-出世とか、もっと大きな拠点で指揮をとってみたいとか、そういう事はお考えにはならないのでしょうか?
「どこであっても自分のやることをやるだけだよ」
拍子抜けした、と言ってもいい。大切な話、と言われれば確かにそうかも知れないが、全く想像していなかった方向からの質問を受けた司令官は、大和の意図を図りかねていた。
「で、ですがっ! 艦娘の育成に関して司令官の力量は並みならぬものがある、と。その力を存分に発揮してみたい…とか、思わないのでしょうか?」
「俺が育成した? よせよ、みんな元々力はあるんだ。適切な機会さえあれば、遅かれ早かれみんな自分の力で強くなっていったよ。せいぜい…そうだね、もし俺が何かしたというなら、補給を万全にして、きっかけとか気付きを与えた、ってことくらいじゃないのかな」
身を乗り出すようにして食い下がってくる大和。離れていた二人の距離が少し縮まる。そんな必死なまでの表情に、司令官の違和感が強くなる。
「男の方として生まれて、その力の先にある物を見てみたいとは思わないのでしょうか?」
「艦娘として甦った君は、その力の先にある物の果てを…かつての戦争で見たんじゃないのか?」
今度は一転、丁寧だが挑発するような口調でずいっと近づいた大和は、司令官から間髪入れずに皮肉めいた口調で返され、ぐっと顔を歪める。離れていた二人の距離がさらに縮まるが、司令官の違和感がますます強くなる。
-俺は、一体誰と話をしている?
言うまでもなく目の前にいるのは大和である。嬉しければ笑い、悲しければ泣き、時には照れて赤くなったり…そんなくるくると表情豊かに感情を現す普段の大和とはまるで違う。誰かの言葉を自分の言葉として喋っているだけで、自分の意志を感じさせないような姿。そしてあの物の言い方、どこかで聞き覚えがある…だがどこだっただろうか―――?
そんな司令官の様子に気付いたのだろう、そして話の進め方をしくじったことも悟ったのだろう、大和は見ているのが気の毒なくらいに動揺している。そして距離が近づいた分、司令官は大和の違和感の正体に気が付いた。小さな、たった一つのそれに。
-………まさか、な。だが、試してみるか…。
「もう俺は、
「きんぐ、ふぃっしゃぁ…? そ、そうですね。でも今は海軍の方がいいんですよね、それはよかったです。司令官、それならなおのこと、より大きな舞台で経験を積みましょう。例えば…そう、佐世保とかどうでしょうか? 大将の軍門に下るなら、悪いようにはされないと思います」
ぽんと胸の前で手を叩き、無邪気な笑顔で笑う大和を見て司令官は確信した。ここにいるのは、自分の知る大和ではない、と。自分が所属した第三小隊の愛称は
『……すでに大将は新たな大和の建造に成功しています』
目の前にいるのは、佐世保の、
なるほど、ね…と司令官は肩を竦める。離島防衛の弱点をまさか身内の海軍から突かれるとは思ってもみなかった。かつての軍艦サイズならともかく、人間サイズの艦娘が単独または少数の部隊で夜陰に乗じて進入されると防ぎようがないのは明らかだ。港湾部や重要拠点は防備を固めているが、沖縄本島の全周に渡る海岸線の全てを二四時間監視できるはずもなく、しかも上陸後に艤装を展開せず私服に変装でもすれば、艦娘はただの可愛らしい女の子だ。誰も警戒しない中で、突然艤装を展開し攻撃に転じた艦娘を止められる訳がない。
-非対称戦…テロリストとして用いるのなら、これほど強力な存在はいないな…。
目的は分からないが、佐世保から送り込まれた艦娘が何かを企んでいる…それは確かだろう。だが分からないのは、どうして佐世保の大将がここまで那覇に固執するのか。ここに何かがあるのか、あるいはここで何かをしようとしているのか。それよりも何よりも、目の前の大和に事を起こさせるわけにはいかない。
「大和、教えてくれ。
佐世保の大将が那覇に送り込んだ艦娘は何人だ、の意味だが、大和はすぐにその意図を理解すると同時に、完全に自分が誰かバレてしまったことを悟った。立ち上がると、うーんと背筋を伸ばしてにこっと微笑む。瞬間、司令官の背中に冷や汗がどっと流れる。暮れ始めた日の光を反射して鈍く輝く、鋼鉄の暴風を象徴する力の結晶-大和の身体を左右から守るように広がる艦首を二分割した様な装甲、腰の左右と背中から伸びる太いフレキシブルアーム上の台座に据えられた、巨大な三基九門の四五口径四六センチ砲が司令官を睥睨する。
「三人です。大和の護衛の二人が、今はあの沖合の島に隠れています。那覇泊地の破壊が目的ならもう少し数がいた方が万全でしょうが、大将の作戦目標は、司令官の懐柔、叶わなくば殺害なので、私に…大和に勅命が下りましたが、一人でも十分でしょう。大人しく説得されて欲しかったんですけど…。ここで砲撃などすれば、すぐに那覇の艦娘達が駆けつけますし。一対一なら誰が相手でも遅れは取りませんが、さすがに一人で泊地全体の艦娘を相手取るのは、ちょっと…面倒です」
思わず乾いた笑いが出て、司令官は顔を引きつらせてしまった。あまりにもステージが違い過ぎる圧倒的な力の差を前に、逃げる気さえ起きず、自分の死を既定事項として淡々と受け入れるしかやる事がない。それが妙に可笑しかった。だが大和は別な意味に受け取った様だ。かぁっと頬を紅潮させ、司令官にずいっと迫る。
「な、なにがおかしいのですか? まさか…勝てるとでも思ってるのですか?」
「勝つとか負けるとかじゃない。
かつて那覇の大和にも問いかけたのと同じ言葉。その時、答えは得られなかった。それでも、その答えを司令官と一緒に探したいと彼女は言った。外見だけを比べれば、二人の大和の間に全く差はない。顔の作りやパーツの配置、背の高さ、手足の長さ、胸の大きさや腰の細さ、髪の毛の長さまでも寸分狂わずまったくの同一。それは建造という謎システムに基づく製造ラインで現界する艦娘の一つの特徴を如実に示している。そうやって現界し、いわば同一モデルが複数存在する艦娘だが、在りし日の記憶をベースに環境に応じて独自の個性を備えた別の艦娘として、それぞれの生を生きてゆく。なら、佐世保の大和は何を求めるのか?
「それは…」
佐世保の大和も、やはり答えに詰まる。考えたこともなかった。繰り返し聞かされる、自分の前に存在していたという、優美さと強さを兼ね備えた大和。佐世保の武名と悪名の両方を体現する、最強にして最凶の武蔵。なら自分は何を求められているのだろう? ただ佐世保の大将の命ずるままに撃ち、壊し、屠る。自分が四六センチ砲を操っているのか、四六センチ砲が自分を従えているのか、気持ちの境界線があいまいになっていた。
「もし君が答えられないなら」
「答えられない、なら…?」
大和がゴクリと喉を鳴らす。おかしい、追い詰めているのは自分のはずだ。なのにたった二言三言の言葉のやり取りで、自分が追い詰められているような錯覚に陥った。ふと司令官が場の空気を変えるように、眩しそうに目を細めて笑う。その笑顔に、佐世保の大和も思わず引き込まれてしまう。
「自分でよく考えるんだな。君は大将の人形でもなければ、戦うだけの兵器でもない。まぁ…だからといって艦娘が何か、までは俺には答えられないけど…。君には自分で感じる心があるんだ。それは、他の誰でもない君だけのものだ」
今自分のもとにいる大和が、あのまま佐世保の大将のもとに居たなら、おそらくはこうなっていたのだろう…と、司令官はまじまじと目の前にいる佐世保の大和を眺めてしまう。きょとんとした表情で、『こころ…』と一言だけ呟いた大和は、嬉しそうに目を閉じると胸のあたりを手で押さえている。
-きっと、
だが、次に目を開けた時の微笑みは、喜びではなく寂しそうなものに変わってた。大和は艤装を格納すると、つつっと司令官に近づき、上目遣いの潤んだ瞳で問いかけ始めた。
「あなたは…少し前に海軍内で飛び交っていた噂を、ご存知ですか?」
内容と真偽を問わなければ、噂話の類はそれこそ売るほどある。大和がどの話を指しているのか定かではない。
「あなたと
知っているも何も、話の当事者である。ただそれは、佐世保の大将を貶めるために横須賀の大将が広めた流言。もう一人の当事者は大和だが、この大和ではない。ややこしいな、と思わず苦笑した司令官に対し、大和はどこまでも真剣な表情で、目を逸らさずに全門斉射を敢行する。
「その噂………真実にしてみませんか?」
はい?
「大和には自分で感じる心がある…そう言ってくれましたよね? だから、大和はその通りにしてみたくなりました。あなたは大和の説得に応じてくれませんでした。けれど、私はもうあなたのことを撃ちたくない。だから、大将の命令を遂行できないんです。大和のことを変えた責任……取ってくれますか?」