海と空との間で   作:坂下郁@リハビリ中

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Phase 8には、MISARA様の『Re:-瑞の約束- 』のメインキャラが登場します。MISARA様、ありがとうございます


【登場人物の補足】

鞍馬大佐
色々秘密の多い呉鎮守府の司令官。『Re:-瑞の約束- 』では海軍改革のために動く。

瑞鶴
鞍馬大佐のパートナー。


Phase 08
29. ターニングポイント


 那覇泊地の()()と佐世保鎮守府大将の対立が明るみに出たのは、大将が主催した観艦式での出来事まで遡る。あろうことか双方の艦娘が艤装を展開して対峙、一触即発の事態にまで至ったのだ。騒動の責任を取らされる形で降格の憂き目にあった那覇の司令官が、意趣返しとばかりに佐世保の大将の秘蔵っ子・超弩級戦艦大和と駆け落ちした一件(事実は異なるのだが)は、ある一派には眉を顰める不祥事として、またある一派には留飲を下げる痛快な出来事として、今も軍内での語り草となっている。

 

 元々政治的に敵が多いのが佐世保の大将で、こうなると反佐世保派の人身御供(旗印)として那覇の司令官を利用しようとする勢力が黙っていない。公式非公式の別を問わず、那覇の司令官には接触が続いている。中でも横須賀鎮守府は反佐世保派の急先鋒で、大和や時雨の那覇着任の経緯-背景は違うが、両者とも書類手続きを誤魔化して()()を装った-を掴み、佐世保の大将が那覇泊地に拘る理由を司令官に探らせてようとしているほどだ。

 

 そしてまた一人、司令官への接触を試みる---。

 

 

 「…海がすっごい青いよっ!! ほら、見て見て!」

 「…お前はいつも海の上だろうが、見飽きないのか」

 「そうじゃなくって!! なんかこう…私を見て言う事ない訳!?」

 

 周囲を海に囲まれ天然の美しいビーチが至る所にある沖縄といえども、このご時世にキャッキャウフフとはしゃぎ合って砂浜で水を掛け合うようなカップルの姿を探すのはなかなか難しい。だが何事も例外はある。基地航空隊が展開する那覇空港のすぐ南にある瀬長ビーチは、現在一組の男女の貸し切り状態となっている。

 

 ビーチボールを小脇に抱え黒ビキニを着こんだ女は、翔鶴型航空母艦二番艦の瑞鶴。トレードマークのツインテールを潮風に揺らしながら、デッキチェアに寝そべる同行者にむくれて見せている。どこまでも抜ける高い空、エメラルドグリーンの輝く海、そして美脚全開の美しい恋人…これだけ揃っているのに、男は手元の書類に目を奪われている。

 

 男は、鞍馬大佐という。

 

 年功序列の傾向が強い海軍にあっても赫々たる実績は、若くして彼を四大鎮守府の一角を担う呉の司令長官へと押し上げ、那覇の司令官とはまた違う意味で良くも悪くも目立っている。そんな彼がある日司令官に申し入れたのは、『プライベートで那覇に行く、ハネムーンだ。ついては那覇でおススメのデートコースを紹介してほしい』というもの。

 

 勿論、()()として。

 

 まさかこの戦時下に一軍を率いる将が、秘書艦とイチャイチャ旅行に気軽に出かけるはずがない。つまりいかにもあり得ない理由で那覇に行くというのだ、当然相手も何かあると察するはず。その上で申し入れを受け入れるなら---。

 

 「しっかし本当にビーチ貸し切りにするとはね。この後は…ウェルカムランチって話だが…うわっぷ! 瑞鶴、テメコノッ!」

 

 ばっしゃーんと盛大に海水を浴びせられては、さすがに書類を読み続けられない。デッキチェアから起き上がった鞍馬大佐は、そこでようやく頬を膨らませ不機嫌顔の瑞鶴の姿に気が付いた。目に入るのは、瑞鶴の細い首、綺麗なデコルテ、ささやかな胸、細い腰、すらりと伸びた長い脚…。

 

 「見てって確かに言ったけど……目がやらしすぎるっ! 全機爆装、目標、目の前の鞍馬大佐っ!」

 

 人間離れした運動能力、あるいは手加減か、ともかく瑞鶴の放った彗星一二型甲の急降下爆撃を華麗に躱す鞍馬大佐だが、脳裏は依然として別な事を考え続けていた。

 

 『変に策を弄さずに、正面から話せば何とかなるか―――』

 

 海軍という巨大組織は決して一枚岩ではなく、様々な思惑・目的で様々な派閥が合従連衡を繰り返している。この鞍馬大佐もまた、深海棲艦との戦いを通して知った現実、あるいは否応なしに知らされた事実に真正面から向き合い、軍の改革を目指す海軍若手グループの重要人物の一人。彼と彼のグループが極秘裏に進める『理想郷』計画実現のため、信頼できて、かつ有能な仲間を必要としている。鞍馬大佐は目星をつけた候補の一人・那覇の司令官の勧誘に自ら動き出していた。

 

 

 

 那覇泊地からやや離れた小さな集落、といっても深海棲艦との戦争の勃発により住民は強制疎開させられたため無人で、その一角にある古びたビストロ(正確には元、だが)に、司令官は鞍馬大佐を招待していた。もちろん妖精さんの手による魔改造で内外装ともリニューアル済み。

 

 「いかがですか? 沖縄は新鮮な魚介類の宝庫です。素材の良さと技巧の両方をお楽しみいただくのに今日はフレンチを選びました」

 

 器用な手つきでナイフとフォークを動かし、伊勢海老のテルミドールを味わっているのは那覇泊地の司令官。同行者として陪席している榛名は、「すみません、お箸をいただけますか」と厨房に向かって訴えている。テルミドールとは、オマールや伊勢など大型の海老の身を半割にし、クリーム系のソースをかけ、チーズなどをふって焼き上げたもので、披露宴などのパーティによく登場する古典的なレシピ。

 

 長いテーブルの向こう側では、鞍馬大佐が司令官に返事もせず伊勢エビと格闘しもりもりと食べている。その隣、瑞鶴はナイフ&フォークでの食事に慣れていないようで悪戦苦闘しているが、切り分けた身を口に入れた瞬間、ん~っ!!と言葉にならない喜びを満面に浮かべている。そんな鞍馬大佐と瑞鶴(ゲスト二人)の様子を眺めながら、結果的に無視された司令官は苦笑で肩を揺らしている。

 

 「お料理に夢中になっていただけるのは嬉しい事です。お待たせしました榛名さん、はい、こちらを。お客様はいかがしますか?」

 

 厨房から姿を現し、くすくす笑いながら榛名に箸を渡したのは鳳翔で、今日の料理を一手に引き受けている。和食のイメージが強い彼女だが、実は和洋中いずれも造詣が深くフランス料理であっても並みならぬ技量は遺憾なく発揮される。ちなみにテルミドールは、ハネムーンということでしたら、と鳳翔が選んだ一品となる。

 

 「いや、大丈夫です。てかホントうま…美味しいです。こんなの初めて食べました」

 「ほんと凄いっ! もっとこういういいお店に連れてって欲しいなぁ~」

 

 気心の知れた仲の鞍馬大佐と瑞鶴の交わす軽口を、司令官は柔らかな笑みで見守っていたが、その目は相手に気取られない程度に笑っていない。本来なら那覇泊地に案内してもよいのだが、四周を海に囲まれた沖縄本島において外来者はとにかく目立つ。憶測を広めない意味でも、鞍馬大佐の目的がはっきりするまで泊地には通さない、と司令官は決めていた。

 

 

 

 贅を尽くしたコース料理を終え、締めくくりのコーヒーがテーブルに並んだところで、司令官が切り出した。

 

 「なぜか最近は面会の依頼が増え、対処に苦慮しています。こちらも事情があるので、全てお断りしていたのです。会えば()()を求められますので…」

 年齢は司令官の方が上だが、階級は鞍馬大佐の方が上のため、司令官は丁寧な物言いに終始している。どうせ反佐世保派に味方しろ、という話だろうが、自分の政治利用は諦めろ、と鞍馬大佐に遠まわしに釘を刺した。なにせ行方不明の艦娘を人質にとられているようなものだ。

 

 出だしから牽制された格好の鞍馬大佐が一瞬鼻白むが、だからといって引き下がれない。目の前にいるこの少佐を引き込めるかどうか、重要な問題だ。ただ、司令官の言う『事情があるから断る』とは、事情が許せば断らない、とも受け取れる-脈がない訳じゃなさそうだな、と大佐は遠回しに本題に入ろうとする。

 

 「…なら、どうして、お…私の会談依頼は了承してくれたんだ…ですか?」

 慣れない丁寧語で噛む鞍馬大佐に、司令官は苦笑いしながら応える。

 

 「それは…『おすすめデートコース in 那覇』をお知りになりたいんですよね? そういう申し出は今までなかったので興味が湧きまして」

 

 -いきなり政治的な題目で誘っても引かれるだろ。だが、それだけのためにわざわざこないだろ!

 

 司令官のようなのらりくらりとした対応を苦手とする鞍馬大佐は、だんだんイラつきはじめ、本題に切り込み始める。

 

 「少佐も元は戦闘機乗りなんだろ? 一瞬の判断に命を賭けて戦うんじゃないのか? 回りくどい話はやめようぜ」

 鞍馬大佐は普段通りのややラフな口調に戻り、腹を割ろうと誘うが、司令官は乗ってこない。

 

 「…鞍馬大佐、お言葉を借りるなら、私は…艦攻乗りでしょうね。必中射点に目標を捉えるまで、耐えてでも隠れてでも、機会を窺います」

 

 明らかにいらいらした表情で乱暴に頭をかきながら、ついに鞍馬大佐は先に本音を言わされた。

 

 「少佐、率直に言う、俺達の『理想郷』計画に参加してくれ。海軍は生まれ変わらなきゃならない、少佐もそう思うだろ?」

 

 熱弁をふるう鞍馬大佐に、うんうんと力強く同意する瑞鶴。司令官は疑わしそうにそんな二人の情熱を冷めた目で眺め、榛名と鳳翔は目を白黒させて対照的な二人の指揮官を交互に見るしかできずにいた。

 

 沈黙を守る司令官だが、泊地の情報官を務める青葉が入手した、いくつかの断片的な情報が一気につながったのを理解した。自分が思っていたのより、大掛かりな事態が急速に進行しているのか…? そんな司令官の懸念を余所に、鞍馬大佐は、少なくない数の海軍の若手が参加すること、軍が秘密裏に行っている数々の非道な生体実験など、青葉の情報網でも知り得なかった情報を次々と披露する。司令官も、そこまで海軍が腐っていたのか…と驚きを通り越し言葉も出なくなってしまった。

 

 「………どうだ?」

 

 鞍馬大佐は席を立つと、司令官の元まで歩みを進め手を差しだす。承諾の返事として握手を、ということなのだろう。

 

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