海と空との間で   作:坂下郁@リハビリ中

5 / 39
05. 君はどうやらモテるんだね

 「僕だけが鎮守府に戻った時、任務失敗だ、って提督はひどく悔しがってた。改修資材を手に入れ損ねた、ってね。あははははは、僕らの命はネジ5個より安いんだよ扶桑、知ってた?…それとも、きっと君がしてるみたいに提督の言いなりになっていたら、もう少し大切にしてもらえたのかな? どう思う、扶桑?」

 「時雨っ!!」

 扶桑の苛立ちは限界を超えたようだ。右手を振り上げ、時雨を平手打ちしようとしている。時雨は微動だにせず、むしろ憐れむような目で扶桑を見続けている。

 

 パァンッ。

 

 「「え?」」

 

 頬が高く鳴り、体勢を崩しよろける司令官。とっさに時雨との間に割り込み、扶桑を止めようとしたが間に合わなかった。右頬を叩かれた司令官は、その勢いで机に腰掛けている時雨の方へ倒れ込む。

 

 「ふぅん、僕を守ってくれるんだ…。でも、そこはそんなに庇わなくていいよ。ちょっと恥ずかしいな」

 司令官をそっと支える時雨。言葉は淡々としているが、少し顔を赤らめている。倒れ込んだ拍子に司令官の手が、駆逐艦にしては比較的大きい部類の胸を覆うようにしている。

 「す、すまん、決してわざとでは…っ!」

 「し、司令官っ!! 申し訳ありませんっ! あぁ、私は何ということをっ、死んでお詫びするしか…」

 顔を真っ赤にして言い訳すると司令官と、元から白い顔色をさらに蒼白にしておろおろする扶桑をしり目に、司令官の手を取ると時雨は、軽く反動をつけて机から降り歩き出す。

 

 「司令官、さっき君と扶桑がしていた話、僕も興味あるな。ここだと邪魔が入りそうだから、ゆっくり話ができる場所に行こうと思うけど、いいよね?」

 返事を待たず、執務室の中でどんより落ち込む扶桑に声をかけると、時雨は司令官を引いて執務室を出て走り出す。

 「扶桑、ちょっと司令官借りるね。あとで返すから、よろしく」

 

 

 

 時雨と司令官は、今は港の先にある入江までやってきた。大きな岩場に三方を囲まれたこの場所は、泊地の本部施設に近いが目立たない、いわば死角のような場所だ。時雨に手を引かれ走りながら耳にした一斉放送を司令官は思い出し、事態の収拾を考え頭を痛める。

 

 -新任の艦娘、時雨が司令官を誘拐し逃走中。いまだ泊地内に潜伏している模様。在地の全艦娘は捜索にあたってください。全火器の使用を許可しますので、抵抗がある場合は全力で排除し、司令官を保護してください。

 

 「ふう、これだけ走ると少し暑いね」と時雨。こいつの目的はなんだろう、行動がまったく理解できない…不思議な生き物を見るような目で、司令官は時雨を見つめる。やや距離をおいて砂浜に立つ司令官からの視線に気づいた時雨が振り返り微笑み、口を開く。

 

 「やっと二人きりになれたね、司令官。そうそう、君には聞きたいことがあったんだ。僕はね、元の鎮守府でいらない、って言われて、再配属か解体処分かを決めるまでの間、特警本部で謹慎だってさ。何か悪いことしたのかな、僕…。でね、そこにいた時、君の話題を結構耳にして興味が湧いたんだ。それで…」

 

 今朝届いたもう一つの任務の謎が解けた。つまり時雨は勝手に飛び出してきたことになる。重大な軍紀違反だが、それでも時雨はケロッとしている。

 

 「あはは、大丈夫だよ。向こうにもちゃんと置手紙してきたから。『君たちには失望したよ』って」

 時雨はいったん言葉を切り、砂浜に立つ司令官の制服の袖をクイクイ引っ張る。隣に座れ、ということなのだろう。司令官は時雨の横に同じく体育座りで座り、時雨の次の言葉を待つが、何となく見当はつく。

 

 

 「…君は、本気で大将相手に戦うつもりなのかい? 何のために? 同情や正義感だけでどうにかなる相手だと思ってるのかい?」

 

 

 艦娘たちを踏み台にし、先任提督は大将の地位まで上り詰め、元帥の座さえ窺う勢いだ。彼が何のため地位を求めるのか、もちろん知らないが、それに比べて自分は? 空軍の除隊後、予備役登録はしたものの抜け殻のように生きていた。深刻化する人材不足で今度は即席の司令官として海軍にやってきた。そこで出会った艦娘達は、かつての自分と重った。傷つき使い捨てられ、誰にも顧みられない。命を賭けて戦うことは構わない、それこそ軍人の本懐だ。でも、怖さや痛み、悲しくない訳がない。ただ見せないだけだ。だからこそ、誰かがその傷に気付かなければ―――。

 

 「すまん、何を言いたいのか、自分でもよく分からない。君の質問への答えになってないよな」

 時雨は何も答えない。しばらく無言の時間が続いた後、時雨はつぶやいた。

 

 「ありがとう、司令官。分かったよ、君は僕なんだ」

 時雨はそう言いながら、横から司令官を抱きしめる。何がどう分かったのか分からないが、時雨はひどく納得しているようだ。もっと早く君と出会いたかったよ…時雨の囁きは、あまりにも小さく司令官の耳には届かない。

 「君は艦娘を守りたいと思っている。でも、君のことは誰が守るんだい? 決めたよ、僕が君を守る。僕の司令官は君だ」

 

 司令官が言葉を返そうとした瞬間、甲高い射撃音とともに砂浜に幾筋もの砂煙が上がりエンジン音が頭上を通り過ぎる。

 「やっと見つけた…。さっきのは警告です。次は外しませんよ、時雨。大人しく司令官を返しなさい」

 上空を旋回する複数の瑞雲。編隊長と思しき機体のスピーカーを通して扶桑の声がする。対する時雨は臨戦態勢を取りながら空を見上げるも、すぐに降参するかのように両手を軽く上げる。

 「分かったよ、扶桑。司令官と一緒に本部に戻るよ、それでいいだろ? 僕はもう満足したから。」

 「……意外ね。まぁいいわ。次にこんなことしたら…外さないわよ?」

 飛び去る瑞雲にベーッと舌を出した後、時雨が近づき司令官に手を差し出す。その手を取ると、司令官の腕はそのまま時雨に絡めとられた。

 

 「さ、行こう?」

 時雨はにこっと笑うと腕を組み、というか司令官に両腕でしがみつく。

 

 

 

 港の先の入り江で司令官発見、の報に多くの艦娘は胸をなでおろし、遠征に出かけている班を除き、出迎えのため正門前に集まっていた。

 

 「あーっ!、司令官さんなのですっ!!」

 

 電が声を上げると、皆の視線が一斉に集まり、笑顔と歓声がはじける。入り江から続く緩い坂道を司令官が…よたよた上ってくる。しがみついて離れない時雨のせいで、たどたどしい足取りだ。ほどなく司令官と時雨が正門に到着するが、歓迎ムードとは程遠い、ジトーッとした視線が二人に突き刺さる。

 「自己紹介は…省略してもよさそうなムードかな。それにしても司令官、君はどうやらモテるんだね」

 

 ムーッとした表情を浮かべた時雨は、より強く胸を押し当てるように強く腕を絡める。

 「ちょっ、何を言ってる、というか胸が当た―――」

 「冷たいじゃないか、朝はあんなに勢いよく君の方から触ってきたのに」

 

 ザワッ―――。

 ざわめきが険悪な雰囲気に変わり、幾人かの艦娘が前に出ようとするのを押しとどめ、一人の艦娘がツカツカと二人に近づく。

 「Hey テートクゥ、新入りの子をかわいがるのもいいけどサー、ほどほどにしないと、NO-!! なんだからne!!」

 片言の日本語で時雨と司令官をたしなめる、栗色の髪の艦娘。金剛型戦艦一番艦の金剛。

 「そんなささやかな胸をいつまでも当てられるとテートクが変な趣味に目覚めそうデース。さ、こっちに来るne」

 グイッと胸を張り、自信満々に近づき、司令官の空いてる方の腕を取り自分の豊かな胸に押し当てながら、泊地内へ歩きだす。そうはさせまい、と司令官を自分の方へ引き戻そうとする時雨との間で、司令官は振り回されている。

 「変な趣味ってなんだ、金剛?」

 「…Pedophilia、とか?」

 「なんでその単語だけ本格的な英語で発音するんだよっ」

 「ずいぶんと失礼な事を言われてるような気がするよ、僕は」

 多くの艦娘が付き合っていられない、とばかりに三々五々解散してゆこうとした時、突如、サイレンが鳴り一斉放送が響く。

 

 

 -緊急放送。民間の輸送船団から救援要請。深海棲艦に追尾され、当泊地近海海域へと退避中。繰り返します…。

 

 

 

 「榛名っ、状況報告をっ!」

 秘書艦の扶桑が司令官の捜索以外まったく仕事をしなかったので、やむなく金剛型戦艦三番艦の榛名が、秘書艦代行を務めている。

 「はい、司令官! 現在当泊地の南東一五〇キロに位置する、六隻からなる民間の輸送船団より救援要請です。深海棲艦の艦隊に発見されるも、いったんはスコールを利用して退避成功。ですが敵艦載機に再び発見され、現在追尾を受けている模様。…司令官は…どうされるおつもりですか?」

 

 執務室に集まる多くの艦娘も不安そうな顔をしている。無理もない、多くの艦娘が往時に艦載機による攻撃で沈められた記憶を持っているから…司令官はそう推測する。むざむざ民間人を見殺しにはできない。しかし、艦載機がいるなら敵は空母を展開している可能性が極めて高い。こちらの空母勢は、入渠中の瑞鶴、実戦練度とはいえない翔鶴、祥鳳は遠征中の第二艦隊に帯同中。この状況で取れる作戦は-。

 

 「司令官、僕が行くよ。僕の足なら全速力で約二時間半、相対速度を考えれば二時間弱で船団に合流できる。大丈夫、任せておいて」

 

 全員の視線が集中する中、時雨が静かに司令官に問う。

 「ねえ司令官、答えて。君は輸送船団を守りたいの?それとも見殺しにするの?」

 「もちろん救援したいっ! だが…」

 「分かった。僕は司令官が望むなら、どんなことでもする。だから…行くよ!」

 司令官の言葉を最後まで聞かず、時雨は駈け出して行った。

 

 「あのバカッ!!」

 

 瞬間あっけにとられた司令官だが、矢継ぎ早に指示を出す。

 「榛名、時雨と輸送船団に航路を指定、最短で合流できるように誘導っ。敵の規模は不明ながら、空母がいる可能性がある。由良は第二艦隊と通信を開け。遠征は中止、合流地点に急がせろっ。同時に祥鳳には輸送船団の直援を指示っ。この作戦は時間との勝負だ、急げっ!!」

 

 執務室は一気に騒然とする。

 

 敵勢力も不明な状況での輸送船団救援、司令官が着任してから最も困難な戦いになるかも知れない。部隊を出撃させた後、司令官は扶桑、山城、翔鶴を呼び出し、別な指示を与えている。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。