―――執務室・夜。
部屋の中では、司令官と輸送船団の団長が話し合っている。艦隊本部からの委託で民間企業が運営する戦時輸送船団。深海棲艦にシーレーンを掌握されている現状での海運業は極めて危険であり、破格の報酬が支払われるが全滅の危険と常に隣りあわせだ。今回も、救援が間に合わなければむざむざ全滅の憂き目にあう所だった。団長は今回の作戦と医療班の派遣に関して直接礼をしたいと、司令官に許可を求めていた。
本来なら悩む必要のない申出だが、大いに司令官を悩ませることとなった。軍の定める規則-民間人と艦娘の接触規制を理由に、例の特警隊の隊長が嫌がらせの様に強硬に反対したのだ。規則上は特警側の主張に理があり、結果として輸送船団は多くの怪我人を抱えているにも関わらず上陸を認められなかった。しかし怪我をした民間人をそのままにできず、折衷案として泊地から医療班を派遣して対応、上陸は輸送船団の団長のみに許可された。
統制上は三軍、事実上は艦娘部隊を含め四軍…それが現在の日本軍の在り方。組織上海軍は一つの軍組織だが、艦娘部隊を中核とする部隊と通常戦力を中核とする部隊に分かれている。後者は年々予算権限ともに縮小の一途を辿り、世間の評判としても海軍=艦娘と認知されている。それでも長年深海棲艦との序盤戦を空軍と共に血みどろの戦いを続けてきたのは紛れもなく通常戦力部隊で、軍内で依然として強い権力を有している。
作戦統制上はすでに役割分担が出来上がっているが、艦娘部隊が奪還した海域の哨戒や民間人警護などに当るなど通常戦力部隊も活躍の場は多い。それゆえ艦娘達を快く思っていない者も軍部内にいまだに多く、艦娘の活躍を必要以上に世に知らしめない、その目的で接触規制は設けられている。具体的には、艦娘は戦闘中と許可された場合を除き、基本的に基地の外に出ることはできない。また、民間人が艦娘の写真や映像を所持することも認められない。発覚時には問答無用で没収、最悪の場合は禁固刑を科せられる。
「彼女達に自分のしていることの意義を直接感じてもらういい機会なのですが、どうかご容赦ください」
司令官は言い訳がましいとも思いつつ、そんな背景も含め、輸送船団の怪我人を泊地内に収容できないこと、さらに団長の艦娘達に直接お礼を言いたいという申出を断ることを丁寧に詫びたが、団長は手をひらひらさせ細かい事は気にするな、と言いたげな表情で応える。
「いいってことよ、司令官。そんなに厳しい規則があるんじゃ仕方ねぇや。そうそう、頼まれていたものを忘れないうちに渡しておくよ。ほら、これだ」
司令官は団長に対し、民間接触規制に基づいて、もし艦娘の写真や映像がある場合、
「この泊地にまさか助けられるとはね。上が変われば組織も変わる、って所か。俺も見習わねぇとな。じゃあな司令官、あの程度じゃ礼にもならんが、足しにしてくれ。CEOとも相談して今度改めて礼をさせてもらうな」
「いえ、あんなに大量の資源を…」
「止せ止せ、それ以上言うな。あのまま救援を得られなかったら、俺達は資源どころか命まで無くしてたんだ。いいか司令官、海の男はな、行動には行動で報いるんだ。俺達輸送船団は深海棲艦の襲撃を受け、積荷の内
にやりと意味ありげに笑う団長と、やれやれという表情で肩をすくめる司令官。簡単に言えば、積荷の内から相当な量に当る資源四種類を救援の礼として那覇泊地に置いてゆくと、輸送船団の団長は申し出ている。司令官としては、正式な補給でもなく遠征の成果でもない、あるいは寄付でもない、いわば存在してはいけない資源をどうするのか考えたが、現状の窮乏をしのぐにはまたとない贈り物なのは現実で、簿外在庫として処理する事に決めた。そもそも着任時に艦隊本部から渡された資料と現地版の資料に大きな乖離がある、万が一監査などで指摘されたら、誤差と言い切って抗弁する事にした。
言葉の代わりに司令官が差し出した右手を、団長は力強く握り返す。そして立ち去る団長は、ふとドアのところで立ち止まり、くるりと振り返った。
「そうだ、黒髪のお下げの嬢ちゃんに伝えてくれ。『あんたの大立ち回り、惚れ惚れしたぜ』って」
そう言い残し団長が立ち去った後、司令官は提出された写真を確認し、ある一枚で動きを止め、満足そうに、これはいい、とつぶやき、大本営から届いていたもう一つの任務指示書に視線を向ける。
『特別警察隊本部預かりの白露型駆逐艦時雨、精神に変調を来たし脱走、各拠点はこれを発見次第撃沈せよ』
達成報酬資材四種各一万トンと引き換えに先任提督の追求を諦める特務と、時雨撃沈の特務、この二つが同時に届いた。二つの発令は偶然だが、どちらも『逆らう者は許さない』という艦隊本部の意思表示。
「こんなのクソくらえだっ…って正面切って言えたらいいんだが、な…。海軍と空軍、艦娘とパイロット、女と男…立場は違うけど、扱われ方は大して変わらない…。いや、彼女達の方が…」
暗然と沈み込んだ司令官の思考を止めるように、躊躇いがちにドアがノックされ、入室を許可すると扶桑と榛名が顔を出した。こんな遅くに二人してどうした? と司令官は訝しむ。
二人はきっと司令官が書類処理を一人でやっているだろうと考え、その手伝いに来たのだという。
そもそも今日は何の仕事も進んでいない。朝は時雨が突然泊地にやってきて司令官を半ば誘拐し、今日の秘書艦だった扶桑は提督の捜索だけに全力を挙げた。仕方ないので業務を引きついだ榛名も、輸送船団の救援作戦にかかりきりだった。作戦が終了し関連する業務がひと段落した夜になり、二人はようやく自分たちの役割を思い出し、執務室を訪れたのだった。
「そうか…もう遅いから部屋に戻りなさい、と言いたいところだが、正直とても助かる。榛名はこっちの書類を、扶桑はこの書類のまとめを手伝ってくれ。二人とも申し訳ない」
「はいっ! 榛名、全力で頑張りますっ!!」
「かしこまりました、司令官。この書類ですか―――」
司令官が手に持った書類、時雨撃沈命令を見た扶桑の顔が青ざめる。
「え…司令官…これは…?」
扶桑の震える声に、榛名も手を止め近づいてくる。そして書類を見てやはり青ざめる。
艦娘に艦娘の撃沈を命じる任務が届いていたとは…。今にも泣き出しそうな表情の二人に、司令官は、時雨がこの鎮守府に来た経緯を簡単に二人に伝える。事情を聴き、一転し頭を抱える榛名と扶桑。
「…はぁ………脱走ですよ、それは…。あの娘、何を考えてるのか…? それで司令官はどうされるのですか?」
「時雨さんはすでにこの泊地の一員ですっ! 司令官…何とかならないでしょうか?」
ほぼ同時に声を上げる扶桑と榛名。司令官はどこか楽しそうに見える。
「今回の作戦報告書に、この写真を添えて提出するのさ」
輸送船団の乗員が撮影した一枚の写真。そこには、敵機からの至近弾を浴び体勢を崩す時雨が写っていた。
「艦隊本部の指令通り、第二艦隊が時雨を捜索中に、民間輸送船団からの救援要請を受諾、現場に急行する途中、脱走した駆逐艦時雨が深海棲艦の空襲を受け
いつもの眩しそうに目を細める微笑みではなく、ニヤッと司令官は笑い、なぜか誰もいないソファに向かい話し出す。
「そして
ソファの下から、おずおずと時雨が出てくる。もう、榛名も扶桑も空いた口がふさがらない、とばかりに口をパクパクさせている。
入渠終了後医務室で目覚めた時雨は、まっすぐ執務室にやってきたが司令官不在。手持無沙汰で待っていると、司令官と団長の声が廊下から聞こえてきて、他に隠れる場所がなく、ソファの下に潜り込んだ、ということらしい。
「…いつから気づいていたの?」
「まず机の上の配置が変わっていたから、誰かが来たな、と。誰かが部屋にいる、と確信したのは団長が帰った時だ。彼は、明らかに俺にではなく、ソファに向かって最後の言葉をかけてたしね。そしてあの内容で、誰がいるかも分かったさ」
「さすがだよ。それでこそ僕の司令官だ」
ピキッと音がしそうな青筋を立て顔を引きつらせる戦艦組を意に介さず、時雨はすたすたと司令官に近づき、一枚の紙を差し出す。
「はい、これ」
そこには手書きの可愛い文字で『これからもよろしくね 時雨』と書いてある。
「手製の辞令っていうのもなかなか味があるもんだな」
それを見た司令官は苦笑いをしながら受け取り、司令官は時雨に甘すぎです、などどブツブツ言っている扶桑を振り返り、楽しそうに言う。
「言っただろ、扶桑。『軍は建前と書類で動かすものだ』って」