海と空との間で   作:坂下郁@リハビリ中

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Phase 07
26. ぎこちない問いかけ


 ―――空母寮。

 

 瑞鶴は非番の今日、少し遅めに起きた。すでに同室の姉・翔鶴は着替えを済ませ、床にぺたんと座り自分の世界に入っている。司令官の休暇に同行して以来、はっきり言って…変だ。ぼんやりしてるかと思えば、なんとも言えない色っぽい目で唇をなぞったかと思うと目を伏せたりの繰り返し。見てるのも飽きたので、とりあえず声をかけてみる。

 

 「…かく姉ぇ、翔鶴姉ってばっ!」

 「ひゃいっ!! なんでしょう、司令官っ!?」

 びっくりしたように急に姿勢を正し、きょとんとした顔でこちらを見る翔鶴姉。まったく…司令官さんのことしか頭にないのかな…。

 

 「…ここは私たちの部屋で、私は妹の瑞鶴。ダイジョウブデスカァ?」

 最後はからかうように片言っぽく言ってみる。手早く身支度と着替えを済ませ、二人で食堂へと向かう。

 

 二人分の席を確保してから列に並び、朝の定食を受け取る。翔鶴姉はじっとお盆の上の献立を眺めている。翔鶴姉、混んでるから先に進まないと、と声をかけると、我に返ったように、伸びた列に向かい軽く頭を下げて、席へと向かった。

 

 「いただきまーすっ…モグモグ……やっぱり鳳翔さんのご飯、おいしいね」

 声をかけても何かを確かめるようして食事を続ける翔鶴姉。…具合でも悪いのかな…。

 「…翔鶴さん、どうされました? 何かお気に召さなかったでしょうか?」

 厨房を預かる鳳翔さんが私たちの席までやってきた。翔鶴姉の様子が気になっていたみたい。翔鶴姉は、少し躊躇ったあと、鳳翔さんに少しいいですか? と同席をお願いした。

 「……私…簡単なお料理なら作れるのですが、鳳翔さんみたいにはとても作れなくて…せめて、司令官の好物くらいは美味しく作って差し上げたいのですが…その、自信が無くて…」

 …心配して損した。翔鶴姉らしいや。鳳翔さんも安心した顔をしている。自分の作った料理に何か問題があったのでは、と心配していたんだね。同時に、翔鶴姉に優しく微笑みかける。

 「司令官は鶏肉を使ったお料理がお好きなようですよ。あとは肉じゃがですが…こちらは祥鳳さんの味付けがお好みのようですね」

 翔鶴姉はもはや私の存在なんか関係なく、一生懸命鳳翔さんの言うことをメモしている。いつもそんなの持ち歩いていたっけ? 鳳翔さんは口に手を当ててくすくす笑いながら素敵な提案をしてくれた。

 

 「私としては、司令官がケッコンカッコカリのお相手に選ぶのは空母勢であってほしいですから、ご協力させていただこうかしら。そうですね…お料理は実際に手を動かすのが一番なのですが…。でしたら、こうしませんか? 翔鶴さんが非番の時で、昼か晩のお食事時間の後で厨房に来ていただけたら、私で良ければお教えしますよ?」

 翔鶴姉は、満開の笑顔で鳳翔さんにお礼をいい、さっそく予定を打ち合わせたりしている。…誰かを好きになるのって、こんなに人を変えるんだね。いつか私もあんな風に、誰かのために一生懸命になれるのかな…。

 

 「ありがとうございます、鳳翔さん。それでは、瑞鶴と二人でお邪魔しますね」

 

 …………え? 今なんと言いました、翔鶴姉?

 

 「だめよ、瑞鶴。あなたも女の子なんだから…。カレー以外のお料理も作れるようにならないと…。せっかくの機会だから、あなたも一緒に勉強しましょう、ね?」

 

 

 

 そんな食堂の一幕から数日が経ったある日、早朝から司令官と青葉は打ち合わせを行っていたが、二人の表情は揃って冴えない色が浮かんでいた。

 

 「二年がかりでも、ここまで特定するのがやっとだったのに、横須賀の大将はもっと詳細な情報を持っているだなんて…」

 

 青葉が悔しそうに言う。泊地の作戦運用を裏から支える重要な役割として、分析官がいる。暗号の解読を含め内外問わずどんな些細な情報でも収集し、内容やその関連を読み解く情報解析の専門家(スぺシャリスト)、それが青葉の役割。司令官の手元にあるファイルは、佐世保の大将がオークションで売却した艦娘達の行方を追跡したものだ。追跡はしたが、必ずどこかで消息が途切れてしまい追いかけきれなかった…生でも死でもなく、行方不明の記録だけが積み重なった記録。

 

 「青葉、こんな仕事に関わらせて、本当に申し訳ない。だが、君の力無しではここまでたどり着けなかった。ありがとう」

 司令官は深々と青葉に頭を下げる。この人が最初から那覇泊地の司令官だったら、どれだけ良かっただろう…青葉はその姿を見ながらつくづくと思ってしまう。一方で司令官も、例の海運会社の支援を受けながらよくここまで掴んだものだが、これ以上那覇泊地単独で深入りするのは無理がありそうだ、と思っていた。沈黙が二人の間を支配していたが、青葉が口を開きかけた時に―――。

 

 コンコン

 

 「こんにちは司令官さん。お昼ご飯持ってきたよーっ!…あ、青葉さんもこんにちはっ!」

 「食堂においでにならなかったので…お忙しいですか?」

 青葉が熱弁をふるおうとした所でドアがノックされ、翔鶴と瑞鶴が、料理の載ったお盆を持ってやってきた。翔鶴と司令官の仲を目の当たりにしたようで、青葉は一瞬だけ寂しそうな目をしたが、誰にも悟られずに表情を切り替えることに成功した。

 「おお〜、おいしそうですね〜。見てたら青葉もお腹が空いちゃったから、鳳翔さんの所に行ってきまーす」

 

 司令官のデスクには、和風チキンソテーと、ほうれん草のお浸し、糠漬け、みそ汁と白いご飯が並べられ、翔鶴と瑞鶴が期待と不安のまなざしで、箸を取る司令官を見つめている。

 「ん! おいしいな、これ。さすが鳳翔さん」

 「へっへー、だっまさっれたー♪ 実は翔鶴姉が作ったんだよっ」

 自分が作った料理であるかのように瑞鶴が誇らしげに薄い胸を張ると、司令官が驚きと称賛の声を翔鶴にかけ、翔鶴は頬を赤らめながら、味の濃さや肉の焼き加減を尋ねている。

 

 新婚夫婦のラブラブっぷりに当てられて逃げ帰るみたいですねー…執務室のドアを開け立ち去ろうとした青葉だが、三人の会話を背中越しに聞いていると、ふと意地悪をしたくなった。

 

 「そうそう、司令官。大和さんが第三突堤で待っているみたいですよ? お約束ですか? いいんですか、のんびりしていて」

 

 ぱたん、と後ろ手で閉めたドアに寄りかかる。ドア越しにはなぜか翔鶴ではなくて瑞鶴が騒ぐ声と、司令官があたふた言い訳している事が聞こえる。

 

 「イヤな子ですね、青葉は…」

 

 青葉はそのままの姿勢で、天井を見上げたままはぁっと息を漏らし、寂しげに笑うと首を二度三度振って、自分の部屋へと帰ってゆく。

 

 

 

 「あれは大和、か…? だが、随分早い帰投だな…最大戦速で戻ってきたっていうのか…?」

 

 大和以下戦艦部隊は長駆北方海域まで進軍し、無事作戦目標を達成したとの連絡があった。作戦終了後に整備補給のために立ち寄った大湊警備府司令官のたっての願いで、同地に滞在し対外演習の相手を務める事になり、そこで約束が生まれた。大湊の演習五戦で全勝したら、お願いを聞いてほしい、と言われていた。結果、弾みに弾んだ声で勝利を告げられたのだった。

 

 「司令官、全勝です全勝っ! 約束、覚えてらっしゃいますよね? それでは今から全速力で帰りますっ! ん? そっか、司令官はご存知ないんですね。大和の一六万馬力二七ノットは主機八割での能力です。大切なお話があるんですから、本気の最大戦速で帰投しますっ!」

 

 つまり普段は最高でも八割の力で流している、と言っているようなものである。それでいてあの破格の性能、やはりケタが違う。それにしても帰投が早すぎないか、と首を傾げていた司令官に、那覇港の第三突堤に一人で立つ大和は気が付いたようだ。

 

 艤装がなければどこからどう見ても大和撫子である。国名じゃなくて大和撫子(そっち)が命名の理由じゃないのか、と思わせるほど。緩やかな潮風に長いポニーテールをなびかせ、柔らかい微笑みを投げかけてくる姿には、思わず司令官もどきっとしてしまう。

 

 「お、おかえり。随分早く帰投したんだな」

 「は、はい」

 「ん? 他のみんなはどうした?」

 「は、はい…その…」

 

 あぁ…と得心が言ったような表情で、司令官は大和を揶揄うような口調で話しかける。

 「さっさと補給に行ってもらった、って所か。で、大切な話があるって言ってたよな。だから、か…」

 

 困惑したように表情をくるくる変えながら、胸の前で両手をきゅっと組んでいる大和の姿。司令官も怪訝な表情になる。普段は天真爛漫なまでに自分の感情を素直に出してくる大和だが、今日は明らかに様子が違う。よほど重要な話なのだろうか。ふむ…と顎に手を当て考え込んだ司令官は、そのまま突堤に腰掛け海に向かい足を投げ出し、ぽんぽんと自分の右隣の地面を軽く手で叩く。

 

 「…座ったらどうだい? 演習明け、それに全力帰投で疲れているだろ?」

 

 戸惑いを隠せずおずおずと、腰が引けた感じでちょっとずつ司令官に近寄った大和は、手を伸ばしても届かない程度に距離を空け、司令官と同じように突堤に腰掛けた。

 

 

 

 とは言ったものの―――。

 

 話があると言ったのは大和の方で、彼女の方から話を切り出してくれなければ進まない。辛抱強く待っていた司令官だが、流石に痺れを切らし話題を振ろうとしたところで、大和が意を決したように口を開き始めた。

 

 「あのっ!」

 

 その声にいつもとは違う、思い詰めた様子を感じ取った司令官は眉を顰める。

 

 「司令官は…那覇泊地の事をどうお考えでしょうか?」

 言うまでもなく自分の任地である。二年以上も濃密な時間を過ごしているうちに、第二の故郷のような感覚を覚えているのも確かだ。大変なことも多かったが、この泊地に着任できてよかったと思ってる、そう答えた司令官に、んーと少し困ったような表情を大和は見せる。

 

 「そう…なんですね。では、出世とか、もっと大きな拠点で指揮をとってみたいとか、そういう事はお考えにはならないのでしょうか?」

 司令官は思わず眉を顰めてしまう。まじまじと大和を眺めていたが、違和感を覚えずにはいられなかった。

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