海と空との間で   作:坂下郁@リハビリ中

34 / 39
34. 裁く者、裁かれる者

 戦場を圧倒する轟音が響き渡り、対地制圧のため零式通常弾を装填した四六cm三連装砲三基の一斉射撃が続く。短SAM、制御用電探、CIWS、各種施設群…大和の言葉通り全てが薙ぎ払われてゆく。

 

 「そんな! 威嚇射撃じゃなくて…!?」

 「や、大和さんっ!? 翔鶴さんからの報告ではっ…」

 「大和っ!! 誰が対地攻撃を行えと言ったっ!?」

 

 榛名と扶桑、もちろん司令官も慌てて大和を止めようとする。警告も威嚇もなく、何より司令官が攻撃命令を出していない砲撃。翔鶴は確かに敵地に非武装の人間がいたと報告してきた。非武装と言っても制御プログラム上の定義であり、実際は間違いなく戦闘員だが、直接的に危害を加えられてない榛名と扶桑には撃つことができない。なのになぜ大和は---?

 

 「()()()()()()()()()()()? お二人も安心してくださいね」

 花が咲くような笑顔で、榛名と扶桑を振り返る大和。

 

 小さな島には過剰すぎる数度に渡る四六cm砲の全門一斉砲撃により、地形を含めあらかたの物は原型を留めなくなったが、大和は止めとばかりに三式弾による砲撃で上ノ根島地表を焼き払う。榛名と扶桑はその光景を見守るしかできずにいた。

 

 「大和、いい加減にしろっ!!」

 

 短く、怒りを滲ませた司令官の声が届く。

 

 航空攻撃で敵の攻撃手段を排除した上で威嚇砲撃を加え、降伏を勧告するのが作戦の基本的な骨子で、対地攻撃は最後の手段だった。後に分かった事実として、大和の行動は間違いではなかった。はやぶさの損傷で電子戦の手段を奪われた味方に対し、敵はまだSSM-1を有し反撃の余力を残していた。だがそれは結果論であり、現時点で砲撃に踏み切った大和の行動は命令違反だ。

 

 まるで手向かう者は許さないといわんばかりに。何より、時雨の話では、艦娘は人間に攻撃ができないよう制御されている。それは翔鶴の姿が証明しているというのに---。

 

 「はい、()()()()()()()()()()

 

 対照的に涼しい声の大和が事も無げに応答したのと時を同じくして、はやぶさにH2機関から降伏を求める入電が入り、上ノ島攻略戦は那覇泊地特務艦隊の勝利で幕を閉じた。

 

 

 

 「司令官…戻ったよ」

 

 はやぶさのCICに、力ない時雨の声がする。覚束ない足取りの翔鶴に肩を貸し、身長差からよろけながらの登場である。

 

 白い肌から血の気が失せ、透き通るような顔色の翔鶴は呆然とし、口元や白い弓道着、胸当ては血の混じった吐瀉物でひどく汚れている。時雨は先に翔鶴の身嗜みを整えさせようとしたが、時雨には聞き覚えの無い名前をうわごとのように繰り返し口にする翔鶴の姿を見て、司令官に指示を仰ごうとCICに直行したのだ。それに…時雨には別な考えもあった。自分達艦娘に施されている制御がどのようなものか、司令官にも分かってほしかった…。

 

 戦闘は終わったと判断できるが、本番はこれから。H2機関の施設を接収し関係者を確保するため、司令官と神崎少将の派遣した特殊部隊は上ノ島に上陸しなければならない。小さくない損傷を受けたはやぶさは応急処置と上陸準備のため誰もが忙しく動き回り、CICに現れた儚げな二人の艦娘に注意を払う余裕もない。ただ一人、司令官を除いて---。

 

 CICの入り口近くに所在なさげに立つ時雨と翔鶴に向かい、司令官が近づいてゆき、二人の前で立ち止まる。

 

 「済まなかったな時雨…それは俺の役割だ」

 

 言葉の意味が分からなかった時雨は、きょとんとした顔で司令官を見上げるが、すぐに理解した。時雨から優しく奪う様に、翔鶴を支えようと司令官は腕を伸ばしてきた。俯いていた翔鶴は司令官の気配に気づくと顔を上げ、もう一度名前を口にすると、力なく司令官に向かって倒れ込むように身体を預けた。

 

 「ああ…俺はここだ」

 

 白い第二種軍装が汚れるのも気にせず翔鶴を抱きとめる司令官が、翔鶴の頭をくしゃくしゃと撫でる。俺はここだ--その言葉に時雨はあっと声を上げる。

 

 「翔鶴さんが口にしてたのは…そっか…司令官の名前なんだね…」

 

 

 

 一〇名の特別警備隊と司令官が乗り込む六.三メートル型複合型作業艇(RHIB)がはやぶさから発進し上ノ根島へ向かう。時雨が付き従い、途中、警戒を続ける戦艦部隊と合流する。無事の再会を喜び合う艦娘達の姿を遠巻きに見つめる司令官の視線に気づいた大和は、にっこりと微笑み返しRHIBに近づき、たんっと海面を蹴って艇に飛び移ると、先頭に座る司令官の横を占領する。激しい風切音と防音など考慮しないエンジン音は、お互いの耳に口付けるような距離でようやく会話を成立させた。

 

 「………大和、君は……ひょっとして…」

 「…どうしました? ラムネで乾杯しましょうか?」

 

 呑気そうに軽口を叩く大和の姿を見ていると、先ほどまでの苛烈な砲撃を上ノ根島に叩きこんだ姿が上手く重ならない。司令官はひょっとして、に続くはずだった言葉を苦く呑み込んだ。

 

 -君は……ひょっとして…制御プログラムを()()()()()()()()()()()()?

 

 そう考えると過去に見せた数々の言動も説明がつくが、強大な力を自分の判断で振るう艦娘がいるなら、それは人間の手に余る存在だ。いったい佐世保の大将は何を考えていたのか…。司令官が深く考え込むような表情になったのを見逃さず、大和は司令官の耳元で囁く。

 

 「気づかれちゃいました? 内緒ですよ?」

 

 驚いて仰け反る司令官に、大和はウインクしながら、人差し指を口に当て綺麗な唇がシーッという形に動く。

 

 

 上ノ根島に上陸した一一人の人間は、世界最大最強の四六cm砲九門による艦砲射撃の凄まじさに息を飲んだ。目に入る全ての地表が焼き払われたり大きくえぐり取られたりしている。無論そこに存在していたであろう設備や兵装は軒並みスクラップに姿を変えている。

 

 変わり果てた地形のため行軍は想定より時間を要することになったが、一行はついに目的のH2機関の中核施設に辿り着いた。火災はすでに消し止めたようだが、様々な物が焼け焦げた異臭が辺り一面に漂っている。奇跡的に、本当に奇跡的に半壊以上全壊未満で持ちこたえた施設の入り口には白衣の男が二人立ち、無抵抗であることを示すように両手を上げ一行を出迎える。

 

 「クソどもが、次やるときは絶対負けねぇからな」

 「口を慎みなさい、最初に全力を挙げてはやぶさを叩かなかった時点で、一〇〇歩譲って戦艦娘に接近を許した時点で、我々は負けたんです。…ようこそ、那覇泊地司令官とご一行様」

 

 対照的な挨拶で出迎えるH2機関の二人を先導役に、一行は施設内部へと進む。安全確認と抵抗排除のため特殊部隊が先行しつつ、他の研究員の拘束や守衛の武装解除を行いながら先へと進む。やがて中核施設と思われる棟にたどり着き、施設の捜索が本格的に始まると--。

 

 

 「司令官、この男が隠れていました。どうやらここの所長のようです」

 特殊部隊の一人が、甲高い声でわめきながら必死に逃れようとする軍服姿の男を連行してきた。

 

 司令官はこの男-空軍第八航空作戦団の()作戦参謀-を知っている。部隊に成功の見込みのない作戦を強いて壊滅させ、自分から空を、仲間からは生命を奪った男。そして今また、艦娘に犠牲を強いて自分の前に立ちはだかった。それでも司令官の心中に不思議と憎しみは湧いてこず、むしろこんな生き方しかできないこの男を心底憐れに思う。

 

 「人間でも艦娘でも、貴様は他人を苦しめることしかできないのか…」

 

 

 

 生き残ったH2機関の職員たちの拘束は順調、施設の捜索も進んでいる。押収すべき資料や不法実験の証拠となる物も多く、榛名や扶桑、神通や時雨は特殊部隊とともに搬出を手伝い忙しく行ったり来たりしているが、大和は司令官の護衛として傍を離れずにいる。

 

 施設内を険しい表情で見まわしていた司令官は、拘束される職員のうち、自分達を出迎えたリーダー格と思われる研究員と目が合った。目が合うと、纏わりつくようなイヤな笑顔を見せた男は、勝手に喋り始めた。

 

 「あなた方の攻撃で、ほら、貴重な生体レーダーが二台も壊れてしまいました。でもIT(消耗品)はまた作れますからご安心を」

 

 中核施設内には、全六脚の椅子とそこに拘束されたIT(少女)達がいて、いずれも大量のコードが付属するヘルメットを被せられている。うち二人、金髪の少女と黒髪ショートの女性はすでに事切れているようにピクリとも動かない。

 

 「消耗品、だと…?」

 「そうです、生体レーダーシステムの制御用パーツ」

 

 司令官の非難の声を興味の表れと受け取った男は、聞くもおぞましい実験や虐待の様子を、自己顕示欲の赴くままに長口舌を振るい始めた。

 

 「…生体レーダーはいまだ現行の軍用レーダーや誘導システムに及ぶ性能ではありません。ですが技術はある一定の地点を超えると、爆発的なスピードで進化します。我々だけが成しえたこの技術は、まさにブレイクスルーの直前まで来ているのですっ!」

 

 傲然と胸を張り、同意を得られるのが当然とばかりに演説を行う男に、司令官は冷ややかに応える。

 

 「…それを聞いて安心した。貴様らを拘束すればこれ以外の犠牲者が出ないことが分かったからな」

 「このレーダーが実戦配備されれば、もう一度我々が軍の主役となるのだっ! そうすれば艦娘なんぞにデカい顔をされずに済むっ! おい()()、さっさとこの手錠を解け。そうすれば空軍に復帰させてやるっ。さぁ早くしろ!!」

 

 あえて司令官を当時の階級で呼び、自分の優位を示そうとする耳障りな甲高い声を無視して、司令官はくるりと男に背を向ける。男が喋るほどに、H2機関に空海の通常戦力部隊が深く関与していることを暴露する。

 

 司令官の傍にいる大和は対照的に、今まで見せたことの無いような冷ややかな目で艤装を展開する。腰背部の基部から艦首を二分割したような装甲が伸び、据え付けられた巨大な砲塔が動き出す。重苦しい鋼鉄の動く音はそこにいる全ての者を驚愕させるのに十分だった。

 

 「何をしてる、大和っ!?」

 「……罪には罰を以て報いるべき……この人があなたから空を奪った……!」

 

 そして響く轟音が、上ノ根島での戦闘を最後の局面へと導いてゆく。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。