海と空との間で   作:坂下郁@リハビリ中

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【登場人物の補足】

間宮大尉
『Re:-瑞の約束- 』呉鎮守府の司令官・鞍馬大佐の盟友。F14Dトムキャットを駆る凄腕パイロット。


31. 遠い空

 轟音を響かせ、一機の戦闘機が着陸態勢に入る。メインギアの接地からブレーキ、ノーズギアの接地まで、流れるようなスムーズさで着陸する、胴体下に八四〇kgにもなる戦術航空偵察ポッドを抱えたF14Dトムキャット。開発国のアメリカでも退役し最早目にすることの少ない機体だ。

 

 司令官は翔鶴を伴い、このF14のパイロットと会うため、那覇空港を訪れている。

 

 -バタンッ

 

 案内されたガンルームで目的の人物の登場を待っていると、乱暴にドアが開き早足に一人の男性が入室してきた。

 

 「待たせたか? そんじゃぁさっさと話を済ませようぜ。時間がねぇんだよ、とにかく」

 

 挨拶も自己紹介もないぞんざいな態度に翔鶴が眉をひそめる。この男、間宮 翔(まみや かける)大尉は、呉鎮守府の鞍馬大佐の片腕的存在。そんな彼は今回、鞍馬大佐の特命を帯びて沖縄を訪れた。依然として自分たちの計画に明確な返答をしない司令官の動向を探るのが目的となる。

 

 「で、どれだけの艦娘を回せるんだ? 」

 いきなりの切り口上に、翔鶴は露骨に嫌な顔を見せる。それ以前に那覇泊地が鞍馬大佐の計画に参加することを前提とした物の言い方が気に入らない。翔鶴を目で制した司令官は、改めて間宮大尉に回答する。

 

 「那覇泊地は、以前鞍馬大佐から提供された情報に基づき、上ノ根島に設置されたH2機関の接収、必要があれば戦闘を行うべく準備を進めています。翔鶴、大和、榛名、扶桑、時雨、神通からなる精鋭を特務部隊として編制、他の艦娘は那覇の防衛のため留め置きます」

 

 司令官に那覇の精鋭の一人、しかも筆頭に名前を上げられ思わず笑みが漏れる翔鶴。それを見ながら、間宮大尉は両目を閉じるように伏せながら言う。

 

 「なるほどね…俺たちの計画よりも上ノ根島、ね…。びびって腰が引けたか?」

 

 含みがあるように言いながら、間宮大尉は密かに心を痛めていた。上ノ根島に関する情報を調べ上げたのは他でもない彼であり、あの地で起きたことは掴んでいる。それでも現象よりも原因-目の前で起きている問題よりも、問題を生み出した根本を正す…それが『理想郷』計画で、ここからの戦いはさらに過酷になり、かつ負けられない…その思いが口調に棘を帯びさせる。

 

 だが、びびったとまで言われては黙っていられず、翔鶴が思わず気色ばみ立ち上がる。

 

 「なっ…!! あまりにも失礼ですね、間宮大尉。私たちがどのような思いでこれまで戦って-」

 「知ってるさっ! だからこそ、だ。おい司令官よ、本当に腹ぁ括ってるんだろうな?」

 

 翔鶴の言葉を遮り、大きな声で被せる間宮大尉。艦娘達に献身と犠牲を強いることでしか得られない艦娘達の未来。その重い責任を負う覚悟がない相手なら、これ以上話すのは時間の無駄、とさらに言い募る。

 

 翔鶴が肩を震わせながらうつむいている。徐々に肩の震えが大きくなり、怒りを堪えているようだ。キッと顔をあげた翔鶴の瞳は涙をため、頬はすでに流れ落ちた涙で濡れている。

 

 「…どうして、大尉は司令官のことをそんな風に…何も…何もご存じないのに…… 」

 

 両手で顔を覆いしゃくりあげるように泣く翔鶴の肩を抱きながら、じとーっとした目で間宮大尉を見据える司令官。

 

 「………泣かせた」

 

 あれ? 俺完全に悪者じゃね? だらだら冷や汗をかき始める間宮大尉。この男、口は悪いが女の涙には弱いようだ。

 

 「…………悪かったよ、言い過ぎた」

 

 間宮大尉は気まずそうに頭をがりがり掻きながら、翔鶴に詫びる。視線の先では、翔鶴の頭をなでる提督と、まだ目に涙をためながら彼を見上げる翔鶴。

 

 そんな二人を見ながら、心が通い合ってる者同士を見るのはいいものだな、間宮大尉はそう感じていた。旦那は嫁艦に全幅の信頼を置いて選抜艦隊の筆頭にあげ、嫁艦は自分のことじゃなく、旦那が悪く言われた事で泣くんだもんな…目の前の光景は、人と艦娘の濃やな絆を、鞍馬大佐と瑞鶴とはまた違った形で間宮大尉に告げ、彼の舌鋒と表情を和らげる効果をもたらしたようだ。

 

 「まぁ…司令官、あれだ、その。とにかく、よろしく頼んだぞ。那覇泊地がH2機関の件を優先するなら、細かい事は鞍馬大佐と詰めてくれよ。けれど予定くらいは立ててるんだろう?」

 「配備を要請している機材がいまだに到着しないので…それさえ揃えば、という所ですが…はっきりできず申し訳ない」

 

 今回の特務では前線指揮を執るため移動用の通常艦艇の配備を要請しているが、一向に目処が立たない…と、司令官は困った表情で間宮大尉に状況を説明する。()もグタグタだからなぁ…と同情気味の間宮大尉は「その件はまかせとけ」と軽い感じで呟くと、ヘルメットを取り上げながらガンルームを出て行こうとする。

 

 「見送りますよ、F14も見たいですし」

 一線を退いたとはいえ元パイロットの血が騒ぐのか、司令官は間宮大尉と並んでハンガーまで歩いてゆく。

 

 おそらくは飛行機の機動を模しているだろう、身振り手振りを交え、熱く語り合い盛り上がりながら歩く司令官と間宮大尉。当初ぎくしゃくしていた二人の男も、『空』という命がけの共通項で打ち解けたようだ。二人から少し遅れて歩く翔鶴は、子供のような二人を眺めながら、微笑ましい気持ちになる。

 

 「今日はこれで帰るが、やろうぜ、模擬戦(これ)。しばらくデスクワークだから体が鈍ってるだろ? 俺が鍛え直してやるよ」

 照れかくしも含め、間宮大尉は再び手をひらひらと動かしながら誘うが、その言葉に司令官は寂しげに誤魔化しながら答えるしかなかった。

 

 「乗機がありませんよ」

 「…そういうなよ。ところでお二人さん、結婚式は呼んでくれよ、F14(こいつ)と一緒にどこからでも駆けつけるぜ」

 音が出そうなくらい勢いよくVサインをビシッと決める間宮大尉と、それをポカンとした顔でお互いの顔を見る司令官と翔鶴。

 

 「だって、お前らアレだろ、ケッコンカッコカリなんだろ?」

 どう見てもそうとしか見えなかったのだが…そんな二人の様子を不審げに眺める間宮大尉。ちなみに『理想郷』計画には、法改正の上で人間と艦娘のケッコンカッコガチを認めることも含まれていたりする。

 

 だがよく見れば、二人とも指輪をしていない。顔を真っ赤っかにしながら両手を頬に当ててチラチラと司令官に視線を送り続ける翔鶴と、だらだら冷や汗をかき無言を貫く司令官。

 

 「女を待たせるもんじゃねーぞ?」

 

 じとーっとした目で司令官を見据える間宮大尉は、ふっと相好を崩し、別れの言葉を司令官と翔鶴にかける。そろそろ発進の時間だ。

 

 「また近いうちにな」

 

 

 

 『また近いうちにな』、そう言い残し間宮大尉は沖縄を後にした。だが---。

 

 

 「近いうちすぎませんかね、これは」

 「そう言うなよ。今日はお土産つきなんだ」

 

 その翌々日、再び那覇空港に呼び出された司令官は、意気揚々と姿を見せた間宮大尉に苦笑交じりで皮肉をぶつけてみた。が、当人にはまったく堪えてない模様。しかも土産付き-格納庫(ハンガー)には間宮中佐の乗機F-14D トムキャットに加え、かつての司令官の乗機・洋上迷彩塗装のF-2 支援戦闘機が翼を休めている。二機が翼を連ねて上空に姿を見せた時の司令官の複雑な心境は、()()()者にしか分からない…。

 

 「約束通り、やろうぜ模擬戦(これ)()空軍第八航空作戦団第三小隊隊長…悪ぃが徹底的に調べさせてもらったぜ」

 むふーっと鼻息の荒い間宮大尉に対し、さすがに司令官の顔が歪む。

 

 「…言いたくなかったのですが、俺の目はダメなんですよ」

 「報告書には治療済みってあるぜ? 飛ばない言い訳は聞きたくないね。一緒に飛べば、お前がどういう男か全て教えてくれる。それとも、怖いのか?」

 同行したF2のパイロットがおろおろする眼前で、間宮中佐が司令官に詰め寄り、二人はにらみ合う。

 

 「だいたい、何でそんなに俺にこだわるんだ?」

 「んなことも分からねぇのか!! 俺が一緒に飛びたいからだっ!! それ以上何の理由がいる!?」

 

 呆れた単純さだ、と司令官は唖然とする。単純な分、熱い。だからこそ司令官も正面から答える―――。

 

 「治療済みってのは、視力ゼロじゃない(それ以上できる事がない)、って意味だ。最近また悪化してさ…こんな至近距離じゃなきゃ、俺の左目は焦点が合わないし視力だってひどいもんだ。遠近感のないパイロットに何ができるっ!? いい加減分かれよ、飛ばないんじゃない、()()()()()()()()!!」

 

 心底悲しそうに、間宮中佐は項垂れながら頭を何度も振っているが、辛うじて言葉を絞り出した。

 

 「…ほんとにダメなんだな………。だから海なのか…」

 「きっかけは妖精さんが見える、それだけで予備役招集されたんだ。それにこれじゃぁ、前線指揮官としても遠くないうちに退く事になるかも知れない。だから俺には君らの言う()()()()()()()()、そういうことさ。それまでの間、那覇(ここ)は必ず守る。今は第二の故郷で、艦娘のみんなは掛け替えのない家族だから。誰ひとりこんな戦争で失いたくない、そのためにできることをする」

 

 パイロット、司令官、そしてその先の覚悟…それを聞いた間宮中佐は、みるみる顔を歪め、その眼にはうっすら涙を浮かべている。

 

 「分かったよ…鞍馬には俺からよく言っておく…。けどよ…いつか必ず目を治して俺と翔べ、いいな? それまでそこのF2、お前に預けとくぞ」

 

 轟音を響かせながらテイクオフするF14Dを、今ではすっかり身になじんだ海軍式の脇を閉めた敬礼で、司令官はいつまでも見送っていた。

 

 -期待には応えられないかもしれない、けど…ありがとう。

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