海と空との間で   作:坂下郁@リハビリ中

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33. IT -イット-

 「おい、しっかりしやがれっ、あれくらいで。それを貸せっ!!」

 

 H2機関の研究棟内--白衣を着た研究員と思しき男が、ヘッドセット式のゴーグルを付け、手には大型のジョイスティックを持っている。すぐ横には、大量のコードが付属するヘルメット状の装置をかぶせられた金髪の少女-IT-がいる。隠された目や耳の位置から出血し、呼吸も途切れがちだ。コード類は男が奪ったゴーグルとジョイスティックにつながっている。

 

 IT(イット)…文字通り『それ』とだけ呼ばれるのは、空海軍の一部勢力から資金援助を受け、理性のタガを外した技術者の執念が生んだ歪な果実。不採用となった艦娘建造方法で生み出されたITは、部分的には正式採用となった現行の艦娘に勝る部分はあるものの、総合的な性能は大きく劣るものだった。

 

 人型の外見を除けば情緒も性能も不安定で、期待された性能は発揮できなかった。ならば、とIT(失敗作)は高性能化を目指す--不正入手した艦娘(成功作)生体解剖(リバースエンジニアリング)し、得られた知見をフィードバックする。その過程で得られた、このプロジェクトに関わる技術者達にとって、いわば『ついで』の技術が軍関係者の耳目を集めた。

 

 現用電子兵装との接続成功ーーーー後に『生体レーダー』と呼ばれる、誘導兵装システムの制御ユニットとしてITは運用試験を重ね成果を上げ続けた。性能的には現行軍用レーダーの二世代前程度、ECM耐性も低く誘導方式もSARHになるが、それでも今まで捕捉不能だった深海棲艦を捉えられるのは画期的な成果といえる。そして深海棲艦が捕捉できるということは、同じ理屈で艦娘もレーダーに捉え誘導兵器で攻撃することができる。

 

 

 

 はやぶさに向かった三基のSSM-1にSARH用の情報を送信したところで、接続している大型レーダーは翔鶴の航空隊の攻撃で破壊された。それにより、この少女の機能も損傷を受けたが、白衣の男は少女の様子は気に掛けず、残り三基のSSM-1をまだ生きているIT(少女)の『目』を通して手動標定で操作するのに夢中になっている。

 

 

 そして今、この男が目を付けたのは、打撃部隊の先頭を進む大和。

 

 

 大和以下三人の打撃部隊と護衛の神通も、島の上空に展開する翔鶴の攻撃隊、それに続く爆発とミサイルの発射は目にし、そしてSSM-1が自分たちに向かっていることも理解している。

 

 「司令官っ、あのロケット砲は何番相当ですかっ?」

 

 大和はミサイルを強力なロケット砲と理解し、情報を求めてはやぶさに通信を繋ぐ。帝国海軍は爆弾のキロ数を番号で呼んでいたため、その通りに大和は尋ねている。SSM-1は弾頭重量と炸薬量の合計で約二五〇kgくらいのはずだとの司令官からの答に、大和が不敵に微笑んだ。

 

 「二五番ですね。そんなのは大和の装甲に通用しません! 三人ともこのまま陣形を維持、全速前進!!!」

 

 SSM-1は大口径主砲の徹甲弾のような貫通力を持たないが、炸薬量は多く爆発力はけた違いだ。ミサイルの運動エネルギーまで加味すると単純に二五〇kg爆弾と同じとはいえない。大和といえども当たり所が悪ければ戦闘力は損なわれる。まして装甲の薄い榛名や扶桑、神通なら深刻な被害に繋がりかねない。

 

 果たして、突入してきたミサイルを主砲砲塔を動かし装甲天蓋を盾として受け止めた瞬間、大和は激しい火炎と黒煙に包まれ、爆風で海面を転がりながら後方に吹き飛ばされた。

 

 「ひゃっほーっ!! 直撃ぃ!! 俺って天才?」

 件の男が下卑た叫びをあげ、さらに大和を追撃するため、ジョイスティックで残りのミサイルを操作する。だが、少女の状態は悪化し、男のゴーグルに投影される、ミサイルのカメラと接続された彼女の『目』は、まぶたを閉じる様に視界が狭まる。

 

 「ちぃっ、ブラックアウトかよっ! 仕方ない、あとは成り行きだっ!!」

 

 単縦陣の最後尾まで弾き飛ばされた大和。迫る二基のミサイルは、いずれも大和から逸れて着水し爆発した。よろよろと立ちあがる大和―――三基の主砲は健在、装甲にも損傷は見られないが、両腕は袖が千々に破れ火傷やキズを負い、それ以外でもあちこちにミサイルが爆発した際の破片で生じたキズや出血、火傷が見られる。

 

 「痛た……甘く見た訳じゃないんだけど…」

 

 それでも再び前進を再開した大和。これ以上の追撃はない、今度は自分たちの番だ。射程距離まであと五分もない―――大和が不敵な凄みを湛えながらにやりと笑う。

 

 

 

 左舷中央、艦橋に近い空中で爆発したSSM-1の強烈な爆風と火炎、ミサイルの破片に襲われたはやぶさ。爆風で破損した窓ガラスが、ミサイルの破片が、それにより破壊された船体の破片や機器類が、高速の凶器となり艦橋内の乗員に襲い掛かる。それだけではない、ミサイルの破片ははやぶさ全体に降り注ぎ、確実に損傷を与えていた。

 

 司令官が薄暗いCICから状況確認の指示を飛ばす。スプリンター防御で守られたCICに被害はないものの、各管制官からの報告内容は決して明るいものではなかった。

 「NOLR-9B破損っ。ECM展開できませんっ」

 「艦橋内死傷者多数、医療班が向かっていますっ!」

 「機関部にミサイルの破片直撃っ! エンジン一基停止っ!!」

 

 艇自体はまだまだ活動可能だが、敵の攻撃を抑えてきた電子戦能力を奪われたのは痛すぎる。それに神崎少将配下の人員に犠牲者が出たことも。司令官は唇をかみしめる。

 

 

 再びH2機関・施設内―――。

 

 

 ジョイスティックを操り一喜一憂しながら叫ぶ同僚を冷ややかな目で見つめるもう一人の白衣の男が、次の手を打とうと淡々と行動を始める。

 

 「SSM-1の発射装置はやられましたか。でもECMが消えたということは、敵の旗艦に損傷を与えた訳ですね。攻撃隊を片づけてもう1台のSSM-1発射装置を搬出設置しましょう。ほら、あなたの出番ですよ、上空を綺麗にしなさい。艦娘が相手ですよ」

 

 先ほどの金髪の少女よりも多数のコードが接続されたヘルメットを被る黒髪ショートの少女がもう一つの椅子に拘束されている。男は少女の片袖を乱暴にめくり腕を露出させ、もう片方の手に持った、何らかの薬剤が入った注射器を近づける。もう何十回と注射しているのだろう、少女の肘の内側は変色している。遠慮なく注射針が突き立てられた瞬間、大きく背中をそらせた少女は体を震わせていたが、やがて暗く沈んだ、粘着質な声で笑い始める。

 

 「……艦娘…ふふふ、うふふ、ふふふふふ…」

 

 

 上ノ根島上空・翔鶴航空隊―――。

 

 攻撃隊の妖精さん達が、纏わりつく暗い目で見つめられたような悪寒に突然襲われた次の瞬間、地上から轟音と炎が上がり、猛烈な勢いで対空ミサイルが打ち出された。はやぶさのECMが消え、レーダー誘導を取り戻した短SAMが攻撃隊に牙を剥き始めた。直撃を受けた攻撃隊の編隊長機は爆散、散開し回避行動を取った流星改も次々と撃墜され、続けざまに放たれる対空ミサイルが空を乱舞し始める。

 

 この数瞬の交戦で、一五機以上の流星改を失った攻撃隊だが、まだ攻撃力は保持している。翔鶴は、司令官の指示通り多方面からの同時突入を行うため部隊を誘導する。損害を出しながらも編隊が上空に広がり、短SAMの発射装置とその制御を担う大型電探を取り囲む。

 

 再び悪寒が翔鶴航空隊を包み込むと、電探近くに設置された白い円筒状の設備を上部に持つ六連装の砲身が攻撃隊に向けて動き出した。初速一〇〇〇m/秒、毎分三〇〇〇発のタングステン弾を打ち出すCIWSが咆哮する。

 

 次々と爆散し炎に包まれ流星改は撃墜されてゆく。すでに当初想定どころか半分以上の機が空から姿を消した。なのに敵に与えた損害はゼロ。

 

 航空隊の妖精さんを通して現地の状況を掴んでいる翔鶴の表情がみるみる青褪めてゆくが、このまま何もできずに終わる訳にはいかない。相手の弾薬の補給作業の隙をつき、何機かの流星改が急降下爆撃の体勢に入り、機銃掃射を行う紫電改二がそれを援護する。だが、機体を操る妖精さん達は、慌てたように機を引き起こし投弾せず上昇してゆく。訝しんでいた翔鶴だが、妖精さんからの報告で状況を把握した。

 

 「し…司令官、目標地点に人間がいますっ!! あ…()()()()攻撃できませんっ!!」

 

 翔鶴の言葉に司令官は眉を顰める。相手は自分たちを殺すための武器を操作しているんだぞ? 正規軍ではないが民間人でもない、いわばゲリラのようなものだ―― はやぶさの陰で、翔鶴は真っ青な顔でガクガクと震え始め、膝に力が入らないのか海面にうずくまり、背中を波打たせ激しく嘔吐している。

 

 「…司令官、僕たちが人間と戦えるのは、刀とか銃とかで武装している相手が()()危害を加えてきた時だよ…。翔鶴さんの話だと、弾薬の補給をしてる()()だから…」

 

 時雨が悔しそうに言いながら、懸命に翔鶴の背中をさすり介抱を続けている。司令官はモニター越しにそんな二人の様子を眺め、暗澹とした気持ちになる。時雨の話は続く--ごく限定的な事由を除き、艦娘が人間と戦えないよう、そういう状況に至れば強烈な負荷を脳にかける制御プログラムの存在。

 

 現状で唯一深海棲艦と戦える、意志と感情を持つ艦娘を是が非でも制御下におきたい人間のエゴ--予備役招集からの促成訓練のため、そんな処置が艦娘に施されてるとは知らずにいた司令官は、自分の無知さ加減に絶望したくなった。最大限の皮肉の矛先は、彼自身を含む全ての人間に向けられた。

 

 「……つくづく、艦娘を苦しめることには知恵が働く…」

 

 翔鶴が動けない間に攻撃隊の被害は拡大し、ついに損耗率が三分の二を超えてしまった。このまま航空隊の潰滅は時間の問題と思われたとき―――。

 

 

 「残存の攻撃隊を緊急退避させてくださいっ!! 四〇秒後に艦砲射撃を始めますっ!!」

 

 

 大和の凛とした声が通信から響く。ついに戦艦部隊が上ノ根島を有効射程に捉える位置まで進出した。どうにか翔鶴は航空隊を操り、上空がクリアになる。そしてきっかり四〇秒後、大和が右手を大きく振り出す。

 

 「目標捕捉、全主砲薙ぎ払え!」

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