海と空との間で   作:坂下郁@リハビリ中

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24. 彼と彼女達の旅-1

 「………で、だ。これでバレないと思っていたやつ、手を上げるように」

 演習翌日、昨夜の横須賀の提督との会談は司令官の気持ちに影をさしているが、それでも休暇である。事前に申請し貸与を受けた大型SUVの運転席に座る司令官は、バックミラーに視線を送る。空席の後部座席のヘッドレスト越しにちらちら見える三列目のシートの人影、さらにその奥のカーゴルームで一生懸命隠れようとしている銀髪や茶髪などの頭。そもそも司令官は車に乗り込む時点で首を傾げた。誰も乗っていないはずの車が、まるで後部に重量物を載せたように後輪が沈み込んでいた。で、いざ運転席に乗り込むと、艦娘達が車内に隠れていた。

 

 「………ごめんなさい」

 三列目のシートとカーゴルームにひょこひょこ六つの頭が現れ、申し訳なさそうな顔を見せる。

 「結局全員乗ってる訳か。まぁ確かにこの車は七人乗りだけど…」

 「ならちょうどいいですねっ!」

 「だが俺は乗っていいとは言ってないぞ」

 榛名や瑞鶴は慌てて身を縮こまらせるが、感情表現が素直な時雨は、不満をはっきりと表に出して司令官に喰ってかかる。

 「司令官、ここまで来て僕たちに降りろっていうのかい? だとしたら、君には本当に失望するよ。司令官の恋人に…ちゃんと宣戦布告(ご挨拶)しないと、ね」

 サングラスを掛け目元ははっきりしないが、それでも口元に困惑をありありと浮かべながら、運転席から身を乗り出して後部座席を向いた司令官は、念を押すように六人に話しかける。

 

 「まったく…俺に内地に残してきた彼女がいるって話か…それはデマだ。今回休暇を取るのは、墓参りとお見舞いのためだ。言っただろう、プライベートな用事だって」

 

 墓参りとお見舞い。

 

 その言葉に六人が固まる。自分あるいは自分たちと司令官、という関係性でしか物事を捉えてなかった彼女たちは、司令官に司令官以外の世界があった事を意外なほど意識していなかった。そして今回、自分たちがうかうかと踏み込んでいい世界なのかどうか、と扶桑や瑞鶴は動揺し躊躇いを露に示していた。

 

 「…そうだったんですね、無遠慮に踏み込んでいけない領域だったかも知れません、ごめんな―――」

 

 ごん、と大きな音を立て、大和がカーゴルームにしゃがみこんで頭を押さえている。立ち上がり謝罪を口にしようとしたものの、自分の身長と車内高を考えなかったため、車のルーフに思いきり頭をぶつけてしまった。その間に時雨が思いの丈を精一杯口にする。

 

 「そういう事なら猶更だよ。僕の司令官は君だけだからね、どんな時でも一緒なのは当たり前じゃないか。ダメ、かな…」

 照れも何もなく時雨は真っすぐに司令官の目を覗き込む。司令官の目には、縋るよう目でこちらを見つめる扶桑と榛名、俯いたままの翔鶴を小さな声と手振りで何か言うように必死に促す瑞鶴の姿が映っていた。そして翔鶴がゆっくりと顔を上げる。

 

 「こんなに長く一緒にいても、知らない事がまだたくさんあるんですね。私は…私たちは、全て知りたいです、貴方のことを」

 

 ただただ自然な口調だが、そこに込められた意味を、司令官も含め全員が敏感に感じていた。

 

 -艦娘を、心を開き想いを重ねる相手として見てくれているのか、知りたい。

 

 軽い溜息を零すと、司令官は姿勢を直し前を向いて車のエンジンを始動させる。やや大きめの振動で大柄の車体がぶるりと揺れ、低く重いエンジン音が車内に伝わってくる。

 

 「…ちゃんと座って、シートベルトは必ずしろよ。…最初に言っておくけど、楽しい旅じゃないからな」

 

 

 

 「…それで司令官、まずはどこへ行くんだい?」

 「……病院。お袋のお見舞いに」

 助手席に座る時雨の問いに答える運転席の司令官。司令官の母親、と聞いて時雨を除く五人は慌てだした。しゃきっと背筋を伸ばし緊張した表情に変わった大和、手鏡を取り出し髪を整えだす榛名、ぶつぶつと挨拶の練習を始める扶桑、お母様好みの服ってどんなのかしらと荷物を探る翔鶴。バックミラーに映るそんな車内の様子に苦笑しつつ司令官が話を続ける。

 

 第二次東京大空襲の日、下町にある司令官の実家も被災し、母親だけが唯一助った。幸い一命は取り留めたものの、その精神は家族を失ったショックに耐えられず、心を閉ざしたまま今を生きている―――司令官の発言に車内が静まる。

 

 横須賀から三浦半島を北上、神奈川を抜け東京に向かった車は、やがて大きな総合病院の門をくぐる。受付を済ませ、病室へと向かう七人。司令官が個室のドアをノックし部屋に入ると、ベッドの上で上体を起こし、外を眺めていた老齢の女性がゆっくりとこちらを向く。こちらを見ているような見ていないような不思議な表情のまま、ぼんやりとしている。

 

 深海棲艦との戦争が残した傷跡を心に抱えたまま、生きる人がいる-六人の艦娘達は、自分たちの戦いの重さを改めて感じ、司令官の母に誠意と尊敬が伝わるよう、甲斐甲斐しく接し始めた。そのうち、扶桑は部屋に潤いがほしいと花屋へ、榛名と大和は飲み物を買いに売店へ、翔鶴と瑞鶴は洗濯籠を抱えランドリーへ、それぞれに向かい病室を後にした。結果、司令官の母の手をマッサージする時雨と司令官が残された。

 

 ぽんぽん、とベッド脇の丸椅子が叩かれた。司令官の母親が時雨を誘い、同じ動作を繰り返す。言われるままに移動した時雨が丸椅子に座ると、ゆっくりとした動作で、時雨の少し乱れた三つ編みをほどき、取り出したブラシで髪を丁寧に梳きはじめる。時雨はくすぐったそうな表情になりながらも、されるがままにしている。

 

 「………ねぇ、お母さん、って呼んでいいかな? 僕にはそういう存在はいないけど、そう呼びたくなったんだ」

 「…義母さんって呼んでくれるの? こんなバカ息子のお嫁さんに来てくれるなんて嬉しいわねぇ…」

 母親が初めて口を開き、発した言葉に、そっか、そっちの意味もあったんだね、と照れて真っ赤になる時雨。

 「司令官と僕と、お母さんで家族になるのかな」

 司令官と母を交互に見やりながら、時雨は言う。母親は穏やかな表情で、繰り返し時雨の頭をなで続けている。

 

 そっと部屋から出た司令官はドアに背中を預けると、天井を仰ぎ見ながら口元を覆い隠し必死に声を上げるのを耐えている。母親が口にした言葉は、自分が今は亡き婚約者を紹介した時の言葉そのままだった。母親の心は一番幸せだった時の思い出で止まっている。

 

 司令官がようやく気持ちを落ち着けると、やや離れた曲がり角で五人がこちらを見守っているのに気が付いた。

 「すいません、立ち聞きしてました」

 涙に濡れたままの顔を隠すことなく、司令官はいいんだ、と言いながらは眩しそうに目を細め微笑み、皆を誘って病院の中庭へと向かう。

 

 「お袋と時雨を、もう少しあのままにしておいてやりたいんだ」

 

 

 

 翌朝―――。

 

 遅めの朝食を済ませ、宿泊したホテルのロビーに時間通り集合した一行は、かつて鎮魂の社として全国的に有名だった神社へと向かう。神社という存在が深海棲艦の艦載機にどう映ったかは分からないが、空襲の際見事なまでに破壊されたが、現在では再建が進んでいる。深海棲艦との戦いは今も続き、慰霊碑の裏に刻まれる名はもちろん、新たな碑も増えている。かつて司令官が所属していた空軍の戦死者たちの慰霊碑もあり、そこに一行は向かっている。桜の名所でもあるこの場所には、多くの出店が並び、大勢の人でにぎわっている。雑然と行き交う人波で、お互いの位置を見失いそうになりながら、目的の場所へと向かう。

 

 クイッ。

 

 袖が不意に引かれる。思い振り返ると、小さな男の子が自分の服の裾を掴んだまま立っている。扶桑が子どもと目線を合わせるためしゃがむと、尋ねられる。

「…お母さん、どこ?」

 迷子だ。焦る扶桑は、男の子に名前や母親の特徴などを聞くが、なかなか要領を得ない。ハッとして周囲を見渡すと、司令官も他の五人もいない。

 「あのー…司令官? いらっしゃらないのかしら……司令官? 司令官!?」

 これでは自分も迷子だ。扶桑は子供を抱きかかえると、急いで警官を探し始める。

 

 「みんな、いるか?」

 混みあう通路をさけ、いったん脇にどけて集合する司令官たち。大和も翔鶴も榛名も時雨も瑞鶴もいる。………扶桑は? お互い顔を見合わせるが、みな首を横に振る。完全にはぐれた。司令官は集合する場所と時間を決め、全員で手分けして扶桑を探すことにした。一方の扶桑は、何とか警官を見つけ、男の子を引き渡し迷子であることを伝え、立ち去ろうとしたが、男の子は不安そうな顔で裾を掴んだまま離そうとしない。少しだけ逡巡し、扶桑は安心させるように微笑みかける。

 

 「お母さんが見つかるまで、お姉ちゃんと一緒にいようか?」

 男の子はそのまま扶桑の胸に甘えるように飛びついてくる。昔ながらの手遊びや唱歌しか知らない扶桑だが、かえって現代の子供には新鮮だったようで、飽きることなく扶桑と遊んでいる。その間携帯はなり続けていたが、子供との遊びに夢中になっていた扶桑は着信に気付かないままだった。しばらくすると警官の無線に連絡が入り、飛んでくるような勢いでやってきた母親に抱きしめられる男の子。何度も深々と礼を言われる扶桑は、親子に柔らかく微笑みかけ、別れを告げる。

 

 「バイバーイ、おっぱいのおねえちゃんっ!」

 時に素直すぎる子どもの発言に、気まずそうにする母親と思わず顔を赤くする扶桑だった。

 

 一人になり、あっと思った。携帯があったのよね…。慌てて取り出して見てみると着信とショートメールの山。あまりガジェットの操作が得意ではない扶桑は、覚束ない手つきでショートメールを一斉送信する。すぐさま司令官からボイスコールが掛かってきた。

 

 「はい…」

 司令官の声を聞くと、扶桑の気持ちは不思議なほど落ち着きを取り戻す。どうやら自分が一番目的の場所に近いらしく、続く寒桜の並木に沿って歩いていけばすぐらしい。目的地で集合、着いたらそこを動かないように、と言われ、扶桑はボイスコール相手に素直にこくりと頷いた。

 

 とりあえず元の目的地へ向かおうと歩き始めた扶桑は、桜並木に導かれるように大きな慰霊碑までやってきた。様々な種類の桜に囲まれた、空軍の戦死者のために建てられた大きな石碑。裏面にはびっしりと小さな字で戦死者の名前が彫られている。

 

 ふいに風が吹く。扶桑の長い髪が風に踊り視界が一瞬ふさがれる。目を開けると、風に舞う桜の花びらと、その先に立つ司令官が見えた。

 「おお、無事に着いたんだな。あんまり心配させるなよ…とにかくよかった」

 安堵の表情で近づいてきた司令官が自分に手を伸ばし、髪に付いている桜の花びらを取ろうとする。扶桑はその手に自分の手を添え頬に導き、そのまま司令官の胸に顔を埋めるように寄り添う。

 

 -私は…いつも自分の目指す所へたどり着けたことがありませんでした。でも……やっと…司令官にたどり着けました。例えあなたの目指す場所が…私ではないとしても、私は…。

 

 「お、おい」

 「………お願い、せめて今だけは…このままで…」

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