艦娘たちが司令官を話題に食堂でガールズトークに花を咲かせている。

 

 今日の話題は休暇についてから始まった―――。

 

 司令官には、任務に影響がない範囲なら好きな時に取得できる年間最大7日間の休暇があるが、どうやらそれを取得するらしいとのうわさが広がっている。艦娘たちは、外出や旅行にはぜひ自分をお供に、と有形無形のアピールを繰り返すが、曖昧な笑みで艦娘たちの誘いを躱し続ける司令官に対し、疑惑が持ち上がる。

 

 ケッコンカッコリというシステムー初期装備として各拠点に一組配備される“指輪”を装備した艦娘の練度上限を押し上げ、さらなる強さを齎すものだ。官給品であると同時に、拠点長が自腹を切れば購入もできるこのアイテム、複数の指輪を揃え複数の艦娘とケッコンする、財布と体力に自信のある益荒男と呼ばれる拠点長もいるが、自分達の司令官はどうなのだろう?

 

 もちろん那覇泊地にも支給され、司令官も一組持っているはずである。今のところ那覇に指輪を装備できる条件を満たす艦娘はいないが、数名はそう遠くない将来に到達可能である。けれども、指輪の有無に関わらず、お互いの気持ちがそうなら、そういう関係になるのが自然だと考え、思いを育て続ける艦娘も少なくない。にも拘らず、二年以上これだけ多くの艦娘たちと寝食を共にしながら、誰とも深い関係にならないのは、男性としての機能に問題があるのでは? との意見が同意を集め始めた。だがこれは観艦式に出席した六名により否定された。

 

 -す、すごかったです…。

 

 一際大きな嬌声が食堂に響く。観艦式で司令官と同室に泊まった六人は、その際に、旧軍用語でいう司令官の『モーニングスタン』を目撃している。目撃談であり信憑性は確かだ、ということで、司令官不能説は払しょくされた。不能でないなら?

 

 -司令官には、ひょっとして人間の恋人が内地にいるのでは?

 

 自分たちのことを大切にしてくれるが一定以上踏み込んでこない司令官の態度を裏付けるような、残酷だが妙に説得のある仮定。あれだけ盛り上がっていた熱気は霧散し、一人また一人と食堂から立ち去っていった。そう考えると納得のいくことはかなりある…司令官を強く慕う扶桑、榛名、翔鶴、時雨だけは、暗い目をしたまま何も言わず食堂に残り続けていた。話の輪に加わらず、離れた場所にある自販機でコーヒーを買っていた大和も、軽く目を伏せ考え込むような表情になっている。

 

 

 

 そんな食堂での話から数日後、六名の艦娘ー扶桑、榛名、翔鶴、時雨、瑞鶴、大和が司令官の執務室に呼び出された

 

 「呼び出して済まない。急な話だが、対外演習の申し入れがあった。相手は近衛部隊の横須賀鎮守府、どうしても我々と演習を行いたいとのことだ」

 

 六人がそれぞれ顔を見合わせ、表情を引き締める。国内に四か所ある鎮守府と呼ばれる艦娘の運用基地は、いずれも最高水準の練度と装備を備える強大な拠点である。西日本最大拠点の呉、史上最強を謳われる佐世保、戦術研究拠点の色が強い舞鶴、そして日本最大にして王城守護を担う近衛部隊の横須賀。分かりやすく、戦略の呉、戦術の舞鶴、攻めの佐世保、守りの横須賀とも言われる。

 

 その横須賀が、直々に那覇泊地に演習を申し入れてきた。申し入れておきながら横須賀に出向いてほしいというあたり、基地としての格の違いを見せつけているようでもあるが、往訪に要する資源や滞在費まで横須賀持ち、とまで言わると、演習以上に別な目的があるのか、と司令官は訝しむものの断る理由が無い。すでに自分を支援してくれている海運会社のルートや青葉のルートで情報収集は進めているが、少なくとも表に出ている情報に怪しいものがないのがまた怪しい。

 

 ただ、気になる情報はある。

 

 海軍内の派閥で言えば、佐世保と横須賀は対立している。艦隊本部と特警本部を取り込んだ佐世保に対し、軍内では監査本部、軍外では中央官庁とパイプの太い横須賀、の関係性。

 

 那覇泊地は微妙な立場にある。例の観艦式の一件以来反佐世保派・反大将派と見做されている一方で、敵対関係とも言える佐世保の大将は那覇を自身の影響下に取り込もうとしている。ここで反佐世保派の最大領袖の横須賀に出向くことがどのような結果に繋がるのか―――。

 

 こういった水面下での政治的な暗闘は艦娘に関係なく、巻き込みたくないと考える司令官は、それらを表に出さず演習とその後の予定について話を続ける。

 

 「君たち六人は那覇泊地の最高戦力だと俺は確信している。その君たちでも、正直に言って必ず勝てるとは言い切れない、それほど横須賀の練度は高いと聞いている。こちらは胸を借りる立場になるだろうが、全力を尽くし相手にひと泡もふた泡も吹かせてやってくれ」

 

 扶桑や榛名は厳しい表情で考え込み、勝気な瑞鶴はすでに翔鶴相手にどう戦うかをまくし立て始め、時雨は興味無さそうに頭の後ろで両手を組んでいる。そんな中、大和が小さく手を上げ前に進み出る。目線で発言を許可する司令官に対し、にやり、と不敵な笑みを浮かべ大和が言い切った。

 

 「でも司令官、別に倒してしまっても構いませんよね?」

 

 元佐世保の秘蔵っ子にして、那覇泊地でも有数の練度の高さを誇る超弩級戦艦は、傲然と胸を張ると、華やかで、それでいて凄みのある笑顔を浮かべる。その自信に司令官が圧倒されていると、大和は先ほどとは違う種類の、夢見る様なうっとりとした笑顔で呟く。

 

 「横須賀には練度上限を突破した艦娘が何人もいると聞きます。その子達をまとめて倒せば、大和も練度上限に近づきますねっ! そうすれば…指輪、頂けますよね?」

 ケッコンカッコカリの指輪を催促するように、すっと左手を立てて腕を伸ばす大和に、瑞鶴を除く四人がびきっと音が出そうな勢いで固まる。ちなみに現在の那覇泊地の艦娘を練度順に並べると、筆頭が大和、次席が瑞鶴、僅差で時雨、やや離れて翔鶴、扶桑、榛名、の順となる。

 

 一瞬の沈黙の後、一斉に騒ぎ始める四名と涼しい顔の大和。司令官がやれやれ、という表情で、あまり意味のない仲裁を入れて話を続ける。

 

 「ま、まぁ何だ、チームワーク良く戦えば横須賀にだって負けはしない、俺はそう信じているからな。ああそれと、横須賀との演習の後、休暇に入るから。俺たちの出発から俺の帰着までの間、由良を司令代行とする」

 

 ぴたっと喧騒が止むと、全員の視線が司令官に集中する。もはや演習の話などふっとんだ。数日前の食堂での会話が甦る。泊地内はすでに『司令官には人間の恋人がいる』説が事実であるかのように語られている。大和を除く四人は、いや、この四人だからこそ、それを信じてしまっている。一方大和だけは、本音はどうか分からないが、鷹揚に構え気にしてる素振りを見せていない。

 

 ごくりと唾を飲み込んで、意を決したように榛名が口を開く。他の面々も「おおっ、先陣を切った!」と熱い視線を送るが、榛名の口から出た言葉に皆がくりとうなだれる。そうじゃなくて…。

 

 「きゅ、休暇を取られるのですね、ゆっくりお休みになってくださいっ」

 「ああ、ありがとう。休暇は四日間、週末を絡めて日曜の夜に戻ってくる予定だ。それでは解散」

 

 誰一人動こうとしない。こういう時頼りになるのはやはり時雨かもれない。何気なく、明日の天気の話でもするような気軽さで司令官に核心を質問する。

 「ふーん、結構長めの休暇なんだね。どこに行くの? 一人だとつまらなく無いかな、ぼ―――」

 「プライベートの用事を済ませるだけだよ」

 

 時雨の言葉を遮る司令官の言葉。淡々とした口調だが、それ以上の質問を拒む色がはっきりと乗った、初めて聞く声。

 

 

 重い音を立て閉まるドア。執務室からは出たものの、全員ぼんやりと廊下で立ち尽くす。最初に反応したのは榛名だった。しゃがみこんでぐすぐすと泣き出してしまい、瑞鶴が慌てて慰めるように寄り添う。扶桑と時雨はハイライトオフの目でぼんやりと天井を見上げている。ふと、翔鶴と大和の視線が絡み合う。

 

 「…………」

 「…………」

 

 お互い何も言わず、その心中に何があるかは別として、無言のまま二人は自室に戻ってゆく。

 

 

 

 一人執務室に残された司令官だが、少し気まずそうな顔をしている。

 「……ちょっとキツく言い過ぎたかな。けど、な…」

 

 執務机に両肘をつき手を組み、口元を手で隠すように覆う脳裏に浮かぶのは―――。

 

 司令官がかつて空軍に所属していた事は以前も触れた。その彼が参加した幾多の作戦の内で決定的な負け戦が二つ。一つは彼の最後の作戦となったカムラン半島沖強襲作戦。もう一つは、今では第二次東京大空襲と呼ばれる深海棲艦の艦載機による夜間大規模攻撃への迎撃戦。この空襲で東京の東半分は壊滅した。奇しくも往時と同様に焼き払われた下町エリアには司令官の生家も含まれ、彼は父親、妹、そして婚約者…その全てを一夜にして失った。

 

 司令官の言うプライベートの用事、それは失った家族の墓参であり、彼が自分の過去と向き合うための時間。

 

 「…心配、してくれてるのかい? …ありがとうな」

 

 気付けば頭の上に妖精さんたちが載っていた。司令官が頭を動かしたの同時にふよふよと飛び始め、ぽんぽんと慰めるように頭を撫でている。

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