海と空との間で   作:坂下郁@リハビリ中

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23. 彼と彼らの隔たり

 横須賀鎮守府-古くは帝国海軍最大の拠点にして、今は設備の全てを艦娘の運用に特化させ一新された基地。進歩的な技術とは対照的に、外観は赤褐色の煉瓦で飾られ往時の雰囲気を色濃く漂わせるものである。

 

 帝国海軍の正統後継者を無言で演出した佇まいは、演習でこの拠点を訪れる外来者に対して巨大なプレッシャーとなり圧し掛かる。それは那覇からUS-2で約三時間半、猿島沖に着水し迎えのボートに乗り換えた司令官率いる那覇艦隊にとっても同じだった。中央に通路を通した左右二席一〇列のボートに、七人は何となくばらばらと着席している。

 

 「那覇よりはるかに大きな施設群ですね…」

 「ふ、ふんっ! こ、こんなの見掛け倒しってことも、あ、あるし…」

 緊張のせいで喉が渇いたのか、少し掠れたような声で呟く翔鶴に強気の発言で答える瑞鶴だが、噛みながらでは説得力にいまいち掛ける。扶桑と榛名はむぅっと難しい表情のまま腕を組み無言を貫き、時雨も同じように無言だがいつの間にか艤装を展開、格納筐から顔を出している魚雷を飽きることなく撫で続けている。

 

 そんな五人の様子を見渡せる最後尾の列に座っている司令官だが、ふと大和に視線を送る。何故か当たり前のように隣に座り、まったく気負った様子も緊張している様子もない。視線に気づき微笑み返す大和に、司令官はふと思いついたことを尋ねてみた。この余裕ぶりには何か理由があるのではないだろうか、と。

 「大和、君は……以前も横須賀と演習をしたことがあるのかい?」

 「はい、結構前になりますけど。あの時は勝負に勝って試合に負けた、そんな感じだったと思います」

 

 武蔵を旗艦に据え、大和が副旗艦として参加した六対六の演習で、大和本人は弾着観測射撃で戦艦一、重巡一を一斉射で倒したが、演習そのものは僅差で負けたのだという。

 「横須賀の子たち、いえ横須賀の提督の作戦は詰将棋、序盤リードしてても気付けば追い込まれる。相手の狙いさえ分かれば…私なら」

 

 そこで言葉を切った大和は、ラムネを一口飲む。喉が上下にこくりと動いた後、視線が前方に向かう。その先にいるのは扶桑と榛名。司令官が怪訝な視線を返すと、声を潜めながら大和が説明を始める。

 「航空戦艦としての柔軟な装備編成は扶桑さんの、高速を活かした機動力は榛名さんの、それぞれ強みですが二人とも装甲が薄く被弾に弱いので…。もし二人のうちどちらかが集中的に狙われ、私たちがカバーに入ると全体の連携が崩れます」

 

 大和の意見に頷きながら、司令官はふと第三者的な質問をしてみたくなった。

 「なるほどな…なら、大和は横須賀が勝つ、と見てるのか?」

 奇麗な形の指を顎に当て、大和は考え込むような表情に変わったが、ややあって真剣に回答する。

 「楽には勝てないでしょう、ですが楽には勝たせません。司令官、この演習に勝ったら…ご褒美、もらえますか?」

 

 司令官の左肩に両手を掛け、ぐいぐいと体を密着させるように迫ってくる大和だが、ふと司令官が顔を顰めたことで動きを止め、小首を傾げる。

 「どうされました?」

 「いや、その…何か硬いのが当たって痛かったというか…」

 慌てて体を離すと、かあぁぁっと真っ赤な顔になって大和は両手で胸を隠す。実際にかなりの大きさのある大和の胸部装甲、日常生活では勿論普通のブラを着けるが、演習や実戦では九一型徹甲パッド入りのブラを選ぶ。いくら入渠で消えるのが分かっていても、胸に被弾等で傷や跡をつけたくない女心である。

 「も、もうっ! 知りませんっ。司令官の………バカ」

 

 

 

 今回の那覇艦隊は、昼戦は何とか持ちこたえたが夜戦で叩かれ横須賀に敗北を喫した。

 

 横須賀:旗艦 蒼龍、副旗艦 皐月、古鷹、加古、初霜、雪風

 那覇:旗艦榛名、副旗艦 翔鶴、大和、瑞鶴、扶桑、時雨

 

 翔鶴と瑞鶴、そして扶桑が送り込んだ開幕の航空攻撃は、偵察機を除き直掩に全振りした蒼龍の航空隊、皐月と初霜の猛烈な対空砲火の前に壊滅的な被害を受け、翔鶴と瑞鶴は置物にされてしまった。

 

 横須賀の狙いは大和、そして扶桑だった。重装甲を楯に大和が壁役として立ちはだかる事は横須賀には予想の範囲内で、むしろそこに付け込まれた。徐々に、だが確実に削られ続けた大和は、砲戦終了時に僅かの差で大破判定。大和を夜戦から排除できたので、横須賀にはこれで十分だった。

 

 一方の扶桑は砲戦終了後の雷撃戦で仕留められた。高重心のため急角度での回避運動に入ると速度が急激に落ちる悪癖を狙われ、巧みに計算された射線に逃げ場を無くし集中雷撃で大破判定。夜戦参加可能数で見れば横須賀五、那覇四、さらに実戦力で見れば横須賀五に那覇二。この時点で勝負の行く末は見えた。

 

 横須賀/中破:蒼龍、皐月 小破:初霜、加古 無傷/カスダメ: 古鷹、雪風

 那覇/大破: 大和、扶桑 中破: 翔鶴 小破: 榛名、時雨、無傷/カスダメ: 瑞鶴

 

 上記の状態で始まった夜戦、時雨のカットイン攻撃で皐月を大破判定に追い込み一矢を報いたが、次々と繰り出される横須賀勢のカットイン攻撃の前に、瑞鶴を除く全員が大破判定を受け演習は終了、横須賀艦隊の勝利に終わった。

 

 

 

 舞台は慰労会へと移り、艦娘同士が演習を振り返りながら話に花を咲かせ、豪華な食事を堪能していた頃、横須賀と那覇、二人の指揮官は別室に籠り話を続けていた。

 

 

 「ケッコン艦が一人もいない艦隊にしては、よくやったと言うべきだろう」

 「はっ…ありがたきお言葉、きっと艦娘の皆も喜ぶと思います」

 

 横須賀の提督執務室は那覇のそれと比べると遥かに豪奢な作りで、調度品も見るからに高価な物が揃えられている。それでいて下品な感じにならないのは、選んだ者のセンスなのだろう。マボガニーの重厚な造りのデスクに寄り掛かりウィスキーグラスを軽く揺するのが、ここ横須賀鎮守府を指揮する提督である。対する司令官は両手を後ろに組み、わずかに脚を開き立っている。大将である横須賀提督の前に立つには非礼だが、当の横須賀提督が楽にしなさい、と言いつけた以上、()()()()意を汲みつつ礼を示す必要がある。

 

 「中佐、上辺の話は時間の無駄だ、本題に入らせてもらうよ。私も今日の演習を通して、君の艦娘育成手腕には驚かされた。それ故か、佐世保の大将には随分と見込まれているようだな」

 「いえ、そんな…」

 「私はね、あの佐世保の大将を排斥せねばならないと思っている。あの男は危険すぎる…戦うためだけに戦いを続け、優れた頭脳や政治力をその一点に注ぎ込む。あれは軍人でも政治家でもない、狂戦士(バーサーカー)だ。いや、本当に狂っているならまだマシだが…」

 

 注意深く司令官の反応を見ていた横須賀の提督が肩を竦めて話を続ける。

 

 「出世の都合上佐世保に異動したが、あの男は那覇に執着している。即席士官の君を自分の後任に据えたのも、特警経由で意のままに操ろうとしたからだ。上手くいかないと見るや作戦失敗の責を負わせ更迭しようと謀る。その間に君は艦娘の育成に優れた手腕を示し、海域解放も順調に進めた。となると今度は異例の抜擢で懐柔を図った…これは()()()()()()()()の一件で御破算になったようだが」

 

 思わず司令官は目を見張る。軍内で広まったという、佐世保の大将を貶めるための流言-出所はここだったのか…と、目の前の横須賀の大将を食い入るように見つめる。

 

 「中佐、一体那覇に何があるというのだ? 私も調べてみたが一向に判明しない。…私に協力しないか? 今後佐世保の大将から接触があった場合、あるいは君が那覇について知り得た情報を私に共有してほしい。共に軍のため力を尽くそうではないか」

 

 司令官は目の前の大将を観察する。明らかに自分を利用しようとし、それを隠そうともしない。軍のためと口にしているが、彼にとって目的ではなく結果としてそうなっていればいい、という程度なのだろう。司令官が返事をせずにいると、世間話でもするような気軽な口調で、司令官を追い詰め始めた。

 「私も那覇の建造システムには興味があるのだよ。なにせ建造したての時雨や大和がいきなり高練度だったりするようだからな。いや、横須賀も(あやか)りたいものだ」

 

 司令官の表情が強張る。艦隊本部を脱走した時雨、佐世保を追われた大和、この二人を匿いそれぞれ轟沈や解体を装って書類上処理、その上で建造の結果として二人を那覇の所属とした…目の前の大将はその経緯を掴んでいる、と遠回しに言っている。

 

 「監査本部を甘く見てもらっては困るよ、各拠点の不正を洗い出し綱紀粛清するのが役目だからね。だが君は見逃されてきた。何故か分かるか?」

 

 司令官を待たず、横須賀の大将は答合わせを始める。だがその答は司令官を納得させるものではなかった。

 

 「佐世保の大将が大和の件での命令違反を不問に附した理由は二つ。まずあの男は既に次の大和を建造済だ、もう一つは…中佐、君への貸しだろう。比べれば時雨の件は些末な問題だ…駆逐艦娘の一人や二人の得失は大勢に影響ない。いずれにせよ監査本部としては、命令違反として君を更迭する理由になる。…が、そうしなかった。反佐世保派としては、彼の意向に沿う必要がない。そして、那覇の謎を解くまで君には利用価値がある。たかが艦娘二人、費用対効果は十分だろう」

 

 たかが艦娘…この言葉を司令官が軍高官から面と向かって聞くのは二度目だ。一度目は観艦式の時、佐世保の大将との確執が対外的に広まったきっかけでもある。だが今回、搦手から身動きを取れなくする横須賀の大将に対し、司令官に選択肢はなかった。ならせめて―――。

 

 

 「…『たかが艦娘』、この言葉だけは訂正していただきたい。命を賭け戦い続ける彼女たちに、あまりにも失礼です」

 

 虚を突かれた表情になった横須賀の大将だが、すぐに冷笑を浮かべ司令官に近づくと肩をぽんぽんと叩く。

 

 「条件交渉でもするかと思ったが、欲の無い事だな。人は金で買える、犬は餌で飼える、艦娘は…上官()次第で変えられる。だが欲のない人間は変えられない。私はそういう種類の人間を身近に置きたくない性質でね。だが中佐、君とは適度な距離感で付き合っていこう。君が私に情報を齎すなら命令違反は私の胸に留め、さらに情報の質によっては例のオークションに出され行方不明になった艦娘の情報を教えてもいい。どうだ?」

 

 戦闘とは異なる、真綿で首を絞められるような敗北。バリバリと音がしそうなほど歯噛みし、司令官は悔しさを押し殺しながら無表情を装い、敬礼で応えるのが精一杯だった。

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