海と空との間で   作:坂下郁@リハビリ中

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Phase 09
32. Hell Hound


 日が経つにつれ集積された上ノ根島の情報。執務室では司令官と特務艦隊に選抜された六名により情報の分析が行われている。

 

 彩雲を駆る妖精さんが捉えた航空写真には、様々なものが写っている。各種施設、倉庫や宿舎、それらを取り囲む高い塀、正門前に立つ銃を持った警備兵。だがそれらよりも、目を引くのは施設の中心部に設置されている複数の電探と各所に設置された、長いドラム缶を六個束ねたような形状の装置、円筒状の物体から突き出た砲身を持つ装置など--。

 

 「……何が民間施設だ…。明らかに海軍の通常戦力部隊の装備じゃないか……」

 

 司令官はいったん言葉を切る。地対艦誘導ミサイルにCIWS…どれも見覚えがあるが、深海棲艦に通用しないのは明らかだ。厳密に言えば、命中すれば効果はある。だが、レーダーやソナー、センサーで捕捉できない相手に命中させようがない。それはこれまで人類が深海棲艦に重ねてきた敗北の歴史で明らかだ。なのに、これらの武装を備えているということは---?

 

 顎に手を当て考え込んでいた司令官の懸念は、ある日最悪に近い形で現実のものとなった。

 

 より詳細な情報を求め一二機もの彩雲を投入して行われた偵察は、一一機が信号途絶、墜落寸前の状態で辛うじて一機だけが帰投する惨憺たる結果。さすがにこれには、翔鶴はもちろん司令官も顔面蒼白になった。命からがら帰ってきた妖精さんの話によれば、上ノ根島五km圏を超えた所で、突如として島側から高速のロケット砲のようなもので正確無比な攻撃を受けたとのこと。

 

 「いったい…何が起きたのでしょうか…?」

 翔鶴が不安そうにつぶやく。司令官によれば、上ノ根島に配備されているのは通常兵器。であるなら、その最大の長所である高性能レーダー+誘導兵器での超アウトレンジ戦は自分たちや深海棲艦には通用しない。

 

 だが---現実に多くの偵察機が未帰還となった事実を無視するわけにはいかない。しかもこれは軍の哨戒活動に対する明らかな敵対行為。それでも残る疑問、なぜ相手は突然態度を豹変させたのか?

 

 「使える目処が立った、あるいは俺たち相手に実戦テスト…そういうことだろう」

 

 苦りきった顔で提督が絞り出した声が執務室に漂う。戦いを恐れる艦娘など那覇泊地にはいない、けれど戦う相手はこれまで自分たちが命を懸け守り続けてきた人間…その予感が特務艦隊に参加する六名に重くのしかかった。

 

 

 

 間宮大尉が去り際に残した『その件はまかせとけ』の言葉は、時を置かず実現した。ミサイル艇PG824(はやぶさ)が、特殊部隊一〇名を含む各科科員と一緒に那覇に到着したのだ。これで作戦準備は完了、司令官はすぐさま作戦行動開始を指示した。

 

 翔鶴、榛名、大和、神通、時雨が、二五ノットを維持した輪形陣で海を進み、その中心には司令官と扶桑が座乗するはやぶさが陣取る。低速艦の扶桑は現地到着後に展開する段取りとなる。着任以来司令官が前線に艦娘と共に赴くのは初めてだ。というより本来司令官はそんなことはしないのだが、それだけ今回の作戦は特別といえる。

 

 『艦娘並びに関連兵装の不法占有容疑により、施設接収及び関係者の拘束を命ずる。抵抗がある場合はこれを排除、実力を持って所定の目的を完遂するものとする』

 

 事前警告は黙殺されたまま、部隊は上ノ根島へと近づいている。相手の沈黙が意味するものは--艇長室で思い詰めた表情で身じろぎせず椅子に座る司令官の横に立つ扶桑は、ちらりと視線を落とす。視線に気づいたのか、それでも司令官は扶桑の方を見ずに、淡々と言葉を紡ぎ始めた。

 

 「…時雨が着任した時、扶桑とは色々話し合ったよな。あの時は軍上層部からの圧力をどう躱すか、って話だった。あれから時は経ったが、やっぱり俺達人間はロクな事をしていないんだな…」

 「そんな---」

 

 巫女服の白い袂がふわりと踊ると、扶桑は艇長席に寄り添うように膝立ちとなる。一括りにして言わないでほしい…他の人間は知らないが、少なくとも司令官の事だけは分かるつもりだ、と扶桑はふるふると頭を振る。長い黒髪が揺れ、ふわりと甘く濃厚な香りが司令官の鼻をくすぐる。扶桑が思いの丈を口に上らせようとした瞬間---。

 

 はやぶさの艇内に警報が響き渡る。ロックオンされたことを知らせる緊急警報で、同時にCICから連絡が入り、司令官と扶桑は騒然と駆け出す。その間にもはやぶさは防御態勢を整え、自動でECMが作動するとフレアチャフが放たれる。レーダーには上ノ根島の方角から高速で飛来する物体が二つ映し出され、進入方向から見て輪形陣を成す艦娘が狙われていることが窺える。

 

 目視できるがレーダーに捉えられない艦娘に対する正確な攻撃に、はやぶさの艇内が騒然とする。レーダースクリーン上の輝点の移動速度から、接近する飛翔体の速度は時速一〇〇〇km強。偵察結果を踏まえれば、地対艦誘導ミサイルSSM-1だろう。ならば着弾まで五分強。

 

 艦娘達も、突然現れ、自分たちに向かって高速で接近してくるミサイルに驚き棒立ちになり、はやぶさから放たれたチャフフレアをぼんやりと見送っている。

 

 「全員艇の右舷に緊急退避っ! 」

 

 司令官の声で我に返った艦娘達は、命令通り速やかに右舷に回り込み艇を盾にするように身を伏せる。はやぶさは深海棲艦には抗すべくもないが、相手が現用兵器だと話は別だ。ECMの電波妨害とチャフにより一基のミサイルはあらぬ位置へと着水し爆発した。残り一基は、七六ミリ六二口径砲の狙撃ともいえる砲撃で破壊された。

 

 これではっきりした-相手は、深海棲艦…ひいては艦娘をも捕捉可能なレーダーの開発に成功し、誘導兵器とセットで運用を行うことができる。

 

 

 そして―――明確に自分たちと戦う意思がある。

 

 

 

 司令官は矢継ぎ早に指示を出し、海上に展開した扶桑は仲間との合流を急ぎ疾走を続ける。

 

 「戦闘開始! 敵の電子兵装ははやぶさのECMで抑える、翔鶴は位置そのままで攻撃隊を展開しSSM-1を叩け! 大和、榛名、扶桑、有効射程距離まで前進し艦砲射撃準備!! 敵打撃力を無効化した後に威嚇砲撃、降伏を勧告する。神通は大和たちの護衛、時雨ははやぶさと翔鶴の護衛に当たれっ」

 

 司令官の指示を受け、翔鶴は弓を構え攻撃隊を次々と発艦させる。その間に戦艦部隊と神通が艦砲射撃の射程に上ノ根島を捉えるため全速で前進を始めた。はやぶさは電子戦と主砲による対艦ミサイル迎撃にあたる。攻撃隊が目標に到達するまで約五分、ECMで敵をどの程度抑えられるか不明だが、SSM-1の次弾の到着と入れ違うような形になるはずだ。どちらが先になるか--翔鶴の攻撃隊がカギを握っている。

 

 上ノ根島の攻撃に向かわせたのは四八機の流星改と二四機の紫電改二。敵にたどり着くまでに三分の一は被害を受けるだろうと翔鶴は覚悟していたが、何事もないまま攻撃地点上空に差し掛かる。ECMが効いている証拠だろう。島の北側の起伏のない緩斜面の大部分を占める設備群、そこからやや離れた位置に陣取る目標のSSM-1と大型電探、それを守るようにCIWSが、さらにその前面に短SAMが展開しているが、邪魔をするなら、もちろんこれも叩く。敵の対空兵器が不思議なほどの沈黙を守っているが、大人しくしてくれているのはいいことだ。今のうちに目標を潰す。

 

 先頭を行く編隊長機が翼を三度バンクさせた。突入の合図だ。四機一組で編隊を組み、波状攻撃を仕掛ける。先陣を切る四隊が急降下で迫る。SSM-1の周辺にいた担当員らしき人間たちが慌てて逃げてゆくの見て、航空隊の妖精さん達は安堵しつつ照準環を睨む。

 

 計一六発の二五〇kg爆弾が投下されたのと、キャニスターから六発のミサイルが発射されたのは同時だった。ミサイルのブースターの激しい炎が消えやらぬ中、次々と着弾する爆弾により、大破炎上するSSM-1の発射装置。大型電探にも損害を与えたのは間違いない。

 

 

 「司令官っ、敵誘導兵器の破壊に成功しましたっ。ですが、最後に六発の斉射を許してしまいました、申し訳ありませんっ!!」

 

 翔鶴から報告が入った内容ははやぶさのレーダーでも捉えている。

 

 「上出来だ翔鶴、SSM-1ははやぶさで対処する。心配するな」

 「司令官…うち三基がこちらに向かってきますっ!! 目標…本艇ですっ!!」

 

 はやぶさ内に緊張が走る。ECMの発信源であるはやぶさを叩くため、三基のSSM-1が突入してくる。

 

 一基の欺瞞に成功したがこれでチャフは使い切った。残り二基のうち一基は主砲で撃墜した。だが、最後の一基が主砲射界の死角となる右舷後方、真後ろに近い位置から突入してきた。回避行動に入れば、間違いなく翔鶴か時雨が狙われる。

 

 時雨は、はやぶさの、いや、司令官の盾になる決心を瞬時に固め、接近するミサイルへと向かおうとする。そんな時雨の気持ちを見透かすように司令官は優しく、そして厳しく命じる。

 

 「すぐに命を粗末にしようとするのは悪い癖だぞ、時雨。敵弾の未来位置演算はこちらで行う、指定位置に対空弾幕形成っ」

 

 はやぶさの射撃管制に基づいて時雨が対空射撃を集中展開し弾幕を張り、そこにミサイルを飛び込ませる-これでだめなら直撃を受ける。司令官は背中にびっしょりと冷や汗をかきながら、その時を待つ。

 

 果たして---ミサイルが弾幕を通過する。誰もが失敗した、と思った瞬間、ミサイルは不安定な挙動を示す。飛行制御ユニットにダメージを与えたのだろう。直撃コースを飛翔していたSSM-1ははやぶさから逸れたものの、左舷中央あたりの空中で爆発した。強烈な爆風と火炎、ミサイルの破片に襲われたはやぶさの艇体が激しく動揺する。

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